#33 いつか、この夜明けを越えて
士弓主従聖杯戦争ifストーリー三十九話目
腐向け(士弓)、ねつ造、設定改変、独自設定、重大なネタバレ、原作程度の暴力表現・流血表現
聖杯戦争は本話を以て決着です。次回、エピローグ。
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遠坂とともに駆け込んだ先は、聖剣開放の余波はなお強く、しかし陰惨さとは無縁の清廉と静寂とに包まれていた。
俺たちから見て奥にアーチャーが、手前にセイバーがいて、どちらもこちらに背中を向けている。敵の姿は見当たらないが、無言の二人はしばらく頭上を――聖杯が顕現しつつあった夜空を見上げているようだった。
「――無事ですか、アーチャー」
なんとなく俺も遠坂も足を止め口を噤んでいると、黄金剣を片手に提げたセイバーが不意に視線を下ろして口火を切った。
セイバーの声に振り返ったアーチャーはいつもどおりの無愛想面で、
「まあ……無事だな。おまえと同じ程度には」
嫌味のつもりなのか事実を述べているだけなのかよくわからない言い回しだが、声には意地っ張りのこいつにしては珍しく、随分と疲れが滲み出ていた。
アーチャーは草臥れた様子であったが、見かけ上の怪我はなく、黒い装束と白い防砂布は、使い込まれた印象こそあれ破れも解れもない。相対するセイバーは、俺からは後ろ姿しか窺えないが、姿勢こそシャンとしているものの、装束の端々が焼け焦げ、身を包んでいたはずの銀鎧はあちこちのパーツがなくなっていたり、融けて原型を留めていない金属が戦場にいくつか転がっているような有り様だった。
立ち姿は対照的だが、二人ともかなりのダメージを感じさせる佇まいである。互いに内外を問わずボロボロな様を指したアーチャーの返しにセイバーは少し苦笑した気配があったが、すぐに気を取り直すと黄金剣を両手で構えて、その剣先をアーチャーに向けた。
「では、剣を構えて。ここで決着をつけましょう」
アーチャーはぴくりと眉尻を跳ねさせたが、何を問うこともなく双剣を――見慣れた陰陽剣・干将莫耶をその手に創り出した。
「……っ、」
むしろ何か言いたげだったのは、俺の横に立つ遠坂だった。喉元まで言葉が迫り上がっていたのを無理矢理飲み込んだように、不自然に呼吸が乱れる。
エクスカリバーの名残が未だ金色の雪のように降り注ぐ中、少しわかりにくいながらもはっきりと、セイバーの姿は輪郭から粒子に還りつつあった。
英霊召喚の儀を支えていた聖杯を破壊し、変則的なマスター契約の中で宝具を放って、現界が保てずこの現世から退去しようとしているのだ。
聖杯は破壊され、冬木の街は守られ――代わりに、聖杯戦争は今夜、何の成果もなく終結する。
もう、勝者に与えられるべき報酬は何もない。この時代の者ではないサーヴァントには、名声も思い出すらも残されない。
故に決着をつける意義はなく、これ以上の戦闘は、終わりまでを早める行為でしかない。
だから遠坂は物言いたげに口を開閉させて、しかし結局何も言わず、最後の戦いに挑む自分のサーヴァントを見守った。
「……感謝します」
戦闘に応じたアーチャーか、戦いを黙認した遠坂にか、どちらへともつかない礼を溢すと、セイバーは合図の代わりのように、傍目にもわかりやすく身を屈めた。
アーチャーが双剣を最も守りに適した形――陰陽剣を交差させるように構える。そこまでを待って、セイバーが弾丸のように吶喊した。
聖杯戦争最後の戦いは、セイバーがアーチャーと切り結んで駆け抜けるまでの一瞬、わずか二合で決着した。
下手に構えた聖剣を逆袈裟に切り上げて一閃。前進の脚は止めず、舞のようにその場でターンし、一合目で防御をかち上げられたアーチャーの胴体目掛けて横薙ぎの一閃。
たったそれだけで交錯は終わり、セイバーは走り抜けた先で立ち止まり、アーチャーは斬られた腹部を庇って膝をついた。
セイバーは剣を手放さないながらも、ふっと肩の力を抜いたのがわかった。
「お見事です、アーチャー。世が世なら、円卓に迎え入れたかったものだ」
勝者からの賛辞に、敗者側のアーチャーは嫌そうに顔を顰めた。
「……このザマで称えられてもな」
「いいえ、私はその首を叩き落とすつもりで挑み、敵わなかった。剣を取り落とさなかったあなたが強かったのです」
セイバーの声は嬉しげで、嫌がるアーチャーの様子すらおかしそうにして振り返った。
そうしてようやく彼女を正面から見てみれば、宝石のように煌めいていた碧眼は片方を失い、白い肌も、露出している箇所は顔も首も赤く火傷のように爛れていた。
なによりも、決して手放さなかった聖剣すらも、融けるようにエーテルに還り消えていく。
一方のアーチャーは、受けた傷こそ大きいものの致命傷ではなく、この世界から追い出されるまでの時間は、セイバーよりは長く残されているように見受けられた。
「戦場では、最後に立っていた者が勝者です。誇ってください」
言うセイバーこそがどこか誇らしげな様子に、アーチャーは文句を諦めた様子で首を振った。
それで、もう彼らの勝負はついたのだろう。セイバーは徐にアーチャーから視線を切って、俺と遠坂の方へ顔を向けた。
「セイバー……」
消滅を目前にしたセイバーの姿に、隣の遠坂がかける言葉に戸惑う様子を見せた。それに安心させるように微笑みを返したセイバーが、こちらへ歩み寄ってくる。
その清廉な佇まいには少しの瑕疵もなく、その体は傷だらけだというのに、凱旋のようにも感ぜられた。セイバーの体からこぼれ落ちていく霊子の欠片すら、騎士王を祝福する燐光に思える。
跪いたままセイバーに追い抜かれたアーチャーが、その背中を眩しげに見上げているのに、きっと俺も同じような表情をしているのだろうと思った。
男共のそんな様子を気にも留めず、遠坂の前に立ったセイバーが、
「シロウ」
「へっ」
なぜか呼んだのは俺の名前だ。
出立を見送るような気でいたところ隙を突かれて、思わず素っ頓狂な声が零れる。
「本当はこのようなこと言う権利はありませんが、最期の機会ですのでお許しを」
悪戯が成功したように笑ったセイバーは、なんだか吹っ切れた様子だ。ともすれば少年にも見える年若い姿で、しかし大人のような慈しみに満ちた笑顔を作って、
「十年前、私は厄災の堰を切った張本人ですが。それでも、あなたが生き延びてくれていてよかった」
「――」
生きていてくれてありがとう、と。
そんなちっぽけなことに喜んでいる人を見るのはこれで二度目だ。
過去も今も、そう笑う人の姿はこちらの人生まるごと、ひっくり返してしまいそうなくらいに綺麗で――。
気を抜いたら何を口走るかわからない口を慌ててぎゅっと引き結んだ。明るいはなむけの場に、しみったれたことを持ち込みたくない。
結果としてまともな答えが返せなかったわけだが、セイバーは気にした風もなく、俺からも視線を切って、今度こそ目の前に立つ遠坂を見た。
「凛」
呼ばれた遠坂だが返事をせず、見れば俺と同じような状態なのか、唇がわやわやと波打っている。
だが、消失が迫ったセイバーがさっさと続きを話すより前に、「待って!」と制することができたのは、流石は遠坂といったところだろう。
「私――私、ずっと遠坂凛でいるわ。やりたいことにはビタ一文妥協しない。何をやっても、どこへ行っても、俯いたりしない。この半月で、一生分の勇気をもらったから」
明らかに声が震えていたが、宣誓通りに俯かず、水気の滲んだ眼差しは、それでもずっと前を刺している。
それは、騎士王を以てして主人と認めるに足りる、彼女の高潔さの証だったろう。
「だから……ありがとう、セイバー。あなたって、本当に最高のサーヴァントだったわ」
あまりにも遠坂らしい、気持ちのいい笑顔と別れの挨拶。
受けたセイバーも万感に一度目を瞑って開くと、短くこれだけ返した。
「こちらこそ、私の最高のマスター」
明日にもまた会おうと思えば会いに行けそうな、心残りなんて何もない笑顔で。
五百年の時を超えた客人は、夜風が一吹きするのに紛れて還り、二度と戻ることはなかった。
沈黙は十秒ほどだろうか。
「私、イリヤスフィールのところに行ってくる!」
唐突に言った遠坂は、声量にちょっと驚いた俺が彼女の方を向くよりも先にくるりとこちらに背を向けて、聖杯の孔があった箇所の袂目掛けて駆けていってしまう。
どこにいるかわかっているんだろうか、と思ったが、まだ残っている男が止めないのだから、そう的外れでもないのだろう。
怪我をしていたはずだが勢いよくザブザブと池へと入り込んでいくところまでを見送っていると、視界の端でアーチャーが立ち上がったのがわかった。
裂かれた腹からはもう血が流れていない。しかしこれは、治ったと言うよりは、そういう人間味を再現するだけの余裕もなくなったというのが正しいだろう。見かけ上の傷が少ないだけで、セイバーをギルガメッシュの宝具から守り切ったアーチャーとて、ダメージは深刻なはずだ。
俺もとりあえず立ち上がったアーチャーの元へ近づいてみたはいいが、傍に立つと、彼も先ほどまでのセイバーと同様に、もうすぐいなくなってしまうことがよくわかる。すると途端に何を話せばいいのやらわからなくなってしまった。さっきの状況で言うべきことをきっちり話せた遠坂はやっぱりすごい。
目の前まで歩いて来たのにまごついている俺をどう思ったのか、アーチャーは馬鹿にするでもないちょっと困ったようにも見える苦笑いを浮かべた。
「――まったく。結局誰も倒せないままのやつが勝者とはな。なんとも締まらない結末だ」
やれやれ、と言わんばかりの態度は、少し大げさに再現された、いつもどおりのこいつの態度だった。
俺はこれに、ムッとして言い返したりするべきだったのだが、わかりにくい気遣いで象られた日常会話に、思わず笑ってしまう。
「む……。おい、笑うところか? 今のは」
「いや、悪い。なんか安心しちまって」
そうだな。俺は本気で、もう一度こいつに会おうとしているのだ。
もう二度と会えないセイバーと遠坂の二人とは違って、今ここで気取ったことを言う必要なんてなにもない。
「まあ、よかったよ。勝ったわけでもないけど、誰かに負けたわけでもない。ちゃんと聖杯戦争を終わらせられたんだから、十分すぎる成果だ」
これが最後なんだと変に力が入りすぎていた肩肘を解そうと、ぐるりと肩を回しながら言ったりしてみる。
が、これが軽率だったようで、灰の瞳で俺を見据えていたアーチャーが、何かに気づいた様子でぐっと眉間の皺を深くした。
視線の先を追うと、左腕の袖の先から覗く自分の手の甲。もう意味をなくした令呪の名残が痣のように残る……はずの部分だが、灼けて斑に変色しているせいでよくわからなくなっていた。
当然だが、遠坂邸を出たときより悪化している。まあ今の今まで遠坂やアーチャーに見咎められなかったのだから、首や顔まではまだ広がっていないのだろう。
ここまでに熟した投影の難易度を思えば、俺としてはこの程度で済んで運が良かったな、と思うのだが、アーチャーとはそのあたり意見が別れているらしい。
厳しい視線に耐えかねて今更ながらそっと袖を伸ばしたりしてみたが、ジト目で見下ろされて精神ダメージが増えるだけだった。
「――契約は、まだしていないのだろう」
俺の無駄な努力に呆れていたアーチャーが、少し声色を落としてそんな確認を投げてくる。
誰と何の契約か、なんて今更尋ねるまでもない。その質問には城で一度答えたはずだけど、と思いつつも俺は頷いて返した。契約直前だったが、アーチャーの阻止により未了で終わっていたはずだ。
「では、そんな有り様では困るな。未熟者の上に早死にされれば、座で待ちぼうけをくらうことになりそうだ」
言い回しは相変わらず迂遠で、俺の理解が追いつくまでに少し時間がかかった。
アーチャーは、決して俺の選択を喜んでいるわけではなく、俺を見下ろす瞳には無愛想でも隠しきれないほど、多大な心配と悔恨が乗っていたけれど。
だけどそれは、彼の精一杯の『待っている』という意思表示だった。
「……ああ、気をつけるよ」
本当を言えば、性格的にも肉体的にもあんまり長生きする自信がないし、彼をそれほど待たせることもないような気がしたけれど。あまり生き急いでしまうともっと心配されるか怒られるかしそうだったので、無難にそれだけ返した。
実際、気をつけるつもりなのは本当だし。契約がされないままうっかり死んでしまっては、あまりに馬鹿すぎてちょっと成仏できそうにない。
俺のそう言う含みのある回答は、アーチャーにはお見通しだっただろう。視線がビシバシと突き刺さる。
「……まあ、いい。これで、人を待つのは得意な方だ」
詰問を覚悟した俺だったが、アーチャーは納得というよりは諦めとか投げやりに近い態度のものの、自分にこそ言い聞かせる調子で一つ呟いて不問にしてくれた。
――そんな他愛ないやり取りの間にも、とうとう夜が白みだす。
彼だけを見上げる視界でそれに気づけたのは、ついにアーチャーの姿も薄れはじめ、本当の幽霊のように、向こう側の景色が透け始めているからだ。
アーチャーにしては俺に対しての文句や忠言が手ぬるいと思っていたが、単にもう残された時間が少ないから、見過ごしてもらえたということだろう。
「生憎、記憶の方は保証できないが……。幸い、お前は私が忘れられないらしいからな。こちらが貴様を忘れる分には問題なかろう」
どう考えても問題まみれの発言だが、あまりに堂々と宣言するので呆れを通り越して笑ってしまった。確かに、そういう話を先にしたのは俺だから文句も言えない。
やつは冗談めかして話すけど、人の一生分の記憶を他愛なく磨り潰すほどの膨大な記録だ。こんな二週間ぽっちの記憶なんて、あっという間に埋もれてしまって、何の意味もなさないのかもしれない。
だけど、彼が彼のサーヴァントと駆け抜けた聖杯戦争の一瞬を、最後まで手放さなかったように。
俺も、彼と過ごしたこの苦難まみれの聖杯戦争のことを、絶対に忘れず英霊の座まで至るだろう。
だから、惜しむ名残はなく。
彼と自分のこの先に待つ永劫の地獄をわかった上でなお、俺は笑ってこう言えた。
「任せとけ。俺は絶対、お前より頑固で、諦めが悪くて、生き汚いからさ。多分お前が忘れておいて欲しいくだらないことも、漏れなく全部覚えておくよ」
能力はともかく、その辺りの泥臭さだけはこいつに負けない自信がある。事実、駄々を捏ねまくって言い負かせたから、俺はこうして生きているわけだし。
俺の斜め上に自信満々な回答に、今宵妥協させられた側であるアーチャーは、一度きょとんと目を剥いて、「確かに」と破顔した。
「では。オレは安心して、おまえの訪れを待つとしよう」
今まで聞いたことがないくらい軽やかな、何てことのない口約束を交わすような口調で。
笑って返したそれが、彼の最後の言葉になった。
ぐっと目を瞑って、大きく深呼吸を三回数える。
「――――よし」
目を開ける。時間の平等さを示すように、黒かったはずの空は少しずつ色彩を取り戻し、目前に夜明けが迫ることを教えてくれる。
俺は立ちすくむ足に力を込めて、一人きりの第一歩を踏み出した。彼が差し出してくれたものを使って、彼にできなかったことを果たすために。
さあ、俯かないで顔を上げて。まずは、イリヤスフィールを助けに行こう。
更新ありがとうございます!このお話の続きが読めて嬉しいです。 ウォッチリストに入れていたはずがまさかの通知オフで見逃していました……。アーチャーと士郎の対決も、対ギルガメッシュ戦も、セイバー・アーチャーとの別れのシーンも素晴らしかったです。エピローグも楽しみに待っています。