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#32-2 Interlude and/or triumph/Novel by ちくわぶ

#32-2 Interlude and/or triumph

8,394 character(s)16 mins

士弓主従聖杯戦争ifストーリー三十八話目。
版権元:Fate/stay night 
注意(シリーズ共通):
 腐向け(士弓)、ねつ造、設定改変、独自設定、重大なネタバレ、原作程度の暴力表現・流血表現

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 セイバーには二つの使命があった。
 一つは、ギルガメッシュを打倒すること。そしてもう一つが、顕現しつつある聖杯を破壊することだ。
 これが、騎士王を以てしても中々の難事であった。
 凛の残る令呪一画を用いれば、いずれかであれば達成し得ただろう。だがギルガメッシュと相討ちでは汚染された聖杯が残されて第四次聖杯戦争の焼き直しだし、聖杯だけ破壊しても受肉をしたギルガメッシュが残っては、この街に平穏は望めまい。
 さらに、どちらにせよ宝具の開放が必須となることも問題だった。言うまでもなくセイバーの宝具はレンジが広く、新都周囲の人口密集地に無対策に放てば、犠牲は数百は下るまい。これではやはり前回の聖杯戦争の犠牲者数とそう変わらなくなってしまう。
 故に、第一に無人の地を戦場としなければならない。
 幸いにも、これは住民が避難した柳洞寺――その更に裏手の池にまで誘導できた時点で、概ね達成できたと言えるだろう。
 本当はイリヤスフィールの所在も確かめたかったが、未だ見つけられていない。彼女をここまで連れてきたはずのアーチャーのことを信じて、今は戦闘に集中するしかない。
 ここまでの攻防で呼吸が乱れている。凛を案じて魔力消費をできるだけ抑えたいのに、そういう小細工を入れるほど暇がない。
 戦場を奥へと移せたのも、単にギルガメッシュがセイバーの思惑に乗ってくれたからに過ぎず、根幹的に余裕がないのはセイバーの方だった。マスターである凛自身が戦闘に身を投じている以上、魔力供給も万全とは言いがたい。むしろこの男は、これだけの量の宝物を出したり消したりしていて、どうやってその膨大な魔力を賄っているのだろう。
「ほう。見ろ、セイバー。狂っていたとは言え、ヘラクレスの重みはそれなりだったようだな。まだおまえと贋作者フェイカーを残していても、孔の輪郭が見て取れる」
 会話に興じる気になったのか、射出される一線級の宝具の乱射が一時止まる。いい加減打ち払う手が痺れてきていたセイバーは、返事こそしないものの、指される夜空の方へ視線をやった。
「……あれが」
 問答をするつもりはなかったが、自然と言葉が口を衝く。
 夜闇に黒が僅かに滲む程度で、言われなければこのまま気づかなかったかもしれない。だが、確かにそこには器があった。前回、結局自分が手にすることも、正しく目にすることもなかった冬木の聖杯。
 今や悪性を孕んで歪んでしまった――それでも人の願望を叶えるに余りあると信じられるほどの魔力に満ちた、虚空の杯。
 セイバーは、自分の感情の針がきちんと嫌悪の方に振れたことに、我知らず安堵していた。死後の安寧を捧げてまで求めた聖杯を目前にして、ひょっとして魔が差してしまうのではないか、と疑う程度には自分を信頼していなかったからだ。
 しかし、目の当たりにしてみれば、聖杯はその中身を溢すことこそなくても、良くないものだとはっきりわかるほどには、汚染されていた。
「根源とやらを目指した結果がこれとはな。雑種共の蒙昧さには、呆れを越えて笑いが出る」
 今の自分たちは聖杯の膝元にいると言っていいが、仰ぎ見るギルガメッシュは対岸の火事と言った様子で、これから起こる厄災に興味がないどころか、その被害を愉しんでいる気配すらあった。
「……あなたは、十年間を受肉してこの街で過ごしていたのでしょう」
 咎めるようなつもりはなかった。言っても無駄な相手である。だが、どうしてこれほどまでに〝違う〟のか、単純に疑問に思った。
 母国とは全く風土も慣習も異なる土地だが、セイバーはこの街にそれなりの愛着を持っていた。
 学び舎に集う好奇心旺盛な若者達や、見慣れぬ異国の少女であっても親切にしてくれた商店街の老夫婦。人類の進歩を感じさせる、城をも上回る高さで林立した建造物たち。
 所縁がなくても、ここに人が生きていることを知れば、生きている人達のことを知れば、自然とこの平和を愛するようになるのではないのか。この街を戦災から遠ざけてやろうと思うのではないのか。
 彼はその治世を認められた、人類最古の王なのだから。
「あの杯が溢れては、この街は誰も彼も無事では済まない。なのに、どうしてそれを看過するのですか」
 凛達は聖杯を手に入れようとすらしていない。自分たちに返る報酬は何もないとわかって、ただ被害を防ぐ一心で、今もその身に傷をつけながら奔走している。
 聖杯を手にしようとした私のような人間が気に入らないというのは仕方がない。正当性はともかくとして、全ての宝物はオレのものだというギルガメッシュの主張も理解だけはできる。
 だが、今や我欲のために戦っている者は一人もいないのだ。他人のために身を擲つ彼女たちの、誰が見ても正しいと思える行いを、どうしてこうも邪魔してくるのか。セイバーには不思議でならなかった。
「ハッ、妙なことを。そもそも『悪たれ』と願ったのは雑種共自身ではないか。
 氾濫や干魃とはわけが違う。自らで願った〝死〟すら飲み干せぬ雑種共を、なぜ我が気にかけねばならない?」
「この街の住民を、人類という総体で括るのはあまりに乱暴すぎる。呪いも聖杯も、彼ら自身がそう願ったわけでもないのに――」
「いいや、ヒトというのはどこまで行っても呪い合いこんなものだ。これで死ぬような劣等種なら、間引いてやった方がよほど意義がある」
 言葉を交わしているのに、隔絶だけが深まっていく。
 だが、甲斐のない論戦に、セイバーは一つの結論を得た。彼も、どこまでいっても生まれついての強者なのだ、と。
 私とて強者然とできるほど器用な性質タチではなかったが、それでも生まれついて得た竜の恵体という暴力の才能があった。だから、弱者に心を砕いたつもりでいても、根本的に寄り添うことができない。
 彼もきっとそうなのだろう。自分の視座が高すぎるが故に、人類の強かさを信じ、愚かさすら飲み干して見せても、弱き者を慮ることはできない。
 つまり――、
「――ああ。あなたはやはり、王の器ではないようだ」
 何を言われても他人事のように超然としていたギルガメッシュだったが、この一言にはっきりと不快を顕わにした。
 妙な話だが、半神と言えども残る半分は人間なのだと、セイバーは僅かな親近感すら抱いた。
「――何?」
「少なくとも貴公には、選定の剣は応えまい。王が民を選ぶのでなく、民が王を抱くのだ。我がブリテンにもこの国にも、貴様のような王は相応しくない……!」
 滅び行く定めの国だったのだと、何度か聞いた。
 私はまだそれを認めていないけれど、その忠告が真実ではあるのだろうと納得できるくらいには、追い詰められ、弱さと愚かさが酷くありふれた国だった。
 彼は確かに英雄で、彼の治めた国はブリテンよりもずっと栄えていたのだろうけど。
 だけど彼では、ブリテンの王にはなれない。
 人の弱さを認めないこの男にとっては、私の愛したブリテンは、治めるべき国ではなく、間引くべき愚かな人の群れでしかないのだ。
 ならば――弱き者こそを救えぬのなら、彼は王の器ではない。
 これは斜陽の国を支え続けた騎士王としての、当然の結論であった。
「……言ったな、小娘が」
 ギルガメッシュの背後の空間が揺れる。何度も目にした蔵の開扉の光景にセイバーは迎撃を意識して剣を構えなおしたが、これまでと様子が異なることにすぐ気がついた。
 これまで腕を組んだまま、宝物の射出を以て攻撃としてきた英雄王が、揺らいで見える蔵の扉に自ら手を伸べ、一振りの剣を取り出す。
「よくぞ王へと刃向かった! その思い上がり、悉皆誅戮して余りある!」
 ――来た。
 まだ起動されたわけでもないのに、圧倒的な存在感。剣というより神具に思える、一見すると何を断つこともできなさそうな宝具が抜き払われるのを見て、セイバーは固唾を飲んだ。
 単独で一つの神話に匹敵するほどの重みを感じさせる円筒が、三層互い違いに回り出し、混ざり合えないまま削りあい、世界が始まりの地獄の気配で満ちていく。
 挑発をしたつもりはなかったが、自分の発言が決戦を早めた自覚はある。
 未だ敵と己の二人だけの戦場。正門はすでに遠い背後で、シロウたちの戦いが決着したのか、どんな結末になったのか、確かめることはできない。確実なのは、アーチャーはまだこの戦場に姿を現していないという事実だけだ。
 凛とシロウと交わした日中の作戦会議の結論の、一番大事な部分を反映させていない現状に、セイバーは一人鎧の下で冷や汗をかいていた。
 役者が足りていないこと以外は理想に近いのだ。巻き添えを心配する必要のない戦場、ギルガメッシュの向こうに聖杯を臨む位置関係。
 だが、自身の宝具エクスカリバーには、ギルガメッシュの宝具を相殺してなお彼と聖杯を破壊せしめるほどの威力はない。そもそも、相殺して自分が生き残れるかどうかも怪しいのだ。
 しかし、ここに至っては独力で達成するしかない。セイバーは意を決して、攻撃ではなく迎撃のためだけの、消極的な剣を掲げようとした。
「逸るな、セイバー!」
 ――ちょうどその寸前に声が舞い込み、同時凛との繋がりが唐突に絶えたのに、セイバーは彼の到着を知った。
 もはや悠長に言葉を交わすほどの暇は無い。すでに暴風が吹き荒れるただ中に駆け込んできたアーチャーとは、視線を交わすのが精々だった。
 まともな意思疎通が図れたとはとても言えないが、アーチャーは何も問わず、すぐに視線を切った。シロウからどんな説明を受けたのかはわからないが、深い追及もなく逡巡する気配もみせないまま、こちらに背中を向け、ギルガメッシュと相対する。
 世界が乖離の音に軋む中、凛から最後の魔力が流れ込む。直後に、サーヴァントとしての己が、確かに目の前の男に錨を降ろしたのを感じた。
 魔術師キャスターでもない使い魔サーヴァント現界の縁マスターとする――見込みが外れれば一瞬であっても成立しなかっただろうぶっつけ本番の博打だが、意外にも、この一戦を耐えるだろう程度の安定を見せた。
 セイバーは意識的に一息吐いて、逸る心を抑えると〝見〟に入った。
 ここまで、想定通りに運んでいる。
 あとは本当に、アーチャーがギルガメッシュの乖離剣を防ぎきれるかどうか。
 あるいは、セイバーがアーチャーのことを信じて、勝利を確信できるその時まで、宝具開放を堪えることができるかどうか――。
「……贋作者フェイカーが」
 ギルガメッシュは、アーチャーの登場に忌々しげに顔を歪めたが、あとは開放させるだけにまで高まった廻り切った剣を収めることはしなかった。
「まあ、よい。何をもって地獄とするかも知らぬ匹夫に、本物の地獄を教えてやろう」
 古来より、人間の営みというのは自然の驚異を前にいかにも呆気なく崩落する。
 城壁が容易く氾濫に浚われるように。戦勝を積み重ねておきながら、一夜の嵐で滅びる国があるように。
 ただ在るだけであらゆる技術や才能を超越する。人が挑むには余りに原始的な、善も悪もない自然法則じみた破壊が、セイバー達の目前にあった。
「創世の犠だ! 天地冥界を別つ至宝、死でもって拝するがいい――!」
 見ているだけでも目が焼けそうだ。
 いつでも真名を解けるように頭上に掲げた剣の握りを深くし、勝機を見逃すまいと赤雷に眩む目をこらす。
天地乖離す開闢の星エヌマ・エリシュ!」
 逃げを打ちたがる肉体を、逸って真名を唱えたがる口を引き結び、懸命に抑える。
 庇い立つアーチャーとてこの重圧を感じないはずがないが、セイバーから見る背中には、気負いや恐怖というものが窺えなかった。
「――王よ、君の聖鞘をお返しする」
 自分の声ですら聞こえないような轟音の中。
 奉ずるように詠じるそんな声が、不思議とセイバーの耳に届いた気がする。
「――我が思慕ロスト遙か理想郷アヴァロン――」
 眼前に至った原初の地獄に、男が一言呟いて――。


* * *


 遡って、日中。
 作戦会議は難航していた。
 仮にアーチャーと二対一で挑めたとしても、このままではギルガメッシュに勝つことができない――セイバーも凛も冷静にそこに辿りついてしまい、危機感に頭を抱えていたのだ。
 ギルガメッシュに宝具を使われてしまえば、対抗策がない以上その瞬間に敗北が決まる。となれば求められるのは速攻・一撃の超短期決戦であるが、あのあまり趣味がいいとは言えない金の鎧とて、エクスカリバークラスの宝具を持ち出さなければそうそう突破できない防具だ。
 射程は広いがセイバーより瞬間火力に劣るアーチャーでは、英雄王を即殺することができない。
 かと言って、瞬間火力に勝るが射程が短いセイバーでは、間合いに入ってからの真名開放とせざるを得ない。そんな悠長なことをしていては、流石のギルガメッシュも対抗して宝具を抜いてくるだろう。
 シロウの助力が得られたことも、アーチャーの援護がほとんど確約されたというのも、心情的には心強いものの、戦力的にはあまり変わっていない、というのがセイバーの所感だった。
「前に触媒とされたっていうセイバーの鞘を探す方がまだ現実的かしら……」
 八方塞がりの現状に、半分愚痴のような冗句を凛が溢した。今は所在知れずであっても、つい十年前までは確実にこの街にあったのだから、可能性に賭けたい気持ちもわからないでもない。
 しかし、冬木の管理者である遠坂家、その現当主である凛に全く心当たりがないというのだ。おそらくとうにどこぞの好事家の手にでも渡って、この街からはなくなってしまったのだろう。
 決戦が今夜に迫っている以上、今になって鞘を探し出すというのはとても無理が「あっ」――。
 ……誰も無言で頭を悩ませていたこともあって、その唐突な発声はやけに目立ってリビングに響いた。
「どうしました、シロウ」
 〝あ〟の形で口を呆けさせていた少年は、水を向けるとぶわりと目に見えるほどの冷や汗を浮かべて何やら口ごもりだした。
「あ、いや……、すごく大事なことを忘れてた、というか、今気づいたというか……。すまん、とっても今更だとは自分でも思うんだけど、俺も色々大変だったことに免じて、ひとまず冷静に聞いてほしい」
 何やら不穏な前置きに凛のジト目を受けつつも、少年がしどろもどろに語ったところには、こうだ。


「――じゃあ、なに。セイバーの鞘を、今はアーチャーが持っているってこと?」
 咄嗟には信じがたかったのか、凛が確かめのために繰り返した。これにシロウははっきりと、確信を持って頷いて返す。
 アーサー王の鞘は、衛宮切嗣の手から衛宮士郎に渡り、そして今は、アーチャーの元にあるのだ、と。
 そのように語られた事実に、鞘の本来の持ち主であるところのセイバーは、一応の納得を示していた。
 わずかとは言え衛宮切嗣を知る者として、シロウが衛宮姓を名乗るのには正直なところ違和感を感じていたところだが、特級の聖遺物を自分の養子に託していたというのは、今までで一番親子関係を感じさせるエピソードで、むしろ安堵すら覚えるほどだ。
 その後アーチャーの治療に使われたというのも、別にかまわない。自分との繋がりがなければ本来の性能の百分の一も発揮できないだろうが、それでも神秘の薄れた今、そこらの護符アミュレットなどよりは、優れた加護をもたらすだろう。シロウの行動は、無意識のものであったようだが、戦略としてとても正しい。
 だが、自分はどうにも浮かない顔をしていたらしく、
「……ごめんな、セイバー。いい気がしないよな」
「あ、いえ。そういうつもりでは……」
 咄嗟に否定する。
 本当に、怒りや不満があったわけではない。鞘の所在を理解したし、納得もしていた。
 ただ――そう。少し落胆しただけで。
「一瞬でいい。セイバーとアーチャーの間に繋がりが戻れば、ギルガメッシュの宝具だって防ぐことができるはずだ」
 断言したシロウを凛は信じ、二騎のサーヴァントにパスを通すためだけに、令呪を使うという賭けに出た。
 一方、私は……。
 私は、最後の令呪の使い方に同意した癖に、どこかでずっと諦めていた。
 宝具というのはいずれも、本来の持ち主の元にあってこそその全霊を発揮させるものだ。どうしてそれが他人の手にあって、命を預けられると思うだろう?
 セイバーは、今更アーチャーと仮初めの契約を結んだからと言って、突然鞘が万全の性能を発揮して英雄王の宝具を防ぎきれるとは、心の内ではまったく信じられていなかったのだ。

 ――私一人でも、勝たなければ。
 少年少女と言っていい年端で今夜戦場に身を投じる二人を見て、セイバーは一人、誰にも述べず決意を固めていた。


* * *


「……ああ」
 感嘆とも付かない感情だけが乗った、意味のない声が自分の口から零れた。
 私はなぜ、この光景の訪れを信じることができなかったのだろう。
 一人で背負い込んだ気になって、思い上がりが恥ずかしい。

 だけど、重い肩の荷から急に開放されて、セイバーは、なぜだか笑いすら浮かべる自分に気づいた。
 真名開放により見覚えのある鞘が出現すると同時に、アーチャーの姿はかき消えている。だが、サーヴァントであるセイバーには、今もずっとアーチャーが目の前にいるとわかっていた。
 彼は、エーテルで編まれた仮初めの肉体を解いて、自らを構成する霊子の全てを、アヴァロンの再現に充てている。
 それは肉骨に守られるべき心臓を、自らの手でくり抜いて差し出すような狂気の沙汰であった。
 実際、アーチャーの霊核急所は、守護の内側にいるセイバーの目の前に、剥き出しで晒されている。信頼とも異なる、こちらがぞっとするほどの献身に、セイバーは掲げたままの聖剣に、万感を込めて語りかけた。
「星よ――」
 膜一枚隔てた向こう側では、物質が須く塵に還るほどの強烈な破壊と地獄が渦巻いている。その余波は暴風となってセイバーの引っ詰めた髪をなお乱し、熱波は剥き出しの頬を焦がした。
 もちろん、本物の理想郷アヴァロンであればこうはならない。真の鞘を用いていれば、ここはこの世の一切から隔絶され、永遠の微睡みと安寧をもたらしただろう。
 だから、彼のこれは本物ではない。
 しかし、だからなんだと言うのだろう。セイバーにとっては、もはや真贋などはどうでもよかった。
 そんなことを気にして、この光景を目にする眼を、少しだって曇らせたくなかった。
「――星よ、今こそ集え!」
 質量のない、膨大な魔力が光となって聖剣を掲げるセイバーの頭上に収束し、加速し始める。
 その準備が完全に整うまでは耐えきれず、ついに境界がひび割れて、天地を別つ暴虐がセイバーの元へ到来した。
 風の刃が片目を裂いて、鎧が金具から融け壊れて剥ぎ取られていく。だけど、いずれも致命傷には足り得ず、一瞬で人肉を蒸発させるだけの威力を誇るはずの乖離剣の攻撃を受けたにしては、軽傷とすら言ってよかった。
 わずかに素肌を晒している箇所が容赦なく焼け焦がされても、セイバーは怯まず、一歩も引くことはなく、嵐が過ぎ去るまでを、好機が訪れるまでの間をじっと待つ。

 そうして、原初の地獄を越えて。 
「莫迦な――」
 偽りの妖精郷に匿われていた騎士王は、装束こそ傷んでいたが、その五体は黄金剣を掲げて健在であった。
 この結末に対してか、あるいはこの結末を齎した男に対してか。思わぬと言った体で、英雄王が愕然と呟く。
「我々の勝ちだ、英雄王……!」
 セイバーは、片目の欠けた視界の先、宝具開放直後の隙を晒すギルガメッシュの姿に向けて、聖剣を振り下ろした。

約束された勝利の剣エクスカリバー――!」

 それは人が願い、星が鍛えた、人理を守るための約束の剣。
 この街を守るという戦士達の決意によって振るわれた聖剣は、夜を切り裂き、直線上にあるものすべてを薙ぎ払い、永きに亘った第五次聖杯戦争を、一閃の元に決着させた。

Comments

  • 干し柿
    June 16, 2024
  • 直風

    何度も読み返しています。セイバーの前に在ること、それを見たセイバーの心境に、心が震えました。

    June 16, 2024
  • なぎさん
    June 16, 2024
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