#32-1 Interlude
士弓主従聖杯戦争ifストーリー三十七話目。
版権元:Fate/stay night
注意(シリーズ共通):
腐向け(士弓)、ねつ造、設定改変、独自設定、重大なネタバレ、原作程度の暴力表現・流血表現
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二百年の歴史。
別に、普段はそれを重みになんて感じていないけれど。たい焼き一個の値段で一喜一憂する同級生の姿を思い出しながら、工房に積み上がる一個ウン百万円の宝石類を整理しているときなんか、他の人との違いを――私にまで連綿と繋げられた〝遺産〟の重みを実感する。
小娘には不釣り合いな財力。引き継がれた魔術刻印。
取り戻せないとは言わないけれど、根源へ向けて進めていた歩みが、確実に数十年分逆行するほどの投資をした。魔術刻印を、セイバーに。そして有り余るとさえ思えたほどの宝石の山を、この戦いに。
勝とうとしていたのは、最初からそうだったのだけど。今はもうそれだけではない。勝ちたいし、勝たなければならない。この街のためにも、セイバーのためにも。
だが、現実はやっぱり厳しい。持ってきた宝石はほとんど底をついてしまった。実用に耐えるレベルのものは残り二つだけ、あとはポケットの底にへばりついてしまいそうなほどの屑石しか残っていない。ケチったつもりはなかったけれど、もっと持ってくれば、家にないならそこらの宝石商から買い叩いてでも持ってくればよかったかもしれない。
「まさか、心臓を打ち抜かれて死なないやつがいるなんて――!」
とっておきの宝石を放出して作った隙での、完璧な致命傷。八極拳を体現した、自分でも惚れ惚れするほどの掌底が見事に決まった。
このクソ神父との思い出も因縁も丸ごと清算するつもりの会心の一撃。ほぼ確実に心破裂、そうでなくても心タンポナーデくらいのダメージは間違いなし。
だってのに、なんでか、全然生きている。むしろ、悔しがる私を見て、いつもより動きのキレがよくなる始末!
「ほんっと、端から端まで欺瞞まみれ! 隣人に偽証するなかれって、あんたの聖典にだけは書いてなかったのかしら!」
「まさか。私はいつだって、問われれば偽ることなく答えていたとも。だがあいにく、これまで誰にも聞かれなかったのでな」
くだらない、まともに取り合うだけ無駄だ。こいつと喋っていると本当に、頭に血は上るし、馴染んだやりとりに気は抜けそうだし、どっかで馬鹿でかいポカをやりかしかねない。
……けど、聞けば正直に答えるらしく、こいつはこういうところでは嘘を吐かないので、一応私も聞いておいた。
「あっそ。じゃあ聞くけど、アンタ、どうすれば死ぬわけ?」
「どうということもない、人が死ぬことをやれば死ぬさ。先ほどのは惜しかったな、拳でなく剣で貫かれていれば、この心臓であってもひとたまりもなかっただろう」
「――ふうん」
つまりやつの心臓は何か特別製で、さっき使った人体破壊のための八極拳と水属性の掛け合わせでは、何か致命的に相性が悪かったらしかった。
そして私もケチったつもりはなかったが、確かにいくつか、不要だと判断して――というか、この戦いの後の生活に必要だと思って――置いてきてしまったものの中には、アゾット剣が含まれていた。
だって、今更あんなのギルガメッシュに効くわけないし、綺礼相手に不慣れな短剣持ち出しても、拳で打ち据えられて終わりなだけだから、要らないと思ったのだ。
「……なるほどね」
だけどあれがあれば、さっきの攻防で決着していたのかもしれない。そう思うと、ああ、自らの血筋に課された恐ろしき宿題を恨まずにはいられなかった。
……と、思わず遠い目をしてしまいそうになるところ、士郎達を置き去りにしてきた正門の方で、派手な魔力の高まりを感じた。
意外にも、士郎はまだ死んでしまってはいないらしい。だけどきっと、もうそろそろ決着だろう。
言わずもがな、セイバーだって戦場を奥へ移して戦いを続けている。私だけここで足踏みしているわけにはいかない。
綺礼の魔術の腕は大したものではない。瞬間火力で言えばこちらの方が圧倒的に高いのだ、火でも風でも、ちゃんと当たりさえすれば私が勝つと断言できる。
だが、当たるだろうか? 一度蹴りを受けたあばらが泣きたいくらい痛くて息苦しく、おそらく気胸を起こしている。なんとかここまで守ってきている腕の魔術刻印が私を生かしてくれなければ、こうやって呑気に悪態を吐いている暇もない重体だろう。
その刻印による回復に勝手に魔力が持って行かれる。セイバーも相変わらず容赦のない魔力消費で、収入がないのに毎月預金残高が減っていくような絶望感がある。
「――よし」
決めた。時間稼ぎも二の足踏むのももうおしまい。全賭けだ、次で決めよう。
正門での戦いの結末がどうであれ、アーチャーの合流が間に合うと信じて、セイバーに回している魔力供給を少し絞る。さらに、冷や汗が滲むのを堪えて、刻印による回復も最小限に。
「来るか、凛」
この期に及んでなお愉しそうに呟いた綺礼が、待ち受けるように構えをとった。こちらに半身に、両の拳を胸の辺りに緩く掲げて腰を落とす。
何度も見た光景だ。父さんを含む過去の遠坂家当主が残した書籍達が私の魔術の師であるならば、遠坂凛の体術の師は言峰綺礼だった。
正直なところこれまでいまいち手加減を感じてなかったけれど、今夜繰り出される綺礼本来の拳の重みを思えば、あれでいて結構加減をしてくれていたことに今更気づく。
とはいえ、昨日は昨日、今日は今日。私は、この戦争に勝利するためならば、この冬木を厄災に沈めないためならば、兄弟子であろうと殺害できる。そういう女であることを、誇りこそすれ、厭う気はない。
「……stark, Gros zwei」
だから悩んだのは、賭け金を一体どこに賭けるかっていう即物的な選択だけ。綺礼の速さを捉えられなければ意味がない。使い慣れた自己強化を選択する。
これで宝石一つが消えた。代わりに得た人外の脚力で地を踏みしめて、真っ正面からの靠撃。体格で二回りは劣る私の体当たりでも、発勁をうまくこなせば地面から浮かせるくらいはできる。
できれば防御を崩したかったが、さすがにそう甘くはないか。ただ、ちらりと見上げる綺礼の視線は、まだこちらの姿を捉えていない。反射で防御しただけで、この速さを目で追えているわけではないようだ。抱き合えるほどの至近距離こそ八極拳の間合い。地面から引き離した今、一気にたたみ掛ける。
浮いた体を更に突き上げるように、鳩尾への捶撃。素の腹筋なのだろうが、鉄板でも仕込んでいるのか疑ってしまう堅さだ。通っている実感はないが、余り固執せず次。筋肉の鎧の隙間を縫って、肝臓を肘撃で打ち抜く。腕による防御は、間に合っていない。今のは綺麗に入った。
そして、宙に浮いたまま腹部への強烈な二連撃を受けて、当然に綺礼の体が曲がり、頭部が下がって私の間合いに降りてくる。
心臓で駄目なら首を折る。私の目論見は綺礼にも当然見抜かれていて、ここでいい加減目が慣れたのか、見上げる私と見下ろす綺礼で目があった。頸骨目掛けた蹴りを受けるため、綺礼の右腕が上がって急所を守ろうとする。
だが、ここまで予想通り。末端である腕は骨も筋肉も大した強度にならない。強化のかかった今の私の蹴りなら、橈骨尺骨、二本打ち砕いてなお頸椎を折るのに余りある――!
八極拳の基本からは外れた、片脚一本完全に蹴り上げての上段蹴り。相手をぶっ殺すことしか考えていない、綺礼直伝の殺人術だ。これを逃せばもういよいよ後がない、必殺を期しての一撃だったが――
「かっ、」
――固い!
腕の骨は折った。だが、そこまでだ。へし折れた骨が皮膚を突き破って飛び出してこそいるが、腕は千切れることすらなく、繋がったまま綺礼の首を守っていた。
その折れた腕が、赤く鈍く光っている。分厚いカソックすら透かし見える、歪ながらも規則立った十数画にも及ぶ文様。
令呪だ。それも普通の数ではない。
思考はここまで一瞬で、しかし、殺し合いの最中とすれば十分なほどの時間が経った。
私の攻撃のターンはこれで終わり。仕留めきれずに終わった以上、次は綺礼の反撃が待っている。
だが、そう思い当たっても対策を講じている暇はなかった。大一番で相手を打ち倒すことができず、隙を晒した自分という結果だけが残る。
とにかく、蹴り足を掴まれたら最後だ。まだ強化魔術の効果が続いている内に立て直さなければと、左足を慌てて引き戻す。おそらく間に合わないだろうと予測しながらの、駄目で元々の回避行動であったのだが、これが不思議と邪魔されなかった。
両の足が地面に戻る。どうしてか、綺礼はこちらを見ておらず、下がろうとする私にお構いなしに、私の後ろ側――柳洞寺正門側の方へ集中していた。
彼の無事な左手が上がるが、私を捉えようとしてのものではない。攻めではなく守りのための行動――何から、という答えについてはすぐに明らかになる。
綺礼の掲げた左の掌から肘を越えて前腕まで、私と入れ違いに到来した矢のような剣が一息に貫いた。
狙撃だ。これから身を守るため、綺礼は私を仕留める千載一遇の機会を捨てたのだ。実際、斜角にあわせて翳した左手がなければ、今頃眉間を貫かれて絶命していたことだろう。
そこでようやく綺礼から距離をとって仕切り直した私は、こちらへ来たのだろうアーチャーへ警告するために振り返った。助かったのは事実だが、アーチャーにはセイバーの方へ行ってもらわなければ困る。このことは士郎が伝えてくれるはずだったが、それすら言えずに倒されてしまったのだろう――。
「遠坂!」
と、あの無愛想な弓兵の姿を想像して正門の方へ視線をやった私は、そこにいた人の姿を見てキョトンと目を瞬かせた。
士郎が、少なくとも傍目には五体満足ピンピンした様子で、こちらに駆けてきていた。同じ境内と言えども広い柳洞寺、比較的奥にいる私たちと士郎の入ってきた門まではそれなりに遠く、なるほど狙撃に相応しいだけの距離がある。手にはアーチャーが持っているものと全く同じ、黒くて大きい弓が握られていた。
完全に予想外の現実に、私は一瞬、綺礼のことを完全に忘れて混乱した。士郎が生きているのもそうだが、今の狙撃の威力。あれが丸々アーチャーと同じレベルだったから、私は来たのがアーチャーだと誤解したのだ。
つくづく常識外れなやつだとは思っていたけど、未遠川で別れてから一週間もしない内に、気味が悪いほど強くなっている。私の知る衛宮君と一続きの同一人物だとは俄に信じられないくらいに。
……っと、いけない。逸れかけた思考を引き戻す。今は彼の事情に気をとられている場合ではない。
「アーチャーは?!」
「あっちに行った!」
秘密話には遠い距離に、端的な言葉だけが交わされる。
だが、私たちにはそれで十分だった。今夜の大博打の第一段階はこれでよし、士郎も生きているなんてなんとも幸先がいい。
「令呪を以て――、」
告げながら、振り返っていた上体を戻して綺礼へ向き直る。やつは両腕が使い物にならなくなってもお構いなしに、こちらに向かって前進してきていた。
射線上に私を置いて、士郎に対しての牽制とするつもりと見た。私はその思惑に逆らわずに、しかし攻防には乗らずに更に後退して距離を詰められないようにした。
綺礼であれば片脚一本でも私を殺して余りある。弟子でもある私は、それだけの鍛錬の形跡を、誰よりもよく知っていた。故に油断なく男の一挙手一投足に気を配り――その視界を、遠く赤雷が唐突に照らした。
……ああ、私たち只人の戦闘をあざ笑うかのように、柳洞寺裏山の空が割れる。
思い返すだけでも向かっ腹が立つ、あの趣味の悪い金色のアーチャー。私のセイバーをしても、運が良くて相討ちだと語った、ギルガメッシュの振るう規格外の宝具。
世界の摩擦で空が軋み、圧縮されたプラズマが電雷と化して夜闇を晴らす。目に見えて迫る暴風域に、咄嗟に目を瞑り頭を庇った。
セイバーはうまく戦場を選んでくれたようだけど、それでも真名開放の余波だけで寺の瓦が飛び、強風が私たちの体を浚おうとする。
誰も彼も、嵐を前に足が止まった。だが、言葉までは、意思までは止められはしない。私は左腕を――令呪を掲げ、あの創世のただ中にいる二人に命じた。
「セイバーとの契約を、アーチャーに譲渡する――!」
最後の令呪が消え、断たれつつあるセイバーとの繋がりが、効果の程を伝えてくる。
マスターとしての遠坂凛はここでおしまい。続いて私は最後に残った宝石を――彼女の瞳の色にも似た、パライバトルマリンを消費して告げた。
「勝って、セイバー!」
途切れつつあるレイラインに叩きつけるように、ありったけの魔力を叩き込む。
さあ。これで、彼女の相棒としての私の仕事もおしまいだ。
宝石による強化魔術もいよいよ切れて、あとはただ一人の、何のしがらみもない女が残された。
あちらでは宝具が開放されたらしく、世界の終わりのような轟音と閃光に変わりはなかったが、嵐には指向性が生まれ、蚊帳の外の境内では、僅かばかりの正常が戻る。とはいえこの強風、いや、暴風にあっては、私の体が邪魔になることもあって、さすがの士郎でもまともに狙撃できまい。
だからこれでまた一対一――なんて、そんな馬鹿正直な決闘をするつもりは毛頭ない。欺瞞工作、大いに結構。裁定者がイカサマかましてくるなら、こちらも相応の礼儀を返すだけだ。
もちろん、一人でだって勝つつもりだったけど、楽に優雅に勝利できるなら、それに越したことはない。
「士郎! 剣貸して!」
もう数歩の間合いに入った。目を逸らすことはおろか瞬きすら許されない領域だ。だから手だけを後ろに伸べて、丸きり他人任せにして交錯に備える。
まだ士郎は結構遠くにいると思うのだけど、差し出した右の掌にはすぐに重みが返ってきた。走って間に合う距離じゃないから、投げて寄越したものだろう。手を切らなくてよかった――なんて馬鹿なことを考えながら腕を前に戻した。
見れば見慣れた中華剣。その片割れの黒剣だった。ここに来て間合いが長すぎるロングソードとかが出てこないだけでも助かるが、干将でももう剣術の間合いとは言えない。剣を振るっても相手を切り裂くだけの慣性が得られないほどの近距離だ。
だけど、両腕が働かない以上、綺礼は確実に靠撃で仕留めに来る。
だからチャンスは攻防の一瞬。私が轢き殺されるよりも速く、神速で迫るこの男の肋骨を縫って、一度で心臓を貫かなければいけない。
正直、こんな分の悪い賭けに慣れない剣で挑みたくない。徒手の方がずっと確実で精確だ。嫌な緊張による汗が滲む。
綺礼の震脚に乾土のように固い大地がひび割れる。逸る気を必死に堪えて必殺を探る。まだだ、あともう半歩引き込まなくっちゃ――。
そんな、呼吸も忘れそうになる集中の中、視界の端を不意に白刃が過ぎった。
「え……?」
それもすぐ綺礼の体に隠されて見えなくなった、と思ったときには、ぐんと導かれるように握る刃が前へ出る。
例えばそれは、初めて乗る自転車で、誰かに後ろから押し支えられているような感覚。
私の意志に沿っていて、しかし私の思考は介在しない。よくできたカラクリの一部品になったかのように、ただ握った剣が引き寄せられるのに逆らわずにいただけで、吸い寄せられように剣先がぴたりと標的を捉える。
魔術の存在を疑ったけれど、剣の出所はともかく、何かに操作されているという気配はない。手放した林檎が地面に引かれて落ちるのと同じように、陰陽剣が互いに引き合うという特性だけで、この現象は再現されていた。
――すごい。剣術って、極めればここまでできるんだ。
そんな間の抜けた感想を思わず抱いてしまうくらいには、神がかった光景だった。
私の握る黒剣と、士郎の投擲した白剣が引かれ合う。その中心に、ほんの偶然、綺礼の心臓があっただけ。
そうとしか思えないくらいに自然な、故に何よりも逃れがたい攻撃。
殺意も害意もない現象としての剣撃は、朝露が滴るよりも呆気なく、綺礼の心臓を貫いていた。
「――――」
頭がばくばくとやかましいのに呼吸を思い出して、ようやく一息吐く。
罪悪感も後悔もないが、なんの達成感もなかった。ただ、刃を伝って注ぎ落ちる男の血の赤さが、やはり彼も人間であることを教えていた。
「十年か……。私も、衰えるわけだ」
ここで恨み言でも吐いてくれれば、もっと溜飲も下がったと思うのだが。
残念ながら綺礼の最期の言葉はこんなもので、後はどんどん重くこちらにのし掛かってくる二メートル近い巨体に潰されないよう四苦八苦している内に、もう男の息は絶えていた。
「遠坂、大丈夫か?」
下半身が逃れきれず敷かれたままの私を引っ張り上げようと、追いついた士郎の手が差し伸べられる。
それにありがたく引き上げてもらおうと右手を挙げると、べったりと血で濡れている。さすがにちょっと怯んだが、その前に士郎が頓着した素振りも見せずに、その手を掴んで引き上げてくれた。
「……ありがと」
俯せた綺礼の亡骸には、前と後ろ、黒と白の二つの剣が突き立ったままでいる。
僅かにも差なんてなかったように感じたけれど、私の刃が先に綺礼に届いた、とも思う。
私のお礼は、その決着の仕方も含めた広い意味での感謝だったが、士郎には伝わっているやらいないやら。「いいよ、別に」とかなんとか気の利かないことだけ言って、視線はすぐに柳洞寺の奥へ向けられた。私も釣られてそちらを向く。
風は変わらず強く吹き付けているが、不思議と厳しさは感じない。星明かりが天を指し示すように、極光が立ち上っていた。
最初から読み直してきました!激熱です……!やっぱりエミヤは沼……すきです……。素敵作品ありがとうございます!!続きも楽しみにしております!