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#32 月下の証明/Novel by ちくわぶ

#32 月下の証明

12,746 character(s)25 mins

士弓主従聖杯戦争ifストーリー三十六話目。腐向け。 

版権元:Fate/stay night 
注意(シリーズ共通):
 腐向け(士弓)、ねつ造、設定改変、独自設定、重大なネタバレ、原作程度の暴力表現・流血表現

大変間が空いてしまい申し訳ありません。
あとはもう完結まで行くだけなので、よければもう一度お付き合いください。

1
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 青白くほの明るい、病人のような月が出ている。
 山中に位置する柳洞寺は、森のただ中にあるにも関わらず、深夜二時を目前に虫の音も響かぬほどの静寂の中にあった。声を出すのを憚るように、隣の遠坂と視線を交わす。
 柳洞寺正門――長い階段の先に見えているそれを目線だけでちらりと指して、遠坂が無言のままに尋ねてくる。信じていいのか、という最後の確認を。
 俺は頷いてそれに応えた。遠坂も小さく頷き返して、やりとりを終えて前へと向き直る。
 遠坂の向こうにいるセイバーは、俺たちの最終確認には参加せず、真剣な眼差しでずっと正門を――正確には、その門の前に立つ人影を見据えていた。
「いくわよ、セイバー」
 自分にこそ言い聞かせるようにそう言って、遠坂は緊張も顕わに長い階段の一段目に足をかけた。セイバーが不可視の剣の柄を握りなおす音が耳に届く。
 遠坂は一度そのまま静止して、三秒ほどの様子見を挟む。
「…………」
 二人が何を懸念しているかは、頂上で待つ男にも十分伝わっていることだろう。それが杞憂だと証明するかのように、彼は侵入者を前にしても微動だにしなかった。無駄口を叩くことはないし、武器すら未だ手にしていない。殺意を雄弁に湛える鋼色の瞳は、俺だけを見ていた。
 アーチャーの視線の先を追って首だけで振り返った遠坂は、俺が言ったとおりの展開をどう思ったのか、ちょっと呆れたような顔で笑った。
「それじゃ、お先に」
 それきり振り返らずに階段を只管駆け上がっていく。剣を携えるセイバーも付き従うように、マスターの速度に合わせて走りだした。
 ――遠坂のやつ、俺が生きて帰れるって全然思ってないな。
 呆れた顔で言いたかったことがなんなのかを想像して、俺の顔にも似たような苦笑が浮かぶ。


 今朝、と言ってももう十七時間も前になるか。
 遠坂邸での情報交換は、遠坂もセイバーも聖杯破壊に協力してくれるなら、アーチャーはその味方だ――と、いい感じに話が着地しかけたのだが、遠坂からは当然の追求がかかった。
「それじゃあ、結局アーチャーは何を考えてギルガメッシュのところに向かったの?」
 そりゃそうだ。俺たちの複雑な事情を説明しなければ、アーチャーの行動は支離滅裂だ。
 遠坂たちが俺の証言を信じてアーチャーを味方に勘定してくれるのはありがたいが、ここのところはきちんと話をしておかないと、対峙したときになって大混乱になってしまう。
 なので俺は正直に話した。俺のとある決心のせいでアーチャーは俺を殺す必要があると判断していること、だけど色々と、主にはイリヤスフィールをなんとかしたい思いもあって、一旦はイリヤスフィールとともにギルガメッシュの元に参じた形になっていること。おそらくは柳洞寺にて、俺が遠坂たちを連れて現れるのを待っていること。
「はあ……? それって、あなた、柳洞寺に行ったら殺されるってことじゃない」
 そりゃそうだ。俺たちの複雑怪奇な事情の説明を受けたとて、俺の行動だって支離滅裂だ。
 アーチャーに遠坂達と敵対する意思がなく、衛宮士郎を始末するためだけに待っているのだという説明を信じるのなら、俺がノコノコと現れるのは死にに来るようなものだからだ。セイバーらが勝てば聖杯ごとアーチャーも退去してしまうのだから、最後まで身を隠していればいいじゃない――というのは、ある意味当然の発想である。遠坂らしい、合理主義の皮を被った親切な忠告とも言えるだろう。
 だが、俺は怪訝げな遠坂をどう説得したものかわからず、ひたすらに、行かなければならないということだけを繰り返すしかなかった。今夜で聖杯戦争が決着してしまうならなおさら、俺はアーチャーと対峙しなければならないのだ。
 遠坂は最後までいい顔をしなかったが、結局俺が譲らないのと、対ギルガメッシュ戦で必須なのはアーチャーの助力であって、俺はいてもいなくてもいい――つまり、うっかり死んでしまっても遠坂の勝利に影響がない――ということで、俺の同行が許された。多分遠坂は、俺以外眼中にない殺気満々のアーチャーを見て、「あ、こいつやっぱり死んだな」と思ったことだろう。


 とはいえ。遠坂に諦められていようが、当然、俺は死ぬためにここに来たわけではない。
 強い気持ちを込めて睨み返す。
 ここに至ってはもはや勝ち負けに意味はあるまい。俺はあの夜、彼の人生とその結論を否定した瞬間から、勝負の土壌から降りたのだ。
 だけどな、アーチャー。お前は正しいが故に間違っている間違っているが故に正しい
 多分そう思えることこそが、俺と彼が同じではないことの証左であり、俺が英霊の座を目指さなければならない理由だった。
 今夜ヤツから背を向けて逃げ出しても、明日は変わらず訪れるだろう。俺の将来がどんな形に収まろうが、本来死者は口出しすることはできないのだ。
 だから、ここから先は自己満足。
 俺は、この弩級の大馬鹿者に、言うべきことを言いたいがために来た。今から始まるくだらない〝喧嘩〟に、命を賭す価値があると信じている。
「――――」
 アーチャーの口が僅かに動いた。ここに現れた俺の選択を、嘆いたように見えた。
 それきり口を引き結んで、彼の手に弓矢が現れる。
投影、開始トレース・オン
 呼応するように、俺は夫婦剣を両手に喚んだ。散々酷使が続いた魔術回路が痛み、灼け跡がまた広がった感覚があったが、握った柄は気味が悪いぐらい手に馴染んだ。
 俺の知らない衛宮士郎の血泥に塗れた研鑽を、彼から写し取った構成理念が教えてくれる。誰かを守ろうとあがき続けて、結局全部を諦めて足を止めた、剣の丘に立つ愚かな英霊の足跡を。
「譲らないぞ、アーチャー」
 お前は言うことを聞かない俺に怒っているのかもしれないが、俺だって、お前にものすごく怒っているんだ。
 俺なんかよりずっとずっと頑張ってきたのに、最後に諦めてしまった意気地なしに。まだ手も脚も、その炉心の種火だって絶えていないのに、ついに膝を折った負け犬に。
 ――ああ、そうとも。
 俺もお前も英雄になんて興味はない。抑止の守護者になろうとするのも、手段であって目的ではない。
 そして、アーチャーは多分誤解してるが、俺の目的は彼を救うことではない。
 ただ俺は、あんたがそこで立ち竦んでしまっているから、会いに行く・・・・・ってだけなんだ。



interlude

 ――始まった。
 すでにくぐり抜け、今は背にした門扉の方から鳴った風切り音に、反射的にセイバーは身を固くした。
 もちろん、こちらを狙ってのことではないとはわかっている。弓手に背後を許しているというのは落ち着かないが、現状、後ろにまで気を回す余裕はない。
 むしろ、結末がどうあれ――例え、シロウがこの門を越えられないまま斃れたとしても――、自分はアーチャーと手を組まなければならないのだ。シロウにアーチャーを倒す意思がない以上、あの門を越えるのが一人か二人か、そういう細やかな違いがあるだけで、セイバーとしてはどちらでもやることに変わりは無い。
 背後で何があろうと決して振り向かないと、自己暗示混じりの決心をする。
 信じるべき相手を、信じるべき時に信じられない剣士は敗れるのだ。かつて、必勝を期して喚ばれたはずの自分が、聖杯を勝ち取ることができなかったときのように。
 眦を決して相対するアーチャー――ギルガメッシュを睨めつける。
「貴公との縁も今宵で終わりだ。決着をつけるぞ、英雄王」
 思えばこの男には散々引っかき回されてきた。
 ギルガメッシュは凛が〝金ぴか〟と呼ぶ、目に眩しい黄金鎧を身につけている。だが、戦闘の心得らしきものはそれだけだ。手は武器を携えるでもなく、慢心を見せつけるように腕が組まれていた。
 戦うも何も、武具を振るうのではなく取り出すだけなのだから、構えとしては正しいのかも知れないが、気分のいいものではない。
「まだ挑むとは、強情と言うも哀れなものよ。いい加減、騎士の真似事をして勇ましいことを言うのはやめにしたらどうだ?」
「……なに?」
 『騎士の真似事』などと、仮にも騎士王として立った者に対する言い様ではない。
 この男の言うことをまともに取り合うべきではないと思いつつ、知らずセイバーは問い返してた。心情を反映した声には十分すぎる怒気が乗っていたはずだが、それを受けるギルガメッシュは気にした素振りもない。
 馬鹿にしている、とも少し違う。柔い爪でじゃれつく子猫を獅子が鷹揚に許すかのような、優しげにすら聞こえる表情で返した。
本当は戦いなぞ嫌いな小娘が・・・・・・・・・・・・・戦う振りは止めろ・・・・・・・・と言っている」
「――――」
 少し、思考が白んだ。
「痛くて、うるさくて、野蛮な殺し合いなんて馬鹿馬鹿しい。心の底から、くだらない――。
 それがお前の本心だ、セイバー。およそお前ほど、王冠の似合わぬ者はいない」
 動揺を隠そうと努めて感情を殺したが、そうして引き結んだ唇の頑なさこそに、彼女の心情が表れていた。

 ……王になると決めてから、昔のような〝夢〟は見られなくなったけど。だけど、時折〝夢〟に見た。
 目覚めたまま見る白昼夢。血も鉄もなく、穏やかで、眩しいほどの陽光を愛おしむ私。
 このような道もあったのだ、と魔術師は言った。そうなのだろう、と私も思った。
 光射す地で花を摘む村娘のような自分に、違和感を覚えなかった。それこそが、私が元々こういう性質の人間であることの証左だった。
 鎧を纏うと体が重い。剣を握る手が冷えて感じる。流れる血潮の赤は、誇らしいものでなく、ただ生臭いだけ。
 根本的に、戦いに向いていない。だから、強くなるために全てを擲つほどの努力を要したし、何かをどんどん切り捨てていかなければ、一国の統治もままならない。
 こんなこと、誰にだって、自分自身だって、漏らしたことも、悟らせたこともなかったけれど。
 命を賭けた果たし合いを。その末に本当に命を散らしていってしまう戦場を。「バカみたい」と冷めた目で眺める自分を、心のどこかにずっと、住まわせていたのではないか――。

「そら、震えているぞ? 剣を置き、鎧を脱げ。セイバー」
 おそろしい男だ。
 切っ先の向こうに悠然と立つ半神に対して、初めてセイバーは恐怖と畏怖の念を抱いた。
 自分ですら封じた目を背けたい本質を、何の言葉も交わさないままに見抜いて、暴いてくる。
 戦いが嫌だと思いながら、戦う以外に特技も術もなく剣を振るうセイバーの姿は、ヤツには滑稽に――あるいは不憫に思えたに違いない。
「――なぜ私がこれまであなたに敗れ続けてきたのか、少しだけわかった気がします」
 彼ならば剣を振るうのに迷いや葛藤がない。戦う理由とか、戦うべきではない状況とか、そういう一切を考量の埒外に置いている。初めから王の視座に立っているのだ。自分とは違って。
「確かに私には、覚悟があっても自覚が足りなかったのかもしれません。だから今更になって、聖杯なんてものを求めて現界している。あなたよりも心得の段ですでに劣っていたのでしょう。ですが――」
 セイバーは聖剣を握り直し、その刀身を覆い隠していた風王結界を解除した。余波で一時吹き付けた風が、引っ詰めた金髪を微かに揺らす。
「今の私はもう、聖杯を目的に戦っていない。私はマスター、遠坂凛トオサカリンのために振るわれる一本の剣だ」
 初めから、後悔を動機とした戦いであった。
 その何もかもが間違っていたと言うつもりはないけれど、少なくとも勝利するという一点においては、私は明確に誤っていたのだ。
 勝とう。
 聖杯のためではなく。凛とともに選び取ったこの決断に、間違いはなかったと証明するために。
「彼女が管理するこの街で、これ以上の狼藉は許さない」
 堂々と宣言したセイバーにギルガメッシュは目を細め、小馬鹿にするように鼻を鳴らした。そうして、やはり剣を構えもしない。
 騎士王は生真面目な性分から口には出さなかったが、形のいい眉を歪ませて、表情だけではっきりと不満を顕わにした。まったく、彼のこういうところが、気に食わない。それに勝てない自分は、もっともっと気にくわない――。
 生来の負けず嫌いに盛大に薪をくべ、苦汁を舐めたこれまでの鬱憤を全て闘志に変えて、セイバーは弾丸のごとく吶喊した。

interlude out


 目算、およさ百メートル。
 参拝客の信仰心を試す柳洞寺の長い階段は今、高低差という絶対の壁となり俺の前に立ちはだかっていた。
 キロメートル単位ですら数秒で踏破するアーチャーの弓矢は、この距離であれば一秒とかからず階下まで到達する。こうなってくると、勝負はもはや反射神経や運動性能の問題ではなく、直感や加護、あるいは読み合いの領域に突入していた。
 例えばセイバーなら高精度の直感とその耐久の高さに物を言わせて強引に突破しただろう。ランサーならその加護によって、ただの弓矢程度なら全て蹴散らして進めたはずだ。だが、ただの人間である衛宮士郎にそんな無茶な真似はできない。特段の神秘がないただの矢尻でも、急所に中れば当たり前に致命であるのだ。文字通り雨あられと降り注ぐ一射一射を、全て躱して、僅かずつでも歩を進めるに他はない。
 一聞するに不可能に思える。だが、構造上、弓矢というのは絶対に、弓を引くという一行程を挟む。一方こちらは射線上に剣を置いて軌道を逸らせればそれでいい。
 それが、この高低差の不利を覆して、俺が即殺されずに済んでいるおおよその理由であった。
 もちろんアーチャーは投影を駆使して矢の属性を自在に変えてくるので、俺が読みを外して投影の対象をトチればすぐにでも致命傷を追うが、そんな瞬間は来ないだろう。ズルとしか呼べない経緯でもって、俺は、英霊エミヤと同等の経験と性能を有していた。
 一見して千日手。しかも、俺がじりじりと間合いを詰めていっている。
 とはいえアーチャーは今の俺の実力を極めて正確に理解しており、理解している故に焦りも油断もしていない。的中をわかった上で弓を射るのとちょうど同じように、今はまだ・・・・避けられるだろうとわかった上で矢を射かけ、その通りに俺が避ける。
 四分の一を踏破して、魔力にはまだ余裕がある。このまま条件が変わらなければ、俺は一晩だって、この矢雨を凌ぎ続けることができるだろう。
 だけど、俺は前へ進まなければならず、言うまでもなく距離を詰めるほど、戦況は厳しくなっていく。
 ここから石段の半分のところまでは、なんとか今と同じように凌ぐことができるはずだ。四分の三まで達することができれば、いよいよ剣の間合いに入る。
 故に、デッドラインは半分を越えてから先の二十五メートル。これを偶然や幸運なしに突破できるかが、この争いの決着を決めるだろう。
 矢を打ち払う手が痺れるのが、力負けしているからなのか、神経が参ってきているからなのかよくわからない。投影の技量だけが一足飛びに伸びたが、肉体は無理の連続が祟って大分ガタが来ている。宝具クラスの投影は、精々一回できればいい方だろう。そういう意味では、アーチャーがあまりランクの高い剣を撃ち出してこないのは助かった。彼は彼で、魔力の底が見えているのかもしれないが。
 三つ、四つ。足を進めながら切り払って、足場が開ける。石段の半分の地点にある踊り場だ。
 正念場はここからだ――そう思って一度足を止めると、不思議とアーチャーも射撃の手を止めた。切り結ぶような金属音が途絶えると、少し上擦った自分の呼吸音と、早くなった鼓動と、境内ですでに始まっている二つの戦闘音が、少し遠く耳を打つ。
 見上げる彼の姿は、随分近づいたようにも、未だ距離があるようにも思えた。言葉を交わすには少し遠く、だけど、彼の瞳が未だ苦悩に揺れているのが見える距離。
「――俺が、あんたを救いたがっているとか、思っているんなら。全然違うからな、それ」
 それほど声を張ったつもりはなかったけど、アーチャーの耳には届いたらしい。次の剣の投影の設計を待機させながらも、鋳造を一時停止させた気配を感じる。
 まだ聞く耳があることに、安堵するような苦笑うような心地になって、俺も同様に投影を止めた。
「救済願望でないなら、なんだ? まさかこの期に及んで英雄になぞ憧れだしたか?」
「違うよ。ただ、許せないんだ」
 アーチャーの眉根が寄った。一体何が、とその表情に問われている。
 俺は、彼の軌跡を誰よりも知った上で。彼以外の誰にも、これほど直向きに理想を目指し、人類に奉仕することはできないだろうとわかった上で、こう応えた。
「おまえがそこで立ち止まったことが。守護者になったからって、その程度で、正義の味方を諦めた・・・・・ ・・・・・・・・・ことが、許せない」
 これはひどい理不尽だとわかっていたけれど、誰だって、理想に対してこそ残酷なものだ。
 俺は、アーチャーのことが好きだ。だから、彼が、よりによって〝生まれてくるべきではなかった〟なんて、そんなことを言うのが許せない。
 ――胸を張っていて欲しい。前を向いていて欲しい。
 あんたに焦がれる俺の気も知らないで、そんなところが自分の限界だなんて、勝手に決めつけないで欲しい。
 その苦しさも、悍ましさも、罪の重さも、万年の孤独も。すべて知っているはずなのに、なお思う。
「まだ、進めるはずだ。理想は変わらず先にあって、あんたは、確かにその途上にいるんだから」
 俺の昇る先に立つ男を見上げて告げる。
 しばらくの間、アーチャーは、わかりやすく茫然を顕わに立ちすくんでいるようだった。眉間の皺が解れて目は丸く、口も僅かに開いたまま。
「何を、」
 思わずと言った呻きが漏れて、眉間の皺が復活する。大弓を携えたままの左腕が、戸惑いを写して少し揺れた。 
「何を見てきたんだ、お前は。守護者に意思も理想もない。最高効率で人を殺してオーダーを達成する、人の形をしただけの機構に過ぎない。
 私という人間はもう死んで、一つの決着として英霊の座に固定された。今ここにいるのは、境界記録帯ゴーストライナーから落ちた影に過ぎず、心があるように見えるのも――、」
 アーチャーは一度言葉を止めて、言い淀んだようにも見えた。それが葛藤なのか判ずるより先に、門を隔ててもわかるほど派手な爆発。おそらく遠坂だろう。爆風が門前まで届くことはなかったが、真夜中にそぐわぬ閃光が、境内から俺たちを照らしつけた。
 眩しくて少し目を眇める。逆光になったアーチャーの顔貌は、ここからでは窺えない。
「……そう。心があるように見えるのは、そのように再現され、そのように振る舞っているからでしかない。
 士郎。私はもう死んでいるんだ。理想を目指すだけの心も、道を進むための両脚も、何も私には残されていない」
「いいや、そんなはずはない。お前の現状いまは、理想とはほど遠いけど。それを嘆く心も、抗う気力も残っているはずだ」
 サーヴァントである以上、必ず願いがあるはずだ、と。
 そう話したのは、俺の知る遠坂だったはずだ。サーヴァントは、聖遺物による指定がない召喚であっても、何も完全にランダムになんでもかんでも喚べるわけではない。例えば聖杯の概念に馴染みのない東洋の英霊は、聖杯獲得という勝者の褒美に食いつかないので、基本的には召喚されないようになっている。
 聖杯への願い、もしくは現世で叶えたい願いがあるというのは、サーヴァントとして降霊するための資格といえた。聖杯に興味がないと言ったランサーですら、聖杯戦争という戦いそのものを望んで、極東での、言ってしまえば魔術師同士のチャチな身内争いに、その身を縛られることを了承したのだ。
 そして、言うまでもないが、アーチャーとて聖杯戦争に参加する資格は有していた。満足して死んだのだ、なんの悔いも残さない人生だったのだと、言ってみせたにもかかわらず。
「もし本当に、心も何もないのなら。あんた、どうやって冬木ここに来たんだ?」
 そのやり方もありようも、俺はどうしても許せないし、どうしようもなく頭に来るけども。魂ごと全て守護者の任に縛られた男が至る結論だとすれば、いっそ感嘆に値する抗いであった。
 ――この殺戮を止めなくては。
 衛宮士郎英霊エミヤを、殺さなくては――。
 積み重なる死体の山を前に、心なんて持たないはずの抑止の守護者は、しかし確かにそう願った。
 その、恋熱にも似て盲目的な執念を以て、彼は時代を越え、この冬木に舞い戻ったのだ。
「…………それは」
 今度は判断に迷うまでもなく、アーチャーははっきりと言い淀んだ。反論が形を結ぶまでを待たず、俺は言い募るように続けた。
「アラヤが俺を殺せって命じたのか? 違うだろう。あんたはあんた自身の意思でここに来た。それがどれだけ後ろ向きで、他人から見たら馬鹿馬鹿しい願望だとしても! 願うだけの心があるなら、おまえは、まだ燃え尽きてなんかいない。ここに来られたのなら、前にだって進めるはずだ……!」
 アーチャーの表情が苦しげに歪む。歯噛みする音がここにまで聞こえてきそうだった。言い募る俺を見下ろしていた鷹の瞳が閉じられて、しばしの逡巡に耽ったあと、頭を振る。
「――なるほど、認めよう。お前の理論は筋が通っている。衛宮士郎を殺したいと言う私の望みは、確かに、死んでからでないと生じないものだ」
 そして、目が開く。両の鉄色を覆っていた、殺意という名のメッキは融け落ちて、夜だというのに眩しげに俺を見下ろす眼には、焦燥で色濃く彩られている。
「だけど、そうだとして。おれに心が残されていたとして、もう、これ以上どうしろと言うんだ?
 私は、もう前に進むことはできない。お前が思うほど強くあれない。結局お前一人、殺すだけの勇気も持てないでいる、卑怯者だ」
 途方に暮れたような、疲れ果てたその声色は、ほとんど泣いているように聞こえた。
 ああ。アーチャーはきっと喜ばないと言った、イリヤの忠告が胸に浮かぶ。
 俺はとても、ひどいことを言っている。もう自分を保てないくらい傷だらけの人を、まだ立ち上がれるはずだと追い立てている。

 すでにアーチャーはその人生を以て、一つの証明を果たしている。精神も、肉体も、技量も、限界値にまで到達した、衛宮士郎の理想型。
 しかし、その理想ですら膝を折った。
 だから、衛宮士郎は理想を追い求める限り、いずれ必ず破綻するのだと。この結論に至ったのは、至極当たり前のことだとすら思う。
 ――だけど、
「それは、あんたが一人でいるからだ」
 人の命が祈りごと焼き尽くされる地獄の中、俺を拾い上げた切嗣に救われたように。
 どんな地獄だって、同じ星を知る人がいるならば、理想を諦めない人がいるならば、耐えられる。
 傷つくことは止められなくても、炎の満ちる街一つ、救いきれないだけの両手であっても。
 一人でないということは、死に体だった子供ひとり、鋳ち直すだけの力があるのだ。
「俺はお前に会いに行く。そうしたら、そこから二人で始めよう」
 初めから単純な話だ。もう、これ以上語ることはない。
 唇を震わせ、狼狽を見せるアーチャーを置き去りに、俺は、止めていた足を再開させた。
 一段、二段、数え上げられるくらいの速度で昇り出す。
「やめろ……」
 懇願を無視して、一歩ずつ。
 止まらない俺に、アーチャーは、嘆願の代わりに弓を構えた。弦を引く右腕に光が奔って、捻れる剣が形作られていく。
 きっとこれが最後の攻防になるだろう。呼応するように、俺も投影のために回路に魔力を流し込む。五歩目からは石段を蹴って、歩くのではなく走り出す。
 アーチャーには、もう、この後を見据えて魔力を温存するような冷静さは残っていないようだった。だから俺も、後のことは考えず、全てを賭して――現実的にも確実に寿命を削って――投影をした。
偽・螺旋剣カラドボルグⅡ――っ!」
織天覆う七つの円環ロー・アイアス!」
 同じ数、同じ質、同じ特性の魔術回路から生み出された剣と盾は、彼我の距離がもう数十メートルしか残っていないこともあり、瞬きの間にも衝突した。
 英霊エミヤが持つ――衛宮士郎が持ちうる、最強の剣と盾のせめぎ合い。
 アーチャーとて、これら贋作宝具のぶつかり合いがどう決着するのか、確かめる機会はなかっただろう。互いに意地をかけたこの場面で、それでも、お互い勝算があると思ったから手札を切った。
 アイアスは元々堅牢な盾ではあるが、投擲物に対しては、その由縁から、無敵と言っていい防御性能を誇る。仮に相手がゲイボルククー・フーリンであったとしても、挑発でもなんでもして槍の投擲を誘発さえさせれば、凌ぎきることとて可能だろう。
 宝具同士の相性というものは非常に大きく、ましてや、今はどちらもAランク相当の衝突だ。本来であれば、相性差がそのまま勝敗となって表れる、はずであるが。
「ぐぅ、っ……!」
 投擲物への概念防御という後押しがあってなお、七層から成るアイアスの盾が、螺旋剣の先端に抉り取られて破れていく。
 俺の首級目がけて直進するカラドボルグの勢いに、抜かれまいと足を踏みしめる。
 今の俺たちには、投影魔術の優劣はもはやない。これが剣と剣の撃ち合いであれば、石段前半の戦いと同じように、体力が続く限りは永遠に、相殺し続けることもできるだろう。
 にも関わらず、圧されている。
 その理由は、こちらがで、あちらがであるからだった。
 俺たちの投影魔術は、適正対象が著しく偏っている。戦闘に耐えられるものを作れ、という条件で対象を選ぶなら、九割九分以上が刀剣の類いで占められるだろう。
 根本的に、剣以外の投影が不得手なのだ。というよりも、遠坂曰くは俺のこれは投影魔術というのも烏滸がましい代物であって、〝刀剣だけを異常な精度で形作る魔術〟と呼ぶのが正しい。剣以外も、まったくできないとは言わないけれど、普通の練度だと中身は空隙まみれなハリボテしか生み出せないのだ。
 ゆえに。衛宮士郎は、剣を投影しているときが一番強い。
 アーチャーは、それをよく知っていた。だから、同等ランクの投影物をぶつけ合えば、概念による相性を加味してもなお、剣が勝ると判断したのだろう。
 七層からなるアイアスの盾が掘削されてひび割れる都度、行き場をなくしたエーテルが光と熱に姿を変えて霧散していく。
 眼前で、閃光が煌めいてる。
 矢と盾の拮抗が生む目映さの向こうに、灼けた鉄色の瞳を見た。
 男は、五枚、六枚と突き進む螺旋剣を眺めている。勝利を確信した――あるいは、諦めに満ちた、永遠の落日のような静かな色。
「人殺しが、どれだけ得意になったつもりか知らないが――」
 そうとも。無限に剣を鍛ち、同じ数だけ人を殺した。
 皮肉なことに、抑止の守護者・・・としての働きに、盾の出番はまったくない。
 だから、盾持つ手はいつでも強ばっていて。
 だから、何かを守り切れるなんて自信はなくて。
 だけど。あなたは、誰かを守ろうとすることを諦めなかった。
 その成果だけ盗み取ることが、恥ずかしくなるほどの研鑽。適正を無視した、諦めを知らない、馬鹿の一つ覚えみたいな鍛錬の末に。
 ――七枚目。
 抉り取られ、ひび割れ、揺らぎ、今にも散りそうな花びらにも似た防壁は。
 〝剣〟という、およそ正反対の性質の担い手に支えられた贋作の盾は。
 今。なおも崩れず、建っている。
  
 ……永遠にも思えた拮抗は、現実には一瞬に過ぎ去ったのだろう。
 あと僅かもないほどのアイアスの守りを突破できず、カラドボルグが、ついに重力に捕まり落下を始めた。盾の向こうにいた俺に、結局傷一つつけること能わずに。
 予想に反した結果にアーチャーがわずかに忘失している間にも、俺は六歩、七歩と段飛ばしで駆け上がる。
 進む先を見上げる。
 まだ剣も手も届かない。だけどもうはっきりと、互いの感情すら読み取れるほどの距離にいる。
「世界の総意がなんだ……」
 宝具の衝突に焼かれた石段は熱い。吸って吐く息も熱されて、心臓にまで火が移るようだ。
 登り詰めるほど焦がされていく。熱に炙られ、声が震えていた。
 それでも、内からの怒濤に責め立てられるように、不格好なままの言葉を吐く。
「抑止の守護者が、なんだってんだ――っ!」
 世界に何を強いられていても。
 生まれついての特性が、人助けに向いたものでなくても。
 彼は、まだ、誰かを殺すより、誰かを守る方がずっと上手だ。
 その努力を認めて欲しい。まだ、諦めて欲しくない。
「足を止めるな、前だけ見てろ!」
 もはや弓矢の間合いではない。アーチャーの手から黒い大弓がかき消えた。
 思考の介在を感じさせない、反射のような滑らかさで、いつもの双剣の構えをとる。
 しかし、その両手は未だ空手で――。
「お前が信じた理想は、そこで終わりじゃないだろうが!」
 頂上に踏み入れた俺に、振り下ろされる刃はついになく。
 俺は走り込んできた加速度そのまま、殴りかかる勢いでアーチャーの胸ぐらを引っ掴み、二人諸共硬い石畳に倒れ込んだ。



 ――空を、見上げている。
 言い訳を探す己を助けるように、月は今夜、病的に白く頭上に在った。
 何かを思い出させるようなその輝きに、しばし、目を奪われる。
「大丈夫だ」
 荒い呼吸の合間を縫って、少年が、年に似合わぬ穏やかさでそう言った。
 それほど月が明るい夜でもないのに、逆光にか目が眩んで、その表情があまり読み取れないでいる。
「お前が自分を忘れても、俺はお前を、地獄に行ったって忘れない。
 だから。だから、俺がきっと……、ずっと、傍にいるから」
 語らせてはいけない、とわかっているのに。押し倒された勢いのまま、両手は無気力に地面に投げ出されている。
「もう一度だけ立ってくれ。正義の味方を、二人で目指そう」
 ――ああ、と。
 口から零れた音が、同意だったのか、感嘆だったのか、自分でもよくわからない。
 だが、現に、私の殺意とは裏腹に、少年はどうしようもなく生きている。
「ばかみたいだ……」
 本当に、馬鹿で、そのくせ諦めが悪くて、目が良いはずなのに視野が狭くて。
 こんな自分、大嫌いだ。
 大嫌いだけど――。困ったことに、彼を殺さない言い訳にするには、これくらいの愚かさがちょうどよかった。

 月に見下ろされている。
 私には、見比べるほどの記憶は残されていないけれど。
 どうか今宵が、いつかの月夜と同じくらいのうつくしさであればいいと、そう願った。

Comments

  • 干し柿

    更新されていることに気が付いて、また一話から読み返してきました。夢中になって読んだ楽しい時間でした。二人の月下の決着を読ませてくださって感謝です。完結まで楽しみに待っています。

    May 21, 2024
  • 干し柿
    May 21, 2024
  • ポリゴン
    May 5, 2024
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