light
pixiv's Guidelines will be updated on March 18th, 2026.
View details
The Works "#31 人の心" includes tags such as "fate", "Fate/staynight" and more.
#31 人の心/Novel by ちくわぶ

#31 人の心

14,623 character(s)29 mins

士弓主従聖杯戦争ifストーリー三十五話目。腐向け。 

版権元:Fate/stay night 
注意(シリーズ共通):
 腐向け(士弓)、ねつ造、設定改変、独自設定、重大なネタバレ、原作程度の暴力表現・流血表現

お久しぶりてます。困ったことに普通に生きるだけで気力が尽きてpomera開いても何も浮かばない日々です(´・ω・`) でも完結はさせるという強い願望はあるのでがんばります。

20240310
一部修正しました。(アインツベルン城でのアーチャーとの対話の際、アーチャーが士郎に貸してくれた防砂布が、遠坂邸で士郎が目覚めた時点でなくなっていることを追記)

1
white
horizontal


 眠りはそう長くはないはずが、不快だった。
 知らず眉を顰めながら薄く目を開く。まだ空には月が昇ったままで、俺の昏睡が精々数時間の出来事だったことを教えてくれた。
「おはよう。元気――、では、なさそうだけど。気分はどうかしら」
 思考より先に体が覚醒してまだぼんやりとしてた視界に、ぬっと肌色が割り込んできた。面食らって瞬きする。
 パーツの配置からそれが人間だということは比較的すぐわかったが、焦点が合わず中々鮮明な視界が得られない。数秒間無言の俺に、空色の瞳に心配が過ぎった。
「遠坂……?」
 半ばひとり言として呟くと、夜の乏しい光でも十分な艶のある黒髪を掻き上げて、寝転がる俺を覗き込んでいた遠坂が鼻を鳴らした。
「正解。忘れられてなくて一安心だわ。……目立つ怪我はないみたいだけど、立てる?」
 含むところのない純度百パーセントの心配に、立ち上がるのを補助するために差し出された手までセットである。
 俺の記憶にある遠坂像とあまりにもかけ離れていて動揺する。が、ありがたく手を借りようとした辺りで、遠坂の心配が過剰でもなんでもないことがわかった。
 意識に全然体がついてきていない。体の動かし方を思い出すまでは、しばらく地面との親交を深めなければならなさそうだ。
「大丈夫だ。その手はちょっと引っ込めといてくれ。少し練習させてくれたら、立てる」
 このまま二、三回転がってみれば感覚のずれは解消できるだろう。その奇行の間遠坂を棒立ちにさせまいと、気を利かせてみる。
 しかし俺の思いやりは遠坂の好感度を上げるに足らず、呆れた溜息を頂戴した。
「それは大丈夫じゃないってことね。……はーあ、先が思いやられる」
 手のひらで顔を覆うと、俺を覗き込むのを止めて城の方へ目を向けた。
 俺も追ってそちらを見ると、ランサーのせいで大穴の空いた城壁から、こちらに向かってくるセイバーの姿が見える。
「すみません、凛。戦闘があったということ以外大した手がかりもなく、――と。起きましたか、シロウ」
 鎧姿だが剣を携えていないあたり、ここにセイバー以外のサーヴァントはいないのだろう。
 俺はなんとなく現状に予測を立てつつ、ずれまくった体感覚をなんとか調整して上体を起こした。まだ立てそうにはないが、寝転がってるよりは座り込んでいる方がマシだろう。
「久しぶりだな、セイバー。思ったより元気そうで、よかった」
 確か遠坂とは未遠川の遊歩道で分かれたきり。セイバーとは、それより前……あんまり思い出せないが、とにかく数日は姿すら見ていなかったはずだ。最後にあったのは、イリヤがうちに押しかけてくるよりも前だっただろうか?
 ただでさえたった数日の間に色々あって慌ただしいのに、セイバーのことは記憶が混ざるので余計にわかりづらい。数日ぶりどころか、何十年、何百年も経ったような感じもする。
「我々も先ほどここに着いたばかりなのです。何があったのか、聞いてもよいでしょうか」
「それは構わないけど、その前に俺も状況把握をしていいか? 途中でダウンしちまったから、顛末がわかってないんだ」
 足首をぐるりと一回り。そろそろこの体にも慣れてきたので、ゆっくりと立ち上がってみた。一瞬平衡を失いかけたが、姿勢はまっすぐ保ったままだ。
 ぐるりと視線を一周させる。たった一晩で廃墟と化した城は静かで、とっくの昔に戦闘なんてものは終わりきったのだと教えてくれる。
 確認するまでもなく、アーチャーの姿はどこにもなかった。
 わかりきっていたことなので、動揺はない。まずはイリヤが戦っていたはずの中庭を目指して歩き出してみた。遠坂もセイバーも、制止もなく着いてきてくれている。
 瓦礫をえっちらおっちら乗り越えて進む俺に並んだセイバーが、簡単にあちらの事情を教えてくれた。
「森の中でイリヤスフィールを連れたアーチャーに会いました。バーサーカーはもう敗れ、シロウは令呪を失い、彼も戦争を降りるのだ、と。
 ここに来てみれば確かにあなたが倒れていて、城には真新しい戦闘痕がありました。それから、誰の者かわかりませんが、中庭に墓標のようなものが、二つ」

「――――」
 冬であっても花を絶やさないようによく手入れされていた中庭は、見るも無惨に変わり果てていた。
 端から端まで、元の姿を残しているところの方が少ない。だけどごく僅かに花の残った花壇があって、二つの膨らみはちょうどその地点に作られていた。
 花より奥、盛り土より手前には、俺の身長を上回る長さの武器――ハルバードが突き立てられている。セイバーが墓標と評したのは、これを見てのことだろう。
 ここに誰が眠っているのか、一目でわかった。ただ、認識の早さと納得までの時間には大きな開きがあって、しばらく、俺は沈黙したままだった。
 だが、冬の夜は寒く、いつまでもこうしていては体も冷え切ってしまうだろう。俺の現状把握を待ってくれているセイバー達を待ちぼうけにはさせられないと、空転する頭でなんとかそんなことを思って、俺は聞かれてもいないことを答えていた。
「イリヤの、家族みたいなやつらなんだ」
 そして、俺の命の恩人でもある。
 まだ、セラの拷問じみた魔術処置も、雑にすぎるリーゼリットの手当も鮮明に脳裏に描ける。そうやってついさっきまで生きていた生命が、ほんの数時間もない間に、冷たい土塊の下で永遠の眠りについている。
 死は唐突で、残酷なまでに呆気ないものだ。死体は見慣れていると思っていたのに、その理不尽さは本当に頭に来るくらいで、俺は、説明にもならない呟きを一つ零すので精一杯だった。
「……イリヤスフィールは、少なくともまだ生きています。彼女たちの奮闘によるものでしょう」
 慰めのつもりだろうか。声に振り返ると、セイバーは真摯な眼差しで二人の墓標を見据えていた。その更に向こうの遠坂も、まったく合理的ではない俺の感傷を見逃して、無言で傍観に努めている。
 言ってしまえば、これは二体のホムンクルスが活動を停止したに過ぎない。だけどそれを悼む二人の姿に、俺は救われた気持ちになった。散った二人は敵に弔されてもあまり喜ばないかもしれないが、この城の三人の絆が本物であったと気づいてくれる人がいるのは、幸運なことだと思う。
「遠坂たちはイリヤの力を借りに来たんだろう? こんな結果になって悪いけど、俺だけでもできる限り手を貸すよ」
「……随分と理解が早いのね。こっちは助かる話だけど、まだ確認することがあるんじゃない?」
 俺こそ力を借りたいところなのだから、話が早いのも俺にとっては当然のことだ。ただ、遠坂が訝しんでいるのはそこではなく、一段階手前の部分だろう。すなわち、アーチャーの行方は気にならないのか、と。
 見ればセイバーも似たような表情をしていて、少し似ている主従の反応に俺は苦笑しながら説明した。
「アーチャーは俺を気絶させたあと、ここでどうにかギルガメッシュを追い払った。で、二人を最低限弔ったあとは、イリヤスフィールを連れて街を向かった。大体こんなところだろ」
 多分これで正解のはずだが、遠坂の疑念は余計に深まったようで、目つきが一層険しくなった。遠坂みたいな彫りの深い美人に睨まれるのは結構迫力があって怖い。
「どうしてわかるのよ。あなた、令呪だってもうないんでしょう? なによりあいつ、まだあなたの命を狙ってる風に話してたけど……」
 遠坂の疑問はもっともであった。
 令呪がなくても主従が破綻せず、マスターがサーヴァントの動向を把握できているという状態は、主従の仲が相当に深まっていないと成立しない。俺がアーチャーの行方を断定することと、アーチャーが俺を殺そうとしたままでいることは、本来矛盾する事実なのだ。
 俺は自分の左手を見た。初めはくっきりと刻まれていた聖痕は、今では名残を少し残す程度だ。アーチャーは俺とのパスを完全に断ち切っていて、マスターとしての権限では、もう彼の現状を窺い知ることはできない。
 ――だから、俺がやつならどう動くのかわかるのは、マスターだのサーヴァントだのには無関係な、もっと根本的な部分に依るのだ。
 そして俺が確信を持ってアーチャーの動きを断定するのと同じように、アーチャーは俺が全部理解すると踏まえた上で、イリヤを連れてここを去ったのだろう。
「そこも含めて説明するけど、長くなるぞ。ここまで強行軍だったんじゃないのか? 遠坂の顔色も悪いし、一度街に戻って、休みながら話そう」
 帰宅を促す俺に遠坂はまだ納得していない様子だったが、調子が悪いのは事実だろう。心配するセイバーが加勢したのもあって、渋々ながら頷いた遠坂とともに、俺たちは深山に戻ることになった。

 話は休みながら、と言ってはみたものの、アインツベルンの森から深山までは遠い。その間関係のない世間話に勤しむのも妙な話で、結局ある程度の情報交換は移動しながらすることになった。
 遠坂は本当に調子がよくないようで、あちらの事情のほとんどはセイバーが説明してくれる。おそらく詳細は省いているのであろう語り口であったが、彼女たちもまた厳しい状況に置かれていたことがわかる。
 セイバーの話のほとんどは、八人目のサーヴァント――ギルガメッシュから受けた被害の報告だった。あんなやつに目をつけられて気の毒だが、そのおかげで、突如表れた第三勢力に最も詳しいのは間違いなくセイバーだろう。
 一度ギルガメッシュに痛撃されて損耗したセイバーたちは、なんとか回復するやいなや、この異常事態を糺すべく教会を訪ねた。真っ当で最適な判断だ。ただ不幸だったのは、この教会こそがギルガメッシュとグルだったという点だろう。
 聖堂教会は聖杯戦争の監督者、スポーツで言うと審判のような立ち位置にある勢力だ。これが特定のサーヴァントに肩入れするとはどう考えてもインチキである。
 しかも、遠坂にとって言峰は兄弟子で後見人でもある。この裏切りを予想できたはずもなく、生きて戻れただけでも驚嘆に値することだ。遠坂が随分消耗しているのは、この教会での撤退戦が響いてのことらしかった。
 遠坂たちが文字通り命がけで得た情報のお返しに、俺も簡単に事情を説明する。バーサーカーの脱落については状況から推測していたらしく、セイバーたちが驚いたのは、ランサーがもう脱落しているということに対してだった。
「ということは、いつの間にかセイバーとアーチャーの一騎打ちになっていたのね」
 基本的に黙って脚を動かしていた遠坂が、久しぶりにこんな発言をする。
 乱入者のせいでそれどころではなくなったが、そう言われれば確かにそうだ。まだ先は長いように感じていたこの聖杯戦争も、気づけば終幕に差し掛かろうとしている。
 セイバー目線で考えると、あとはアーチャー一騎を倒せば、聖杯を手にできる状態だ。
 汚染され歪められようとも、聖杯は願望器としての性質を失っていない。この街で失われるだろう数多の人命を無視できるならば、聖杯を使用して大願を果たすことは不可能ではない。
 ……この局面で、セイバーは聖杯破壊に協力してくれるだろうか? これから彼女に聖杯を諦めるよう説得しなければいけない俺は、目前に迫った勝利に彼女が何を思っているのか、表情を窺おうと横顔を見た。
「……何か? 心配せずとも、私も凛もここであなたを排除するつもりはありませんよ」
 視線にすぐに気づいたセイバーが、少し表情を和らげてそう言った。
 笑みではあるが、俺を安心させるために作った表情であることは明らかで、結局彼女の胸奥を知るには役立たなかった。


 くたびれた脚でなんとか坂を越えて、遠坂の家にまでたどり着いた。
 俺は勝手に俺の家に帰るものと思っていたのだが、遠坂も自分の家に帰る気だったらしい。分かれ道でややまごついたが、結局こうして遠坂の家にお邪魔している。体調が芳しくない遠坂に配慮するべきだと思ったからだ。
 で、長い道のりを越えてようよう身を落ち着けられる場所に帰ってきたのだが、
「ごめん、私もう役に立たないわ。とても難しいこと考えてらんない」
 こんな感じで家に着くなり遠坂がダウンしてしまった。セイバーが慌てて介抱して自室に連れて行ったが、俺は居間のソファーで待機中である。
 あの遠坂が取り繕う余裕も失うくらいなのだから、相当だ。今から話し合いをしていてはそのまま夜明けを迎えそうだし、さっさと休んでもらった方が却って効率的だろう。俺だってそう元気なわけではない。一度座ったらもう立ち上がりたくないくらいにはくたびれている。
 申し訳なさそうに戻ってきたセイバーにもそう伝えて、もう今夜は眠ってしまうことにした。
「すみません。本来は客室があるようなのですが、案内していいものかわからず……」
 遠坂が一足先に眠りについてしまった以上、この魔術工房のことをわかる人間がいない。セイバーは恐縮そうだが、居間でこのまま夜を明かすのが無難だろう。どんなトラップが仕掛けられているかわからないし。
 幸い二人がけのソファーは体を横にするには十分だ。銃弾飛び交う中廃墟の隅で座って寝るのに比べれば、三つ星ホテル並みの快適さである。
 しかもセイバーはわざわざ毛布まで持ってきてくれた。王様だったって言うのに全然偉ぶるそぶりがなくてすごいやつだと思う。
「もし遠坂が先に目覚めたら起こしてくれ」
 不寝番を務めるつもりらしいセイバーにそう言付けて、ありがたく眠らせてもらうことにする。体だけでも拭いて服も着替えたらどうかとも言われたが、思うところもあったし、断った。確かに体の埃っぽさは気にかかるが、明日、遠坂が起きてからシャワーを借りればいい。
「では、私は下がらせてもらいますね」
 そう話すセイバーの表情は硬い。遠坂邸は魔術的な守護は優秀でも、隠匿についてはからっきしだ。今この瞬間に敵襲があったらどうなるか、人並みに想像力があれば警戒を絶やせないのにも無理はない。
 そんな状態だと言うのに、自分でも不思議に思うくらい、俺に焦りはなかった。イリヤが連れて行かれたことに本当はもっと焦るべきだと思う一方で、今晩は大丈夫だという確信がある。
 これはそのまま、アーチャーへの信頼であった。あの場で俺を殺さず、イリヤを連れてギルガメッシュのところへ向かったということは、役者が揃うまでの時間は稼ぐつもりでいるはずだ。
 ひどく緊張して警戒を続けているセイバーにもそう教えてやりたかったが、信じて貰えるとも思えない。俺とアーチャーのこと、聖杯のこと――話さなければならないことはたくさんあるが、遠坂が目覚めてからの方がいいだろう。
 セイバーにおやすみと言って横になる。城から身につけたままだったアーチャーの防砂布からは、なんだか懐かしい鉄と砂の匂いがした。疲れていたのか、すぐに思考が浮つきだす。
 少しの感傷を抱いて、あいつとの契約線を辿ってみたが梨の礫だ。結局夢を見る暇も無い、深い眠りに落ちていった。


* * *


 風が強く吹いている。
 これでは例え雨が降っても、炎が消えることはないだろう。積み上げた屍の重さだけが、火勢を僅かに弱めてくれる。
 眼球は干涸らび、息は吸うことも吐くこともできず、それでも体だけは動いているのが不思議だった。こんな状態でも生きている自分は、こんな有様でも生きようとする自分の体は、きっと人のものとは違うのだろう。
 焼けて融けるごとに何かを零れ落としてしまう。絶えず砕け、接がれ、置き換わっていく自らの中で、閉じられない視界の中心に座す輝きだけが、唯一変わらないものだった。
 信仰の代償報酬に、始まりの形が失われていく。
 かつて出会ったはずの夕星。最果ての地で君を思う。

 ――褪せぬ輝きを黄金と称えるのならば、
 変わり果てることこそは、この世の罪であるべきだ。


* * *


 炎に灼かれて目が覚めた。
 目を開けると見慣れぬ天上なのに一瞬混乱する。焦がされた感覚が慰められるくらいに肌寒い。
「――そうだ。遠坂の家にいるんだった」
 自分に言い聞かせてうむうむと頷く。身を起こして辺りを見渡してみたが、遠坂たちの姿はなかった。
 エアコンなんて文明の利器はなく、部屋は冬の夜を移したようにひたすらに冷えている。おそらく現役であろう暖炉が唯一の暖房器具なのだろうけど、今は火が絶えて久しいありさまだった。
 炎に巻かれる夢が暑かったのか、昨夜借りたはずの毛布はソファから滑り落ちて絨毯の上に蟠っている。身の着身のまま一晩寝こけていたせいか、体はずいぶんと冷えていた。関節が軋むようにすら感じる。イリヤの城も大きすぎて随分な寒さだったし、さすがの俺もいい加減風邪の一つでも引きそうだ――。
 と、そこで自分の格好を見て、アーチャーが貸してくれていた彼の大きな防砂布がなくなっていることに気づく。
 サーヴァントが実体化していると人間と同じようにしか思えないが、実際は装備も含めてエーテルを圧し固めただけの霊体に過ぎない。持ち主であるアーチャーがもう要らないと思ったのなら、こうして幻のように無くなってしまう。
「……」
 あとは俺を守りきろうと思っていた。そう零した彼の姿を思い出す。胸が痛みそうになるのを、その資格もないと首を振って払った。もう俺は決断してしまったし、意志を翻すつもりはない。アーチャーが俺を殺してでも止めようとするとわかっていても、俺はなんとか、彼にこの決断をわかってもらうしかないのだ。
 ひとまず今の寒さは、落ちている毛布を拾ってしのぐことにした。
 遠坂の私室は二階のようだし、彼女たちは上にいるのだろうか。向こうにある置き時計を見ると、短針は五を指していた。そんなに寝続けた感じはないので、夕ではなく朝の五時だと思う。
 勝手に歩き回るわけにもいかないし、じきにセイバーあたりが降りてくるだろうから座って待つことにする。寝て起きてみると昨夜から汚れたままの布とか服とか体とかが気になるが、しばしの辛抱だ。
「……うわあ」
 ついで、体の検分がてら怖いもの見たさで左の袖を捲ってみたが、思った以上の光景だったのでいそいそと元に戻す。
 浅黒い色が地図上に広がって、元の肌色が白く感じるくらいだった。面積比は半々くらいだろうか。
 袖さえしっかり下ろしておけば、手のひらこそちょっと焦げ付いた感じになっているものの、あまり目立たないのが幸いだった。これだけなら戦闘中火傷したと言って通じるはずだ。……少なくとも聖杯戦争中くらいは。
 それを乗り越えたら日常生活が大変不便になる予感しかないが、覚悟して負った苦労なのでそれくらいは我慢しよう。アーチャーの記憶をひっくり返して探せば、いい言い訳の一つや二つくらいは出てくるかもしれないし。
 ちょっと苦笑いしながらそんなことを考えていると、トントンと足音が近づいてきた。改めて服装を正してドアが開くのを見る。
「起きましたか」
 案の定、顔を見せたのはセイバーだった。鎧は止めていつもの白いブラウスと青いスカートに身を包んでいる。
 こちらの目が覚めたのがわかって降りてきたのだろう。薄暗い部屋でのそりと身を起こしている俺に驚いた様子はない。
 セイバーは、「凛もちょうど今目覚めたのです」と言って、台所やら洗面所やらをテキパキと往復して両手の荷物を増やしていく。どうも遠坂の身だしなみの品らしい。
 俺は落ち着かない気持ちで細々と働くセイバーを見守っていた。なんだろう、なんでかすごくそわそわする。俺がやるのでセイバーにはソファーで座っていてほしいこの感覚。
「て、手伝おうか?」
「手伝う? 何をです」
 タオルなどが入った籠を抱えているセイバーが、不思議そうに首を傾げた。
 ……むう。確かにそうだ。向こうから頼まれたならともかく、さしもの遠坂だって、同年代の男子に起床の準備を手伝われるのは嫌だろう。多少据わりが悪かろうが、大人しく待つのが正解らしい。
 もう少しだけ待つよう俺に詫びを入れたセイバーは、キリッとした姿勢のまま二階へと消えていった。
 彼女が遠坂を伴って居間に戻ってきてくれたのは、大体十五分後。昨夜に比べ大分元気になった遠坂が、埃っぽい俺にシャワー室行きを命令。ようやく話し合いの場が整ったのは、かれこれ四十分後のことだった。

「昨夜はほったらかしにして悪かったわね、士郎」
 慣れないシャンプーの香りにどぎまぎしながら戻れば、テーブルにはちょっとしたブレックファストが整っていた。セイバーには料理の心得がなかったはずなので、遠坂の手によるものだろう。
「それはいいけどさ。体調は大丈夫なのか?」
「もちろん。むしろつらいのはそっちじゃなくて? 冬の寒空の下、一人で襤褸雑巾みたく転がってたんだから」
 遠坂の向かいに腰を下ろす。見た感じ、顔色はそう悪くなさそうだ。こちらの心配をする余裕があるのは本当らしい。
「ボロゾーキンって……そこまで言うこたないだろ。怪我らしい怪我もないし、ちゃんと五体満足で元気してるぞ」
 恙なくシャワーを浴びてさっぱりする程度には元気だ。サーヴァントと一戦交えて無傷(一応)というのはちょっとした快挙じゃなかろうか。
「……ま、いいわ。お互い様だし、元気満点ってことにしといてあげる」
 遠坂は何か言いたげに目を細めていたが、ありがたく朝食を食べ始めた俺にあれこれ言うのはやめたらしい。
 俺もそうだが、遠坂だって万全ではないのだろう。ある程度は回復したとて、昨日の今日で全快するほど人体は便利にできてはいない。
 しかしここで体が辛いと訴えたところで、結局死ぬ気でとりかからなければならない試練が控えているのだ。元気になるまで休みましょうとは言っていられないのだから、もっと建設的なところに話を持って行った方が利口である。
「さて、お話し合いといきましょうか」
 加温したソーセージとパンケーキという外国風情溢れる食事であらかた腹がくちくなってきたころ。紅茶を啜って沈黙を埋めていた遠坂が、俺がナイフとフォークを置いたのを見計らって口火を切った。紅茶で口の中のものを流し込みながら頷いて返す。
「私たち共通の敵はギルガメッシュ。そして、それに手を貸している、聖堂教会の言峰綺礼。ここまではいいわね」
「ああ」
「それで……確認したいんだけど。結局アーチャーは、敵ってことでいいのかしら?」
 遠坂にしては少々歯切れの悪い聞き方だった。言ってはみたものの、自分でもイマイチ自信が無い――といった感じだ。
 状況だけ見れば彼女の混乱は尤もであるが、彼の本質さえ知っていれば、アーチャーの立ち位置は至ってシンプルだ。
「いいや。アーチャーは遠坂と、それからセイバーの味方だよ。ギルガメッシュがいる手前、そうとわかる振る舞いはしないだろうけど」
 より正確には〝この街を守ろうとする勢力〟の味方なのだが、遠坂が遠坂の信条を貫く限り、アーチャーが手を貸す相手は彼女以外にあり得ないだろう。
「……敵というには不自然ではあったから、そのパターンを頭ごなしに否定する気はないけど。
 だけど納得できないわ。だって、それならあの森で出くわした時に私たちのところへ合流してくればよかった話じゃない。あいつはイリヤスフィールを連れていて、かつあそこにギルガメッシュはいなかったのよ? なのにこちらに背を向けたなら、聖杯欲しさに、一番強い陣営に与したって考える方が自然じゃないかしら」
「いや、それはない」
 絶対にあり得ないことなので条件反射の速度で否定が飛び出していた。遠坂はやや面食らったように閉口したのち、腕を組んで眉を寄せた。
「……そこよ、よくわからないのは。あなたってばどうしてそう自信満々なわけ? 令呪を失ってサーヴァントにも見捨てられたっていうあなたの状況と、その謎の自信に溢れた態度とがミスマッチすぎて、なんだか調子が狂うのよね」
「別に自信に溢れてはないけど……」
 とはいえ落ち込んだり狼狽したりしていないのは事実だ。そんな俺が、久方ぶりに再会した遠坂から見れば奇妙なのだろう。セイバーも同感なのか、無言ながらも俺の回答を気にして見える。
 本当は昨夜の時点で聞きたかった質問のはずだ。あとで答えると言った手前、それなりに納得してもらえる答えを返さないといけない。どこまで伝えたものか悩みながら、俺は口を開いた。
「……俺はアーチャーの正体を知っている。あいつが、人々を殺そうとしているギルガメッシュに手を貸すことはあり得ない」
 一度言葉を切って様子を窺う。
 もちろんあいつの真名を明かすのが説明としては一番手っ取り早いのだが、二人のリアクションを想像するとあまり気乗りする話ではない。驚かれるくらいならともかく、だったらなんでアーチャーが今の俺と敵対しているのか追求され、俺とアラヤとの契約の話まで明るみになっては堪らない。この大変な局面に不要な騒動を増やすつもりはないのだ。
 とはいえ、真名もなしにどう言えばわかってもらえるだろうか――そんな俺の心情を読み取ったわけでもなかろうが、遠坂はセイバーと目配せをしたかと思うと、否定も追求もすることなく、
「衛宮君はどうして、自分を殺しにきたイリヤスフィールや、もう敵だから関わるなって言った私のことを、何の衒いもなく、『次は信じてみよう』って思えるの?」
 なんていう、一見関係のない質問をした。
 予想外の返しに言葉に詰まる。アーチャーの話はもういいのだろうか?
「何の衒いもないってことはないよ。俺だって困惑したし警戒くらいはする。けど、少し話すだけで、イリヤがいいやつだっていうのはすぐわかることだしさ。遠坂だって、そうだろ。昨夜城で再会したときも、真っ先に俺を心配してくれたじゃないか。
 えーっとだな。だからちゃんと話せば、相手がどんな人かわかるし、わかった上で信じられるのなら、信じられるっていう話で……。……いや、なに言ってるんだ俺は」
 リンゴは赤いから赤い、みたいな話をしてしまった。遠坂は信じるに値する根拠はなにかと聞いているのだ。これでは答えになっていない。
 しかし、そもそも質問の意図がわからない。遠坂センセの顔色を窺うが、いまいち是非のわからない微妙な表情をしていらっしゃる。弁明しようと俺はあたふたと補足した。
「そもそも、誰が敵だとか言うのと、その人を信じるかどうかっていうのは全然別の話だろ? だからどうして信じられるかって聞かれても、信じられると思っただけというか……」
 いかん。言えば言うほど堂々巡りになってきた。いよいよ遠坂山が噴火するか、あるいは呆れ果てて死火山と化すかもしれぬ。
 恐々と様子を窺う俺の予想に反して、組んでいた腕を解いた遠坂は、存外柔らかな表情で笑った。
「なるほど。そういう理論なら、私もアーチャーを信じるしかなさそうね」
 俺のしどろもどろの答えで一体なんの納得が得られたのか。
 俺にはさっぱりわからなかったが、遠坂は一つきりの質問で、アーチャーの振る舞いの不可解さを飲み込んでしまったようだった。
「いいのか……? そっちからしたら、全然信用のない話のはずだろ?」
 客観的には、アーチャーはマスターから離反し、裏切りが疑われる状態であるはずだ。なのに、遠坂の隣のセイバーまでもが俺の言葉一つで頷いている。
「我々をひととなりだけで信じると言ったシロウが、アーチャーのことを、真名まで持ち出して保証するのです。十分信用に値すると思いますが」
「う……それは、ありがたいけど……」
 ありがたいけど、心配が勝る。しかし、なおも言い募ろうとする俺の弱気は、パンッと遠坂が打ち鳴らした両手の音で中断された。
「はいはい、こっちが納得したんだからいいじゃない。戦えるんなら猫の手だって借りたいんだから、味方が増えるなら万々歳だわ。
 この話はこれでおしまい。時間は有限なんだから、きりきり行きましょ」
 そっちが納得していることに俺は逆に納得いかないのだが、遠坂たちがよいのなら問題ないというのは正論ではあるし、時間がないのにも同感だ。

 しかたなし、俺も話題を変えがてら、気になっていた部分を聞くことにした。
「なあ。遠坂たちは、聖杯がちゃんと使えるかどうか知っているのか?」
 聖杯の汚染と破壊について――本来なら、イリヤをネゴシエーターに据えて、二人を説得するはずだった話題だ。
 少し曖昧な言い方をしたのは、アーチャーの行動を『聖杯ほしさ』と捉えたところが気にかかったからだ。遠坂たちはやはり、聖杯の中身がどうなってしまっているのか、知らないままなのだろうか。
 そう考えての発言だったが、意外にも、遠坂は舌打ちでもしたそうな、苦り切った顔をした。セイバーも少し目を伏せた憂い顔で、少なくとも聖杯を万能の願望器とは思っていないことがよくわかる表情だ。
 思わぬ反応に、俺は首を傾げた。
「知ってそうな感じ、だな。でも、なんでだ?」
 こっちはアーチャーの知識とイリヤスフィールの証言があったが、これは半ば裏ワザめいていて、普通は知る機会はない。いったいいつ知ったのだろうか。
「……どこぞの腐れ神父のありがたくもない洗礼・・のおかげよ。
 聖杯は『悪よあれ』という人類最古のねがいで完売御礼、売約済み。願望器としては前々回以降不良品もいいところ、って話らしいわね。
 正直、私を混乱させるためのでっち上げ――って思いたいとこだけど、いくつか心当たりもあることだし」
 言峰のことでも思い出しているのか、忌々しげに端正な顔を歪めていた遠坂は、大きなため息を吐くと気を取り直すように首を振るった。
「私からすれば士郎が知っている方が不思議だわ。そっちはイリヤスフィール経由で知ったってこと? 元凶はアインツベルンらしいけど……」
「――まあ、そんなところ。でも、そっか。それでも戦ってくれてるっていうことは、セイバーはこの街を守ろうとしてくれているってことなんだな」
 本来サーヴァントは聖杯のために冬木に降り立ったのだから、その価値がないと知れたのなら、マスターに従って戦う理由がない。それでもなおセイバーが剣を手放さず、ギルガメッシュに挑もうとしてくれているのは、そうしなければ呪いに焼き沈むこの街を救いだそうとしているのに他ならない。
 アーチャーにも教えてやりたい事実だった。あいつはセイバーは聖杯に固執していると主張していたけど、やっぱりセイバーはセイバーで、そもそも説得も何も必要なかったわけである。
 俺は懐かしい高潔さに胸を温めていたが、当のセイバーは対称的に、沈鬱で思い詰めた表情をしている。
「……いいえ。いいえ、シロウ。私は、あなたに言わなければならないことがあるのです」
 そんな話し出しに、首を傾げつつも俺は続きを促した。遠坂はセイバーの語るに任せるつもりか、沈黙したまま場を見守っている。
「聞けばあなたは十年前、この街を襲った大火災で家族を失った孤児であり……その後、衛宮切嗣に拾われて、今の家名を得たのだと」
 ――それは、衛宮士郎の来歴の話だった。
 あまりに突然の話題転換に、俺は目を瞬かせる。セイバーにも俺の困惑が見て取れたのか、言い募るように続けた。
「個人の事情を他人越しに詮索するような真似をしてすみません。けれど、それが事実であるのならば、あなたが当然享受するはずだった平穏を奪ったのは、私なのです」
 セイバーの碧眼は、うろうろと俯いて机の上に視線を走らせている。こういう話をしていて、こちらに視線を合わせられないというのは、彼女にしては珍しいことだった。
「私は十年前、まさにその戦禍の中にいました。
 燃え広がる炎に無辜の民が巻き込まれるのを苦々しく思いながら、その原因は私以外の誰かにあるのだと、まるきり他人事でいた。聖杯を求めた私たちに原因があることだということを――私にもその責があるのだと言うことに、全く無自覚なままでいた」
 深夜、眠る住民を突如として襲った大火災。
 忘れようとしても忘れられない。忘れたつもりでいても忘れていない。自分が死んで中身が空になっていく感覚。
 魔術を知らない俗世界は、それを不幸な天災として処理した。魔術師とは名ばかりの衛宮士郎も、あの光景に人の悪意なんてものは介在していないのだと信じて生きた。
          ――喜べ、少年。
 それが、ある種意図的な人災――防ぐことができた災厄であったのだと知って、剣を握る覚悟を決めた。
 全ての運命が回り出すはじまりの夜、その矛先を向けた相手仇敵に、オレはどんな感情を抱いたのだったか――。
「……シロウ。私は、前回の聖杯戦争にも召喚されていたのだ。そして、あなたから家族を奪うような戦いをしておきながら、その罪科を自覚せず、次こそは聖杯を戴くのだと我欲ばかりで……もう一度、この街に戻ってきてしまった……」
 それは羞恥と後ろめたさに塗れた、後悔している人の声だった。
 自責の念に押しつぶされて、消えてしまいたくなる気持ちはよくわかる。それでも最後にはきちんと顔を上げてこちらを見据えてくるあたりは、彼女らしい気高さだった。
「あなたの両親を殺したのは私たちです。シロウには、私を糾弾する資格がある」
 そう話すセイバーは、しかし決して頭を下げようとはしなかった。誰かに謝ってもらいたいわけではない俺の心を、わかってくれていたからかもしれない。
「…………」
 しばし沈黙が落ちた。セイバーは俺の言葉をいつまででも待っていそうだ。遠坂は黙ったまま、俺たちの清算を見守っている。
 なんと言ったものか、話し出そうとしてもまとまらず、無意味に口を開閉させる。
 十年前のことについては、自問自答すらまともに完結できたことがない。悩みながら、俺は視線を机に落としてなんとか言葉を絞り出した。
「あの日、たくさんの人が死んだのは――」
 不幸には、形がない。
 俺たちの頭上に重くのしかかって、気まぐれに人の命を刈り取るのに、それを目で見ることはできないし、もちろん剣で切りつけることだってできない。
 誰かの涙という結果でしか観測できない、あるはずなのにどこにもいない、不定形の影のようなものだ。
「かつてこの世すべての悪アンリ・マユなんてものを願った人々のせいだし、聖杯にそんなものを混ぜたアインツベルンのせいだし、そんなものを巡って争ったセイバーたちのせいだし、みんなを見捨てた俺のせいだ」
「っ、シロウ、そんなことは――」
「気づかなかったおまえに罪があるというのなら、みんなを置いていった俺にだって、罪がなくっちゃあおかしな話だ」
 言い切った俺に、セイバーは口を噤んだ。
 どんな悪人だって少しは善性を抱えているのと同じように、どんな善人だって、必ず悪性を備えている。
 誰もが悪性を有していて、しかしそれを切り離すことができないのならば、誰が悪いとか、罪をどう糺すのかとか、話していたってきりがない。
 俺は顔を上げてセイバーを見た。褪せぬ宝石のような瞳と真っ直ぐに目があう。
「仮に、何かの資格が俺にあるとして、言いたいことはひとつだけだ。聖杯を破壊するために、おまえの力を貸してくれ、セイバー」
 そう締めくくった俺に、セイバーは眩しそうに、そしてどこか懐かしそうに目を細めた。
 大切なものをしまいこむかのように右手をそっと胸に添えると、しっかり頷く。
「――ええ。今度こそは間違えない。この剣と、あなたの継いだ衛宮の名にかけて、聖杯の破壊を約束します」

Comments

  • 竹箒は最強

    このシリーズ大好きです。続きをお待ちしています。

    March 3, 2024
  • なぎさん
    March 21, 2023
  • なぎさん
    January 21, 2023
Potentially sensitive contents will not be featured in the list.
© pixiv
Popular illust tags
Popular novel tags