甲子園大会の長い歴史で、国内最東端からの出場校となる。北海道の根室振興局(根室管内)5市町の一つ、別海町にある別海。1月26日、第96回選抜高校野球大会(3月18日開幕、甲子園球場)選考委員会のライブ配信を学校の体育館で見守った選手たちは、吉報がもたらされると飛び跳ねて喜びを表現した。以前より1枠減の2枠となった21世紀枠での選出。ハンディを乗り越えて夢舞台への切符をつかんだチームの挑戦に迫った。(時事通信札幌支社編集部 嶋岡蒼)
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生乳生産量全国一
野球部員は選手が16人、マネジャー3人を含む計19人の小所帯だ。年平均で最低気温が0度に満たない冬日が6カ月以上もあるが、農業用のビニールハウスを活用するなど工夫しながら鍛錬を積んだ。昨秋の北海道大会では、大会初勝利を含む2勝。ベスト4進出と躍進した。
北海道の東端に位置し、海流で運ばれた砂が長年の間に堆積した砂嘴(さし)が全長約26キロにわたる野付半島など、自然豊かな別海町。生乳生産量全国一を誇る同町のホームページには、人口(約1万4000人)に加え牛の数(約11万3000頭)も記載されている。人口の約8倍にも及び、町内には牧場が点在。唯一の高校、別海には酪農経営科があり、地域社会の担い手を育成している。
野球部員も例外ではなく、複数の部員の実家が酪農を営む。漁業も盛んで、中道航太郎主将の実家業はサケ、ホタテ漁。練習の合間を縫って、漁獲物の水揚げを手伝うこともあるという。
エース中心、もり立てるバック
別海のチームカラーはどうか。右横手投げのエース堺暖貴投手を中心に、バックの堅実な守備が持ち味だ。堺をはじめ5人が別海中央中時代に全国大会を経験。甲子園出場への大きな力となった。
昨秋の北海道大会は初めて札幌ドームで開催された。1回戦の苫小牧中央戦では、九回に中道が劇的な逆転サヨナラ2ランを放って4―3の勝利。準々決勝の知内戦は延長十回のタイブレークを4―3で制した。
やってきたことを出せた
島影隆啓監督は「堺が安定しているから、みんな安心して慌てずにいられる。本当に堺に尽きると思う」。打たせて取る堺の好投を堅守が支え、接戦を物にした。勝った2試合は無失策で、堺は完投した。
「実力通り、やってきたことがきちんと出ていた。120%、150%の力を出しているわけではない。勢いではなく、まぎれもなく、しっかりやってきた実力かなと思う」と島影監督。準決勝では甲子園常連校の北海と対戦し、0―2の八回に1点差に迫った。その裏に4点を追加されて1―6で敗れたが、その後優勝した北海を相手に健闘した。
全力疾走、元気な声
別海の快進撃を率いた島影監督は、報道陣にもざっくばらんに対応する姿が印象的な41歳。自身がつくり上げたチームを、こう表現する。「昭和の野球です。全力疾走する、元気な声を出す。弱いチームが勝つためには、むしろそういうところがしっかりしていないと駄目だと思う」
2016年に就任した島影監督は、公立高では珍しく、教員ではない外部指導者だ。地元にある実家のコンビニエンスストアで勤務しながら野球を教えている。高校野球の指導者では異色と言えるだろう。
センバツ出場が決まった瞬間、就任当時の部員の顔が頭に浮かんだという。2、3年生はわずか4人だったといい、「本当に弱くて、練習試合でも全く勝てない状況だった。その子たちに対し、やってやったぞという気持ちがあった」。近隣の中標津との練習試合で、10点以上の差をつけられて敗れたこともいまだに覚えている。その頃の悔しさが脳裏によみがえり、涙を流して喜んだ。
小さな町、かなえた「でっかい夢」
出場決定後の記者会見で、島影監督と中道が繰り返し口にしたのが、地域への感謝の言葉だ。町民の後押しもあり、今年に入って町の施設を改修した屋内練習場が用意された。中道が「町民の方に協力していただいた分、(それを)甲子園で力にしてプレーしたい」と誓い、同監督も「就任直後の人数が少ない頃から応援してくれた方々がいる。こんな小さな町の小さな学校の子供たちが、でっかい夢をかなえた。町民の皆さんに感謝したい」と言葉に力を込めた。
2月は暖かい鹿児島県内で合宿を行い、本番に向けて準備した。島影監督は「やるからには優勝を目指すのが普通のこと。そんなの無理だよと思うかもしれないけど、僕らは『そんなの無理だよ』と言われた甲子園を現実にした」と胸を張る。これまでに何度も唇をかんできた。それでも応援してくれた地元への感謝―。それらをパワーに変えて、聖地甲子園で思い切りぶつかっていくつもりだ。
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