マイナー契約でレイズ移籍の上沢直之が目指す「何か革命的なこと」

2024年01月28日15時00分

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 日本球界からの米大リーグ移籍が活発だった2023年シーズンのオフ。各選手がメジャー契約で続々と入団を決めた中、マイナー契約を結んで海を渡るのが上沢直之投手(29)だ。ポスティングシステムを利用して日本ハムからレイズへ。メジャー契約を打診する球団もあったが、あえて険しい道のりを選択した。快速球を軸に力強い投球をする本格派ではない。だからこそ、示してみせたい姿がある。プロ入り当初から持つ、はい上がっていく気概でメジャー昇格を目指す。(時事通信札幌支社編集部 嶋岡蒼)

 上沢は昨秋、日本ハムにポスティングシステム利用を承認され、米国でトレーニングしながら契約を待った。12月下旬になって松井裕樹投手が楽天からパドレスへ、山本由伸投手がオリックスからドジャースへの移籍が決定。年が明け、今永昇太投手がDeNAからカブスに加入した。上沢の契約だけがまとまらず、日本ハム残留を予想する声すらも出ていた。

決め手は「球団のプライド」

 その頃、本人はメジャーかマイナーかで悩んでいた。「迷いは正直あった。(メジャー契約で)すごく評価してくれたチームもあったから」。レイズと契約するために決断しなければいけないリミットの約1時間前まで、考え抜いた。家族の後押しも受け、最終的にレイズを選択。決め手となったのは「球団全体のプライド」があったからだ。

 大リーグ球団の中で、投手の育成に定評があるとされているのがレイズ。「(育てた)投手で勝つんだという強い思いを感じた。僕のことを調べて、理解してくれているのが印象的だった」。上沢は、そう話す。持ち味とする、切れのある速球とフォークボールをレイズ側が高く評価。今後の改善点なども交渉の場で聞き、心を動かされた。

成長を見据えた選択

 球団に共感したとはいえ、待遇面ではメジャー契約と大きな開きがあり、過酷といわれるマイナーの世界。それでもレイズを選んだのは、自身のレベルアップを見据えたことが一つの理由だった。

 「どちらにしても僕は今季結果を残さないと、来年の大きな契約は待っていない。どこのチームに所属しても、春のキャンプから結果を残さなければいけないことに変わりはない」。たとえメジャー契約からスタートしても、活躍できなければ途中での自由契約もあり得る。「(先々に)メジャーでしっかりとした姿、レベルアップした姿で投げることをイメージして考えた結果」がレイズだった。今年1年間の契約だけを考えることはせずに先を見据え、成長しやすい環境でプレーすることを優先した。

 1月18日にエスコンフィールド北海道で行われた上沢の記者会見には、栗山英樹チーフ・ベースボール・オフィサー(CBO)も出席。日本ハムの監督としても10年間見守った上沢の決断にエールを送った。「ナオ(上沢)らしいなと思った。お金や環境ではなく、こういう野球をやりたいというのがベースにあるべきだ。その筋を通して前に進む姿は誰もが応援したくなる」

「スピードがなくても」

 上沢はかねて、自分の投球スタイルをこう表現していた。「僕は球も速くないし、驚くような変化球もない」。試合でストレートの球速は150キロ前後。決して遅い部類ではないが、160キロ超を投げる投手がいる今の野球界で、速いわけでもない。鋭いフォークに加え、カットボールやツーシーム、チェンジアップなど多彩な球種で勝負するのが持ち味だ。

 日本球界以上に直球のスピードが求められる大リーグ。それだけに「僕みたいな投手がメジャーでそれなりに投げられたら、何か革命的なことが起きそうな気がする」と語気を強める。過去を含め日本人大リーガーの投手は多くが剛腕タイプだ。そうした中、上沢は「スピードがなくても抑えられることを見せられる。それを目指して頑張りたいと思うし、そうありたい」。スタイルを貫き、新しい道を切り開いていこうという覚悟がある。本格派ではない投手がそこを追求することにも、やりがいを感じるのだろう。

キャンプ初日から勝負

 上沢がメジャーの舞台に立つためには、まずは招待された春季キャンプでアピールする必要がある。昇格する保証はない。マイナー契約で米球界に移り、メジャーで活躍できなかった日本人選手も過去にいた。もちろん、立場は十分理解している。「キャンプ初日から勝負しなければいけない。すごく気持ちが張り詰めている状態」。心地良い緊張感を力に変えるつもりだ。

 いばらの道を選んだ上沢は、日本球界でも下からたたき上げてきた存在と言える。千葉・専大松戸高では甲子園出場の経験がなく、ドラフト6位でプロ入り。「入ったら横一線と言われるけど、僕はそうではないと思っていた。その中で、自分には野球しかないと思ってやってきた。野球で成功できなければ胸を張れる人生じゃなくなる」。そんな気骨で懸命に腕を振った。

「ファイターズで学んだ全てを生かす」

 プロ7年目の2018年、初の2桁勝利となる11勝を挙げた。翌年には、交流戦で左膝に打球が直撃して骨折。長いリハビリを経験して20年に復活し、21年に12勝をマークしてチームのエース格に成長した。

 12年間在籍した日本ハムを離れる。挑戦を前に不安や怖さはないという。「ファイターズで学んだことを全て生かして、米国の地に向かっていきたい」。2月6日で30歳。上沢でしか実現できない選手像を具現化させるべく、米国で勝負する。

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