野球の米大リーグ、エンゼルスの大谷翔平選手が、日本選手として初めて本塁打王に輝いた。終盤に右肘と右脇腹の故障に見舞われて欠場が続いたが、ア・リーグ最多の44本塁打をマーク。数々の偉業に加え、投打の二刀流を貫く姿勢やグラウンド内外で垣間見せる人間性に引き付けられるファンは多い。なぜこれほどまでに注目や人気を集めるのか。世代論に詳しい千葉商科大の常見陽平准教授(49)=労働社会学=に話を聞いた。(時事通信運動部 前川卓也)
「強さのインフレ」がある
ヤンキースなどで活躍した松井秀喜ら多くの日本人打者がつかめなかったメジャー本塁打王の称号。史上初となる2年連続の「2桁勝利、2桁本塁打」も達成するなど、大谷の快挙は枚挙にいとまがない。ただ、常見さんはこうした実績だけで大谷の魅力は測れないという。
「第1の前提として、大谷選手から野球が大好き、とにかくいちずという気持ちのいい思いが伝わってきます」
さまざまな情報にあふれ、多様な価値観が入り交じる現代社会。興味、関心の対象が細分化される中、一つの物事に視線が集中することは少なくなった。一方でいわば「マニアック化」が進み、素人や玄人、一見(いちげん)さんやコア層に分かれることも多い。
「今の時代は、いろんな分野がテクニカルな方向に行き過ぎています。例えば亀田誠治さんという音楽プロデューサーがいます。椎名林檎や東京事変、JUJUなどに関わっている人ですが、人気バンドだろうと素人だろうと、どんな曲でも流れている音楽全てが楽しく感じると言っています」
「大谷選手の場合も、あれだけのスーパースターなのに、本当に野球がこんなに好きなんだなとか、こんなに大きな夢を持っているんだとかが伝わってきます。そもそも高校時代から、渡米してマイナーリーグでもいいからメジャーに挑戦したいと言っていました。スケールが大きく、とてもピュアな野球好き。誰よりも野球を愛しているんじゃないかと。そこに人は好感を抱くのです」
投げては160キロ台の直球、打っては特大の本塁打。投打ともメジャーでトップクラスの実力を誇るのは、もはや「反則レベル」だ。
「もう『リアル少年漫画』だと思っていますよ。そんなのないだろう、あり得ない、という痛快さがあるんです。大谷選手は『ドラゴンボール』でしょう。主人公の孫悟空のように、『強さのインフレ』があります。こんなに強いのに、まだまだ強くなるぞ、とか、こんなに強いのに、投打の二刀流というかめはめ波(必殺技)まで持っているぞ、みたいな。そういう痛快さや爽快感を持っているのが、すごくナイス。存在自体にわくわくしてしまいます。こうなると、野球ファンだけではなく一般の人々も『あの人はすごい』となります」
スポーツに限らず小説や映画、アイドルなども同様だが、娯楽の楽しみ方の一つに「同一化」がある。子どもがヒーローに憧れてまねをしたり、スーパープレーをする自分を想像してみたりすることで、疑似体験に類した興奮や喜びが生まれる。大谷の場合は、野球の母国の米国でトップを極めていることが輪をかける。
「言うなれば、少年漫画的同一化でしょうか。経済などで日本がいろいろ苦しい中で、海外から明るいニュースが届く。とりわけスポーツニュースって明るいものが多いですよね。スポーツは実際に人間が体を動かすもの。野球ならボールを投げて打ってというアクションがあり、その痛快さが響きます。グローバルビジネスの世界では、(米巨大IT企業4社の)GAFAに日本がやられている状況。日本の働く人にとって、一服の清涼剤になっていると思います」
「憧れをやめましょう」の力
常見さんは、大谷の鮮烈な投打とともに、所作や立ち居振る舞いにも目を見張る。とりわけ着目したのは、日本代表「侍ジャパン」が世界一を奪還した今年3月のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で発した言葉だ。決勝の米国戦を前にしたロッカールーム。大谷は円陣で「憧れるのはやめましょう。僕らはトップになるために来た。きょう一日だけは憧れを捨てて、勝つことだけ考えていきましょう」と仲間に語り掛けた。
「すごくセンスがいいですよね。大谷選手は言葉の力を持っている、知っていると感じました。デジタルネーティブ世代を含めた人々に響く短いフレーズ。そこから共感が生まれます。『恐れるな』『怖がるな』などではなく、『憧れるな』という言葉のチョイスも粋でした。あれはメンバーの気持ちを高ぶらせるとともに、日本国民を鼓舞する言葉にもなったと感じています。ビジネスに置き換えるなら、外資系企業や大手企業に立ち向かおうとする企業人を応援する言葉です」
二刀流とZ世代の親和性
夢を追い求め、やりたいと思うことを自ら制限せずにやり抜く。大谷は岩手・花巻東高在学時から、投打の二刀流にこだわってきた。そうした前向きでくじけない歩みは、日本社会にどう捉えられているか。常見さんは、大谷の二刀流と、1990年代半ば以降生まれの「Z世代」の親和性が高いとみている。
この世代は2008年のリーマンショックや11年の東日本大震災など不況や不安定な情勢の中で育ったことが影響し、概して安定志向が強いとされる。また、小さな頃からインターネットを親しんできた「デジタルネーティブ」の世代で、合理的な考えに基づいた努力を好む。さらに仕事も趣味も生き方も、一つに縛られない自由な考え方を持っている。
「実は二刀流って、今の若者の価値観と合っているんです。今は副業をやりたい、パラレルワーカーになりたいと言う人が多い。あれもこれも、興味のあるものはトライしてみたいという若者が増えました。会社員でありつつ、コンテンツ制作をやってみようとか、大学生ならサークルを掛け持ちしたいとか。どれかに絞る必要はない、両方いいならどっちもやっちゃえという感じなんです。そういう『自分の可能性を一つに絞りたくない』という何でもやりたい世代に合致していると言えます」
夢の実現のために大谷が生活を律する姿も共感を呼ぶという。休日も筋力トレーニングなど心身の強化やメンテナンスに励み、夜の街を飲み歩いたり豪遊したりする話は皆無。食事は栄養の摂取を意識する。WBC期間中には、塩で味付けしただけのパスタを食べることが話題になった。
「ストイックに貫く姿勢も非常に響いていると感じます。いい意味で、かつての『野球選手像』を更新しました。昔は外国車に乗り、銀座で飲み歩き、ブランドもののバッグや派手なアクセサリーをつけて、というのがありました。今の価値観では、そういうことはダサい、痛いという風潮がありますから」
リアルの重要性
インターネットの発達で、現代社会には情報や娯楽が氾濫する。老若男女の関心が重なることは減り、特定の人物や題材に人気のうねりが起きることは珍しい。
「面白いですよね。今は動画の時代で、大谷選手の試合やプレー映像が、さまざまなデバイスで見られます。また、野球のプレーは動画編集との相性も良く、娯楽のファスト化に適している面があります。ただ、これ自体は普通のことで、人気ユーチューバーやTikTok(ティックトック)などのインフルエンサー、テレビのバラエティー番組なども自分たちで企画を考えて映像をつくっています」
「では、大谷選手は何が違うのでしょうか。それは『リアル』という点に尽きます。つくられた動画の場合、その内容が事実かどうか、本当かどうか分からない側面があります。一方で大谷選手は本当に体を鍛えて、投げて打って、信じられない活躍を実世界でしています。ネットの仮想空間にとどまるものではなく、加工されたものでも、つくりものでもありません。実際に起きていて、それがスーパー過ぎるということがナイスなんだと思います」
近年はインターネット上で「炎上」や「過度の批判」が目立つ。少しでも「あら」があれば攻撃対象になることもある中、大谷は清廉なイメージを維持する。
「稼いでいるはずなのに、お金のにおいがしないはすごく不思議。そこも非常に好かれるポイントでしょう。恐らくですけど、契約する際も重要視しているのは金額より環境でしょう。自分のやりたい二刀流を続けられるか、野球に集中できるかなど、そういったところに価値を求めていると容易に想像がつきます。これが今の20代と重なるんです。現代社会で彼らが転職する際にこだわるのは、働く環境と仲間です。メガバンクでも今は副業を認めています。自らITサービスを立ち上げたり、アプリをつくったり、コンサルタントをやってみたり。他にも転勤がないとか、リモートワークができるとか、全国どこでも働いてOKとか、働き方が大事なのです」
閉塞感破る逆襲物語
日本社会は長く停滞感に覆われている。バブル崩壊後の90年代からデフレ経済が断続的に続き、企業は投資や賃上げを抑制。今は物価高が猛威を振るっている。その中で、海外で目覚ましい活躍を続ける姿はまぶしく映る。
「明るい話でしょう。大谷選手に熱狂するのは、それを人々が模倣できないからでもあります。あんなに通信会社があったのに、なぜ日本はiPhone(アイフォーン)やフェイスブックをつくれなかったのか。ミクシィも一時は面白かったけれど、なぜグローバル化できなかったかなど、いろいろ突っ込みどころがあります。その中で野球の本場と言えるメジャーリーグで、彼しかできない方法で道を切り開いていることが痛快なんです。日本再興プランというか、そういうものと重なります。ある意味、大谷選手に『失われた10年の逆襲物語』を重ねている人は多いはず。夢と希望を感じられるのです」
強大と思っていた世界に飛び出し、有言実行以上のことを成し遂げている大谷。それは劣勢の日本企業、ひいては日本社会を元気づけていると感じている。
「実に気持ち良く国境を越えていますよね。最初からメジャーと言っていたのも痛快だし、楽しんでいる感じしかしない。インターナショナルじゃなくてグローバルなんです。これだけ極めると、日本人でも規格外の強さになれるということを証明していますから」
最後に大谷と日本社会の相関性を説明してもらった。大谷はどんな存在で、彼から何を学ぶべきか。大谷を通して見る日本社会とはどんなものか。
「なぜ日本から大谷選手が生まれたのに、日本は大谷選手みたいではないのか考える必要があります。日本に閉塞感があるため、地球規模で規格外という大谷選手に憧れるし、わくわくするのです。それは日本が沈んでいる状態だから、という見え方も影響しています。だからこそ、いいと感じたものはどんどん取り入れればいいんです」
「日本経済ももう少しいけるんじゃないかとか、うちの会社ももっとできるのではとか、大谷選手のような活躍をするにはどうすればいいかを考えれば、世の中はちょっと明るくなると思うんですよ。投げて打ってを、ひたすら楽しんでいる姿を見て下さい。プレーが神懸かっている、基本を極めている、ではなく、夢中になれば社会は勝手に変わるものなのです。二刀流をするのではなく、二刀流のようなオリジナルは何かを考えるといいと思います。想像してみてください。米国でも中国でも欧州でも、自分の商品、自社の商品が死ぬほど売れている光景を。面白いでしょう。痛快でしょう。世の中が変わる瞬間、道を切り開いた瞬間、いわば熱狂する瞬間にわくわくしていきましょう」
常見 陽平(つねみ・ようへい) 1974年4月4日生まれ。北海道出身。一橋大商学部、同大学院社会学研究科修士課程修了。民間企業勤務やフリーランスを経て2015年4月に千葉商科大の国際教養学部専任講師に就任し、現在は准教授(労働社会学)。労働問題や若者論などに詳しく、寄稿や講演なども精力的にこなす。参議院経済産業委員会や、厚生労働省の「多様な選考・採用機会の拡大に向けた検討会」で参考人を務めた。政策に関する提言なども行っている。