自らグラウンド整備も
初日に戻る。内野ノックの合間に、新監督は自らグラウンド整備を買って出た。「終わってから次の練習に行くまでに、早く休憩させたかった。そうしたらまた、次のプレーに集中できる」。そして3日目。ノックをバックネット裏で見ていたが、練習が終わるとグラウンドに飛び出して「トンボ」を手にした。選手たちが整備しているのを見ると、「選手はやっちゃ駄目。やったら罰金だから」と冗談交じりで呼び掛けた。
その姿勢は、阪神時代に指導を受けたコーチの故島野育夫さんから学んだ。島野さんは中日、阪神で監督だった故星野仙一さんを支えた名参謀でもある。新監督は現役時代、グラウンド整備を「ほとんどしたことがなかった」という。
島野コーチから受けた薫陶
島野さんは信頼できるコーチの一人だったという。若手の頃、島野コーチのサインを間違えたことがある。すると、至近距離に顔を近づけられ、怒られた。ほかのコーチには「甘やかされていた。ほとんど怒られなかった」という中で、島野さんは違った。「ものすごい勢いで怒ってくれた。だから、ついていきたいと思った」
ある試合で、外野守備の際に島野コーチの指示を無視して、自分の感覚で守る位置を決めた。ずばり、そこに打球が飛んできた。「(島野コーチは)『なかなかやるじゃないか』と。けんかじゃないけど、そういう信頼関係ができて『ならばもう、外野の監督はおまえでいけ』って。そうなった」。島野コーチの下でプレーしていたのは20年以上も前。独自色が強そうに見える新監督だが、大事な先人の教えはしっかりと受け継ぐ。「島野さんがやることは間違いないと。そんな思いでやっていた」。視線を真っすぐにして、そう話した。
ポジションを「シャッフル」させる
視察3日目には、ポジションをシャッフルしたシートノックを実施。これも阪神時代の経験を生かしたやり方だ。捕手は外野を、外野手は内野を、内野手は普段と別の内野と外野の守備位置に就いた。野手として「幅を広げてほしい」という意図があった。新監督は全体を見渡せるスタンドでノックの様子に目を向けていた。そうしながら報道陣に、阪神時代のエピソードを明かした。背番号「63」を背負っていた若き日、内野の練習をしていたことが出場機会につながったという。
遊撃の練習をしていた頃、三塁が定位置の主砲、トーマス・オマリー内野手がけがで離脱した。「(コーチ陣が)『誰かおらんのか、内野』『あの細い63番、呼んでこい』って。オマリーがけがをするとは思っていなかった。内野を始めてたぶん、3カ月くらいかな。遊撃の練習しかしてなかったけど、遊撃をやっていたら三塁もできるだろう、ということで」
代わって出場機会を得て、三塁守備を無難にこなす。その後、遊撃を守っていた久慈照嘉内野手が離脱し、遊撃手を任された。久慈が復帰すると、今度は八木裕外野手が不調に陥り、「本職」となる中堅手に。自ら可能性を探っていったことが、不動の定位置を獲得するきっかけになった。
「ずっと外野の練習だけやっていたら、1軍に上がれなかったと思う。(定着も)もっと遅れたでしょう」。千載一遇のチャンスを逃さなかった自身の経験を伝えようと、シャッフルのメニューを試みた。敬遠(今は申告敬遠)中の投球を打ってサヨナラ安打にしたり、オールスター戦で本盗を成功させたり。そんなシーンもファンの脳裏に焼き付いている。「(自分で)そういう場面を持ってきている。だから、みんなもそういう場面になった時に思い切ってプレーできるように、準備をしてほしい」と熱い口調で語った。
盟友の稲葉GMと同じ野球観
秋季キャンプには、現役時代を共にした盟友で、新任の稲葉篤紀ゼネラルマネジャー(GM)も打撃指導などに加わった。新監督から「あっちゃん」と呼ばれ、編成を担当しながら、左打者を中心に技術指導も任されている。稲葉GMは新風を吹き込む新監督に感心。初日から盛り込まれた独特の練習メニューを「何となくではなく、そこにはちゃんとした意図が見えている。楽しみながらでも、ちゃんと野球につながっているものがあった。すごく考えている」と評価した。
新監督と新GMは、日本ハムが44年ぶりに日本一となった2006年、中心選手としてチームをけん引。この年は中堅・新庄と右翼・稲葉、左翼の森本稀哲外野手がそろってゴールデングラブ賞に選ばれるなど、鉄壁の外野守備を誇った。
野球の日本代表「侍ジャパン」の監督を務め、東京五輪で金メダルに導いた稲葉GM。その野球観は、新監督と完全に一致しているという。「僕もジャパンの時は投手を中心として守り、そこから攻撃にリズムを、というのをずっとやってきた」
スモール・ベースボールを追求へ
型破りに見える部分が注目されがちだが、野球に対する姿勢は至って真摯(しんし)と評される新監督。現役時代から、それは変わらない。とりわけ外野のポジショニングについては緻密だった。毎試合、中堅の守備位置から両翼の外野手に対し、一球ごとに細かくポジション取りを伝えていた。稲葉GMは「一球一球終わったら、俺の方を見てって言うんですよ。ただ、2死二塁など、1点も与えたくない場面で外野がみんな前寄りかというと、そうじゃない。この選手は前、この選手は後ろだとか、そういう感じだった。その野球観はすごいですよ」。鋭い洞察力を兼ね備えているという。
新監督が見据えるのは、かつて日本ハムがAクラス常連だった頃の守りを中心とした「スモール・ベースボール」か。就任記者会見で「ヒットを打たなくても点は取れるんだぞという、その作戦面での面白さ。『こんなやり方があるんだ』を僕たちが先に発信して他球団にまねされるような感じに、と考えている」と語った。選手もその方向性を理解しているようで、渡辺諒内野手は「ノーヒットで1点を取りにいくという考えを持っていらっしゃるので、いかに次の塁に進めるか、バントの意識、細かいところの小技が重要になる。応えられるように練習をしていくだけ」。意図を心得ている。
転換期で任されたかじ取り役
日本ハムは転換期を迎えている。長く主砲を務めた中田翔選手が暴力問題で巨人に移籍し、知名度が高い斎藤佑樹投手が引退。10年にわたり指揮を執った栗山英樹氏が監督を退いた。来季は04年の北海道移転から本拠地球場としてきた札幌ドームの最終年。23年からは総工費約600億円をかけた「北海道ボールパークFビレッジ」および新球場「エスコンフィールドHOKKAIDO」が札幌市に隣接する北広島市で開業する。
新監督の就任会見に出席した畑佳秀オーナーは、「球団の歴史で、大きなエポックを控えている。この重要な時期にチームを任せられるのは、ファイターズの北海道での初年度からの歩みをご存じで、北海道で初めて日本一を成し遂げた功績者、立役者であった新庄氏がもっともふさわしいと考えて決断した」と述べた。選手時代の実績だけでなく、ファンを第一に考えてプレーしてきたからこそ任された新たな時代のかじ取り役。新監督は「ファンの力はものすごく大事。何かこう、北海道という場所が、日本ハムと一緒に生活をしていけたら最高だと僕は思っている」と表現し、「一人ひとりの笑顔を少しずつ増やしていけたらうれしい」。生粋の野球人「新庄剛志」の姿勢は変わらず、そんな指揮官だからこそ、チームが変わっていくのかもしれない。
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新庄 剛志(しんじょう・つよし) 福岡・西日本短大付高からドラフト5位で1990年に阪神入団。強肩、強打の外野手として活躍し、敬遠球をサヨナラ打するなど記憶に残るプレーでも人気を集めた。2001年からは米大リーグのメッツとジャイアンツでプレー。ワールド・シリーズにも出場した。04年に日本ハムに移籍。06年のリーグ優勝と日本一に貢献し、同年に現役を引退した。その後はインドネシアのバリ島で過ごすなどしていたが、現役復帰を目指して20年に12球団合同トライアウトに参加した。日米通算で1524安打、225本塁打。日本球界でゴールデングラブ賞10度。49歳。福岡県出身。
(2021年11月26日掲載)
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