深掘り

小学館がマンガワン原作者起用めぐり謝罪 専門家「後追いの対応」

照井琢見

 小学館は、マンガ配信アプリ「マンガワン」で、過去に性暴力事件に関与したマンガ家を別名義で起用したとして、謝罪した。同社は第三者委員会を立ち上げることを公表したが、こうした事態に至った経緯について、ホームページ上に掲載した文書で説明するにとどまり、詳細について不明な点が残ったままだ。性加害を受けた被害者への配慮も含め、同社が取った対応について専門家たちはどう見たか聞いた。

 今回の件が表に出るきっかけは、2月20日に札幌地裁で出た、ある民事訴訟の判決だった。地裁は、私立高校の元教員の男性が立場を悪用し、元生徒の女性に性加害をしたと認め、1100万円を女性に支払うよう命じた(3月4日に原告の女性側が控訴)。

 朝日新聞を含め多くのメディアは判決を報道する際、この元教員については匿名で報じた。しかしその後、SNSで、この元教員がマンガワンで「堕天作戦」を連載していたマンガ家の山本章一氏で、2020年2月の連載の停止後に別名義で別作品を連載しているという情報が広まり、SNS上に批判の声が上がった。

 今年2月27日、マンガワン編集部は、山本氏が20年に児童買春・児童ポルノ禁止法違反(製造)の罪で罰金刑を受けた後、「堕天作戦」の更新を停止したと認めた上で、別の名義に変えて起用していたと明らかにした。

 マンガワンは小学館が2014年にリリースしたアプリ。出版科学研究所によると、14年の時点で国内の電子コミック市場の規模は887億円だが、25年時点では5273億円。急成長する市場を追い風に、ヒット作も生んでいた。

 この問題を受け、小学館は3月3日に開催予定だった第71回(2025年度)小学館漫画賞の贈呈式の延期や、同社主催のイベント中止などを決定。また、マンガワンから作品を引き揚げるマンガ家も相次いだ。

担当編集者が和解条件を提示

 判決が出た後の小学館側の対応について、「ビジネスと人権」の観点から企業を支援してきたオウルズコンサルティンググループの矢守亜夕美執行役員は、「初動は遅かったように見える。SNSなどでの拡散に押される形で、後追いの対応をしているように見えてしまう。自発的に透明性を持って情報を開示しようとしている動きには見えない」と指摘する。

 さらに地裁判決では、山本氏と女性との和解協議で、小学館の担当編集者が和解条件を提示したと認定されている。編集部の声明では「弁護士を委任して公正証書を作成するよう助言」したとしており、和解条件は「(編集者の)参加以前に、既に当事者間で協議されていた」としている。

 矢守氏は「結果として加害者側に寄り添った形での関与だとも受け取られかねない」とした上で、「企業ガバナンス上も、和解交渉に編集者を関わらせるという行動を取らせてはいけなかった」と話す。

 性暴力事件に詳しい上谷さくら弁護士も「理解できない。執筆をしてほしいという営業上の目的があり、加害者擁護の立場に立つことになる。児童ポルノの製造という重大な罪を犯した人を、会社として起用していいのかという問題もある。その場に自ら入っていくのは、相当に悪手」と批判する。

「被害者配慮」を理由とするが…

 局面がさらに大きく動いたのは3月2日。小学館は、過去に強制わいせつの罪で執行猶予付きの有罪判決を受けた別の人物も、マンガワン連載の「星霜の心理士」原作を手がける「八ツ波樹」氏として起用していたと公表。山本氏の問題発覚後、顧問弁護士を入れた社内調査委員会を立ち上げると発表したが、八ツ波氏の問題を受け、第三者委員会を立ち上げ、作家起用のプロセスや人権意識などについて検証すると明らかにした。外部の有識者が関係者へのヒアリングや内部文書の検証をするとみられる。

 この発表についても矢守氏は、「(当初の)調査委員会から第三者委員会での調査に切り替えている点も、後から判明した事案を受けて、こちらも後追いで設置を検討したように映ります」としている。

 また、編集部は八ツ波氏の起用について、「執行猶予期間の満了、事件に対する反省の姿勢や再発防止への取り組みなどを確認した上で、起用を決めた」などと説明。この事案では作家自身が、元の名義で復帰することで、被害者への二次加害が生じることを懸念し、被害者に配慮した結果、編集部と名義を変えることを決めたという。

 矢守氏は「『被害者配慮』という言葉が、意思決定の透明性や、説明責任を放棄できるエクスキューズとして機能してしまう状況は、避けるべきだ」と批判する。

 上谷弁護士によると、作家など著名人が性加害事件を起こした場合、事件後に加害者側の活動を被害者が知り、心理状態が悪化する事例も多いといい、「加害者は、1度性加害をしてしまった以上、法律的には刑が終了したといっても、被害者に配慮しながら生きていかなければいけない。互いに存在を意識せずに生きていける状況を作り出す。それは加害者側が試行錯誤すべきことだ」と指摘する。

   ◇

 朝日新聞は2月27日、山本氏の別名義での起用を判断した経緯や、和解交渉への編集者の関与を組織として把握していたかなどについて、質問書を小学館に送付し、書面で回答を得た。これらについて同社は「第三者委員会の調査報告をお待ちください」と回答している。

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  • commentatorHeader
    太田啓子
    (弁護士)
    2026年3月6日14時9分 投稿
    【視点】

    この件の経緯には典型的なヒムパシー(Himpathy)がある。ヒムパシーとは、英語の「him(彼)」と「sympathy(同情)」を掛け合わせた造語で、性暴力の加害者(男性)に対し、周囲の男性が「彼はそんなことをする人物ではない」「才能があるのだからこんなことで彼の将来をつぶしてはならない」などと同情を向ける現象を指す。 ヒムパシーがある人達が性暴力事案に介入すると、性暴力を矮小化し、被害者に対する二次加害にもなる。小学館の担当編集者の加害者に対する態度は典型的なヒムパシーの表れといえるだろう。 多くの場合、性暴力加害者は被害者より年上で社会的地位がある男性である(そのように「強い」立場だからそれに乗じて加害をできるのである)。 加害者は、周囲のヒムパシーによってかばわれ守られるという意味でも、被害者に対して圧倒的に優位である。 性暴力に鈍感なヒムパシーによって、今までどれだけの性暴力加害者がかばわれ、性暴力がうやむやにされ、被害者が傷ついたまま放置されてきたことかと思う。 性暴力を矮小化するカルチャーをなくすためになにをすべきか、本件の経緯から社会全体で学ぶべきことがあるだろう。 小学館はごまかさず歪曲せず、組織風土の問題を直視してほしい。

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    松谷創一郎
    (ジャーナリスト)
    2026年3月6日18時45分 投稿
    【解説】

    矢守氏と上谷弁護士、それぞれ企業ガバナンスと被害者保護という異なる立場からの意見ですが、さまざまな論点については概ね一致しています。両者の見立ては至当だと思います。 ただ、編集者が和解交渉に関与したことについて、私はありうる話だと捉えています。マンガ家と出版社の関係は、一般的な取引先の関係とは異なります。編集者はアシスタントの手配から作品制作まで深く関与し、映像化の際には出版エージェントの役割も兼ねます。あだち充さんや高橋留美子さんのようにひとつの出版社でキャリアを築くマンガ家も多いです。 その関係は芸能プロダクションとタレントの関係に似ています。芸能プロダクションがタレントのトラブル処理を担うように、出版社がマンガ家の不祥事に介入すること自体は、業界の文化的文脈からすれば良し悪しはともかく十分ありうる話です。 問題の根底にあるのは、日本の出版社がマンガ家の正式なエージェントでもないのに事実上エージェントとして振る舞ってきた構造です。その曖昧でウェットな関係性が、今回の距離感の誤りを生んだのではないでしょうか。 マンガ制作における出版社とマンガ家の密な関係には良い面もあります。それをシビアな取引関係に切り替えれば、良質な作品が生まれにくくなるジレンマもある。だからこそ、その良い部分を残しながら、不祥事への対応においては出版社がどこまで関与すべきかを、業界全体で改めて考え直す必要があると思います。

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