ドラフト1位右腕の貴重な「回り道」 伊藤大海、道産子で地元日本ハムへ

  • X
  • facebook
  • hatena-bookmark

自ら課題を見つけて解決

 プロ野球界では、周囲のさまざまな助言を取捨選択できず受け入れ過ぎたため、フォームを見失い、ドラフト時の輝きが失せてしまう若手投手もいる。大渕さんは伊藤に関し「自分の課題を見つけてそこを解決して、次のステップに向かうサイクルができている」と評価した上で、「それはプロに入ってからも重要だと思う」と話す。

 大学日本代表の合宿で他の選手に交じらず、黙々と独自の調整に励む伊藤の姿も、大渕さんらにとって印象深かったという。伊藤自身は「周りの選手と同じように行動していても意味がない。一人ひとり考えてやってきたことをあそこ(代表合宿)で考えるかが大事なので。そこが評価されたのがうれしく思っている」と振り返る。

栗山監督、地元1位に感慨

 栗山英樹監督は地元出身選手、伊藤の1位指名に感慨を込めた。「そういう選手が出てきてくれることをずっと何年も、みんなで待っていた」

 2004年の移転後、本業の野球の試合以外でも後援会組織を各地に広げたり、オフには各選手が「応援大使」として札幌から遠い市町村を訪れたりと、日本ハム球団は地道な活動を続けてきた。それだけに、栗山監督は「野球の環境、プロ野球の近さを感じてもらいながら、いつかそういう日が来ると思ってきた。個人的にも北海道を愛する人間としてうれしい」と喜びもひとしおだ。

「ジュニア」時代からの夢叶う

 伊藤自身も子供の頃から日本ハムを身近に感じながら野球に励んだ。小学生時代に球団による選抜チーム「ファイターズジュニア」を受験。その時の監督が、今の担当スカウトになっている白井康勝さんだった。

 当時は2次選考までしか進めなかったが、伊藤は今、こう話す。「僕が努力し始めた、自分で考えて行動できるようになったのは、そこからが始まり。その悔しさが今につながっていると思う」。違いはあれど、十数年越しの夢が叶った形だ。

新球場で投手陣の顔に

 2年連続で5位に終わった日本ハムは、先発の柱だった有原航平の米大リーグ移籍が濃厚。抑えも昨季は固定できておらず、大学時代に両方の経験がある右腕、伊藤への期待は増すばかりだ。

 北広島市に新しい本拠地球場「エスコンフィールドHOKKAIDO」が23年に開業した時、投手陣の顔と言われる存在になっている―。そこを目指して、伊藤は「自分の意志をしっかり持ち続けることが大事。何かに左右されることなく自分を信じて、いろんなことを取り入れて試してやっていきたいと思う」と誓う。新入団選手発表は同市内で12月13日に行われた。「北海道で生まれ育った人間として、北海道で新たな挑戦ができるのはうれしい」。背番号は17に決まり、「(将来)誰も付けられないくらいの番号にしたい」。永久欠番までも志す頼もしさがある。北の大地で育んだ意志の強さと負けん気をにじませた。(2020年12月15日掲載)

◆スポーツストーリーズ 記事一覧

新着

オリジナル記事

(旬の話題や読み物)
ページの先頭へ
時事通信の商品・サービス ラインナップ