それからは打者で出場しながら投手としての調整を続け、9月2日のアストロズ戦で約3カ月ぶりとなるマウンドに上がった。一回から99マイル(約159キロ)を計測するなど球は走っていたが、本来の安定感がなかった。二回に打球を右手に受けた影響か、それとも右肘に異常があったのか、三回には突如球速が落ち、スプリンガーに2ランを浴びた。結果は2回3分の1を投げ2安打、2四球で2失点。2敗目を喫した。
翌4日には次の登板に向けてキャッチボールで調整したが、大谷が後に語ったところによると「日数がたっても(張りが)抜けなかった」。5日に遠征先で磁気共鳴画像装置(MRI)での検査を受けると右肘靱帯に新たな損傷が見つかり、チーム医師に手術を勧められた。大谷の心中をおもんぱかった球団広報は、この時も報道陣に対し本人への取材を禁じた。
◇もう打つしかない
この診断は保存療法が不調に終わったことを意味し、もはや手術は避けられない状況となっていた。それでも大谷は、何事もなかったかのように指名打者としてグラウンドに立った。
「その時はもう、覚悟していましたね。全然落ち込まなかったです」
「心の切り替えはありましたね。もう打つしかないっていう。もう打席しかないっていうことですよね」
非情とも言える手術勧告にめげるどころか、2本塁打を含む4安打3打点、4得点、1盗塁と八面六臂(ろっぴ)の活躍でチームを勝利に導いた。本塁打は、2本とも右翼へ大きな放物線を描く美しいアーチだった。
「(大谷への手術勧告に)周りは結構落ち込んでいたんですけどね。トレーナーには謝られた。何で謝るのかな、という感じなんですけど。(けがをしたのは)僕のせいですしね。こちら側としては全然大丈夫だよ、ということですよね」
ベンチではチームメートらと言葉を交わし、表情を崩す場面も。笑顔にも大谷なりの周囲への気遣いがあったようだ。
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