#30 月夜の森、仄日の時
士弓主従聖杯戦争ifストーリー三十二話目。腐向け。
版権元:Fate/stay night
注意(シリーズ共通):
腐向け(士弓)、ねつ造、設定改変、独自設定、重大なネタバレ、原作程度の暴力表現・流血表現
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外には月が明るく出ていた。
直視すると少し目が眩むほどだ。戦闘にも困るまい。この明るさが、どちらにとって有利に働くかは知らないが。
適当な窓から外へと身を投じ、手近なバルコニーに着地する。外はまだ静かだ。バーサーカーとギルガメッシュが戦端を開いて静かで済むはずもないので、まだ接敵はしていないとみていいだろう。
イリヤスフィールの位置は探すまでもなく明らかだった。バーサーカーの隠す気のない威風が中庭から吹き荒れている。現時点では彼女がサーヴァントの傍を離れることはないので、バーサーカーの所在がそのままイリヤスフィールの所在であろう。
バルコニーから更に外壁を駆け上って、尖塔の頂に陣取った。森の方へ意識の大半を裂きつつ、ちらりと中庭を確認すると、こちらの助言を聞き入れなかったホムンクルス二人組もイリヤスフィールの元に控えているようだった。
アインツベルンの結界は優秀だ。サーヴァントの侵入を防げないまでも、距離があるうちにその襲来を探知している。
こちらからの襲撃が最良ではあったが、向こうから攻め入られるのも想定している。我々の陣形は十分整っていた。昼の間に話し合っていた方針の通りに動けそうだ。
最低限の確認を済ませ、改めて森を仰ぎ見る。
森林の木々より高く聳えるこの尖塔より更に高い高度を保って、目立つ金色の飛翔体が真っ直ぐにこちらを目指していた。やつにはアーチャークラスの割に狙撃能力なんてないのだから、あんなに高く飛ぶ必要はないと思うのだが、流石のプライドの高さと言うべきか。私のような弓兵に見下ろされるのは万に一つも許されない事態なのだろう。
的がでかいので、低地の不利を勘案してもなお十分射撃は可能ではあったが、弓は取らずに近づいてくるのをただ待った。単純にあれだけのランクの騎乗宝具を相手にしては私の射撃では嫌がらせ程度の意味しかないし、何よりも、余計な手を出して計画が狂うのは避けたい。
誇り高い英雄王にとって、私のような半端物は視界に入れるのも嫌う汚物でしかないはずだ。何もしなければ、ギルガメッシュは真っ直ぐバーサーカーのもとを目指す。そしてそれこそがこちらの狙いだった。
バーサーカーとギルガメッシュが戦えば、まず間違いなくギルガメッシュが勝利する。サーヴァント自身の性能ではヘラクレスが圧倒的だが、彼には宝具らしい宝具がない。切り札の数で著しく劣るバーサーカーは、手数の差を埋められず、ギルガメッシュに敗北する。
――ならば、手数の差を補うまで。
万物の根源たる宝物庫が相手であっても、所詮は紀元前に蒐集されたきり更新を止めた死者の蔵。今もなお稼働を続けて新たな剣を投影し続ける私の心象風景が、手数で劣ることはない。
私の宝具展開までの時間をバーサーカーが稼ぎ、展開後はエアが抜かれるより前に有無を言わさず封殺する。
……それでも必勝とは到底言い切れないが、敵の出鱈目さを考えればこれでもかなりの勝算が見込めている方だろう。
推測の通りに、英雄王を乗せた金の船は私の方を見向きもせず、中庭へと進路を向けている。贋作者の妨害など歯牙にもかけぬ、といったところか。
軽んじられても苛つきは感じない。むしろ単純な思考回路をしてくれているのに安堵すらあった。私のような誇りを持たない反英霊からしてみれば、誇りや矜持に縛られた正英霊は扱いやすくて実に助かる。
このまま行けばあと十秒もかからず戦いが始まるだろう。
城内を駆け回っている男も、あと十秒もすれば城の外にまで出てくるだろうか。
「……足手まといが、また馬鹿の一つ覚えを」
今のような状況に陥ったとき、最も弱く、死亡したときの損失が大きく、それでいて絶対に戦場に出てくる馬鹿を止めるのは、本来私の役割だった。
適当に気絶させて拘束して地下室にでも放っておけばいいだろうと、イリヤスフィールとの話し合いでは軽く請け負ってしまったのだ。あの時はまだ衛宮士郎の考えを知らなかったので仕方のないことだが、今はただ厄介なだけだった。
死なないように隠れていろと、やつを殺そうとしている私が言わなければいけないのだ。三流以下の詐欺行為をどんな顔をして言えばいい?
ただでさえ感情の切り替えがうまくいかずに苦労しているのだ。敵を目前でした今、あいつのことでこれ以上心を惑わされたくはない。
あいつのしぶとさは私も十分承知している。早々死ぬことはないだろうし、もし巻き込まれて死亡したならそれはそれで私にとっては喜ばしい事態であるはずなのだから、なおさら止める理由がない。
いよいよ迫る敵船を前にして、私は堂々巡りの思考を放棄して、戦闘に集中することにした。
戦闘行為は守護者である私にとっては最も慣れた行動で、そのために思考を最適化していく過程も、今の私には心地よくさえ感じられた。
感情というひどく煩わしいものから解放されて、敵を倒すことのみに傾倒していく。
……そうして集中した世界の中で、私はようやく、この城に迫る気配が一つだけではないことに気づく。
駆けてきている。速く、近い。
混乱する余裕もないまま、私は視界を仄暗い森へと落とす。
森を駆け抜ける姿は彗星のようだった。
発見されたのに気づいた男は気配の隠匿を止めて、手にした獲物を振りかぶり、速度分の勢いを全て乗せて、投擲した。
飛来した切っ先は音速を突破し、衝撃波をまき散らしながらも静かに着弾すると、私のいる塔も含めたアインツベルン城の五分の一を、一撃の元に破壊せしめた。
* * *
咄嗟に身を伏せるのが間に合ったのは、イリヤたちの強固な結界が、攻撃に対して僅かなりとも抵抗してくれたおかげだろう。
それでも本当に一秒もない拮抗で、あとはもう出鱈目だった。俺が瓦礫に押しつぶされなかったのは、単に攻撃の威力が強すぎて、城壁が瓦礫も残らないくらい吹っ飛ばされたからでしかない。
しかも、今の一撃が開戦の狼煙になったのか、轟音の余韻が終わる間もなく、派手な戦闘音が響き始める。
ぐずぐずしている暇はない。立ち上がると、あちこちに被った土埃を払う間も惜しんで駆け出した。
戦闘の気配は二つあった。より遠くて派手な一つと、近いが剣戟ばかりな一つだ。多分遠いのがバーサーカーで、近いのがアーチャーだろう。
手を組むべき二人が同時戦闘を強いられて、合流できていない。アーチャーが望んだ展開ではないはずだ。つまり、予想外のことが起きている。
アーチャーたちは襲撃を仕掛けてくるのは一人だけだと想定していた。ギルガメッシュは誰かと手を組む性格じゃないし、あいつと組んでメリットのあるサーヴァントなど一騎もいないからだ。しかし現状を見ると、ギルガメッシュの他にもう一騎が同時に仕掛けてきたのは間違いない。
転がる瓦礫を避けて駆けながら考える。なぜ、どうして――などと、あれこれ思考を巡らせる余裕はない。もう敵に攻められている今、重要なのは、俺がどう行動するかだろう。
副作用で沈黙したままの魔術回路は、未だうまく起動させる自信は無い。今の俺が駆けつけたところで、足手まといにしかならないかもしれないが……。
方針を定める。中庭に背を向けて駆け出した。
月明かりは砂埃で隠され視界は悪い。少し鈍った体は重く感じられた。それでも、俺は足を止めなかった。
少なくとも今もまだ、俺はアーチャーのマスターなのだ。それを放ってなんかいられない。
煙る視界の中、アーチャーと繋がるレイラインを頼りに走る。次第に煙幕が晴れ、城を背に戦うアーチャーと、それを追い立てるサーヴァントの姿が捉えられるようになった。
全身青の装束。闇夜にも尚煌めく深紅の槍。
ランサーだ。男は最初の夜に見たときとは別人のような速さと威力で、間断なくアーチャーを攻め続けていた。対するアーチャーは干将・莫耶を両手になんとか猛攻を凌いでいるが、形勢はあまりよくなさそうだ。
「アーチャー!」
城を背にするアーチャーは、城の大穴から出たばかりの俺にも背を向けている。まさか気づいていないはずもないが、叫んだ俺を少しも気にかける様子がない。その余裕がないのか、あるいはそのつもりがないのか。
現れた俺に反応をしたのは、むしろランサーの方だった。出てきた俺を視界に収めて笑ったかと思うと、アーチャーに向けて振り上げようとしていた槍の軌道を変えて、掘り返す勢いで穂先を地面に叩きつける。
巨大な城を支えるためにそれなりの堅さを持つ地盤が一気に巻き上げられ、即席の土石流のようになって俺の方へ飛んでくる。中には俺の頭くらいある土塊もあった。
直撃すれば死ぬかもしれないと思うくらいの威力はある。いきなりの奇襲に息を呑みつつ、俺は咄嗟に両腕を上げて頭を庇った。
「…………?」
が、腕にも体にも、想定していたような衝撃は来ない。腕を下げ、顔を上げてみると、今まさに莫耶を振り切ったところらしいアーチャーの背中があった。黒いブーツの足下には、ランサーが巻き上げた分の土塊が叩き落とされて散らばっている。
「……驚いたな。君がそういう戦い方をするやつだったとは」
「ハッ! なんだよ、つまらねえ仕事かと思ったが、随分とマシになってるじゃねえか。
こりゃあ確かめた甲斐があるってもんだ。くだらん真似して悪かったな、アーチャー」
低い声で唸るアーチャーとは裏腹に、ランサーは上機嫌だ。
アーチャーという敵を目の前にしておいて、俺の方にちょっかいを出すというのは、やつの性格的には少し考えにくいことだったが、目的は俺ではなくアーチャーがどう動くか、だったのだろう。かつて主人を殺そうとしていたアーチャーにあれだけ怒っていたランサーは、今俺を助けようと動いたアーチャーにすっかり気をよくした、ということらしい。
「……なぜ、ギルガメッシュと組んでいる? おかげでこちらの予定はめちゃくちゃだ」
「そりゃあ、マスターの方針に決まってる。あいつがバーサーカーをぶっ倒すまでの間、邪魔者の相手をしておけだとよ」
「なるほどね、大した忠犬ぶりだ。命令さえあれば、ギルガメッシュという伏せ札を隠し持っていた主人への不満もなしか?」
「アア? んだそりゃ、なんでそれがマスターへの不満になる? あいつが誰かの下につくタマなわけねえだろ。やつはやつ、こっちはこっちで好きにした結果、今は手を組んでるってだけだ。
……ま、あんなんと手を組もうという発想は理解できねえが、うちのも相当ねじ曲がってんからな。ひねくれ者同士、気でも合うんじゃねえの?」
ランサーはあっけらかんとしたものだ。アーチャーの侮蔑混じりの発言を聞き流したのは、それだけ機嫌がいいということだろう。
ギルガメッシュはマスターを持たない単体勢力だ。しかも、インチキじみた八人目のサーヴァントでもある。
イリヤなんかはそんな存在が横槍を入れようとしてくるのにわかりやすく怒っていたものだが、ランサーにとってはそう気になることではないらしい。
「あいつが戦う相手はバーサーカーで、手に入れるあの嬢ちゃんは賞品でもある聖杯らしいじゃねえか。だったらこれは、聖杯戦争の範疇だ。それを越えて好きに暴れようってんなら止める理由もあるが、そうじゃないなら勝手にやりゃあいい」
「馬鹿な。君は戦力計算も現状分析もできないのか? バーサーカーが倒れれば、ギルガメッシュに止める手立てはほとんどなくなるぞ。正規の参加者でもない戦力に聖杯を奪われる手助けをしてどうする」
「聖杯なんざいらねえよ。最後まで勝ち続けて、そのついでに貰えるってんなら貰っておくけどな」
「何?」
アーチャーが驚愕の声を上げる。俺も目を丸くしてランサーを見た。
生前を探ってもどうにも行動原理が理解できない男だと思っていたが、まさか聖杯戦争に招かれておきながら、聖杯を欲していないサーヴァントがいるとは。
願望器である聖杯を報酬に掲げるから、サーヴァントは現代の魔術師如きに服従させられることを許容するのだ。もし聖杯が不要だなんて英霊がいれば、それは報酬もなしに頭を垂れることをよしとする、自らの力の価値への理解もない愚か者に違いない。
頑なに聖杯獲得を目指したセイバーを知っている分、余計ランサーの異質さが際立った。多分同じようなことを考えている――俺がアーチャーと同じことを考えていると言った方が正確かもしれないが――はずのアーチャーは、困惑と、それに伴う不快さを滲ませ声を荒げた。
「あいつに聖杯が渡れば、この街がどうなるかもわからないのか?」
「そりゃあこの街の人間の問題で、オレの知ったことじゃねえ。大体、やつもまだ大人しく聖杯戦争をやってるじゃねえか。
……あー、なんだ。お前さんが言いたいのは、今のうちに皆でよってたかってあいつを倒そうってことだろ? オレぁごめんだぜ。あいにく、そういう群れ方は知らないんでね。マスターの命でも無い限り、やりたいようにやるだけだ」
確かに、自分の身にかかる災禍は自分の力で除くべきだ。それが生きるということだろう。
だからランサーは、街の住人が不当に傷つけられない限り、手を打つつもりはないのだ。多少気にくわなくとも、自分の信条に沿う限り、主人の命に逆らうことはない。ある種真っ直ぐな生き方だ。俯くだけの弱者には手を貸さず、故に他人の手を貸りることもない。それで自分が死ぬことになっても何の後悔もない男であることは、神話が証明してくれている。
しかし、それはどこまでも強者の理論であった。火の粉を払う腕すら持たないで生まれた弱い人が、この世界には確かにいるのだ。ライダーの宝具に巻き込まれて倒れた生徒達、生気を吸われて衰弱した新都の人達。――あるいは、戦闘を目撃した、ただそれだけを理由に殺された、あの日の衛宮士郎のように。
「……研いだ牙だけを持てあました狂犬が。やはり貴様とは相容れん」
「おう、奇遇だな。オレもそう思う、ぜッ!」
吐き捨てるようなアーチャーの言葉が決別の合図となったのか。戦闘の再開は突然だった。
言葉を言い切ると同時に、ランサーは強く踏み込んで槍を突き出す。
線ではなく点で迫る刺突は、盾でもない限り防ぐのが最も難しい攻撃だ。躱されやすいことと、その時の隙が大きくなることが欠点らしい欠点だろうが、当然、そんな普通の理屈が通用する男ではない。
躱した、と思ったころにはもう次の穂先が迫っている。受けるのも難しく、躱す以外方法がない攻撃が、しかし躱しきれないほどの速度と頻度で襲い掛かる。
ランサーの連撃は瀑布のようだった。点も連なれば面になる――荒唐無稽なそんな論理が、目の前で本当に展開されている。
並みの武人なら数秒で肉塊に変じていたであろう攻撃を、しかしアーチャーは凌いでいた。未来予知としか思えない体捌きで必死の一撃を避け、極一瞬の槍の戻りの間に態勢を整え、息もつかせぬ猛撃をかろうじて凌いでいる。
アーチャーの守りははっきりと達人の域にあったが、それでもかなりの不利に立たされているのは見てわかった。いつもの白布がなく剥き出しになった腕に、いくつも傷が刻まれていく。距離を開けようと、何度も後退の機会を探っているのがわかるが、ランサーが一歩踏み出せばゼロになる程度しか下がれない。
あと一秒も保たないのではないか――そんな心配を三度ほど乗り越えたとき。攻勢が緩み、刺突の奔流がほんのわずか途切れた。ランサーが息を継ぐ間だけの細やかな脱力を狙って、凌ぎきったアーチャーが一転して前に出る。
今度は攻守が逆転した。手数で勝るという双剣の利を活かして、アーチャーが果敢に攻め立てる。アーチャーにしては、少しらしくない遮二無二さだ。中庭の戦闘が終わるより前に、という意識が常にあるからだろう。
互いに戦闘の手が速いせいで、攻防の濃密さに反して、実際の時間はまだそれほど経っていなかった。バーサーカーも宝具上、すぐに敗れるような柔なサーヴァントではない。しかし、ランサーこそ気が急いたまま敵うようなサーヴァントではなかった。アーチャーの攻撃を捌きながら、未だ傷一つ負っていない。顔には、楽しげな笑みすら浮かんでいる。
アーチャーは主にランサーの手足、特に脚を重点的に狙っていた。脚がなくても平気で戦いそうなやつではあるが、それでもまず狙うべきは機動力を担う両脚であろう。そういう思惑が透けて見える攻撃を、ランサーはまだ余裕を持って受け、躱している。
息つく間もなく攻守が入れ替わる、いつまででも続きそうだった剣舞。しかしその内に、楽しそうだったランサーの表情が、次第に訝しげなものに変わっていった。
さもありなん。アーチャーは先ほどからランサーの急所を狙おうとしないのだ。フェイントを織り交ぜて看破されるのを防ごうとはしているが、殺し合いをやっておいて、いつまでも隠し通せるようなことでもない。
アーチャーとランサーの実力差では、本来アーチャー側に手心を加える余裕があるはずがない。しかも決着を急いでいるのはアーチャーの方なのだ。
あまりに不合理な戦い方を選ぶアーチャーに焦れたのか、ここでランサーが大胆な行動に出た。自分の首に迫る陰剣の切っ先。避けねば確実に致命傷になるその一撃を前に、躱すことはおろか、防ぐための槍の構えさえ解いたのだ。
「――――ッ!!」
絶好の機会。お膳立てされた致命の一撃を目前にして、驚愕に息を呑んだのはアーチャーの方だった。
受け止められる前提で走っていた刃は、障害もなくランサーの首を刎ね落とす――
「く、……!」
瞬間、アーチャーが不自然に停止した。慣性も何も無視して、見えない糸で捕らえられたかのように、ランサーの首の皮一枚手前でぴたりと切っ先が静止する。無理矢理の寸止めの代償に、アーチャーの全身が隙だらけのまま硬直した。
ランサーは自分の首が繋がっていることに少し眉を顰めると、余裕を持った動作で回し蹴りを放った。到底人体同士の衝突音とは思えない轟音とともに、まともな防御もできなかったアーチャーが、腹を蹴られて城まで吹っ飛んでいく。
「アーチャー!」
俺の横を過ぎて後ろの城壁に衝突して見えなくなったアーチャーの名前を咄嗟に呼ぶ。ガラガラと城が更に崩れる音がするばかりで、応えはない。
「フン。剣筋に遊びはなく、手加減をしてもらえるような仲でもねえ。なのに今のを獲らなかった、ってえと――」
振り返った俺の背中側。台詞が十全に聞き取れるくらい近くから、ランサーのひとり言が聞こえた。同時に、俺をひたりと見据える視線も感じる。
どくんと心臓が軋んだ。野生の獣に見咎められたような心地でゆっくりと振り返ると、まさに猛獣そのものの威圧を放つランサーが、威嚇にしか見えない笑みを浮かべて俺を見ていた。
「……よう。これで会うのは三度目だな、坊主?」
アーチャーを蹴り抜いた右足には赤い汚れが目立っていた。鍛え上げられ、神秘にも守られたサーヴァントの肉体を、蹴りだけでぶち抜いたのか。下手をすれば槍で突かれるよりもダメージは大きいだろう。アーチャーがすぐに復帰するのは期待できない。
距離はおおよそ七メートルほど。完全に間合いの範囲内だった。息をするのにも震えが走る俺とは対照的に、ランサーは目つきだけは鋭くしたまま至って普通に語りかけてきた。
「どういうわけかは知らんが、ありゃあ令呪だな?」
アーチャーの消えた城の方を見た後、穂先で俺の左手――残り一画にまで減った令呪を指す。
せめてもの抵抗として言葉も反応も返さないでいたが、多分あまり意味はなかった。無言の俺を小さく笑ったランサーは、おかまいなしで先を続ける。
「今オレには選択肢が二つあるわけだ。一つ、おまえをぶっ殺して、その後存分にアーチャーを倒す。一つ、おまえの令呪を撤回させて、そのあと思いっきりアーチャーと戦う。
……オレとしちゃあ手っ取り早けりゃどっちでもいいんだがね。さて、坊主はどっちがいい?」
そんなものどっちもお断りに決まっている。
しかし、選択権なんてあってないような質問だ。俺がごねるようなら、ランサーは一番〝手っ取り早い〟方法をとるだけだ。自分の生存を考えるなら、俺が取れる手段は一つしかない。
グッ、と拳を握る。
イリヤも、バーサーカーも、アーチャーも、みな戦っているのだ。それも、犠牲なく聖杯戦争を終わらせたいという、俺一人のわがままによって。合理的だからなんて理由でそれを裏切る選択肢を考えついてしまう、そんな己の思考回路が嫌になる。
それから、自分の信条のためになら人の命だって奪っていいと思っている、目の前の男も。怒鳴り散らしてしまいたいくらい、腹立たしかった。
「……俺たちに、あんたと戦う理由はない」
睨みあげると、ランサーは少し片眉を上げたが、何も言わずに視線で先を促した。
「聖杯が要らないならなおさらだ。戦う意味も、殺し合いをする意義もない。あんたほどの英雄が、自分の楽しさだけのためにこの街みんなを危険に晒して、恥ずかしいと思わないのか?」
挑発と本心が入り交じっていた。これで激昂して冷静さを失ってくれると好都合だし、何より、何か一言言ってやらなきゃ気が済まない。
ランサーの反応次第によっては、俺は今すぐにも挽肉と化すだろう。せめて一太刀は報いたい、と回路の起動を試みる俺を鼻で笑ったランサーは、少し面倒くさがっている様子で答えた。
「何を期待してるんだか知らんが、オレは英雄でも、助言者でもなく、ただの戦士としてここにいる。存分に戦うことだけが望みだ。理由や意義がないなら戦えないと言うのなら――」
ヒュン、と朱槍が空を斬る。
適当に握られていただけの槍が回され、切っ先が俺の方を向く状態で止められた。いつでも俺を殺せる、刺突の構え。
「理由を作ってやれば満足か?」
――瞬間、世界が凍結する。
ランサーの槍が、周囲の熱量全てを奪っていくからだ、と感じた。鼓動すらも咎められるような絶対零度。殺気に塗れた不穏な赤光を纏う人の血に慣れた棘槍は、俺の心臓を狙って解放の時を待っている。
人を殺すためだけの宝具。吐き気を伴う既視感とともに、俺は、俺を一度殺した凶器を凝視しながら、初めて見るはずの宝具の解放に晒されながら、この再戦を待ち望んでいたのだと震え上がった。
そうだ。最低限この男を越えなければ、俺には一人で生きる資格もない。
誰かに助けられなければあの冬の日々を越えられなかった弱い自分との決別が、かつての俺の望む強さだった。
もう二度と戻らぬ英雄達の残滓を相手に、手にした剣を振るい、愚直に自分を鍛え続けた。再戦の日など決してないと知りながら、想像の中ですら常に笑って俺を殺すランサーに、歯を食いしばって食らいついた。
だから、今度こそ、オレは、おまえなんかに負けない自分になるために――。
「赤原猟犬……!」
――思考を遮るような、後ろからの声。
同時に、俺の真横を通り過ぎて、砲撃のような勢いで複数の矢が飛来した。障害物である俺を避けたあと、猟犬のように自らの軌道を変えた矢は、ランサーに食らいつこうと殺到する。
喉笛に迫るかのように見えたそれらは、しかし見えない風に流されるように、不自然に逸らされて空へと抜けていった。
「温いぞ、アーチャー! 殺す気で来い!」
弾かれても尚舞い戻り襲いかかる矢を左の拳だけで次々に叩き落として、笑うようにランサーが吠えた。
いよいよ宝具が放たれる――その寸前を狙って、地面に転がる剣の矢から光が漏れ出した。
覚えのあるエーテル融解に目を塞いで爆発に備える。ランサーの足下、俺にとっても至近距離で弾けた疑似宝具は、思ったような衝撃はなく、ただ強烈な光と音だけを撒き散らして崩壊していく。
――目くらましが目的か。
視界も平衡感覚も奪われて、上下左右もわからない束の間に、俺はアーチャーの狙いを悟った。
幾ばくもない時間稼ぎ。その間に追いついたアーチャーは、俺の首根っこを掴んで後ろに引き、代わりに戦場に躍り出た。
霞む視界の中、英霊二騎が対峙する。
光に怯んだ様子もないランサーは、本命の到着を待っていたかのように、とっくに準備を終えていた宝具をついに解放した。
「刺し穿つ死棘の槍!」
真名開放。
この瞬間、因果線の一つが確定した。
敵の心臓を殲滅するという定まった未来への道筋を辿って、白く眩んだ世界の中を赤い死線が駆けてくる。
待ち受けるアーチャーは、その左手を前へと突き出して一気に魔力を走らせた。迫る切っ先を受け止めるために、幻想の花弁が花開く。
「織天覆う七つの円環……ッ!」
掲げた手のひらの先で展開された七層の障壁が、確定した因果への反逆を開始した。
アイアスの花弁は一枚で城壁に匹敵する堅固さを誇る。並みの宝具なら一層目だけでも耐えきるだけの防壁だ。それを七枚束ねた過剰とも言える防御性能は、数多の結界宝具の中でも最高クラスにあることは疑いない。
しかし、ゲイ・ボルクの切っ先がアイアスにまで至った直後には、一つ目の城壁は突き破られていた。それを惜しむ間もなく、二枚目、三枚目の花弁が次々と貫かれる。
それは、たった一人の人間の振るうたった一本の槍が、一瞬の間に三つの堅固な城壁をぶち抜いたということを意味していた。全く非常識という他ない威力の槍撃は、威力を衰えさせることなく四枚目の結界に接触し、僅かな拮抗の後それを穿った。
一息に半分以上の守りを突破されたアーチャーが低く呻く。そもそも、アイアスの盾は準備時間もなしに急に投影できる難度の宝具ではない。無理を押した反動は、アーチャーの魔術回路を蹂躙する形で現れていた。
神経と同化した回路に許容量以上の魔力を通す辛苦が如何ほどか、俺には誰よりも理解できる。自分で自分を融かしていくような熱、骨も肉も断裂して攪拌される痛み。左腕を中心に奔る閃光が、アーチャーがどれだけの魔力を注ぎ込んでいるかを示している。
俺では、魔力も、苦痛に耐えきる精神も、何もかも足りなくて投影を維持することなんてできなかっただろう。しかしアーチャーは引かなかった。あるだけの魔力を全てアイアスの強化に使っているようだ。マスターである俺からも魔力を引き出そうとしているのがレイラインを通して伝わってきたが、回路が沈黙したままの体では協力もできない。
黒い軽鎧にはわかりにくくも血の汚れがあり、今も広がり続けていた。腹部を中心とした出血は、大きな背中の半分ほどに広がっている。
ランサーに蹴り抜かれたのはついさっきの話だ。外見上はアーチャーの胴体に傷はなかったが、ガワを適当に拵えただけで中の修復まではできなかったに違いない。
後先を考えない、懸命なまでの抵抗だった。盾を抜かれれば死ぬのだから、ここで耐えなければならないのは当然だ。しかし、その決死の守りの五枚目も、朱槍が非情にも食い破っていった。
残り、二つ。文字通り命を賭して守りに回るアーチャーに対して、攻め手のランサーには余力があった。枚数を重ねるほどアーチャーの抵抗は激しく、破るまでにかかる時間も長くなってはいるが、勢いは決して減衰していない。
それも当然のことだった。もうランサーは宝具を開放している。やつは自分の愛槍がアーチャーの心臓を貫くのを待つだけでいいのだ。放り投げた小石が地面に落ちるまでを眺めるようなもので、今更腕力や魔力は必要ない。
――六枚目。
切っ先が食い込む。不滅に思える結界にまたもや亀裂が走るのを、見開いた視界の中央に収めていた。亀裂は瞬く間に全体に波及し、無敗の盾は砕かれて幻想へ還る。
残り、一つ。
二重の意味で、俺は残された猶予を意識した。
アーチャーの心臓を守る盾は最後の一つ。
そして、俺の手に残された令呪も、あと一つ――。
――立ち上がる。
俺なんかを庇うアーチャーの横をすり抜けて前へと歩を踏み出す。拮抗点で上がる火花と閃光を頬に浴びて進んだ。
「負けるな、アーチャー」
視線は前に。願いだけを口にした。
強い思いを込めた願望は、契約や命令と等しいだけの力があった。
契約魔術が発動する。歪な関係の俺たちに唯一残された主従の証――最後の令呪が、左手で弾けて消えていく。
ロー・アイアス、七枚目。最後の砦に炎が走り、今まで止まることなく進んでいた紅の穂先が、ここで初めて静止した。
「――――」
驚愕の気配は、アーチャーのものか。
俺は守られた内側から歩み出るのと同時に、自身の中の撃鉄を上げた。
凍り付いた炉に火を入れる。落差に、体が一斉にひび割れるように思った。新たな罅の一つ一つに魔力が通って、即席の回路を形作る。
その数、二十七。これはアーチャーの持つ回路の数と同一であり、すなわち衛宮士郎が持ち得る最大値を意味していた。
「投影、開始」
そうして戦場に足を踏み入れた未熟な小僧に、ついにランサーが視線をやった。
宝具衝突の熱量は俺の肌を熱く焦がしたが、俺は何にも頓着せずに、ようやくこちらを見たランサーの赤い瞳だけを見据えて只管に進んだ。
「――I am the bone of my sword.」
痛い。熱い。とても苦しい。
だけど、こんなにも体が軋み、一歩の間に分解して崩れ落ちそうなほど不安定なのに、不思議と心だけが軽かった。
熱さのない仄かに暖かな火が、胸奥で灯っている。
できないことなんて何一つないと、思った。
「偽・螺旋剣」
設計図を手中に、世界の目を欺いて、仮初めの幻想を真実へと落とし込む。手にした贋作宝具が完成するのを待ちきらず、切っ先を真っ直ぐ敵の心臓目がけて振るった。
ランサーは、魔術師風情が宝具を抜いたことに驚愕を見せたが、それも僅かなこと。間合いを正確に読み切って、冷静に一歩後退する。
カラドボルグは完全に俺の身の程を越えた投影だ。一度避けられたら、もうそれ以上は維持することができないだろう。しかし、俺の肉体では、英霊が軽く後ずさるだけのその速度に追いつけない。
あっけないほど簡単に、敵が射程から外れていく。追いつこうと足を踏み込んでもなお届かないのだと、何よりも俺がよくわかった。
これだけやっても、まだコイツに勝てないのか――。そんな弱気が頭を過ぎった時、ついに投影を完了した剣を見て、ランサーが目を丸くした。
驚き、ではない。こんなときに間の抜けた感想だが、ヤツは、どうも感心しているような態度だった。
次いで口角をニッと上げて、途端人間味のある顔になったランサーは、あともう一歩下がればそれでよかったはずの足を止めて、無防備に俺の正面で立ち止まる。
困惑を覚える暇も無く。無心に振るった螺旋剣は過たずランサーの左胸、心臓の中心に突き立つと、通過する全てを形も残さず抉り取り、背中側まで貫通した。
――硬き稲妻の剣、カラドボルグの伝承に曰く。
アルスターゆかりの者がこの剣を使う時、クー・フーリンはこの剣の前に一度敗北しなければならない。
俺はアルスターに縁もゆかりもないが、投影とは正当な持ち主の思想にまで寄り添ってこそ真に迫る。
そして、カラドボルグの担い手こそ、アルスターの戦士として名高きフェルグス・マック・ロイ。俺の投影が完璧に成功し、持ち主の姿までを模倣していたのならば、あるいは、ランサーが自ら敗北を選ぶこともあり得るかもしれないが――。
彼が何を思って足を止めたのかは、所詮本人にしかわからないことだ。わかるのは、俺はランサーの心臓を――霊核に直結するサーヴァントの最重要器官を――射抜いたという事実だけだった。
役目を終えて限界を迎えた宝剣が輪郭を融かして消えていく。残ったのは、向こうの森林が臨めるくらい大きく空いた、ランサーの左胸の風穴だけだった。傷の大きさに反して流血がそう多くないことが、一層心臓の消失を教えてくれる。
そのころちょうど、俺の少し後ろで続いていた槍と盾の拮抗が終わった。持ち主が死んでも前進を続けていそうだった朱槍は、強固な防壁に屈したのか、あるいは主の意を汲んだのか、あと少しで到達しただろうアーチャーの心臓を諦めてランサーの手に戻った。
ランサーがふらついて、一歩前へとたたらを踏む。垂れ落ちた血がびしゃびしゃと地面を濡らした。
死に体。ほんの少し押されるだけで倒れ込んでしまいそうだ、とどこか他人事のようにそう思った俺の前で、はっ、と吐息だけで獣が笑った。
「下がれ!」
声は後ろから、アーチャーのものだ。俺は忠告のとおり、疲れ果てた体に鞭打ち後ろに下がる。
しかし、無茶の代償で錆び付いた体は思うように動いてくれず、反対に敵の動きは速かった。
心臓を貫かれたランサーが、心臓を失ったままに、今までに全く劣らぬ槍捌きで、俺の首筋目がけて槍を振るう――!
「クソが……ッ!」
珍しいくらい乱暴な悪態とともに、俺の体が強く押されて傾いだ。遠慮呵責のない突き飛ばしで倒れ込む俺を追ってなお伸びる槍撃の間に割り入るように、再度アーチャーが前に出る。
アイアスを掲げていた左腕は不自然に脱力して重たそうに胴体からぶら下がっている。体勢からして、俺を突き飛ばしたのは右腕だ。
乱入されたランサーは、未練も見せずに標的を目の前の英霊へ変更した。
左と、右。迎撃の手は双方とも空いていない。手負いの獣の最期の一矢を前に、剣も持たないアーチャーは余りに無防備だ。魔力の奔る気配からアーチャーが投影を行使しようとしているのはわかったが、全霊の盾を直前まで維持していた反動は大きく、とても間に合わないだろう。
「アーチャー!」
庇われて戦場から押し出された俺にできたのは、意味もなく名前を呼ぶことくらいだった。
俺の体が地に倒れ込むよりも先に、朱槍がアーチャーの元へ到達する。サーヴァントに傷をつけられるだけの最低限の神秘しか残されていない、それでも今のアーチャーにとっては致命的な刃が、ついに心臓へ到達する――。
傍観者である俺ですらそう確信した。対峙している二人はより正確に、勝敗の行方を読んでいただろう。
だから、この結末は誰にとっても予想外なことだった。
紙一重にまで迫っていたゲイ・ボルクが、左胸に突き立った瞬間、高い金属音を立てて弾かれると、見当違いに跳ね上がる。
「……あ?」
死体同然の体を執念だけで動かしていたランサーには、弾かれた槍を保持しておくだけの握力も残っていないようだった。誰も彼も呆然とした場に於いて、俺が地面に倒れ伏す音と、飛んでいった槍が地面に転がる音がほとんど同時に響く。
急いで体を起こしたが、アーチャーは健在のようだ。本人も理解に苦しむ様子で、無事な左胸を確かめるように押さえている。
俺を含めて全員が事態を飲み込むまでに数秒を要した。
最初に「……ああ」と納得の声を上げたのはランサーだった。
「令呪かよ。使ってたな、そういやあ」
令呪。
言われると確かに、俺はアーチャーが負けないようにと、そう願って令呪を切った。英霊の行動をも戒める令呪は流石の威力で、俺の想定以上の効力を発揮してくれたらしい。
……しかし正直、そこまでを期待してのものではなかった。令呪のことなんてすっかり頭になかったし、今のは完全に負けたと思ったのだ。
しかし、ランサーの手にはついに武器もなく、何より本人からはすっかり戦意が失せていた。青い痩躯もいよいよ限界を迎えたのか、端から構成が解けて粒子と散っていく。
どうやら、俺たちの勝ちでいいらしい。
そう悟った途端、どっと体が重くなる。全身痛くて堪らないし、震えるくらい寒気がするし、今にも意識が途切れそうだ。
「見誤ったぜ。随分強くなったじゃねえか、坊主」
口ぶりは一見俺に対してのものだったが、ランサーの視線は俺たちの両方に向けられていた。
当然、強くなったのだとしたら、それは俺ではなくてアーチャーのことだ。クー・フーリンを倒すために体を鍛え、投影技術を磨き、戦略を用意していたのは、すべて生前のエミヤだったのだから。
――二千年前に戦場を駆け、武勇も名声も思うままにした本物の英雄が、平凡な男の血の滲むほどの修錬に対して、惜しみない称賛を贈っている。
それが、俺には我が事のように嬉しかった。束の間痛みも和らぐ気がする。当の本人がだんまりなので、仕方なく俺が口を開いた。
「当然だろ。あんたのために、鍛えた剣だ」
ランサーはキョトンと目を大きくすると、もうちょっと元気があれば大笑いしていたであろう調子で破顔する。
「いいねえ。そりゃあ、英雄冥利に尽きるってもんだ――」
そう言うと、ついに最期まで膝をつくことすらなく、夜風とともに泡沫のように消えていった。
*
そうして、後には二人だけが残される。
「…………」
アーチャーは何も言わなかった。無言のまま、消えたランサーからは視線を切って、俺の方へと振り返る。
俺は何か言いたかったのだが、そんな余裕がなかった。緊張が切れた傍から途切れそうになる薄情な意識をなんとか繋ぎ止めようと、音の鳴るほど強く歯を食いしばる。
月光を背負って俺を見下ろすアーチャーの表情ははっきりとしない。ただ、いくらかの時間見つめ合ったって、彼の無事な方の右腕に剣が握られることはなかった。
――そして、鼓動を十回数えた。
おそらく、数秒の沈黙。アーチャーであればいつだってそうできただけの時間。
しかしアーチャーは、もう言い訳のできないくらいの時間を長い逡巡に費やして、結局何もしないまま、俺を飛び越えるように地を蹴った。
そのまま、城の方へ消えていく。気づけば戦闘音の絶えてしまった、中庭の方へ向かって。
(アーチャー)
座り込んだままの俺は、彼を追おうと立ち上がりかけて失敗した。腕に力を入れ損ねてベシャリと地に伏せる。
俺にはまだあの投影は早かったということか、思ったよりも体へのダメージが大きい。体の感覚もいくらかずれてしまっていて、まだ慣れることができていない。
まごついている間にもアーチャーの気配は城中へ消え、反して俺の意識はどんどん遠ざかる。
焦燥を抱えながらもなすすべもなく、俺はその場で気を失ってしまった。
初コメント失礼します! あぁぁあああああ、槍ニキ流石カッコイィィイイイ! 最後!特に最後!賞賛ありがとうこれでエミヤも報われるよぉぉお!;w;