日曜の朝は散策の途中で珈琲屋に立ち寄ることが多い。ここで備え付けの毎日新聞をテーブルに広げ、おもむろに読書欄を読むのが楽しみなのだ。
今日も何冊か面白そうな新刊を知った。
梶芽衣子の自伝『真実』(文藝春秋社)がご当人へのインタヴューとともに紹介されているほか、田野勲『演技する道化 サダキチ・ハートマン伝』(ミネルヴァ書房)という興味深い評伝の労作が出たことも教えられた。近所に碌な本屋がない僻地に住む小生には、実に有益なチチェローネ(読書指南)である。
毎回お題材を定めて良書三冊を紹介する「この3冊」コーナーがある。
今週のテーマは「ドビュッシー」。松橋麻利という学者が、大森晋輔『フランスの詩と歌の愉しみ――近代詩と音楽』(東京藝術大学出版会、2012)、村山則子『メーテルランクとドビュッシー』(作品社、2011)を挙げている。どちらの本もまずは異論のないセレクションだろう。
問題なのはこの選者が三冊目として、よりによってブリヂストン美術館の展覧会カタログ『ドビュッシー 音楽と美術――印象派と象徴派のあいだで』(2012)を挙げていることだ。専門家の論考が読めて、美麗なカラー図版で時代背景がわかるからだという。
御冗談でショ! このブリヂストン美術館の展覧会図録は知る人ぞ知る、稀代の欠陥カタログであり、笑うべき愚劣な誤訳と無知蒙昧な誤謬に満ち満ちている。なにしろドビュッシーがターナーやボードレールと「頻繁に会っていた」と記し、ルドンをロダンと取り違えたりする(老舗の美術館として致命的だろう)。そもそも楽曲名を《牧神の午後のための序曲》とキャプションに記したまま恬として恥じないのだ。
かかる札付きの愚書を「この3冊」の一冊として平然と推奨するとは、松橋という研究者の見識までも疑われる。真剣に読んだとはどうしても思えない。自ら音楽学者を名乗りながら、この体たらく。なんというユルく寛大な業界なのであろう。
■ 追記)
このブリヂストン美術館での「ドビュッシー 音楽と美術」展カタログに対する小生の酷評は、決して云いがかりでも誹謗中傷でもない。詳しくはこの件を具体的に検証した拙ブログ記事をご参照いただきたい。
眩惑と幻滅のドビュッシー展、再び (2012年8月25日)
https://numabe.exblog.jp/16029938/
眩惑と幻滅のドビュッシー展、三たび (2012年9月9日)
https://numabe.exblog.jp/16149987/