#23 いざ、訣別のとき
士弓主従の第五次聖杯戦争ifストーリー二十四話目。腐向け。
版権元:Fate/stay night
注意(シリーズ共通):
腐向け(士弓)、ねつ造、設定改変、独自設定、重大なネタバレ、原作程度の暴力表現・流血表現
- 167
- 92
- 4,092
夢を見ない夜は随分と久しぶりだった。
天井を眺めて掛け布団の心地よい重みを感じている。覚えがあるような、ないような、新鮮なようで懐かしいような目覚め。
記憶が混濁している自覚があったが、その理由だけはきちんと覚えていたので落ち着くまでを静かに待った。片手を持ち上げて二の腕で両の目を覆った。そのまま何度か息をつく。季節は冬、暖かく恵まれた土地でもなお肌を指す冷えた空気の心地よさ。
――冬木。俺の生まれ故郷、未熟な子供時代を過ごしたところ、大切な人たちを置いていった平穏と罪証の街。
反復する。弱々しく思えても確かに差し込む冬の朝日に勇気づけられるように体を起こした。布団がずり落ちて上半身がたちまち冷える。顕わになった右腕には、几帳面かつ丁寧に隙間なく包帯が巻かれていた。
「――――」
それを見下ろして、口を開いて、何か言おうとして失敗する。手当ての甲斐なのか、何かからくりがあるのか、痛みは不思議と薄かった。ゆっくりと拳を開閉させると、ぎこちないながらも意思の通りに動作する。
自分の体のことだからよくわかる。石化は解除されていた。昨夜のこと、特にアーチャーの記録をもらった直後のことはあまりしっかりと覚えていないが、邪魔だから無理矢理中から突き破ったような気もする。石を両断するような剣など古今東西いくらでも転がっているので、自分の体と失敗のリスクを省みなければ解呪自体はいつでも可能だったのだろう。
代わりにびっしりと刀傷を拵えて目も当てられない状況だったはずなのだが――。
「しろー? いないのー?」
右手に視線を落としてぼんやりと考え込んでいると、廊下の方から声がした。六時十分。そうか、この時間に起きたんじゃあ寝坊なんだったかと思い出す。
何かある度に記憶を整理する必要があるから、どうにも動作が追いつかない。そうこうしている内に、藤村大河が障子を開けて顔を覗かせていた。
「……おはよう、藤ねえ」
懐かしさが胸を鷲掴んでいるようだ。郷愁をごまかすために目を細めた。
他愛のない朝の挨拶。日常は、否応なしに進んでいく。
*
「それじゃあ私は行ってくるけど、ほんっとうに無理しないように!」
「わかってるよ。ほら、急がないと朝練終わっちまうぞ」
靴を履きながらも何度も振り返っては再三同じ忠告をしてくる。それを無理矢理送り出せば、最後まで首を傾げ続けていた藤ねえもようやく出勤していった。
やれやれ、と腰に手を当て息を吐く。
恐るべきは野生の勘か。目覚めの直後一言しか発していない俺を前にして、滅多にないくらいの真剣な顔つきで一言、
「士郎、何があったの?」
とズバリ言い当てられたのだ。
変わった夢を見ただけだと説明しても中々誤魔化されてくれず、朝食を食べねばならぬと急かしてみせてもちっとも譲らず(あの藤ねえが!)、何があったのか聞き出そうとついて来るので朝から苦労した。ようやく出ていったが、普段より二十分も遅れてのご出発だ。
そんなにわかりやすい人間であるつもりもないのだが、昔からあの人には適わない。藤村大河はずっと俺のことを心配してくれているのだと、教えてくれたのは誰だったけか。
そんなことをなんとはなしに考えながら居間に戻る。いるとわかっていたので驚きはないのだが、部屋の中――より正確には台所――にはアーチャーがいた。水につけるだけつけておいた朝食の食器を洗っている。俺が戻ったことに気がつかないはずもないだろうに、振り返りもしない。
「……そういうこと、しなくていいから。いくらなんでも露骨過ぎるぞ、あんた」
甲斐甲斐しいアーチャーなんていう寒気の走る光景に、思わず低く毒づいた。
「その傷で水仕事は辛かろうという、真っ当な気遣いのつもりだったがね」
呆れた声が返るが、そこにもやはり期待するほどの怒りはない。子を諭す親に近い声色。
――冗談じゃない。自然と、獣のように喉が唸った。
「気遣いなんか要らない。そんなこと、聖杯戦争には関係ないだろう」
「は。おまえがそれを言うのか?」
鼻で笑ったアーチャーが、そこでようやく振り返った。洗い終えたばかりの皿が、乾燥用の食器カゴに重ねられる。
「まあいい。そう希望するなら、私もサーヴァントに徹しよう」
「――っ、だから、そういうのをやめろって言ってるんだ!」
涼しい顔をして似合わぬことを言う男に、瞬間的に意識が沸いた。聞き分けのよいアーチャーなど見たくはなかった。これではまるで、まるで――、
「私とおまえが別人というのなら、我々の関係はマスターとサーヴァントという一点にのみ集約される。だとすれば私の態度になんの不備もあるまい。……おまえが前言を撤回するのでなければな」
俺の考えなどお見通しだと言わんばかりに釘を刺される。戦慄く唇を噛みしめ、同じ強さで拳を握った。
俺たちを同じ存在と見なすか否か。当然、ノーと答えねばならない命題だ。だからこそ俺は、昨夜確かに宣言したのだ。
英霊エミヤが自らを致命的な欠陥品と断定した以上、彼と同一になるということは、彼の人生を否定しなければならないことを意味する。ならば、理想に殉じた彼の終生を、死んでしまってからの慟哭を、正しいものだと信じる俺はやはり彼とは別の存在なのだ。
……だけど、そうとわかった瞬間の、ひどく安堵したような男の顔が。それでいいと息を吐いた表情が。頭の中にこびり付いて、ガラスを引っかくような不快音を響かせ続けている。
「――それで、今日はどうするつもりだ。間桐桜との約束があるとは言え、その傷で無理に登校することもないと思うが」
「約束?」
黙りこんだ俺を糾弾することもなく話を逸らしたアーチャーは、聞き返した俺に逆に目を瞬かせた。それも僅かのことで、ハアと呆れた息を吐いた後に補足してくれる。
「今日は学校に行くと言っていただろう。昨晩、夕食後。覚えていないか」
「昨日……夕食後……?」
言われるがまま思いだそうとしてみたが、どうにも記憶があやふやだ。約束だって言うならそれは大事なことだ、学校に行くしかないだろう。
「……外に出るつもりならその呆けた面をなんとかしてからにするんだな。命に関わるぞ」
「わかってる、まずはライダーだろ。そうだ、学校には気になることがあったんだ」
馬鹿にした口調にむっとして言い返す。記憶がごっちゃになっているだけで、別に俺は何も失ってなんかいないし、実情からは〝得た〟とすら言っていいだろう。
――うん。今はやらないが、多分投影だって前よりずっとうまくやれる。アーチャーの経験を、技量の全てを盗み見たのだから。宝具ですらも、きっと投影できるはずだ。魔力量があまりにも心もとないが。
アーチャーはまだ何かもの言いたげな態度であったが、俺が登校の準備をし始めると何も言わずにずっと控えるだけになった。その耳につく静けさが、やっぱりどうしても気に食わない。
「なあ。俺は、このまま終わりにするつもりなんてないからな」
もうあとは出立するだけの廊下で、後ろについてきていた男を振り返ってそう言ったのも、やはり主には苛立ちによるものだっただろう。意識したわけでもないのに声は固く突き放すようなものになった。思い通りにならない感情に、また一人苛立つ。
アーチャーの方は特に気にした風もなく、「好きにすればいい」とだけ返して霊体化した。出かける俺についてくるつもりなのだろう。
ギリ、と拳を握りしめた。まるであべこべだ。俺一人が苛立って、言葉をかみ殺している。
アーチャーにとっては、全ては昨夜決着したことなのだ。あとはただ終わるだけの泡沫を、せめて俺のためになるよう努めているに過ぎない。
「……認めないぞ、俺は」
呟く。
確かに、変えられない事実もあった。
俺とアーチャーは別人だ。どれだけ望んだって、俺が彼を『アーチャー』として認識している以上、ここから一つに戻ることなんてできない。
だけど、だから最後にはさよならだなんて、到底認められるはずがなかった。
そんな終わりを許してなるものか。この奇跡を、男の執念が生んだ邂逅を、ただ聖杯戦争の決着のためだけに浪費できるわけがない。
――まだできることがあるはずだ。俺たちが、こうしてここで出会ったのならば。
*
登校するのはいつぶりだろうか。遠坂とセイバーとともに過ごした屋上がひどく懐かしいものに思える。
通常の登校よりは早い時間になっていた。通学路を往く生徒の影も少し疎らだ。だが正門を目にするくらいになると運動部の朝練の声が響いてきていて、確かな活気を感じさせる。
変わり映えのない風景。だがその得難さを知る今の俺には、進む一歩が踏み締めるように重かった。日常を生きる、穏やかさと閉塞感。
貴重なものだ。今だから余計そう思った。守られなければならないし、守らなければならない。
――そう思ったから、校門を潜った瞬間の違和に怒りが沸いた。
「…………慎二」
甘ったるく鼻につく不快感。覚えのある感覚。
『灯台もと暗し、というやつか』
アーチャーが霊体のまま声だけを寄越した。
『はっきり言ってここの龍脈は一度目の時点で死んでいる。こんなものを仕掛けたところで、発動に必要な魔力と吸収できる魔力量が釣り合わない。ライダー陣営が打った手は、戦略としては下の下だ』
それは一度取り消されていた、魂食いの結界であった。タイミングからして慎二とライダーによるものであろうと、遠坂たちと見立てていたもの。弱者を溶かし、その中身を引きずり出して飲み下すための怪物の胃腑。
ライダーが再起を図るとしても、ここだけはないと踏んでいた。アーチャーの言った通り、そしてかつて遠坂も言っていた通り、龍脈は乱されて力を発揮しにくく、その苦労に見合うほどの数の獲物は集まらない。
ゆえに下の下。戦術的にこれ以上はないくらいの最低の策。……にも関わらず慎二がそうした理由には想像がついた。
待っていたのだろう、俺か遠坂が訪れるのを。
慎二からすれば、サーヴァントという力を手に入れたのに満足にそれを振るえず、遠坂のサーヴァントには一蹴され、見下していた俺に馬鹿にされた。これで黙っていられるやつじゃあない。何かを仕掛けてくる可能性は高いと思っていた。
だが、慎二はどうしようもなくプライドが高いが、こんな見境がなく効率も悪い方法を選択するような馬鹿ではないはずだ。行動する前に頭を使うことができるやつだった。
まして、朝七時半。こんな時間では、朝練などの用事がない限り生徒は登校していない。精々三分の一程度の学生しか揃っていない朝の学園で――。
やるはずがない、と思いたかった。同時にやりかねない、とも思った。もう慎二の行動が読み切れない。おそらく、俺たちに仕返しすることしか考えていないのだろう。ならばこの瞬間、結界が発動してもおかしくない……!
「アーチャー! 目立っても構わない、生徒を避難させてくれ!」
叫ぶ要請は一言で事足りた。余計な些事を除けば、彼以上に俺の思考を理解できる人間もいまい。
無言で実体化した武装姿のアーチャーは、白布を尾のようにたなびかせてまずは運動場へ広がる運動部から追い散らしにかかっていた。当然の困惑にどよめく生徒たちを背にして、俺も学園内へと駆ける。
まずは手近な弓道場。俺にとっての旧知が集う施設でもある、慎二に真っ先に狙われてもおかしくはない。作法も全部すっ飛ばして土足のまま駆け上がり声を張った。
「みんな、練習は止めだ! 緊急事態だ、とにかく外へ!」
突然の大声に、射に入っていた者たちもみんな一斉にこちらを見た。偶然一番近くにいた桜がきょとんと目を丸くする。
「せ、先輩? どうしたんですか、何があったんです?」
「事情はあとで説明する。校門から一歩出るだけでもいいんだ」
駆け寄ってきた桜を見返して必死に言うと、戸惑いを全面に出しながらではあるがとにかく頷いてくれた。他の部員たちも、俺が知らない顔ではないことが幸いしたのか、バタバタと弓を片づけ始めてくれてはいる。
「片づけはいい! 着替えもいらない、先に外へ!」
反応が鈍い。舌打ちしたくなるのを堪えた。助力を求めて咄嗟に美綴の姿を探したが、見当たらなかった。副部長である慎二も当然おらず、桜が率先して手伝ってくれていたものの、まとめ役を欠いたせいか期待するほどの機敏さは見られなかった。
藤ねえの姿を探して首を巡らせる。できればここは任せて次のところに行きたいのだが――。
「…………!」
それより先に、恐れていた時が来た。
ぐわんと。感覚的には軽い立ちくらみのようなもの。俺は一歩たたらを踏んだが、逆に言えばそれで終いだった。サーヴァントからの攻撃と見なせば、別段大したものではない。魔術師というのは常に回路を体内に有しているし、一定以下の干渉は自動的にレジストする。
しかし、魔術師ではない一般人ならどうか。
「あ、れ……? なんで急に……?」
ふらりと、直前まで勇ましく声を上げて立ち回っていたはずの桜がよろめき、踏ん張ろうとしたが堪えきれず倒れ込んだ。それに前後するように、次々と弓道場内に袴姿の生徒が倒れ伏していく。
ライダーの結界は、攻撃手段ではなく捕食手段。捕らえた相手を溶かし、食らい、己の糧にするためだけに敷かれる人食いの牢獄。メドューサという真名が持つおぞましいイメージに相応しい神代の魔術だった。
視界が赤く染まったのは怒りのあまりかと思ったが、鼻腔をつく不快な異臭からして、空間そのもの、空気そのものが色づいたものなのだと知れた。血しぶきの中を歩くような最低の感覚を浴びながらうつ伏せた桜の傍へ膝をついた。
「うぁ……、せん、ぱい……。ごめんなさい、わたし――」
「いい、桜。悪いのは俺だ」
脈と呼吸を取るために仰向けると、刺激でわずかに目を開けた桜が譫言のような謝罪をくれた。それもわずかなことで、またすぐに目を閉じる。安らかな寝顔とはほど遠い、苦悶の表情。
意識が許されれば、ここは苦痛と不快を訴える呻き声で溢れていただろう。生きたまま消化され食われるのだから、苦しくないはずがない。
「…………くそ」
最低の気分だ。
自分への怒りでどうにかなりそうだったが、呼吸する度に肺を満たす溶かされゆく人の血臭がかろうじて俺の正気をつなぎ止めていた。
悔やんでいる暇などない。大事なのはまだみんな息はあること、そしてこの結界を解除させない限りいずれはその息も途絶えるということだ。
感情を押し殺した無言のまま、踵を返して弓道場の出入り口にまで戻る。そこにはすでにアーチャーが待っていた。
「……思ったよりも落ち着いているか」
「どうだろうな、頭の中は酷いもんだ」
「取り繕えるだけ上出来だ。怪物狩りに赴く前に貸すくらいの耳が残っているのならな」
互いにこの状況で無駄口を叩くような性分ではない。視線だけで続きを促す。
「では最初に言っておくが、この結界は明らかに未完成だ、こんな調子では赤子ですら消化しきるのに一時間はかかるだろう。つまり、頭に上った血が戻ってくるのを待つくらいの時間的猶予はある」
落ち着いた声だ。言葉の通りアーチャーに焦りはない。
それは一見冷血にも見える情の薄さであったが、この男の内面がそんな単純なものではないことは重々知っている。忠告の通り気を静めようと意識して呼吸を深くした。
「わかった、無茶はしない」
「結構。それでは本題だ」
満足そうに頷いて、アーチャーは一度言葉を切った。睨むような眼光のまま、俺を見下ろして言う。
「ライダーからすれば、今日まで散々潜伏を続けた挙げ句、ここに来て無意味な宝具解放。こんな無茶な運用をされたサーヴァントがまともな力を発揮できるはずがない。下手をするとセイバーにやられた傷も癒えきっていない可能性すらある。
――令呪を解け。これだけ有利な条件が整えば今の私でもライダーは十分しとめられる」
なんとなく、そう言われるだろうと予測していた。誰も殺すなという縛りは、この局面に於いてはもはやほとんど意味はない。
だけど、俺は首を横に振って答えとした。
「いいや、だめだ。令呪は解かない」
「……今更オレがおまえを殺すつもりがないことくらい、おまえにだってわかるはずだ。誓いが必要ならそうしてやってもいい」
「そこはもう疑っていないさ。だけどダメだ。オレはもう、おまえには誰も殺させない」
「戯れ言を……!」
末尾が震えた。俺の、憐れみにも見える強制がアーチャーの琴線に触れたのが手に取るようにわかった。
「サーヴァントはそもそも死人だ。これを倒しても殺人にはならない。くだらない意地を張っている場合か!」
その通りだ。アーチャーのいうことは正しい。マスターかサーヴァント、どちらかを制さねば止まらない争いなのだから、切り捨てるのはすでに死者たるサーヴァントであるべきだ。
だけど、その論法を認めてしまうということは、サーヴァントが人間ではないと認容するということだ。例えば、俺かアーチャーに避け得ない死が迫った時、俺はアーチャーを身代わりにしてでも生きなければならない、ということになる。
そうであるなら、俺はそれを認めるわけにはいかない。アーチャーを失いたくないという心に嘘を吐くわけにはいかないからだ。
それに。
これはもう、アイツの中では他人事に近い過去の話なのだろうが。
――問おう。あなたが私の――
かつて、地獄に落ちても忘れないと思った光景があった。
美しいものの象徴。少女の形を取った運命。
だから彼にとっては、ずっと昔から。サーヴァントというのはただの亡霊を指す単語ではなかったのだ。
だったら、そんな風に考えているやつに手を汚せなどと言えるわけがない。
「もう、何も殺したくないんだろう。だからおまえ、冬木にまで来たんだろうが」
最初からわかっていたことだった。
いくらアーチャーの対魔力のランクが低くても、〝誰も殺すな〟なんて抽象的な俺の令呪がここまで強力に作用できるはずがない。それでも事実としてアーチャーがサーヴァントにすら刃を振るえなくなったのは、彼自身の根底にある願望が、結局そこに帰結するからに他ならない。
善人も悪人も、神も怪物も。目に映るもの全てに分け隔てなく、災難が訪れない地平をこそ望んだ。
殺されてもいい存在なんて、苦しめられて涙するものを切り捨てなければならない理由なんて、どこにもないことを証明したかった。
「悪いがそこは絶対に譲らない。お前はライダーを留めておいてくれ。その間に俺が慎二をとる」
アーチャーからの反応が返るより先に足を進める。
どれだけ説得されても俺の意見が変わらない以上押し問答は無駄なだけだ。如何にこの結界が未成熟だと言っても、そんな時間の浪費をできるほどの余裕はなかった。
アーチャーからの罵声も覚悟したが、反論もなく黙り込んでいるようだ。嫌になるほど従順なサーヴァントを連れて奥を目指した。
校内で潜伏できるところはそう多くはない。おそらくは、校舎裏手の林の中。
*
間桐慎二は魔術師ではない。俺には詳しいからくりはわからないが、魔術師でないままマスター権だけを獲得した人間だ。
つまり、マスター同士の共鳴は発生し得ない。
「……出てこい、慎二。俺を待っていたんだろう」
それなのに確信を持ってそう呼びかけられたのは、数年来のつきあいが生んだ縁だっただろうか。
投げた言葉は誰にも拾われず、梨の礫に終わったかのように思えた。それだけの長い沈黙を挟んで、不意に後ろに控えていたアーチャーが夫婦剣を投影しながら前へ出た。
木枯らしに木々が揺れるのに紛れて、一つの梢から紫糸が垂れる。じゃらり、と耳障りな音とともに、蜘蛛のように四肢をつけて一人の女が着地した。
サーヴァント、ライダー。見かけ上の傷はない。獣そのものの低い姿勢のまま、こちらを見上げる両目は黒い眼帯で覆われている。近くに慎二の姿はなかった。
「マスターはどうした、ライダー」
俺からは背中しか窺えない位置に立つアーチャーが口火を切った。ライダーは黙したまま答えない。元より返答があるとは思っていなかっただろう、アーチャーは一つ鼻を鳴らしただけで無意味な対話を終わりとした。
警戒したまま向かい合う。どちらも動きだそうとしないのは、アーチャーには令呪の縛りがあり、ライダーは傷が癒えきっていないからかもしれなかった。サーヴァント同士の腹の探り合いを置いて、俺は一人何時にも増して薄暗く陰鬱な林に視線を滑らせる。
潜むにしたって、俺を前にいつまでも隠れていることができるような性格ではない。どんな行動に出てくるにせよ、必ず移動しようとするはずだ。アーチャーたちの決着は急がせるべきではないが、俺の方は別だ。のんびりしている暇はない。
そうして。俺たちを大きく避けるように、大回りに駆ける影。それを認めた瞬間、俺は魔術回路を励起させ駆け出した。呼応して動いたライダーの機先を封じるようにアーチャーも前に出て、硬直していた場が俄に戦場の熱を帯びる。
声はかけない。甲高い金属音を立てて互いの武器を合わせ始めた二騎を置いて、俺は真っ直ぐ人影の方へと向かった。
この結界内を元気そうに駆け回っているのだ。予想に違わず、人影は慎二のものだった。
「止まれ、慎二!」
呼ばうと、首だけでこちらを振り返る。見開いた目は血走って、口角は歪にひきつっていた。嫌悪と苛立ちに似た表情。髪は乱れ、見慣れたはずの学生服は泥に濡れて汚れている。僅かに足を緩めて振り返り、旧友が叫んだ。
「指図するなァ!」
強い悪寒。
本能が発した警告に、枯れ葉をまき散らしながら急停止した。その鼻先を掠めるように、足下から生えた黒い影が突き上げる。
いかなる手段を講じたのか。慎二は魔術が使えないはずだが、しかしこれは魔術の気配だ。追撃を警戒してさらに下がったが、慎二の攻撃はそれきりで、俺が止まったのを認めてからはまた脇目も振らずに駆けだした。
逃げるような疾走に、無手の俺をなぶることもしない必死さ。慎二らしくないやり口だ。だが、傲慢さを捨てた今の方がよほど厄介だった。林を抜けると校舎にたどり着く。そこには、人食い神殿に取り込まれ消化されゆく罪なき生徒たちがいるだろう。
追いつめられるとどんな小者でも何をしでかすかわからないものだ。すでにこれだけの暴挙に出ている人間の理性や良心を信頼できるはずもない。
追走を再開させたが、俺が追いつくよりも慎二が校内に到達する方が早いと見て舌を打った。再び足を止めて息を一つ吐いた。
撃鉄を起こすイメージ。
「投影――」
求めるのは彼のたどり着いた黒弓。大の大人でもまともに引くこともままならないサイズと硬さを備えたそれは、今より僅か未来の素材で形作られたものであった。構造も概念も極単純で神秘は薄いが、何度も何度も失敗をしながらも重ねられた強化の魔術が、この大弓を宝具すらを支えうる高みにまで押し上げていた。
弓そのものは宝具ではない。しかしそれですら、今の俺の手には余る。
ずれた神経を無理矢理はめ直した左腕に、石を砕いた剣をそのまま肉とした歪な右腕に、バシンと、比喩ではなく電撃が走った。
脊髄から溢れだし行き場をなくした閃光が、投影の出口である両腕に殺到し内側から肉を焼く。ひび割れるように青白い線が蛇行した。
神経と同化した魔術回路のスパークは、雷撃を食らう拷問と同義である。
苦痛の声が漏れそうになる。冗談じゃない、と歯を食いしばってかみ殺した。こんなものは、高みに至るための僅か入り口にしか過ぎない。
ヒトとして生を受けた肉体が、限界超過を察知して強制的に意識を落とそうとする。自己保存の本能。それをクソ食らえと踏み潰して、一層に回路を励起させた。
これが限界などと笑えない。この体は、衛宮士郎という人間は、英霊にすら至り得る器であることを、オレはもう知っている。
「――開始ッ!」
幻想を現実にまで落とし込む。投影魔術、その神髄。
何もない宙に輪郭が浮かび、瞬きの間もなく弓となった。握ったアーチャーの弓は、俺の身長など優に上回る。それを手にする対価/代償として、戦闘を見捨てられなかった血と硝煙に塗れた生涯、狙撃を選択せざるを得なかったかつての男の苦悩、その弓矢で殺め続けた無辜の人々の亡骸の様子が、俺の脳裏に叩き込まれる。
見覚えのある地獄であった。一度の瞑目でその残像を払って、速やかに次の投影の準備をする。
弓手は左。矢をつがえるは当然右だ。初めは俺も知る宝具を目指したが、魔力も経験も足りないとさすがにそれは断念した。
格落ち品の更に下。とんだ紛いものに過ぎないが、レプリカにはレプリカなりの利点があるものだ。剣を呼び出し、矢としてつがえた。
「奔れ、猟犬」
真名解放――いや、それには及ぶまい。
しかしそれは、贋作であれ確かに赤原を行く獣。千里をも容易く駆ける原典には遠く及ばずとも、この狭い穂群原学園で定めた獲物一人を貫くことは容易い。
並び立つ木々をものともせずに、矢は複雑な軌道を描きながらも最短距離で標的へ向かう。慎二が直前で身を捩ったのに対応できるほどの性能は持っていなかったが、それでもきちんと役目は果たした。
着弾は脚。悲鳴は遠い。左脚に突き立った矢に、慎二がもんどり打って倒れ込む。
それを見届けるより僅かに先んじて駆けだしていた。眉間に力が籠もるのがわかる。
……悩んでいた。籠められているのは些細な神秘ではあるが、脚の付け根にほど近いあの位置であれば、解放するだけで下半身を吹き飛ばすこともできるだろう。この結界を解除させるためには最も確実で手早く達成できる手段である。
だが。駆けるほどに近づく、呻くのを堪えて睨みあげてくるのは見慣れた顔。出会ったのは中学生の時。藤村大河を除けば、衛宮士郎の日常を形作る人たちの中で彼が一番長いつき合いだった。
近づきすぎず、距離を取って立ち止まる。
「……慎二。最後に一度だけ言う。この結界を解除しろ」
彼の傲慢は優秀さの裏返し。間桐慎二は魔術の才以外のおよそ全てを生まれ持ち、それを活かすための努力を怠らないやつでもあった。聖杯戦争なんてものさえなければ、魔術の家系にさえ生まれてこなければ、あれこれ文句を垂れながらも立派な生を果たしただろう。
「ふざけるなよ……。まだそういう頭湧いたことしか言えないわけ、おまえ」
「悪いが関係のない会話につきあっている余裕はない。解除するか、しないかだ。沈黙も誤魔化しも拒否と取る」
「……あーあ。そうだよ、昔からそういうやつだったよ。何してても自分は周りとは違うんだって態度でさ。合点がいった。つまりこんなちゃちな魔術一つで特別になった気でいたってわけだ」
ふひ、と声が漏れる。ため息にも似たその一音目は、すぐに腹を抱えての大笑いに変わった。
「ひゃはははははは! ちゃんちゃらおかしいね! なんだったっけぇ、僕がマスターに向いてないだってェ?! 向いてないのはおまえの方だ! 見ろよ、これが本当の魔術だ! 限られた人間にだけ許された特権だ! そうさ、魔術師は魔術を使うためになら、生け贄を殺すことにだって躊躇しない!」
座り込んだままの慎二が、魔術書を片手に持ったまま、演説さながらに両手を振るって周囲を指した。死臭立ちこめる鮮血神殿。――それを、見せびらかすかのように。
「お前みたいな! ぽっと出のォ! 頭からっぽなお人好しのバカには! 逆立ちしたってできない芸当さ!」
「……結界解除への拒否と見なす。それが回答でいいんだな」
「偉そうな口を聞くなア! おまえは地べたに這いずり回って、許しを乞う側の立場だろうが!」
そうか、と呟いた。
確かに事ここに至って、愚かなのは俺の方だったかもしれない。
「残念だ、慎二」
吐露した本心を決別の代わりに。
決断からの時間差はなく、標的の肉に埋まったままの贋作宝具は内包する神秘の全てを解放する形で自壊した。些か小規模な――しかし魔術師でもない人間が千切れるのには十分な威力で炸裂する。
覚悟していた分、閃光に目が慣れるのも早かった。想定の通りに下半身と上半身は無理矢理に分かたれていた。矢の突き立っていた腿のあたりは丸々欠損しており、周囲に散った肉片が、本来そこを埋めていたものなのだろう。
下半身にはわかりやすい急所はないように思えるが、骨盤周囲にまで達した破壊は動脈を破綻させている。ましてまともな治療も望めない今、これは十分な致命傷と言えた。
とはいえ、今少しは息がある。その半死体に向けて、止めていた一歩を踏み出した。
震えはない。吐き気もなく、後悔だってありはしなかった。初めは抱いていたはずの怒りも消え失せていて、己のものではないような形容し難い不動の感情だけが胸の中に居座っていた。
軋み綻びる体を無視して、莫耶を右手に投影する。致命傷だが即死ではない。そして死に至る外傷というのは得てしてひどい苦痛を伴うものだ。幕引きは、早い方がいい。
介錯を果たそうと歩み寄る。その距離およそ数メートルの地点に至ったとき、信じがたいものを目にして思わず足が止まった。
「く、くくくく……ふ、ふふ……」
下半身を失ってもなお肩を震わせて笑う姿に狂気を感じて肌が粟立つ。生理的な嫌悪が真っ先に這い上がり、実際にその直感は正しかった。
赤い血を垂れ流していたはずの断面が、蠢き出す。飛び散ったはずの肉片が俄に輪郭を溶かし、別のものに変じて動き出した。
「――蟲?」
間違いなくヒトの肉体を形作っていたはずのものたちが、個々に独立し、自走して集合を果たす。心底おかしそうに含み笑いを続けるその体が、欠損を蟲の群で埋められて再生していく。
……それを果たして再生と呼ぶべきか。治癒でもなく、巻き戻しでもなく、散らした蚊柱が瞬く間に元の群棲を取り戻すのと同じように、慎二の肉体はやがて人間の形を取り戻した。
「くひ、ひひひ。なんだよ、なんだよその目は。ひどいじゃないかア、お前がやったんだろう? なあ、衛宮」
間違いなく断裂していたはずの筋繊維が、寄り集められた虫によって代替されていく。爆破されたはずの部分をボコボコと不自然に隆起させたままに、慎二はゆらりと立ち上がった。
蟲が人の体を繋ぐ、その異様。
「なんだ、それは」
呆然と呟く。こちらに振り返るその顔も、狂ったような笑い声も、確かに俺の知る慎二のものであるはずなのに、グチグチと音を立てて寄り集まる蟲たちが慣れた姿の邪魔をした。
「……魔術、だとしても。どう見たって真っ当な手段じゃないぞ。まさか、体全部がそうなのか?」
「アアー? なんだって? ブンブンブンブンうるさいなあ」
「――――」
確かに虫が飛んでいた。……俺の周りにも、不快な音を立てて何匹も。
縋るように莫耶の握りを強くする。言葉が浮かばない。ただ、殺そうと決意した旧友が、その致命を異形で補い動き続ける光景を信じられない思いで見ていた。
「――いつからだ、慎二。誰にやられた!」
「誰に? 誰にだって?」
ひどく身勝手な感情だとわかっていたが、心のままに激昂した。慎二がこんな、自分の尊厳や人としての道徳を投げ捨てるような無謀に自走できるわけがない。誰か、手引きした者がいるはずだった。
しかし俺の詰問に、まだ真っ当な人の顔かたちを保っていた慎二の表情は凍り付くように静止した。どこか自慢げな様子を湛えていた表情が、怒り・蔑み・悔しさ――とにかくそういう悪意に満ちたものに置き換わる。人のものではあり得ない蠢動を見せる胴体をそのままに、異形が吠えた。
「これは僕の、僕自身の力だ! いつもいつも舐めやがって、いい加減目障りなんだよ!」
ヒステリックな叫びに応じて、地を這っていた巨大な蛆虫が、飛び回っていた肥えた蜂たちが、一斉に俺のもとへと飛びかかってきた。
集る蟲を踏みつぶし、切り払う。ぐしゃりと大した手応えもなく体液をまき散らして絶えたはずの死骸にはまた別の蟲が集い、死骸の分を食らったかのように体を大きくした。
数というのは、それだけでおおよその局面で有利を得られる原初からの強さである。顎を噛み合わせる不快な音を立てて飛び回る羽虫を引き掴んで地面に叩きつけ、そこに莫耶を突き刺してようやく動きが止まる。
おそらく百は下るまい。大海のようとまでは言わないが、川の流れを一人でせき止めようとするような、途方のない数量差であった。何の対策もなしに挑める相手ではない。
手を改めねば、と焦りを抱くが蟲の襲撃は休みなく続く。魔術回路を持たない慎二がこんな芸当をできるわけないのだから何かタネがあるはずなのだが、深く考えるだけの余裕もない。
ブツブツと俺への呪詛を吐き続ける慎二の体が未だ動きを見せないのが救いだろうか。細心の注意を払って蟲の動向を追っていたが、今のところまだ校舎に向かうものは現れていないようだ。
慎二が群の司令塔であるのなら、俺をここに釘付けにしたまま校舎内の生徒たちを害することも可能であるということになる。俺への敵意に注力している内に勝負をつけねば、最悪の事態に陥りかねない。
「ぐっ、この……!」
痛みが走った背中を咄嗟に払う。新たな投影により打開を狙うべきだが、集中できるだけの間が取れない。群体相手に切断は向いておらず、最初の一撃でも慎二を絶命たらしめられないのであれば、今度は人一人の全身を爆破するだけの神秘を内包した剣を投影する必要があった。
焦りが剣筋を乱し、防げたはずの襲撃を何度か食らう。ほんの指先ほどの肉を噛み千切られるくらいではあるが、数が嵩めば俺のパフォーマンスにも影響してくるだろう。
何よりも、ライダーの相手をアーチャーに任せて、無関係なはずの生徒たちが結界に捕らえられたこの状況。時間経過は俺の敵であった。俺と慎二の決着がそのまま事態の決着となるのだ、まごついている場合ではない。
「ほらほらほら! どうした衛宮ァ! いつもの威勢はどうした、ボクにあれこれ指図してくる偉そうな口はだんまりかあ?!」
魔導書だけは大事に片手に握りしめたまま、指揮者さながらに腕を振るう。慎二の感情に寄り添うように激しさを増す蟲たちの攻撃を無言で堪え忍びながら、勝機の訪れるのを待った。
百のうち七十を斬って二十を殺し、しかし斬ったはずの五十は密度を減じながらも倍するような状況だ。この数を巧みに操って襲いかかられれば俺の抵抗などあってないようなものだ。しかし現状はそうなっていなかった。蟲の軌道は単純で、概ね前方からの突進が多く、あっても精々ニ方向からの挟撃のみ。
このような魔術を慎二が昔から使えていたとすれば、今になってこうも見せびらかすことはあるまい。慣れていないのだろう、と推察する。であれば好都合だ。普通の人は、集中を何分も持続することはできないものなのだから。
そうして。得体の知れない蟲の体液が林に敷き詰められた腐葉土をしとどに濡らし、いよいよどう立ち回っても足裏が不快な感触を踏みしめるのを避けられなくなってきたようなとき。
サーヴァント同士の戦闘が生み出す轟音が俄に近づき、俺と慎二が同時に林の奥に目をやった。正面からの衝突の勢いを殺しきれず、弾き飛ばされた勢いのまままずはアーチャーが俺たちの前に躍り出た。地に着いた足に片手も加えて停止しようとしているが、土を削り蟲たちを蹴散らしてもなお減じない速度は、校舎の裏側を背にするギリギリのところでようやく零になった。
崩れた体勢を整えるため身を起こす。――とほとんど同時、獲物を追って現れたライダーが、長髪を翻し木々を蹴って追撃にかかる。衝撃に太い幹がへし折れるほどの突進を、アーチャーは交差させた双剣で正面からまともに受けた。
甲高い金属音が上がる。圧縮され爆発した空気に二人の装束と髪がはためいた。踵を深く地に埋めて衝突の勢いを受けきったアーチャーだったが、そのまま鍔迫り合いに持ち込まれて余裕のない表情がさらに歪む。
男女の差など彼らの戦いにあってはなんの意味も持たないものだ。神代のギリシャにおいてもなおいくつもの英雄殺しを達成した女怪の膂力は、見た目通りのそれではない。涼しい顔のままのライダーだったが、アーチャーが踏みしめる側の地盤がさらに大きくひしゃげたのを見て、力を強めたのだとわかる。
いよいよ押し切られそうな瀬戸際、気勢を吠えたアーチャーが崩しがたい拮抗を自ら崩しにかかった。受け止める剣の左右で籠める力を変えると、急なことにライダーの姿勢が前のめりに傾いだ。躱しきれなかった切っ先を甘んじて右脚で受けたアーチャーは、隙を晒したように見えるライダーを狙わずに前後を入れ替えるように前に出て、林の奥を背に振り返って敵に対する。
は、と息を吐いたのは俺だった。錬鉄への道をようやく行き始めた程度の実力では、とても入りこめるレベルの戦いではない。せめて邪魔にならないように呼吸を潜める。
アーチャーに背を向けたままのライダーは僅かに首を傾げて、後ろに回ったアーチャーを振り返った。脚からの流血をそのままに油断なく双剣を構えるアーチャーが林の方にいるのを前に、緊張感に欠いた様子で「ああ」と一声呟く。
「先ほどから、何故自分の有利な戦場に移動しようとしないのかと思えば。そういえば、こちらにはまだ他の人間もいましたね」
ぎくりとアーチャーの肩が強張った。一瞬の躊躇もなくライダーの手首がぶれ、鎖のこすれる音をまき散らしながら投擲された短剣が校舎の一角を破壊する。
「やめろ!」
叫んだ俺よりさらに早く、地を蹴ったアーチャーが武器を投げたライダーの隙に肉薄した。ライダーの短剣は元から二本。残った一本のみで、アーチャーの渾身の振りおろしを受け止める。
覆せない筋力差。先ほどの鍔迫り合いを再現するような光景に、今度は押し負けるのに逆らわず、アーチャーは両手の双剣を手放した。回転しながら弾かれた白黒の一対があらぬ方向へ舞う。当然、アーチャーは無手だ。
いくら武具を投影できるとは言え、寸瞬の隙を晒すのには違いない。どんな狙いがあるにせよ無謀としか言えない選択をしたアーチャーに、ライダーの唇が艶やかな弧を描いた。純粋な力勝負で勝るのだ、インファイトはむしろライダーの望むところ。一歩間合いを詰めてきたアーチャーに動じず、白い脚を蛇そのもののように勢いよくしならせて、背後からアーチャーの延髄に迫った。
一秒にも満たない刹那の攻防。アーチャーは鎌の如き鋭さで襲い来る蹴りを身を低くして回避する。その姿を見ている内に電撃のように直感した。
(――このままじゃあ、アーチャーが負ける)
狙いはわかる、力で劣る相手にはゼロ距離まで迫る方がいい。一切の勢いも付けられない最近接距離にまで到達できれば、技がものを言う世界になる。しかしライダーはそれを許すまい。校舎を破壊した短剣の片割れが、鎖で引かれて弾丸のごとく返ってきている。
後退するライダーの足を踏みつけて阻止したアーチャーはなおも前進した。沈めた姿勢を活かす形で繰り出された顎を狙っての掌底を、首をそらしたライダーがなんなく回避する。
手の内も考え方もよく知った相手だ。アーチャーの本命は、上空に弾き飛ばされた干将莫耶であるのだともわかっていた。いずれも手から離れたからといって、そこで終わりになる剣ではない。
だが、ライダーとアーチャーはこれで二戦目。ほぼ間違いなく、ライダーは互いに引き寄せあうという干将莫耶の性質に気づいている。
ゆえにあれでは必殺足り得ない。この先の展開を予想するのはそう難しくなかった。どう巧く攻めてもあと三手進めば王手がかけられてしまうと俺にすらわかるのに、どうしてアーチャーは手を改めない……!
「くそっ――!」
見ていられない。間に合うかは賭けだったが、莫耶を片手に強化した脚で地を蹴った。
迫る視界でも否応なしに展開は進む。避けられたことなど気にせず、今度はライダーの鎖骨を狙っての肘打ち。ライダーはそれを半身になってかわすと、踏みつけられたのと逆の足を跳ね上げて睾丸を狙い反撃に出る。アーチャーは女の足を諦め飛び退がって回避すると、同時に砲丸じみた勢いでついに帰還したライダーの短剣に、足裏を完璧に合わせてかち上げた。
両者距離が開く。蹴り上げられたライダーの短剣と入れ替わるように落下してきた干将と莫耶は、互いに引き合いながら加速してあり得ない軌道を描いてライダーを前後から挟撃した。……しかし。
「種の割れた奇術は滑稽ですね」
ライダーは打ち上げられた短剣と繋がる鎖を操って、陰陽剣を容易く弾き落とす。間髪入れず、騎兵の名に恥じぬ機動力で武器のないアーチャーへと突撃した。利き足を蹴り上げたきりのアーチャーの姿勢は整いきっていない。ライダー本人を避けても、攻防で散った鎖を絞め上げられれば四肢のいずれかは拘束されるだろう。
やはり。全て想定の通りに盤面が進む。それを止めるため突貫した。地を這う低さで激流のように踊る鎖の輪と輪の継ぎ目に切っ先を合わせて振り下ろす。ギャン、と不愉快な音と火花を立てる眼前に構わず、弾かれそうな剣を両手で押さえ込んでさらに押し込むと、格闘の末に地面に縫い止めることに成功する。
これで一手遅らせた。……だが、それだけだ。
すぐに顔を上げてアーチャーたちを見ると、ライダーは俺の邪魔には頓着せず、止められたのならそれもまたよしと宝具ですらない名もない短剣を放って自らの足で何度目からの突進を敢行していた。
英霊ニ騎、互いに無手。蹴り上げた足をなんとか地に戻したアーチャーに、疾風と化したライダーが組み付く。女性にしては高い身長、何より地面に盛大な罅を入れるほどの埒外の脚力に押し負け、のし掛かられるがままにアーチャーが転倒する。
お手本通りの完璧なマウントポジション。こうなれば体格差があっても抜け出すのは容易ではない。
「アーチャー!」
今更忠告に意味はないとわかっても、思わず男の名を呼んだ。口元でしか表情の窺えぬライダーは確かな笑みを浮かべていて、そのたおやかな指をアーチャーの首に伸ばした。へし折る気だ。
想像するだけで血が凍り付くような結末を幻視して息が震えた。投影準備を開始する。
俺の莫耶は未だ切っ先を地に沈めたままで、何よりやつは不死の怪物。英雄殺しの代名詞、堕ちた女神メドゥーサ。俺の作った莫耶では、その魔を祓うには荷が勝ちすぎる。
となればもう一振り作りだすしかない。ライダーにとって致命になる刃、一度目にしたハルペーであれば……!
トレース、口の中でだけ唱えた。生存本能が発する警告が頭の中で鳴り止まない。痛みは痛覚を振り切って不快感と焦燥感の塊となって中枢から末梢に至るあらゆる神経を焼いていた。死んでしまうかもしれない、と他人事のような思考が飛ぶ。下手をすれば、ではなく。もしかしたら、うまくいったとしても。
だからなんだ。その弱気こそがお前の敵だ。歯を食いしばって神代の剣に手をかける。慎重を期すべき難易度だとわかってもなお最速を望んだ。それだけの覚悟が要求される場面であった。指の先で閃光が走る。体内を迸る雷光が漏れ出たかの如く。
思考追跡は完璧。島一つを地獄に変えた女怪の首を落とした英雄の剣。刃を内にした特殊な形状の扱いも、熟練の戦士のように思い描ける。
断罪を。両手を掲げた。最後の仕上げ、脳裏に焼き付いた空想の武具を現実世界へ落とし込む最終工程。不定の閃光が規則性を持ち始める。光の輪郭が描かれる。
――そのとき。
俺の無謀を咎めるように、足元に刺さる莫耶が啼いた。
止めてくれるな。まだ失うわけにはいかないのだ。
そう願ったが、すでに集中はぷつりと途切れ、手にしかけた幻想は霧散していた。
ミチと骨膜の断裂する音を聞く。屈強なはずの戦士の首が、華奢な女の手で手折られようとしている。戻れ、と懸命に己に訴えかけた。再設計している時間はない。この女をここで止めなければアーチャーが死ぬのだ。人一人の命の瀬戸際に、我が身の進退など知ったことではない。神経が破壊されようが、一生障害を抱えたまま過ごすことになろうが、そんなものはなんとでもなることだ。
いつかなど待てない。今ここで手にできない力などに価値はない。
キャンセル工程をさらに棄却し強引に回路を再接続する。俺の知る終着点からはあまりに遠い未成熟なサーキットが悲鳴を上げる。さすがに声が漏れた俺に、アーチャーの目がこちらを向いた。
何をしている、と叱られた気がした。
同時にもう一度、莫耶が鳴った。
狭窄していた視界が開ける。
(そういうことか……!)
瞬間的に沸き立った怒りは愚鈍で頭の悪い自分に対してのものだった。震えが走る。男の計算づくの戦闘の組み立てへの畏怖と、それが俺への信頼があって初めて成り立つものであるという歓喜に。
今度こそハルペーの設計を消し去った。代わりに莫耶を掴んで地を蹴る。
全力疾走。速度はアーチャーとの同調を経て格段に上昇したはずであったが、ライダーの脅威にはなりえない。そもそも手にする武器すらも、一太刀報いることすら難しい粗悪品。オリジナルであれば強力な破魔を成せただろう中華の名刀も、今の俺の腕では表層を象るだけで精一杯だ。
それでも、決して無くせぬ呪い染みた性質は残される。三度、莫耶が刀身を震わせ呼び声を上げた。陰剣が片割れを求めて泣いている。その慟哭を慰めるように、彼女の願うままの軌道で剣を放った。
優しく送りだすような投擲。放物線を描くかに思えた白剣は、しかし中途にて急速に加速する。
風切り音とどちらが早かったか。いずれにせよ意図を察したライダーが、絞殺を中断して飛び退いた。
「くっ――!」
……いや、飛び退こうとして失敗した。
美しく強靭な薄紫の髪がビンと張る。手のひらに傷を作りながらも女の髪を渾身の力で握りしめて離脱を封じたアーチャーが、もう片方の手で飛来してきた干将を掴みとった。
二本一対の夫婦剣、その片割れ。投影精度が段違いであるそれはアーチャーが作りだしたものだ。攻防であえて手放した雄剣が、俺の投影した雌剣と引きあってライダーの想定を外れた軌道で帰還していた。
「逃がすかッ!」
ライダーの髪を引く力で身を起こしながら、アーチャーが短く発して剣を振るった。
紙一重の攻防の先、戦闘論理の終着点。すなわち、必殺の時。
首に届く、伝承の再現は今やなる――そう確信した俺の視界で、しかしアーチャーは首ではなく女の右腕を斬った。
なぜ、と思いかけて、間抜けか俺は、と自答する。なぜも何もない、令呪の縛りだ。
下から上へすくい上げるような一太刀。すぐに切り返して右の脚も狙ったようだったが、その前に逆の左脚が髪を戒めるアーチャーの手を強烈な勢いで蹴り上げた。
あるべき関節の向きをあらかた無視して、蹴られた形そのままにアーチャーの右手がひしゃげた。当然ライダーの髪を掴んではいられず、二太刀目は彼女の脚を浅く薙いだだけで終わる。
飛び退ったライダーは組み合っていた林から一気に離脱し、校舎を背にする位置へ舞い戻った。斬られた右腕を左手で押さえ、低い姿勢でアーチャーを眼帯越しに睨みつけたあと、更に後退して窓の一つを破り建物内に姿をくらませる。
「待て、――」
「貴様が待てだ、この愚か者!」
追走しかけた俺の首根っこを、怒鳴った男の手が引きずり倒す。痛くはないが相応の衝撃はあり、反射的に咳き込んだ俺の首の真横に、ザクリと干将が突き立てられた。
「それ以上は使うな、例え屑剣であったとしてもだ。……次は死ぬぞ」
手元が狂ったのか薄皮一枚では済まない深さの傷が刻まれたが、それが彼の怒りの強さを物語る。
殺意と見間違うほどの怒気に気を取られそれが忠告であると気づくのに遅れが出てしまい、俺が言葉を返すより先に、右手を損壊したままのアーチャーはライダーを追って同じ窓から校舎へ踏み込んでいった。
立ち上がる。自責も、後悔も、心配も、全て後回しだ。自分とてそう余裕もないだろうに、やつがわざわざ残していった干将を拾い上げた。
「……待たせたな、慎二」
佇む人影に振り返る。何故さっきの隙に姿を消さなかったのかはわからない。術の代償に思考能力が低下しているのか、俺への執着か、余裕の見せつけか。
なんにせよ、ありがたいことだった。人質を取られたら困るというのももちろんあるが、せめて決着は、俺自身の手でつけたい。
「まったくだ。衛宮も見たろ? ライダー、ダメだあの女は! 抱き具合は悪くなかったがそれだけだ、無能の外れサーヴァントだよ、本当に愚図だ。やっぱり、ほらさ、僕がいなくちゃダメなんだよ! そう、僕じゃなきゃダメだ、僕じゃなきゃ……」
ブツブツという呟きは、虫の蠢く音にかき消される。
目を細めた。彼の破綻は不可逆なものであると察せられたからだ。どうしてだ、と役に立たない疑問がまた胸をついて出そうになるのを飲み下す。
手にする武器は干将一本。正眼に構える。忠告も餞別も受け取った。彼がこれ以上は死ぬというのなら、本当に次には死ぬのだろう。
当然、ここで死ぬわけにはいかない。ゆえに誓うは必勝。この干将の神秘であれば足りるだろう。無駄な投影は重ねず、最短距離で駆け抜けて片づける。
宣告はしなかった。人語を解さぬ獣を相手にするのと同じ心地で、問答無用に地を蹴った。
サーヴァント二騎の戦闘が交錯する間、慎二は何もせず突っ立っていたわけではない。俺の動き出しと同時に、地中、木々の陰、赤い空の全方位に潜ませていた蟲たちが一斉に牙を剥いた。
生理的な嫌悪感。ズボンの裾、制服の襟、あらゆる間隙を縫って瞬く間に大小の異物が素肌を這う。防備のない柔らかな肌に我先にと手当たり次第歯を立て血を啜り肉を齧る。
痛みも危機感もあった。だが一切を無視して突き進む。距離にして僅か五歩。肉の鎧を越えて致命の血管・臓器に到達されるのが先か、俺が慎二を殺すのが先か。
体がこうも熱く煮えているのに、思考だけはどこまでも冷静に澄み渡っていた。食われる痛み、出血量から敵の驚異を正確に判定し、俺の血肉で増殖する速度すらも計算に入れて、それでなお俺が勝ると結論する。
痛みを捨てろ。恐怖も怒りも哀憐も、悉くを焼べて前進せよ。我が身皆乍、敵を滅する刃と成せ。
顔に取り付く羽虫が視界を奪ったが、もはや今更、五感すべてをくれてやっても敵を見失わぬ確信があった。呼吸すら憚られる嵐に似た群を己の足のみで踏破する。
四歩。慎二の位置は変わっていない。この数を指揮しながら自分の制御まで果たすだけの練度がないのだ。この異形に対して見出し得る俺の勝機はそこにあった。虫の小さな頤が競って筋膜を削り食らう激痛。剣持つ右腕の腱を千切ろうとする意図が透けてみえる攻勢であったが、抵抗せずに受け入れた。前へ進むことだけを果たすための機構と化す。
五歩。間合いに入る。突き出した切っ先が先行して歪な手応えを返す肉を割った。追って体ごと突っ込む。俺と似た体格の少年を、自らの体で押し倒す。
耳穴に取り付いた虫が這いずる音の向こうで絶叫が響く。貫くは心臓。柄までを深く押し込んだ。地に縫い止められ、すぐには動けまい。直ちに飛び退き離脱して距離を取る。十分な安全距離とはいえなかったが、最低限俺が死ななければそれでいい。
「自壊しろ、」
自壊命令、第一声。物質として超密度の形を得ていたエーテルが、内包する信仰ごと炸裂しようと破壊の兆しを見せる。慎二の声が大きく命乞いをしている。虫の抵抗は激しさを増す。すべて捨て置いて、嵐の前兆を後押しするために雄剣の名を呼ぼうと舌を操る。
「桜がどうなってもいいのかァ!?」
――――桜。
息が凍り付く。意志すらも凍結した。
戦闘にだけ埋没していた大脳が、その三文字が意味する少女の姿を勝手に映し出した。
止まるな、ハッタリだ。弓道場に向かう虫はいなかった。もし、仮に数匹いたとしても、それが桜に取り付き致命傷を与えるまでに要する時間より、俺がここで慎二を始末する方が絶対に先んずる。
戸惑いを見せかけた体を意志の力で調伏して先を続けようとする。それを止めようと慎二が更に喚いた。
「あいつも間桐なんだぜ! なんの仕掛けもないわけがないだろが、バァカ!」
あと一手。
それですべて決着する最終局面。空は赤く、吸う息は生徒たちの血で生ぬるく、結界の主に吸収されていく。アーチャーは絶対に勝利できない戦闘に、文句一つ吐かず耐え続けている。
止まるな。仮に慎二の言うことがハッタリでなかったとしても、俺は止まるわけにはいかないのだ。止まるわけには、止まるわけには――!
――おはようございます、先輩。
耳慣れた声が脳髄を反響する。
いいや、桜はここにはいない。故に幻聴。幻聴だ!
そう言い聞かせても、秤にかけられた荷の重さに涙のように息が揺らぐ。
日常という奇跡。
生命の価値。
命の重み。
無為に費える他人の生を、俺はどこまで許容できるか。
時間にして一秒ほどの僅かな逡巡。家族同然の少女を惜しむ当然の人間性は、しかしこの戦場において致命の隙を生んだ。
瀬戸際で俺が勝ると弾き出されていたはずの計算は、他者の生死を天秤に乗せる傲慢な戸惑いの間に崩された。ブツリ、と血管が食い破られる音。散った生暖かい感覚に咄嗟に首に手をやったが、腕に取り付いていた虫たちまでもが頸動脈に集いだし、むしろ状況は悪化したように思える。
誤った、と自覚する。慎二の笑い声は虫の羽音と腐葉土を這いずる音に完全に同化していき、心の臓を貫き縫い止めていたはずの体は、一匹一匹に細かくわかれて軛から解き放たれていた。今ならまだ間に合うはずだと開きかけた口の僅かな隙間にも虫たちが這い上がる感覚があり、慌てて歯を食いしばった。
集中が繋げない。集られることへの本能的な拒否感についに膝が折れた。表面積を小さくしようと体を丸くする。それでも、蟲の行進はやむことがない。柔らかい皮膚、守るもののない粘膜から好んで歯を立てる。
「ぐ……う」
焦りが思考を空転させる自認だけがあった。状況を打破する手段が思いつかない。体が震えだしたのは、恐怖ではなく血を流し過ぎた体の生理的な反応であった。生命活動の危機を知らせる痛みを無視し続けた反動か。倒すべき敵の姿を見失ったことで無自覚ながら僅かに気が緩む。
(死ぬのか)
考えが飛ぶ。うまくまとまらない思考が、食われる己の体を認識し最終警告だけを発していた。
こんなところで。今更に過ぎるあんな選択肢に惑ったせいで。果たすべきこと、なすべきことの何もなせぬまま、蟲に食いつくされるのが今生の終わりか。
左手の甲にも虫が寄りついてくるのを嫌って、腹の前に隠すよう、背で庇うようにしまいこんだ。最後の令呪、その先に今も戦う男との繋がりを確かに感じる。
食い散らかされる肉体と同じように、考えも散らばるばかりでまとめられない。ただ、己のサーヴァントが単独行動のクラススキルを有する幸運を思っていた。
校内の生徒は俺と慎二の戦闘の巻き添えをくらっただけの人々だ、せめて彼らだけでも助けなくては。その強迫観念と、それを託す相手がいる安堵だけがこころに残る。
後は任せた。歯は噛みしめたまま声には出さないが強く願う。止血とともに首の急所を庇っていた右手が、腱を食いちぎられてぶらんと垂れた。
意識が遠のく。
消失の瀬戸際、どこかで聞き慣れた罵声が聞こえたような気もしたが――――、