“転生者” 作:ダフネキチ
………
……
…
“
ずっとずっと、ずっと過去に――残していったもの。
義賊として名を馳せ、いつしか“レディ”と呼ばれるようになるよりも前。放心のまま、懇意にしていた貴族の養子となったよりも前。
故郷が、“夜”に呑まれるよりも前。
兄が、そこらから拾ってきた死体同然の“
最初は喋るボロ雑巾としか見ていなかった。
けれど、恩を返すと胸を張ったかと思えば一族の生活を劇的に良くしてくれた。そうしていれば余所者嫌いの大人たちが、なんだかんだと内に入れてしまっていた。
何も知らないのに、何でも知っているかのような大言壮語で自信過剰でそのくせ嫌に卑屈な不思議な人――兄と共に、故郷をより良くしてくれようと尽力してくれた人。
いつまでも、“妹さん”という枠組みから外してくれなかった人。
そんな自分のせいで死んでしまって――なのに、また自分の前に現れた人。
ああ、だからこそ。
“
あなたは、私を―――
その時、刃毀れた剣が目の前に迫った。
「……っと」
瞬時に身を翻し、返し刀に一撃を浴びせる。しかしそれはデコボコに汚れた盾に防がれた。
彼女――“レディ”は辺りを油断無く見回す。
周りには何人もの骸骨の戦士が、空っぽの眼窩から彼女を睨み付けていた。
一日目の終わり。
侵食し、迫る“夜”。その先。それを防ぐ、宙へ浮かぶ巨大な霊樹の下。
“リムベルド”は三度、“夜”が訪れ――その三度目に、“夜の王”への道が開かれる。
故に、夜渡りは二度、侵食してくる“夜”を――“強敵”を打倒し、押し返さなければならない。
そうして、“夜”から現れたのは、死に蘇った骸骨の戦士たち。そしてそれらを導く、地を航海する老霊の船頭。
――“ティビアの呼び舟”。
かつての黄金の地に在ったとされる、赦されざる名残。
黄金樹に祝福されぬ“死に生きる者たち”は、今や“夜”に呑み込まれ、その尖兵と化していた。
“夜渡り”として幾度も戦いを繰り返しているレディは、この“強敵”と何度か戦った経験があった。
何人もの骸骨が周りを囲み、それに守られるように後ろに控える船頭が、新たな戦士や大霊を呼び、こちらを攻撃してくる。
さらに、骸骨達は“死に生きる者たち”。
倒しても――力を失った骨の山から浮かび上がる霊魂を消さなければ、また起き上がり襲ってくる。
一人一人は対処出来るが、集中して戦わなければ、一気に瓦解まで追い込まれる――“強敵”だ。
余裕がある。古い記憶が脳裏に過ぎるほどには。
「……ふっ!」
短剣を振るい、一人の骸骨を倒す。
浮かび上がる霊魂は、しかし周りの骸骨が邪魔をしてきて対処出来ない。
だが、その時――か細い青の軌跡とともに放たれたボルトが寸分無く霊魂を射抜き、散乱していた骨は、そのまま塵となって消えていく。
後ろをチラリと振り向けば――真剣な表情をした“彼”が油断無く、クロスボウを構えていた。
その姿に目が離せなくなりそうなのを抑えて、また違う骸骨と対する。それを援護するように無数のボルトが、囲む骸骨を牽制するように放たれた。
骸骨たちは遠距離からの攻撃に注意が逸れ、“彼”に向かおうとするが――その隙を、逃すつもりはない。
そうしてごく単純に、多勢は“処理”されていく。
「………」
今回、新しく来てしまった夜渡り、“彼”――転生者は、実に頼りになる味方だった。
本人は「撃ってるだけで地味だなぁぼく……」みたいな顔をしているのがありありと伝わってくるが、その“撃ってるだけ”が、前衛としているレディと守護者をどれだけ戦いやすくしているのかに気づいていない。
こちらの隙を埋めるような敵への追撃、横からちょっかいを掛けてくる敵の牽制。相手の注意を引く連続的な攻撃。それらをカバーする、こちらに負担を掛けないような立ち回り。
どれも後衛として安心して背を任せられる動きであり――それが、レディの知らぬ“彼”を匂わせた。
(どこか……“鉄の目”と似ているわね)
その姿が――夜渡りの同志、寡黙な弓手である鉄の目を思わせる。
場を俯瞰し、自らが取れる最善手を選び――
仲間を必要としないような気質の彼だが……ある意味、“周囲”を利用し、素早く敵を殺す事に終止している結果。
共に戦う同志として、非常に協力しやすい……そんな戦い方。
それが“彼”、転生者と重なった。
「………」
鉄の目の“経歴”に関して、巫女として知っている。
だからこそ、“転生者”がそれに関わってしまっている事を悟っている。それが頼もしく思う気持ちをあるが、少し悲しかった。
骸骨はほどなくして絶え、導く者を失った船頭はただ少し耐久力があるだけの木偶と化し――最早、語る事もない。
ティビアの呼び舟は断末魔を残す事無く、“潜在する力”を残し、消滅した。
「――はぁぁぁ……」
後ろから、大きな安堵のため息が聞こえる。
振り向くと“彼”が地面に腰を下ろしていた。側にいた守護者が声を掛ける。
「大丈夫か?」
「うん。いやぁ……気ぃ張るねぇ」
「ああ。……お前の援護のおかげで戦いやすかった。感謝する」
「そ?こっちはただ目につく奴全部撃ってただけだったんだけど……まあ、役に立ったならよかったよ」
やったぜ、と喜ぶ彼だが、しかし立ち上がる気配を見せない。
……少し、不安になる。
「どうかした?」
そう訊ねると、“彼”は何故かもにょもにょと口を動かした。
「んー、あー……なんだろ。身体は疲れてないんだけど――精神が疲れてるっていうの?ダルいんだけど、ダルくないみたいな感じで……ちょっと気持ち悪い」
「ああ」
その言葉に、レディは合点がいった。
――夜渡りの“加護”だ。
姿無き主によって皆等しく与えられたその中に、身体能力を大きく高めてくれるものがある。どれほど激しい戦闘を繰り広げようとも、疲労する事はないほどに強力なものだ。
けれど――
故に、常とは違う感覚が心を蝕む。夜渡りが記憶が摩耗していくのはそれが理由でもあった。
“彼”の状態はまさしく、精神の疲労だろう。
「しばらく休みましょう」
「そうだな。岩陰に行くぞ」
「……んん?いいの?だって、
その言葉に、首を傾げる。
「いいえ、すぐに“夜”は過ぎないわ。普通の夜明けのように、時間が掛かる」
「……そうなの?」
「ああ、だから休む時間はちゃんとある。気にするな」
「そっかぁ……ああ、でもそうだよね。一日目、二日目ってわざわざ……“ゲーム”みたいすぐぶわぁとは……」
限界なのだろう、ブツブツと言葉を零しながらズルズルと岩陰まで這い寄った“彼”はそのまま突っ伏して――動かなくなった。
守護者がため息と共に身体を整えてあげると、完全に寝入っていた。
……昔、工房に籠もり切りの彼を寝床に蹴り出した事をぼんやりと思い出した。
下らない記憶に浸るよりも、とレディは顔を上げる。
宙に浮かぶ霊樹がその光を増し始めていた。尖兵を失い、一時的に弱まった“夜”を押し返そうとしているのだ。
懐の懐中時計を開く。……この感じであれば数時間で明けるだろう。
そうしてそれまでの間。“彼”の寝息だけが響く中。
しばらく、レディと守護者が武具の点検や地図の確認をしていると、
「……思う所があるようだな」
ぽつりと守護者が呟いた。
武具の点検の手を止めず、しかし意識は――レディに向けていた。
その問いに、少し考える。
「別に、そうではないわ」
「そうか?君にしては、言葉が少し冷たく感じたが――一歩、引いているような」
「気のせいよ」
そう、気のせい。
思う事などない。拒絶もしていない。
「………」
「………」
少しの沈黙が流れると――守護者が手を止めた。
「――
不意の言葉に、反射的に彼の方を向く。
鷹の瞳は昔を思い出すように閉じられていた。
「出会いはなんてことはない。群れでの行動中に、行き倒れているのを見つけてな」
……なんだか聞いた事のある出会いだ。
“彼”は行き倒れなくちゃいけない星の下に産まれているのだろうか。
「常なら無視するだけなのだが……あんまりにも哀れでな。気まぐれに食糧をくれてやったら、恩を返すだ何だと着いてきた」
守護者の口許が緩む。
「だが、我ら翼人はそもそも人とは相容れん。土地を巡り、幾度も戦い、同胞を数え切れないほど殺され、そして殺した。そんな中にいた所で馴染むはずもない」
「……」
「例のチート……?とやらのおかげで居る事を赦されたものの、“群れ”を脅かす存在でしかない。幾度も追い返そうとした」
私が、その筆頭のようなものだった――と守護者は言う。
彼の種族、“翼人”についてはレディも知っている。
とはいえ幼い頃に読み聞いた物語上の存在だったが――空を自由に飛び回り、人と常に敵対していた恐ろしい敵として描かれていた。
守護者がいるのだからそれは真実で、一方だけの視点だが、それはつまり――きっと翼人にとっても、人とは恐ろしい存在だったろう。
なら、その行動は正しく思えた。
有用であったとはいえ、“彼”はただの異分子に他ならない。
だが、守護者の口調は何処か悔いるような色を帯びていた。
「追い出そうと何度も罵声を浴びせた。作ってくれたものを何度も下らんと破壊した。手伝いを無下にした。アイツの恩恵を受けながらそれを当然と礼すらろくに言った事は無かった。アイツの善意に付け込み……ああ、我らは本当にろくでもない存在だったろう」
なのに、と。
守護者は――自らの、動かない“
……終盤。
悪逆な翼人に対する為、人は優しい“魔女”の力を借りて――彼らから“翼”を奪い、地に叩き伏せた。
そうして唯一無二の強みを失った翼人は、烏合の衆に成り果て、人は容易く勝利を収めた。
というのが物語の終わりだ。
だが、違うのだろう。
レディの知る“彼”がいるならば――そんな結末はありえない。
「なのにアイツは、“翼”を失い、狼狽えるしか出来なかった情けない我らの――殿を買ってくれた。やっと恩を返せると、我らが逃げる時間を稼いでくれたんだ」
「……」
「あの背を、私は決して忘れない。たとえ記憶が失われようとも、それだけは。……後悔するのには、遅かった。もっと、もっとなにか……」
震えるような言葉の後、しかし自嘲するかのように守護者は鼻白んだ。それは己と、何かに向けた嘲笑だった。
「そして我らは……結局、その最期すら無碍にした。国は滅び、同胞は死に絶え、そうして流れ行った先で――私は、“夜渡り”として此処で目覚めた」
守護者はレディに向き直る。
その目は真摯な思いが込められているかのように見えた。
「……私に思いの丈はない。全ては過去。犯してしまった過ちを贖う事は出来ない。悔いようにも私にそんな資格はない」
――
「せめて、アイツの背をもう見ぬように――私が一歩前に出て、全てを受け止めるだけだ。それだけでも私には幸運だ」
「………」
「レディ……いや、“巫女”殿」
守護者は、“巫女”を見る。
「君の責務がどれほどのものかはわからない。だから――
その言葉を受け止め、飲み込み……そうして――告げた。
「後悔なら、とっくの昔にしているわ」
「……」
「でも……少し、考えてみる。……話しづらい事を言わせちゃったわね」
「いや、構わない。君の思いが少しでも変わるきっかけになれたなら」
「そう。ありがとう」
……
レディは、その言葉を口の中で転がした。
守護者の老婆心を無駄にしたい訳ではない。
ただ、と――未だに深く眠っている“転生者”を見る。
レディはただ知りたいだけだ。
それを何も覚えていない転生者に向けるのは、酷のような気がしてならないだけなのだ。
話し終え、守護者は武具を携えて立ち上がる。
空はすでに明るさを帯び始め――もうすぐ、“夜”が離れ、二日目が始まろうとしていた。
そろそろ“彼”を起こそうかと歩み寄ろうとすると「そういえば」と守護者が訊ねてくる。
「君はどういう関係だったんだ?コイツと」
「………」
「……何故黙る」
「……。……婚約者」
「えっ」
「婚約者、候補だったわ」
守護者は手で顔を覆った。
「……なによ」
「重婚かぁ……」
「なっ……!今その話はしていないでしょう!それに婚約者候補よ候補!そんなんじゃない!」
「――ふがっ」
急に変な事を言い出した守護者に思わず声を上げてしまい、“彼”を起こしてしまった。
ぱちりと瞬きした“彼”は自分の状況を確認して、立ち上がり、ぐぅっと伸びをした。
「んーっ、ちょっと休むと違うね。ごめんねぇ、ありがとう」
「……休めたならばいい」
「……なんかあった?」
「なにもないわ」
「いや――ああ、いやごめんなさい」
……変にこっちの気を使ってくるのはやめてほしい。
転生者は話を変えるように手を叩く。
「そういえば――提案なんだけどさ」
「提案……?」
そうして、レディの持っている“地図”を指差した。
「二日目の動き、ちょっとぼくに任せてみない?」
“夜”が過ぎ、始まった――二日目。
彼の提案は、特に断る理由も無かった。
すでに各地のマッピングを終えていて、後は“地図”を見ながら話し合って自分たちの準備を整え、“夜の王”に備えるだけだ。
重要だが、幾らでもカバー出来る段階ではある。
それなら一度任せてみるのも経験になるだろう。レディと守護者はそう思い、転生者に“地図”を手渡した。
さぁ、お手並み拝見と先輩面をしようと思ったが――
「んじゃあ、まずは小教会で回復を補給しにいこうか。その後、すぐ近くにある大野営地に行こう。“火の戦車隊”だから楽……ん?ああ、アレ天辺に蒸気孔があってそこをブスリとやったら勝手に自爆するからすぐ終わるよ。あっ、ぼく怖いから雑魚散らしとくね」
「坑道どうする?行く?鍛石どう使うか見てみたいんだけど……あっ、いらない?……守護者で行かないのは……いや、いっか深き夜じゃないし……あっ、“封牢”!鍵あるから開けるね――死儀礼死儀礼死儀礼逃げよ逃げます逃げたぁ!!」
「この辺にフィールドボスがいるから“潜在”漁りに――とぉ!ローレッタはしろがね人だからやめようねぇ!!ちっ、近くにもまだ――鈴玉狩りだちくしょう!えっ、行くの?逃げよ?やめよ?いや、確かにぱっと見ボロボロ騎士だけど下手な奴より強いの知ってるでしょ流石に!?“中央砦地下の王”なんだぞアイツ!」
「くそぅ、ボス運悪い……これじゃあせっかくの転生チートが……あっ、ミランダフラワー。……。……――カモだァ!襲えェ!!ヒャッハー!!汚物は消毒だァ!!火属性使えないからよろしくぅ!ぼく無能過ぎる……!」
――
各地の拠点への道順、存在する敵への対処法、考え――逃げるという選択。そのどれもが理に叶っている。
まるで――この“リムベルド”を知っているかのように。
それに――
(火の戦車隊、“封牢”、死儀礼の鳥、ローレッタ……カーリアの親衛騎士、中央砦地下いや、違う。鈴玉狩り。それにミランダフラワー)
――何故、彼はこれらの名を知っている?
出会った者全ては“過去”の黄金の地に存在していたとされる者達だ。最早誰も知る由もないほどの過去のもの。それに、狭間の地は、“外”では隔絶されていた土地だ。文献なんて殆ど遺されていないはず。
私たち“夜渡り”も今は彼らの事を知っているが、最初は何がなんだかわからなかった――
円卓の書庫や触れた“潜在する力”からの記憶から、そう判別出来たに過ぎない。
でも――“転生者”は知っている。
「………」
“転生者”は、他とは違う。
そもそも武器はおろか道具すら“拒絶”されているなんてどういった経緯でそうなっているのかすらもわからない。
あまりにも……そう――怪しかった。
「………」
けれど。
レディは――自生し、魔術すらも扱ってくる巨大な謎の花、ミランダフラワーから現れた“潜在する力”に手を入れている“彼”を見た。
その隣で守護者が呆れたように見守っていた。
「むむっ……むむむ」
「いや、そろそろ諦めろ」
「待って次こそ……次こそは出来るかもしれないから、ぼくのガチャ運が悪っ――おっ」
「どうした?」
「キタッ!これなら行ける!黄金樹勢力じゃないし!――モーグウィン王朝に愛よあれッ!」
そうしてズルリと抜け出たのは――赤と金に彩られた華美な装飾が施され、それでいて禍々しい印象を受ける長大な刺剣。
“血のヘリケー”。かつての黄金の地において暗躍していたとされる血の貴族たちの得物だった。
が。
「アッ」
それは弾かれる事は無かったものの、すぐに塵となっていき――黄金の欠片となっていった。
“彼”は失意を表すように跪く。
「くっ……!くそっ、これだから……これだから!脱走に未成年略取にテロ等準備罪並び国家転覆未遂犯は……!」
「そんな奴に祈っていたのか……」
「半分は冤罪なんだけどね」
「どの半分でも十分大罪人だろう」
「いや、全部あのショタが悪いんだよ!アイツ絶対性格悪いから!螻蛄って言った事死ぬまで根に持つタイプだって!」
「どこの誰の何の話をしているんだお前は……」
「うぅ……あっ、これ魔術攻撃力強化だ。レディに渡しとくね」
「……ありがとう」
“彼”から流れ出た黄金の欠片はレディの中に消える。
……そんな変な奴の手下が持っていたの要らないとは言いづらかった。
ふと、守護者と視線が合う。
彼は呆れたように肩を竦めた。
「……はぁ」
……まあ、なんであれ。
こんなお間抜けな人が、変な事は考えないだろう。そんなのを疑う事すらバカバカしくなってくる。
それに――昔から話したくない事は死んでも話してくれないタイプだった。
気にするだけ無駄だろう。
落ち込むだけ落ち込み、叫ぶだけ叫んですっきりしたらしい“彼”はよいしょっと立ち上がった。
「ふぅ……じゃあ、後は中央砦いこっか。それでも時間あったら南の方に。一日目の位置関係的にそこに出るし丁度いいよ」
「……そうなの?」
「あっ……いっ、いや超有能チート転生者的な推測!」
……隠す気あるのだろうか、この人。ていうか隠す気はあるのか、やっぱり。
そうして“リムベルド”の中央に在る大砦。まさしく、中央砦に向かう為、干上がった河の下、断崖に囲われた場所を進んでいると――
「
ふと、守護者が口を開いた。
「んん?どうかした?」
「この東に大教会があった。そこで封牢の鍵を取ってこよう。南にも一箇所あったからな」
「……んー、そうねぇ。じゃあ一緒に――」
「――いや、取ってくるだけなら時間もかからん。一人で行く。その代わり……」
そこで、守護者がレディを見た。
「南に“魔術師塔”があったはずだ。そこで物資を回収してきてくれ――二人で。その後、中央の砦で合流しよう。そうすれば、時間を無駄にせずにすむだろう。んじゃ、頼んだぞ」
「えっ、ああちょっ――」
そう言い終わるやいなや、守護者はデコボコを足掛かりに断崖を登っていってしまった。
……彼にも、変に気を使わせてしまった。
「………」
「………」
「……って、事だから。行くわよ」
「うっす」
「………」
「あっはいスンマセン」
……そんなに不機嫌な顔をしているのだろうか。
いや、不機嫌である事に変わりはないけれども。
砦の下を通り過ぎ、そのまま南下していると――干上がった湖跡に出る。
そしてそのすぐそこには、かつての黄金の地で研究していた魔術師の隠れ拠点――“魔術師塔”が大抵ある。
魔術関連の武具やアイテムが遺されていて有用な場所だった。
扉の仕掛けを解き、中に入り、階段を登って、魔術師の書斎まで進んでいく。
レディと“彼”は互いに無言だった。
……後悔。
だけど、何をどう話せばいいのか、レディにはわからなかった。
守護者の気遣いはありがたいが、彼が秘めていたもののように……もうどうしようもない事で――
「あっ、カモだ」
ふと、転生者が声を上げる。
視線を辿ると魔術師塔の前を練り歩く巨大な白いカバが居た。
黄金カバと記されていた。
「カバよ」
「いや、カモだよ。……大空洞地下砦に居なければね。影の地仕様とは思わないじゃん……」
「………」
また何か変な事を言ってる……。
「んんっ、あのさ」
その会話が言ってしまえばクッションだったのか、“彼”が口を開いた。
「なに?」
「あー……えーっと。ぼく、何かした?」
「何もしてないわ」
「ああいや、ぼくじゃなくて――君の知っている、“
レディは足を止めた。“彼”も振り返る。
伺うような視線は、記憶をなぞるようにそのままだった。
「……記憶の無い“貴方”には関係ない」
「いや、関係あるよ。“ぼく”のやった事はぼくの責任さ、きっとね。それで君が嫌な思いをしているっていうなら謝りたいなって」
「……謝って、なんか欲しくない」
「そっか。じゃあ、なんか――言いたい事はある?何でも言って?」
「―――」
その、
背も今は、自分より少し高いだけで年上振るその態度。そのくせ、自分が怒っている事に気づけばへりくだる仕草。
ああ、どれもこれも、まさしくあの人だった。
私を―――
「――ッ!」
「おっ、おお!?」
込み上がる激情に流されるように、レディは“彼”の胸ぐらに掴みかかった。
「なんで、なんで“あなた”はいつもそうなの……はぐらかしてばっかりでちっとも私の事を……!」
「ああいやなんというか……あの、記憶にござ――」
「ああ!ええ!知ってるわよそんな事!はぐらかすのはやめて!」
「あっはいすいませんっ!」
「それもやめて!」
「ごめっ――ぐぇぇ……!」
ずっとだ。ずっと、“彼”はそうだった。
向き合おうとしてくれなくてのらりくらりと変な事を言って誤魔化してくる。父が婚約者としてくれた時も――自分は余所者だから、と断った。兄が説得してくれて候補に落ち着いたけど、それすら……!
「好きだったのに……!」
「……えっ?」
「――私は本当に好きだった!!なのにあなたはいつまで経っても“兄上の妹”としか見てくれない!最後だって!」
――
故郷が“夜”に呑み込まれ、狂い出した皆から逃げ惑う中。
追い詰められた“彼”は自分を部屋に押し込み、扉の前に立った。
――『アイツに顔向け出来ないからね。大丈夫、このチート転生者に任せんしゃい』
“彼”はそう言って扉を閉めて、そのまま――生きたまま。
「答えて……」
“兄”に助けられた後の事は朧だ。
ただ懇意にしていた貴族に預けられ、“兄”はそのまま何処かに行ってしまった。何の問いにも答えてくれないまま。
そうして時間だけが過ぎて――全てが過去になってしまった。自分は導かれるように円卓の“巫女”となった。
だから、
もう必要のないものとして。忘れてもいい些末なものと扱って。
なのに――
「忘れたと思ったのに……レディとして、“巫女”として――この身を“円卓”に捧げると誓った矢先になんで私の前に現れるの!?」
間抜けた変わらない表情で現れた――私の事を忘れ去った姿で。
かき乱すだけかき乱して――
「ねぇ、答えてよ……」
“彼女”はただ知りたかった。
「――私の事、あなたはどう思っていたの……?」
それだけだった。
あの日、あの“夜”。愛した人。
レディは――
「………」
「………」
しばらくの沈黙の後――“彼”は顔を覆った。
「……最低だぞ、ぼく。本当に、転生者の風上にもおけないぞ……」
呻くように呟くと、レディと視線を合わせる。
その瞳は悲痛な色に染まっていた。
「ごめんね、本当に。でも言えるよ。“ぼく”は君の事を大切に思っていたよ」
「……信用出来ない」
「そらそうだけどさ。ほら、良く考えて――ぼくはどんな奴?」
「薄情な人」
「うぐっ……ま、まあそうね。そんな薄情な奴がさ、最期まで君を守ろうとすると思う?きっと逃げ出しちゃうよ」
「………」
……わかっている。
“彼”は、一緒に何かをやらかして片方が説教されていたら助け舟を出さずにそぉっとその場を離脱するような人だ。
わかっている。本当はわかっているのだ。
でも、それでも――
「……とにもかくにも、これは懐かしのピロシキ案件という奴だね……」
「……なにそれ」
「解釈違い……ああいや、もうそう思わないようにするつもりだけど。ともかくやらかした時に自ら“責任”を取るのさ」
ほんとは自分で処するのが作法なんだろうけど……と“彼”はレディの手を優しく振りほどくと――手を大きく広げる。
「さぁ!好きなだけこのあん畜生を殴ってくれ!気が済むまで!」
「………」
「………」
「………」
ノシノシ、と黄金カバが歩く音が響く。
「……スベった気がする。求めてない……?」
「ええ」
「えええ……じゃあどうすれば……」
わたわたわたわたと自分の機嫌を取ろうとしてくる。
その情けない姿は――記憶のままだった。
ああ、ああ。そうだった。こんな人だった。
何にも知らないのに、何でも知っているかのように大言壮語で自信過剰で、なのに嫌に卑屈な不思議な人。
そんな人を――好きになってしまっていたのだと、思い出した。
「……はぁ」
「えっ何そのため息。……呆れた?」
「呆れた」
「よねぇ……!」
「もういいわ。そもそも貴方に期待したのが全ての間違いなのよ」
「呆れのベクトルが信じられないほど下なんだけど!?」
レディは短剣を手に取る。
そして“彼”の望み通りに――柄で額を叩いた。
「あてっ」
「これで勘弁してあげる」
そのまま、額に手を当てて呻く“彼”と額を重ねた。
「その代わり」
「うん?」
「――今度は、置いて行かせないから」
“
それを思えば、いい意趣返しになるかもしれない。
そう思えば――少しは気が晴れた。
レディは階段を駆け上がる。空は少し赤らみを滲み出していた。
「行きましょう、“あなた”。守護者も待っているだろうしね」
そう言うと、何故だか“彼”は額を抑えたまま――少しニヤけていた。
「なによ」
「ああ、いやぼくはホントに最低だなぁと思ったのと……君は本当に素敵でやさしっ」――“リステージ”――「あっ、いったぁ……!なんでっ褒めたのに……!」
中央砦に着くと、守護者が待っていた。
その側に砦に付いていた“失地騎士”と“流刑兵”が倒れている。もう始めていたようだ。
こちらに気づいた彼は、武器を収める。
「遅れたかしら」
「いいや、問題ない。……少しすっきりとしたか?」
「ええ、ともかく――“彼”は変わらず情けない人だとわかったわ」
「……。まあ、納得したならいい」
それより、と。守護者は後ろで呻いたまま“彼”に視線を向けた。
「額が赤い気がするんだが、気のせいか?」
「気のせいよ」「気のせいじゃないよ」
「……気のせいって事にしておく」
「よし」
「よしじゃないぃ……“再演”って与えたダメージの50%じゃないの……?200%の間違いでしょ、チートだチート……」
ブツブツと情けなく呟く“彼”を無視して、前を向く。
空は赤みを強めている。もうじきまた“夜”がやってくるだろう。
「行きましょう」
「ああ」
「うぅ……」
そうして屯する騎士を一掃する頃には――また“夜”が迫り、白の霊樹が宙に現れた。
………
……
…
二日目の終わり。最後の中ボス戦。
――
しかし、それはどこかのっぺりとした姿と巨体に見合わない小さな翼に、竜が持ち得ない巨剣を握っていた。
竜というには何処か“違う”。
目の前のソレは、“溶岩土竜”と呼ばれている。
竜餐という業の果てに――
ドラゴンに憧れて、その力を手に入れようとするなんてものは中世ファンタジーじゃあ良くある光景だが、フロムにかかればこの様。
竜に焦がれ、竜を乞い、竜を喰らった――その末路。
それは成り果てた、成り損ないという。どうしようもない結末だ。
だが、それでも“竜”を冠する事には変わりはない。
その脅威は計り知れ………――ないはずなんだけどなぁ。
「……ぉお!!」
「……ッ!」
守護者が巨剣を受け止め、その横で魔術を絡めた連撃を浴びせかけたレディが――“リステージ”で、その痛みを再演し。
ぼくは……遠くから土竜の頭をチクチク撃つ。
うん――味方が強すぎる。
なんだろう、深き夜でよく見る火力が上振れたいじめの構図だ。
ぜんっぜん怖くない。
土竜はその巨体で藻掻くようにしている。
思ったように動けず、だが蓄積していくダメージに焦り、苛立ち――恐怖しているようだ。
なまじ人から成り果てたせいで、そこらへんの機微がまだ残っているのかもしれない。
あっけなく、その巨体は崩れ落ち、“潜在する力”を残して塵となって消えていく。
うん――すんげぇ順調だった。怖いくらい。
「あなた、大丈夫?」
「あっ、うん大丈夫……」
「……」
「ああっ、ああの短剣と時計構えないで……スキルもったいない……」
「怯えるの禁止」
「はい」
レディの言葉に、ぼくは黙って従うのみである。
……いやだって、転生者としてもあるけど、男としても最低な感じで別れちゃったっぽいんだもん。もう無理よ逆らえないよ。
そりゃあ“レディ”に好かれればはぐらかすのが“転生者”としては正解だろうけどさぁ……あそこまで傷つける事はないじゃんね。
もっとどうにか出来なかっ――出来なかったからああなってんだよなぁ……!
守護者は呆れ顔をしながらも助ける気はないらしく、そのまま静観の構えだ。ひどいっ!ぼくでもそうするけど!
こう、何をすればいいのかわからないんだよなぁ……とそんな自分を情けなく思いながら、“潜在する力”に手を突っ込む。
………。
まあ、体力上昇かな。
そこから力を引き抜いていると、何処からかゴポゴポとした水気のある音が聞こえてくる。
それは霊樹の真下、そこからまるで真珠色の樹液のようなものが溢れて堕ちていた。
それに触ると――最終ボス“夜の王”への道へと行ける。
……何故だかは知らない。いやほんと。
これナイトレイン七不思議の一つでしょ。なにこの粘ついてるの。
「これに触れて、目を閉じなさい。そうすれば、後は“夜の王”を倒すだけよ」
恐る恐る触れてみる。
すると、すぐに浮遊感と共に意識が薄れていって
気がつくと、全てが真白い空間――霊樹の中にいた。
いやほんとどうして?誰か説明して!超有能チート転生者にもわからないものがあるんだよ!?これとか今のレディの情緒とか!
「こっちよ」
混乱しているぼくに呆れたように、レディが手を引いてくれる。
空間から出てすぐに――それはある。
――巨大な、白石の扉。
“夜の王”へと続くものだ。これを開ければ、王が待っている。
ごくり、と知らずにつばを飲んだ。
「ここに来るのは久方ぶりよ」
レディが静かに語る。
「最初は“獣”、その次は“爵”。何度も何度も死んでは円卓に戻ってはまた死んで……そうして私たち夜渡りは進み続けている」
「ここから先は未知だ。先の例を考えれば、どんな魑魅魍魎が出てくるかはわからん」
だが、安心しろ――と。守護者が小さく笑う。
「お前は私が護る。ただ全霊を以て戦え。それを支えよう」
「……」
その万感が込もったような言葉に、ぼくは頷いた。まさしく彼の名の通りの、たくましい心地がした。
「あなた」
レディに呼ばれる。
仮面の奥に隠れた目元は読み取れない。だけど、なぜだか微笑んでいた。
「ほんとはね。あなたがここに来て悲しかったけれど――それ以上に嬉しいの」
「……嬉しい?」
「ええ、わからないでしょうけど――あなたと並んでいられるのが私にとってね。心強いの」
レディはそうして扉に手を乗せる。
「行きましょう。そして絶対に――“夜”を終わらせましょう」
扉が静かに開かれていく。
そうして溢れ出した“夜”が視界いっぱいを覆っていき――
――開かれた、無の荒野。ただ“夜”が在る場所。そこにぼくらは立っていた。
地響きが起きる。
這い出るように現れたのは――巨大な鋏を携えた長大な蠍。
“夜”から溶け出すように現れたのは――大きな美しい白の蛾。
空の色は“夜”に染まり、それは徐々に彼らの色合いを映し出す。
“
――夜の識、グノスター――
――堅盾のフォルティス――
全てを呑み込む“夜の王”。
――“知性の蟲”が、咆哮をあげた。
何故か、それが喜びに満ちている事を――ぼくは、感じ取っていた。