「司波……もとい、大黒特尉。こちら海軍対魔装特選隊の榊だ。出撃早々済まないが協力を要請したい」
15時8分。
保土ヶ谷駐屯地でムーバル・スーツを受領した達也は、柳大尉の率いる部隊と合流するより早く、上空を移動中……否、飛行中に連絡を受けた。
「海軍から要請……察するに、陸戦兵力の対処ですか?」
この時点で、達也は陸軍側より創一朗と同等の説明を受けている。
達也は柳の部隊と合流して陸上戦力を駆逐し、しかる後に戦力を送ってきている揚陸艦らを対処するという作戦計画に従事していた。そういう意味で、海軍と利害は一致している。協力を惜しむつもりはなかった達也だが、飛び出した発言に流石に度肝を抜かれることとなった。
「今から20分で横浜の敵艦隊を全滅させる。付き合わないか」
達也は、「可能なのか」とは返さなかった。
戦力的に不安がなかったのもそうだが、常に中立的というか、何事からも一線を引いた立場だった創一朗とは思えないほど血の気に満ちていたからだ。
「……それは、統合軍令部の正式な命令に基づく作戦行動ですか?」
代わりに、何らかの理由で創一朗が暴走していると読んだ。
事情を一切聞かされていないにもかかわらず彼の内面をほぼ読み切って見せたのは、同階級かつ大隊の指揮権を持っている風間ではなく達也の方に連絡をしてきたことなど根拠は存在したものの、本質的には直感に近い。
似ていると思ったのだ。「妹を傷つけられた時の自分」と。
「……特尉が俺の方に合流したとしても、命令違反にはならない」
持って回った言い回しは、恐らく嘘ではないのだろう。何らかの根回しは既に済んでいるものと見た。
(命令を意図的に握り潰しているか、わざと曲解しているか、行き違いがあったものとして帳尻を合わせるか、何らかの算段が付いていると言ったところか)
――達也の側では、大亜連合旗艦に戦略級魔法師・五輪澪が囚われているという事実を把握していない。
それでも何か、創一朗の癪にさわることを彼らがしでかしたのだろうことと、作戦行動の可能時間に制限があるということは伝わった。
(敵の戦力は……)
判断に迷った達也は、持ち前の精霊の眼を用いて周辺に上陸してきている戦力を見計らう。
海岸部では、国防海軍の猛攻を無理やり押し切る形で一部の揚陸艦が強引に接岸しようと突貫しているところだ。確かに今沈めてしまえば陸上戦力は最小限になるだろう。
また空を見れば、沖合の方角から凄まじい量のドローンらしきものが飛来しているのが確認できる。
(これは、魔法的な細工が施されているのか?)
しかもドローンには何やら細工が施されており、肉眼では確認できないようにされているようだ。機体の出が止まる気配もなく、数を減らすより元を絶った方が建設的に見える。
(……会場に来ていた兵士を片付けて貰ったことだしな)
「協力します。作戦は?」
「恩に着る。今俺は横須賀から金田湾沖の敵艦隊を直接攻撃しにいく。特尉は目についた陸上戦力を片付けつつ合流、その後は旗艦の制圧に協力して欲しい」
創一朗の作戦プランはとんでもない力押しである一方で、非常に速やかな制圧が期待できるもの。
それ自体に異論はなかったが、その野性味溢れる作戦の割に、旗艦は制圧するという妙な繊細さが気にかかった。
「撃沈ではなく、制圧ですか?」
「……今空に出てるドローンを見たか?」
「ええ」
創一朗の返答は、あくまで通り一遍のものだった。
「あれの母艦、未確認の新型潜水艦が敵の旗艦だ。今は浮上しているが……大きさから見て、原潜である可能性が排除できない」
横浜に到着している空母は事前に確認されている通常動力空母だ。撃沈しても周辺環境への影響は最小限。
普通は原子力潜水艦も、撃沈したところで深海に放射性廃棄物が少し増えるだけで、すぐ海に希釈されて大した影響はもたらさないと考えられている。
が、それは例えば太平洋のど真ん中で海戦をやった時の話だ。こんな浅瀬でメルトダウンでも起こされた日には陸地だってどうなるか分かったものではない。大亜連合側も、それが「深淵」への抑止力になる可能性があるなら当然やるだろう。そういう判断だと創一朗は言う。
「まず他艦艇を全滅させるのですね、了解しました」
達也はその説明で納得し、最低限のやり取りを終えて通信を切る。
そのまま、大隊指揮官である風間に通信を繋ぐ。
「風間少佐」
「大黒特尉か。丁度今、海軍の真砂少将から連絡が来たところだ」
達也はそこで、海軍対魔装特選隊は確かに創一朗の行動を承認しているらしいことを認識。風間少佐から正式に任務を更新され、一時的に部隊を離脱する。
たった2人での艦隊殲滅という無理難題を押し付けられたように見えるが、達也に悪感情は全くなかった。
自分と榊創一朗の戦力があれば、このやり方が恐らく最高効率だからだ。
達也としても、好きに暴れられるなら好都合。
早速、手持ちのCADを沿岸方面に向けると、今にも空を埋め尽くそうとしている大量のドローンたちを「分解」で蹴散らすと、空中に線を引いたようにくっきりと「道」が現れる。
(行くか)
達也はムーバル・スーツの腰ベルトに装備されている飛行デバイスを操作し、猛スピードで沖へと飛び立つ。
それから数秒遅れて、ローターや爆弾の接続部を解体され墜落を始めていたドローンが、緊急用の時限信管の発動によって空中で炸裂した。
◆ ◆ ◆
「……よし」
一方、横須賀。
通信を切った創一朗は、口ぶりの割に変な所で冷静であった。
達也に協力を求めたが、正直言って了承されたのは意外だった。彼の目的は助力を得ることではなく、同じく横浜の艦隊を攻撃しに来るだろう達也に、
その目的は、創一朗が協力を持ちかけた時点で達成されている。
話を持ちこんだ時点で、達也は艦隊へ向けて創一朗が突貫していることを知ってしまった。仮に澪がいると知らなくても、達也は味方がいる状態でマテリアル・バーストを使用することはないだろう。それは巻き込みたくないというのが半分、最高機密である自分の切り札を見られたくないというのが半分だ。
この世界において、司波達也が持つ究極の分解魔法「マテリアル・バースト」の存在は厳重に秘匿され、未だ実戦での使用例が存在していない。その切り札をここでは出し惜しみしてもらい、その間に澪を救出する。それが創一朗のプランだった。
「見えて来たな」
創一朗は既に「鉄槌」を応用した飛行中だ。地上の景色が高速で通りすぎ、やがて海原だけが見えるようになった頃、眼前には今まさに空戦・海戦が行われている艦隊と艦載機の姿が見えて来る。
敵艦隊は空母2、巡洋艦6、駆逐艦8、フリゲート艦8、その他補給艦・揚陸艦多数、さらにドローンの母艦となっている巨大な原子力潜水艦が1隻、これが事実上旗艦の役割を果たしている。北陸に来ているという艦隊と負けず劣らずの大艦隊だ。
創一朗は魔法演算領域をフル稼働。あとに戦略級魔法使用を控えているからと言って、手加減してやるつもりは微塵もなかった。
2つの魔法演算領域がうなりを上げて魔法を練り上げ、常軌を逸した速度で組み上げられたそれは、彼の絶対的な得意技「鉄槌」。
挨拶代わりに放たれた一撃により、大亜連合の空母の一隻が轟音と水柱を伴って
◆ ◆ ◆
大亜連合旗艦、超大型原子力潜水母艦。
032型から発展してきた超大型潜水艦技術の1つの結実であり、来る対日侵攻に備え極秘で開発されていた虎の子だ。
全長200メートル、排水量1万5000トン超、そして230人の乗員を搭載するこの艦は、その巨大さにも関わらず通常の原潜並かそれ以上のステルス性能を有し、北陸方面艦隊に随伴している「震天将軍」劉雲徳と並んで侵攻軍の要と位置付けられている。
このように巨大な潜水艦が必要になったのは、同じく新兵器である式神搭載型ドローンの搭載とその管制・制御を行う母艦機能が求められたためだ。
当初はコンテナ船を改造して賄うはずだったが、ドローンは飛行距離が短く、海戦での使用は現実的ではない。それを改善するため、潜水艦での奇襲と陸地へのドローン攻撃を両立、強襲上陸を援護するという計画のもとで建造された。
そのため潜水艦としては世界最大のペイロードを持つこの艦の容積はほとんどがドローンに振り向けられ、さらに近海に待機しておけば母艦からのマイクロ波給電によってドローンの継戦能力の低さを補えるという機能まで有している。
通常ならこのような母艦や潜水艦は旗艦の仕事に向かないが、今回に限っては唯一の原子力艦=
補給艦としての性質も持っているこの艦は巨大な船体に比しても過剰なほどの発電能力を有する原子炉を搭載しており、沿岸部で自爆でもした日にはちょっとした原発事故並の損害を押し付けることが出来るという、徹頭徹尾はた迷惑な艦であった。
――送り込んだ対日工作部隊の作戦が成功し五輪澪が手元に来た場合、艦隊で最大のステルス性能を有するこの艦に積み込まれることが事前に決まっていたことも、その判断に拍車をかけている。彼らは澪を人質として利用することも考慮していたのだ。
その艦内に設置されている司令部は、既に大混乱に陥っていた。
『何が起こっている!?』
『空母1隻が爆沈しました!』
『沿岸から物体が飛来……ミサイルではありません、魔法師です!』
『まさか"鉄仮面"……!?』
『バカな! "八仙"は何をやってる!?』
無理もない。彼らからすれば現状は完全に当初の計画から乖離している。
予定通りいったのは呂剛虎ら工作部隊の五輪澪確保作戦だけで、「霹靂塔」で混乱しているはずの関東は無傷、送り込んだ「八仙」はうんともすんとも言ってこない、新ソ連が約束していたトゥマーン・ボンバはいつまで経っても発動しない。
そもそも国防海軍とまともな戦闘が発生していること自体、彼らにとっては想定外だ。今までは持ち込んだ大兵力によるゴリ押しでどうにか優勢をもぎ取っていたものの、沿岸から飛来した魔法師によってついにはその前提さえ覆されつつあった。
艦隊司令官を任されている老将は決して無能ではない。すぐに飛来した魔法師を最優先の排除対象とし、部隊に全力での迎撃を命じる。
すぐに各艦に搭載されている機関砲とミサイルが火を噴き、既に飛び立っている艦載攻撃機や戦闘ヘリも追随、ミサイルやロケット弾、ガトリング砲などによる攻撃を試みる。
結果として創一朗にはとても1人の魔法師に向けたものとは思えないような密度の弾幕が襲い掛かったが、創一朗の対処方法はそれを上回った。
『船を……持ち上げた……!?』
『や、奴は
――普段は「鉄槌」として殴る用途に特化している創一朗の超能力だが、その本質はPK、サイコキネシスだ。物体を持ち上げたり投げつけたりが本領である。ただ、特にブーストを掛けていない素の「鉄槌」の時点で出力が100万トンにも達するから、そうする機会がないというだけで。
排水量10,000トンを超えるミサイル巡洋艦が3隻まとめて宙に浮かび、創一朗の前方3方向、扇形に配置。
直後にミサイルの雨が襲来、それら巡洋艦を粉々に爆砕する。
貫徹してきた大口径弾や破片対策として、艦と創一朗の間には斥力フィールド*1が展開。十山つかさによる障壁魔法の援護がない状態でも十分な防御性能があることを証明した。
瓦礫を海に捨て、黒煙の中現れた創一朗は全くの無傷。
『化物め!!』
『怯むな! いくら強かろうが魔法師1人、魔法力には限界がある!! 攻撃を続けろ!!』
老将軍は半狂乱で叫ぶが、命令が通るより創一朗の行動の方が早かった。
今度は接岸を試みていた強襲揚陸艦を「持ち上げ」ると、今まさに出ていこうとしていた兵士や上陸艇がぼちゃぼちゃと落ちていくのも構わず、まるでハエでも払うように艦を振り回しだしたのだ。
上陸艇ではなく、強襲揚陸艦本体である。全長260メートル、排水量4万トン余の巨体で薙ぎ払われ、低空に集まっていた自爆ドローンが一斉に破砕。さらに近海に展開していた攻撃ヘリ4機が巻き込まれ、ぺしゃんこになって墜落していく。
『いかん、アレを撃ち落と――』
狙いに感づいた老将軍が警告しようとするが、時すでに遅し。
空中でぐるぐる回して勢いを付けた後、ドローンの爆発でボロボロになった船体を沖合の空母めがけて
繰り返すが、この強襲揚陸艦は全長260メートル、満載時の排水量で約4万2,000トンある。ミサイルで吹き飛ばしてどうにかなるような大きさでは断じてないし、搭乗している魔法師が障壁を張ったとてたかが知れている。
その絶望的な大質量攻撃は、生き残っていた空母の滑走路ど真ん中に上方から突き刺さり、そのまま船底まで貫通した。
凄まじい爆音と共に空母の動力部と弾薬庫が大爆発、船体が真っ二つに割れ、そのまま轟沈していく。
その間も、創一朗は"片手間"で航空戦力やミサイルの迎撃を続けていた。
ミサイルの多くは接触信管・時限信管・近接信管のいずれかまたは複数のシステムに基づいていて、つまり「鉄槌」の応用で信管部分を叩いてやれば空中で起爆することになる。ドローンの積んだ爆弾も同様だ。
創一朗を狙った艦載ミサイルは軒並み空中で爆発、CIWSやガトリング砲による弾幕は斥力場による軌道湾曲で処理。脅威になるのがレールキャノンだけならば、創一朗の反応速度をもってすれば「見てから避ける」くらい簡単だった。
さらに同じ要領で、周辺を飛び交うヘリはティルトローターの根本をへし折られ、艦載機は尾翼や中身のパイロットを破壊され、面白いように落ちていく。
マルチスコープによる視力と圧倒的な反応速度が合わさることで、亜音速で飛び回る攻撃機の尾翼にピンポイントで「鉄槌」を当てることは造作もない。
『航空戦力が次々落とされていきます!!』
『空母爆沈! 残存艦半数切りました!!』
この時点で艦隊は士気が崩壊しており、統制を離れて勝手に逃げ出す艦が散見されたが――
「次だ」
創一朗がそれを見逃すはずもない。
手近な駆逐艦・フリゲート艦・巡洋艦を計5隻ほど持ち上げると、それを一点に集めて「破砕」。大量の鉄くずへと変えた。
司波達也との模擬戦以来の群体制御魔法。龍のような形へと姿を変えた瓦礫の山が、散弾となって艦隊を襲う。この一撃で戦線を離脱し出していた小型艦数十隻が一気に撃沈された。
『やむを得ん、
『スクリューに異常発生! 動きません!』
『何ィ!?』
既に旗艦のスクリューは鉄槌で破壊されており、トドメとばかりに潜水艦のアンテナ部分もへし折られる。
それでも通信機能全損には至らなかったが、こうなると統制もクソもない。
艦隊中央に浮かぶ鉄塊と化した旗艦を残し、散り散りになった艦隊がすべて「鉄槌」の餌食になるまで、1分とかからなかった。
「――俺の援護は不要だったのでは?」
最後に残った潜水母艦の背に達也が降り立った時には、辺りの海域はすっかり鉄くずだらけになっており。
戦う相手を失った国防海軍の艦隊が、部隊をまとめて鹿児島方面へと急行し始めたところであった。
「そうでもない。陸上戦力やドローンがこっちを狙ってこないとも限らないしな」
この時点で15時14分。
達也との通信を終えてから、わずか5分にも満たない間の出来事であった。
そうして到着した達也の軽口を背に、いよいよ本命の旗艦へと乗り込もうという時だ。
『榊少佐、真砂だ。聞こえるか』
まず創一朗に通信が入った。
『大黒特尉、緊急の連絡がある』
同時に達也の通信機器にも入電し、両者が別々の情報源からその通達を受け取ることになる。
『落ち着いて聞け。
『横浜沖の艦隊旗艦が
核兵器。
もはや伝説上の脅威になりつつあったはずのそれが登場し、二人の背筋に冷たいものが走る。
『ついては、付近にいる貴官ら2名には、核弾頭の使用阻止任務が最優先事項として要請される』
『魔法協会が増援を投入したとのことだ。
通信はそれで切れたが、まず達也が何かに気づき、上を見上げる。
次いで創一朗の感覚器が、はるか上空を通り過ぎて行った高高度偵察機を視認。
そこから何かが降り立とうとしていることに、両者は気づいた。
「魔法協会は増援を投入すると言っていたが……」
達也の言は、敬語でないことからも独り言というか、口に出す気はなかったのだろう。
創一朗も同様に訝しんだが、敵と判断できるわけではなかったためそのまま着地を見守る。
そこに現れたのは長大な「疑似瞬間移動」に似た空気のパイプと繭。
それらを解除し現れたのは、見た目高校生ほどにしか見えない銀髪の少女だった。
「キミ達が鉄仮面君と大黒竜也君だね? 緊急時につき、私が魔法協会の執行役を担当することになった」
――国際魔法協会会長、ユーディト・エフレイムだ。よろしく頼むよ。
15時15分。
事態は新たな局面を迎えようとしていた。
創一朗大暴れ回です。
前話で連絡入れて来た第三勢力は国際魔法協会でした。近場に動かせる兵力が居なかったので会長自らの参戦です。マクロードもシュミットも政治方面が専門でステゴロ向いてませんからね。