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2095年10月30日 15時。
戦後処理もそこそこに地下司令室に飛び込んだ創一朗の懸念は、結論から言えば的中していた。
五輪家、襲撃。
そして戦略級魔法師・
澪は身体が弱いために不便の多い地方での生活に向かず、愛媛県の本家ではなく東京の別宅で弟の介助を受けながら生活していた。襲われたのは本家と別宅の両方であり、特に本家の側は「霹靂塔」による情報の混乱もあって未だ被害が判然としていない。
大亜連合は特選隊本部へ「八仙」を投入しただけでなく、東京にある五輪家の別宅へも対日工作部隊を送り込んでおり、撃退に成功した特選隊と違い、五輪家別宅は辛うじて通報を入れるのが精いっぱいであったようだ。
無理もない。現在も澪は国家公認戦略級魔法師「十三使徒」の立場ではあるが、その実実際の任務は全て創一朗に引き継がれており軍から見た重要度が高くない。翻って沖縄戦以前のような厳重な警備はされておらず、対して対日工作部隊には世界レベルの腕利きである「呂剛虎」がいる。生半可な戦力では蹴散らされるのも当然と言えた。
「……既に、警護に当たっていた魔法師4名と使用人3名、そして
司令室に集められた面々――生き残った対魔装特選隊 第一小隊の隊員たちは、あくまで冷静にその話を聞いている。唯一焦燥感が態度に出ているのは創一朗だけだ。
「だが」
口を開こうとした創一朗を制して、機関全体の代表者である真砂少将が言葉を続ける。
「統合軍令部も事態は承知している。その上で、我々に下されている命令はあくまで"深淵改二"を用いた敵艦隊の殲滅だ。変更はない」
言い切るのと同時、部屋中の通信機器がブザー音を鳴らす。
それは防災訓練やニュースの特集で時折耳にする大音量の不協和音、
この時点で15時2分、戦闘開始から32分のことだ。この時点で各地の国防軍部隊や行政機関などと限定的に通信が回復した、後世に言う「32分間の奇跡」である。
余談だが、日本政府がこれほどのスピードで被害の全容把握ととりあえずの対処・立案を開始できたのには、世間的に言われるインフラ業界の頑強さと各地点の他に、各地に存在していた魔法師たちの協力が大きかったと言われる。
日本では以前より、刻印魔法や古式魔法を利用した緊急通信網が一部の大都市や魔法師ネットワーク間で成立しており、この未曾有の事態を前に彼らは保有する通信網を惜しげもなく解放。
そこを起点に衛星通信等の比較的被害の小さい通信システムが順次復旧していき、30分の段階で全国の被害状況・政府の方針決定・軍部への行動指針の伝達という最低限の判断とその伝達が完了していたのである。
後世で回復時間の根拠となった「32分」とはJアラートが日本中に行き渡った時間であり、実際には政府要人・軍幹部レベルの意思疎通はもっと以前から行われていたことが米軍などの監視記録に残っている。
閑話休題。真砂少将はその画面をテーブル上に投影すると、対馬海峡のあたりの海上を指差す。
「――これは避難誘導に力点を置いた図なので省略されているが、実際にはここが国防海軍によって封鎖されていた。大亜連合軍による日本海側への上陸抑止のためだ」
だが、と続け、立てた指を隠岐の方向へ滑らせる。
「対馬要塞からの情報によれば、超大規模なEMP攻撃、恐らくは"霹靂塔"によって部隊が混乱している隙を突き、海域封鎖を抜けた船団がある。衛星写真がこれだ」
発言と共に画像が出力されると、そこにはかなり粗い画像ながら海上を航行する大船団の姿が映っている。
「7分前の写真だ。地点は島根県沖約50kmの日本海海上、確認できているだけで空母2、巡洋艦6、駆逐艦6、フリゲート艦4、そして上陸用舟艇多数。未確認だが潜水艦も複数随伴していると想定すべきだ。艦数が多いのは揚陸艦の護衛のためだろうな」
米軍基準の1個空母打撃群を大きく上回る大艦隊だ。これだけで小国を焦土に変えられるほどの戦力であり、「空母」がこの場にいることは、航空戦力の使用=敵国が総力戦をやるつもりだという証左にほかならない。
「50キロって、近すぎませんか」
龍征が呆れたように問う。
「恐らく、陸からの砲撃より"
座礁や沿岸からの砲撃を承知で沿岸付近を航行していることも異常と言えたが、もっと大きな問題があるためにこの場でそれ以上の掘り下げはされなかった。
「統合軍令部の計算では、遅くともあと1時間でこの艦隊が隠岐を通過する。上はその前に"
日本海の沿岸付近を航行している船団を深淵改二で攻撃する場合、方角の問題で中華大陸本土を津波で攻撃することは難しい。
代わりに標的になるのが朝鮮半島南端の釜山あるいは鎮海であり、それでも攻撃としてはほぼ真西か南西方向になる。艦隊が隠岐を超えてしまうと、津波の進路上に隠岐が挟まってしまうため朝鮮半島への攻撃ができなくなるのだ。
「すなわち、
大亜連合の攻撃により日本側が切り札の戦略魔法兵器を使用せざるを得なくなった場合に発動される作戦計画、「征龍作戦」。
第一段階はあくまで「深淵改二」を使った敵軍の殲滅であるが、第二段階では脅しとしてしか準備されてこなかった「戦略魔法兵器の無制限使用」が盛り込まれている。
その末期的な内容は長らく正規の作戦計画としての採用を妨げてきたが、しかし大亜連合側の戦力の投入状況、そして新ソ連までも参戦しているという最悪の戦局に鑑み、統合軍令部はついにその発動に踏み切ったのだった。
「榊少佐、もはや貴官の魔法に国そのものの命運を懸けねばならん状況に陥った。最優先事項は敵艦隊の殲滅だ。撃ち漏らせば100万では済まない犠牲が出るぞ」
先ほどから急に無言になった創一朗を訝しみ、真砂が声を掛ける。
「――はい。つまり1時間、いや準備時間含めて40分で澪さんを回収して帰ってくればいい訳でしょう」
反応は様々だった。
呆れ顔の龍征。「こういうの」が好物なのか胸に両手を当てて目を輝かせている岬玲。腕を組んで面白そうに見守っている山田。心底意外そうなつかさ。何やら尊敬のまなざしで創一朗を見ている遼介。
一方の真砂少将は、手を顔に当てて特大の溜息をついてから、たっぷり3秒ほどタメを作って、問うた。
「…………当てはあるのか」
「既に居場所は把握しています。横浜沖で交戦中の艦隊内、旗艦と思われる大型艦の船室です」
「貴様、急に黙ったと思ったら"探して"いたのか」
意を得たりとばかりに回答する創一朗を見て、真砂はようやく合点が行った。
作戦の説明中、食って掛かるでも声を荒げるでもなく創一朗が黙って聞いていたのは、その実「マルチスコープ」で澪の姿を探していたからだったのだ。
かかった時間の短さから見て、恐らく最初からヤマを張って旗艦内を集中的に捜索しており、彼女の姿を見つけた。
ここ横須賀から海軍と大亜連合艦隊の交戦地域までほんの10キロそこそこ。20kmの距離を2分で飛んできたばかりの創一朗ならば、実際に間に合わないとは言えない時間だった。
「は、緊急に必要と判断したため、説明中よそ見をしていました」
形ばかり頭を下げる創一朗だが、それは謝罪ではない。
この姿勢の意味は、澪を助けに行かせてくれという懇願だった。
「……」
創一朗が頭を上げないまま、たっぷり5秒ほどの沈黙が場を支配する。
真砂少将はその間、下あごを手で覆って何事か考え込んでおり、他の隊員たちは場の空気に気圧されて何も発しなかった。
張りつめた空気は、おもむろに真砂が通信機器を起動し、地下に存在するセイレーンシステムと、それを管理している桝田に通信を繋いだことで幾分か緩和する。
「桝田。セイレーンシステムはいつ起動できる」
開口一番要件をぶつけられた桝田は流石に少し鼻白んだが、流石にプロということか、すぐに状況を把握して答えを返す。
「最速で45分後です、少将」
「30分だ、
その見立ては図らずも創一朗と同じだったが、真砂はさらなる時間短縮を命じて通信を切る。
「榊少佐。我々はこれより最短でセイレーンシステムの起動準備を行う。貴官は準備が完了するまでの30分間、
――これより30分後、
ここまで聞いて初めて、創一朗は顔を上げた。
◆ ◆ ◆
セイレーンシステムの起動準備といっても、ほとんどの工程は自動化されており、人手が増えたら早くなるというものではない。
幸いにして基地の電源システムは破壊を免れており、桝田がかつてないスピードで調整を進めているため、そのまま行けば本当に30分で調整が完了するだろう。
他の面々は警備や破壊された器物の確認、統合軍令部とやり取りを続けている真砂少将の手伝いへと分散していた。
「少将。宜しかったのですか?」
いよいよ頭痛で動けなくなった岬玲に代わって、今は真砂に十山つかさが付いて情報収集の補佐をしている。問いかけたのも彼女だった。
「どうとは?」
「榊少佐への命令の件です。
「人聞きが悪いな。私は命令に従ったとも。ただ戦地に混乱はつきものだ。特に、私が貰っていた当初の命令などは霹靂塔で一番混乱していた時期のものだからな。多少順番が前後するくらいよくあることだ」
――統合軍令部が「深淵」による艦隊撃滅を指示していたのは事実だ。
征龍作戦が発動したことも事実だ。
だが、統合軍令部側の指定した第一目標は本来、
軍から見た五輪澪は、戦力としてはほぼ用済みでありながら敵対派閥である十師族の権力基盤の一角という箸にも棒にも掛からない存在。メリットはなく、遺伝子が外に流出するリスクばかりが存在している不良債権だった。
大亜連合に持ち去られるくらいなら丸ごと海に沈めてしまった方が都合がいいと、軍上層部がそう考えることにはそれなりの蓋然性が存在する。
創一朗と澪が懇意だったのは流石に知っているので、彼にはそれと気づかぬように取り計らうつもりはあった訳だが――
「土台、榊君に感づかれている時点で
ぶっきらぼうに、しかし愉快そうに策謀を語る真砂。彼はどうやら、このいたずら小僧のような性格の方が地であるらしかった。
「聞いてしまった以上は貴様も共犯だ。地獄まで付き合ってもらうぞ」
「今更ですね。隊員の素性を知った時から私は一蓮托生ですが?」
「だろうな。わざわざ防諜をヌルくしておいた甲斐があった」
いけしゃあしゃあと「釣り」を白状した真砂は、ぽかんとしているつかさを見てかかと笑う。
「忘れたか?
真砂はパイロット時代、ほとんど自殺に近いような戦闘機動に相手を巻き込んで自滅させる戦法を得意とし、撃墜数27が日本最高記録であるほかに、被撃墜・墜落数4も同じく日本最高記録である。
当時は治験段階だった再生医療に最も(患者/実験台として)貢献した人物としても知られ、終戦までに失ったのは片目、左足の指4本、左手の指2本、小腸60センチ、肝臓3割、腎臓片方、右肺、睾丸1個、肋骨7本、鼻、右耳、頬の肉、下あご、永久歯17本。
顔の傷こそ勲章と一緒に支給された治療費のおかげで跡形もなく整形されているが、彼は半ば生体サイボーグみたいなものだ。
古式魔法の一族に生まれ、そしてちょっと五感が鋭くなって多少対G性能が上がる程度の、当時の魔法師選定基準にすら引っ掛からない程度のBS魔法の素質しか持っていないことが知れた時から、彼は自らの命を擲ち続けて生きて来た。
命そのものに価値などなく、命を使うことで得られる役割と功績こそが価値であり、最も価値なき命である自分こそが、最もそれを体現した存在だと。
実際、彼は文字通り死ぬ気で戦っていた。ただ、どうせ捨てる命なら、他人がやりたがらないであろう危険な仕事で出来るだけ命を使い潰し、人様の役に立って死のうと思っていただけで。それでたまたま終戦まで生き残ってしまい、当時の武勲で取れる勲章を総なめしてしまっただけで。
「まぁ、獅童閣下ならこうした、ということだ」
そして、彼に意味と目的を与えたのは、軍ではなかった。
「後の問題は陸さんだが、まぁそこまで面倒は見られんよ」
さらに言えば、これで海軍側のアレコレは解決の目途が立った訳だが、横浜に居るのは彼らではない。
既に横浜にいる司波達也を筆頭に、陸軍独立魔装大隊にも「横浜の大亜連合艦隊を殲滅せよ」という指示が出ている。創一朗が考慮すべきは、敵だけではないのだ。
そうして真砂が何食わぬ顔で情報を整理していた時。
基地の情報機器が日本でも大亜連合でもない、
反撃の一手(力押し)