後世において、2095年10月30日という日は一つの歴史的転換点として扱われる。
日本と大亜連合の間で戦端が開かれた日であるのはもちろん、世界で初めて
この日から3年前に起こった沖縄海戦の際にも
今回は違う。大亜連合は明確に「戦力」として、戦局を優位にするための手段として戦略級魔法を用い、実際に被害を発生させた。
日本海側を中心とする主要都市・港湾9か所で同時多発的に「霹靂塔」が使用され、魔法により生み出された広域EMP攻撃によって都市機能および基地機能を破壊。日本海側諸都市はインフラが崩壊、ひいては電子戦能力を失い、連鎖的に制空権すらも事実上失った。
そもそも、戦略級魔法「霹靂塔」は俗に「広範囲に雷を落とす魔法」と称されるが、その仕組みは二種類の魔法からなる。目標地域上空で電子雪崩を引き起こす魔法と、目標地域の電気抵抗を断続的かつ不均衡に引き下げる魔法だ。
つまり「断続的に雷を起こして電磁パルス=EMPをバラ撒く」効果と、「落雷を誘発するために周辺の絶縁性を引き下げ、絶縁破壊をそこら中で起こす」効果。厄介なのが後者だ。
ファラデーケージや導電シールドなどのEMP対策用品は、大雑把に言うと「極端に導電性の高い物品で電気の通り道を作っておき、そこに雷などを誘導する」ことでそこ以外への被害を防ぐように出来ている。
ところが、霹靂塔によって「空気を含む空間そのものの絶縁抵抗を(絶縁破壊が起きるほどにまで)下げる」効果を受けると、場所によっては避雷針をも上回る導電性の場所=より良い通り道が生まれてしまい、誘導が意味をなさなくなる。結果として、EMP攻撃を想定しているはずの軍用電子機器をさえ(全てとは行かないが)破壊し得るのである。
元々はこれら効果を長い筒状の範囲内で行う戦術級魔法であり、円筒形の効果範囲を塔に例えて「霹靂塔」と称された。劉雲徳がこれを超広範囲に広げて都市のインフラ機能を丸ごと破壊する戦略級魔法に仕上げたのだ。
これが使用された場所では、まずオートマ走行の自走車が軒並み制御不能になる。トラックや鉄道もだ。街中の電子掲示板やパブリックビューイング、家電からスマートフォンまで大半の電子機器が破損する。通信機器は軒並み沈黙、一時的に情報の空白地帯が生まれる。
ここまでならまだ迷惑なだけだが、民生品から離れていけばいくほど影響は深刻になる。
まず病院。多くの医療機関は停電やテロ攻撃に備えて自前の発電能力を有しているが、その発電機が破壊されることになる。こうなると治療能力は第一次世界大戦レベルまで後退だ。
一部の大病院は発電機をファラデーケージの中にしまうなどして対策しているが、それさえ空間そのものを導体化させてくる霹靂塔の前には完全な対策とはなり得ない。運よく被害を免れても、患者が無事な病院に集中し医療崩壊は免れないだろう。
データセンターも同様だ。GAFA級の巨大企業でもなければ軍事攻撃の備えまではしていない。巻き込まれれば基本的にデータ全損を覚悟すべき。
さらに工場。民生品のEMP対策はたかが知れているので、生産能力は全損、中身を総とっかえするまで再稼働は不可と考えた方がよい。
金融も基本的に壊滅する。ATMが軒並み破壊され、銀行のオンライン決済やクレジットカード、電子マネーの類もほぼ全滅。キャッシュレス化が進んで現金がほぼ存在しなくなった現代において、効果範囲内では貨幣経済が終焉する。
水道だって、現代のものは井戸でさえ電子制御だ。送水・排水機能がマヒすれば、たちまち市街には汚水が溢れ、蛇口と水道管は鉄くずに変わる。
そして最も致命的なのが、軍事基地と発電所への被害だ。現代の原発は軍事基地並の重装備で防護されているので被弾即メルトダウンとはならないものの、安全装置作動からの緊急停止は免れず、電子制御が基本となる火力・水力発電所も完全に動作が麻痺。ダムに関しては水門が突然停止することで崩壊の恐れもある。
軍事基地は基本的にEMP対策が徹底されているので、一撃で全損まではしない。だが無事なのは地下壕やシェルターに温存されている予備戦力だけで、地上滑走路でスクランブルしようとしていた機体や既に飛行中だった機体は即座に機関停止、居場所が空ならば墜落だ。戦車の類も数割の単位で擱座する機体が出てくる。
海上戦力も巻き込まれればちょっと重いボートになる可能性があり、安全と言えるのは潜水艦くらいなもの。
物流、情報、電力、上下水道、そして防衛。あらゆる都市機能とインフラを一撃のもとに破壊するこの魔法は、その効果の悪辣さでもって、世界で唯一
大亜連合はその効果に目を付け、日本の諸都市で同時多発的に使用、もって開戦の狼煙とした。
かの国が公式に認めていた「霹靂塔」の使い手は、「震天将軍」
ほか6人の魔法師たちはとても対外侵攻に使えるような状態ではなく、劉雲徳は上陸作戦の要として侵攻艦隊の旗艦で構えている。
では誰が日本各地への霹靂塔攻撃を実行したのか?
答えは、大亜連合と新ソビエト連邦が結んだ密約にある。
――クローンの生成と、その急速培養技術。
アンドレエヴナを生み出した際に用いられた新ソビエト連邦の最新技術が「実戦での使用とデータの全開示」を条件として極秘裏に提供され、大亜連合が誇る最悪の道士「
劉雲徳のクローンが生み出され、そして2年ほどで急速に成長させられ、肉体年齢が概ね12歳相当を迎えたところで加工された。
この時、通常のジェネレーターとは異なり、自我どころか脳と脊髄の重要部分を除くほとんどの器官を切除。数か月間の生存に必要なだけの栄養分を注入され、さらに「単一の魔法行使を補助する」ソーサリー・ブースター(魔法師の大脳)を4つ並列でつなぎ合わせることで、薬物と電気信号で動作を制御される使い捨ての戦略魔法兵器が誕生した。
たった一つの魔法を決められたタイミングで使うだけならば、遠隔での指示出しも長期の保存も継戦能力も必要ない。ただ一度の魔法行使に最適化して作られたそれは、使用後には確実に魔法演算領域が焼け付いて再利用不能になることと引き換えに、間違いなく戦略級相当の威力と効果範囲を確保した。
奇しくもそれは、使い捨てであることを除けば日本国防軍の発明したセイレーンシステムと同種の思想に基づく機構だ。
ソーサリー・ブースターの開発国として、大亜連合は新ソ連との合作によって日本の魔法技術に追いついてきたのだ。
軍事どころか国家予算そのものに影響が出るほどの巨額を投じ、製造・加工された調整体17セット。時限式で外部からの干渉を必要としないこの兵器は、第三国からの貨物に偽装されて持ち込まれ、そして牙を剥いた。そもそも人型をしていなかったために、それが魔法師であると誰にも気付かれなかったのである。
ただ、これらが仕掛けられていたのは辺境に置かれがちな空軍基地よりも大都市・人口密集地が優先され、特に西日本に偏っていた。
このうち劉麗蕾を含む8か所では何らかの影響で不発となったが、のこり9か所では問題なく作動。札幌、仙台、名古屋、豊田、敦賀、広島、松山、北九州、福岡の各都市は大混乱に陥り、何より通信機能が破壊されたことで一時的に情報が伝達されなくなった。
なお、京都に仕掛けられていた兵器はたまたま実家に居た九島光宣が持ち前の「
結果として、関東・関西という日本最大の都市圏が被害を受けずに済むこととなったのが日本にとって不幸中の幸いであった。
ただし、一連の被害により東京と大阪は逆に情報的に孤立する事態となり、約30分にわたって組織的抵抗が麻痺。この隙を逃さず、大亜連合側から一斉に発進した2000機近い航空戦力が飛来、攻撃を開始した。
そして、さらにもう一か所、霹靂塔が使用された地点がある。対馬海峡だ。
この海域は大亜連合が本国の軍港から日本海へ派兵する際に通過せざるを得ない地域であり、国防海軍はこの地域を徹底的に監視・封鎖して艦隊を通さない構えだった。
実際、開戦とほぼ同時に監視海域には大亜連合の二個艦隊が襲来し、艦隊戦が開始している。
そう。この時、旗艦に乗艦していたと思われる国家公認戦略級魔法師「震天将軍」劉雲徳が本家本元の霹靂塔を発動。同時に1個艦隊が陽動をはかり、混乱に乗じて海域封鎖を強引に突破、1個艦隊が防備の薄い北陸を目指して進行している。
さらにこの時、国防軍にとって厄介な事態がもう一つ起きた。
この時点で、日本を取り巻く戦況は以下のようになっている。
大亜連合は軍艦はもちろん、民間船や外国船籍の貨物船(主に新ソ連からの提供)まで根こそぎ徴用して上陸用艦艇としており、国防軍の当初の予測をすら上回る計4個艦隊を投入。横浜へ先遣隊を送り陽動をはかると同時に、戦略級魔法師を含む本命の2個艦隊が対馬海峡からそれぞれ北陸と北部九州へ。さらに背後を突く形で鹿児島へ向けて1個艦隊を投入してきている。
これは国防海軍の対応力を大きく超える大兵力であると同時に、もし敗北して全滅すれば大亜連合は使用可能なすべての舟艇を失い制海権を喪失するというとてつもない大博打である。
戦略級魔法を使った初撃の奇襲で大都市を混乱させ、ダメ押しとばかりに関東へも艦隊を派遣し陽動、海軍の対応を強いて戦力を分散させる。その隙に乗じて北陸・南北九州の三か所から一気に上陸。
虎の子の精鋭機甲師団を含む前線部隊は北陸から近畿、可能なら名古屋までを電撃的に制圧して日本を分断・戦線を構築。後ろから上陸してきた部隊が九州・四国・中国を制圧して合流、西日本を切り取るというのが大亜連合側の作戦計画である。
大亜連合から見て、緒戦は完璧に成功したように見える。少なくとも日本は新ソ連の参戦を読めていなかったし、海軍は封鎖を抜かれ、鹿児島側に向いている艦隊に至っては戦力不足で実質ノーマークだ。
だが実際には、この作戦は既に3つの誤算を抱え、既に崩壊が始まっている。
第一に、そもそも大亜連合側の想定では、最初のテロ攻撃は東京・大阪都市圏を最低でも3時間にわたって機能不全に陥れる見込みだった。その間に上陸を完了させるか、少なくとも陸地の間近まで到着させて、「深淵改」の効果を受けないようにする必要があった。
だが実際には、攻撃開始から32分、15時2分の段階で最低限の通信インフラが復旧してきており、そのころには軍事情報はもちろん、Jアラートによる国民の避難誘導まで始まっていたことが記録に残っている。つまり日本は、この時点で何をされているか把握したということだ。
これだけの被害から32分で最低限のインフラ網を立て直して来たのは驚異的と言え、普段から災害対策などでインフラ関係が鍛えられ、日本の高い技術力に運が味方して実現した一種の神業であった。
当初、大亜連合軍の見込みでは霹靂塔での攻撃から最低3時間、楽観的な予測では1日以上は混乱が続くと考えられており、その間に全艦隊を日本沿岸まで到達させ、空爆とミサイル攻撃によって全ての航空戦力を破壊できるように作戦が構築されていた。
大亜連合側の見立ての1/6で通信が復旧したことで目論見が外れ、日本は航空機どころか大陸からのミサイルが到着しきらないうちから組織的抵抗が可能になったのである。このことはインフラ業界関係者を中心に「32分間の奇跡」として語り継がれ、後の世ではしばしば創作に用いられる偉業であった。
当然だが、この時点ではまだ上陸完了どころか艦隊は沖合にいる。そのことが通信を回復させた対魔装特選隊にも伝わり、彼らはすっかり「的」の様相を呈している。
そこへ第二の誤算。「深淵改」の使い手である鉄仮面を確実に暗殺するため、かなりのリソースを投じて公安の覆面捜査官を手駒にし所在を割り、国内最強の魔法戦部隊「八仙」をインド・ペルシア連邦方面の戦線から引き抜いてまで投入したのに、彼らが惨敗したことだ。
彼らは呂剛虎を筆頭とする対日工作部隊より数段レベルの高い国内最高の特殊部隊であり、事実上他戦線を諦めてまで日本へ戦力を集中させた格好である。結果彼らが壊滅し、鉄仮面こと榊創一朗は健在であり、前述のインフラ復旧と合わせて「深淵改」を封じるための策は全部失敗、艦隊への攻撃が通せる状況になってしまった訳だが、大亜連合はまだそれを知らない。
そして第三、新ソ連に思ったほどやる気がないということ。
実は彼ら、本当に大亜連合が勝てるのか若干疑問に思っていた節があり、関東・関西への霹靂塔攻撃が失敗した時点で、本来なら行われるはずだった「首都圏へのトゥマーン・ボンバでの追い打ち」を勝手に中止している。国内の軍部の動向が不統一で、足並みが揃っていないのだ。
――当初、新ソ連と大亜連合の密約の内容はこうだった。
「来る対日開戦時、勝利の暁には大亜連合が名古屋以西の西日本を、新ソ連が北海道と東北を占領、残る関東甲信越は介入してくるであろう米国に進駐させて緩衝地帯にし、三国によって分割統治する」
この密談に米国は参加していなかったものの、持ち前の諜報能力で二国が何を考えているかは概ね察しを付けており、そして
名目上、日本は未だ米国の同盟国だが、先の暗闘と安保体制の刷新により日本が「対等」を強制したことは米国人にとって宣戦布告に等しい侮辱そのもの。ひれ伏さない子分は時に敵より嫌われるもので、あの時から日本は水面下では別陣営どころか仮想敵に近い扱いで考えられている。
そして大亜連合が暴れたところで米軍にかかればいつでも叩き潰せる(と米国は思っている)が、日本の魔法戦力は既に秘密裡に排除できないほど膨れ上がっていることも、米国は身をもって知っている。
日本が完全に陥落してシーレーンの覇権を脅かされるのはかなり困るが、現時点で米国の想定する脅威度は日本≧新ソ連>>大亜連合だ。連中が多少なり日本を削ってくれるなら分割統治案くらい飲んでもいいとさえ彼らは思っている。
そして同時に米国は、大亜連合(と新ソ連極東軍管区)の戦力では西日本の占領など不可能だとも思っている。これは大亜連合らが弱いということではなく、今の日本が強すぎるゆえに導き出される回答だ。彼らは国際魔法協会もとい
出る杭は打つのが常識で、何よりこれ以上出られたら手が届かなくなりそうだという点で、三国の考えは一致していた。
大亜連合の日本侵攻。世界初となる戦略級魔法の実戦投入。新ソ連の対日参戦。なお、当然のように両国は宣戦布告を行っていない。
それらが同時に行われたこの日、かつて清がやられたように、列強各国による日本の分割が行われようとしていた。あるいは、歴史上何度も行われたドイツ潰しに構図は近いかもしれない。
――1つ違いがあるとすれば、この状況に陥ってもなお、日本の敗北は決定づけられてなどいないということだ。
創一朗が黒羽の双子をボコボコにする
→一時的に東海地方(四葉管区)の諜報力が落ちる
→名古屋と豊田を狙った魔法テロを防ぎ切れない