注意してご覧ください。
横須賀。
対魔装特選隊の本部は銃撃戦の最中にあった。
発砲音は断続的に響き、リロードやグレネードの隙を的確に潰してくる様が、この場で戦う兵士たちの練度の高さを示している。
大口径のライフル弾が壁を抉る音、機関銃陣地が徹甲弾をバラ撒く音、迫撃砲がビルの側壁を爆破する音に混じって、炎が竜巻のように吹き上がる音や、電撃が迸る音、毒気を含んだ空気が爆ぜる音、そして古風な笛の音が響いている。
その珍妙な取り合わせこそは、その場で戦っているのがただの軍人ではなく魔法師であり、そして尋常ならざる練度の持主である証左だ。
魔法戦力の通常兵器との連携を最も積極的に模索しているのはUSNA軍で、魔法戦部隊であるスターズは従来型の6.8mm小銃と特化型CAD、そしてキャスト・ジャマー*1を組み合わせた3in1ライフルを標準装備としている。
だが、あれは生まれた時から銃が身近で、かつ世界最強の通常兵力とそれを支える圧倒的国力を擁し、前例主義を嫌い使えるものは何でも使うお国柄のなせる業であって、多くの国では「魔法師は魔法で戦う」という思い込みを抜け出せずにいるのが現状だ。
なまじ超常の力であるために、多くの場合で「魔法と通常兵力の連携」を考える時に「魔法を使って威力を増したり、射程を増強した専用兵装」という方向に解釈してしまいがちである。その誤謬を解消し、秒速1kmで鉛の塊をぶつけられたらだいたいの魔法師は死ぬのだということを思い出せると軍隊として次のステージに到達だ。
魔法が役に立つのは直接戦闘よりむしろ移動や隠密行動や偵察の方であり、正規戦で火力を出したければ普通に現代兵器を使った方がいい*2……という身もふたもない結論は、多くの国ではまだ個人レベルの経験則の域にあり、軍隊単位でその「開き直り」ができているのはまだ米軍のみである。
翻って、この場にいる戦闘員およそ40名は、その全員が現代兵器と魔法を巧みに使いこなしていた。
それは防衛側の対魔装特選隊 第一実働小隊の面々に限らず、攻め込んできた「八仙」及びその部下と思しき魔法師たちも同じこと。
詠唱の隙間を弾幕で埋め、砲撃陣地を魔法で不可視化し、何より特選隊を苦しめたのは、八仙の一人「
この二つの魔法は共に大規模なフィールドを展開するもので、八門遁甲は「8方向の中から『吉』となる方角を選ばない限り出られなくなる」効果を、魔笛は音を媒介としてアンティナイトと同様の効果をそれぞれ生じさせる。
つまりこの二人が組むことで、第一実働小隊の面々は移動を著しく制限された上に魔法の使用を妨害され、そこを部下たちが
「困ったな……今まで敵に回した中だと最強かもしれないぞ」
実際、特選隊の面々は完全に封じ込められていた。古式魔法に精通する山田宏文がフル稼働で結界を解析し続けているから、辛うじて「凶となる方位」へ誘い込まれる最悪の事態は避けているものの、事態を好転させるには至らない。
八門遁甲の陣によって事実上地の利を失い、魔笛によって魔法発動を妨害されている。彼らはどうにか地下司令室に立てこもったものの、相手が迫撃砲や対戦車ロケットで武装しているのを考慮すると、頼みの機関銃陣地もいつまで持つか。
ジリ貧の状況が続いていた。
「クソッ……この程度……!!」
地下司令室は現状のように敵が乗り込んできた事態を想定した設計で、一直線に続く長い廊下の行き止まりを左折したところにある。
廊下の奥にバリケードを構築し、備え付けのM2重機関銃*3で弾幕を張り、それ以上の進行を防ぐことでどうにか膠着状態を作っていた。
銃火器の扱いに長け、何より暴走一歩手前レベルで士気が高い江藤龍征が機関銃手。彼を守る十山つかさの遠隔シールドと遠上遼介のリアクティブ・アーマーのおかげでどうにか前線が維持されているが、的確に特選隊を狙ってくる八仙側の攻撃に対し、江藤の銃撃は方位を狂わされ「狙う」ことができない。と言うより、狙いが付けられない状態で銃撃戦は無理と判断しての苦肉の策が、機関銃に頼った弾幕での防御であった。
轟音と共にばら撒かれる弾頭は、その1発1発が対魔法師用のハイパワーライフルと大差ない威力を有する。生半可な対物障壁を貫徹して人体を2つに引き裂くはずのそれが、今はあまりにも心もとない。
幸いと言うべきか、防御担当の2人の魔法はアンティナイト影響下でも性能を維持できるように鍛え上げられている。多少なり出力は落ちているが、それでも個人で携行可能な火器の火力では小動もしない。
片や要人警護の専門家、片や特殊部隊の特攻役だ。アンティナイトやキャスト・ジャマーによる妨害は当然に想定される事態であり、そして「十」の魔法は答えを持っている。障壁そのものが領域干渉としての性質を併せ持つために、生半可な妨害では出力を低減させることすらおぼつかないのだ。
そして、その2人が居ながらむざむざ小野田大佐を死なせたという事実が、現状の不利を物語ってもいた。
「"槍"来るぞ!」
バリケードの裏、魔笛による妨害も厭わず探知の式を打ちながら結界の解析を続けている山田の号令で遼介と龍征が飛びのいて伏せる。
直後、虚空から赤い槍のようなものが飛び出し、バリケードの一角を深々と貫いたかと思えば、それはすぐに形を失い、赤黒い液体となって流れ落ちた。
自分の血液を魔法の媒体とし、血の刃を形成して魔法の力で撃ち出す魔法。やっていること自体は某漫画の「穿血」と同じだが、
何よりこの技の最も厄介な所は、古式魔法にとって最高位の素材である「血液」を用いることで、血の
こちらは魔法による硬化・加速を得た状態で、相手の魔法防御を無効化して対象の肉体を破壊する。これが呂洞賓の切り札だ。今回も、敵方にエース魔法師がいれば彼のでそれを屠り、敵が動揺した所を一気に畳み掛ける算段だった。
しかも現在、相手は八門遁甲の影響で呂洞賓らの居場所を正確に認識できていない。虚空からいきなり「血液の槍」が現れたように見えたのは、山田だけがその兆候を掴めたのはそのせいだ。
呂洞賓がこの技で、最初に小野田大佐を狙ったことに深い意味はない。最大のターゲットだった「鉄仮面」が不在で、代わりにその場にいた中で一番階級が高いものを標的にしたに過ぎない。
そしてその攻撃は、十山つかさが展開していたはずの魔法障壁を無視して小野田の眉間を貫いた。状況と運次第では、そこで真砂少将がやられて組織に致命的な影響が出るか、山田宏文がやられてなし崩しに全滅まで持っていかれる可能性も十分にあったのだ。
「十」の障壁をすら無効化・貫通し得る暗殺術を前に、直接対処は困難と見て距離を取り、唯一それを感知できる山田が「槍」と呼んで回避の号令を出すことでなんとか時間を稼ぎ続けている。
特選隊が接近戦を避ける根拠はもう一つ。
最初の接敵時、山田が仕掛けていた結界術やカウンターマジックの類が軒並み、混沌としたサイオンの奔流の中へ溶かされ発動しなかったのである。
その現象に彼らは見覚えがある。他ならぬ隊員の一人、江藤龍征も使用する「
それをもって敵対勢力を「八仙」であると断じた隊員たちは、渾然一体によって障壁魔法を消される恐れから接近戦はせず、距離を取っての銃撃戦を続けており、そのおかげで、今のところ戦線に致命的な破綻は来していなかった。
一方、地下司令室内。
遠上遼介、江藤龍征、山田宏文を殿に残してすでに閉ざされている鉄扉の向こうには、この日たまたまこちらに出勤していたM機関の最高責任者、真砂大輔少将が避難している。
岬玲は、早い段階で切り札の「ガトリング・キャスト」を使用しており、味方のいない部屋に引き込んだ敵兵に高濃度オゾンを吸わせて10人ほど無力化していた。
その代償として現在は魔法演算領域がオーバーヒート寸前状態、既に戦力外となっている。代わりに司令室で真砂少将と2人して通信設備を通して現状把握に専念し、その過程で日本全土が同時多発的に攻撃を受けている可能性に行きついていた。
そして休みなく障壁魔法をかけ続けている十山つかさは1人ソファに座り、目を閉じて微動だにせず魔法に集中していた。
日本地図を開いてタッチペン片手に考え込んでいる真砂少将に対し、岬玲はせわしなく通信機器と無線を操作。可能な限り多くの情報取得に努めつつ、めぼしいものをまとめて真砂に報告している。
「通信が途絶しているのは札幌、仙台、名古屋、豊田、敦賀、広島、松山、福岡、北九州……それから、対馬要塞沖で不明な魔法攻撃が実施されたとの未確認情報が」
「よし、通信途絶地域へのコンタクトを続けろ。民間のラジオでも行政放送でも警察無線でも何でもいい、少しでも状況を掴みたい」
彼らだけではジリ貧の状況を改善できず、やがては敵戦力にすり潰されることとなっただろう。
だが真砂少将は落ち着き払っており、表情には余裕を伺わせてさえいる。
その時、けたたましい轟音が上階から響く。
すわ爆撃かと真砂たちが身構えたその時、手元の通信機器が一報を拾った。
『こちら榊、帰還した。これより敵勢力を掃討する』
2095年10月30日 14時38分
榊創一朗 現着。
第一報を受け取ってから到着までの8分弱のうち、4分は各方面への情報伝達と指示出しに、2分は会場の屋上、遮蔽物のない場所へ出るのに使っている。
そこから、創一朗は自分自身を大砲の弾として魔法で撃ち出すことにより、論文コンペ会場から横須賀の基地まで直線距離20kmあまりを2分とかけずに「飛んできた」のだ。
飛行の最中、特選隊本部の建物が視界に入るや否や、自分の減速もそこそこにマルチスコープを使って1Fに陣取っていた敵兵を捕捉。
広範囲に陣術(領域魔法)が敷かれているのを確認し、まず超広範囲の領域干渉で建物全体を「塗り替えた」。これによって八門遁甲の術式が破綻。あまりの力業に狼狽えた隙を突き、その陣を敷いていた何仙姑が「鉄槌」最初の餌食となった。
「……っ」
八仙たちから見れば、突然張っていた陣が破壊されたと思ったら主力の一人が叩き潰された格好だが、八仙麾下の面々は仕事柄、そしてお国柄、凄惨で理不尽な死の現場に立ち会うのはこれが初めてではない。
上司がやられたというのに驚愕するでも狼狽えるでもなく、即座に近くにいた一人がハンドサインで何やら指示を下すと、蜘蛛の子を散らすように散開して遮蔽物に身を隠した。
全員が同じような野戦服に目出し帽なので個人の区別はつかないが、八仙の直下の階級の者に指揮権が移譲され、その者が不明な攻撃から身を守るよう指示を出したのだろう。
流麗な連携、柔軟な判断、機械のような正確さを併せ持つ様は、間違いなく彼らが国家の最精鋭部隊である証だ。
だが悲しきかな、こと魔法戦というフィールドにおいては、練度で性能をカバーするのに限界がある。
その場にいた16人が「鉄槌」によってペーストに変えられるまでにかかった時間は、およそ3秒。
あまりの出の速さにマルチスコープをもってしてもターゲットの切り替えが間に合わず、カタログスペック上の最速より半分ほど速度が落ちた結果であった。
さて、今身体をプレスされた中には八仙の隊長、
答えは簡単だ。「鉄槌」の出があまりにも早すぎて対処のしようがなかったのである。
術式解体に代表されるように、対抗魔法というのは基本的に「後出し」が成立する程度には出が早いことが前提となる。が、それは普通の魔法と超能力を比べる程度の話であり、超能力の中でも図抜けた発動速度を持ち、反応速度で人間を超えている創一朗には当てはまらない理屈であった。
彼は確かに鉄槌の着弾前に危険を察知していたが、魔法的に生み出されたその情報を脳が認識し、身体を動かし始めるまでの0.2秒程度の間に、鉄槌は余裕を持って発動を完了させることができた。
――結果的に、曹国舅は開戦前に聞き取った「予知」……自らの祖国が洪水に流され滅びるという「
さて、この時点で創一朗はまだ着地すらしていない。彼は勢いに任せて天井と壁を計4枚ほどぶち抜き、地下司令室に繋がる階段付近まで最短距離で到達。階段を守っていた
魔法による干渉を渾然一体によって防いでくる相手をどう倒すか。
創一朗の回答は簡単だ。強化された身体能力に任せて撲殺すればよい。
後衛として藍と共に部隊をまとめるのに専念していた
代わりに、彼女の真後ろにあった壁にはべったりと何か豆腐のようなものがへばりついており、元は彼女の頭部だったらしい骨片が壁の中からほじくり出されたのは、戦闘後どころか終戦後の処理も一段落つこうと言う段になってからだったことを追記しておく。
直後、創一朗がいた場所にはハイパワーライフルの弾幕が吹き荒れたが、強化改造にフィジカルブーストとセルフ・マリオネットを併用した彼を捉えることは不可能だろう。
逆に射撃位置を割り出され、数名生き残っていた一般兵も「鉄槌」によって全滅。
階段を降りるや否や、血釘穿の血の鏃が飛来。
それを創一朗は、軽く首をひねって躱した。
血釘穿の強みは魔法的防御を貫通するという部分にこそある。要するに、障壁魔法などで受け切ろうと考えなければ対処は容易だ。
もっと言えば、創一朗の常軌を逸した頑強さを考慮するに、恐らく魔法防御を無視して直撃を取れたところで血釘穿ごときでは有効なダメージを与えられなかっただろうが。
ともあれ、最後まで抵抗していた呂洞賓が首を引きちぎられて絶命したことにより、八仙らの組織的抵抗は終了。生存していた李鉄拐と張果老を含む6名は捕虜として捕えられ、特選隊本部への襲撃は終息した。
「掃討完了。被害状況は?」
創一朗が現着を宣言してからこの発言まで、ほんの3分弱。
第一小隊を相手に有利に立ち回っていたはずの精鋭部隊は、カップラーメンが出来上がるより早く物言わぬ肉塊に変わっていた。
「変わりなし、小野田大佐含む4名だけだ。キミのおかげだよ」
創一朗の問いに答えたのは、地下の機関銃陣地から出てきた山田だった。
「山田サン、それは?」
「恐らく、疑問の答えかな」
創一朗の指摘に答えるように、山田は肩に担いでいた人を下ろした。
女性だ。小柄だが非常に豊満な身体をしていて、しかし小動物的な愛くるしさがあったはずの顔は苦悶に歪み、目からは光が失われている。死体だ。
そして創一朗は、その人物を見知っている。
「小野先生……!?」
小野遥。
第一高校にスクールカウンセラーとして潜入している、公安の覆面捜査官「ミズ・ファントム」。
それが、生きていた頃の彼女の名だった。
「何故、八仙は特選隊本部の場所を特定できたのか。準備に相当手間がかかるはずの遁甲術をこの場で発動できたのか。そもそも、連中がどこから密入国して来たのか。恐らく、彼女がその答えだ」
言いながら、山田は死体の衣服を緩める。
妙に慣れた手つきでブラウスとシャツを脱がせ、ブラジャーを外し、背中が露わになり――創一朗は絶句した。
そこには全面を覆うようにびっしりと、入れ墨によって刻印魔法の陣が描かれている。魔法が破綻した影響かその半分ほどが焼け爛れており、恐らくは古式魔法のフィードバックが彼女を憑り殺したのだと見て取れた。
「やっぱり彊尸術の式だ。九校戦の時に回収したジェネレーターと同じ術者だよこれは。長い時間をかけて少しずつ相手の精神を乗っ取って、自覚なく命令に従わせるようにプログラムされている」
説明を受けながら、創一朗の脳内に記憶がフラッシュバックしていく。
原作知識。死兵に変えられた千葉寿和と稲垣。
北陸での記憶。あの日見かけた遥は、
記憶と知識が繋がっていく。あの日遥は、
彼女には存在を意識させなくするBS魔法があった。創一朗でさえ、彼女の存在に気づけはしても、その内側が少しずつ変質していたことに気づかなかった。対象の異能さえも利用した、顧傑の隠蔽工作の技量によるものだ。
「……山田サンは、気づいてたんですか?」
「キミが遁甲式を破った時、術が返っていく気配が2か所あったんだ。その時が最初だよ。恐らく彼女は陣の中継点というか、触媒みたいな役割も兼ねていたんだろうね。術のフィードバックで死んで、BS魔法の効果が切れた。それで初めて僕の探知に触れたんだ」
山田は説明をそう結んだが、創一朗には考慮すべきことがまだある。
「ということは、大亜連合は北陸の防備が手薄だと知って」
そこまで言いかけて、創一朗はある重大な事実に行きついた。
「お、おい」
創一朗は弾かれたように走り出し、真砂少将らが情報収集を続けている地下司令室へと駆け込む。
開戦直前。
東京の別宅で生活している五輪澪に戦争協力を依頼した時。
話初め、皮肉が多分に交じった雑談の中で、彼女は何と言っていたか。
――ご無沙汰のままの方が良かったかもしれないわ。わたしが忙しいのは戦争の時だけだもの。
――こないだも公安の小野って人が家まで来たわよ。
認識阻害のBS魔法が敵に回るとこんなにも怖い。