プロットにおける最大の山場を迎える回がこの朗報とともにあることを心から嬉しく思います。
今後とも拙作をよろしくお願いいたします。
森崎駿は、原作ほど鬱屈していたわけではなかった。
入学当初こそトラブルを起こしていた彼だが、高校生としてみたら十分に優秀なのは疑いようもない。教職員推薦で風紀委員に所属し、1学期末考査も好成績、九校戦では新人戦スピード・シューティング準優勝、モノリスコード3位(準決勝敗退後、3位決定戦は辛うじて勝利した)。立派な成績と言える。
原作よりも事件が少なく、それに連鎖して司波達也が「腕っぷし」を見せる機会が少なく、結果として駿の活躍があまり奪われていない。余談だが、この世界での司波達也は校内で実力を出したのが対服部の模擬戦くらいなものだ。
結果として達也は戦闘力よりエンジニアとして評判を確立しており、事情をよく知らない者からは「風紀委員きっての頭脳派」と称され、二科生だからとバカにしたヤツが急に低体温症で倒れた(事実)、敵に回したが最後CADをハッキングされて二度と魔法を使えなくさせられる(デマ)、噂では服部副会長もそうやって完封されたらしい(半分本当)などと恐れられている。
閑話休題。達也の活躍の場が文の側に寄ったことで、駿の自尊心はある程度保たれていた。
なんだかんだ言って魔法の実力では二科生なのだと、自分を慰めることができたからだ。
ただ、思っていたほどの結果が出ず、彼なりに焦っていたのは本当だ。
自分にもなにか大きなことが出来るはずだと、年齢相応のヒロイックな心が彼にはあった。実家の稼業がボディーガードである彼には、敵から誰かを守る能力が確かに備わってもいた。
それらが合わさったところへ、最悪の形で「チャンス」が巡ってきてしまったのだ。
「お願いします、助けてください!!」
「居たぞ、確保しろ!」
駿の眼前に現れたのは、着の身着のままといった様子で何者かから逃げている2人組。少女の懇願は全く違和感のない日本語*1で、小学生くらいの女の子と30歳くらいの女性という組み合わせに、親子かなと駿は思った。
何しろ咄嗟のことだった。親子らしき2人の素性や事情を確認する間もなく、二人の後ろから武装した兵士らしきものたちが追いかけてきていた。
駿に中途半端に知識があったのも良くなかった。追跡に当たっている対魔装特選隊は極秘の特殊部隊である関係上、作戦行動中に顔を隠すし非合法作戦中は階級章も付けない。装備している銃器は存在自体非公開の武装一体型CADで、表向き知られている国防軍の装備ではない。
当たり前だが聞かれても所属を明かさないし、友軍にすら作戦内容を伝達しないこともザラにある。そんな状態なので、駿の視点で「国籍不明の工作部隊はどっちだ」と聞かれたら、100回聞かれて100回特選隊の方を指さしてしまうだろう。
駿の「正解」は、全体責任者である創一朗か、そうでなくとも直属の上司である十文字克人に連絡を入れて指示を乞うことだった。
だが駿には、「一々指示を仰いでいたら間に合わない」と判断できる程度に経験があったし、犠牲を飲み込んで手続きを優先できるほど老成してもいなかった。
「援護します! お二人はそのまま逃げて!」
結果、駿は逃げる二人と追手の間に立ちふさがり、懐からCADを抜き出した!
「何者だ!?」
「武器を捨てろ! 撃つぞ!!」
部隊の人間側が「常識的」に警告を発したため、最初から足止めに魔法を使うつもりでいた森崎の"クイック・ドロウ"の方が早い。
幸いと言うべきか、この時発動された魔法は攻撃性のものではなく目くらましの類で、部隊に被害が出て否応なしに本気になった部隊から射殺される……というような事態は起こらず。
森崎がまさかの攻撃の兆候を見せたことで特選隊はいったん退避し、結果として2人組共々逃げおおせた、というのが騒動の全容であった。
そして今。
二人の逃走を助けるため一時的に持ち場を離れた駿は、いよいよ新横浜駅の付近にまで到達していた。
「駄目ですね、既に手が回っています」
駿がちらと見てきた所では、既に駅周辺に厳戒態勢が敷かれており、さきほど撒いた部隊の一部が展開している。森崎は考慮していない(追いかけてきている勢力が国家権力の側にいると思っていない)が、現在地もどこかのタイミングでカメラに見られた可能性が高い。
路地裏にこのまま身を潜めていても、遠からず包囲・確保される可能性が高かった。
ゆえに女性士官は計画の変更を即断した。
彼女らの当初の計画としては、事前に調達していた車で都心、可能なら大手町駅付近まで行き、そこで魔法を発動する手はずだった。
じゃあ最初から都心に潜伏しろという話だが、東京特別区の範囲内は十文字家による鉄壁の防衛体制が敷かれており、戦前となった今では環状七号線の内側は最早手が付けられない厳重さになっている。シンプルにつけ入る隙がなかったのだ。
代わりに目を付けられたのが、国際都市であり海外からの出入りが多く、都心からも近い横浜。国外から都心への密入国や長期の潜伏は無理でも、各所の検問に配置されている一般の警察官を女性士官の魔法による暗示で突破することは難しくないと見積もられていたし、最悪は強行突破で行けるところまで行って魔法発動という道も考慮されていた。
誤算だったのは、手配した盗難車の経路をたどって対魔装特選隊に居場所がバレたこと。
特選隊が車両を包囲していることに感づいた女性士官の判断で車は乗る前に放棄され、苦肉の策でまだ動いている公共交通機関を利用しての東京入りを目指したわけだが……
「……やむを得ません」
徒歩で移動できる距離にも限界があるし、何より本国からの指令は既に到達している。彼女らには時間がなかった。
最早進退窮まったと見て、女性士官はさらに計画を修正する。
プランC。
東京への到着も状況の好転も期待できない場合の最終手段。
「劉少尉。今こそ
「え」
女性士官が少女の額に触れながらそう告げると、少女――劉麗蕾は、森崎が困惑を言葉にするより早くだらりと脱力。続いて、ゆっくりとその顔を上げる。
そこには何もなかった。
先ほどまでの怯えた表情は消え、機械のような無表情が姿を現す。
それは女性士官の必要性そのものであり、確実な「動作」を可能とするための刷り込みの結晶。もはやそこに少女・劉麗蕾の意識はなく、ただプログラムされた行動――魔法を発動するために動く。
瞬間、麗蕾の身体から膨大なサイオンが噴き出すように現れ、急速に起動式を構築していく。
それを混乱と共に眺めていた森崎は、ゆえに女性士官が自分の背後に回り込んでいることに気づかなかった。
とすっ。
――それが刃物を突き立てられた音であると、森崎は最期まで気づかなかった。
「ぇ――」
サバイバルナイフで背中から心臓を一突き、続けてもう片方の手で口をふさぎ、首を掻き切る。
首から噴水のごとく血を噴出させ、膝立ちの姿勢だった森崎の身体が地面に倒れるのを(静音のため)そっと支えた時には、既に彼はこと切れていた。
魔法発動の準備は整い、現地調達した協力者は用済み。大亜連合に限らず、敵地に潜入している工作員からすれば当たり前のことだ。
尤も、この後は対魔装特選隊による「取り調べ」という名の拷問が死ぬまで続くことが確定していた森崎にとって、それは慈悲だったことだろう。
彼の幼さそれ自体は、殺される程のものではなかった。
だが彼は、踏み込んではいけない領域があるということを知らなかった。あるいは、自分なら踏み込んでいけると勘違いしてしまったのだ。
秘められた力の覚醒も、助けに来る仲間やヒーローも、年長者からのお説教も、断罪や後悔の時間さえも。
何もないまま、ただ当然の摂理として、森崎駿の人生はここで終わりを迎えた。
「……」
女性士官は森崎の死体から視線を外し、魔法が完成するまで存在する数十秒のタイムラグを埋めるため周囲を警戒。
それから数秒と経たないうち、女性士官は信じられないものを目撃する。
彼女は精神干渉……と言えば聞こえはいいが、いわゆる暗示の魔法を使う低レベルの古式魔法師である。適性が低く魔法単体では効果が足りないのを心理学、催眠術、薬物、マインドコントロールによって補う、いわゆるエセ占い師や霊媒師に近い技術を組み立てていくうち、やがて魔法無しでも十分な催眠能力を有するに至り、当局に魔法「じゃない方」を取りたてられた。
ゆえに、
組み上げられていく魔法式が、突如として撃ち込まれた巨大なサイオンの塊に叩き壊される様。
巨大な魔法が突然異常終了したことにより、反動で倒れ込む麗蕾。
注がれるはずだった膨大なサイオンが行き場を失い、嵐のようにその場を吹き荒れる様。
極彩色の奔流に視界を潰され、無秩序なサイオンが疑似的なキャスト・ジャミングとなって魔法を封じられる中、女性士官は反射的に麗蕾を庇おうと駆け出し――その眉間を大口径のライフル弾によって撃ち抜かれる。
それは路地や上階から撃ち込まれたものではなく、女性士官のいた場所から
対魔法師用ハイパワーライフル。その威力はボディアーマーどころか米軍スターズの障壁魔法を貫通するほどのものであり、無防備な人体が食らえば血煙と消えることになる。
女性士官もその例に漏れず、下あごのあたりから上が完全に
「無力化確認! 確保!!」
「確保!!」
動くものが居なくなったのを確認し、路地の周囲を囲んでいた特選隊の面々が続々となだれ込む。
死体2つは手際よくボディバッグに収納され、唯一の生存者である劉麗蕾は魔法を封じるための札と刻印魔法で作られた巨大な布で「おくるみ」状に包まれ回収されていった。
「…………っぶね……」
その様子を「マルチスコープ」を利用し遠隔でモニターしていた創一朗は、ひとまず最悪の事態が避けられたことに胸をなでおろし、脱力のあまり椅子から滑り落ちかける。
この結果をもたらすにあたり、創一朗は2つの秘匿技術を行使した。
1つは、マルチスコープを利用した広域での魔法探知。
その隙を埋めるため、マルチスコープによる拡張された視覚能力で魔法の発生=サイオンの流れを知覚することで、長距離からの魔法攻撃を防ぐのがこの技術だ。元々はアンジー・シリウス戦後、「もしブリオネイクによるビームを13kmくらい延ばされたら対策できないかも」と思い至った創一朗により開発された。
そしてもう1つが、疑似瞬間移動の技術を応用した「
元来、術式解体は「燃費と射程以外には欠点らしい欠点がない」と称される最強の対抗魔法だ。
一度に大量のサイオンを消費することと、対象との距離によって急速に減衰していくことが最大のネックであり、使えさえすれば、当たりさえすればあらゆる起動式・魔法式を吹き飛ばしてその発動をキャンセルでき、何より超能力を相手に「後出し」が成立するほどに出が早い。
この技は戦略級魔法師として莫大なサイオン量を持つ創一朗の得意技でもあり、そして数週間前の周公謹捕縛作戦の際、黒羽の双子との対戦が創一朗にインスピレーションを与えた。
疑似瞬間移動は、以下の4工程を高速で実施することで、実質的に瞬間移動したのと変わらないほどの速度で物体を動かす魔法だ。
①物体の慣性を消す
②物体の周りに空気の繭を作る
③その繭より少し大きい真空チューブを構築
④チューブの中を超高速で移動し、目的地に到着
これをヒントとして、自分の身体から目的地までの道のりに仮想のチューブを構築してガイドとし、撃ち出したサイオンを圧縮、外殻で覆って撃ち出すという方法で劇的な射程伸長と威力の向上を実現する。
創一朗の常軌を逸した視覚能力でなければ不可能な芸当である。その証拠に、これはのちに司波達也によって発明される徹甲サイオン弾に近い技術であり、創一朗自身も「
今日それを使ったのはぶっつけ本番の思いつきであり、何なら射程が伸びるのはあくまで副次効果のはずだが、結果的にその判断は功を奏した。国際会議場から横浜駅近くの路地裏まで約1500メートルの長距離狙撃に成功し、発動シーケンスに入っていた戦略級魔法を途中で止めるという大戦果を創一朗にもたらしたのだ。
これがなくてもマルチスコープによって位置の特定が出来ていたので横浜駅前で霹靂塔が発動するという最悪のシナリオは防げただろうが、特選隊によって劉麗蕾は射殺されることになっただろう。
――しかし、一仕事終えた創一朗は、ろくに休憩を取るのも許されなかった。
数分と経たないうち、会場を爆発音と揺れが満たす。
(来た……!!)
爆発音は断続的に続き、揺れが収まることもない。それでも創一朗は弾かれたように立ち上がり、会場に詰めている警備員たちに連絡を取ろうとし――逆に、無線機に連絡が入った。
「こちら榊」
「こちら一実*202*3。信号"赤"、繰り返す信号"赤"! 特選隊本部が襲撃を受けている、敵勢力は恐らく大亜連合の八仙とその部下、数約30!」
無線越し、銃撃戦と思しき轟音と共に山田から入ってくる情報に、思わず一瞬硬直する。
八仙。大亜連合の精鋭魔法師部隊として創一朗も名は聞かされていたが、本格的に原作に登場するのは本編完結後、メイジアン・カンパニーの時代になってから。現在はインド・ペルシア連邦方面で現地の魔法師と暗闘を繰り広げている筈だった。
「……被害は?」
「
その予想外の実力の高さに顔を引きつらせる。そんな連中が悠々と入国していることもそうだが、そもそも極秘のはずの特選隊本部に何故ピンポイントで襲撃を掛けられる?
思考の海に沈みかけて、すぐに対処が先だと思い直す。
「分かった、こっちは詩サンに任せてすぐ向かいます」
「頼むよ。恐らく道中にも大亜連合軍が展開しているだろうが、そっちは陸さんに任せておけばいい」
独立魔装大隊が来てるんだろ、という山田の言葉通り、現在論文コンペの会場付近には独立魔装大隊の面々が到着しつつある。違いがあるとすれば、産休中の藤林響子が不在なことくらいか。
山田と無線を繋いだまま、予備の無線機を使って次席の人間――風鳴詩に連絡を回し、さらに十文字克人と司波達也にもそれぞれ連絡を入れる。
(できれば司波達也に同行したかったが……やむを得ないか)
行き掛けの駄賃とばかりに会議場の入口へ向かってきていた一団と車列を「鉄槌」で叩き潰し、創一朗はその場を飛び出した。
移動している間にも、山田からの情報提供は続く。
「大亜連合のものと思われる艦艇が近海まで来ているが、展開している海軍に足止めされてるようだ。さっきから聞こえる爆音は流れ弾的なミサイルやロケット弾の類らしい」
どうやら、原作で上陸に成功していた偽装揚陸艦は、この世界では警戒中の海軍に捕まったらしい。それでもミサイルやらなにやらが着弾している当たり、かなりギリギリだったようだが。
「いくらかの部隊は現地に潜伏していたようだが、蜂起した段階で掃討が始まってる。攻撃方法がお粗末だね」
その報告を聞いて、創一朗は顔をゆがめる。本来彼らは、「霹靂塔」による都心へのEMP攻撃によって対応能力が麻痺したところをこれらの攻撃によって引っ掻き回されていたところだったのだ。
つくづく劉麗蕾を水際で食い止められて良かった。そう思い直した瞬間、続く報告が創一朗の顔色を失わせる。
「まずいな。日本中あちこちの基地と通信が繋がらなくなってる」
まさか。
「――――
2095年10月30日(日) 14時30分。
15時から予定されていた第一高校の発表が開始される以前。
原作のそれよりも60分早く、戦争の火蓋が切られた。