横浜で達也たちのもとを離れた創一朗は、会場周辺を一回りした後、対魔装特選隊の本部に戻った。
この日は非番だったが、本部を訪れたのは仕事みたいなものだ。
本部の入っている建物の1階、廊下の奥まったところにあるドアをカードキーと虹彩認識で解錠し、中へ。
二重の自動扉が開くと自動で室内に照明が灯り、4畳半ほどの狭い部屋を埋め尽くす電子機器の数々と、中央部に辛うじて用意されている簡素な椅子が目に入る。
対魔装特選隊の本部には「上」から降りてくる命令や連絡事項をやり取りするため、国内でも最高クラスの強度を持つ暗号通信設備が用意されている。
ここと、後は同レベルの秘匿性を有する特殊部隊の拠点、四葉家関連設備、いくつかの大使館と官公庁、首相官邸そして国際魔法協会くらいしか比肩する設備のない最新型の通信機器を起動し、データを入力。
数回の呼び出し音がコールした後、画面には車いす姿の女性が映った。
「久しぶりね」
「ご無沙汰してます、澪さん」
日本では唯一の国家公認戦略級魔法師、俗に言う「十三使徒」の一角、五輪澪である。
「ご無沙汰のままの方が良かったかもしれないわ。わたしが忙しいのは戦争の時だけだもの」
こないだも公安の小野って人が家まで来たわよ、とツッコミを入れて来る澪の、相変わらずの切れ味の鋭さに苦笑しつつ、しかし言葉とは裏腹に嬉しそうにしている澪を見やる。
これからの戦争を手伝えって話だろ? と言外に伝えてくる様は、流石戦略級魔法師として長年勤めてきただけはある貫禄だ。とはいえ中学生と間違われるほど華奢で童顔な彼女では、「ふてぶてしい猫」のような可愛げが前面に出てしまうのだが。
「……スイマセン、ご賢察の通りです。軍として、五輪澪殿にお力をお借りしたい」
「貴方はただのメッセンジャーでしょう。謝ることないわ」
澪は一見するといつものけだるげな様子だが、瞳の奥にかすかな困惑、あるいは恐怖が宿っていることを創一朗は見逃さなかった。
「本来なら、直接会ってお伝えすべき所ですが」
「本当よ、手のひとつでも握ってくれなきゃ割に合わないわ。これはこういう時役に立たないんだから」
この文脈での「これ」は、澪の後ろで車いすを押している自分の弟を指すのだろう。彼女は今も、バリアフリー等の兼ね合いで、世話を買って出ている弟と共に東京の別宅で暮らしているらしい。
その弟だが、確かに父親譲りで人畜無害そうな顔をしており、姉からの散々な評価を受けても特に堪えた様子もなく頭を掻いている。
七草真由美との婚約話が破談になったという長男しかり、五輪の男は穏やかすぎて女性陣から見ると頼りないのかもしれない、と創一朗は思った。少なくとも婚約の件は創一朗のせいなのだが、本人に自覚はない。
「相変わらず容赦ないですね、ちょっと安心しましたよ」
「別に好きで言ってるわけではないのよ? 皆があなたくらい頼りがいがあれば良かったのに」
世界大戦が終わってからも、何かと侵攻や紛争に事欠かない時世である。創一朗の時代からは想像もつかないほど、強くて頼りがいのある男への需要は高い。
それに加えて魔法師特有の価値観として、魔法力が強い者をより魅力的に感じる本能が彼らにはある。普通の人間でいう所の「足が速い」とか「顔がいい」とか「身体が引き締まってる」とかに相当する評価点だ。
学生の場合、原則として魔法力の強さ=スクールカーストの高さ(例外:司波達也)なので、ここに「一軍グループ所属」がさらに加点される。「強力な魔法師は美男美女」という言説は統計的にも事実だが、魔法力が強大だから魔法師には美しく見えているという部分も少なからずある。
元をただせば、第一高校の二科生差別だって性欲の裏返しだ。
ただのエンブレムの有無があそこまで燃え上がったのは、それ以前からうっすらと燻っていた格下への嫌悪感が「形」を持ったから。土地柄古式魔法師の多い第二高校でも体育会系で男社会な第三高校でもなく東京だけ極端に差別心が強いのも、そういう導線を引くことで理解は容易になる。
余談だが、司波深雪の美貌は確かに、素の状態でもそこらのアイドルやモデルを凌駕する領域にある。その上で、魔法師から見るとその絶大な魔法力が魅力として換算されるために、彼らの価値観では最早人外の美に片足を突っ込んで見えている。
だが、それを外から観測している非魔法師であるところの視聴者・読者には魔法力は感知できないので、普通の美少女としてしか観測することはできない。魔法師でなければ、彼女の美しさを正しく理解することはできないのだ。
そもそもの話だが、彼ら現代魔法師は研究所で作り出され、その魔法力の強さでもって成功作と認められてきた。
自分たちは生き残った。魔法力に劣る同胞が数えきれないほど廃棄され、数字を奪われ、壊され、時には自ら蹴落として各地の地獄を生き残ってきた。
魔法力に劣ったものは生き残れない。そのことを魂の奥底にまで刻まれている彼らが、生き残って遺伝子を繋げていくために魔法力の多寡を基準とすることは当然の帰結であった。
閑話休題。絶大な魔法力を有する創一朗に対し、澪は身内から見ても信じられないほど甘えを見せていた。
澪ほどの魔法力を持って生まれると、身内を含めた周りの男が全員格下として魔法力由来のマイナス補正がかかって見えているわけで。自覚の有無にかかわらず、創一朗という存在は彼女にとっても劇薬だったのだろう。
「それで、わたしは何をすればいいの?」
「侵攻が予想される大亜連合軍に対し、"深淵"を使った攻撃をお願いするかもしれません。タイミングと場所はこちらで連絡します」
「貴方が居るのにわたしの備えも必要なの?」
澪の発言はもっともだ。
彼女は身体が虚弱であるために、創一朗の台頭と合わせて戦略級魔法師としての任は事実上解かれていた。
現在は名目上だけの存在として式典などに出席するのみで、"深淵"の使用は想定されていなかったのだ。
「……自分の"深淵改"は、発動に少なくとも8時間のインターバルが必要です。また、海軍の通常戦力は決戦を避けて補給の破壊とハラスメント攻撃に徹します。やりあったら勝てませんからね」
発動時のインターバルについては、M機関でも実際に発動に立ち会っている桝田と真砂少将くらいしか知らない本当の機密事項だ。それを開示する程度には、彼女の戦力は未だに必要とされていた。
言いながら、テレビ通話の画面に資料を共有。
日本全土の沿岸と、その沖合が何重かの線で囲われており、敵艦隊を想定しているのだろう、小さな駒がいくつか浮いている。
「そうすると、複数個所からの同時上陸を企図された場合、博多、横浜、東京、仙台の少なくとも1カ所は火の海になってしまう。これを避けたい」
創一朗の発言に合わせて矢印が引かれ、駒が動く。
現代の戦闘艦は火砲の高威力化・長射程化が進んだことで、一周回って「艦砲」が無視できない対地戦力として復権を果たしている。
世界大戦を通じて炸薬の性能にはブレイクスルーが起こっており、21世紀初頭の常識が通用しないほどに小型・高威力・安価になった。
その結果、ただでさえペイロードの大きな艦艇には信じられないような量のミサイルや榴弾や爆雷が搭載されるようになっている。
巡洋艦クラスが2~3隻沿岸部に近づいただけで、フレミングランチャーによって機関砲と見紛う速度で投射される榴弾により、あっという間に沿岸部の市街地と港は火の海に変わり、ミサイルによって航空基地が破壊される。民間人を故意に戦闘に巻き込まないという規定は、20年続いた絶滅戦争を経てすっかり形骸化しており、まともに考慮する気があるのは米軍と日本軍くらいである。
もちろん、インフレしたのは艦艇だけではない。戦闘機のミサイル性能も凄まじい高威力と追尾性を持っているし、爆撃機が投下する爆弾の殲滅力もかつての比ではない。
問題なのは、殺傷力を増し続ける現代兵器に対し、一般の住居や工場の強度向上が全く追い付いていないということ。
1機の撃ち漏らし、1隻の奇襲、1人の魔法師がもたらす破壊と殺戮の規模は大戦を通じて拡大し続け、第二次大戦の時には不可能とされた「無差別爆撃による生産機能の破壊」が現実的なラインまで来てしまった。
「"深淵"あるいは"改二"の使用には充分な水深が必要になります。ある程度沖に居るうちに使わないとダメだ」
深淵の発動限界水位が記載される。これらの魔法は水面の形状への干渉である以上、水深の浅い場所で使うには沿岸部ごと津波に飲み込む必要があり、一度沿岸に取り付かれてからは対応力が落ちる。
「本土に上陸されるだけなら、陸軍と沿岸部の防衛装備で最終的にはどうにかなるでしょう。でも仮に通常兵器で撃退に成功するとしても、随伴の艦隊によって周囲の町が火の海にされる」
創一朗がその少し後ろに、もう一本線を追加した。
「この範囲を絶対防衛圏とし、敵艦隊がこれを越えると判断された場合には、澪さんにも戦略級魔法での攻撃をお願いします」
この日、創一朗が秘匿回線まで使って話を付けたのは、この件であった。
自分でお役御免にしておいて、いざとなったらやっぱり助けてくださいという軍の自分勝手さと、戦略級魔法師をフル稼働させざるを得ない国防体制の歪さの表れであった。
「分かりました。でも条件があります」
果たして澪は、創一朗が覚悟していたよりはあっさりと頷いた。
「お聞きします」
「今度の出動を最後に、魔法師としては完全に引退させてもらいます」
言い切った澪は、何か決意を固めた表情で創一朗を見つめる。
「分かりました。手配します」
「……はぁ、お見通しって感じね」
澪の言う通り、これは軍が予め想定していた譲歩案の範囲内だ。
「海軍としては、今回の戦争で戦略魔法兵器が使用される場合、周辺の仮想敵国の継戦能力を根こそぎ破壊し尽くす覚悟です。それが済めば、あとの事は軍人の領分だ。今度こそお任せください」
場合によっては国家ごと破壊することになると、その言い方で伝わったのだろう。
澪は何も言わず、ただ溜息をもう一つ吐いた。
「……ところで、これは軍務とは無関係な質問ですが」
「何?」
「引退後の進路は、もう考えてるんですか?」
問われて、澪は「我が意を得たり」と笑う。どうやら聞いて欲しかったらしい。
「実は前々から考えてたのよ。この身体で働くのもしんどくなってきたから、軍のお勤めから解放されたら家庭に入ろうと思って。今までとこれからの実績を考えれば、それくらいのわがままは通るでしょう?」
澪としてはかなり露骨な発言のつもりだったが、創一朗はしかし素直に「そりゃいい」と思った。
虚弱体質の澪に無理をさせるのは創一朗としても心苦しいので、仕事から解放されるもんなら後は好きなようにしてほしかったからだ。
「まぁ、あと何年生きられるか分からないこの身に引き取り手があればだけれど」
「澪さんならどこでもひく手あまたですよ。俺が保証しますって」
「…………まあ分かってたわ、貴方はそういう人よね」
政治的アレコレと出自の問題、何より自分の素顔を考えれば、自分は候補にも入ってこないのは寂しいところだが、長く魔法のイロハを教わった師匠にして恩人の門出を、創一朗はきちんと祝うことができる。
「さしあたり、父を通じてお見合いの段取りをお願いしてる訳だけれど……これは時間がかかりそうね」
澪がさらにもう一つ溜息を吐くと、創一朗の頭上にははてなマークが上がることになるのだった。
レ〇プしかしてこなかった人に恋愛の駆け引きはムリですよ
クソボケなりに素直に初恋の人の門出を祝福出来てるだけ大したもんです