(政府の)犬です、よろしくお願いします   作:TE勢残党

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78 最後の休日②

「なるほど、不審者役ですか」

 

 時間は少し戻り、10月中旬。

 

 創一朗らのいる守衛詰所を訪れたのは、相変わらず凄まじい威圧感と貫禄を持つ男子生徒、十文字克人だった。

 

「ええ。警備を職務としておられるお2人ならば、学生である自分よりもより質の良い経験を得られると考えております」

 

 彼の依頼は、直近に迫った論文コンペに向け、一校有志で構成される警備隊を鍛えて欲しいというもの。

 

 長期の依頼ではなく、ある種のエキシビションマッチのように、敵=不審者役で1日ほど訓練に参加して欲しいという内容だった。

 

「最終的には上の判断になりますが、多分いいお返事をできると思いますよ」

 

 創一朗がそのように返したのは、上役、ここでは対魔装特選隊本部が許可を出すという自信があったためだ。

 

 何しろ論文コンペには、自らの監視対象である司波達也が一高代表で選ばれている。会場警護は創一朗らも参加する段取りなので、生徒たちはいわば現地協力者。訓練して多少なり動きが良くなってくれるなら上は否と言わないだろうと確信していた。

 

 そして、彼と同席している風鳴詩も同様だ。当初、彼女は陸軍情報部第三課所属の諜報員として、スポンサーであった七草家の命で創一朗の取り込み工作のため送り込まれていた。しかし情報部が粛清の荒波に飲み込まれ、統合軍令部直属の情報機関として再編された現在では、彼女の任務は一度宙に浮くこととなった。

 

 それで彼女が本部に帰還していないのは、新たに下された任務が「司波達也の監視」、つまり創一朗の援軍であったためだ。

 

 ちょうど第一高校潜入中の身分を活かしての指示だったが、詩としても現在の立場が気に入っていたし、模擬戦を経て強さを「わからせられている」創一朗の下に付くのは望ましかった。

 

「どうですかぁ主任、この後打ち合わせを兼ねて飲みでも?」

 

 克人との話がまとまった後、頃合を見計らったように詩が誘いをかける。

 

「えーっと……うん、良いですよ」

 

 創一朗は一瞬行動予定を確認(視線と脳波を利用したコントロール技術により、バイザーの内側にHUDとして表示されている)し、仕事の後特に予定がないのを確かめると快く誘いに応じた。

 

 この手のお誘いは入学編初期の時分から頻繁に行われていたが、その時は彼女が情報部の回し者であることを知っていた創一朗がほぼ全て断っていた。

 

 創一朗のガードが下りたのは、詩の所属が変わって友軍側になってから。余談だが、詩本人は『この人とお近づきになれるんだったら七草家を裏切った甲斐もありますかねー』などと言い出すレベルで創一朗に入れ込んでいる。彼女やエリカのように(闘争)本能に強く従うタイプの魔法師にとって、創一朗は非常に魅力的であるらしかった。

 

「せっかくだから他部署の連中も誘――」

 

「あ、すいません予約したいんですけど、はい、はい2人で」

 

「詩サン?」

 

 この日は金曜日だった。

 

 この後、何かと理由をつけて三次会まで付き合わされた創一朗は、しかしわざとらしく酔い潰れて見せた詩をキッチリと自宅まで送り届け、月曜朝に脛目掛けて渾身のローキックを叩き込まれることとなった。

 

 この時、2人連れ立って退勤していくところを偶然にもエリカが目撃しており、彼女が「心残りを無くす」決意をするのにひと役買うこととなったが、それを知る者は今のところエリカ本人だけだ。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「ぐぁっ!」

 

 ありきたりな悲鳴とともに、また1人男子生徒が崩れ落ちる。

 

 ここ数週間、放課後には部活連と風紀委員が主導する形で、来る論文コンペに向けた訓練が行われていた。

 

 普段は中核メンバー以外の参加率はほどほどといった所だが、この日はほぼ全員どころか、風紀委員でも部活連執行部でもない生徒有志までも訓練に参加しており、ちょっとした校内大会のごとき熱気を発していた。

 

 というのも、この日の訓練には普段学校の警備を担当している榊創一朗主任と、風鳴詩が参加している。

 

 見た目の厳つさに反し気さくな人柄で運動部に人気な創一朗と、マジック・アーツ部伝説のOGとして今も部活連生徒を中心に畏敬を集める詩の組み合わせは、この人だかりがそのまま人気の多寡を表している。

 

 普段は何かと理由を付けて訓練に来たがらない生徒や興味本位で来たのだろう非戦闘系の生徒までも参加希望が殺到し、結局当初予定されていた人員よりかなり多くの人数がこの訓練(模擬戦)に参加することとなった。

 

「くっ……これなら!」

 

 またしても仲間が一人減ったことを確認し、木の上に陣取った服部はなんとか敵の姿を捉えようと躍起になる。

 

「はい、ウカツに高い所に上らなぁい」

 

 その背後、「空気甲冑」の応用で光学迷彩を纏い身を隠していた詩が、服部に「膝カックン」をしかける。

 

 自分以外に人がいると思っていなかった服部は見事に引っかかり、ずっこけた所を抱き上げられ、詩はそのまま地上へ向けて飛び降りる。

 

「わ、あああ!!」

 

「こういうことされちゃうからねぇ」

 

 服部の頭部を下に、人体でサーフィンするような体勢で木から飛び降りた二人は、しかし地面に接するより早く詩の魔法により減速、ゆっくりと地面に降りる。

 

「はは、怖かった? 減速が間に合わなかったら死んでるもんねぇ」

 

「……っ」

 

 服部は咄嗟に答えることが出来なかった。

 

「警備の人間は、直接標的になることは稀。でも当たり前だけど、犯罪者や暴徒としては”別に死んでもいいや”と思ってるからねぇ。こういう乱暴なことをされても、冷静に対処できるようにならなきゃ」

 

 背中をぼんぼん叩きながら、いつものへらへらとした笑みで告げる。

 

「で」

 

 笑みが消えた。

 

「落ちてる最中、なんで魔法を発動させなかったの?」

 

「そ、れは」

 

「はっきり喋って?」

 

 しどろもどろの返答を切り捨てるように問う。

 

「気が動転して魔法を使う余裕がなかったためです」

 

「じゃあどうするべきだった?」

 

「咄嗟の時に攻撃魔法が出せるよう、備えておくべきでした」

 

「それだ。備えるっていう考え方がよくない。予想外の攻撃にも対処できるようにならなきゃ」

 

 詩は持ち前の分析力によって、この短時間で服部の性質をおおよそ掴んでいた。

 

「君は頭がいい。細かい動作や複雑な動作には向いてるけど、0.1秒が勝敗を分けるようなレベルの、咄嗟の判断の時にも頭で考えてしまってる。自分の得意を押し付けられる格下相手では無敵、準備すればするだけ強くなるタイプ、官僚向きだね」

 

 詩の分析に、服部は半年ほど前の司波達也との模擬戦を思い返していた。

 

「でも、戦いはそんなにお行儀のいいものではないから。殴られた時だけは考えるのが悪手になるよぉ。とにかくまず、反射で殴り返せるようにしなきゃ、兵士は務まらないかなぁ」

 

 一方の服部は、何やら難しい顔で考え込むばかりだ。

 

(ちょっと脅かし過ぎましたかねぇ?)

 

 芝居がかった手つきで頤に指を当て、考えるそぶりを見せた後、何やら悪戯っぽい笑みを浮かべる。

 

「ところでこの技、服があると透明化の難易度が上がるから今全裸なんだよねえ」

 

「えっ!?」

 

 服部は純朴な男だ。突然の爆弾発言を受けて、顔を真っ赤にしてガバリと振り返る。

 

「うっそ~」

 

 そこには魔法を解き、いつもの警備員としての制服姿に戻った詩がニヤついた顔で手をヒラヒラしていた。

 

「元気でよろしい! 今ので怖さはどっか行ったかな」

 

 じゃ、頑張んな~と言い残してさっさとどこかへ消えていく詩をよそに、当の服部は脳のなにか大切な部分が焼かれる感覚を味わっていた。

 

(あんなんで騙されてるようじゃあまだまだですねぇ)

 

 彼女は白兵戦の世界的スペシャリストであるため、そのまま戦うと勝負にならないからとかなり手加減している。

 

 足首には鈴が巻いてあるし、使う迷彩も光学のみの不完全な状態に制限してある。本来なら、音やにおいもまとめて消した上で、意識誘導の魔法を絡めて使うものだ。

 

 気付けるようならご褒美として、多少サービスしてやってもいいと考えていた詩だが、服部ではせいぜい「揶揄うと面白い音が出るおもちゃ」の域は脱せられないようだった。

 

「んふふ、七草のお姫様が気に入るわけですねえ」

 

 素直で純情であることはどちらも悪いことではないが、詩は服部の態度から、かつてのクライアントの娘が何かにつけて遊んでいるのも少しわかるような気がした。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

「これで……何人目だ?」

 

 一方、演習林の反対側。

 

 すっかり伸びてしまった桐原と適当に縛られている辰巳をよそに、創一朗は余裕綽々と言った様子だ。

 

 創一朗もまた、まともにやってしまうと勝負にならないからと、かなり戦い方を選んでの参戦となっている。

 

「さて、次か……」

 

 彼に課された条件は、「フィジカルブースト」以外の魔法の禁止。要するに、身体能力だけで相手を倒し続けていた。

 

 今回の想定は、生身だが高い身体能力を有する不審者だ。魔法師に限らず強化人間やら外骨格やらジェネレーターやら、魔法科高校の生徒にとって戦う機会の多い相手であった。

 

「全く……随分派手にやってくれたな」

 

 警護対象と設定されているテントまでゆったりと前進を続ける創一朗に対処するため、新たな生徒が立ちふさがる。

 

「……よく参加しようと思いましたね」

 

「委員会から解放されて時間に余裕があるんですよ」

 

 先代風紀委員長、渡辺摩利。

 

 一高三巨頭の一角がそこに居た。

 

「前々から、一度試合をしてみたいとは思ってました」

 

「千刃流って皆こんな感じなの?」

 

 創一朗の「マジレス」には返すことなく、摩利はスカートに深く入れているスリットをかなり危ないところまで開き、内側で折りたたまれている刃を展開させる。

 

「行くぞ!」

 

 しかし、摩利が掛け声を発すると同時に飛び込んで来たのは、彼女ではなかった。

 

「"パンツァー"!!」

 

 掛け声とともに飛び上がり、硬化された拳が突き出される。吉田幹比古の術式によって隠れ、機を伺っていたのだ。

 

 創一朗は驚いたふうを装って、わざと遅れ気味に拳に対応する。

 

 ゴ、と鈍い音を立てて、レオの拳が創一朗の額を捉えた。

 

「んなっ……」

 

「この方が早い」

 

 古い時代、まだボクシングがグローブを着けない殴り合いだった頃。

 

 拳に速度が乗り切る前に飛び出し、あえて額で受けるという防御方法は主流だった。

 

 しかし、創一朗が反撃に動くより早く、彼の足元が不自然に陥没する。

 

「うぉっ」

 

 幹比古の精霊魔法。局地的に土を柔らかくして踏ん張りを利かなくしたのだ。

 

 創一朗がバランスを崩したと見た瞬間、摩利が自らの刀を振り上げて迫る。

 

 圧斬りとの併用によって1度の斬撃で複数個所を同時攻撃する「童子切り」。

 

 飛来する斥力の刃を身をよじってかわしつつ、創一朗は右手で摩利の刀を掴む。

 

「圧斬りだぞ!?」

 

「刃物くらいじゃなあ」

 

 模造刀とは言え、圧斬りによる強化がかかった状態の摩利の刀は一時的に真剣と相違ない破壊力を得ている。

 

 それを素手で掴んだまま「ギギギ」と音を立てて刀を歪ませると、指先に「フィジカルブースト」を発動させ(たフリをし)て刀をへし折る。

 

 折れた刀の破片を投げつけてレオをひるませ、さらに足元に向けてサイオンの塊を打ち出す。

 

 術式解体ほどの圧力はないが、周辺にまとわりついていた精霊たちが混乱し、干渉が止んだ。

 

 それを確認する間もなく、創一朗は地面を蹴って飛び上がる。

 

「跳んだぞ!」

 

 少なくともここに集められた有志たちは、前衛の面々が止められた程度でひるむようなタマではない。

 

 飛び上がって姿をさらした創一朗をめがけて、早速次なる手が打ち出される。

 

「これでも食らいなさい!!」

 

 千代田花音による砲撃魔法。

 

「げ」

 

 移動魔法によって吹き飛ばされた一抱えもある岩を前に、流石の創一朗も苦笑いしたが、身体の動きは衰えない。

 

 創一朗めがけて飛来する岩に足を引っかけ、駆け上がるようにさらに上へと跳び上がった!

 

「うっそお!?」

 

 驚きのあまり声を上げた花音を捕捉し、真下に来ていた岩を蹴り砕く!

 

「ふぎゃっ」

 

 散弾となった岩が降り注いだことで、大技の後で防御の間に合わなかった花音がダウン。

 

「"ジークフリート"ぉ!!」

 

 レオは全身の細胞に相対位置の固定=変化への耐性を付与する「ジークフリート」を発動して対抗を狙うが、その時には着地した創一朗が拳を構えている。

 

 ゴギャアッ!!

 

 とても人体が出すとは思えない轟音を響かせて、レオの身体が大型トラックにはねられたような勢いで吹き飛んだ。

 

「……あれは、無事なのか……?」

 

「大丈夫ッス!!」

 

 思わず心配を口にした摩利を安心させるように、レオは吹き飛んだ先で腕を振る。

 

「……ありゃ本当に人間か?」

 

 拳を叩きつけた創一朗は創一朗で、痛みで手をヒラヒラさせている。

 

「とはいえ、これで西城も撃破判定か……ここまでだ。後は任せたぞ十文字」

 

「ああ、任された」

 

 結局、創一朗の快進撃は、防衛側が最終兵器として十文字克人を投入するまで続き。

 

 そして、克人の展開したファランクスに有効な攻撃を持たない創一朗と詩の降参によって、訓練は幕を閉じることとなった。

 

 このほか、克人ひとりVS有志全員による模擬戦も行われたものの、「ファランクス」を突破できる手札が存在しなかったために結果は変わりない。

 

「いつつ……なんつーパワーだ、どうやったらそんなパンチが打てるようになるんスか?」

 

「あんな精霊の散らし方があるなんて……」

 

 ただ一人、戦後に周囲を囲まれている創一朗だけが(幹比古はちゃんと覚醒してるみたいだな)と満足気であった。

 

 同時に、残念がってもいた。

 

「あと2週間もする頃には、恐らくこの中の何人かが死ぬだろうな」と。

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