(政府の)犬です、よろしくお願いします   作:TE勢残党

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77 最後の休日①

「で、エリカ。なんだい話って」

 

 金曜日の放課後。

 

 部活なり生徒会に勤しむ生徒の多い第一高校では、この時間でも校内はそれなりの活気にあふれている。

 

 学食やカフェテリアにたむろしている生徒も多く、一般的な価値観では内緒話に向いているとは言い難い。

 

 と言う訳でエリカ達3人は、駅前の喫茶店「アイネブリーゼ*1」を訪れていた。

 

「ってアンタ、この状況で食べる気?」

 

「おお、部活前にハラごしらえをな」

 

 エリカが呼び出したのは、同じクラスの吉田幹比古と西城レオンハルト。

 

 レオはこの後学校に戻って部活(山岳部)に精を出すつもりらしく、運動を見越して注文したホットサンドを頬張っている。

 

「レオ……このために弁当用意したとか言ってなかったっけ」

 

「んぐ、あーあれな、今日朝練あったから早弁しちまって」

 

「1限の前に何か食べてたからまさかとは思ったけど……」

 

 そのエネルギー量から来る体力がレオの取り柄であり、友人に話があると言われれば部活の練習を抜けて来てくれるのがレオのいい所だった。

 

 ちなみに最近は、創一朗に触発されて筋トレメニューを増やしているらしい。

 

「あー……まあいいわ。二人とも、明日生徒会が論文コンペ会場の下見に行くのは知ってる?」

 

「おう、達也がそんなこと言ってたな」

 

「僕も聞いた」

 

 二人の反応を受けて、エリカは一つ頷くと、ニヤリと笑って提案した。

 

「あたしたちも行かない?」

 

「勿論行くぜ! って、もしかしてそれ聞くために呼んだのか?」

 

「それもあるけど、()()()が本題」

 

 そう言うと、エリカは少し逡巡して見せた。

 

「……なるほど」

 

 すると、幹比古がそれとない手つきでテーブルの裏に何かを貼り付け、周囲からの認識を阻害する。

 

「これでいいかい?」

 

 古式の魔法は現代の探知機に引っ掛からない場合が多いとはいえ、堂々と停学ものの校則違反をやってのける幹比古を見て、エリカは一瞬あんぐりと口を開けた後、堰を切ったように笑いだした。

 

「あっはははは! 頼もしすぎ! あんた夏の間に一体どうしちゃったの!?」

 

「どうもしてないよ。必要と思ったことをやってるだけさ」

 

「へぇ~、随分カッコよくなっちゃってまあ」

 

 白巳も罪な女ねぇ、という言いぐさを口に出さない程度に、エリカは幹比古の変化を好ましいと思っていた。

 

 イップスに苦しんでふさぎ込んでいたかつての幼馴染はもういない。また昔の、神童と呼ばれ自信に満ちていた頃の幹比古が帰って来たのだ。

 

 元々、実力はとっくに戻っていた。そもそも当の「事故」――吉田家に伝わる星降ろしの儀の失敗――自体、失敗こそすれ幹比古本人にマイナスの影響は与えていないとすらエリカは考えていた。

 

 彼は魔法的感覚が狂ったというが、その素質が失われた訳ではないとエリカは持ち前の知覚力で知っていた。

 

 事故の日。幹比古は()()()()()()()のだ。覚醒したと言ってもいい。

 

 だから術式の展開が早すぎて、古式の魔法形態では追いつかなくなっていた。その状態を「スランプに陥った」と思いこみ、逆に術式の難易度を下げて調整してしまった。その繰り返しの結果が一学期の体たらくだ。

 

 それが薄々分かっていたからエリカは彼を見放さなかった。

 

 剣術道場の娘である彼女の信条として、この手の壁は自分で気づいて乗り越えないと意味がないと知っていたし、門外漢の自分があれこれ言ったところで事態を悪化させかねないとも分かっていた。だからエリカは何も言わずに見ていた。

 

 幹比古に必要だったのは自信だ。「自分はスランプである」という思い込みを捨て、本来の実力に合った魔法を構築することさえできれば、彼はいつでも飛躍できた。

 

 原作では、達也の解析とモノリスコード新人戦優勝と言う実績によって。そしてこの世界では、異性(榊白巳)からの承認によって、彼はそれを満たしたのである。

 

「ありがと。じゃあ結界張ってもらったところで本題」

 

 エリカがスっと目を細める。

 

 重大な要件であることを察し、レオと幹比古も居住まいをただした。

 

「多分、横浜は戦場になる」

 

 エリカの告げたことは、二人にとって意外ではなかった。

 

 だが目を逸らしていたことでもあった。

 

「……大亜連合かい?」

 

 唇の渇く感覚に抗うように、幹比古が聞き返す。

 

 それ以上黙っていたら、いよいよ喉が張り付いて喋れなくなる気がしたからだ。

 

「ええ。根拠や情報源は言えないけど、そうなると考えた方が良い」

 

 言い切ったエリカに対して、二人は難しい顔でそれぞれ考え込む。

 

「……つまり」

 

 口を開いたのは、レオが早かった。

 

「来週会場に行けば、大亜連合の正規兵と一戦交えることになる訳か」

 

 そう。この三人は論文コンペに選ばれていないし、風紀委員主体の会場警備にも選出されていない。

 

 観客として出向くかどうかは任意であり、彼らには「行かない」という選択肢が存在する。

 

「ええ。でも勘違いしないで。私が教えたのは、二人に選んでもらうため」

 

「……何を?」

 

 幹比古の問いに、エリカは重々しい口調のまま答える。

 

「死地に、()()として赴くかどうか」

 

 ここで言う戦士とは国際法上の話ではなく、心構えの問題だと、二人は正確に理解した。

 

「魔法師は立場が曖昧だから。巻き込まれた一般人として避難することと、戦士として敵に立ち向かうことを、あたしたちは選べる。……避難することを逃げることだと、あたしは思わない。その上で、二人がもし行くなら、覚悟を決めて来て欲しい」

 

「死ぬ覚悟か……」

 

 レオの呟きは返答を期待してのものではなかったが、エリカはそれを訂正した。

 

「いいえ。覚悟があろうとなかろうと死ぬときは死ぬ。必要なのは()()()()よ」

 

 本来なら。彼らが普通の高校生なら、それはちょっとした小説の一節のようなもので、大真面目なエリカを笑ってやればよかった。

 

 だが彼らは、国防の一翼を担うことを世間から、国家から強く期待される()()()()()()()()()だ。

 

「偉そうに言ってるけど、あたしだって実戦経験がある訳じゃない。結局のところどうなるかは1人斬り殺してみるまで分からない。それでも、そうなるかもしれないと思ってるのとそうじゃないのとでは、全然違うと思うから」

 

 それだけ告げて、二人が答えを返す前にエリカは席を立つ。

 

「用事はそんだけ。別に決意表明を聞きたい訳でもないし、明日横浜で会いましょう」

 

「あ、おい。お前はどうすんだよ」

 

「あたしは……心残りを無くしてくる」

 

 つまり、来るかどうかが答えになるということ。

 

 エリカが喫茶店を後にした後も、レオと幹比古は表情を変えずに考え続けていた。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 2095年10月23日(日)。 

 

 世界が人知れず動き出している中で、しかし日本の首都圏における平和は、今のところ保たれていた。

 

 日本海沿岸を中心に一部気の早い私立学校などでは無期限休校の判断も出始めているし、民間企業はどこも戦時増産で大忙しだ。

 

 それでも、戒厳令や動員令が(少なくとも公的には)掛かっていない現状では、公的機関は普段通り動いている。スーパー等の小売店は連日パニック買いの長蛇の列で、混乱防止のため大型店舗には地元の警官が誘導に駆り出されているが、物流は一応維持されていて配給制にはなっていない。予備役動員はかかっているが、徴兵はまだだ。

 

 高度化の続く戦争で素人が役に立たなくなりつつあるのもそうだが、日本の場合海と空の戦場に全てを賭ける方針のため、徴兵経験があるでもない陸戦兵力を増やしてもあまり意味がないのである。反対に、港が失陥するなどして本土決戦に移行すれば、決号作戦もかくやの根こそぎ徴兵が準備されている訳だが。

 

 他方、一条家と彼らの下についている地元住民が事実上の民兵組織にあたるが、構造上政府がお墨付きを与えられない状況が続いている。あくまで黙認、ボランティアで勝手に備えている義勇兵、そういう立場であった。

 

 そのため、町は見た目上普段通りに運営されている。国立大学付属校である魔法科高校も同様だった。

 

「正直、学校行事くらい中止にしてもいいと思うんだがな」

 

 消極的に見えて「学生であること」にはそれなりに拘りのある達也がこうぼやく程度には、強硬な決定と言える。

 

 つい昨日、日本政府は大亜連合と断交状態になったと発表した。時期を同じくして日本政府が運営していた「引き上げ船」も最終便が出港し、民間航空機の発着陸にも大幅な制限が掛かり始めた。日本に所在している大使館も急ピッチで在日各国人の引き上げを実施しており、大使館ごと引き上げていったところもあれば、避難勧告を出すにとどめている国もある。

 

 達也は軍部で観戦武官の受入交渉が始まっていることや、魔法協会が監視団を編成しているらしいことも(四葉家経由で)耳にしていた。いよいよ戦前である。

 

「観客数も限定的だし、正味一カ所に集まっててもらった方が守りやすいからな」

 

 これが九校戦なら止めてたさ、と達也に返答するのは、何故か達也の隣に現れた榊創一朗だった。

 

「……なぜここに?」

 

「日曜だからだよ。情勢がアレなんで観光し納めに来たが……知ってる顔を見かけたから声をかけた」

 

 欺瞞だ。

 

 論文コンペを来週に控え、生徒会と風紀委員メンバーを伴って会場の下見に訪れていた達也たちを監視しにきたことは明らかである。

 

「というか、休みの日でも2人一緒なのな」

 

「当然だろう。何かと物騒だからな」

 

 相変わらずのシスコンぶりを発揮する達也。

 

 だが、その隣に控えている深雪は複雑そうな表情というか、距離感を測りかねている様子だ。

 

「なんだ、俺の顔に何かついてるか? 火傷以外で」

 

「……いいえ、何でもありません」

 

 創一朗のギリギリのジョーク(何かの拍子で素顔を知ったのかという確認を含む)にも反応が悪く、しかし彼女は睨んでくるでも普段通りでもない。

 

 ついこの間自分たち一族に連なる人間を半死半生に追い込んでくれた相手である。何食わぬ顔で接している達也と創一朗の方が異常と言えた。

 

『軍は四葉家と司波達也を別の存在として考えている。そして、配慮に値するのは後者のみである』

 

 それを態度で示してきた創一朗に対して、達也は本家に事の顛末を報告した時のことを思い出した。

 

 失態により縮こまっている黒羽家、屈辱に震える他分家、今回は達也も、その渦中にいた。

 

 津久葉の強硬論を新発田が制止し、反対に静と椎葉は政府への従属を唱え、黒羽は「失態を演じた手前、本件について発言する資格を持たない」として意見を辞退。

 

 結局、当主である真夜の一声で「新たに立ち位置を模索」という当初の決定が再確認され、特に報復などは実施されないことで合意が持たれた。

 

 これは事実上軍の圧力に屈する形であり、四葉家はこれまでの「アンタッチャブル」路線からの変革を迫られつつある。

 

 紛糾する議論の中で、ただ一人四葉真夜だけが心底愉快そうに笑っていた。

 

「はぁ……榊主任の言いたい事はわかりました」

 

 その場の地獄のような空気を思い出し、達也は思わずため息を漏らす。

 

 感情の希薄さに定評のある彼だが、何も感じない訳ではないのだ。

 

「それで? 今日はご一緒されますか?」

 

「いや、声かけただけだ。水入らずを邪魔はしないよ」

 

 兄妹、を省いたその言い回しで、深雪からの視線の圧が少し緩和されたのを創一朗は感じ取る。

 

「くくく、まぁその調子で高校生やっててくれ。世間をお騒がせしてるあれやこれやはこっちで片づけとくからさ」

 

 こう見えて腹芸は苦手なんだな、と意外感を露わにしつつ、創一朗はわざとらしく内緒話の雰囲気を作って言葉を続ける。

 

「もう知ってるかもだが……藤林サンが今月から産休入ってて実家に帰ってるんだ。あの人くらいになると替えが利かない」

 

 電子の魔女不在中、国内の電子戦能力が露骨に弱体化する。

 

 それは国防の一端を一人の天才に頼ってきたことへの報いであり、個人の人格と尊厳を守って行われる業務の限界だった。

 

「こればっかりは授かりもんだからなあ……」

 

 バイザーが邪魔で頭を掻けるわけでもないのに後頭部に手をやる創一朗。多分、現場は笑いごとで済まない大混乱になっているのだろうことがありありと伝わってきた。

 

「……」

 

 創一朗は軽い調子で「困ったもんだ」とか言っているが、司波兄妹の反応は違う。

 

 達也ですら驚きを隠そうともせず、創一朗をまじまじと見やった。

 

「……何だよ、急に」

 

「いえ、すみません。あんな暴れ方をした人がそんなまともなことを言い出すとは思わず」

 

「お前の言えたことかぁ?」

 

 普段は冷静で合理的だが、妹を害する者は決して許さない達也。

 

 普段は気さくでフランクだが、理由があれば倫理に悖る行いを躊躇わない創一朗。

 

 二人には意外と似たところがあるかもしれなかった。

 

「榊主任のその動じなさというか、マイペースさはどこから来てるんです?」

 

「強いて言うなら家庭の事情かね。お前の情の深さも実家の血だろ? 似たようなもんだよ」

 

 達也の妹への甘さ、深雪の兄への倒錯した愛。それぞれ作り出された、残された感情だと言うが、その出どころが四葉家の血筋にあることは疑いようもない。

 

 彼らは当主の娘が非人道的な行為に曝されたことの報復として、国家そのものを崩壊させるほどの結束を持っているのだから。

 

「……敵に回したくはありませんね」

 

「そこはほら、お前次第だよ」

 

 創一朗はニヤリと、達也はフッと笑って、それぞれ別れて歩き出した。

 

 ――付いていくつもりがないのは本当だ。

 

 創一朗の「眼」なら、「いる」と分かっているなら地平線の彼方でもなければ見落とすことはない。

 

 本家本元の「精霊の眼」や、達也とは別方向のアプローチで同じ境地に到達しかけているという九島光宣ほどの探知能力は持たないが、代わりに「見えている」のならば霊体を通じて感情の機微や健康状態すらも読み取る視覚能力が、創一朗にはある。

 

 彼は司波兄妹から「眼」を離すことなく、創一朗は横浜の雑踏の中へ消えていった。

*1
ドイツ語で微風という意味。独語に親近感を持ったレオが通い出し、達也たちに教えた




9:15追記:一部表現を加筆修正。

 ユーディト・エフレイムが原作には存在しないことを知らずに拙作を読んでる人が結構いるかもしれないと思い至ったため、ひとつアンケートを取ります。
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