(政府の)犬です、よろしくお願いします   作:TE勢残党

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76 情勢

 国際魔法協会によるデフコン2宣言は、経済的な影響等を考慮し公開先を絞られた。

 

 具体的には、各国魔法協会と首脳陣、後は二次的に情報を取得した軍上層部と情報機関。彼らは大きな衝撃を持って事態を受け止めた。

 

 その中で最も騒ぎが大きかったのは、皮肉にもこれから一戦交えようと言う日本と大亜連合、その二か国であった。

 

 そもそも、国防軍の想定している戦争計画としては、「最初の一戦で戦略魔法兵器を含む全戦力をもって相手に大打撃を与え、相手の出端をくじいたところで停戦に持ち込む」というもの。

 

 これは小競り合いしか想定していないのではなく、それ以上の攻撃はできないと見積もっているのだ。

 

 国力に10倍近い差を有する大亜連合が相手では、相手に港を確保された時点で敗北は確定する。今まで侵略を跳ね除けて来られたのは、極端に海空軍に傾斜した戦力構成によって、島嶼部および沿岸部での水際防衛に成功し続けていたから。つまり相手の土俵で戦わなかったからに過ぎない。

 

 長期戦も駄目だ。国力の差は長期的には戦力の差に直結するため、我慢比べに持ち込まれたら先に音を上げるのは日本の方だ。

 

 そして厄介なことに、防衛に成功したからといって逆侵攻もできない。国防軍の戦力は海軍・空軍偏重で、その彼らも防衛戦を大前提として戦力を構成している。それは始めはアメリカの指導で外征能力を奪われたからだったが、150年を経た今となっては最初から侵攻を想定しない程度にノウハウが消失している。

 

 仮に大亜連合に兵を送ったところで、その気になれば1,000個師団を用意できると言われる大亜連合陸軍に瞬殺されるのは目に見えている。

 

 陸軍と外征を丸ごと捨てて、ランドパワー国家である大亜連合と海と空でしか戦わない。不測の事態は育てた魔法戦力で何とかする。ここまで思い切った戦略を取っているから、どうにか日本はまだ独立しているのである。

 

 そして近年の侵攻事例を見れば分かる通り、基本的にUSNAの支援は望めない。

 

 今でも世界最強と名高いUSNA第七艦隊だが、彼らはよほど戦局が悪化しない限り駆け付けないだろうと軍部では目されている。

 

 少なくとも本土の半分から7割程度が失陥し、日本単独での対処が無理と見られた頃に「満を持して」乗り込んでくる、要するに朝鮮戦争の再演だ。違うのは、米軍が奪還した日本の土地が日本に返ってくる日は来ないということ。日本の魔法技術が欲しいのはなにも大亜連合だけではないのだから。

 

 つまり米国が助けてくれるのは日本が国家として敗北した後だし、それで戦況をひっくり返しても日本人にとって明るい未来は待っていない。少なくとも軍はそういう前提で動く必要がある。

 

 よって、大亜連合が本格的に上陸してくる前に投入してきた海軍・空軍戦力を撃破できれば日本の勝利、そうでなければ敗北という前提に立って作戦は立案されている。

 

 その上で、()()()()()()()「戦略魔法兵器の無制限使用」という切り札を残している、というのが日本政府の立場だった。

 

 これはどちらかというと脅迫のための見せ札である。海軍の持つ「深淵(アビス)(かい)」は絶大な威力を持っているが、それを使っても成せるのは「破壊」であって「占領」ではない。大陸に乗り込んだ日本軍がどうなるかは過去の大戦で散々示されている訳で、沿岸部を瓦礫にしたところで日本はその土地を持て余すだけ。得がないのである。

 

 そのことは大亜連合も知る所なので、戦略級魔法連発を示唆すればより有利な条件で講和が取れる、ということで統合軍令部と政府首脳は見解を一にしている。日本政府は一貫して弱腰であった。

 

 それが「大亜連合を滅亡させる前提」などと言われて、困ったのは日本政府だった。

 

 

「奴ら我々を大日本帝国と勘違いしているんじゃないか」

 

深淵(アビス)(かい)の使用は人道的に極めて大きな問題がある。敵国とは言え民間人への無差別攻撃だぞ。そんなものを気軽に使用すると思っているのか」

 

「そもそも日本が加害者かのように言われているのが遺憾ですな。これから侵略を受けようと言うのに」

 

 政府中枢と持たれた非公式の会合では、そのような言葉が飛んだ。

 

「だが、奇貨居くべしともいう。これを盾に、大亜連合側に引き下がるよう交渉できないか?」

 

「もう試したが、交渉にならなかった。私も同席したがあれはもう正気じゃないな」

 

「正気で独裁者は務まらんだろうよ。去年まで話が通じていた方が異常事態だったのだ」

 

 外務大臣と財務大臣によるやたら切れ味のある毒舌が乾いた笑いで受け流されたところで、話題が経済の側へ移る。

 

「第一、我々には大亜連合を破壊する理由もメリットもないではないか。貿易額だけで年間何兆あると思っている」

 

「まったくだ。今こうして断交状態になっただけでも財界連中の突き上げで散々だ」

 

 特に財界と繋がりの大きい大臣らからは、そのような声が聞かれた。

 

 仮想敵国と言ってみたところで、日本の主要な貿易相手が大亜連合なのは今も同じだ。

 

 つかず離れず安価な工業力を提供してくれるのが最善であり、本当なら深淵(アビス)(かい)など一発も使いたくはないのが政府の偽らざる本音だった。

 

 そして、会話の方向は彼らの保有する戦略魔法兵器へ。

 

「そもそも論として、我々が使えと言って使えるのかねアレは?」

 

「鉄仮面は十師族と違って海軍の統制下にあります。どちらかというと使い過ぎを心配すべきですな」

 

 創一朗ら対魔装特選隊もまた、十師族ほどではないにしろ日本を影で操る元老院の私兵という性質が強い。

 

 獅童は自らを「刀」と言って憚らず、国防海軍を実質的に支配している黒幕的実力者でありながら政治に口出しは一切しない方針を貫いている。だが彼が元老院でも最右翼に位置するタカ派だということは国を差配するレベルの人物にとっては周知だ。

 

 滅多なことはないと思うが、再び侵略を受けることがほぼ確実となった今、怖いのは獅童あるいは対魔装特選隊サイドが「やりすぎてしまう」事だった。

 

「獅童(おう)か……陸の大黒はどうだ」

 

「あれは四葉ですよ。アテにしないほうが賢明でしょう」

 

「そうだな……」

 

 また彼らの中で、四葉家を含む十師族に頼るという選択肢は最初から存在していない。彼らはたまたま自分たちと同じ場所に陣取っているだけの独立軍閥という認識だからだ。

 

 ただでさえ四葉家は30年前、政府に黙って大漢にテロ攻撃を仕掛けに行った前科がある。少なくとも()()()()()()()()()()()間は、戦力には数えないことが常識化していた。

 

「獅童翁には私からも諫言しよう。場合によっては陛下に説得をお願いすることになるかもしれんな……」

 

 そのように総括したのは、制度上この国で一番偉いはずの男、現職の内閣総理大臣であった。

 

 ――この構図に、日本という国家の軍事的在り方が現れていると言える。

 

 政府そのものは一貫して弱腰で、各方面の調整を第一とする八方美人的性質を持っている。だが弱腰すぎて国内をまとめ切れず、軍部をはじめとする一部の武断的な人間が言うことを聞かずに軍事行動を起こす。

 

 その結果諸外国からはとんでもない武断政治に見えてしまうという構図は、第二次大戦どころか薩英戦争の頃から変わっていないのだった。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 とまあ、日本側はこのような調子であったので「滅ぼすなんてとんでもない!」というつもりでいたが、国際魔法協会会長のユーディトを筆頭として諸外国はそうは思っていない。

 

 例えば欧米。

 

 彼らは、そもそもとして日本をはじめとするアジア圏と歴史認識が少し違う。

 

 大戦末期に起こった大漢崩壊。あれは四葉家がやったというが、それは()()()の話であって、実際には日本政府が一枚噛んでいたとする見方が有力だった。

 

 大漢や他国の水面下交渉の場で、日本政府は「あれは四葉家が勝手にやった、日本政府は関知していない」と言い続けていた。だが実際には、正規軍を中華に上陸させたくない日本は魔法戦力である十師族を特殊部隊として使用し、中でも四葉家が多大な戦果を出して大漢の内部崩壊を導いた。そのように考える向きが強かったのだ。

 

 この考え方に基づく場合、日本は既に大陸での戦略構築に成功していることになる。

 

 ここで厄介なのは、日本国防軍は今までなんだかんだと大亜連合からの侵攻を跳ね除け続けている、つまり被害が出ることはあっても負け無しという点。

 

 さらに、USNAスターズと英国MI6(正確には、その配下として実働を担当するEスコードロン)を含む精鋭部隊が返り討ちに遭う強さの戦略級魔法師を日本は()()しているという点。

 

 そして、今年の九校戦で様々な新兵器をお披露目してきた点。

 

 外から見た時の日本の軍事力は、内実以上に高く見られている向きがあった。

 

 結果として、「大亜連合がやりすぎた場合に待っているのは『大漢崩壊の再演』である」という方向で見解の統一が為され、今回のデフコン2宣言に比較的すんなり納得し、日本への牽制と情報収集のために戦略級魔法師を投入してきた訳である。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 この宣言に日本同様衝撃を受けたのが、他ならぬ大亜連合である。

 

 かの国はかなり厳重な監視国家であるので、その情報が民衆レベルまで降りてくることはなかったが、軍の一部や独自に政治家などにパイプを持っていた者たちの間ではちょっとしたパニック状態となっていた。

 

 なにしろ戦う前から敗北どころか滅亡が「予言」されてしまったのだ。士気も下がろうというものだった。

 

「……」

 

 任務の関係でとっくに本国を離れている彼女――対日工作部隊の最年少、(リウ)麗蕾(リーレイ)にすら分かる程度には、自分の世話役である相方の纏う空気が重たい。

 

 彼女は他何人かのメンバーと共に、東南アジア同盟(フィリピン)発日本行きの客船に密航するという方法で日本への密入国を既に果たした。現在はさらに複数のグループに散り散りになって、彼女と相方の士官は横浜某所のアパートに潜伏している。彼女たちにとって幸いなことに、未だ当局の捜査の手は及んでいなかった。

 

 と言うのも、中華街の一斉摘発は大亜連合側でも懸念されている事項だったため、「作戦の要」である麗蕾の潜伏に際しては日本国内の日本人が経営する不動産会社を乗っ取って入手した虎の子の活動拠点が用いられている。もっと言えば、麗蕾とその世話役である女性士官がいるのは空き部屋だ。記録上は誰も入居していないことになっている。

 

 中華街のすぐ近所に位置しながら中華街の華僑と一切関係を持っていなかったことで、一斉摘発の際も捜査線上にすら上がっていない。むしろ、目と鼻の先で大規模な摘発が行われたことが逆に軍や警察の目を誤魔化していると言えた。

 

 麗蕾に命じられているのは、時が来るまでこの場所で潜伏すること。

 

 そして、時が来たら自らの魔法を最大出力で解き放つことだ。

 

(本国は大丈夫でしょうか……)

 

 余計な心配だと分かっていても、つい考えてしまう。

 

 万が一にも追手に見つからないよう、ほとんど外にも出ず、電気もつけず(そもそもライフラインが開通していないが)、自前で持ち込んだ味気ない携帯食料で腹を満たす。他の工作員たちの指揮系統からすら独立しており連絡もない。

 

 相方が身の回りの世話をしてくれるため麗蕾自身はヒマを潰しているだけでよかったが、何分いつ当局に摘発されるかもしれない状態で敵地のど真ん中で援護もなし、待機期間は不明、という無茶を強いられている身だ。相方のサポートがあっても、生まれた時から工作員として育てられているとしても、彼女はまだ12歳。不安になることも多かった。

 

 彼女は本来なら、一般人に偽装して敵地(つまり日本)で生活し、開戦の折に自らの戦略級魔法「霹靂塔」で政治・軍事の中枢をマヒさせるという目的で選抜・育成されている工作員だ。

 

 しかしその教育が万全になるより早く対日侵攻が現実的となった今、彼女は「潜入」ではなく「潜伏」という方法で、敵地へと送り込まれているのだった。

 

「劉少尉」

 

 当然、単独での任務遂行には不安のある麗蕾をサポートするため、この女性士官がつけられている。

 

「心配は分かります。このような状況では誰でも、不安になって当たり前でしょう。しかし()()()()使()()()()()

 

 女性士官が囁くように、言い聞かせるように麗蕾に語り掛ける。

 

「そう、ですね……使命……」

 

 途端に、思考に靄が掛かったように感じられた。

 

「何も不安になることはないのです。命令に従い、役目を果たす。そうすれば、必ず勝利が得られるでしょう」

 

「命令、従う……」

 

 麗蕾はとろんとした眼で、断片的にフレーズをオウム返しする。

 

「流石、その通りです少尉。あなたは大亜連合の誇りです」

 

「えへへ……誇り……」

 

 ぼんやりした表情のまま、麗蕾はだらしなく笑う。

 

「そう、そして今の命令は、待機。ここで来るべき時に備えるのです」

 

「たいき……」

 

「そのためには、休息も必要です。今日はもうおやすみなさい、少尉」

 

 額に優しく触れながらそう言うと、それをトリガーにして麗蕾はこてんと脱力する。

 

 見れば、既に寝息を立て始めていた。

 

「ふぅ……」

 

 相方の女性士官は、当然ただの世話係などではない。

 

 幼い麗蕾の()()を確実なものとするため、そして決行の時まで不具合を起こさせないようにするための外付けの制御装置。それが彼女の役割だ。

 

(この分なら決行日まで持ちそうですね)

 

 具体的な決行日を聞かされている訳ではないが、本国の事情に麗蕾より詳しい彼女からすれば大まかな日取りの予測は可能だった。

 

 彼女の技術は魔法ではなく、もっと原始的な条件付けと催眠術、マインドコントロールの類である。

 

 今はそれを応用したストレス軽減や暗示を駆使してお守をしているが、少なくとも本国は麗蕾の方には帰還計画を用意していない。

 

(新ソ連と共同開発したというアレと言い、不安要素はありますが……)

 

 上層部が新ソ連からの技術供与をもとに作ったと言う自称新兵器と同じく、彼女には使い捨ての兵器としての役割のみが求められていた。

 

(なんにせよ、我々は最早やるしかない)

 

 本国の情勢は酷いものだ。

 

 情報封鎖されているが、連日どこかで暴動や反乱がおこり、そのたび秘密警察や、酷い場合は陸軍が投入されてそれを皆殺しにして回る。

 

 今まで力で中華を統一していただけに、彼らは最強でいなければならなかったのだ。沖縄海戦の敗戦とその後の「ドッキリ津波事件」で面子が丸つぶれになったことと、それに有効な対策を打ち出せなかったことで、「もしかして弱いのかもしれない」という疑念が生まれた。

 

 覇道によって成った国家にとって、「弱い」ことよりも「弱いかもしれない」と思われることの方がよほど恐ろしい。これまで力ずくでひねり潰して来た歪や迫害してきた者たちが、「もしかしたら」を求めて無限に蜂起し続けるからだ。

 

 皇帝の座を転げ落ちた者の末路は悲惨だ。今の国家主席もそれを知るからこそ、狂気的とさえいえる苛烈さでもって反乱を封止し続けている。日本だったら20回くらいは内閣が倒れていそうなボロボロ加減だったが、独裁の強権で今も国家としての瓦解は防がれていた。

 

 が、結局のところこの状況は、元をふさがない限り解決はしない。

 

 すなわち、日本に勝利することだ。小さなことでもいいから、軍事的に、鉄仮面に「やり返してやった」と言えるようなことをしなければ、命より面子を大事にする華人は納得しない。

 

 これはそういうもののために行われる侵攻だ。

 

 彼らとて、これが厳しい戦いになるとは分かっていた。深淵の脅威について上申した軍幹部が何人も粛清されていることを彼女は知っている。

 

 軍部も、あるいは国家元首でさえ、心のどこかでユーディトの見立てが正しいことを分かっている。

 

 それでもやるしかないのだ。

 

 独裁とは、国家を私物化するとは、面子のための戦争とは、そういうものだ。

 

(頼みましたよ、劉少尉)

 

 結局のところ彼女には、相方が任務を成功させることを祈るほかなかった。

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