(政府の)犬です、よろしくお願いします   作:TE勢残党

75 / 90
 今回の話には猟奇的な表現、暴力的な表現、倫理に悖る表現とその示唆が多分に含まれます。

 また、四葉家の大漢崩壊について、独自設定による罪状の嵩増し、ヘイトの示唆と取れる表現を含みます。

 今回の話は読まなくても大筋に影響はありませんので、過激な表現が苦手な方、また四葉家のイメージを悪化させたくない方は本話を飛ばすことを強く推奨いたします。

 これらを承諾いただける場合のみ、以下の本編をお楽しみください。


75 幕間:アンタッチャブル

 大漢崩壊という出来事について、その概要を知る者はそれなりに多くいる。各国の首脳や魔法師たち、裏社会の上層部などだ。

 

 だが、大漢崩壊で「何が起こったか」を知る者は極端に少ない。

 

 被害者はほとんど生存しておらず、各国は、どころか当事国の国民さえ、事後的に事実関係の情報を得ただけだった。加害者たる四葉家ですら、直接の下手人はほとんど刺し違える形で失っており、数少ない生き残りも黙したまま世代を跨いだため、今や具体的なところを知るのは当主のほかに数名のみだ。

 

 当時の大漢を襲った狂気と恐怖を考えれば、今に伝わる「誇張された伝説」はむしろ丸められているとすら言える。

 

 考えても見て欲しい。相手は時の中華を二分していた核保有国だ。四葉家が復讐戦を誓った時点で、総人口は3億から4億人いたと言われる。時は狂気の総力戦の最中、兵力に限っても民兵込みでおよそ250個師団300万人を数えた。

 

 四葉一族60人 対 大漢300万人。テロを仕掛けるにしても、大真面目に国体を揺るがそうなどと、誰が想定するだろう。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 2062年。始まりは、警察当局が把握した変死だった。

 

 一週間ほどの短期間で13人が立て続けに遺体で発見された。被害者は一様に「狂死」という表現が適切と言える異常な死に方をしていたが、直接の死因としては全員が自殺だった。

 

 彼らは警備員であったり、医師であったり、大学の職員であったりした。この時点では彼らの間柄に関連性が見いだせず、不審な集団自殺として捜査がスタートする。

 

 幸か不幸か、この時捜査を担当した部署には非常に優秀な警官がいた。すぐに司法解剖が実施され、念のため魔法の痕跡の有無まで調査された。

 

 結果として、分かったことは2つ。

 

 13人全員の脳が末期の麻薬中毒患者に匹敵するほど委縮していたことと、脳にサイオンによる事象改変、つまり魔法の効果を受けた痕跡があったことだ。後にこの脳委縮は、常軌を逸したストレス状態に長期間晒されたことに由来すると結論付けられた。

 

 また同時期、当時は中華の魔法技術の総本山だった崑崙方院の協力により、一連の連続変死事件は精神干渉魔法を用いた連続殺人であることが立証された。

 

 これをもって本件は魔法テロ事案であると判断される。第三次世界大戦末期という時勢もあり、敵国の軍事行動である可能性を考慮して本件事案は軍へと移管された。

 

 軍は引き続き崑崙方院に捜査を依頼。彼らには「心当たり」が存在したため、1日とかからず被害者の共通点が発見された。

 

 狂死した13人は皆、半年ほど前の「少年少女魔法師交流会」に居合わせており、日本の魔法師「四葉真夜」の誘拐に関わっていたのだ。

 

 そこで崑崙方院は秘密裡に、少年少女魔法師交流会の関係者に片っ端から安否確認を行った。

 

 誘拐を実行した6人。

 

 逃走を補助した9人。

 

 "実験"を執行または補佐した14人。

 

 一連の作戦を企図した2人。

 

 ある者は交通事故を起こし脳死状態、ある者は正気を失い、ある者は失踪。ある者は自殺していて、ある者は家ごと焼死。まだ火葬されていなかった遺体は片っ端から司法解剖され、その全てで精神干渉魔法による事象改変の痕跡が見つかった。

 

 彼らはいよいよ事態の重大さを理解した。

 

 この時点で連続変死事件の1人目が発見されて1週間ほどしか経っていなかったが、「四葉真夜誘拐作戦」の直接の加害者は既にそのほとんどが死亡していた。

 

 このうち、一人暮らしであったり家族の元を離れて暮らしていた人間は比較的早期に死亡し、警察に遺体で発見されていた。彼らこそが、最初に見つかった13人の死体だったのだ。

 

 一方で家族などと同居していたものは、自殺に至る前に家族らによって精神病院へ移送されており、"身内の恥"として事情が伏せられていた。

 

 これが普通の組織内での集団発生だったらすぐに露見しただろうが、崑崙方院の中でも件の事件は秘密作戦で、一見して誰が作戦に関わったか分からないように工作されていたのが仇となった形だった。

 

 関係者を洗い出し、俯瞰的な調査の結果として分かったことは、四葉真夜の誘拐に関わった人物を起点として、最大6親等に渡って無差別に精神汚染を受けているということ。精神疾患というデリケートな問題ゆえ、各々の職場や学校で内々に処理されていたために発覚が遅れたのだ。

 

 彼らも大部分は搬送先の病院で自殺または心臓発作などによって頓死していたが、捜査時点では3名がまだ生存していた。

 

 ただしこの時、警察による事情聴取はことごとく失敗している。

 

 1人は官僚で、例の拉致事件を計画・立案した責任者だった。「女に追いかけられている」という妄想のため統合失調症と診断され退職した後、自宅に引きこもっていたが、幻覚から逃れるために自分の妻と娘・息子4人を「生贄」に捧げたことで警察に逮捕され、医療刑務所に収監されていた。入院後も異常行動が収まらず、軍の担当者が聴取に訪れた時点では支離滅裂な陰謀論・宗教論を口走るばかりで会話は成立しなかった。

 

 1人は医師で、被害者つまり四葉真夜に対する人体実験の執刀医だった。彼は家族の意向で入院はしていなかったが既に末期の統合失調症の症状が出ており、軍が自室に踏み込んだ時点では、笑いながら自分の顔の肉をちぎり続けていた。

 

 最後の1人は魔法師で、魔法師製造実験と称して四葉真夜を強姦した張本人だった。「女の声が聞こえる」と訴え、自ら性器を切り落としたが一命を取り留め、以来措置入院となっていた。現在も意識のある間中ずっと何かに怯えるようなパニック状態で暴れるため常時保護室に隔離されており、意思の疎通は不可能だった。

 

 またこの時、男の背後で何らかの遅延発動型魔法をかけ続けている独立情報体(SB)が確認された。錯乱の原因と見られたため崑崙法院の魔法師によって「除霊」が試みられたが、当該SBは魔法による干渉を察知するや炸裂して精神干渉魔法を撒き散らし、それをもろに食らった崑崙法院の魔法師が狂ったように「ルナ・ストライク」と「マンドレイク」を乱射し出し、最終的に外部への魔法漏出を恐れた軍上層部によって病院ごと爆撃されるまで狂気の連鎖が止まらなかった。

 

 これにより閉鎖病棟の入院患者240名と聴取対象の男、そして聴取を試みていた警官4名と崑崙法院から派遣されていた魔法師3名が死亡。現場を指揮していた有能な警官を失い捜査は暗礁に乗り上げたが、その間にも事態は悪化の一途をたどる。

 

 死体以外の情報を得られなかった軍と崑崙方院は大急ぎで捜索範囲を広げ、関係者の家族・上司・部下・同僚・友人知人まで計341名に調査を実施した。

 

 調査結果はこうだ。

 

 自殺、78名。

 

 病死、60名。

 

 事故死、81名。

 

 発狂あるいは心神喪失、54名。

 

 失踪、43名。

 

 病死と事故死の者はそのほとんどが原因不明の奇病や自殺同然の不審死であり、現地で死亡を確認した医師が政府絡みの陰謀を嗅ぎ取って関わりを避け、適当に死亡診断書をでっち上げたもの。

 

 残りの25名は、関わりが薄すぎて関係者の仕事もろくに知らなかった。

 

 事ここに至って軍は、日本の魔法師による報復攻撃が行われていると判断。外交チャンネルを通じて事実確認を取ると同時に、厳戒態勢にて警備を始めた。

 

 この時点で、最初の死体が発見されてからおよそ1ヵ月。ちょうどこの時期、軍……というより魔法師とその関係施設が立て続けに襲撃を受けた。いや、襲撃であるかも不明な異常事態が続発していた。

 

 ある研究所では、所属するすべての魔法師が一様に絞殺されていた。いきなり連絡が付かなくなったことで軍の兵士が駆け付けたが、その時には所内の研究成果やデータは片っ端から破壊されていた。死者121名。

 

 ある政府出先機関では幹部職員が爆弾ベストを着用して出勤し、普段通りに業務をこなした後、重役会議に出席してから自爆した。この職員が装備していたのは軍用の高性能爆薬であり、大漢で広く用いられていた旧型の爆発物探知機をスルー出来るUSNA軍の最新兵器であった。死者58名。

 

 ある高層ビルには命令を無視して発進した空軍のステルス戦闘機が突っ込んだ。戦闘機が搭載していたミサイルによりビルは中ほどから真っ二つになって倒壊し、民間人に1000名を超える死者が出たが、実はこのビルには大漢が擁する秘密警察の本部が入居しており、戦闘機はピンポイントにそのフロアを直撃していた。

 

 彼らにとって不幸だったのは、一連の攻撃の実行犯である四葉家が、日本政府にすら黙って()()を起こしていた点だった。四葉の秘密主義体質はこの頃には既に完成していて、当の日本政府は大漢大使から事情を説明されて初めて事態を把握する有様だった。

 

 この当時、日本と大漢政府は大亜連合を共通の敵とし、同盟とまではいかないもののそれなりの友好関係にあった。

 

 この時の日本政府の対応を「しらばっくれている」と判断した大漢は、即時に攻撃を停止しなければ宣戦布告と見なして反撃すると宣言、日本政府から返報があるまですべての国交を断絶する措置に出たが、最早遅かった。

 

 この翌日、これらの被害を受けて軍は戒厳令を発令した。だが全国に向けてその旨を演説していた陸軍トップが放送中に突如乱心し、何者かによる「犯行予告」を演説じみて狂った大声で発し、読み終えた直後に懐から拳銃を取り出して自らのこめかみを撃ち抜いた。

 

 もちろん、陸軍トップがおかしくなった時点で放送中断が指示されていたのだが、何故か現場のスタッフが指示を受け付けず、結局拳銃自殺の一部始終は全世界的に放送されてしまった。一般人が唯一アクセス可能な「大漢崩壊」の一端であり、今でも時折、動画サイトなどにこの時の映像が出回っては警察が消して回ることがある。

 

 戒厳令を発令するための国軍がやられたとあって、国民はパニックに陥った。だがその間にも「何者か」による攻撃はとどまるところを知らず、むしろどんどん拡大していった。

 

 ある軍事基地では突如として殺し合いが発生した。魔法師部隊による同士討ち合戦の末、最後に残った一人は小銃で自殺した。この基地には大漢が抱える現代魔法師の精鋭部隊が駐屯しており、彼ら1個中隊の全滅により大漢軍は魔法戦力の半分を失ったと言われた。

 

 大学を兼ねた魔法師育成学校は暴徒化した学生に占拠され、鎮圧に向かった魔法師と壮絶な魔法の撃ち合いを演じ、最終的に1000人近い学生全員が死亡した。ほとんどの学生の死因は魔法演算領域の過剰行使であったとされ、その狂気的とも言える攻撃の苛烈さから国軍側にも同数を大きく超える死者が確認されている。

 

 国内の火力・水力・風力・太陽光発電所が一斉に稼働を停止、場所によっては爆発し、以降国内への送電能力が断続的に麻痺した。これら発電所に物理的な攻撃の形跡はなく、スタッフの「想像を絶する職務怠慢」によって維持されなくなったものだった。

 

 ある大都市の近海を航行していた空母から艦載攻撃機70機あまりが次々と命令を無視して発艦。そのまま味方を攻撃し始め、全兵装を撃ち尽くした後に手近な高層ビルに突っ込んだ。その多くは迎撃・撃墜されたが、高級ホテルやタワーマンション、政府庁舎や大企業の本社ビルなど23か所に航空機が直撃して数千名に及ぶ死傷者を出し、空母は大破着底した。ごく少数のパイロットは生きたまま捕えられたが、うわごとのように「四葉真夜」と繰り返し述べるばかりで意思の疎通は取れなかったと伝わる。

 

 

 

 そして極めつけは、これら攻撃への対処のため緊急招集された人民大会への攻撃であった。

 

 テロに屈しない姿勢を誇示するために強行された臨時大会は、当然ながら考えうる限り最高の警備体制をもって執り行われ、関係者を除き近づく者は問答無用で射殺、周辺空域に入った航空機は全て撃墜することが宣言された。

 

 議場自体、有事の際には立てこもることを想定されており、下手な核シェルターより安全であると喧伝されていた。米国のペンタゴンと同様、たとえ飛行機が突っ込んでも被害は限定的なものになるよう設計され、全体を崩し切るには核兵器でも一発では厳しいとされる大漢最大の要塞であった。

 

 これに対し、姿の見えない下手人はミサイルも航空機も、どころか一発の弾丸さえ使わなかった。

 

 議員たちが集まり、国家元首が世界に向けて大漢の健在をアピールしようと演説を始めた瞬間、議場そのものが建物ごと発破解体され、建物内の人員は丸ごと生き埋めにされた。

 

 この時爆破を担当した解体業者は正規の技術を有する国内有数の職人集団であり、後の聴取で「全員の集まる記念すべき会であるから、これが完了するまでに大急ぎで爆破を終わらせなければならなかった。我ながら良い仕事をした」と供述している。

 

 大量に護衛についていたはずの魔法師による防護をどのような手段で不発としたかについては現在でも判然としないが、一つの説として「わざと複数種類の魔法式を同強度で展開することで意図して魔法の相克を起こさせ、対抗魔法や防御魔法の類を発動させなかった」とするものがある。これは日本陸軍の人造サイキック部隊で実際に運用されている手法であり、当時既に情報収集に長じていた四葉家はその戦術思想を把握していたと目される。

 

 ともあれ議場は不格好なクレーターに瓦礫と残骸が山積みとなり、ほんの少数残った生存者は駆けつけた救急車に載せられ――車内で錯乱した医師たちによって殺害された。

 

 これによって国家元首を含む議員・閣僚が全滅し、国政が麻痺。国民のパニックは極限に達し、国家としての組織崩壊が始まった。

 

 このあたりでインターネットが寸断したため情報の正確性が落ちるが、国外逃亡を試みた政府関係者が、まるで何かの意思に導かれるようにことごとく殺害されていったと言う。

 

 また、大亜連合やインド・ペルシア連邦との国境周辺では凄まじい規模の虐殺が何度も起きた形跡や証言が存在しているが、詳細な記録が残っていないため正確な被害規模が未だ判然としていない。

 

 

 混乱の中、それでも3日後にはどうにか新たな国家元首が選出され、臨時政府が発足。

 

 翌朝、新元首がドアノブで首を吊っているのが見つかった。

 

 4日後、さらに次の元首を選出。

 

 就任演説中に狙撃され、即死した。

 

 6日後、さらに次の元首が繰り上げ就任。

 

 就任当日、送迎車の運転手と同乗していた護衛が突如乱心し、猛スピードで軍用列車に突っ込み車ごと爆散した。

 

 8日後、さらに次の元首が担ぎ出される。

 

 就任が決まった日、ベッドで冷たくなっているのが家族に発見される。死因は心臓発作とされたが、脳からは精神干渉魔法の痕跡が発見された。

 

 11日後、元首を暫定的に空席として10名ほどの生き残った高級官僚による合議制での国家運営を試みる。

 

 最初の会議の日、メンバーの一人が突如として自爆。出席した10人中8人が死亡し断念された。

 

 以降、臨時政府が編成→3日以内に攻撃を受け全滅、という流れが都合19回に渡って繰り返され、都市部ではインフラが完全に麻痺。餓死者が出始めた。

 

 またこの時期、崑崙方院の本部が襲撃されて国が保有する魔法戦力が全滅したと考えられ、ただでさえ手の施しようのない状態だった対魔法防御が完全に消失、少し遅れて魔法師戦力が完全に払底し無防備状態となる。

 

 政府のあまりの状態に国民全員が滅亡を理解した数日後、ついに事態を把握した魔法協会がデフコン2を宣言。監視団という名の多国籍軍が派遣され、核関連施設が封鎖される。

 

 この措置は主権が消失した、または消失することが決定的となった国の「自棄」を止めるための行動であり、事実上の廃国宣言でもあった。

 

 この介入と入れ替わるように、それまで苛烈に行われていた襲撃の数々は嘘のようにぴたりと止むことになる。

 

 しかし、民衆にとって最も深刻であったのは、既に内部崩壊状態にあった大漢が、大亜連合が併合しに来るまでほぼ1年間にわたって放置されたことであろう。

 

 大漢は、中華系組織の例に漏れず強力なトップダウン構造で、国家元首を頂点とする中央集権構造が確立していた。

 

 それは裏を返せば、一度中枢を破壊されてしまうと国内全域の統治が行き届かなくなるということだ。

 

 一連の攻撃は2062年の後半から翌年2月ごろに渡って行われ、その間国内の行政は完全に麻痺していた。

 

 銀行は破綻し、紙幣が力を失い、軍隊には補給が届かず、都市のインフラは軒並み停止し、食料の配給はなされず、集めた物資がどこへ行ったか、どこにあるのか知っている者は誰も居ない。そういう状態が1年続いた。

 

 大亜連合が攻め込んでくるまで1年空いた理由は、はっきりとは分かっていないがいくつかの説がある。

 

 1つ、前線で睨み合いをしていた兵士たちの士気は両軍とも非常に低かったことが知られており、いつの間にか大漢側の前線がスカスカになっていたことに気づかなかったか、あるいは薄々知っていて、突撃命令を出されるのが嫌で口裏を合わせて上に黙っていたという説。

 

 1つ、大漢に何かが起こっていることは知っていたが、大漢という大国の国家機能を崩壊させるほどの「なにか」と関わるのが怖くて、それが去ったことを魔法協会越しに確認するまで動けなかったという説。

 

 1つ、大亜連合は全ての事態を把握していたが、出来るだけ無傷に近い状態で都市を占領できるようになるまで、つまり大漢軍の補給が完全に崩壊して抵抗できなくなるまで、敢えて膠着状態のまま時間を稼いでいたという説。

 

 少なくともこの時期の大亜連合との国境線沿いに配備されていた兵士たちの間には、地雷原に突っ込んだり機関銃陣地に突っ込んだりしてバラバラにされる難民らしき瘦せこけた民間人の話がひっきりなしに登場する。

 

 中には「明らかに1000人以上はいた難民の大集団に向けて機銃掃射を命じられた」などという明らかな戦争犯罪も含まれていたが、少なくとも公式記録上、この時期に大漢を脱出して大亜連合国内に足を踏み入れた例はない。

 

 どのような思惑があったにせよ、大亜連合が進攻を開始した時点で大漢は完全に崩壊しており、事実上無血と言っていいほどにあっさりと各都市は「解放」された。

 

 農村部は統制が崩壊した後、作物の物々交換などでしたたかに生き延びていたが、彼らはすっかり近代以前の文明水準に回帰しており再教育に非常に苦労したと伝わる。

 

 酷かったのは都市部で、国家機能が崩壊していたため具体的な統計資料がないものの、ある都市の占領を担当した高級士官の手記にはこのような一節がある。

 

 


 

 われわれがその都市に踏み込んだのは、年が明けてすぐの頃だった。春節(2月中旬)までに併合を完了させろという上の無茶ぶりのため、かなりの強行軍になった。

 

 都市に入ってすぐ、強烈な違和感に襲われた。すぐに植物がなさすぎるせいだと気づいた。冬だから枯れているとか、そういう次元の話ではなかった。公園の芝生から中央分離帯の観葉植物まで、ありとあらゆる植物が掘り返されて消失していた。

 

 都市の代表者に占領する旨を通達すると、骨と皮ばかりの腕のどこにそんな力があるのか不思議になるくらいの強さで手を掴まれ、凄まじい剣幕で食料援助を要求された。

 

 冬である。我々も兵站に余裕がある訳ではなかったが、やせ衰えて落ち窪んだ町長の目が得も言われぬ圧力を発していて、幾分恥ずべき事だが、私はそれに屈した。

 

 私はふと、ここへきてから人間以外の動物を全く見ていないことに気づいた。冬だろうと、普通街を歩けば鳥の1羽、虫の1匹くらい目に入るものだ。

 

 しかし、この都市には雪と、コンクリートの建物と、あとは少数の人間がいるばかりで、他になにもない。植物も、動物もいない。この際物資の補給が期待できないのはいいとして、水も電気もガスも通っていないのはどういう了見だ。やむなく、隊から力自慢の者をいくらか選抜し、酒を与えて井戸掘りと焚火の設営をやらせた。ここは本当に現代都市なのか?

 

 ひとまず隊の人間を休ませるため、空いている建物を接収して片付けさせている時、部下から指示を乞われて行ってみると、山積みの人骨があった。穴掘りの最中に掘り当てたのだと言う。

 

 戦地では珍しくもないことだが、死体ではなく人骨というのが妙に気になった。それは数百人分はあろうかという量で、これだけの物量が完全に白骨化するにはそれなり以上に時間がかかることを仕事柄知っているからだ。

 

 何の気なしにしげしげと眺めていたのが良くなかった。それらの骨の端にはまだ肉片が付いており、明らかに人の手で肉をこそぎ取ったと思しき形跡が見受けられた。

 

 私は反射的に、この場所に野犬などに掘り返された形跡があったか部下に尋ねた。

 

 部下の返答は否だった。

 

 私は生まれて初めて、自分の頭が聡明であることを憎らしく思った。部下に穴を埋め戻すように命じ、街の人間に分ける予定の食料を3倍にして計算し直した。

 


 

 このような状況の都市は特に北部の国境沿いで多くみられ、戦時の統制経済下に国家機能が崩壊することの意味を周辺国にまざまざと示している。

 

 さらに悲惨だったのは軍隊で、少なくとも四葉家による攻撃が始まって3ヵ月の段階で完全に補給が止まっており、特に大亜連合国境に配備されていた兵力は、日に日にやせ衰えていく様子がいくつかの兵士の手記に記されている。

 

 最終的に大亜連合が併合にかかった時点で軍の組織的行動は完全に崩壊しており、戦後に再編成されたところでは「書類上存在していたはずなのに丸ごと行方が分からない部隊」が45個師団もあったという怪談話が残っている。

 

 

 四葉家側の認識では、この事件において手にかけた閣僚、官僚、魔法師の数はのべ4千人ほどだという。

 

 だが考えても見て欲しい。人口3億あるいは4億を抱える近代国家が、要人とは言え高々4千人死んだだけでその機能を崩壊させるだろうか?

 

 この4千人は、四葉家が直接手にかけざるを得なかった「防備の固い者」の数字と考えるのが妥当だろう。

 

 少なくとも一連の"大漢崩壊"における死者の数を表すならば、桁があと3つは増えることになるからだ。

 

 出来事は闇に葬られ、国境跡地は今も独裁国家・大亜連合の領地であるため調査が行われることもない。

 

 そして下手人たる四葉家は、これだけのことをしておきながらテロリストとして指名手配されるでもなく、独断専行を日本政府に咎められるでもなく、ただ「触れてはならない者たち(アンタッチャブル)」として、事情を知る者の間で畏れられるのみだ。

 

 糾弾できるはずがない。四葉家による大漢崩壊を責めることは、たった数十人の魔法師集団にひとつの大国が屈した事実を認めることだ。

 

 認めることそれ自体が、近代国家の原則を、民主主義の力を根本から否定する。

 

 だから認められない。認められないことは事実にならない。起こっていないことは罰せられない。

 

 

 ――灼熱のハロウィンやシバ・ショックを待つまでもなく。

 

 世界は既に、魔法の前に膝を屈したことがある。




大国が滅びるにあたって死者4000人ぽっちはあり得ないよねという独自補完回です。

かなり前から構想自体は存在してましたが、国家が滅びるということの意味を明確にした上でこれからの戦争に臨んでいただきたく
このタイミングで公開することといたしました。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。