(政府の)犬です、よろしくお願いします   作:TE勢残党

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74 デフコン

 イギリス、ロンドン。

 

 経済の中心となる摩天楼の一角に、国際魔法協会の本部はある。

 

 と言ってもビル一棟丸ごと本部という訳ではなく、中層の1フロアを借用している。

 

 国際連合が機能を停止し、以来国際的な調停機関を有さないこの世界にあって、国際魔法協会はほぼ唯一の国際平和機関を自称している。

 

 とは言え、普段の彼らは平和なものだ。訪れる客も少なく、国際ライセンスの発行やら放射能対策技術の研究やら、いくらかの研究作業と事務仕事、後は各種式典への出席程度しか仕事もない。

 

 緊急時以外は定時で帰れるからと、魔法師にしては珍しい「ホワイト企業(団体職員だが)」として就活生に妙な人気があったりもするが、それを期待して入職した者たちは今頃騙されたと憤っていることだろう。

 

 ここ数か月の彼らは終電どころか会社に寝泊まりする勢いでのフル稼働を強いられ、"こんなこともあろうかと"ボスがどこからか大量に雇い入れた派遣社員たちと協力して膨大な調整作業を処理していた。

 

 

 フロアの端に位置し、床面積のほぼ半分を使った大会議室。

 

 数百人を収容可能な広さを有するそこは、彼らの「主力部門」……つまり紛争時に核兵器使用を阻止するための部隊が動く時以外にはほぼ使用されないことから、普段はパーテーションで6つ(と廊下)に区切った上で物置や小規模会議室として利用される部屋だ。

 

 昨日半日かけて部屋の掃除と荷物の搬出を済ませた職員たちは、なぜ国際機関のエリートたる自分たちがこんな雑用を……とブー垂れている若手と、この会議室が使用されることの意味を理解しているベテランで、纏う空気が全く違った。

 

「ボス。一体何が起こってるのか、聞いてもいいですか?」

 

 若手事務官の一人が、自分たちの長――協会本部全体の代表者である女性に問いかける。ちなみにこの組織の公用語は英語で、国連の流れを汲んでいないためフランス語の使用は認められていない。

 

 女性とは言うが、その姿は役職に比してやたら若々しく、見た目だけで言うなら精々高校生の「少女」だった。背も低く、お世辞にも準礼装のジャケットとドレスが似合っているとは言い難い。

 

「あぁ、キミはこの手の会議初めてだっけ?」

 

 逆に問いかけて来る声はこれまた高く、喋り方も見た目相応のフランクさで、慣れていない外部の人間はしばしば子供と勘違いする。

 

 公式の場にて事情を知らされていない人物を楽しそうにからかう悪戯好きな側面も彼女にはあったが、ともかく彼女――国際魔法協会会長、ユーディト・エフレイムは部下の質問に気さくに応じた。

 

「わたし達の仕事は、放射能汚染対策の魔法を発明すること、魔法師の国際ライセンスを認証・発行すること。でも一番は?」

 

「……紛争における熱核兵器の使用を阻止すること」

 

 若手職員はもちろん教育でそれを叩き込まれているので、一種の社訓のように諳んじることができる。しかし24歳の彼からすれば国際魔法協会が最後に「稼働」したのは入職どころか生まれる前だ。どこか伝説的というか、あくまでそういう気概で仕事をするというような認識があった。

 

「そういうこと。キミも会議のセッティング手伝ってくれたから、メンバーについても知ってるでしょ? 世界中から要人やら何やら集めて、パーティーでも開くと思った?」

 

「いえ……そういう訳では」

 

「あはは、ごめんごめん。ちょっと意地悪だったかな」

 

 ユーディトはあくまで砕けた態度だが、どこか昔を懐かしむような様子で言う。

 

「大戦が終わってからはほとんど動いてなかったからねえ。ま、久しぶりに本当の仕事をする日が来たってことさ」

 

 そして今日。この場には、オーストラリアを除く世界の主要10か国から各2人の代表を参加させるようユーディトの名で呼び出しをかけてある。

 

 会議室が広いのは参加人数が多いからというより、集まる人員の格の問題だった。

 

 ひとりは非魔法師の政治家もしくは軍人。もうひとりは、各国魔法協会支部の幹部、あるいは準ずる立場にある魔法師のまとめ役とされている。

 

 例えば日本からは防衛省の局長クラスと、日本魔法協会の会長が参加。特に指定はないが、大戦中は閣僚や軍のトップが直接出て来たこともあった。

 

 しかし今回、十師族の姿はない。

 

 日本魔法協会は国際魔法協会の下部組織だが、その会長職は百家本流のナンバーズが持ち回りで担当する()()。そもそも十師族は魔法協会の直接的影響下にない。

 

 統制権を持たない日本魔法協会のやることと言えば、今回のような国際魔法協会の御用聞きくらい。旨味のある地位ではないため、ただの貧乏くじ扱いで回される名ばかりの役職に成り果てていた。

 

 この傾向はアジア圏に顕著で、大亜連合はそもそも不参加(崑崙法院の崩壊以降、国内の魔法師を実質的に統括できていないため)だし、新ソ連も科学アカデミーのエリートは出てこず、魔法師というより官僚としての役割が強い人選。

 

 インド・ペルシア連邦(IPU)もハイダラーバード大学の学者が出席しているものの、彼は同国が保有する戦略級魔法の開発者、アーシャ・チャンドラセカールの代理の代理くらいに当たる地位だとこの場の人間は知っていた。

 

(皆偉くなっちゃってまぁ)

 

 ユーディトはその集まりを見て、一抹の寂しさを感じた。

 

 大戦中は皆、魔法師による核攻撃の阻止という題目を大真面目に信じていたものだ。

 

 少なくとも、国家そのものを相手に互角に渡り合おうという気概が組織に存在した。

 

 だがこの変化は、決して悪いことではないとユーディトは知っていた。

 

 あの頃の魔法師が結束していたのは他に居場所がなかったからだ。核兵器使用による人類滅亡という()()()を現実の脅威として扱わねばならなかったからだ。

 

 それに比して、今は魔法師たちに「祖国」と「地位」がある。

 

 それだけでも、「フラスコの中の小人」に過ぎなかった頃の魔法師を良く知っているユーディトからすれば感涙ものだった。

 

(嫌だね、歳取るとどーも甘くなっちゃって)

 

 孫の悪戯を微笑ましく見ている祖母のように柔和な笑みを浮かべていたユーディトだったが、続いて入ってきた人物を見て居住まいを正す。

 

 アジアを中心にやや「平和ボケ」の気がある魔法師たちだが、彼女の志と功績を忘れていないものもまた、欧米にはいる。

 

「おや、遅くなったかな?」

 

 新たに会議室へ入って来たのは、スリーピースを見事に着こなし、銀色の髪を綺麗に撫でつけた初老の紳士だった。

 

「いや、まだ時間前だよマクロード卿。さ、こちらへ」

 

 ウィリアム・マクロード。イギリス公認の戦略級魔法師である。それを見て、ここまで演台に座っているだけだったユーディトは初めて台を降り、言葉をかけた。

 

 彼と、同じく英国代表として派遣されて来た国防省の高級官僚を先導してきた片腕のない女性――エリンは、自らは席につかず、壁際に立った。

 

 彼らを認め、大した人員を寄こしていなかった各国代表団は無言のうちにどよめく。

 

 それが収まらないうち、さらなる人物が続いた。

 

「失礼します」

 

「来てくれたんだシュミット教授(プロフェッサー・シュミット)! 歓迎するよ」

 

 ドイツ代表、カーラ・シュミット。

 

「これは……何か一言挨拶する流れなのかしら?」

 

 アメリカ(USNA)代表、アンジー・シリウス。

 

 共に国家が誇る戦略級魔法師である。

 

 なお、シリウスは今も仮装行列(パレード)によって姿を偽装した状態だ。つい口にしたのは年齢相応のツッコミだったが、幸い外見と声のおかげでクールな皮肉として丸まった(なお、同席した官僚から目で叱られた)。

 

 俗に十三使徒と呼ばれる(鉄仮面は公表されていないためこの数には入っていない)戦略級魔法師のうち3人が揃ったこの場において、既にひとつの外交的事実が生まれている。

 

 米英独の3か国は、今回の呼び出しを重要視するほどの「何か」を知っていて、他国は後れを取っているか、あるいは「何か」を軽視しているということだ。

 

「えー……さて皆さん、お集まり頂きましてありがとうございます」

 

 全員が席についたのを確認して、ユーディトが話を切り出す。

 

「私がお伝えしたいのは、皆さんも各々把握しておいでかと存じますが、直近の大亜連合と日本との間の軍事的緊張状態についてです」

 

 その場の全員が、ユーディトの方に視線を向ける。

 

 ここに集まっている人員はもちろん、この事態を把握していたが、大亜連合が領土的野心を隠そうともしていないのは今に始まったことではない。大亜連合が総動員らしいという情報を掴んでいる日本でさえ、最終的にはいつも通りの小競り合いに過ぎないだろうと、政府首脳レベルではあまり深刻に考えられていなかった。

 

「我々国際魔法協会は、各国の軍事行動それ自体に介入する権限を持ちません。ゆえに我々は、いかなる国家や宗教の利益に連動していません」

 

 ユーディトの前置きは、つまりこれから突っ込んだことを言いだすという宣言でもあった。

 

「――それを踏まえて率直に申し上げると、此度の戦争の状況如何では、我々は()()をせざるを得ない。そう考えております」

 

 彼女らの「出動」は、すなわち核保有国がそれを使用する可能性があるということ。

 

 そして多くの場合で、核保有国が滅亡するということ。

 

「開戦以前にこのような勧告を出すのは異例ではありますが、直近の両国において使用された魔法兵器の威力に鑑み、現時刻を以って国際魔法協会はデフコン2を宣言いたします」

 

 その発言を受けて、会議場全体に驚愕が広がる。

 

 Defense Readiness Condition(デフコン)は、主に前世紀から21世紀序盤のアメリカ国防総省で用いられた戦争への準備態勢を示す指標だ。

 

 5を平時、1を非常時とし、デフコン1では核兵器の使用命令が出る場合もある。

 

 第三次大戦を機にUSNAで使われなくなり、代わりに国際魔法協会が規定したところのそれは、核兵器使用阻止のための魔法師動員までどの程度近づいているかを示し、翻って世界がどの程度核攻撃の危機に晒されているかを示すものだ。

 

 デフコン1は実際に核使用の予兆が確認された、あるいは既に核ミサイル等が発射されている場合に発令される動員令だ。世界中すべての魔法師はその阻止あるいは無効化、着弾予測地点の防護、民間人の救護のために行動することを義務づけられる。

 

 デフコン2はそれに次ぐ状態であり、戦争などで核兵器使用のリスクが無視できなくなった時に発令される。国際魔法協会の権限において実働戦力となる監視団を結成し、指定範囲の原子力・核関連施設への直接的監視体制を構築する。また、すべての魔法師は可能な限りにおいてこれに協力しなければならないと定める。

 

 監視対象国や組織が核使用の兆候を見せた、あるいは監視団の立ち入りを拒否した段階で自動的にデフコン1に格上げされ、監視のために集められた魔法師はそのまま実力行使に出るという寸法だ。

 

 戦争というものに「警告試合」の概念を持ち込むこの手法は、監視団の立ち入りを拒否することそれ自体が核兵器使用の意図を示すことで、また核分裂反応の検知に限って絶大な信頼性を誇るいくつかの技術を独占的に保有することで、大戦の混沌においても最低限守るべきルールとして成立し続けた。

 

 最後にデフコン2が発令されたのは2063年。四葉家による襲撃を受け、内部崩壊状態になった大漢を監視するためのものだった。

 

 デフコン1となれば、ユーディトが自ら祖国に引導を渡すこととなったシナイ危機以来ほぼ半世紀ぶりとなる。

 

「デフコン2の発令に伴い、私、国際魔法協会会長、ユーディト・エフレイムの名において監視団を結成いたします。長を私が、そして副たる者として、この場においで下さったウィリアム・マクロード卿、カーラ・シュミット教授両名を指名します。国際魔法協会の核除染・分裂検知チームは監視団に合流。それ以外の人選については、両副官に一任します」

 

 ここへきて遂に議場のどよめきが言葉になった。

 

「質問してもよろしいでしょうか」

 

 手を上げたのは、「使徒」としては唯一監視団に呼ばれなかったシリウスだ。

 

「アンジー・シリウスさんと言ったね。お目にかかれて光栄だ。どうぞ」

 

「では、我々スターズを指名しなかった理由について伺っても?」

 

 シリウスの言は自分が呼ばれないことへの不平不満ではなく、「自分たち(ステイツ)抜きで大亜連合の核攻撃を止められるのか?」というシンプルで傲慢な疑問だった。

 

「確かに、君たちスターズは日本の十師族と並んで監視団の重要な戦力を担ってきた歴史がある」

 

 対して、ユーディトは悠然とそれに返す。

 

「だが今回、貴国は太平洋のシーレーン防衛のため第七艦隊を派遣しているね。キミたちは交戦当事国足り得るんじゃないか」

 

「戦略的なことは申し上げられないが、そのように疑われるだけの情報があるのは事実です」

 

「軍機でがんじがらめだろうに、回答しようとしてくれてありがとう。確かに国際魔法協会の規則では、交戦当事国の魔法師であっても動員をかけられる。だが実際問題、さっきまで従事していた任務をほっぽりだせと言われても中々難しいものがあるだろ?」

 

 シリウスは沈黙する。軍人として命令への絶対服従を叩き込まれている魔法師にとって、確かにそれは難しい問題だった。

 

「キミは実直だな。今のキミみたいなジレンマを強いたくないから、私は出来る範囲では利害関係から遠い魔法師を選抜するように努力している。特にジレンマというのは、なまじ()()()()()()()()ほど深刻だ。こう言っては何だが、キミたちみたいな派遣軍が一番向いてないんだよ、この仕事は」

 

 仮に、介入後の米軍スターズに国際魔法協会の動員令が出たとする。

 

 従えば祖国の軍に背く裏切り者だ。かといって従わなければ、アメリカの魔法師は核攻撃対策に協力しなかったとして後で大きな問題になるだろう。自国民さえ石を投げて来るかも知れない。

 

 元々、この規定は「沈む泥船からは降りてもいい」という、滅亡当事国の魔法師に向けた救いのメッセージとして設計されたもの。既に帰る場所を持つ魔法師に対して、それを捨てることを強制するものであってはならないと、少なくともユーディトは考えている。

 

 故に今回、交戦当事国と予想される日本・新ソ連・大亜連合・USNAの魔法師が監視団に採用されないことは、マクロードとシュミットへの根回しの折に決まっていた。

 

「理解しました。回答感謝します」

 

「ん。他に質問のある方は?」

 

 シリウスが着席したのを見計らって、IPUの文官が手を上げた。

 

「今回の監視団結成は、大亜連合の()()()()()を懸念するものですか?」

 

 彼は、ユーディトが述べた「魔法兵器の威力に鑑み」という部分を()()()()()()()()()()。その上で、誤解を潰すために敢えて質問をした。

 

 自分の考えている予測が、自分で信じられなかったから。

 

「可能性としてゼロではないと考えているが、それは主要な発令要因ではないよ」

 

 そしてユーディトはその男に、「よくできました」と言わんばかりに微笑みかけた。

 

「我々は()()()()()()()()()()()()()()()、それに際する捨て鉢での核兵器使用、あるいはいわゆる"死の手"システムの類型が存在・起動することを懸念している」

 

 死の手とは、二次大戦後の冷戦期に旧ソ連が発明したと言われる一種のデッドマン装置であり、特定の人物あるいは組織、施設などの破壊を検知する(定時連絡が送られなくなる)と、自動的に国内に存在するありったけの核兵器が設定済の敵目標に向けて発射されるシステムである。

 

 100年あまり前、冷戦期の核抑止において、「敵の先制攻撃で核攻撃能力を完封される」ことを防ぐために考案され、完全に独立したシステムによって、国民が全滅しようとも確実な報復を保証する。後の時代では独裁者が自らの暗殺を防ぐため「世界を人質に取る」用法でも使われた。

 

 大亜連合は事実上の独裁国家だ。システムの存在は十分に在り得るとして、監視団派遣は合理的に思える。

 

 だが問題はそこではない。

 

 日本に比して数倍の軍事力と経済規模を有し、世界人口の1/4を一国で支える大亜連合が、まるで負けるどころか滅ぼされる前提で語られているような――

 

「キミの言いたいことは分かる。だが我々は、少なくとも私は、"深淵改"は十分に大亜連合を滅亡に導く魔法であると確信している。そのためのデフコン2だ。名指しと言ってもいい」

 

 この場に戦略級魔法師を連れて来た三か国のうち、USNAとイギリスは既にその脅威を知っている。ドイツはマクロードを通じてそれを伝えられ、慌ててこの場にシュミットを出して来た。

 

 

「勿論、杞憂に終わればそれが一番いい。私たちは利害の外でありつづけるために、各国の軍事行動に対して一切の発言権を持たないが……精々、祈りくらいは捧げさせてもらうよ」

 

 ユーディトは、戦慄する代表団をよそに、発言をそう締めくくった。

 

 そうは言うが、彼女にとって悲しいことに、今までユーディトが監視団を招集した=デフコン2が発令された全ての事例で、対象となった国家は滅亡という結果を辿っている。

 

 

 ――亡国監視団(アズラエル)はこの日、大亜連合の名を指し示した。

 

 

 そのことは各国政府高官の間で厳重に秘されることとなったが、すぐに風の噂となって世界中を飛び回ることとなる。

 

 そして誰よりも、当の日本政府がそのことに驚愕するのだった。




こんだけフラグ立てときゃ逆にどう転んでも肩透かしにならないだろの精神。
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