(政府の)犬です、よろしくお願いします   作:TE勢残党

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73 束の間の日常(下)

 東京に所在する第一高校では、戦争の足音を聞いて不安に思いつつも、概ねいつも通りの日常を送っている。

 

 ――第三高校とその周辺地域は、そうではない。

 

「なんか……要塞みたいになってんな……」

 

 土日を利用して金沢魔法理学研究所――旧第一研究所――を訪れた創一朗は、ひっきりなしに行き交う軍用トラックや入口周辺を何重にも囲っている空堀……というか、塹壕を見て唖然としていた。

 

「ああ、創一朗さん。来てくれたのね」

 

 バインダー片手に物資――明らかに拠点防衛用の重機関銃やら弾薬やらが大量に含まれている――の搬送を監督していた愛梨は、創一朗を見つけるやそちらに駆け寄ってくる。

 

「一条さんたちに挨拶を兼ねてな。んで、この状態については聞いてもいいやつか?」

 

「ええ。ただ、立ち話も何だから研究所にどうぞ」

 

 愛梨の案内に従って研究所へ向かう途中でも、見るからに国防軍人ではないと思われる私服に防弾チョッキの男たちが目につく。

 

 土嚢を積んだり、バリケードを構築したり、不要な出入り口を封鎖したりと工事に勤しんでいる彼らは、見たところ銃こそ携帯していないが、国防軍さながらの手際の良さで土木工事を進めている。

 

「佐渡の時に先陣を切った民兵を中心に、地元中から自主的に集まってる人達よ」

 

 創一朗が物珍しそうに見ていたのが分かったのか、愛梨は歩きながら彼らについて説明を始めた。

 

「男性は土木工事、女性は事務作業や看護と炊き出し、子供は軽作業と水汲み。特に第一研は敵の標的として予想されるから重点的に要塞化しているわ」

 

 さっきトラックで輸送されていたような重火器は、今のところは一条と一色の権力で超法規的に仕入れたものであるため、その存在は伏せられているようだ。

 

「武器を自弁て、昔の貴族じゃないだろうに……」

 

「言っておくけれど、我々が動員をかけた訳ではないのよ。皆自主的に計画して、自主的に押しかけて来たの」

 

 国防軍の防備を端から信じてないのね、と言われては、創一朗はそれ以上何も言えなかった。

 

「さ、こちらにどうぞ」

 

 案内された先は、研究所内に用意されている応接室だ。

 

 最近の建物らしく防音がしっかりしていて、入口の自動ドアを抜けた途端に外の喧騒から切り離される。

 

 そして部屋には、彼ら以外にもう一人待機していた。

 

「――初めまして。一条家嫡男、一条将輝(まさき)です。本当は父の剛毅が出る予定だったのですが、今朝から日本海沖の不審船の件で出張っておりまして」

 

 将輝の言う不審船の件とは、この日の早朝に日本の排他的経済水域(EEZ)へ侵入してきた国籍不明の高速船のことだ。

 

 魔法師が搭乗していたと確認されたことで対処が国防軍から一条家に委任され、現在は一条剛毅と彼の率いる装甲船団(一条家で経営している海底資源採掘会社の名義として保有している事実上の私兵)が対処に向かっているところだった。

 

「ご丁寧にどうも。国防海軍"対魔装特選隊"、榊創一朗少佐です」

 

 クリムゾン・プリンスと名高い十師族のホープは、入って来た偉丈夫を見て礼儀正しく……というよりは、堂々とした態度で一礼した。

 

「会って早々で恐縮ですが、事態はひっ迫したものと認識しています。情報伝達の効率を上げるため、砕けた口調での対応を許していただきたい」

 

 その物言いは現場主義の北陸一条家らしさ全開のもので、創一朗も笑ってそれに応じる。

 

「正直言うと、俺もその方がやりやすい。こちらもタメ口で構いませんね?」

 

「無論だ。愛梨さんに聞いていた通り、貴男(あなた)が話の分かる人でよかった」

 

 多分、情報伝達を効率よくしたいというのも、貴族式の肩ひじ張ったやり取りが苦手というのも両方が本音なのだろう。

 

 顔面全てをバイザーで覆った珍妙ないで立ちにもまるで動じないことと言い、さっぱりしたやつだなと思いながら、創一朗は本題を切り出した。

 

「そしたら、俺も持って回った言い回しはよそう。国防海軍としては、大亜連合との開戦は不可避と見ている」

 

「やはりか……いつだ?」

 

「詳細なところは情報部の報告待ちだが……おとといの時点で、向こうは鎮海軍港を含む複数の港に艦隊を集結させ始めているらしい。遅くとも一か月以内には何かしてくる可能性が高いとのことだ」

 

 鎮海軍港は旧大韓民国最大の軍港であり、対馬や九州の目と鼻の先に位置する。朝鮮半島全土が大亜連合の手に落ちて以来、最大の対日拠点として機能していた。

 

 そこに艦隊を集めるということは、「対日侵攻説」を裏付けるものだ。

 

 テーブル自体がタッチパネルになっているようで、3人の手元に日本海を中心とする戦力図が展開された。

 

 彼我の戦力差は、海軍で約3倍、空軍では約5倍。

 

 当初いくつか想定されたシナリオのうち、10月に入ってからは「大亜連合は総動員である」という最も悲観的な予測こそ最も可能性が高いと見られていた。

 

「……先制攻撃案はないのか?」

 

「将輝さん!?」

 

「あるにはある。それこそ、俺の"深淵(アビス)(かい)"を今集結してる艦隊にぶつけるとかな」

 

 二人が話しているのは、つまり戦略級魔法による先制攻撃案だ。

 

 実のところ、それは統合軍令部側でも検討されなかった訳ではなかった。

 

「問題点が3点ある。第一に決定打にならない。大亜連合は分かってるだけでも空母9隻を保有している。今居場所が分かってるのはそのうち6隻で、鎮海軍港にいる3隻がこれに含まれる。仮に鎮海軍港の艦隊を全部轟沈させても、日本の勝ちは決まらない」

 

 現在、大亜連合が運用している空母のうち、日本が捕捉できていない3隻は原子力空母と見られている。世界で軍事衛星による監視網が一般化した現代でも、その絶大な航続距離から正確な位置の把握は困難だった。

 

「そして第二に、巻き添えが大きすぎる。俺の魔法は細かい加減が利かない。鎮海軍港を水没させたら、巻き添えで慶尚南道と全羅南道の合わせて300万人、ああ釜山も含むぞ、これはほぼ全滅すると見積もってる。軍としてそれは最終手段にしたい」

 

 こともなげに「一発の魔法で300万人を殺し尽くす」と言ってのけた創一朗を前に、愛梨はその顔色を悪化させる。しかし将輝は冷静にその話を聞き、何やら思案しながら続きを促した。それは男女差と言うより、あらゆる事象を手駒と捉えて目標達成のために動く「軍人」としての資質の差と言えるだろう。

 

 普段は曲がったことの嫌いな好青年然とした将輝だが、この日は早くから「クリムゾン・プリンス」としてスイッチが入っていた。

 

「最後に、これが一番懸念されてるんだが、向こうも深淵(アビス)の存在は知ってるはずだということ。的になるのが分かってて艦隊を集めた、それもなくなってもギリギリ致命傷にはならないラインなのを考慮すると……」

 

「……何らかの策があって、深淵(アビス)の使用を誘っている?」

 

 将輝の呟きに、創一朗は重々しく頷く。

 

「日本国内だけでも、縁や怨恨を媒介にした呪殺の術法は掃いて捨てるほどある。俺の深淵(アビス)は遅効性だから、その手のカウンターには弱いんだ。いざとなれば強行突破も視野だが、先手で突っ込みたくはないと考えている」

 

 対魔装特選隊がこのタイミングで周公瑾を消したのは、その手の「カウンター」の下手人として有力候補だからだ。

 

 しかしその上、顧傑(グ・ジー)が健在な現状では、戦略級魔法の使用とそれに伴う大量虐殺に絡めて、どんな悪辣な古式魔法を仕掛けて来るか分かったものではなかった。

 

 無論、いざとなれば対処を山田に任せて戦略級魔法の無制限使用が検討されているものの、以前のような「中途半端な使用」はあり得ない――使ったが最後、お互いの国体を賭けた絶滅戦争が幕を開けてしまう――というのが、統合軍令部の結論だった。

 

「そういう訳で、先制攻撃案は現実的じゃない。この艦隊の予想される攻撃地点は九州・沖縄・中国地方あたりで……今のところ、北陸方面への侵攻の兆候はない。今日はこれを伝えに来たんだ」

 

 創一朗が告げた内容に、愛梨はひとまず胸をなでおろす。

 

 だが、将輝の考えは違った。

 

「それはつまり……国防軍の増派はないってことだな?」

 

「そう受け取ってもらって構わない。近く経済動員も始まるが……明らかに兵力が足りない。薄く延ばしても各個撃破されるのがオチだ、ヤマを張るしかない」

 

 国防軍は、基本的には兵力の大半を北海道と沖縄に割いている。

 

 新ソ連のランドパワーに対抗するため、北海道に機甲部隊を。

 

 大亜連合の上陸作戦に対抗するため、沖縄に大艦隊を。

 

 複数の仮想敵国、いずれも大国に囲まれた日本は、足りない戦力を補うために魔法戦力に頼って来た。

 

「つまり、いつも通りか……理解した」

 

 一条家は、特にその最前線に位置する家だ。沖縄海戦の裏で、彼らは新ソ連による佐渡侵攻に民兵を率いて戦った。

 

「国防軍としても、民兵やら何やらに頼る現状は苦々しいものがあるが……そういうことを言ってられる状況ではなさそうだ」

 

「そうだな……」

 

 一条家とて、好きで民兵の指示役をやっている訳ではない。

 

 他地域の防衛を優先して即応が遅れがちな国防軍を補完するため、増援の到着まで新ソ連軍や大亜連合軍を抑えておくためにあり合わせの戦力を用いているに過ぎない。

 

 結果それが「上手く行きすぎた」ことで、北陸地域における国防軍のプレゼンスは低く、「俺たちの殿()()は一条さんだ」という意識が民衆レベルで根付いてしまっている訳だが。

 

「奴らがもし来るとしたら、狙われるのは第一研なのは確かだろう。要塞化と言わず、疎開させてもいいんじゃないか」

 

「申し出は有難いが、それはできない」

 

「何故?」

 

 創一朗の問いに、愛梨の視線までもが将輝に集中する。きっと愛梨も、心のどこかで「ここまでするくらいならいっそ逃げた方が」と思っていたのだろう。

 

「俺たちが消えれば、この土地の戦略的な重要性はさらに落ちる」

 

「そりゃあ、そうだな。そのための疎開だ」

 

「そうしたら、誰がここの人たちを守るんだ? 俺たちが居る時ですら満足に兵士を寄こしてこない国防軍か?」

 

 そう問われて、創一朗は答えを返せなかった。

 

 恐らくはこの責任感こそが、一条が都心部にほとんど影響力を持たない中で十師族から落ちない理由であり、日本が今も沿岸地域を守り抜けている理由でもあり、そして彼らが最も軍閥化に近いと称される理由でもある。

 

「あー、いや、スマン。今のはちょっと当てつけが過ぎたな。ただ、俺たちは動けても、地元の人たちはそうもいかないだろう。彼らを見捨てて逃げるような真似はできない」

 

 将輝は、誇って言うでも吐き捨てるでもなく、ただ彼の中で「当然の事実」を伝えた。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 その後、一通りの意見交換や段取りの確認などを終え、創一朗は旧第一研究所を後にした。

 

 本来なら魔法談義や技術交流を目的として取られた時間だったはずだが、思いがけず大亜連合側の動きが早かったためにその対策に時間の大半を取られる結果となった。

 

 旧第一研究所は今のところ最前線になるリスクは低いが、それを聞いてからも彼らの要塞化は止まらなかった。

 

 国防軍としては勝手に戦力を構築された挙句頼んでもいない拠点の武装化を行っている一条家には苦言を呈するべきなのだが、佐渡侵攻における対応の遅れがとことんまで足を引っ張っている。

 

 下手に弾圧のようなことをすれば反発どころか暴動をすら招きかねず、そうでなくとも北陸を満足に防衛できるだけの戦力が国防軍にないのは事実だ。それを上層部が把握しているために、彼らの「対策」に強く言えないのが実情であった。

 

 帰り道、駅まで向かうためのキャビネットの中。

 

 創一朗の視界(常時マルチスコープ状態なので、車の中であることが障害にならない)にふと、見慣れた女性の姿が映った。

 

 公安の覆面捜査官、小野遥である。

 

 もっとも、創一朗の異常な視覚力があったから彼女を認識できるのであって、遥は今日も仕事モード……つまり、持ち前のBS魔法による隠形を展開した状態であった。

 

(そういえば大丈夫かなあの人……)

 

 創一朗が何となく彼女を気に留めたのは、いつにも増してその顔色が悪かったからだ。

 

 先週までは中華街で下調べをしていたそうだし、その直後に一度情報伝達のため対魔装特選隊の本部にも訪れている。それでいてカウンセラーの仕事も通常通りこなしているらしい彼女は、この数週間一番忙しくしているかもしれない。

 

 そして今こうして北陸を訪れているのは、まあ一条家の動員っぷりに対する監視だろう。公安のエージェントとして、こうも派手に動いている「一」の各家のことは無視できまい。

 

(ちょっと気が引けるな)

 

 そして彼女の大忙しには、先週末に行った黒羽家との暗闘も間違いなく影響しているだろう。

 

 四葉一族の一角・黒羽が鉄仮面に敗北したというニュースは、色々な所に衝撃を与え、そして日本の裏側のパワーバランスを揺るがしている。その調査やら何やら、公安が慌ただしくなるのも納得と言えた。

 

 今度会ったら差し入れでもするか、と呑気に考えながら、創一朗はそのまま車に揺られていた。




8:30追記 一部表現を加筆修正。

日常
日常ってなんだ……?
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