(政府の)犬です、よろしくお願いします   作:TE勢残党

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総評24000突破、ありがとうございます。
お蔭様で「魔法科高校の劣等生」ジャンル内総評4位になりました。
今後ともよろしくお願いいたします。


71 敗北

 中華街の一斉摘発が始まったのは土曜日の夜だった。

 

 周公瑾の捕縛作戦が実施されたのが当日深夜、日付が変わる直前。

 

 黒羽家の双子敗北の報が達也に伝達されたのは、翌朝になってからだった。

 

 日課の鍛錬を終え、朝食を済ませ深雪と朝のニュースをチェック中、1Fに用意されている秘匿回線が着信音を鳴らす。

 

 この電話を鳴らす相手は1つ。四葉本家だけだ。

 

 それを知る達也と深雪は弾かれたように起き上がると即座に居住まいを正し、深雪が死角に消えたのを確認してから、1コール目が終わる直前に着信ボタンを押した。

 

 四葉本家からの連絡は、常に双方向のビデオ通話で行われる。これからFLTに出社するつもりでジャケットとスラックスを着ていた達也はセーフとして、深雪は精々「ちょっとしたお出かけ用」の私服であり、これでは電話口に四葉真夜が出た場合に失礼になる。四葉家は十師族の中でも格別に、この手の内向きの礼儀に厳格だった。

 

 そのことを二人は知悉していたが、かといって本家からの電話を複数コール待たせるのは言語道断。それらを両立させるため、さしあたり達也単独で時間を稼ぐ対応が選択されたのだった。

 

 そして案の定――こういう「気を抜いていた時」に限って――電話口には葉山執事ではなく、一発目からドレス姿の真夜が映っていた。

 

 

『休日にごめんなさいね』

 

「いえ。叔母上のご用命とあらば、いつでも対応いたします」

 

『頼もしいわね。と言っても、今日の要件は指示ではなく、連絡です』

 

 かくして、電話一つにかなり面倒な事前準備が行われた訳だが、そのようなことはおくびにも出さず会話が始まる。

 

 そして早くも、「連絡」という言い方に達也は引っ掛かりを覚えていた。

 

『実は昨日の深夜、黒羽亜夜子さんと文弥さんが任務中に負傷しました』

 

 達也は少しだけ眉を動かしたが、表情までは変えなかった。

 

「それは、ターゲットに不覚を取ったということですか?」

 

『そうでもあるのだけど……ちょっと状況がややこしくて。説明が難しいのよ』

 

「申し訳ありません、急かすような形になってしまいました」

 

 頭を下げている間、達也は疑問を深めていた。

 

 話の流れからして、"再成"を使って傷を治せ、あるいは二人が不覚を取った相手を代わりに抹殺せよというような指示が来るものと思っていたからだ。 

 

『いいのよ。それだけ二人を心配してくれたのでしょう? 連絡と言うのは、二人が入院している病院のことです。時間の空いた時に、お見舞いにでも行ってあげたら喜ぶでしょう』

 

 怪我の状態も、下手人も、具体的な指示も、達也が必要とする一切の説明がないまま、「四葉の女王」らしくもない言葉で話は締められてしまった。

 

 

 

「それは……確かに、何か変ですね」

 

 慌てて着替えて来た――結果的に、その努力は無駄になった――深雪を宥めつつ、達也は連絡事項を伝達。返って来た印象は、やはり達也と同質のものだった。

 

「ああ。叔母上は俺に命令権を持っている。一族の、それも次期当主候補が負傷したとあれば俺に『再成』を使わせるのに何の躊躇も要らないはずだ」

 

 達也の生まれ持った異能の一つ、『再成』。

 

 効果は、対象となる人や物の24時間以内のエイドス変更履歴を読み取り、損壊・損傷する前のそれをコピーして、現状に上書きすること。

 

 「死んでさえいなければ」どのような傷でもたちどころに治癒可能な、現代魔法や技術の領域を明確に超えた『奇跡』である。

 

「……逆に『再成』を使わせたくないのであれば、叔母上は『再成』の限界をご存じだ。連絡を1日遅らせればいい」

 

 とは言え、この異能にも限界はある。

 

 24時間が経過した傷は治療できず、また既に死んでしまったものを生き返らせることはできない。流石の達也でも、生と死に干渉することは今のところ不可能だった。

 

「お兄様、それは」

 

 非道なやり口と感じたのか、深雪は食って掛かる。

 

「考えたくはないが、あり得る状況だ。文弥たちを見捨てると決断なさった場合や、その死を利用して何か策を弄されている場合などが考えられる。だがあの口ぶりからして、そういう訳でもないらしい」

 

「……ひとまず、病院に行ってみませんか? 静岡まででしたら今からでも日帰りできます」

 

 思考の海に沈みかけた達也に、深雪はとりあえずの行動を提案した。

 

「そうだな、お前の言う通りだ。とりあえずお見舞いに行こう」

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 黒羽の双子は京都市内……ではなく、名古屋にある四葉家系列の病院に搬送されていた。

 

 現代の高速鉄道網を用いれば、東京-名古屋間は60分を切る。達也たちが病院に到着した時点で時刻は昼前だったが、大学生で時間に都合がつくのだろう、新発田勝成(魔法大学4年)と津久葉夕歌(同3年)が既に到着していた。

 

「達也さん……」

 

 代表して声を掛けた夕歌は、何と言っていいか複雑そうな表情で達也たちを出迎える。

 

「容体が思わしくないんですか?」

 

「命に別状はないそうだ。ただ……」

 

 隣にいた勝成までも口ごもったのを見て、状況は予想以上に切迫していることを認識する。

 

(叔母上は俺を試しているのか……?)

 

 ただごとでない空気を感じつつ、達也が最初に考えた説がこれだった。

 

 依頼や命令をするまでもなく身内を助けるかどうか――否、そもそも黒羽の双子を「身内」だと思っているのか、真夜は知りたいのか。

 

 

 

 その仮説が間違っていることを、達也は文弥本人からの事情聴取によってようやく理解した。

 

(呆れたな……よく生きていたものだ)

 

 ツインの病室。

 

 重傷ながら意識がはっきりしていた文弥は、全身麻酔から目覚めていない亜夜子に代わって自分の口で達也に経緯を説明した。

 

 ターゲットの魔法師にまんまと逃げられたこと。

 

 それを追いかけた先で、海軍対魔装特選隊の「鉄仮面」に遭遇したこと。

 

 戦いを挑んだが……実際のところ、戦いにもならなかったこと。

 

 亜夜子は地面に擦りつけられた時の傷が細菌感染を起こしており、文弥もショック死寸前の状態で、二人して夜明けまで集中治療室にいたこと。

 

「姉さんの……顔と下あご、それから両目は、完全に擦り下ろされてミンチ同然の状態で路地から回収されたそうです。摩擦熱で溶けだしたアスファルトと傷口が融合していて、取り除くだけでも数日がかり、再生治療でも傷跡が残るって言われました。膝も、運よく開放骨折にならなかったから出血性ショックで死なずに済んだと」

 

 両眼球破裂、顔面骨骨折、歯牙破折6本(上顎のみ)、下顎ほぼ全損、右膝蓋骨粉砕骨折、右膝関節脱臼、右膝前後十字靭帯断裂。それなり以上に美しかった顔は、摩擦熱によってところどころにアスファルトを巻き込み、とめどなく血が溢れ出すグロテスクな肉塊になり果てていた。

 

「僕は両腕と、その、睾丸を両方やられて、見た目は戻ったとしても、子供は諦めた方がいいかもしれないって、言われ……ました」

 

 両橈骨・尺骨粉砕骨折。両睾丸破裂。外傷こそ少なかったが、金的は実際に死亡例がある文字通りの急所である。文弥がこうしてまともに話せる状態なのは、強力な痛み止めが効いているのと本人が「痛み」を操るためにある程度痛みへの耐性を持っていたからだった。

 

「……そうか」

 

 流石の達也も言葉を失った。隣では深雪も同様に、青ざめた表情で絶句している。

 

 同時に、達也の脳内では事態にある程度合点が行っていた。

 

「貢殿は俺に借りを作るのを嫌がった訳か」

 

 達也の指摘に、文弥はただ黙って頭を下げた。

 

「お兄様……」

 

 深雪は当初、少なくとも「創一朗に喧嘩を売った」と聞かされた辺りまでは同情よりも怒りや侮蔑の感情を強く浮かべていた。

 

 ――「再成」にはもう一つ欠点がある。

 

 損傷したエイドスを辿る時、達也はその読み出しの過程で傷の痛みを追体験してしまう。

 

 達也本人は後天的に受けた改造により痛みで発狂したりショック死するようなことはないが、生半可な負荷では眉一つ動かさない達也が顔をしかめる程度の苦痛を受けることになる。万能に見える再成もタダではないのだ。

 

 そのため、深雪からすれば「自業自得で失敗しておいてお兄様に苦痛を押し付けようなどと」と息巻いていた訳だが、二人のあまりの状態に語気を弱めざるを得なかった。

 

「叔母上が"お願い"も"命令"もしてこなかった理由が分かった。今の経緯で俺に治せと言ったら黒羽に肩入れしすぎる」

 

 客観的に見て、周公瑾を取り逃したのはまあ仕方ないとしても、対魔装特選隊との交戦と敗北は避けられたことだった。

 

 独断専行で交戦するのは、いわば「掛け金を釣り上げる」行為で、勝てば不問になることも多い。特に四葉をはじめとする十師族はそういう無茶を通すことが多かった。実際、「国防軍の最高戦力」などと持ち上げられたところで、土台が軍ではたかが知れていると内心見下している十師族構成員は多い。他ならぬ文弥たちもそのクチだった。

 

 だからこそ、敗北を喫したという事実は重くのしかかる。

 

 これまで裏社会では無敵を誇って来た四葉の看板に、初めて明確な失点が付いたのだ。

 

「そして、二人をあれだけ可愛がっていた貢殿が何も言ってこない理由も分かった。この局面で俺に頭を下げてしまったら、司波と黒羽は対等ではなくなってしまう」

 

 現在、四葉家内部は次期当主の座を巡ってゆるい競争状態にある。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 四葉の当主継承は建前上「最も魔法力の強い者」という基準で選ぶことになっており、本音としては、現当主が諸々の事情を考慮した上で後継を指名する。

 

 現当主である四葉真夜には子供がいないので、分家筋にあたる司波・黒羽・新発田・津久葉4家の有望な若手が次期当主候補となっており、真夜による指名待ちの状態が続いていた。

 

 ただ本家としては態度を保留しているが、実態として魔法力的には深雪しかありえないというくらい差が開いており、傍についている達也の扱いに各分家が納得していないから確定させられずにいると言ったところ。達也の処遇を含め当主・深雪が好きに決めればいいという本家側と、達也だけは飼い殺しにしておかないと気が済まない分家側で長らく意見が対立していた。

 

 今回の失態により家中でかなり力が強い黒羽が後退すれば、分家総がかりでギリギリ押さえていた深雪はほぼ次期当主当確と言うところまで進むだろう。

 

 見舞いに来た面々が次期当主候補ばかりだったのは、何も偶然などではない。レースを脱落する戦友へ、お別れと労いを言いに来たのだ。

 

「その上で、叔母上がわざわざ俺が間に合う時間に連絡を寄こして来た理由も、文弥の状態を見てわかった。あの人はこの辛さをご存じだ」

 

 現当主・四葉真夜は、かつて大漢の魔法師によって大陸の魔法研究機関(崑崙法院)へ拉致され、人体実験と強姦の末に生殖能力を失っている。悪名高い大漢崩壊の原因だ。

 

 つまり今回、当主としては明らかに必要のない情報共有が行われ、達也がこの場へ誘導されたのは。

 

 冷酷無比の四葉の女王らしくもない「やさしさ」は、結果的に自分と同じ目に遭った従甥を気遣ってのもの。極東の魔王にも案外人間らしいところがあったのだと、達也はそう解釈した。

 

 誰かに頼まれたからではなく、あくまでも司波達也が自ら進んで、この双子を治療した。そういう建前が必要なのだと、達也は一連の茶番をそう読み取った。

 

「叔母上がここまでやったんだ。流石に見て見ぬふりはできないだろう。というか、元々治すつもりで来た訳だしな」

 

 達也の一声により、厳重な秘匿のもとで術式が行使され、この翌日には黒羽家の双子は退院を果たす。

 

 病院から提供されたマウスピースを噛みしめ、「顔面もみじおろし」と「潰れる威力の金的」という凄まじい苦痛を読み取って壮絶な表情に陥る達也という世にも珍しいものが現れた訳だが、その甲斐あって二人の傷はきれいさっぱり消えてなくなった。

 

 だが、傷がなくなっても敗北の事実は消えない。

 

 四葉家が周公瑾を取り逃し、また国防軍の魔法師に敗北したという情報は、裏のコミュニティを中心として瞬く間に広がっていくこととなる。

 

 頭の足りない犯罪組織などはそれを四葉家の失墜と考える向きもあったが、大半の組織にとってこのニュースは、国防軍の躍進をこそ意味していた。

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