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「さて……やるか」
眼前で膨れ上がっていく魔法力に曝されながら、黒羽文弥――今は仕事中で女装しているので、ヤミ――は己の失策を噛みしめていた。
今回の仕事は、父であり黒羽家当主の貢から任されたもの。背後に「スポンサー」の存在を匂わされている重要案件だ。
失敗が許されないからこそ、構築していた包囲を不明な古式魔法――鬼門遁甲――によって抜かれた時点で作戦は破綻している。疑似瞬間移動を使い、味方をも振り切って深追いした現状それ自体が、失敗の上にある状況だった。功を焦ったと言わざるを得ないだろう。
というのも、創一朗がヤミたちと接敵する以前。周公瑾は追手の「周を捕まえなければ」という気持ちを逆用する形で、黒羽の術者たちに意識誘導を掛け、それからわざとらしく(方角が分かる形で)逃走していた。
効果はたかが知れている。自分に注意を集め、元々の感情を増幅して判断力を鈍らせるという、九校戦の開会式で九島烈が使って見せたのと同種の魔法だ。四葉の暗部として教育を受けているとはいえ、ヨルとヤミはまだまだ未熟。魔法と言うより催眠術や暗示の類であるそれに、ヨルとヤミの2人は面白いように「釣られた」のだ。
本来の歴史では黒羽貢の片腕を奪い、名倉三郎の自爆攻撃も凌ぎ切って逃げおおせる相手である。彼ら2人とその配下では、土台荷が重かったと言えよう。
そもそも。ヨルとヤミが周の位置を捕捉可能なら、はじめから包囲を突破されるようなことはないはず。
逆に、周が「鬼門遁甲」を用いて包囲を抜け出し行方をくらましたのなら、後から疑似瞬間移動で追いつくのは不可能だったはず。
結果として、少し離れたところで2人を待ち受けていた周は創一朗という横槍によってボコボコにされたわけだが……周が気絶して効果が切れた時にはもう疑似瞬間移動の使用シーケンスが始まっており、感情に整理を付ける間もなく2人して創一朗の眼の前に飛び込んでしまった……というのが事の真相であった。
彼らはとっくに周公瑾の術中で。創一朗が介入しなければ、深追いしてきたヨルとヤミが各個撃破され、追手には大きな被害が出ていたに違いなかった。周が四葉家と本気で敵対する気だったかは不明だが、少なくとも同じ国に属していて「遠慮」のある創一朗とぶつかる今の方が、ヨルとヤミにとってはずっとマシな結末だっただろう。
それでも、「対魔装特選隊がいる」という想定外の事態に直面した時、わざわざ貰った撤退のチャンスをフイにしたのは明確にヤミと、それを追認したヨルの責任だ。
伝聞でしか情報のない「鉄仮面」の実力を侮ったからというのもあるし、四葉家の一員として、並の軍人や同じ十師族相手だろうと手玉に取れると高を括っていたのもある。
何より、あの司波達也と互角に戦った相手。それを相手に自分たちが戦えるとしたら、達也との戦力差は劇的に縮まることだろう。
敬愛する達也が戦った相手から逃げたくない、という私情が介在したことを、ヤミは否定することができない。
そして、その報いは目前にまで迫っていた。
◆ ◆ ◆
仕事を増やすんじゃねえ。殺すぞ。
いや殺さないけど、思ったより突っかかってこられてちょっと……いや大分困ってる。
俺の目の前には全裸ぐるぐる巻きの周公瑾、見るからにビビって腰がひけてるのに健気に立ち向かってこようとしている男の娘(ヤミ)、極致拡散だったっけ、その手の魔法で隠れているつもりの黒羽亜夜子(ヨル)。手柄を守るため、周を防衛するというよくわからない時間が発生してしまった。
そもそも黒羽家の連中も、元をただせば四葉の「上」に居るスポンサー(たぶん東道青波)に言われて周を捕まえに来たんだろうし、俺たちと目的は一緒のはずだ。
つまり、今ここで戦うのは完全にムダ。わざわざ身柄の取り合いをしているのは、四葉がせめてもの面目を保つため、メンツの問題というやつだ。
気持ちは分からんでもないので、それはいい。でも俺を前にしてそういう厚かましいお願いができるということは……
「舐めてるよな、
結局、俺たちみたいなのはヤクザと同じで、暴力で飯を食っているんだ。舐められたら終わりという原則は今でも有効、実際国防軍は十師族に舐め腐られてたから数々の便宜を強制されてきた。
その状況を正すために俺はつくられたんだ。
「くっ……!」
ヤミがナックルダスターを構えるよりも早く右ストレートを叩き込む。
それなりの練度のようだが、俺の拳はフィジカルブーストで強化される前から速度・強度が人間のそれを超えている。魔法的強化の乗った俺の拳は、ヤミが咄嗟に展開したのだろう障壁魔法をあっさりとカチ割り、身体の前で交差する両腕をまとめてへし折り、ボキボキと不快な感触を残して吹き飛ばした。
十文字家のファランクスや古い時代の板金鎧と同じように、肉弾戦において障壁魔法は武器にも使える。普通に考えて、銃弾を受け止められるような強度の板でぶん殴られたら素手より痛いに決まっているからだ。
警察特殊部隊などでも「盾を構えたまま突進」が攻撃方法として用いられるように、「身体をシールドで覆ったままパンチ」は現代でもどうしようもない制圧力を有する。
同時に、俺の肌に刺さらなかったのだろう小さなラベルピンが2本、地面に落ちた。カウンターでの「毒蜂*1」狙い。怖っ。
(うぉ……痛って……)
すると今度は、パンチの反動による拳の痛みを起点としての「毒蜂」使用→それも効かないと見て「ダイレクト・ペイン*2」を併用してのデスコンボに踏み切ったようだ。
だがそもそも、俺の痛覚は一定ライン以上の感覚が自動でカットされるようになっている。上限値が腹を壊した時の腹痛くらいのラインに設定されているので痛いもんは痛いが、ショック死するようなことはない。
まぁ、仮に有効なアプローチだったとしても、俺の神経系は複数の脳で相互監視されているので精神干渉魔法はほぼ無効化できるわけで、感じた痛みもすぐに「正常化」され消えていった。この辺は間違っても洗脳されないように秩父の皆さんが相当頑張ったらしい。四葉家も仮想敵に入ってた訳だから当然か。
それよりも、俺の打撃は接触型
「ふーっ……ふーっ……!」
いっぽう、3メートルほど吹っ飛んだ先。両腕の肘から下をだらんと脱力させながらガクガクと震える両足で立って、痛みのせいなのか恐怖のせいなのか半泣きでこちらを睨みつける姿が目に入る。訓練のおかげで身体は動いてるが、なまじ冷静に分析できるせいで怖くてしょうがないって顔だ。今頃脳内はレイザーからボール投げられた時のゴレイヌみたいになってることだろう。
どうやって魔法を発動したのかと思ったが、取り落したナックルダスター型CADを口に咥えて操作したようだ。流石に四葉家、気合が入ってる。
逆に言えば、あれくらいじゃあ痛めつけ方が不足ということだ。
「まだ分からないか」
胴体や頭へ攻撃すると多分死んでしまう。かといってこの様子では手足をちぎっても止まらないだろう。
と来れば、
反応させる間もなくヤミとの距離を一瞬で詰める。筋肉ダルマだからって動きが鈍いとは思わないことだ。
「「っ!?」」
息を呑む音が確かに2人分あったのを、俺の感覚器は見逃さなかった。
この時点で、俺は
もし何らかの魔法を仕掛けて来るようなら、すかさず術式解体から打撃のコンボで黙らせようと思っているところだが……どうやらヨルの干渉力では極致拡散の維持が限界で、俺の張った領域干渉を突破するまではできないらしい。
それを知ってか、ヤミの表情にいよいよ恐怖が占める割合が多くなった。泣き入れるくらいなら最初から喧嘩売るな。
急停止の勢いを片足に集中させ、まともに回避行動をとれないヤミの脚の間に狙いを定め――蹴り上げた。
ぶちゅっ。
(うわ)
スカートとタイツと恐らく女物の下着程度では、俺の蹴り上げを防御することはできない。モロに入った金的の結果、思ったよりダイレクトに
「お゛……あ゛……っ」
つま先にかなり分厚い鋼芯が入っているので、俺の脚力込みなら装甲車の側面に穴が開く代物である。
一応ショック死しない程度に加減はしたつもりだが……既に両腕を潰されている文弥は顔を真っ青にして何事か呻き、数歩よろよろと動いた後、口から泡をこぼしながら崩れ落ちた。
まぁ、最近の再生医療はかなり万能だ。多分男性機能全損とは行かないだろ……多分。
「次」
ヨルの隠れている方を見やる。
既に領域干渉で完封状態のヨルは、しかし双子の弟を見捨てられずその場に残っていた。
あるいは、それなり以上に実力を認めるところである弟が、四葉でもないいち魔法師に徹底的に叩き伏せられている現実が受け入れられなかったのか。
ともかく彼女は、創一朗の顔が正確に自分の方を――極致拡散はまだ辛うじて解けていないにもかかわらず――向いた時点で、ようやく逃走を開始した。
「遅い」
鍛えているとは言え、魔法もない女の子の脚でどこへ行こうと言うのかね。
軽々と回り込んで、回転の勢いを付けたローキックを叩き込む。
「ひぎっ!」
ちょうど体格差の問題で右膝に直撃し、「ベキッ」みたいな人体から出ちゃいけない音とともに膝を「逆パカ」。
バランスを崩して倒れ込む後頭部を掴んで、アスファルトの路面に叩きつける。
そのまま移動の勢いを維持し、アスファルトに顔を強く押しつけたまま引きずって数メートル走る。俗にもみじおろしとか言われる技だ。本来は壁に擦りつける技だが、近くに建物がない田舎道なので道路で代用。
「ぎぃあああああああっ!!!」
ゴリゴリという骨が削れる音と、ぶちぶちという皮膚や肉が剥がれる音に、本人の悲鳴、というか断末魔の金切り声じみた絶叫が混じって響く。
頭蓋骨を削りきってしまうと脳に損傷が出て死んでしまうので、やや下あご方向に力加減を整えてすくい上げるように滑らせる。
真っ赤な痕跡が数メートルにわたって続き、顔面が「なくなる」程度に後頭部の厚みが減ったところで解放する。ビクリビクリと不意に痙攣しているので、一応生きてはいるらしい。
「忘れるな。司波達也が強いことと、四葉家が増長することは別だ」
本当のところを言うと分解再成を抜きにしても
生産手段を持たない武装組織同士の関係性というのは、3種類しかありえない。
上下関係、敵対関係、無関係の3つだ。
必要な悪ってやつには、国家が常に首輪をつけていなければならない。ここで言う悪とは、暴力のことだ。
警告のセリフを聞く余裕があるかは微妙なところだが、ともかくこれだけかましとけば流石に考えを改めるだろう。
ようやく着陸を始めたらしいヘリの轟音を背後に聞きながら、俺は次の仕事について考えを移し始めていた。
九島光宣の治療は逆グリムリーパーです。
精神から身体へ逆流する魔法があるなら身体から精神へ逆流させることも可能なはず。こういう所白い地獄の皆さんは得意です。