古式の認識阻害術は、当然ながら人間の視界を前提として作られている。
相手から見て、自分を認識できなくしたり、見えなくしたり、あらぬ方向に居るように誤認させることが、多くの技術体系において必殺の秘術として扱われてきた。戦いにおいて、相手を認識するほんの僅かなズレが致命的な隙を生み出すことが常だったからだ。
「
仮装行列の源流となった古式魔法「
対して鬼門遁甲は、もとより戦争のために生み出された技術。仮想敵はもっぱら人間または古式魔法師で、「相手もしくは場所に術を掛けて方向感覚を誘導する」ように発達していった*1。
周はこの応用として、自らの礼服の裏地に結界の文様を刻み、「自分を対象とする攻撃」の狙いを外させるように仕向けていた。
――だから、上空から「降ってきた」創一朗の"鉄槌"により、初撃で潰される事態は免れた。
「ッ!!」
そのことに周が気づいた直後、轟音と土煙を立て、目の前に巨人が降り立った。
仮装行列込み203cmの巨体は、戦闘用の装甲スーツではなく特注サイズのトレンチコートとソフト帽に身を包んでいた。いつものバイザーでなく、ホッケーマスクのような仮面に帽子というその出で立ちは、普段以上に異様なものを感じさせる。接触が予測される黒羽の人員に装備を見せないためだ。
仮装行列と鬼門遁甲の差が生み出すもの。それは奇襲への対応力の差。
相手を意識できていなければ鬼門遁甲の効果は十分ではなくなり、さらに相手が通常の視界のほかに俯瞰的な視力を――例えば、精霊に視覚を盗聴させるとか――持つ場合、さらに効力が弱まってしまう。相手が仮装行列などの狙いを散らす技を併用していればなおさらだ。
極め付きに、創一朗は調整体の中でもとびきり改造度の高い強化人間だ。内臓が二重に存在していることも手伝い、創一朗の脳と精神は二つのそれが互いに補い合う機能を有する。このことは、精神干渉魔法による情報改変が行われた時、片方の急激な状態変化をもう片方が認識・修正するという形で、精神干渉魔法に対する極めて強固な耐性として機能していた。
この技術はのちに白巳の精神構築に応用された。結果彼女は創一朗のそれをも超え、精神干渉系魔法全般を事実上無効化するに至っている。彼ら「鵺シリーズ」へは、それこそ精霊の眼と精神干渉魔法を両持ちでもしていない限り有効打を与えられない状態だ。
「人間」の相手に特化してきた周の手札では、得意とする遁甲術を始め、幻影や暗示の類がほぼ全て通用しない。頼みの化成体による物理攻撃も、あれは「音や光、加重などであたかも実在するように思わせることで、精神に与えたダメージを肉体にフィードバックさせる」という理屈で攻撃するものだ。任意で痛覚すらも遮断しうる創一朗には通用しない。
つまり、そもそも周のような黒幕を気取る古式魔法師にとって、創一朗のような化生に片足どころか腰まで浸かったような怪物はすこぶる相性が悪いのだ。
「……鉄仮面」
その名を周は確信と共に呼んだ。
「ふふ、戦略級魔法師までも投入されるとは、随分熱烈ですねッ!」
言いながら周が展開した化成体は、しかし2歩目を踏み出すより早く「鉄槌」の餌食となり、叩き潰され消えた。
「ぐっ……!?」
直後、周は身体に急激な重さを感じ、膝をつく。
(これは……重力制御魔法!?)
中和の為、跳躍の能力を持つ式で突破を試みるものの、その圧倒的な干渉強度を跳ね返すことが出来ない。
当然だ。創一朗に加重系魔法で競り勝つのは、四葉真夜に流星群で競り勝つのと同義の無理難題だ。
術式解体が使えれば悪あがきくらいはできたかもしれないが、この重力場に囚われた段階で、創一朗はとっくに周の現在位置を特定している。
今鉄槌を使っていないのは、殺すよりは生け捕りの方がいいかなと思っているからにすぎず、下手に抵抗しても寿命が縮むだけ。
周はかすかに身もだえするのみで、倒れた姿勢のまま地面に押し付けられピクリとも動けない。
「わざわざ攻撃の方位をズラすってのは、全方位攻撃には対処できませんって言ってるようなもんだろ」
携帯型セイレーンなしで放つ簡易版だが、効果範囲が狭い代わりにかかる重力は変わりない。既に創一朗を中心とした半径30メートル圏内は、人間が意識を保つことのできない殺し間となっている。
創一朗は地べたを這いつくばるしかなくなった周の額に手を当てると、ダメ押しとばかりにゼロ距離の術式解体を流し込む。
サイオンの奔流が周の体内を暴れまわり、仕掛けられている数々の術式を破壊する。体内への術式解体はその膨大なサイオンによって対象に不快感を与え、場合によっては脳震盪を錯覚させて意識を刈り取る技だが、その際に体内で待機している魔法を片っ端から押し流してしまうため、自爆封じとしても有用であった。
無人地帯の出力が20G、つまり最大に到達するよりずいぶん早く、周はその意識を手放していた。
◆ ◆ ◆
――軍隊は強力だが鈍重だ。それは民主主義国家にとって必要な枷であり、軽率に軍隊が動くことは、軽率に戦争が起きることを意味する。
軍隊の戦闘能力とは大雑把に言うと「数」のことであり、しかし数を増やせばそれだけ動きが鈍くなる。戦争ができるほどの大兵力を動員するには、議会の承認、予算の編成、物資と兵員の調達と移動……と現代国家をもってしても数か月を要するし、国内経済もタダでは済まない。
国家はその重たい枷をすり抜けるため、長らく努力を続けてきた。その一応の結実が、特殊部隊という概念である。国中からかき集めた最精鋭で編成したそれでも、基本的には数百人から数千人を必要とした。安く上がるようにはなったが、それでも隠すのは大変だ。
魔法師という存在が最も大きな革新に寄与した分野は、今のところ特殊部隊の運用ドクトリンであろう。
そして、それを齎したのはほかならぬ日本の十師族、四葉家である。
彼らはたった30人で先進国相手に「戦争」を仕掛け、その全員と引き換えに
スパルタ人は300人で20万の軍勢と渡り合ったと言われる。
聖書の神は天使を遣わし、アッシリア軍18万5千を殲滅したと言われる。
それらは今や霞んでいる。なぜなら「あの時」、大漢の人口はおよそ4億人いた。
歴史を語る上でしばしば誤解される部分だが、このころの大漢は、日本と対大亜連合で緩やかな連帯状態にあり、どちらかと言えば友好関係にあった。
四葉家介入のきっかけとなった青少年魔法交流会での悲劇を経てもなお、両国の関係は冷え込みはしたが断絶まではしなかった。四葉家が私的に報復を仕掛けなければ、情勢的に両中華をまとめて敵に回したくない日本政府は強く出られなかった可能性が高いと見られている。
あるいは、日本政府がそのような対応を取ったから四葉家の暴走を招いたという見方もある。
つまり、四葉による「報復」に日本政府は関与していないどころか、頼むからやめてくれとさえ思っていた。日本で同じことをやられるのが怖くて黙認するしかなかっただけだ。彼らは図らずも、十師族体制を「政府が強く出られない独立軍閥」という形に定義してしまった犯人でもある。
このことに、現地に近かったものほど強い衝撃を受けた。事実があまりにも現実離れしていたから、遠く欧米や新ソ連の人間は戦時の混乱もあって「伝わっている間に誇張されたに違いない」という無意識の補正を掛けてしまい、きちんと向き合えなかったのだ。
魔法師は少数でのゲリラ的な斬首戦術にこそ大きな効果を発揮するというのは、たった数十人で現代国家を滅亡させた、その恐ろしさを真に理解したアジアの人間だけが得た「戦訓」だった。大亜連合の八仙(8人)、
その恐ろしさは、戦力そのものよりもフットワークの軽さにある。
日本最強の隠密作戦部隊として自他ともに――存在を知っているのは十師族の一部と政府上層部、海外でもほんの数か国くらいなものだが――認めるところである特選隊は、国防艦隊から独立した特務機関の直属という扱いになっており海軍の主流の指揮系統から独立している。
特務機関はその性質上、同階級の人物が率いる艦隊よりもはるかに独立性が高く、戦時から改正されずに残っているいくつかの法と規則を悪用すれば、行動するのにいちいち承認と報告をすら必要としない。たった数名分の給料と装備で、師団や艦隊、ともすれば小国をも壊滅させうる実力を持ちながら、それらとは比べものにならない程迅速に、静かに、綺麗に運用できる。
大部隊を動かせば必ず予兆と痕跡が残る。翻って、たった6人が移動するのに何の痕跡が残ると言うのか。個人レベルならともかく政治レベルの話になると特選隊の動向を掴むのは不可能だ。面倒な根回しや政治的取引なしで即座に派遣できる巨大な戦力。権力者にとって夢の兵器だった。
ゆえに、必要と見れば即断/独断で文字通りどこへでも現れる。
たとえば今、周公瑾の捕縛。
「作戦完了、っと」
言いながら、軽い口調で周を拘束していく創一朗。
この時既に無人地帯は解いていたので、"疑似瞬間移動"*2を用いて飛んできた者たちが重力場にからめとられることはなかった。
「……っ!!」
疑似瞬間移動の繭の中から現れた二人――黒羽亜夜子と文弥は、まさか既に戦闘が終了しているとは思わなかった。
十師族が軍閥化して軍への戦力供給を絞っているため、国防軍の魔法戦力は弱体である。
今のところ、十師族の鼻を明かすほどの実力を持った部隊は陸海軍に1つずつしかない。独立魔装大隊と、対魔装特選隊だ。
四葉の人間さえも、国防軍が動いているらしいことまでは掴んでいても、それが対魔装特選隊だとは知らなかった。
だが、伝聞しただけの存在とはいえ、その巨体とただならぬ魔法力、何よりこの短時間で「あの」周公瑾が捕縛されているという事実により、黒羽家の双子は相手が誰であるかすぐに気づいた。
「鉄仮面……!!」
「……」
一方の創一朗としても、まさかこんなに早く黒羽の双子が鬼門遁甲を破って来るとは思わず、悠長に周を拘束していた。
周がどんな隠し玉を用意しているか分からなかったため、下手に動かさずに武装と魔法の解除につとめ、古式エキスパートである山田の到着を待っていたのだが、その丁寧さが裏目に出た形だ。
(困ったな……大人しく見送ってくれる雰囲気じゃなさそうだぞ)
創一朗の見立て通り、眼前の
(仕方ない……)
「……黒羽か。見ての通り周公瑾は捕えた。ほかに用がないなら散れ」
硬質な口調を心掛けつつ、警告を発する。
創一朗は「原作知識」によって、この珍妙な格好の二人組が黒羽家の双子であることを(何なら片方は女装した男であることを)知っている。
これが一般人ならそっと口封じしているところだが、四葉家関係者ならば話は別だ。彼らは既に対魔装特選隊の存在は知っているし、身内に手を出すとマフィア並に面倒な連中である。事を荒立てるのは得策ではないと判断した。
(しゃ、喋った……!!)
一方、黒羽文弥もとい「ヤミ」はビビっていた。
自分の素性が割れているのはもちろんのこと、相手は彼らの敬愛する司波達也と互角に戦ったという国防海軍の最終兵器だ。自分たちとは隔絶した実力差があるのは分かっていた。
それでもなお、彼は退くことが出来ずにいた。
(喋った! って顔してんな。なんだ人をタイラントみたいに)
スターズを追いかけ回したことあるからどっちかというとネメシスか、と面倒ごとから逃げ出そうとする思考を修正して、創一朗は次なる一手に出た。
「もちろん、お前も一緒に」
何もないはずの方向に声を掛ける。
(通用していない!? い、いえ、まだブラフの可能性もある。解除はできないわ)
それで隠形が揺らぐようなことはなかったが、"極致拡散"で隠れていた黒羽亜夜子もとい「ヨル」は弟共々間違いなく動揺していた。
「…………それは、できない」
しかし、ヤミの返答はNOだった。
この日、黒羽家に与えられたミッションは2つ。
1つ。周公謹なる大陸の道士を無力化すること。生死は問わない。
2つ。1つ目のオーダーを国防軍が出した追手より早く完遂すること。
四葉家をして「断れない筋」からの依頼、もとい命令であり、その達成に万全を期すため黒羽家の主戦力が投入された訳だが……結果はこのザマだ。
どうも四葉家は、周の捕縛のために軍が動いているらしいことと、中華街の一斉摘発が近く行われるらしいことまでは掴んでいたが、この事案が対魔装特選隊を投入するほど切迫したものだとは知らなかった節がある。
ともあれこの場に放り出されてしまった黒羽の二人は、しかし1度は目標を取り逃したという焦りもあって、引き下がることを選べなかった。
「はぁ~……」
大きな溜息は、仕事が増えることに対する憂鬱感か、彼我の実力差を弁えられない愚かさへの嘆きか。
ともかく、ここで黒羽の戦闘データが得られることは無駄ではないと自分を納得させて、創一朗は二人に向き直った。
勝利条件、この2人を
敗北条件、さっきから全裸にぐるぐる巻き*3の状態で転がされている周公謹の身柄を奪取されること。
『ちょっと隊長!? なんか話がややこしくなってない!?』
ヘリからも状況が見えたのか、インカム越しに玲が文句を飛ばしてくる。
『気にしないでいいですよ、ちょっと生意気なメスガキ……いやメスじゃないのか、ともかく分からせてやるだけなんで』
『絶対大丈夫じゃないよね!? 大亜連合と"アンタッチャブル"の二正面作戦とか私
『俺だって嫌ですよ、なんですかその地獄絵図。ちゃんと死なないようにしますって。それより周公謹の回収お願いしますよ』
通話中、ほぼ無防備のはずだが文弥は踏み込んでこなかった。
不意を突いて"疑似瞬間移動"による目標奪取の可能性がある以上、ちょっとしたハンデ戦であり油断できる相手ではない。だが向こうも意外と慎重に攻めて来るつもりのようだ。
(鉄槌警戒か? 別に隣の県からでも撃てるけどそしたらお前死ぬじゃん。まあ
創一朗は引き出しが多いために、その解放状態をギアで表すことがあった。素の身体能力と標準装備されている"電光石火"のみで戦闘する状態を
「じゃあ、やるか」
軽い掛け声とは裏腹に、創一朗からどす黒いほどの魔法力が湧き上がった!
精神干渉相手だととことん相性がいい創一朗です。周は実力だけならカテゴリー4相当でしたが、相性負けの結果完封されました。
いいとこカテゴリー2な黒羽姉弟に勝ち目は……。