ここまでの情報を整理するため、キャラクター相関図を作成しました。オリキャラと原作キャラを色分けして表示しておりますので、話がこんがらがって来た読者の方は参考までにご利用ください。
【挿絵表示】
68 中華街
2095年 10月某日。
この日の深夜、横浜中華街は喧騒に包まれていた。
「警察だ!! お前たちには不法入国した大亜連合人を組織的に隠匿している疑いがかけられている!!」
関東全域からかき集められた数百人の機動隊人員が中華街全体を包囲し、有名な入口の門の前ではバリケードを挟んで警官隊と現地住民が睨み合っていた。
「おーおー派手にやってんなぁ」
「警部、気づかれますよ」
そこから少し離れた住宅街から、道の先で行われている大捕り物を他人事で観賞する刑事二人組。
高レベルの戦闘魔法師である寿和は、機動隊の包囲を抜けて逃走を図る相手方の魔法師に対策するため、相棒の稲垣と共に包囲の外側に遊撃戦力として配置されていた。同じような戦力が他に十数組、中華街を遠巻きに囲うように配置されている。
内部の制圧と占領は人海戦術の取れる機動隊の役目だ。向こうにも相当数の戦闘魔法師が配備されており、上が本気で中華街を潰そうとしていることがありありと伝わる陣容であった。
「しかし……これほど大掛かりにやってしまって良かったのでしょうか」
中華街が華人犯罪者の駆け込み寺だったのは、少なくとも2095年の警察組織では公然の秘密だった。政治的都合で半ば治外法権化していたこの街に対して、できるもんならいつでもこうしてやりたいと現場の人間は思っていた。
特にここ1ヵ月で立て続けに発生していた密入国事件のうち多くの容疑者は入国後に忽然と姿を消している。彼らが華僑のネットワークを頼って中華街とその周辺に潜伏しているだろうことは誰の目にも明らかだったが、証拠がないために警察と公安は手をこまねいていた。
その上で、稲垣の疑念は2つ。
面積の狭さに比して誰も底を見通せないほどの「深さ」を持つと言われる中華街を制圧することが、本当に可能なのか。
それが
確かに現在の中華街は犯罪者を匿うこともあるが、一方で度が過ぎるものは政府に引き渡したり、華僑のネットワークで政府と取引をしたりして強かに立ち回って来た。それを短絡的に潰してしまうのは、自分には想像もつかないほど多くのところに悪影響を与える気がしてならなかった。
「……良くはないだろうなぁ。大亜連合は嬉々としてあげつらってくるだろうよ。公表はされてないが、あの包囲してる連中の後ろには完全武装の
対する寿和の答えはいつもの適当さが残ってこそいたが、内容はかなり悲観的だった。
「包囲に参加してる同門によると、向こうの抵抗が確認されたら実弾の使用が許可されてるそうだ」
現代の日本警察は、昔のように優しく投降を促してくれなくなって久しい。武器の密輸やテロ攻撃への対策のため、実弾使用のハードルは欧米レベルとは行かずともかなり下がっている。機動隊が装備している小銃がその証拠だ。
一度中華街側が抵抗すれば、後は血みどろの銃撃戦が起こることは容易に想像された。
「そんな! 大亜連合と戦争になりますよ!?」
もちろん、今の日本に治外法権を認めている国家はないので、国内の犯罪者を捕えるために銃撃戦になっても知ったことじゃないと突っ撥ねることは正当だ。
だが、大亜連合という国家がその正当な行為に「虐殺である」と難癖をつけた上で「国内邦人の保護」を名目に戦争を吹っ掛けてこない保証がなかった。
それを「やりかねない」と思われていたから、今まで「必要な犠牲」に目をつぶって来た歴史があった。稲垣の指摘はそれを指している。
そして、千葉寿和は良くも悪くも、その疑問に答えを持っていた。
「…………こいつはオフレコなんだが」
寿和はたっぷり数秒考えてから、寿和はその情報を開示した。
「
「逆?」
話を呑み込めない稲垣が頭に疑問符を浮かべる。
「上にはもう開戦を確信するだけの情報が出揃ってて、今更日取りが動くもんじゃないから開き直って好き放題してる……って言ったらお前、信じるか?」
「なっ……!?」
しかし稲垣が言葉を続ける前に、中華街の方から乾いた炸裂音が響く。
直後、悲鳴。
「おっぱじめやがった、稲垣行くぞ」
見れば寿和の顔からは、いつもの飄々とした様子が一切消え失せていた。
(弱腰でいいんだよ政府なんてもんは……。やいやい言ってる連中は威勢がいいかも知れんが、"それ"をやる必要がある世の中なんざ、心の底では誰も望んじゃいない……)
腰に佩いた日本刀を一つ撫でて、寿和はまず迷いを捨てる。
寿和には才能がない。彼にあるのは剣術道場の倅に生まれたという環境的優位だけだ。優秀な弟は優しいままで強くなれたが、自分が鉄火場で生き残るには多くを捨てねばならないと彼は知っている。
意思を捨て、知恵を捨て、人であることを捨てて初めて、寿和の魔法は所定の性能を発揮する。
"迅雷斬鉄"が得意というのは、得意分野がないという意味の蔑称でもある。刀と剣士を単一の概念としてまとめ、所定の動作をトレースする移動系魔法である"迅雷斬鉄"は、理論上は誰にでも習得可能だ。その動きは事前に全て定められていて術者のオリジナリティは介在せず、必要となる魔法力も小さい。
ただ、膨大な鍛錬時間と一時的に人格を捨てる覚悟さえあれば、あとは魔法が
後には、一振りの刀だけが残った。
◆ ◆ ◆
『現在、魔法協会関東支部の望遠デッキから中継しております! 広範囲に報道規制が敷かれておりますが、なんとかここから機動隊の様子を――』
一方、同時刻。
気合の入った報道機関による中継映像をスマホで見ながら、彼は協力者に用意してもらった部屋で優雅に……とは行かないまでも、とりあえず平穏に過ごしていた。
移動中に腹ごしらえも済ませているので、今日のところは摘発の先行きを見物するのみだ。流石にこの状況で爆睡をかますほど不用心ではないが、多少なり睡眠時間を確保できそうで周としても先行きが良い。
(毎度、師の手回しの良さには驚かされますね)
この拠点自体は周が自前で協力関係を結んでいた伝統派の隠れ家に間借りしている形だが、今日の一斉摘発を回避できたのは彼の師、
軍や警察の動向には自分でも目を光らせていた周だが、今回の作戦行動は極秘――というより、周本人を捕えるために綿密な根回しの上行われたらしく、ギリギリになって師の警告を受けるまで周本人では動向を掴めなかった。
日本にいて工作を担当しているはずの周よりも、とっくに国外逃亡を済ませている顧傑の方が情報通であることは謎だったが、残念ながらそのからくりまでは教わっていなかった。
ともかく、師はまだ自分を守る価値があると考えているらしい。
(ここからどうするか……)
慌ててアジトを引き払ったため、証拠を消すところまではできたが師との連絡手段が失われてしまった。
古式魔法の世界観における「距離」とは、物理的なそれというより、概ね「境目」をいくつ跨ぐかで規定される。例えば大平原の端から端を接続するよりも、家から隣の家まで繋ぐ方が魔法的には難しい。
人間が構築できる境目のなかで、今のところ一番強固なのが「国境」だ。これを越えて魔法が届くほどの質の高い連絡経路を用意するには、周といえどかなりの時間と手間をかけて祭壇を構えなければいけない。次のアジトが定まるまでは、ひとりで逃げ回る必要がありそうだった。
(幸い、当面の布石は打ち終えました。ほとぼりが冷めるまでは逃亡生活ですね)
周がそう結論した頃、自前で用意していた結界に揺らぎを感知。
襲撃だ。
(……どこかで式でも打たれましたかね?)
周は少しだけ苛立ちつつ、即座に手荷物をまとめて窓から部屋を出る。
周の居室は2階。これくらいなら魔法を使うまでもなく脱出可能だった。
「さて……お迎えを手配した覚えはないのですがね」
降りた先、中庭にも追手が4人。
「お気になさらず。日本式の
その中でも代表して1人、この鉄火場にはまるで相応しくないゴスロリ姿の少女が告げる。
黒羽亜夜子。弟の黒羽文弥ともども、今日は仕事着――ドレス姿――で周の包囲に加わっていた。包囲の4人のうち2人が彼ら姉弟で、残りも黒羽家が抱えている腕利きの戦闘魔法師だった。
「なるほど、私などのために光栄でございます」
周はわざとらしく一礼すると、懐から呪符を持ち出し、術式を発動させた!
「……始まりましたね」
周の拠点を遠巻きに旋回するヘリが1機。
操縦者の技量によって、拠点の結界にギリギリ入らないようなルート取りがされ、またヘリ自体も最新のステルス性能と古式魔法"隠れ蓑"による認識阻害を併用して人目に付かないよう注意が払われている。
「予定通り、周公瑾が離脱に成功したら我々が後事を引き継ぎます」
ヘリ内の人員に方針を説明しているのは、この部隊を取り仕切っている榊創一朗であった。
そう。彼ら対魔装特選隊もまた、周公瑾を捕縛するため部隊を投入してきていたのである。
「んでも、流石にあの包囲の中を抜けるのはムリじゃない?」
玲の指摘する通り、彼らの眼前では――と言っても100メートル以上離れたヘリの中からだが――四葉の諜報・工作を担う分家である黒羽家の手勢が拠点である一軒家を取り囲んでいる。
普通の警察ならともかく、魔法師として高い実力を持つ彼らの包囲網から抜け出すのはほぼ不可能に思われた。
「黒羽家はまだ鬼門遁甲のことを知りません、初見で突破できるかは五分でしょう」
だが、創一朗は原作知識によるカンニングという形で彼のカラクリを知っている。
鬼門遁甲。方位を狂わせ、相手から見て自分がいる方向を誤認させる古式魔法だ。
正面から行くと逃げられる可能性があると判断した創一朗は、山田と協力して周をつかず離れずで尾行するという離れ業を実現しつつ、ひとつの作戦を考案した。
丁度同じく捕り物に出ていた四葉家……の実働担当者を周にけしかけて、高見の見物を決め込みつつ両者の戦闘力を分析しようというのである。
「しかし、隊長も中々えげつないこと考えるね」
「
少なくとも公安と内情の上層部は周公瑾が横浜中華街に居ると思って摘発作戦を敢行した。その裏で、特選隊の5人だけが獅童に口頭で連絡を入れた上で極秘に出撃、京都近辺で周を捜索していた。今回の四葉家は追跡に成功したのではなく、特選隊の追跡に便乗してここまでやってきたのだ。
四葉家としても、特選隊を利用してやった(ついてきた)形になり、特選隊は初見の相手と戦う手間が省ける。少なくとも今回の件では、手柄がどこにあっても構わないと特選隊は本気で考えていた。
「しかし、公安の中華街摘発は完璧な情報管理のもとに行われた。それに気づけたとなると向こうの組織規模が一気に上方修正されます」
向こうにはフリズスキャルヴがあるので公安の摘発作戦が漏れるのは当然なのだが、正直に言ったところで信じてもらえないのも当然の与太話だ。こうして情報を積み上げて対処していくほかになかった。
「あ、抜かれた。あれはちょっと厄介そうだぞ」
言いながら、そそくさと降下の準備をする創一朗。
本来なら「この方法」は彼の師、顧傑を消す時まで残しておきたかったが、大亜連合との戦争を間近に控えた現在、出し惜しみをしていられないのが実情だった。
「俺の目なら鬼門遁甲は突破できる。山田さんは
「了解だ」
山田がひとつ頷き、新たな呪符を展開する。
その術式の完成を見送ることなく、創一朗はパラシュートも持たず、上空100メートル前後を飛行するヘリの中から飛び降りた。
前話に原作キャラの死を契機として仕込んだ通り
ここからは容赦なくキャラクターが死にますので、各自閲覧には注意をもって臨んでください。