モノリス・コード本戦。
例年九校戦のトリとして実施されるこの競技は、派手な魔法戦が行われることからミラージ・バットとは別口の人気を確保している。
一方で、最終競技の倣いとしてこの頃には全体の優勝が確定しており、競技自体が消化試合になることもしばしばある。
特にこの3年は、第一高校が圧倒的な実力を見せつけての優勝を果たすことが常となっていた。今年のモノリス・コードがまたしても消化試合化したことを、魔法ファンたちは諦観とともに見つめている。こうならないためにモノリス・コードの得点は他競技の2倍ほど高いのだが、それでも一高の圧倒的成績を前にしてはどうしようもなかった。
試合では、これまた第一高校の十文字克人が「ファランクス」を縦横無尽に振り回す活躍を見せ他校を圧倒。特に苦戦や番狂わせが起こるでもなく、第一高校が順当に優勝を飾る。
もって、ミラージ・バット時点でさえ確定していた第一高校の新人戦・本戦完全優勝は史上最大の点差を伴った驚異的なものとなり、一高三巨頭を筆頭に出場者たちはひとつの伝説を歴史に刻むこととなった。
――その後。閉会式を終え、夕方。
富士演習場ホテルでは、試合の熱気冷めやらぬ中、選手たちにとって九校戦最後のイベントとなる後夜祭が開かれていた。
高校生の夕食会としては遅めのスタート時間であり、真夏とはいえ外では日が落ち始めている。遠方から来ている生徒が多いため、全日程が終了した後はそのまま消灯時間となり、翌朝改めて解散、というのが恒例だった。
(攻撃の兆候なし……明日にはようやく一息つけそうだな)
例によって入り口横の壁際で会場警備に徹している創一朗だが、幸いにしてこれ以上の問題は起きそうにない。攻撃を許す事なく九校戦を完遂させ、創一朗も多少なり場の空気に引っ張られ和やかな気持ちで成り行きを見守っていた。
会場はいわゆるノーサイド精神というやつで、前夜祭のどこかピリピリした雰囲気と打って変わって和やかだ。
往々にしてデストラップとして捉えられがちな「無礼講」であるが、身分とそれに相応しい立ち振る舞いを習得している人間にとってはきちんと楽しめるものである。
ざっと見渡す限りでも、やはり試合で活躍した司波兄妹と白巳、そして一色愛梨に来賓が集中しているようだ。創一朗が分かるだけでも防衛省の人事教育局長、魔法大学の学部長、陸軍北部方面総監(昔は中将ポストだったが、大戦を経て増強され大将ポストになっている)、参議院議員、そして北山雫の父親と思しき中年男性……本気も本気、見てるだけで胃が痛くなってきそうなメンツである。他にたくさんいる見覚えのないおっさん達も、風格からしてどこかの社長さん達だろう。所謂財界人というやつだ。
今年は特に名勝負が多かったためか、この手のお客がいつになく増えている。何とか会場に入りきれるようにと厳選に厳選を重ねた結果、例年なら壇上で挨拶するレベルの来賓ばかりが何十人も集まるという異様な事態が起こっていた。
とりあえず白巳は問題なく高校生のフリをしながらスカウト話を捌けてるようなので、フォローはいらないと判断して持ち場を維持する。
「妹さんのご活躍、拝見いたしました」
「佐伯閣下」
そんな中、わざわざ創一朗の方へと足を向ける者もいた。
国防陸軍第一〇一旅団 旅団長、佐伯広海少将だ。
持前の銀髪を後ろで縛って眼鏡*1をかけた姿は、軍人と言うより学校の先生のようだった。だが参謀畑を渡り歩いて女だてらに少将まで出世を果たし、「銀狐」の異名を取る猛者である。十師族に批判的な立場を隠さない急進派であり、それで今まで失脚せずにキャリアを積み上げてきた筋金入りの思想家でもあった。
「私は陸の人間ですが、
創一朗と白巳の素性を把握されていることについて、驚きはない。
そもそも、彼女の指揮下にある独立魔装大隊は、数年前の段階で対魔装特選隊と合同で演習するなど、魔法主体の特殊部隊同士なにかと関わりがある。
達也あるいは風間少佐経由で話が行ってるのだろうと考え、創一朗は話を続けた。
「うちはその分数が少ないですからね。少数精鋭と言えば聞こえはいいですが、要するに万年人手不足ですよ」
「魔法師が足りないのはどこも変わりませんね」
創一朗としては「引き抜きの相談なら受け付けないぞ」という牽制球のつもりだったが、その返答は広海の意に沿うものであったようだ。広海は一瞬きらりと目……というか眼鏡を光らせて、さらに言葉を続ける。
「しかし、近年は軍に志願する魔法師が増えています。我が国の情勢は予断を許しませんから、可能な限り、柔軟かつ迅速な対処を可能とするようにしておかなければ」
それは一見するとただの一般論だ。だが陸軍反十師族派の筆頭であり、十師族に依存しない魔法戦力の構築を強く唱えている広海が、同じく十師族に拠らない魔法戦対策のために発足された対魔装特選隊の人間に向けてこれを言うことには大きな意味がある。
つまり、今は何かしらの「有事」が懸念される状態にあるから、「その時」を迎えても生き残れるだけの戦力を用意するか、それが無理なら十師族に動員をかけられるようにしておけと。
「自分も同意見です。と言っても、自分は管理職としてはペーペーもいい所ですから。決まったことをどうやって達成するか考えるので精いっぱいですよ」
創一朗は同調しつつ、その意思は自分ひとりの物ではなく海軍上層部(と、裏に控えている鎌倉の老人)の方針によるところで、自分はあくまで上意に従うのみであることを示す。
十師族依存からの脱却は、特に対魔装特戦隊の上、海軍特務「M機関」の悲願だ。「その時」に陸軍と足並みを揃える準備は出来ている、と。
「ふふ、貴方は中々話せる方のようですね。有意義なお話ができました」
「恐縮です。海軍としては陸軍の提案に反対である、なんてのは150年前に卒業したはずですからね」
その言葉には、陸海の連携を維持していこうという言葉通りの意味の裏に、自分たちはとっくに改善したことをまだ出来てない奴らがいると言う揶揄が含まれる。
海外から見た日本は十師族という魔法戦力に守られているが、当の日本政府は十師族を御し切れていない。実質的には政府の統治が及ばない別勢力を国内に抱え込んでいる状況だ。
だから少なくとも今の軍部、特に魔法師関連部隊には、十師族という共通の敵が存在している。世界最高峰の戦力を持ちながら軍を「脱走」し、今も一定の距離を置き続けている十師族を、軍という組織は戦力に数える訳に行かないのだ。いざ有事が起こったとして、彼らが日本のために戦ってくれるかどうかは彼ら次第なのだから。
この状況で陸海空軍の連携まで取れなくなったらいよいよ終わりだ。つまり広海は、海軍のスタンスを確認しに来たのだろう。「あたし達ズッ友だよね?」という問答を職責にふさわしい言い方に変換するとこうなる。
参謀部の権力闘争を勝ち抜いてきた女傑だ、恐らく上層部にも別で確認をしているのだろう。かつ最高戦力である創一朗はどう思っているのかを聞きに来たのだろう。流石に自分でも司波達也を抱えているだけあって、戦略級魔法師の軍への影響力というものが良く分かっているらしかった。
(この確認が必要となると……上じゃもう"開戦"を察知してるのかもな)
創一朗は、この先何が起きるかを知っている。
横浜事変。大亜連合の偽装揚陸艦による奇襲上陸と、その後に行われる軍事作戦。そしてその果てに起きる「灼熱のハロウィン」。
それは沖縄海戦の比ではないれっきとした「戦争」であり、原作においては司波達也が「マテリアル・バースト」で敵艦隊を出港前に吹き飛ばしたことでようやく収まった。
だが原作では、少なくとも軍部は大亜連合軍の動員に気付かなかったという描写がある。
創一朗が居ることで軍の能力が増して、おかげで大亜連合の侵攻の兆候を掴めたと考えるのは筋が通っている。現に、沖縄戦の時はそれで事前に気付いて対応出来た。
だが創一朗は特殊部隊の高級士官である以上、もっと悲観的な予測も立てる必要がある。
――敵国である日本国防軍に筒抜けになるほど動員規模が大きい。恐らくは、原作よりも。
(もしそうなら……いや、そんな余力がどこに……?)
創一朗が思索に浸っている間にも会はつつがなく進んでいく。
やむなく思考を中断し、再び会場警備に集中していると、あるタイミングでBGMが変わった。
気付けばあれだけいた来賓たちもどこかへ消え、場の雰囲気がまた違ったものへと移っている。
プロム名物、ダンスである。日本でこれを導入している学校は多くとも2桁前半だろう。
幸いと言うか、本場のそれと違って最初から男女ペアで参加する訳ではないので幾分砕けたものだ。とはいえ醸し出される「上流階級感」――あくまで「感」――を見て、創一朗などはちょっと引き気味である。
流石に事前通告はあるものの、一般家庭出身で踊り方が分からない選手は競技そっちのけでダンス練習をやる羽目になるため「一部の名門家庭出身者が練習妨害のために設定している」などという陰謀論がよく生まれる。会場をよく見ると、いわゆるナンバーズやエレメンツ、古式大家出身者以外の一般出身者の1、2年生はほとんど出てきていないのが見て取れる。
ともあれ会場の面々は各々相手を見繕ってダンスを始めており、創一朗は警備員でよかったなどと思いつつそれを眺めていた。
事態が動いたのは、数曲進んで場が緩んでから。
各々「本命」と「義理」で必要なやり取りを概ね終え、さて次は誰にしようかなという「自由さ」が現れはじめた塩梅の時間帯。
壁際にはいわゆる「壁の花」を選んだ女子が何人か滞留し始めている訳だが、創一朗の持ち場の近くに、一人の女子生徒が現れた。
入口真横のポジション取りのため、狙って近づかなければ通行の邪魔になる。
「あっ、えーっとぉ、あのー……」
創一朗が視線を寄こした先には、普段の快活さがどこへやら、後ろ手に真っ赤な顔でもじもじしている制服姿のエリカがいた。バイトの名目で来ていたはずが、大した変わり身である。
それとなく後ろで付き添っているらしい美月・ほのか・雫は、恐らく達也のところにほのかを送り込むのに成功して「転戦」してきたのだろうが、その表情には多分に呆れの色を含んでいる。付き添い3人は全身で「そうはならんやろ」を物語っているが、多分エリカの「これ」は素だろう。
剣に生きてきた人間として、根本的な部分で人嫌いな所のあるエリカに取り、そういう種類の情熱は自分にはないと割り切っていたはずの感情が突然爆発して一番意外だったのは他ならぬエリカだろう。
普段は他人の恋路に喜んで口出しするタイプの彼女だが、それ自体「まああたしはそういうのとは無縁だし」という当事者意識の欠如から来る愉快犯だ。エリカ自身にとっても意外なことに、自分の番が回って来たに過ぎない。
彼女が「それ」を自覚してから4ヵ月。あまりの経験不足により今までは何もできずにいたが、今や前進の時だ、ということらしい。
「…………」
創一朗は困った。
そもそも、創一朗は警備員だ。持ち場を離れて自分も楽しむようでは失格で、パーティー会場に居るが参加者ではない立場である。ダンスは学生たちの中でやるものと相場が決まっているから、既に来賓たちも引き上げているのだ。
そこを押し通したとして、創一朗の巨躯とバイザーは目立ちすぎる。流れで誤魔化せはしないだろうし、随分と顰蹙を買うことだろう。
だが。
「……一曲だけな」
「っ!!」
言いながら、装備している防弾チョッキとCADを取り外す。同時に、エリカの顔が「ぱぁっ」と晴れていくのが見えた。
インカムで他人員にカバーを依頼し、一時的にシフトから外れ……仕上げに、顔を覆っているバイザーを外した。
現れるのは「榊創一朗」の素顔ではなく、その下で展開されている
ケロイド状のやけど跡が鼻から額のあたりまで広範囲に広がる。瞼はまともに機能しておらず、充血した眼がぎょろりとエリカの方を見ている。
「俺と踊って頂けますか?」
かがんで目線を合わせ、手を差し出す。
顔面の火傷は、「常に顔を隠している理由」として十分すぎるくらいのカバーストーリーだ。実際、配属されるときにも一度「素顔」として晒している。
元々が偽装のための古式魔法なので、
お世辞にも美しいとは言えない。耐性のない女子生徒からは悲鳴が上がってもおかしくない程度には生々しい古傷だ。
だが、会場からは確かに黄色い声が上がった。
「わ……わァ、ア…………」
いよいよキャパオーバーのエリカの手を取って、踊りの中へ入っていく。
警備員として高みの見物を決め込むつもりだった創一朗だが、実のところ任務前にきちんと踊りの振り付けを予習していた。このあたりの準備を怠らない真面目さは、確かに士官というか官僚軍人向きと言えた。
そんな訳でその気になれば一曲リードするくらいは容易である。わざわざど真ん中に出て行ったりはしないが、周囲の注目をそれなり以上に浴びつつ、それに恥じない程度にはキレッキレの振り付けを披露した。
これが七草真由美などの「本物」に近い相手になると、守破離の離という奴で逆に王道から外してくるので、ある意味エリカくらいの相手が一番丁度良かったのかもしれない。
ここまでの流れを傍から見ると、「会場警備の担当者と踊りたそうな女子生徒が出現→警備員がまさかの意を汲んでダンスのお誘い→キレッキレのダンスでリードしてくれる」となる。プロムでダンスを楽しむようなノリのいい層がこういう飛び入りを嫌う訳がないのだ。
顔がアレなのも外見上は元々整ってたのが事故で損壊した(ように偽装されている)訳で、絵面はさながら「美女と野獣」であった。
「あ、え、えっと……初めてだから優しく……」
踊り終えたエリカはぐずぐずに蕩け切っており、このまま堂々と退場し、彼女をお姫様抱っこでもしてホテルにしけ込んだとしても抵抗しなかったろう。実行すれば九校戦史に残る不朽の伝説になっていたところだ。
創一朗自身そういう考えが脳裏をよぎらないではなかったが、それ以上仕事をほっぽり出したら今度こそ叱責では済まされなそうだったのでやめておくことにする。
代わりにグロッキーのエリカを送って来た3人に任せ、そそくさと会場を後にした。
というのも、創一朗の最大警戒対象である司波達也が十文字克人に連れられて会場を出たのをマルチスコープで把握していたからだ。これ幸いとそちらについていくことにして、すっかり注目を集めてしまったダンス会場から撤収する。
――主に第三高校の一年女子が固まっているあたりから放たれる
予定よりだいぶ長くなりましたが、これにて九校戦編は完了です。
次は夏休み編(2~3話予定)を挟んで、いよいよ本番です。