(政府の)犬です、よろしくお願いします   作:TE勢残党

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58 延長戦(前)

 モノリス・コード新人戦の最中。

 

 ホテル屋上に1人の男子生徒がいた。

 

「……」

 

 霊峰富士。この日本でも一二を争う信仰を集める霊地、あるいは聖地のひとつ。

 

 その気息(プラーナ)を感じることは、「山の声を聴く」とも称され、古式魔法師、特に山岳信仰を基盤とする技術体系にとって一つの到達点だ。

 

 男子生徒――吉田幹比古は、静かに目を閉じ、自然体で息吹を受ける。

 

 ひとつ息を吸い、息を吐く。

 

 外から見えるのはそれだけだが、確かにそこには、適切な能力を持ち合わせた人間にしか感知できない「何か」が迸っていた。

 

「……きれい」

 

「えっ!? 白巳さん!?」

 

 幹比古は声を掛けられてようやく、屋上に自分以外の魔法師がいることに気づいた。

 

「ん。ごめん、邪魔しちゃった」

 

「い、いや、もう終わったから大丈夫だけど……」

 

 手をヒラヒラさせたのを挨拶代わりにして、白巳はずい、と幹比古の方に近寄り、その全身をじろじろと見つめる。

 

「ど、どうかしたかい?」

 

 白巳がマイペースなのは今に始まったことではなかったが、「アイス・ピラーズ・ブレイクであんな大活躍を見せた」という点で幹比古にとっての雲の上の人物であり、ただでさえ深雪に次ぐレベルの美人として男子の人気を二分*1する。

 

 二人きりでこの距離感、幹比古のような純情少年には荷が重いと言わざるを得なかった。

 

「私は、古式魔法のことは良く知らないけど」

 

 このレベルの実力者でも、古式の中だと落ちこぼれなの?

 

「――え?」

 

 それを聞いて、幹比古は思わず聞き返した。

 

「わたしは、6月より前の()()()()を知らない。古式の界隈で、どういう評判なのかも。ただ、少なくとも私の知ってる幹比古君は、()()()()()()()()()()()()よ」

 

 掛け値なしの本音だ。白巳はやや「不思議ちゃん」じみたところはあれど、他人の気を引くために嘘をつくタイプではない。むしろ魔法戦闘に際しては達也並にシビアであると幹比古は知っている。

 

 普段の「ミキさん」呼びすら鳴りを潜めたその発言は、幹比古を当惑させた一方で、彼の胸に熱いものを呼び起こさせた。

 

「……君から見て、僕は魔法をきちんと使えているかい?」

 

「うん。と言うより、反応が早すぎて術式の方が付いてこれてない感じがする」

 

「ああ、それは多分妨害用の偽装だね」

 

 褒められて悪い気はしないのか、幹比古はついペラペラと術式の細部を開示する。

 

「へえ……それ、無くすこともできるの?」

 

「術式の方に手を加えるってことかい? それは……考えたこともなかったな」

 

 幹比古にとって、というより古式魔法師にとって、術式は先祖代々引き継がれて来た秘伝のレシピ本のようなもので、術式の改良というのはそのレシピを勝手に書き換えるようなもの。

 

 PDCAを高速化することに重きを置く現代魔法とはあり方が異なるのだ。幹比古の発想にそれが含まれないのは無理からぬことであった。

 

「じゃあ、伸びしろだ」

 

 幹比古は気づいた。

 

 あの白巳が、笑っている。

 

「……どうして、わざわざアドバイスをくれたんだい?」

 

 それが何だか無性に照れ臭くて、幹比古は根本的な部分を聞いた。

 

「もったいないから……ううん、少し違う。うらやましいから」

 

 白巳の発言を受けて、幹比古はいよいよ面食らった。

 

 かつて神童だったとは言え、今の落ちぶれた自分にそれほどの価値があるとは、自分では思えなかったから。

 

「わたしは超能力者だから。鉄槌以外の魔法はまともに使えない。古式の対応力や隠密性はマネできない」

 

「白巳さんは、古式の技に憧れているの?」

 

「ううん。君に」

 

 いつものすまし顔に戻った白巳だが、その瞳は幹比古を捕らえて離さなかった。

 

 ただ、幹比古がその視線を勘違いするより早く、白巳は言葉を続けた。

 

「私がどこの何と繋がっているか、幹比古君は知ってると思う」

 

 意味するところを、幹比古は正しく理解した。

 

 彼女の兄だけではない。彼女自身も国防軍に属している。それも、恐らくは秘匿性の高い特殊部隊の類。

 

 少なくとも現代日本の法律において、高校生以下の学生を軍人として扱うことは認められない。彼女の属する場所は、幹比古の想像の及ぶ所よりもずっと深く、暗いのだと幹比古は理解した。

 

「もし君が、実力に相応しい評価を望むのなら。()()()()()はいつでも君を歓迎する」

 

 それに自分は、勧誘されているのだと。

 

「君は、いったい」

 

「聞いたら戻れなくなるよ」

 

 幹比古の問いかけを遮ったのは、白巳なりの気遣いだったのだろう。

 

「……僕を評価してくれるのは嬉しい。でもごめん。僕は"そっち"には行けないよ」

 

「何故?」

 

「確かに僕は一族の味噌っかすだし、次男だから当主も継がないだろう。伝統から脱却することで見えるものがあるのもわかる。それでも、古式の術者として通すべき筋みたいなものが、僕にはまだある。2か月ちょっとの付き合いだけど、少しくらいは分かってるつもりだ。"そっち側"には、こういう感情的なものを置いておける場所じゃないんだろう?」

 

 一拍の間をおいて、幹比古は答える。

 

「……そっか、残念」

 

 白巳はそれ以上何も言わなかったが、その言葉は嘘ではないように幹比古には思われた。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「お(にい)、こんな感じで大丈夫?」

 

「想定以上だ。頼んどいてなんだが、お前凄いな……」

 

 幹比古が居なくなった後しばらくして、白巳はスマホで電話をかけた。

 

 宛先は当然、自分の兄である。当の創一朗は勧誘を頼んでおいて白巳の演技派ぶりに若干引いていたが、自我が薄い故に自分を意識的に"操縦"しなければならない白巳にとって、この程度の"操作"は容易だ。

 

 そう、この場の会話は既に国防軍が捕捉しており、創一朗が遠隔でモニタリングを実施していた。

 

『あいつかなり使えるぞ、きちんと育ち切れば次の山田宏文になれるかもしれん』

 

 当初から、創一朗は幹比古に目を付けていた。

 

 その才能を高く買い、可能なら特選隊に青田買いするのもアリと見て白巳を接触させた……と、対外的には思われている。

 

 その実、今回の作戦が問題なく進んだ場合に起きる「吉田幹比古が覚醒できない」という問題を解決するため、白巳を使って幹比古が既にスランプから立ち直っていることを本人に認めさせる方法を取った。

 

 そのついでに実力的に十分だからと勧誘してみたが、流石にそこまで上手くは行かなかったようである。

 

「ごめんお兄、失敗しちゃった」

 

「いや、失敗じゃない。駄目元だったし、あの感じだとお前の所属を告発したり何たりってこともないだろう。なら十分成功だ。今後は通常任務に戻ってくれ」

 

 創一朗は「試合明けなのに悪いな」と言って発言を締め、以降幹比古に興味を示すことはなくなった。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 8月11日。

 

 新人戦の全日程が終了し、本戦に戻った。

 

 結局、新人戦モノリス・コードで「史実」通りの工作が行われることはなく、第三高校のチーム……というか一条将輝が圧倒的な実力によって優勝を果たす。

 

 新人戦のミラージ・バットも原作通りに推移し、光井ほのかと里美スバルがワンツーフィニッシュを飾ったことで、新人戦の総合優勝は僅差ながら一高が獲得することとなった。

 

 海軍用ラウンジ。

 

 監視任務を交代した創一朗は、自身の睡眠時間が短い*2のをいいことに、12時間交代のシフトを一人だけ16時間担当している上、空いた時間で観戦に出向くほどの余裕を見せている。「1日が長い」というのはシンプルながら非常に有用な特技の一つであり、歳を経るごとに創一朗の実力を確かに押し上げていた。

 

「あ、屯倉(みやけ)サン。調査はもういいんですか?」

 

 白巳と深雪による決戦の後、再びいつも通りのガラガラ加減を取り戻したラウンジでひとりミラージ・バットの観戦に洒落込むつもりだった創一朗は、意外な来客に声を掛ける。

 

弟子達(ひよっこ共)に任せて来た。いつまでも俺頼りにさせるなと市原が煩くてなあ」

 

 人がいないのをいいことに作業着のままソファに陣取っている小男は、「白い地獄」の装備開発を担当する技術者、屯倉(みやけ)(たかし)。見た目の小汚さはともかくマナーについては、到着するや備え付けのAR端末で軽食を注文しまくっている創一朗もあまり人のことを言えないかもしれない。

 

 ちなみに、彼の言う「市原」とは秩父先進技術研究所(白い地獄)の所長を務めるM機関幹部、市原友哉大佐のことだ。

 

 大学・大学院時代の同期である屯倉隆と市原友哉は、それぞれ「三宅」「一花」の数字落ち(エクストラ)同士、それでいて実用レベルの魔法力を持たない者同士として数十年来の友好関係にある。一度はトウホウ技産に就職していた隆をM機関に誘ったのも、当時既に真砂塾三羽烏の一角として頭角を現していた友哉その人だった。

 

 趣味なし・嫁なし・人に興味なしの典型的仕事人間である隆が観戦に来ているということは、何かしら意義深いものが見られると判断したということ。

 

「……ああ、シルバーの策を見に?」

 

 少し考えて、創一朗は答えを導き出した。

 

 これから始まるミラージ・バット本戦には司波深雪が出場する。当人の魔法力はもちろん、裏についている彼女の兄がトーラス・シルバー本人と知っている屯倉隆は、その仕事ぶりを覗きに来るのも理にかなっていると言えた。

 

 なお創一朗は単に暇つぶしついでに仮想敵の稼働っぷりを見に来ただけで、どちらかと言えば高級ラウンジのお高い軽食が目当てである。

 

「それもあるが……なんだお前、聞いてないのか」

 

 合成食料や代替食、機械による自動調理が主流なこの時代では、普通の(天然)食材を料理人が手ずから調理したというだけで庶民には手が届かない高級品になり得る。

 

 そういう贅沢さを無駄遣いした黄金色のフライドポテトをサクサクと頬張りながら、創一朗は首を横に振る。こと隆は礼儀作法の類を無駄と断じるタイプだと理解しているためだ。

 

「相変わらず良く食うな。ま、見ればわかる」

 

 隆に促されて会場の方に目をやると、ちょうど予選第二試合、司波深雪の出る試合が始まった。

 

 第一、第二ピリオドまでは順当な立ち上がり。

 

 流石に「誓約(オース)」を戻した状態の深雪では、周囲と同じ条件かつ経験値の差で3年生相手ではやや不利になる。

 

 それでも、まともに彼女と戦えているのは第二高校の選手ひとり――彼女もまた、優勝候補の一角に数えられている強豪である――だけで、第二ピリオド終了時点で司波深雪は僅差の1位につけていた。

 

「スペックのゴリ押し感は否めませんが……1年のそれも誓約(オース)込みでここまでやるのは、やはりぞっとしませんね」

 

「発動の速さと0-100の早さは天性のものだろうな。出力調整は若干甘いが、この状態でも十分戦術級でやっていける」

 

 歩んできたキャリアの違いが言葉選びに表われているだけで、二人の見解は一致している。

 

 そして迎えた最終ピリオド。

 

 怪物が飛翔する。

 

「うぉ……っ」

 

「な?」

 

 見に来るべきだったろ?

 

 そう悪戯っぽく笑う隆の前で、世界初となる飛行魔法の実戦運用が行われた。

 

 だが、それで終わりではないことを、数十分後の創一朗は知ることになる。

 

 この試合で司波深雪が飛行魔法を持ち出すことは、創一朗にとっては「分かっていたこと」だ。現物の迫力と感じられる魔法力は予想以上のものだったが、それはいわゆる「想定内の想定外」。冷静に分析していられる余裕くらいはある。

 

 だが、その余裕は一気に崩れ去ることになる。

 

「あれは……!!」

 

 司波深雪が圧勝を果たした直後の試合。

 

 第一ピリオドの開始と同時に、()()()()()()()()()()

 

「飛行魔法の技術は公開されている。なら何もおかしい所はねぇだろ?」

 

 それは、秩父先進技術研究所→吉祥寺真紅郎→金沢魔法理学研究所→一色愛梨の経路で提供された、FLT製の飛行デバイスを元にチューンナップされたCAD。

 

 彼女の得意とする「電光石火」と「跳躍」を組み合わせ、()()()()()()()()ように調整された一色愛梨のオリジナル。

 

「屯倉サン……こんな隠し玉持ってたんですか」

 

「上に許可は取ったぜ? アレ自体に見せちゃマズい技術は使われてないしな」

 

 秩父で開発された「無人地帯(ノー・マンズ・ランド)」は、当初の飛行魔法を超えて自在な重力制御を可能としている。膨大に蓄積された「鉄槌」の使用データと組み合わせれば、人間大砲の要領で術者本人を「飛ばす」ことは容易だった。

 

 それを試すためのミラージ・バット。

 

「タイマン張ろうや、司波達也(トーラス・シルバー)

 

 闘志に燃える隆の前では、愛梨がその場の全スコアを独占する勢いでポイントを積み上げ、第一ピリオド終了時点でほぼ通過を確実としている。

 

 この瞬間、世界で2例目となる飛行魔法の実戦運用が行われたのだ。

 

 どうやら、軍と十師族による代理戦争は、もう一波乱あるらしい。

*1
人数比で8:2くらいだが、深雪と違ってフリーであるためいわゆる"ガチ恋"を生み出しやすく、「俺だけは白巳の良さを分かっている」と思いあがるタイプのファンを多く抱えると言われる

*2
創一朗は強化人間であり、二人分の主要臓器を一人にまとめた存在であるためか、常人の二倍程度の睡眠効率を持っている。そのため平時は3~4時間、戦闘中は2時間ほどの仮眠で十分に行動可能。徹夜への耐性も高い




次かその次くらいで九校戦編は終わる見通しです。
その後が本番。
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