「畏れながら、潮時です。師よ」
横浜。
とある高級中華の店の地下に、彼らの拠点はあった。
跪き、全身で礼を示しながら、祭壇のごとく飾り付けられた屍に発言している男。
周公瑾と自称する美丈夫は、表向きこの中華料理店の主であり、同時に目の前の屍越しに存在する黒幕、
周が「潮時」と言ったのは、顧傑が政治団体やテロリストを介して間接的に実施している九校戦への攻撃についてだった。
「……お前もそう思うか」
この時顧傑は意外に冷静であった。
いつも通り弟子にすら所在地を明かしていないが、顧傑は実のところ、かなり早い段階で――ジェネレーターの供給が完了した時点――日本を離れていた。
元々、彼の取り柄は逃げ足の速さ。作戦の成否に固執せずヒット&アウェイに徹するのは得意分野だった。
そして顧傑から見ても、九校戦への攻撃がことごとく防がれているのは明らか。虎の子だったジェネレーターが全滅した時点で失敗は明白で、これ以上テコ入れした所で敵に証拠を与えることにしかならない。
原因についてもあたりがついている。十師族が出てくるのは想像の範疇だったが、国防軍が想定外に有能だったのだ。
二人は相手方の戦力が予想以上であることを認め、日本、ひいては国防海軍、対魔装特選隊なる特殊部隊への警戒レベルを引き上げていた。
「既に繋がりは消してある。尻尾切りするとしよう」
「やむを得ないかと」
最後に送ったジェネレーターを自爆させられなかったことを、古式特有の共感覚によって顧傑は把握している。敵が有能ならば、1両日中に出どころを洗って拠点――ここでは、日本でのジェネレーターの卸先としてスケープゴートにしている反魔法主義団体「今よりも人間的な暮らしと社会を実現する会」本部――に襲撃を掛けてくるだろう。それを見てからでは遅いという見解で、二人は一致していた。
「これで日本への直接攻撃の手立てはなくなった」
今回の作戦にはそれなりのリソースを割いたし、ブランシュに引き続き、日本への窓口としていた無頭龍と反魔法主義者コミュニティを全て失ってしまった。これで顧傑は当面、日本に手出しできない状態を強いられる。
普通なら、いわゆるコンコルド効果によって後に引けなくなり、ズルズルと泥沼にハマる所だ。
だが顧傑は良くも悪くも保身優先の男。「あの」大漢で非主流派の身に甘んじながら、数十年に渡って粛清の手を逃れ続けて来ただけあり、自分の命以外は即座に割り切れる心構えが出来ている。
この劣勢の中でも、最低限「次」に繋げられるだけの判断が健在だった。
「ゆえに、
「万事滞りありません、師よ」
とは言え、痛手には違いない。顧傑が感情をあらわにしなかったのは、策が他にもあったからだった。
「新ソ連は取引に応じました」
顧傑が九校戦へのちょっかいを企図している間、弟子である周には別の仕事の仕込みを行わせていた。
周は表向き華僑だ。ロシア勢との交渉は本職ではないものの、あの国の共産党員ほど悪だくみに長けた人物もそうは居まい。そういう意味で、両者は相性が良いと言えた。
「大亜連合の情勢は?」
「師の蒔かれた種は良く芽吹きつつあります。予定通り、3ヵ月以内には大輪の花を咲かせるでしょう」
さも予言のような口ぶりであったが、それは未来の予測などではない。
強いて言えば、犯行予告であった。
「――秋だな」
顧傑の言葉は短かったが、周には十分に意味するところが伝わった。
「そのように」
折り目正しく一礼する周。
少なくともその様子は、敬愛する師に忠を尽くしているようにしか見えなかった。
このやり取りが行われた約4時間後。
任意団体「今よりも人間的な暮らしと社会を実現する会」の本部が公安の一斉捜索を受け、最終的に逮捕者40名を出す大騒動に発展した。
この数は当時本部に詰めていた団体構成員と同数であり、警察は彼らを「反魔法師団体」に認定。これは事実上の「反社会的勢力」宣言であり、最後の隠れ蓑を失った反魔法主義者たちは芋づる式に逮捕されていった。
逮捕の連鎖は続き、一か月後にはかれらの凶行に関わったとしてUSNAの魔法師権利拡大過激派「FAIR」の日本支部と、協力関係にあった日本の過激派組織「進人類フロント」が一斉摘発を受けるところまで発展する。
魔法師を敵視する反魔法主義者が魔法師と繋がっていたという事実は、彼らの主張の破綻と、最早彼らがテロリストに過ぎないことを強く民衆に印象付けた。
魔法師がらみの犯罪であったため報道規制が敷かれたものの、人の口に戸は立てられない。警察の捜査の結果、会の事務所からは九校戦を標的としたテロ計画の数々が見つかり、軍用の高性能爆薬やジェネレーターの密輸の痕跡までも発見されたことは数日のうちに全世界的に報道された。
九校戦の観客動員数は10日間で10万を大きく超える。選手以外の観客や関係者はほぼ全員が魔法師ではなく、もし観客席で爆破、あるいはジェネレーターによる魔法乱射などということになれば、日本どころか世界史上でも類を見ない悲惨な結果が待っていることは明らかだった。
世界でもトップクラスに平和な国家だと言われる日本で、危うく史上最悪の大規模テロが起こりかけたという事実は世界に衝撃を与え、何より国内世論を十二分に過激化させた。もはや彼らはただの「変な思想」ではなく、明確に「公共の敵」となったのだ。
この一件により、もとより過激化の兆候のあった反魔法師狩りの風潮はいよいよ決定的なものとなり、警察上層部の忖度と現場の同調により不自然なほど取り締まりがヌルかったと言われる「正義の市民」による暴走は過激化の一途をたどる。
その旗印になったのは、「今よりも人間的な暮らしと社会を実現する会」における逮捕者一覧と、入れ違いで退会していたなどで逮捕を免れた者の一覧。とあるハッカー集団によって警察から流出した捜査資料を元に広まったこの表は、またの名を「非国民リスト」と呼ばれた。
その多くは天涯孤独だったり、勤め先をクビになっていたり、既に家族から排斥された後だったりしたが、民衆がその程度で引き下がってくれるはずもなく。
2日と経たずに全員の家族構成と出身学校が割り出され、1週間もする頃には実家の住所を割り出して突撃し、その様子を動画サイトにアップロードするのが流行。第一号として先導した国防仮面チャンネルはこの一件で大いにバズり、登録者数100万を突破した(が、USNA本国の規制にひっかかり収益化を剥奪された)。
実家へ電話で嫌がらせしたり、壁に落書きしたり、誰が作ったのやらプロ級のクオリティを有する「売国奴が乗っています」ステッカーが車一面に貼られたり。
マップアプリの表記やWikipediaの記事をふざけた内容に変えるなどはかわいいもので、出身校のサイトには軒並み「著名な卒業生」欄に彼らが追加され、存命中の映像が発掘された一部メンバーは音声の切り貼りでMADを作られる始末。民事訴訟を起こそうとした遺族もいたが、立場が「上」になるほど国策としての反魔法師狩りが行われている現状を認識している。国家そのものを敵に回すことを恐れた弁護士たちは誰も案件を引き受けようとせず、事実上完封されるに至っている。
極め付きに、獄中死した容疑者の葬儀会場に火炎瓶を投げ込んだ市民が現れ、乱闘騒ぎに発展。政府が声明を出す事態になる。主犯は金沢市在住の清掃員(17歳)で、3年前の佐渡侵攻で両親と弟を失っていた。
社会のゴミが少し綺麗になった。そういう方向性の報道が盛んに行われ、世論は総じて「殺されて当然」「死もまた社会奉仕」「公安担当者を叙勲すべき」といった状態だった。その声にかき消される形で、FAIR等犯罪魔法師に対しては、市民は驚くほど無反応であった。
また、政府はこの動きを重く見て重い腰を上げた。国外(大亜連合)からの武器流入を理由として、大亜連合による「間接的な攻撃」が行われているとして非難するとともに、国民の安全確保のため対処を躊躇わないと警告した。
同じころ、国会を1つの法案が通過する。
武力攻撃事態対処法等を一部改正する法律案。
かつて第三次世界大戦前に成立していた有事法制の一環であり、大戦を経て「事実上の国家総動員法」にまで成長した有事法制の親玉である。
その後も歴代内閣によって一進一退の改正を繰り返し、のらりくらりと廃案を避け続け「理論上、その気になれば国家総動員を再開できる」状態が保たれ続けたことで意味不明なほどの複雑さになり果てているこの法が約20年ぶりに改正されたのだ。
時の内閣による「大仕事」と称される本案では、敵国による宣伝戦・情報戦の試みに晒されている状況下においても、「準武力攻撃事態」として有事と同様に思想・良心の自由や集会・結社の自由などの私権が制限されうることを確認。
もって「極めて悪質かつ有害と判断される場合に限り」という前置きを付けた上で、反魔法主義思想そのものが事実上の名指しをもって違法化されるに至る。
当然、事態対処法が出て来たこと自体に有識者からはかなりの批判が巻き起こった。
そもそも「準武力攻撃事態」などというものを認めたら後はなし崩しに何でも規制してしまえる訳で、これは明確に戦時体制への第一歩であったが、そのような声は民衆の圧倒的な支持によってかき消されることとなった。
少なくとも本案は国内では戦時中以来となる全会一致にて議会を通過し、民衆は絶大な支持でもってこの法案を歓迎した。
――欺瞞だ。
「今よりも人間的な暮らしと社会を実現する会」は、確かに一連のテロリストの最大供給元だったが、彼ら……と言うより顧傑は、USNA製の爆薬やジェネレーターの密輸ルートを完璧に隠蔽しており、証拠は存在していない。
実際九校戦に攻撃をしかけたのは半分以上が会と志を同じくするローンオフェンダー(組織と関わりを持たない個人テロリスト)だったが、彼らは会とのつながりをほとんど持たない。
それぞれの場所でそれぞれに追い込まれ、それぞれが「何らかの誘導」によって九校戦に誘い込まれていたが、どのような誘導手段が用いられたかは不明なままだ。
そもそも、会の本部を襲撃したのは国防海軍の特殊部隊「対魔装特選隊」であって、公安は表向きの功労者に過ぎない。
そして何より、FAIRと新人類フロントが摘発されたのは完全な冤罪である。彼らは彼らでテロを計画してはいたが、今回の件とは無関係だ。
彼らは魔法師の集まりであると同時に、魔法師のコミュニティから外れた彼らは、自分たちの武力のほかに後ろ盾を持たない。
生かすも殺すもこちら(政府)次第。そう突き付けられた彼らは、対魔装特選隊の事実上の手先となって、鉄砲玉として働くことに合意した。
合意しなければ彼らは捕まったままで、テロリストとして刑務所の中で朽ちていくことになっただろう。ここで言う「刑務所」とは、埼玉県某所に存在する国内最高強度の魔法刑務所――白い地獄のことだ。
かくして、九校戦を巡る「見えない攻撃者」との戦いは、最後まで表沙汰になることなく幕を閉じる。
警備にあたった対魔装特選隊の面々は、テロを完遂させることも、彼らの「アキレス腱」である司波兄妹を爆発させることもなく平穏を守り切った。その意味では、彼らは勝利したと言えるだろう。
しかし背後に存在する黒幕と、彼らは最後まで邂逅することはなかった。
対処には成功したが、根本を断つ作業は、未だ完了しておらず、その陰謀は潰えていない。そのことを彼らは、後に痛感することになる。
――のちに「人類史の転換点」として歴史に刻まれる大事件まで、あと2ヵ月。
7:42追記 一部表現を加筆修正。
九校戦自体はもうしばらく続きます。
モノリスコードとか始まってもないですしね。