(政府の)犬です、よろしくお願いします   作:TE勢残党

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 九校戦4日目。

 

 アイス・ピラーズ・ブレイクでの決戦を終え、本選はいったん中断。新人戦が開幕してもなお、観客席は冷めやらぬ興奮の中にあった。

 

 九校戦史上初となる1年生同士、しかも同校同士となる本戦決戦の様子はインターネットを通じて世界中に配信され、試合時間そのものが短かったこともあり、SNSや各種動画サイト、果てはテレビのニュースに至るまで各メディアが熱狂を盛り上げている。

 

 ここで海軍はひとつ手を打った。ネットに山ほど転載されている動画のうち、有名どころの何本かについて「国防海軍」の名義で権利者削除を要請したのである。

 

 2095年現在でも、各種動画サイトは動画が削除された際に「この動画は〇〇の権利者申し立てにより削除された」と表示する文化が残っている。試合の動画に映っているのは司波深雪と榊白巳の二人だけ。表向きは魔法科高校生であるはずの2人の試合に軍が削除依頼を出すことには大きな意味がある。

 

 さらに、こういう時のために存在する大本営直属(自称)Ntuber国防仮面チャンネルがもっともらしい「考察動画」をすかさず投稿。「白巳は国防軍の回し者である」という陰謀論(事実)が国内外へと拡散していくこととなった。

 

 一般民衆の認識としては、自分たちに縁遠い戦闘民族「魔法師」が新兵器を開発することで国防の役に立ってくれるならありがたい、ついでに九校戦などで楽しませてくれるならなおいい……という程度。

 

 だが、多少なり「内側」の事情を知る者どもの認識は違う。

 

御園先生(財務大臣)は例の模擬戦を見て鞍替えなさった。来季の予算案は期待していいそうだ」

 

「十師族ですが、七草家に加えて九島家でも内々に動きが見られます。榊少佐が個人的に内通者を用意しているようで、引き続きすり合わせを進めています」

 

 秘匿回線での密談を終えた真砂大輔――対魔装特選隊の所属する、海軍特務"M機関"の機関長――の回答に、同じく上がってきた情報を精査していた遠山つかさが返す。真砂の階級は少将だが、機密性の高い特務機関を率いる立場として、そして何より「あの」獅童尚久の子飼いとして、与党タカ派を中心に独自のパイプを保持していた。

 

 士官用ホテルの一室。対魔装特選隊が待機場所として借りているこの部屋は、夜を徹して作戦中の指揮所のような喧騒に包まれている。

 

 榊白巳は、技術的に再現可能性が実証されている中でのハイエンドモデル。奇跡的偶然の結果生まれた創一朗と異なり、今の技術で製作可能な調整体だ。

 

 これまではあくまで大きな戦力を持つ一つのコマとして、評価は主に軍事的な部分に限られていた「リョウメンスクナ計画」の調整体たちは、白巳の出した戦果をもって初めて「成功」と見なされ始めた。

 

 勘働きの鋭い者たちは気づいている。これはただのデモンストレーションではなく、宣戦布告の狼煙なのだ。

 

 これまで、魔法戦力はほぼ全てナンバーズに独占されてきた。軍は自ら魔法師を「開発」しておきながら不本意にも彼らの独立を許し、彼らに頭を下げて助力を乞う立場に甘んじて来た。魔法師たちは厳格な血統主義と団結力を武器に特権を勝ち取り、国益に資することで日本政府、ひいては国防軍と渡り合っていたのだ。それが今、変わろうとしている。

 

 業界の外側の人間は司波深雪が四葉家の誇る最高傑作であると知らないが、試合の様子を見れば、そして多少なり魔法に詳しい知己が居れば、そこで行われた戦いがどういうレベルのものだったか伺い知ることができる。

 

 確かに勝てなかったが、一歩も引かない勝負を繰り広げたと言うだけで今までとはまるで違う。「魔法」という巨大な戦力/資源/利権の化身に国防軍の手が届いたのだ。

 

 数十年にわたって続いた十師族による寡占体制は、国政の内外に行き場のない敵意を醸成するに十分。特権的立ち位置として通してきた数々の無茶の反動として生まれ、しかし長らく「有効な代案」を持たず黙っているしかなかった反十師族勢力にとって、今回のデモンストレーションは福音だった。

 

 それに加え、今までは魔法に興味のなかった政治家や資産家、企業経営者、官僚などがこぞってすり寄ろうとしているのが現状だ。少なくとも今種々の手段で連絡してきている者たちは、動画拡散からたった1日で対魔装特選隊の存在に行きつき、公式に存在しない特殊部隊に連絡を繋げられる能力を持ち合わせているということであり、部隊としても無下にできない。

 

 そういう訳で、隊長である小野田大佐以上の幹部クラスの面々は富士の会場と都心の高級料亭やらホテルやらを行ったり来たり、徹夜で対応に追われているのだった。現在は九校戦会場に真砂が戻ってきたのと入れ替わりに、小野田がさる大物議員と密談するため東京へ赴いている。

 

「しかし、ここまでの戦果を出すとは。予想以上の性能だ。一言褒めてやりたいんだが、彼女は今どこに?」

 

「"オーバークロック"の反動を調査するため検査入院中です。本人の申告では健康状態に異常はないとのこと。お会いになりますか?」

 

 真砂はかなりの速足の持主で、特に仕事中はうっかり部下の士官を置き去りにするほどの移動速度の速さで知られる。それに涼しい顔で付いて来るつかさは、第十研一族のフィジカルの強さを意外なところで発揮しているのだった。

 

「案内してくれ。それから、"兄"の方もそこか?」

 

 つかさは特に言いよどむでもなく、求められた情報を開示する。

 

「いえ、榊少佐は――」

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「ちょっといいか?」

 

 同時刻、技術スタッフ詰所。

 

 この日スピード・シューティング新人戦に出場する北山雫のため、ギリギリまでCADの調整を実施している達也のもとに、一人の来客があった。

 

 達也はいったん作業の手を止め、立ち上がって相手を室内に招き入れる。

 

「榊主任。いらしてたんですか」

 

「そういえば、ここでしっかり顔合わせるのは初めてか。実は初日からいるぞ」

 

 その巨体を少し屈めて、達也のいる室内へと入る創一朗。仮装行列込み203cm、しかも筋骨隆々の偉丈夫である創一朗が入ってきたことで、元々あまり広くもない控室がより窮屈に見えた。

 

「試合前に悪いな」

 

「いえ、要件について察しはついています。むしろ昨日を避けてくれて感謝したいくらいですよ」

 

 昨日の達也は、かつてない接戦の末に勝利をもぎ取ってきた最愛の妹をねぎらい、そして四葉本家へと事後処理の手回しをするのに1日を費やしている。

 

「こっちも妹を慰める時間が必要だったからお互い様だよ」

 

「お気遣い痛み入ります」

 

 なお、これは社交辞令などではなく本心だ。昨日の創一朗も、最低限の業務を片付けた後は妹の健闘を称えるのにリソースの多くを割いていた。

 

「じゃあ、あんまり時間取っても悪いから手短にいこうか」

 

 達也が「はい」と言い終えるより早く、創一朗は右手で達也の胸倉を掴み、少し持ち上げる形で背後のロッカーへ強く押しつける。

 

 ガン! とけたたましい金属音が響くが、既に遮音フィールドの展開が済んでおり室外に情報が伝わることはない。そして達也も何ら動じることなく、床から10センチほど持ち上げられた状態のまま、目線だけを創一朗の方へ向けている。

 

「まどろっこしいのは嫌いだ。妹に本気を出させるために、お互いに掛けてる封印を取っ払ったな?」

 

 ドスの効いた声色だが、達也は顔色一つ変えずにいつも通り口を開く。

 

「…………何の話ですか?」

 

「軍の情報力を侮るなよ、上の方はちゃんと知ってんだよそういうこと」

 

 ギリギリと万力のような力で首を締め上げる創一朗だが、達也の顔色は変わらない。

 

「それを踏まえて。今まで俺たちが優しく対応して、大体のわがままにも折れてきたのは何でだと思う?」

 

「……俺たち、いえ、俺を交渉可能な存在だと考えているから」

 

「そうだ。お前が自分を律し、余程のことがなければあの魔法を暴発させないと見込んで。お前が意思疎通不可能な化物ではなく、一人の理性ある魔法師だと見込んで、俺たち(対魔装特選隊)はおまえと付き合ってきた」

 

 創一朗の発言を、達也は黙って聞いている。

 

「だが試合直前から試合後まで、およそ23分に渡ってあの魔法はいつでも発動可能な状態にあった。ファミレスでカバン置いたまま会計しに行くのとは違うんだぞ、あ?」

 

「……」

 

「その時の気分や用事に合わせてつけたり外したりできる程度の安全装置を置いたところで、俺たちは"制御が出来ている"とは考えない。癇癪持ちのガキに核ミサイルのスイッチは預けられない。俺何かおかしいこと言ってるか?」

 

「……いいえ」

 

「そうだろ。これは"警告"だ司波達也。安全装置はオシャレなストラップじゃねえ、お前の人権だ。お前がこれからも"世界を滅ぼす魔王"や"抑制の利かない怪物"ではなく、"魔法が使える人間"でいたければ金輪際封印を解くな。タイマンじゃお前に勝てない俺だが、打つ手がない訳じゃないんだからな」

 

 達也は脳裏で考えを巡らせる。

 

 口約束を交わすのは簡単だが、結局マテリアル・バーストを撃つかどうかは家の指示ひとつだ。否、誓約(オース)さえ解除してしまえば、達也がマテリアル・バーストを使うことを本質的な意味で禁止できる存在は、ほかならぬ司波達也だけだ。

 

「既に、軍上層部はかなりお前を危険視している。当たり前だ、手足が生えて言葉をしゃべる核弾頭が放し飼いにされてるようなもんだからな。今この状況こそが異常、奇跡的な配慮と妥協の上に成立してるんだ」

 

 ここで創一朗はようやく手を緩め、達也を地面に降ろした。続けて、半ば呆れたような声色で語り掛ける。

 

「おまえ、"次"があったらもう世界から人間扱いしてもらえなくなるぞ」

 

 達也は孤独を厭わない。彼の世界は自分と深雪で完結していて、本質的には周囲からの評価を必要としない。

 

 ただ、創一朗の言葉は、普段の軽い態度からは信じられないほど真剣みに溢れたものに感じられた。例えるなら、赤点を繰り返す問題児をなんとか進級させてやろうと心を砕く教師のような。

 

 そう。「相手のことを思っての怒り」を受けたのは、達也が覚えている限り生涯で二度目。

 

 達也の脳裏には、沖縄の時に桜井穂波から貰ったビンタのことが浮かんでいた。

 

「…………肝に、銘じます」

 

 だからだろう。達也は、この男が出来る限りこちらに手を差し伸べようとしてくれているのだと理解した。

 

「俺の目を見ろ」

 

 創一朗はおもむろにバイザーに手をかけると、上へ跳ね上げる形で素顔を露出させる。既に仮装行列による外見偽装を切っており、達也の眼前には異形の顔面が現れた。

 

「……っ!」

 

「近代国家の"何でもする"はこれくらい重いんだ。その上で、この先何かあれば、俺たちはお前を排除するために"何でもする"。二度と忘れるな」

 

 それだけ言い残して、創一朗はバイザーをもとの状態に戻すと、そそくさと控室を退出していく。

 

「今、榊主任とすれ違った。こんなところにも来てたんだ……達也さん?」

 

 ほぼ入れ替わりで入ってきた雫に声をかけられるまで、達也はその場に立ち尽くしていた。

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