「ループ・キャストだな」
8月4日、試合後。
作戦本部として用意されている一高の天幕にいた達也は、深雪の持ち込んだ試合動画を見て一言、そう断言した。
「……やっぱり」
「シルバーホーン持ってましたもんね」
後ろに控えていた雫とほのかも、達也の見立てに同意している。
ちなみに、この天幕は九校戦関係者専用のため、現在はCAD調整のためのヒアリングという名目で集まっている。エリカ達は別行動でウェイターのバイトだ。
達也は主に1年女子担当のエンジニアとして活躍しているが、白巳のCAD調整は担当していなかった。彼女は自らCAD調整が出来るということで、多忙な達也のリソースを可能な限り他所に回すため白巳の装備には触れていない。
白巳が1競技だけの参戦になっているのは、自前でCADの調整が必要であることも考慮されていた。普段から仲良くしている一方で、CADの中身などの踏み込んだ部分についてはきちんと謎のままにしておく分別が、白巳にも存在したのだ。
繰り返される映像の中では、白巳が三高の生徒を圧倒する様子がスローモーションで表示されている。
白巳がホルスターからCADを抜き、可視化処理された魔法が強烈なサイオン光を放つ。
次の瞬間、三高生徒側の氷柱が爆発したように破砕された。
粉々に砕けた氷の欠片が宙を舞い、夏の強い日差しが乱反射して輝く。それはある種絶望的な美しさを纏っており、状況を呑み込めずにぽかんとしている三高選手を彩った。
だが、今回の達也たちが注目しているのはその部分ではない。
スローになると良くわかる。白巳から見て近い側から1列ずつ、ごく短い時間差で3回に分けて破壊が起こっていた。
そのまま映像が進み、2回戦、3回戦も同様の瞬殺劇が繰り広げられる。
「すごい光……」
「ほのか、しばらく目が眩んでたもんね」
達也のように技巧に優れる魔法師は、魔法の行使の際に余剰サイオン光が少なくなると言われている。その理屈で行けば、こうも強く光っている白巳の魔法はかなり無駄が多いということになるが……。
「これは、なるほど。最適化が済んでなかったんだな」
達也はしばらく何やらブツブツと考察を口に出していたが、30秒もしないうちに思考の整理が終わったのか、深雪の方に視線を向けた。
「順を追って説明しよう。まず、白巳が持ってるCADはフォアリーブス製、シルバーホーンだな。もっとも、あれは九校戦レギュレーションを大きく超過してるハイエンドモデルだから、これも相当デチューンされている可能性が高いが」
映像の中では、白巳が銀色のCADを突きつけている。それは達也や創一朗が普段使いしているシルバーホーンであり、ループ・キャストに最適化されたモデルだ。
達也はさらに映像をコマ送りにし、カメラが手元を写したコマを拡大し、隣に3Dモデルを開いて並べる。
「こっちが映像のシルバーホーンで、こっちが正規品の外観データだ。この部分、魔法選択用の液晶パネルと側面のセレクターが取り外されている。加えて弾倉部分に装備されるストレージが通常品より短いことからも、系統どころか単一の魔法に特化して改造されたものだと考えられる」
それは解説されないと分からないレベルで巧妙に偽装されていたが、達也からすれば数秒映像を見ただけで判別可能な違いであり、"トライデント"でもここまで思い切った改造はやってないぞと、達也は内心で冷や汗をかいていた。
続く数コマで、達也はさらに指摘を追加していく。
「特にここだ。ホルスターに入ったCADを握った段階で既に魔法が準備され始めている上に、起動式が作り出された形跡がない」
「そんなことが可能なのですか?」
「技術的には可能だ。1つの魔法しか使えなくなるが、あらかじめ必要諸元を全て魔法式の方に記載しておけば確かに実現できる。本人の適性も必要だが……白巳は自分でも超能力者寄りの適性だと言っていたからな。可能な限り変数を減らすことで魔法構築のかなりの工程をスキップ……というより、無意識領域で処理させてるんだろう。この分だと照準や威力も固定値になってるな」
「えっと……つまり、汎用性を捨てて速度に全振りしてるってこと?」
「その通りだ」
雫によってバッサリと纏められてしまったことを意に介するでもなく、達也は解説を続ける。
「このカメラは120fpsで撮影されているが、白巳がCADに手をかけて、CADが光り始めてから初撃が発動するまで26か27フレーム。ざっと計算して発動速度は221ミリ秒で、しかもCADを操作する時間を必要としない。……参ったな、期末試験からここまで強化されるとは」
「にひゃっ……深雪よりさらに早いってことですか!?」
「流石に、競技という限定条件下での数字だと信じたいがな」
その見立てには達也も思うところがあるのか、ほのかのリアクションに食い気味で前提を付け足す。
白巳は学期末の試験の時点では発動速度300ms程度で、達也自身、その実力は超えてこないだろうと高を括っていた。
いや、恐らく手を抜いていた訳ではない。隠し玉であるこの改造シルバーホーンを使っていなかっただけだ。
「2発目以降だが、これは最初に言った通りループ・キャストによるものだ。対象地点を変数化して、1列ずつ3発に分けて氷柱を破壊している。"鉄槌"は原始的ながら威力の高い魔法として知られているから、情報強化や硬化魔法が間に合わなければ一撃で破壊されるのは納得だな。そして……これを見てくれ」
達也はそう言って、持ち前の凄まじいキーボード捌きで何やら表を作成し、PC画面に表示する。
「3試合とも、1発目が発動するまでの時間はほぼ同等だ。だが2発目、3発目の発動までにかかる時間は、試合ごとに目に見えて早くなっている。本来のループ・キャストは2発目以降の起動式構築を省略する技術だが、どうやら変数を固定して連発する技術に改造されているようだから、その馴らしだろう」
「お兄様、これはまさか……」
その説明の途中、深雪がハッとして問いかける。達也は解説を遮られた格好だが「気づいたか」とニヤリと笑った。
「え、どういうこと?」
「以前、お兄様が服部先輩と模擬戦をしたことがあったでしょう」
状況を呑み込めないほのかに、深雪が代わって説明をする。
「あの時にお兄様が使用された三角波の魔法と、戦術が似通っているのよ」
「もっとも、その時使った魔法はサイオンの振動波を発する無系統魔法で、3発を1点に収束させて威力を補う運用だったがな。あの時の1発1発に十分な威力と速度があるとこうも強力になるか……」
腕を組んで何とも言えない表情の達也をよそに、雫が一つのひらめきを見せる。
「あれ、でも模擬戦の時って白巳はまだ入院中だっ……た……」
「あっ! 白巳のお兄さん!!」
「…………まあ、特許を取ってる訳でもなし、戦術として評価されたと受け取っておくさ」
結局この場では、決勝リーグで当たることになるだろう白巳への有効な対策が出て来ることはなかった。
(しかしこの改造、確かに難しい技術は使われていないが……この場合は難しい技術を使わずにここまでの結果を出していることを称賛すべきだ。新規開発とは別の意味で腕のいい技術者が後ろについているな……)
もちろん、九校戦のレギュレーションがある。ハード面の調達は自由だが、競技中のCADの調整は事前に登録した技術スタッフか選手本人が行わなければいけない。
達也は一人、白巳の背後についている――ほぼ海軍対魔装特選隊であろう組織の技術力について考察していた。
◆ ◆ ◆
8月5日、九校戦3日目。
女子バトル・ボードの会場に創一朗はいた。
珍しく何も食べていない彼は、腕を組んで観客席の廊下によりかかっている。
バイザーで顔は見えないが、険しい表情なのが雰囲気から伝わってくるような恰好だった。
「決まったー!! 渡辺選手、海の七高を寄せ付けず
――妨害は、起こらなかった。
まあ、考えてみれば当たり前である。敵の目的は「一高の敗退」ではなく「魔法社会への一撃」だ。バトル・ボードで選手ひとり怪我させたところで、大した効果は得られまい。原作と違って、わざわざ水中に精霊魔法をセットしてまで工作をやるモチベーションがないのだ。
もちろん、開始前にはCADチェックの場にも張り込んだが、不審なそぶりは一切なし。
七高の選手もオーバースピードを起こすこと無く2位でゴールし、女子バトル・ボード準決勝は問題なく終結となった。
(いよいよ乖離してきたな……)
沖縄戦と言い入学編と言い、大幅な原作からの乖離があったのは初めてではないが、創一朗は都度、それなり以上の緊張を感じていた。
これで完全に「原作知識」はあてにならなくなった。あとは自力でテロを防がなければならない。
とは言え今は、余計な事故が起こらずに済んだことと、最後の手段として用意していた隠し玉、魔弾の射手の応用による「超遠隔術式解体」を切らずに済んだのを喜ぶことにして、創一朗は近場の屋台へと向かっていくのだった。
◆ ◆ ◆
「スピード・シューティングは男女ダブル優勝、女子クラウド・ボール優勝、男子も桐原くんが3位入賞。これでバトル・ボードも女子優勝・男子準優勝。圧倒的な成績と言えます」
創一朗が本人にしか分からない「相違」を感じた数時間後。
一高の天幕では、生徒会長・七草真由美と市原鈴音のほかに、本選アイス・ピラーズ・ブレイクに出場した榊白巳、司波深雪、千代田花音が集められていた。
その背後には、エンジニアとして達也(深雪担当)と五十里啓(花音担当)も同行している。
「そこに来て、アイス・ピラーズ・ブレイクの決勝リーグを同一校で独占するという快挙は今回が初めてです。本当によくやってくれました」
真由美の心からの賛辞を受けて、選手3人は恐縮そうに頭を下げる。
そう、彼女らは1年2人、2年1人の構成であるにも関わらず、全員が予選トーナメントを勝ち上がり決勝に駒を進めたのだ。
「そこで、大会委員から提案がありました。決勝リーグを行ってもポイントの合計が変動しないので、これ以上の競技は実施せず、3人同時優勝としてはどうかというものです」
それは興行としてどうなんだという野暮な突っ込みが達也の脳裏をよぎったが、野暮という自覚があったため口にはしなかった。
「皆さんの判断に任せますが……」
「じゃあ、私は棄権させてください」
「千代田先輩?」
それは、好戦的なタイプである花音らしくもない申し出だった。
「勝負の機会が惜しくないかって言うと、嘘になりますけど。それでも分かってるつもりです。私じゃ格落ちだって」
花音もまた、ここまで得意の「地雷原」で勝ち進んできた有力選手の一角だ。彼女らは知る由もないことだが、「本来の歴史」では白巳はおらず、深雪は新人戦に居て、そして花音は単独アイス・ピラーズ・ブレイク本戦優勝を飾るのだから。
だが、予選の段階で「氷炎地獄」を何度も成功させている深雪と、鉄槌による飽和攻撃で他選手を寄せ付けない白巳と比べてしまっては、「順当に勝ち進んでいるだけ」の花音がまるで格落ちかのように見えることは避けられなかった。
「皆が求めてるのは、1年2人の決勝戦だから」
「花音……」
寂しげにそう宣言する花音からは、普段の自信満々な様子がまるで見られなかった。
その葛藤が理解できたから、啓以外の面々は何も言わなかった。
本当は、花音が怖がっていることが分かっていた。
年下にいいように叩き潰され、決勝リーグで唯一人全敗する未来が見えていて、勝利のビジョンはこれっぽっちも見えず、ただ栄光の一年生対決にしゃしゃり出て来た無様な負け犬になることが、最早確定事項かのように思い描けてしまっていた。
啓はエンジニアとして、その「確信」を変えてやることができなかった。
「わかりました、頑張りましたね」
だから「それ」はあからさまに逃げだったが、仮にも競技の功労者相手に、誰もそれ以上の野暮はしなかった。
ただ、真由美のねぎらいの言葉をもって、花音のアイス・ピラーズ・ブレイクは完了した。
「榊さんは……」
「戦います」
即答である。
創一朗からすれば決勝リーグの一高独占と、深雪VS雫の構図が白巳になって再現されることは「原作知識」によって予期されていたことなので「当然そうなる」くらいのテンションで送り出したが、白巳からすれば、自分が決勝まで勝ち残って深雪と対戦になることをピンポイントで予知されていた形になる。
それは白巳から見て、実力への絶大な信頼であり、これに報いられないという結果はあり得ないものだった。
「榊さんがそう望むのなら、私がお断りする理由はありません」
かくして、九校戦史上初となる同一校の1年生同士による本戦決勝の実施が確定した。
この対戦カードの実現は世間の熱烈な期待に応える形となり、急激なアクセス集中によって一時オンライン中継と複数のSNSがサーバーダウンするほどの騒ぎとなる。
この試合に注目しているのは、何も表の人間だけではない。
裏側の事情に詳しい者たちにとって、これは「海軍の結論」と「四葉家最高傑作」による性能コンペティションであり、創一朗対達也の「イレギュラー最高戦力部門」に続く、「再現可能なハイエンドモデル部門」の頂上決戦なのだ。
13:50追記:一部表現を加筆修正。
汎用型CAD→スマホ
特化型CAD→ゲームハード
白巳のシルバーホーン→たまごっち
どれでもたまごっちをプレイ(=鉄槌を発動)することはできますが、アプリを選ばないといけないスマホや一度ホーム画面を経由するゲーム機と違い、たまごっちは電源入れた瞬間たまごっちが始まるのでプレイ開始(=魔法発動)まで爆速、という話です。