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#17 取捨選択/Novel by ちくわぶ

#17 取捨選択

13,925 character(s)27 mins

衛宮士郎がアーチャーを召喚する第五次聖杯戦争ifストーリー十八話目。腐向け。 

版権元:Fate/stay night 
注意(シリーズ共通):
 腐向け(士弓)、ねつ造、設定改変、独自設定、重大なネタバレ、原作程度の暴力表現・流血表現

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 どことなくぎこちなさが残るままの探索は続き、南中を少し越えた頃。
 イリヤの希望により買ってきた肉まんを道の端に寄って立ったまま食べることとなった。セラが黙ったまま遺憾の意をオーラだけで表現しているがこればっかりは本人の希望だ。俺に言われても困る。
 とりあえず四人分買ってあるので、片手で袋をガサガサ鳴らしながら取り出したのを残る二人に渡してみる。セラには一言「結構です」と断られたが、アーチャーは一瞥の後受け取ってくれた。
 アーチャー、俺、イリヤ、セラの順で並んで黙々と食べる。いや、黙々というには語弊があって、イリヤだけは箱入りお嬢様の庶民体験そのままに新鮮な感想をもらしていたので、俺も時々相づちを打った。
 咀嚼しながら現状を整理する。
 慎二が行きそうなところはあらかた見て回ったつもりで、今は繁華街とかの人通りが多く身を隠しやすい地帯を裏路地も含めて虱潰しに歩いているところだった。しかしそれらしいことは噂話ですら聞かない。聞き込みしてみてもむしろ遠坂とセイバーらしき女性二人組のことが話題に上る始末であった。
 その遠坂の行方もよくわからないままだ。遠坂の家まで行ってインターホンまで鳴らしてみたが、人のいそうな気配はなかった。
 ……何か妙な感じだ。
「ライダーがもう脱落してるってことはないかな」
 付きまとうような違和感に前提条件がずれている可能性も考えての一言だったが、これに思いの外早くきっぱりとした否定が返った。
「それはないわ。ライダーがまだ倒されてないのは間違いない」
 自信があるというよりも、“林檎は赤い”と言うのと同じ、あって当然のことを諳じただけのような口調だった。
「なんでそこまで言い切れる? そりゃあ楽観的にすぎるとは思うけど、はっきり否定できる可能性でもないだろ」
「シロウも流石にアインツベルンは御三家の一角なのは知ってるよね。だから聖杯戦争に関しては、シロウよりずっとわかることが多いんだよ」
「だからってサーヴァントが倒されたどうかがわかるもんなのか? 遠坂はそんなこと一言も言ってなかったけどなあ」
 聖杯戦争は各陣営の情報をどうやって得るかが非常に重要だ。その中でどのサーヴァントがいつ脱落したか直接目にしなくてもわかるというのはかなりの特権だと思うが、それならあの遠坂が活用しないはずもあるまい。
「リンは冬木の管理者として有利な霊地をほとんど押さえてるじゃない。それと同じで、私たちは聖杯の降臨を担っているからサーヴァントの魂の行方がわかる。御三家それぞれで聖杯戦争への関わり方が違うの」
「……お嬢様、お話が過ぎます」
「はーい、わかってるってば。もう、セラはオカタいんだから」
 俺にはイリヤの説明の半分も理解できなかったが、セラからすれば言い過ぎだったようで鋭い制止が飛んできた。辟易と返事をしたイリヤはそれきり口を閉じて肉まんの消費に集中してしまい、これ以上の説明は望めなさそうだ。

 そうこうしている内にイリヤが一個目の肉まんを食べ終わったので、セラが辞退した分余ってる最後の一つを手渡してやる。最初は遠慮がちだったが、俺が譲らず差し出し続けるとおずおずと受け取ってくれた。両手でしっかりと肉まんを保持して小さめの一口を頬張る姿は小動物的なかわいさがある。この愛らしさに比べれば百円ちょっとの肉まんなんて安いものだろう。
「……んぐ、とにかく。ライダーはまだどこかにいると思う。設置に数日かかる結界を使おうとしてたっていうのが本当なら、今はちょうどその準備をしているんじゃないかな」
「だけどそれなら人通りのあるところを狙うと思うんだ。学校のときと同じ結界なら近づけばわかるはずなのに、これだけ空振ってるとな……」
 学校に一時現れた結界はまだ発動していなかったにも関わらず俺も遠坂も気づくことができた。同じものを使おうとしているなら近くに行けば気づくことができるだろう。
 昨日別れたきり音沙汰のない遠坂の安否も気にかかる。遠坂とセイバーという美少女コンビが目立たないはずもないが、たまに上がる目撃情報も昨夜を境に聞かなくなってしまう。
「なあ、イリヤ。だったらセイバーはどうだ? まだ無事なのか?」
 やはり昨夜に何かあったと見るべきだろう。セイバーが早々遅れをとるとは思えないが、万一の可能性を考慮しておそるおそる聞いてみる。
「少なくともやられてはないみたいだけど。知らないわ、あんな雑魚のことなんて」
「そっか、よかった。……けど、雑魚って言うのはなんだ。急に口が悪いぞ」
「雑魚は雑魚よ、最優だなんてくだらない。毎回最後の一騎まで残ったなんていうけど、それって毎回聖杯を取り逃し続けた大間抜けってことでしょう」
「サーヴァントたちはそれぞれが一人の英雄なんだ。そういう言い方はよくないと思うぞ。……おまえのバーサーカーからすれば、そりゃあ皆頼りなく感じるかも知れないけどさ」
 巌をそのまま切り出したような、巨人の姿を思い返す。
 あくまで状態を示す概念でしかない『死』という言葉に形を与えるとするのならば、バーサーカーはそれにかなり近いだろう。一個の戦士というよりあれはもはや防ぎようのない災害に等しい。
「……そうよ、私のバーサーカーが一番強いんだから」
 俺の言葉の半分は無視したまま、そう呟いたイリヤは残り半分の肉まんを食べきるのに意識を移してしまった。視線もあわない。
 女心と何とやらというやつだろうか。何が切欠で機嫌を損ねたのか今一わからないが、わからないならどうしようもない。幸いひどく怒っている風でもないので、自然に機嫌を直してくれるだろう。
「とにかく、ライダーが健在だっていうならやることは変わらないな。慎二だってバカじゃないし、俺が予想するようなところは避けているのかもしれない。先入観を取っ払って――教会の方とかにも行ってみようか」
 新都の地図を思い浮かべながら言う。中立地帯ということなのであまり近づくつもりもないが、だからこそライダーたちが身を隠すのに使っている可能性はある。
「……おい」
 と、肉まんのゴミを回収してビニル袋にまとめていた俺に低い声がかかった。家を出て以来一言も発していなかったアーチャーだ。
「なんだよ」
「中心部を離れるのであればその前に寄っておきたい場所がある。そうだな――あのビルあたりがちょうどいいか」
 アーチャーの視線の先を追って前方上空に目を向ける。ビルなんて林立していてどれが『あのビル』なのかはっきりとはわからなかったが、あの辺りはいわゆるオフィス街になる。平日日中の今はそこそこの人はいるが、夜になると人通りが減る区画だ。
「別にいいけど、なんでさ」
 ライダーたちが潜伏場所に選ぶとは思えず、首を傾げて問い返す。
 アーチャーは俺の左手にひっかけているビニル袋に肉まんのゴミを突っ込みながら、いかにも嘆かわしそうな口調で言った。
「見る限りあのビルが一番高い。――貴様は自分のサーヴァントのクラスも覚えていないのか?」

 昨日と似た風景だが、昨日よりさらに高いビルの屋上にて。
 イリヤはお付きのセラに止められて屋上の中央辺りに留まっている。アーチャーはこれも昨日と同じように、強いビル風をものともせずに屋上の縁ギリギリに立って真剣な目つきで新都の街を俯瞰していた。俺も隣について同じように街並みを見下ろしてみるが、視力の強化してようやく真下を歩く人々の顔つきを判別できるかどうかというところだ。背の高いビルからの光景は街の全体図を知るのには向いているかも知れないが、人探しするのにはあまり向いていないような気がした。
「何かわかりそうか、アーチャー?」
 アーチャーの方は飽きずに時々立ち位置を変えては険しい顔つきで街並みを見下ろしているので、彼の方では見えているのだろう。
 手持ち無沙汰なイリヤがこちらに来ようとしてはセラの叱責に制止されているのをBGMに、男の横顔に聞いてみる。
「フン。マトモなマスターを得られればここからでもあの橋のタイルくらいは数えられていたのだが……今はその半分がいいところか。詳細が見えない以上憶測が強くなるが、おそらくあの公園に戦闘があったと思われる痕跡がある」
 あの橋、というのは深山と新都を繋ぐ冬木のシンボルとも言える冬木大橋のことだ。ここからでも赤い特徴的なシルエットは見て取れるが、目を凝らしても車の往来の有無を確かめるくらいが精一杯で、タイルの数なんてとてもじゃないが確認できそうにない。その半分でも見えているなら、確かにアーチャークラスに恥じない視力だ。……言い方にちょっとムッと来たが、俺が未熟なマスターであるのは事実なので飲み込んでおく。
「あそこの公園って言うのは、大橋のところの公園だな? 行きのバスで見た感じはいつも通りだったけど……」
「教会がバックにつく聖杯戦争ならばそれくらいの隠蔽は容易だろう。どうする? 仮に戦闘があったとしても、今もその人物があそこにいたままとは思えんが」
「いや、行こう。何か手がかりがあるかもしれない」
 どうせ街中見て回るなんて非効率な方法しかとれないのだ。それらしい手がかりがあるならそっちを見てみた方がいいに決まっている。
 振り返れば、俺たちの話が聞こえていたのかイリヤも頷いて同意してくれた。セラはそもそも俺とイリヤが行動をともにすること自体がずっと不服なようなので行き先の希望を聞くだけ無意味だろう。
「アーチャーも移動するってことでいいか? まだ確認したいことがあるなら待つけど」
「いいや、結構だ。自分のパフォーマンスの低下を確認できただけでもそれなりの収穫にはなった」
 まだ街並みの方を向いていたアーチャーはそんな風に言いながら振り返り、一段高い囲い部分から屋上の方へ飛び降りた。
「…………」
 残された俺は先に降りた男の背中を前に口をへの字に曲げて黙り込む。今の台詞には嫌味や挑発の意図がなかったが、それが余計に心に刺さった。
「おい、何を呆けている。移動するんじゃなかったか」
「――今行く」
 返しながら同じく降りて、少しの駆け足でアーチャーの隣にまで並ぶ。行きと同じように職員に暗示をかけて回るイリヤが先頭をきってくれているので、俺たちはイリヤとセラの後に続く形だ。
「なあ。もっとちゃんとした魔力の供給をしなくていいのか?」
 先行する二人には聞こえず隣の男には聞こえるくらいの声量に絞って聞いてみる。
 俺がキャスターに誘い出されてアーチャーがライダーに手ひどく痛めつけられてからそれほど日は経っていない。遠坂の手ほどきで、一度そういう……ええっと、とにかく魔力供給の儀式らしいことはやったが、あれが正しく完遂できていないことは俺にだってわかる。
 ――だというのに、それ以降こいつはそれらしい素振りも見せずにいる。殊勝な態度、と言えば聞こえはいいがおそらく違う。アーチャーは俺に真っ当なマスターとしての役割を期待していないのだ。
 直接的に間接的に未熟な点を見せつけられ続けているのだから俺にとってもいい気分ではない。何より魔力は幽体であるサーヴァントにとっては空気であり水であり血肉であるのだから、不足しているより充実している方がいいに決まっていた。
「なんだ、真っ昼間からサカったか? 若い体をどう発散しようが勝手だが、貴様一人で処理してくれ」
「サカッ――!」
 とんでもない言いがかりに思わず大きい声が漏れた。
 前を歩くイリヤが不思議そうに(セラは迷惑そうに)振り返ったのでジェスチャーで何でもないことをアピールして前を向き直らせる。
「……ばかかお前は、言い方ってもんがあるだろばか。またあんなせっぱ詰まった状況にならない内に対策できるんじゃないかって聞いてるだけだ」
 小声のまま強く主張したが、アーチャーはしれっとした顔で人の訴えは無視して続けた。
「万年発情期の上に被虐趣味とは手に負えんな。この数日でこれ以上同調を深めても碌なことにならないと学習しなかったのか?」
「だから、人をケダモノみたいな言い方するなっての。それに被虐趣味ってなんのことだよ」
「夢だ。……厳密には夢とも言い難いが、お前にとっては悪夢と呼んで違いあるまい」
 他人事のように声が言う。
 そうか、俺が夢をみることをこいつも知っているのだという当たり前の認識と同時に、無意識が統制を外れて記憶を辿った。

 炎上する故郷、
 月の夜、
 殺戮機構、
 罵倒する声、
 全てを捧げて死んだ人。

 混在したままの情景。
 直視することを恐れて整理もされず、一方的に与えられるだけの光景。
 深く封じ込めた箱の継ぎ目が緩んで俺の些細な自意識を脅かす。
 その奔流を前に根源的な恐怖と嫌悪を覚える俺をよそに、男が続けた。
「脆弱であってもレイラインで繋がったマスターとサーヴァントだ。私の持つ記録は容易にお前の心象に流れ込む。それはお前にとっての悪夢になっているはずだがな」
「悪夢なんかじゃない」
 ――反射だった。咄嗟に否定が口をついて出ていた。
 嫌な夢と言われればきっとそうなのだろう。一人の人間が絶望を抱くまでの過程なんて、楽しいものであるはずがない。
 だけど、あれは――。
「あれは、アンタの人生だろ。一人の生き様を前に目にしたくもないなんて言わないぞ、俺は」
 誰かの軌跡を振り返って論じることはあまりにも容易い。故に人は想像し、補填し、批判され、捏造され、英雄という生き物は時に本人の意思を無視して誕生する。
 確かに俺は彼のあらゆる決断を弾劾することが可能だった。その権利と義務を間違いなく有していた。今この対峙においては声高な罵倒こそが正義ですらあった。
 だけど、彼はもう英霊として完成してしまった。そうして得たひとつの大義が為に死者の理に逆行して、この冬木にまでたどり着いてしまった。
 ならばこれ以上の反駁になんの意味があるのか。
 「この男の生き様全てを否定せよ」と命じる衝動に身を投じることに、俺の信じる正義はあるのか。
「――は、」
 見上げる男が不格好な声を漏らす。笑い飛ばそうとして失敗したのだと明確にわかった。
「……今の大言は覚えておこう。その時が来たら、何を喚くかが見物だな」
 アーチャーは一度もこちらに視線をくれない。
 前だけを向く男の眼差しの先で、一足先に建物の外に出たイリヤが「シロウ、公園ってどっちー?!」と楽しげに手を振っていた。

 未遠川の川幅は広く、まもなく海に達するのだとわかる僅かな潮の香りが髪を叩いては軋ませる。遮るもののない風は思いの外強く、二人の時間を満喫しているようなカップルたちの姿も、今日に限ってはあまり見あたらなかった。
「――この辺りかな」
 イリヤと二人首を巡らせながらも歩き回り、同じ地点を前にして足を止めた。赤と白のタイルが敷き詰められた歩道はよく整備されており、戦闘の痕跡は欠片も見あたらない。……外見上に限って言えば。
「かなり大規模な魔術の行使の跡。ひょっとしたら宝具級かも」
「ああ。それになんとなくだけど、この感じは多分、セイバーだ」
 今までで俺が唯一真名解放されるのを見届けたのがセイバーの聖剣だ。教会の手によるものかかなり上等に隠蔽されているが、それでも一つの伝説の頂点に位置する極大の神秘の全てを洗い流せるほどではない。
 ここで戦闘があったのはほぼ間違いなく、そのうち一人はおそらくセイバー。ここまで詰めれば、自然と次の疑問が湧いてくる。
「セイバーは誰と戦ったんだ……?」
 普通に考えるならライダーだが、イリヤがライダーは脱落していないと断言している以上セイバーはライダーと接敵した上で倒しきれなかったということになる。それはそれで構わないが、そうすると何故俺に連絡の一つも寄越さないのか。直接来れなくても、使い魔なりなんなり方法はいくらでもあるはずだ。
「さてな。しかしライダーではないだろう。やつの能力が急に衰えたのならともかく、ライダーにやられたにしては今の状況に説明がつかない」
 と、思い悩んでいたところでアーチャーが言う。何を根拠に、と思って振り返ったが、アーチャーは俺の方には見向きもせず、向かって右側にひっそりと佇む洋館を見据えていた。
「随分手酷くやられたと見える。何があった? 遠坂凛」
「……遠坂? おい、アーチャー。どういうことだ」
 同じ洋館を見てみたが、人の気配はないように見える。
 ここは元の持ち主がいなくなってから長らく無人の館だ。今もいつもと同じで灯りの一つもなく静まりかえっていた。左手の令呪に反応もない。仮に遠坂がこれだけ近くにいたのなら、マスター同士少しは感じるものがあるはずだが。手酷くやられた、という言葉もわからない。
 しかしアーチャーは俺の言葉に反応をせず、誰かの返事を待つように黙って洋館を睨みつけるのみだった。真剣な様子に冗談の類ではないと悟って口を噤み俺も無人の館を監視する。隣のイリヤも不可解そうにアーチャーと洋館とにしばらく視線を行き来させていたが、口を挟まないことにしたようだった。
 相手のいない無言の詰問がしばらく続く。あまりにも長いその間に、やはりアーチャーの気のせいではないのかと思い始めた、そのとき。
「……参った。これがアーチャークラスか。厄介ね、その目」
 まさに見つめる無人の館から、聞き慣れた声がした。
 瞬間ヴェールが外されたかのように、誰もいないと確信していた館の入り口に一人の魔術師が姿を現す。
「でもおかしいわね。あなたの千里眼のランクじゃあ透視はできないと思ってたんだけど」
「その認識に間違いはない。だがここは些か人通りがなさすぎる。これでも目のよさを売りにしていてね。違和感という切っ掛けがあれば見破れないほどではないさ」
「……ああ、そう。こっちには自信あったんだけど、しくじったのは人払いの方か。次があるなら参考にさせてもらうとしましょう」
「遠坂!」
「ごきげんよう、衛宮君。お元気そうでなにより」
 現れたのは言うまでもない、遠坂だ。声を上げた俺に返事をしてくれたが、その声はどこか冷たく余所余所しい。
「よかった、心配してたんだ。俺の方こそ遠坂が無事でよかった。だけど、アーチャーの言ったのはどういうことだ? セイバーは無事なのか?」
 遠坂は屋敷の前に陣取ったまま動こうとしない。矢継ぎ早な俺からの質問にピクリと眉根を僅かに寄せたが、それだけだ。少し待ったがなおも返答はない。
 このまま立ち尽くしていても埒が明かない。もっとちゃんと話をしようと開いたままの距離を詰めようと足を一歩踏み出したが、
「動くな!」
「――――」
 鋭い声が飛んで、咄嗟にピタリと動きを止めた。
「動かないで。それ以上近づいてくるならアンタが相手でも容赦しないわ」
「……やっぱり何かあったんだな? そんなに警戒しなくても俺はお前の害になるようなことはしない。困っているんなら、手を貸すよ」
「結構よ。甘ちゃんで降ろしやすいマスターだと思ってたけど、ここに来てバーサーカーと手を組むとはね。見くびってたわ、やるじゃない、衛宮君」
「あ――!」
 はっきりと拒絶の態度を取る遠坂の視線を追って、何に対しての警戒かようやく思い至る。
「待った! 誤解してるぞ、遠坂。イリヤは今は戦う気はないんだ」
「勘違いしてるのはそっちでしょう? それとも何? まさかあのアインツベルンが、最強のバーサーカーまで召喚する気合いの入れようで、今さらになって戦意喪失いたしましたってバーサーカーを自害でもさせたのかしら」
「自害って……。なんでそんな話になるんだよ」
 今のイリヤはバーサーカーを連れていない。セラは遠坂に対してはっきりと敵意を向けているが、それにしたって遠坂が何をこんなに警戒しているのかわからず言いよどむ。
「やだやだ、みっともない。まるで手負いの子狐ね。よっぽど痛い目に遭ったのかしら」
「…………」
 拳を握って黙り込む遠坂に、俺の背後のイリヤが鼻を鳴らした。二人はあからさまに敵対姿勢を取っている。
「おい、イリヤも。なんだってそう喧嘩腰なんだ。お前たちが戦う必要はないだろう」
「“なんで”はこっちの台詞だよ、お兄ちゃん。どうして私がリンを見逃さなきゃならないの?」
「な――」
「聖杯は私たちの物よ。よりによってトオサカとセイバーに取られるだなんて、冗談じゃないわ」
 絶句してイリヤを振り返った。見ればイリヤには俺に楽しげに笑いかけていた幼さはどこにもなく、苛烈な魔術師としての側面が冷徹に遠坂を睨みつけていた。
「狂人なんかを好んで召喚するだけあって随分と野蛮じゃない。それで? あのデカブツは呼び寄せなくてもいいのかしら」
「弱い犬ほどよく吠えるとはうまく言ったものね。そんなに死にたいだなんて殊勝だわ。主従共々跪いて首を差し出しなさい。私はシロウとのデートで忙しいの。さっさと潰して終わりにしてあげる」
「やめろ! 待て、待てったら!」
 慌てて声を張り、コートのポケットに手を突っ込み重心を下げて臨戦態勢を取る遠坂と冷たい語調で挑発するイリヤの間に進み出る。
「何やってんだよ、今はライダーが先決だろ?! 俺たちで戦う必要はないし、何なら手だって組めるはずだ。頼むから殺し合いなんてやめてくれ!」
「仲間なんて要らないわ。ここでセイバーを倒したら、ライダーもランサーも私一人でやってあげる。弱った獲物がわざわざ目の前で健気な威嚇をしてくるんだもの、その場で狩るのが流儀でしょう」
「イリヤ……。勘弁してくれよ。お前が遠坂をここで倒すつもりなら、俺はお前を止めなきゃならない。そんなのどっちも嫌だ」
 この期に及んでもあのセイバーが遠坂の傍にあらわれない。
 となれば手負いなのは遠坂でなくセイバーで、遠坂が頑なに道を譲らないことからして、あの洋館の中に匿われているのだろう。
「セイバーがライダーやランサーなんかにそう簡単にやられるはずがない。きっと何かあったんだ。その事情を聞くのは、イリヤにとっても意味のあることのはずだ」
 戦力差を見てとって遠坂を庇うように立ちはだかると、血の色そのままの瞳が咎めるように俺を見る。
「そう。じゃあ聞き出してから殺すわ。それでいい?」
「……いいわけないだろ。なんでそんな言い方しかできないんだ」
「お兄ちゃんの優しいところは好きだけど、そんなのワガママだよ。私も聖杯が欲しいし、リンたちも聖杯が欲しい。だったらここで仲良くしてても結局は殺し合うだけじゃない。ここで殺すのもあとで殺すのも一緒だわ。それともシロウは、私に聖杯を諦めろっていうの?」
「聖杯、聖杯って……なんでそんなにこだわるんだ。誰かを殺さなきゃ手に入らない景品なんて間違ってる。イリヤも遠坂も、すごくいいヤツだってのに――。
 イリヤ。殺し合う必要なんてない人たち同士を殺し合わせる戦争なんかに手を貸しちゃだめだ」
「その戦争をやり始めたのが私やトオサカよ。嫌々手を貸しているわけじゃあない。わたしはアインツベルンが正しかったことを証明しないといけないの。私のバーサーカーならセイバーになんて負けない。聖杯戦争からは絶対に降りない」
「イリヤ……」
 そこで、情けなくも言葉を失った。
 先延ばしを禁じられてようやく直視する。『聖杯戦争を終わらせる』というのがどういうことか。

 かつて遠坂は、聖杯戦争は何も殺しあいの儀式じゃない、と言った。マスターを殺さなくても、サーヴァントを倒していけば聖杯戦争は決着すると。
 ……だけどそれは、サーヴァントを倒し尽くさない限り、決して聖杯戦争は終わらないことを意味していた。
 一組の勝者を決めるための争いだ。ならばイリヤを止めるためには最低限バーサーカーを倒さなければならないし、聖杯を求めるセイバーを止める方法は殺害しか残されない。
 サーヴァントはもうすでに死んだ存在だ。それを惜しむのはおかしなことなのかもしれない。だけど彼らは俺たちと同じように血を流し、痛みを感じ、怒りも喜びもあって、倒されまいと足掻く信念すらある。それを損ねるのは、殺人と何が違うのか。
 例えば、を自問する。
 遠坂の守るあの館の中、傷ついた体を横たえるセイバーを前にして、俺はその首をはねることができるのか?


「……もうっ。何よ、シロウのバカ。これじゃあ私が苛めたみたいじゃない」
 ハッとして顔を上げる。知らぬ間に俯いていた俺を前に、イリヤはいじけたように唇を尖らせていた。
「いいわ、今日はもう帰る。お兄ちゃんを困らせたくないし」
「お、お嬢様?! お戯れが過ぎます! このような好機を逃すなど……!」
「うるさい! シロウはあれでいいんだから。そろそろリズ一人でバーサーカーを相手するのも限界でしょ。セイバーなんて雑魚相手に躍起になるなんて、優雅じゃないわ」
「そんな……! お忘れですか、あのセイバーがアインツベルンに強いた屈辱を! お嬢様、どうかお考え直しください」
「何よ、セラのくせに口答えするの?!」
 呆気にとられる俺を置いて激しい口論を交わしながらイリヤは本当にこの場を去るつもりらしかった。追い縋るセラを素っ気なくあしらいつつ、新都の方へと迷いなく足を進めていく。
「い、イリヤ……。いいのか?」
 問い重ねて「やっぱりよくない」とか言われても困るだけなのだが、思わず聞いてしまっていた。振り返ったイリヤも俺の間の抜けた質問におかしそうにしている。
「よくないけど、いいよ。セイバーの宝具はもう効かないし、どうせいつでも倒せる相手だもの。また遊びに来るから、それまでにはシロウもちゃんと考えておいて。代わりに殺してあげることはできても、誰も殺さないで、なんてお願いを聞くのは不可能なんだからね」
 そう答えたイリヤは、横でなおも食らいつくセラを綺麗に無視して、「それじゃあまたね」と見た目通りの可憐さで手を振り去っていった。


「……追わなくていいんだ?」
 白い二人が消えてしばらくしたころ、沈黙を保っていた遠坂が低い声で言った。
 振り返ると先ほどの問答よりは敵意は減じたものの、未だ警戒したままの様子がわかる。
「ああ。それより今はセイバーだろ? 大丈夫なのか、あいつ」
 ここに至るまで姿を見せないのだから尋常な事態ではない。遠坂とセイバーのコンビがここまでやられるのがどうにも想像できなかったが、なんにせよ詮索より怪我の手当が先決だろう。
「待った。そう来るような気はしてたけど、アンタを中にはいれられないわ」
 館に入ろうと自然に進めかけた足に制止がかかる。遠坂はなおも敵意を含んだ目つきのままどこか余所余所しい態度で俺に対していた。
「なんでさ。まさか俺が寝込みを襲うとでも思ってるのか」
「……しないでしょうね。だけど問題なのはそこじゃあないの。わかんないかなあ、バカ士郎には」
「む。なんだよ、その言いぐさ」
「けじめをつけろって言うことよ。あんたってヤツはあっちへフラフラ、こっちへフラフラ。イリヤスフィールと敵対した途端邪魔してくるとわかってるやつと手を組めるほど無頓着じゃないのよね、私も」
「それは……」
 確かに事実だった。俺はイリヤにも遠坂にもどちらにもこんな馬鹿げた戦いをやめて欲しいと思っている。
 だけど、そんなのは当たり前のことだ。見知った人たちに傷ついて欲しくないし、まして殺し合いなんて見過ごせるはずがない。
「俺がこんなことに参加しているのは、十年前みたいなことを引き起こさないためだ。戦って欲しくない人たちがどうしても戦うのなら止めるしかない」
「そうよ。だから同盟はここまで。わかりやすい話でしょう?」
「何をそんなに慌てているんだ。セイバーの状態がよくないって言うならなおさら助けが必要だろう? そのための同盟だ。イリヤだって説得してみせる。遠坂も一度イリヤと話してみてくれよ。そうすればお前だって、戦う気なんてなくなるはずだ」
「――はあ。あなたの父親は、本当に何も教えてくれなかったのね」
 遠坂は呆れたというよりは憐れみに近い口調でそう言った。左手の指先がゆっくりと伸ばされてこちらを指す。
「私は魔術師よ。この魔術刻印を引き継いだ以上、聖杯戦争に勝利することは私の義務。友愛も信頼も、目的を達するための手段に過ぎない」
「俺だって魔術師のなんたるかは知っている。だけどそれは、人として大切なものを切り捨ててまで選ばなきゃいけないものなのか? 魔術師として生まれても、お前は自分で自分の生き方を決められる人間のはずだ。なのにそんなのでいいのかよ、遠坂」
「もちろんよ。私は私がそうしたいからこの道を選んだ。そして今、己の望みのためにあなたと道を分かつ決断をしている。
 ――うちの馬鹿はね、『がんばったけど聖杯は手に入りませんでした』じゃダメなのよ。そんなのじゃあ諦め悪く何度だって繰り返す。だから私が聖杯を手に入れて、その上であの子に選ばせなきゃいけないの。やり直しなんて認めない、完璧な勝利を掴んでみせる」
 一工程シングルアクション
 主の声なき号令に従い、彼女の魔術回路が起動する。話しながらの片手間であるにも関わらず、分厚いコートの下でもわかるくらいの光量で、遠坂が引き継いだ魔術刻印に火が灯る。
「至言ね。自分の生き方は自分で決める・・・・・・・・・・・・・
 私は決めたわ、衛宮君。あなたはどうする? 私が全部のサーヴァントを倒して聖杯を手に入れるそのときまで、敵に回ることなくずっと傍にいてくれる? バーサーカーを確実に倒すためにイリヤスフィールを殺すことを見逃せる? 私がお願いしたら、アーチャーに死ねと命じられる?」
 光点を宿す指先は、向けられた銃口、あるいは突きつけられた切っ先と同義だった。
 ……そうだ。初めから終わりが定められた関係だった。これが最後の一騎を定める生存競争である以上、俺たちの同盟は必ずどこかで破綻する。遠坂が同盟を承けた最大の理由が『衛宮士郎が遠坂の脅威にならないこと』であったのだから、その前提が崩れた今この対立は避けられないものなのだろう。
 嫌だと喚いたところで意味はない。子供のわがままじゃあるまいし、現実の世界では何もかもを保ち続けることはできない。生きるとは前へ進む足を止めないことで、前進は常に決断の連続だ。だから人の生は、いつだって別離の痛みをはらむ。
 ――何かを選ぶということは、何かを選ばないということ。
 最初にそれを承知しなければ、俺たちは生きることすらままならない。

「それはできない」
 沈黙は、そう長くはなかった。
 向けられた指先よりもなお鋭く突き刺さる空色の瞳を真っ向から見つめ返して宣言する。
「俺は犠牲を出さないために戦うんだ。遠坂の傍にいて傷つく人がいるのなら、大人しくしているわけには行かない」
「……そ。あなたらしくていいんじゃない? 死にたくないならやめておけなんて言って、今更止まるような人じゃないものね。
 一応言っておくけど、恨み言なんて少しもないわ。さっきイリヤスフィールから庇ってくれたのだって感謝してる。いろいろあったけど、これで貸し借りなしのフラットな関係に戻りましょう」
 遠坂はあっけらかんと頷いた。
 ……それで本当に、俺たちの同盟は終わりとなった。
「――――遠坂、」
「衛宮君」
 割り切れない俺が言葉を探すのを咎めるように凛とした声が割り込んで、伸ばしたままの左手の人差し指が誘うように照準を改める。
「十秒待つわ。そしたら私たちは敵同士。それまでにあなたたちがここから去っていないのなら、私は全力を持ってこれを排除する」
 言った後すぐにカウントダウンが開始される。十、九――と刻まれていく無感情な声に促され、重たい足を動かし始める。
「……本当に困ったなら、いつでも力になるから。じゃあな、遠坂。セイバーにも、これまでありがとうって伝えてくれ」
 捨て台詞のようにそれだけ言って、背中を向けて歩き出した。
 優先順位は間違えられない。冬木には百万を越える人が暮らす。俺たちはまず、ライダーと慎二を探さなければならない。
「…………」
 アーチャーは少しの間遠坂の方を見つめたままだったが、俺との距離が三歩より開く前に踵を返して付き従った。
 言葉はない。敵対の意思もなく遠ざかる俺たちに遠坂のカウントも止まり、足音だけが耳につく。

「士郎」
 ――不愉快な沈黙を縫って、遠坂の声が後ろからかかった。
 振り返ると、屋敷の戸に手をかけた遠坂が背中を向けたままの姿が目に入る。
「セイバーを追いつめた敵は、ランサーでもライダーでもない。この聖杯戦争には、八人目のサーヴァントがいる。セイバーは、あいつのことを前回の聖杯戦争におけるアーチャーだって言っていたわ」
「八人目……?」
「受肉した英霊。金髪に赤眼の男よ。霊基の反応だけじゃ人間と見分けがつかないけど、絶対に敵わないから見つけたならなりふり構わず逃げなさい。
 それじゃ、元気でね」
「――っ、遠坂! やっぱり俺は――!」
 最後になってそんなことを言う遠坂に声を張る。
 しかし彼女はそれを無視して、一度も振り向かないまま暗い屋内へと姿を消した。

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