埼玉・八潮の道路陥没事故から考える日本の水道インフラの課題 ポストSDGs ビジネスのカタチ【17】
三菱総合研究所主席研究員・チーフコンサルタント
1969年生まれ。慶応義塾大学卒業後、外務省入省。対パレスチナ日本政府代表事務所を経て2001~2008年、天皇陛下や首相の通訳を務める。在米国日本大使館、在エジプト日本大使館勤務、地球規模課題分野別交渉官などを経て2020年7月退職。2020年8月より現職。著書に「総理通訳の外国語勉強法」。 中川浩一の記事一覧
今回は三菱総合研究所で防災・レジリエンス・インフラ分野を専門とする内田航研究員と、日本の水道インフラの抱える課題について議論していきます。
近年、能登半島での地震(2024年1月)・豪雨(2024年9月)に伴う水道インフラ破壊や、埼玉県八潮市の道路陥没事故(2025年1月)など、各地で防災の重要性を再認識させる災害が起きています。防災は、SDGsの目標1、3、6、7、8、9、10、11、12、13、17の11項目と横断的に結びついていますので、ビジネスパーソンもぜひ知っておくべき分野です。
深刻化する老朽化、進まない更新
中川 昨年(2025年)起きた、住民の日常生活を突如として脅かす身近な災害・インフラ事案として、1月の埼玉県八潮市の道路陥没事故がありました。衝撃的な事故でした。この事故はなぜ起きてしまったのでしょうか。防災の観点で未然に防ぐことはできなかったのでしょうか。今回は、その点を掘り下げて、将来への教訓にしたいと思います。
内田 高度経済成長期に整備された水道インフラが老朽化してきている中で、管理者はインフラを適切に更新していく必要があります。しかし、それに対応するための予算が足りていないのに加えて、そもそも水道インフラの場合は、老朽化の状況を正確かつ網羅的に把握できていないという問題もあります。
中川 国レベル、都道府県レベルで、水道管を点検する仕組みはどうなっているのでしょうか。法律で義務化されていないのでしょうか。
内田 自治体などの水道事業者には、施設の点検、維持、修繕を行う義務があり、国がその基準やマニュアルを定めています。
中川 本来であれば、八潮市の事故発生箇所も点検時に発見されるべきだったということでしょうか。何をどうしていれば、あの陥没事故は防げたのでしょうか。今後の防災、予防保全を考えるうえでも重要な教訓が含まれていると思うのです。日常生活の中で突如として発生する事故を、どうシステムで防ぐのかがポイントだからです。八潮市の事故は、たまたま八潮市で発生しただけで、全国のどこで発生してもおかしくない問題なのではないでしょうか。
内田 今回の事故について、原因究明委員会の中間とりまとめでは、下水道管の小さな空隙から地中の空洞が発生し、最終的に道路陥没に至ったというシナリオが指摘されています。前回2022年に実施した点検では事故発生箇所において腐食を確認していたものの、速やかな対策の実施が必要との判定には至っていませんでした。その結果、対策が後回しになったという点はあると思います。
全国的に老朽化が進む現状を踏まえると、今後、同様の事故が他の場所で起こることは、否定できません。
管路更新完了まで150年以上かかる計算
中川 いずれにせよ、水道インフラの老朽化は全国規模での課題となっているのですね。
内田 特に重要なのは、高度経済成長期の人口密集地域における都市計画の中で、主要な道路の地下にも大きな管が埋まっていて、それらも敷設から40年、50年が経過していることです。
中川 大きな幹線道路の通行を止めて、周辺の住民の日常生活に影響を与えてまで、その地下にある水道管の点検を強行することはなかなか難しい面もあるのではないでしょうか。
内田 そのとおりです。水道インフラの維持管理において、事業主体は管路経年化率(総管路延長に対する法定耐用年数を経過した管路延長の割合)や、管路更新率(総管路延長に対する当該年度に更新した管路の延長の割合)を見ることが多いです。行政として、これらの指標で老朽化対策、強靭化、耐震化を進めていることを示そうとすると、更新しやすい水道管が優先されるといったことにもつながりかねません。
そうなると、見かけ上、管路経年化率や管路更新率の値は改善しますが、更新しづらい幹線道路下の主要な管路の更新が先送りされてしまうことになります。
中川 危険が切迫しているということであれば、大きな幹線道路で、住民の日常生活への影響が大きくても、更新を行うことに納得は得られると思うのですが、やはりそれが難しいということでしょうか。経過年数の古い管路から順番に更新していくといった対応で問題を解決することは難しいのでしょうか。
内田 先ほど紹介した管路更新率は、2023年度の全国平均で約0.6%と低い数値にとどまっています。このペースだと、すべての管路を更新するまでに150年以上必要になる計算になりますが、水道管は150年もの寿命を想定していません。
これからの水道インフラの維持管理は、水道管の経過年数に応じて順番に更新していけばいいというほど単純なものではありません。私は、個別の管路の老朽化の状況を正確に把握、評価して、適切できめ細かい優先順位付けに基づいて更新していくことが、事故の発生による影響を最小化するために重要と考えています。
例えば、設置から年数はあまり経過していなくても、周辺環境や管路の特性で通常よりも老朽化が進みやすい場合もあります。逆に、法定耐用年数が経過しても、実際にはそれほど老朽化が進んでいない管路もあるかもしれません。これらをなるべく正確に更新計画に反映することで、限られた予算の中でも無駄のないインフラの更新が可能になるのではないかと考えています。
破損時の社会的影響を評価して優先順位付けを
中川 内田さんが考える、しっかりした評価の手法というのは、具体的にはどのようなものなのでしょうか。日本には人口集中地域もあれば、過疎地域もある中で、統一された評価手法は難しいのではないでしょうか。
内田 管路の種類や周辺環境に加え、それぞれの管路がつながっている住宅、人口、事業所などの規模を評価モデルに組み込むことで、それぞれの管路が破損したときの社会的な影響の大きさを評価できれば、管路更新の優先順位付けの妥当性をさらに向上させることができるのではないかと考えています。
中川 なるほど、様々なデータを活用して分析、評価するということですね。ところで、インフラの適切な評価により更新の優先順位付けを改善しても、自治体の予算が足りなければ、どうしても更新しきれない管路が出てきてしまうのではないかと思いました。また、防災に対する認識が各自治体で異なっているとしたら、点検にかける予算の使い方もかなり濃淡が発生し、それにより関心の薄い自治体の住民の生活に被害が及ぶ可能性もありますよね。
内田 おっしゃるとおりです。老朽化がさらに進むこれからの時代は、水道事業の収支モデルについても、見直していく必要があります。
中川 加えて、水道事業としてみるのではなくて、防災という別のカテゴリーで予算化を図らないと、どうしても水道インフラの老朽化の点検は後回しになり、それが住民への災害発生につながりかねません。縦割りの弊害とも思える、こういう悪循環を止める必要があるのではないでしょうか。国、自治体の幹部層が防災意識を高めることが喫緊(きっきん)の課題だと思います。
「ウォーターPPP」活用も選択肢に
内田 八潮市の事故を受けて、国土交通省もインフラ強靭(きょうじん)化の予算を強化するなど、防災に対する予算措置への具体的な動きが見られます。一方で、現状、水道管の修理を賄うメインの予算は、やはり水道料金の収入です。
長期的には水道料金の引き上げといった対応も重要ですが、水道は住民にとって欠かせないものなので、短期間で急激に上げることは、住民の理解を得るのが難しいですよね。そうなると、いずれにせよ限られた予算の中で更新の効果を最大化するという目的のために、先ほど述べたような評価の精緻(せいち)化が重要だと考えています。
中川 他の考え方として、防災に資する水道インフラの強靱化、更新をビジネスとして加速していくことはできないでしょうか。
内田 水道分野においては、ウォーターPPP(国土交通省が推進する水道、工業用水道、下水道分野での官民連携〈PPP〉方式)という、インフラの維持管理や収支改善のノウハウをもつ民間企業が水道事業に参画できる制度があり、官民連携は徐々に進んでいます。一方で、水道分野は先ほど述べたような現状から、なかなか収益を上げにくい領域であることも事実です。
インフラの事故が発生して、社会全体に莫大(ばくだい)な損失が出る前に、事前に一定の費用を投じて強靱化、更新を行うという考え方自体は、ビジネスにおいても重要ですが、現状はなかなかインセンティブがわかりづらい状況かと思います。
当社は、先ほど紹介した新たなインフラ評価の考え方や、ウォーターPPPをさらに拡大させるための制度やビジネスモデルについて調査、研究を行っており、今後も関係するステークホルダーへの働きかけを行っていきます。
中川 今回は、日本における水道インフラの現状と、未来の世代にインフラを受け継いでいくために重要な考え方がよくわかりました。ありがとうございました。
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