#15 雪華、襲来
衛宮士郎がアーチャーを召喚する第五次聖杯戦争ifストーリー十六話目。腐向け。
版権元:Fate/stay night
注意(シリーズ共通):
腐向け(士弓)、ねつ造、設定改変、独自設定、重大なネタバレ、原作程度の暴力表現・流血表現
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「姿もなければ異常もなし、か。被害が聞こえてこないだけよしとしましょうか」
新都にある一番大きな駅前で合流した遠坂と情報を共有する。日はすっかりと落ちて、街灯の明かりにセイバーの金髪が目映い。
俺たちに収穫がなかったように、深山側を中心に回った遠坂たちにも特に情報は得られなかったようだ。
「人の多いところにいるかと思ったんだけどな……」
この中で一番慎二とのつきあいが長いのは俺だ。負傷したライダーや魂食いのことを考えれば人の集まる場所で魔力を得ようとするかと思ったのだが、予想が外れてしまった。
「新都の辺りに本気で隠れられたら見つけるのはなかなか面倒よ。慎二が自力じゃ魔力を供給できない以上、他人から搾取しようとするのは間違いないでしょうし、一度で見つけられないからと言って諦めるほどのものじゃあないわ。夜になったから使い魔ももうちょっと使いやすいしね、私も一通り心当たりを洗ってみるわ」
この場合の使い魔は、『高性能な使い魔』であるサーヴァントのことではなく、一般的にイメージされる使い魔のことだろう。俺にはできない芸当なので、今まで通り地道に足で稼ぐしかない。
「じゃあ俺は次は繁華街の方に行ってみようかと思ってるんだが、遠坂はどこを回るんだ?」
「ああ、あなたはもういいから。今日は帰りなさい」
「……? よくないし、おまえが決めることでもないだろ。聖杯戦争は夜が本番なんだから、今からの方が大事じゃないか」
「だからこそよ。正直片腕が石になったままのあんたを庇ったまま戦闘にもつれ込むような事態は避けたいの。通信用の石の効果もいずれ切れるでしょうし、何より二人揃って朝帰りなんてことになったら、藤村先生になんて説明するつもり?」
う、と言葉に詰まる。怪我をしたという説明を受けている藤ねえが帰らない俺を心配する展開は確かにありそうだ。
「……わかったよ、今日は一旦戻って、藤ねえにはなんとか説明することにする。だけどそこからは俺もライダーを探すからな。石の効果が切れるっていうなら、遠坂も一度帰ってこいよ」
「はいはい。私だっていつまでも起きたままではいられないし、適当なところで休むわ」
軽い言い方でヒラヒラと手を振った遠坂は、「じゃ、また明日」とこれまた軽い様子で言って背を向けた。やりとりの間、俺の背後の辺りをじーっと見ていたセイバーも街並みに消えるマスターを追って踵を返す。
「……」
俺も適当に手を振って、誰もいない後ろ――セイバーが見ていた辺り――を振り返った。独り言ととられるくらいの声量で「帰るぞ」と声をかける。
返事はなかった。アーチャーは、遠坂たちと合流する段になってからまた霊体化してしまっていたのだ。
方針転換というのがどういう風に作用しているのかは知れないが、これで丸一日遠坂たちには姿を見せていないことになる。俺の前には現れず遠坂とはきちんと会話をしていた今までとはまるであべこべだった。
やはり何か怪しい。だが街中で幽体のアーチャーを問いただす訳にもいかず、なんにせよ一度帰ることにした。
*
家に戻ると、部屋の照明がついているのが見えた。桜はしばらく来ないはずなので、中で待つのは当然一人しかいない。
さっさと鍵を開けて中へと入る。靴を脱ごうと身を屈みかけて、目に映る光景の違和感にふと動きを止めた。
見慣れた一足。こっちはいい。ほどよく履き慣らされた藤ねえお気に入りの靴だ。だがその横にチョコンと行儀よく並んでいる小さめかつ暖かそうなショートブーツは一体誰のものだ……?
「おそーい、士郎! どこ行ってたのよぅ。ご飯も食べずに待ってたんだから」
「そんなでもないだろ、まだ八時だぞ。大体腕がこうなんだから、いつもの調子で来られたところであなたに振る舞う料理の準備はありません。それより藤ねえ、誰か来てるのか?」
出迎えというより文句を言いに玄関まで走り出てきた藤ねえに返事をしながらようやく靴を脱いで廊下にあがる。こやつは毎日のように入り浸っているが、ここは一応俺の家だし藤村家はこのお隣にあるのだ、俺の知らぬ間に自分の客を勝手に招き入れるような真似は藤ねえでも早々しないはずなのだが。
と、そんな話をしている間に、居間のある方の角からひょこりと顔を出した人影を見咎めて、俺は今度こそピシリと音の立つ勢いで固まった。
「むむむ。人を食欲の化身みたいな言い方して。イリヤちゃんなんてこの家の前で夕方からずっと待ってたって言うのよー? どんな理由にせよ人を待たせていたんだから、少しは反省しなさい!」
腰に両手をあてがって説教モードのタイガーの後ろで、白い長髪を揺らして少女がにっこりと微笑みかけている。
「い……イリヤ?」
「こんばんは、お兄ちゃん。レディーを待ちぼうけさせるなんて、相変わらずダメダメね。もう待ちくたびれちゃった」
「待ちぼうけって――。そんな約束してないし、こんな時間に物騒だろ。一体何の用なんだ」
物騒、とは単純な意味ではない。彼女がバーサーカーのマスターであるのを指してのことだ。
警戒する俺に気づいていないわけでもないだろうが、イリヤは無警戒そうにコテンと首を傾げ、
「この間ディナーに招待してくれたじゃない。今日なら誘ってくれてもいいよって言いに来たのに、シロウはいつまで経っても帰ってこないし、タイガの煎れるお茶はおいしくないし」
「うぐっ。あ、あのねえ、イリヤちゃん。日本茶は渋みと苦みを楽しむものなんだから、渋くて苦くて当たり前なの。それがおいしくないのはイリヤちゃんの舌が大人じゃないだけなの。私のせいだけじゃないんだから」
可憐な声で厳しいことを言うイリヤに、藤ねえが珍しくたじろいでいる。
「そりゃああのときはそんなことも言ったけどさ。待たせたみたいで悪かったけど、こんな風にいきなり来られたら俺だって困るというか、驚くというか……」
さっき藤ねえにも言ったが、腕がこうだししばらくは料理は控えようと思っていたのだ。こんな箱入りっぽいお嬢様に下手なものを作ったら何を言われるかわからないし、バーサーカーがいつでも呼び出されるとわかって食事をするというのも落ち着かないだろう。
「あ、それなんだけどね。士郎が帰ってきたら三人で外に食べにいこっかって話してたの。士郎と切嗣さんに会いに来たっていうイリヤちゃんを追い返すのもなんだし、かといって士郎の腕じゃ大変でしょ? たまにはおねーさんがごちそうしてしんぜよう」
えへん、と胸を張る藤ねえ。
「三人で、って……」
それは困るというか、落ち着かないし大丈夫なのだろうか? 『話してた』という以上イリヤと藤ねえの間で合意のあった話なのだろうが、相手が一声かければ俺たちをミンチにできるのだ。しかし聖杯戦争という裏事情を考えなければ藤ねえの提案はもっともで、断るだけの理由が思いつかない。
「……イリヤは、それで構わないのか? 今はもう『夜』なんだぞ」
言葉を誤魔化したまま、イリヤスフィールの真意を問う。少女はハタリと瞬きをした後、
「ええ、もちろん。誰にも文句は言わせないわ。今日はシロウとお話するって決めたんだから」
年に似合わぬ笑みを浮かべてそう答えた。
*
「ここから取っていいの? ホントに? 煮込み途中の料理を摘み食うなんて不作法じゃないかしら?」
「いいのよぉ、そういう料理なんだから。ぐつぐつとお出汁の匂いに包まれながらみんなで一つのお鍋をつつく。冬よね~」
言いながらひょいひょいと具材を自分の器へと移していく藤ねえ。お玉を持たされたままのイリヤが、行き来する箸先を追って懐疑心にまみれた視線を左右させる。
「調理しながら食べる料理なんだ。イリヤには抵抗あるかも知れないけどこれであってるよ。ほら、海外にもあるだろ? えーっと、チーズフォンデュとか、そういうの」
「あれって古くなったチーズとかパンを処理するための庶民料理でしょ? アインツベルンは貴族なのよ。そんなの食べたことないわ」
助け船のつもりで話しかけるが、思いも寄らぬ身分差を思い知らされた。そりゃあ外国の貴族のお嬢様がちゃんこ鍋屋に連れてこられれば困惑するのも無理はない。
だが周りのテーブルの客も思い思いに鍋に箸を伸ばしているのを見てこれがその場の作法であると納得したのか、ついにお玉をえいやと鍋に入れて自分の分をよそいだした。ちなみに、お箸を使えないイリヤの前には無理を言って用意してもらったフォークとスプーンが用意されている。
「これはハンブルグなの? 醤油煮込み?」
「ノンノンノン。これはねえ、つみれって言うのよ。まあでも作り方としては実質ハンバーグみたいなものかも! 一口ハンバーグの醤油煮込み~冬野菜を添えて~みたいな」
楽しそうに異国交流している二人を横目に自分の分を口に運ぶ。アーチャーの指摘の通り感覚がズレた左手ではいつも通りの箸捌きとは行かず、情けないがイリヤと同じようにフォークを使っての食事だったが。
……うん、うまい。ここのはつみれにタコを混ぜていて食感が楽しいのだ。生姜も利いていて野菜が進む。
もぐもぐと口を動かしながら周りの喧噪に負けぬ華やかさで会話を続ける二人を見守る。イリヤは時々ドキッとするほどきつい台詞を吐くし、さすがの藤ねえもそれにややたじろぐ様子を見せるものの、年上の意地かへこたれず食らいつきイリヤの世間知らずを馬鹿にせずきちんと説明しているので、和やかとは言い切れないものの中々バランスのよい組み合わせに見えた。
――しかし、イリヤが俺を訪ねてきた理由がわからない。それとなく聞いてみようかとも思ったが、藤ねえがいるのに下手なことは言わない方がいいだろう。となれば本題は藤ねえが帰ってから始めるつもりなのか。その場合おそらく十時は回るだろうが、そうなれば俺はイリヤと一対一だ。
いくら令呪でバーサーカーを呼び出せるとは言え、アーチャーが傍にいる分こちらが有利のはずだ。イリヤにだってそれくらいわかって来ているのだから、それなりの目的があると思うのだが……。
「!? 何これぇ、変な食感! これ本当に食べ物なの?!」
「あははははは! それじゃあねえ、お次はこっちを食べてみなさい!」
こんにゃくを初体験しているらしいイリヤと、嬉々として食材を押しつけていく藤ねえの二人に、真剣に考えているのが馬鹿らしくなってきた。無意識のため息を吐きながら、アーチャーがいる感じのする辺りへとそれとなく視線を送る。
姿を消したきりなんの反応も見せないが、ここまでついてきているので俺たちの様子を確認してはいるのだろう。その上で無反応を貫いているのだから、強く訴えたいほどの不満はないのだと思われる。
「おい、藤ねえ。肉ばっかり食ってないで野菜も食え、野菜も」
今の段階であれこれ考えていてもどうにもならない。我が家の飯食い妖怪が今夜は奢りだなどと言っているのだ、ここで好きなだけ食べ尽くしてやろうじゃないか。
*
「つ、疲れた……」
ようやく姦しい二人を風呂場へと送り出し、ふらふらと定位置の座布団へと座り込んだ。中でどんなことが起こっているかとかなんで二人して泊まることになったのかとか気にすべきことは山ほどあるがまずは一時の平穏を味わいたい。女性の入浴は時間がかかるものだし、あの様子ならまだまだあがってくることはないだろう。一時間くらいは余裕がありそうだ。
急な展開についていけず頭が痛くなりそうだが、のんびりしている場合ではないと気持ちを切り替えた。
「アーチャー、いるんだろ? 急いで夕飯作るから、ちゃんと食べろよ」
かれこれ数時間は消えっぱなしの男に声をかけて、落ち着けた腰を上げて台所へ向かう。本当に簡単なものしか作れないが、何もないよりはマシだろう。米を炊いてる時間はないからうどんを茹でるくらいが関の山だろうか、と献立を組み立てながら一続きの居間と台所を区切っている暖簾をくぐる。
瞬間、スパンと気持ちのいい音を立てて綺麗に足を払われた。
「うわっ?!」
突然のことに踏ん張りようがなく、体が後ろに倒れていく。受け身を取るにも腕は相変わらず不自由で、これはまともに頭を打つ、と覚悟した瞬間、ぬっと伸びてきた手が俺の襟元を掴んで引き留めた。
「な、にしやがる! 放せ!」
ギチギチ不吉な音を立てる服を庇おうと腹筋に力を入れてみるが、体勢が厳しく自力では起きあがれない。人の服を片手で掴んで支えたままこちらを見下ろしてくるアーチャーと睨んで吠える。
「ほう? ならばそうしよう」
馬鹿にした声で答えたアーチャーは、そう言うと服を掴んでいた手を放した。
落下の衝撃に少し声が漏れる。少しの距離だが固い床なのでまともに打った背中が痛い。うぐぐと唸って立ち上がろうと体勢を整えている間に、横をすり抜けたアーチャーはスタスタと台所に入っていった。
「……おい。なんのつもりだよ」
見れば服装は今日街中を歩いたときと同じものだ。そのまま冷蔵庫や戸棚を物色しだしたアーチャーに気概を削がれて、起きあがり途中のあぐらで独り言紛いに呟いた。……気概が削がれたっていうのはつまり、この時点で俺にもコイツが何をするつもりなのか、なんとなく察せられたという意味だ。
「その腕でヘマをされるより、自分で準備した方がまだましだ」
言いながらも勝手に材料を並べて早くも手を洗い始めている。他人の台所を借用しているというのに断りの一つもなかった。いや、今更になって「キッチンを借りてもいいだろうか」とか伺いを立てられても困るというか気持ち悪いので別にかまいやしないのだが。
「…………」
ちゃんとできるのかよ、とか心配に思わないでもなかったが、思いの外しっかりとした手つきなので無言で立ち上がって居間の方に戻ることにした。とはいえ人に作業をさせて自分は座ったままというのも落ち着かないので、カウンター越しにアーチャーの調理を見守ることにする。
背中を丸めて頬杖をつく。最初はぼんやりと背中を見ているだけだったが、そのうち自然と背筋が伸びて無駄なく動く手元を凝視していた。
『思いの外しっかり』とかいうレベルではない。ものすごく手慣れている。面倒なのか洗い物を出したくないのか、全ての調理をフライパン一つで済ませようとしているらしいが、そういう無闇に食器類を使わないという工夫がすでに慣れていないとできないだろう。一番時間がかかったのは茹でる行程くらいなもので、あっという間に菜箸とフライパン一つでカルボナーラが完成していた。
アーチャーの方は何の感慨もなく、できたばかりのカルボナーラを皿に移すこともなく、立ったままフライパンから菜箸で直食いしていた。行儀は悪いが、自分が食べるだけの料理を盛りつける気が起きない気持ちはわかる。
「――さっきからなんだ、物欲しそうに。あれだけ食ってまだ足りんのか」
味わう様子もない無機質な食事の合間に、背中から送られる視線が鬱陶しかったのか、フライパンを持ったままアーチャーが不機嫌そうにこちらを振り返った。
「あ、いや。やっぱり料理できるんだなって思って」
「別に。これくらい、多少手先が器用な者なら誰にでもできる」
「……そーかよ」
納得していない部分もあったが、表面上は同意しておいた。アーチャーに個人的なことを問いただしたって、どうせ「貴様には関係ない」で話が終わってしまうのはわかっているのだ。
片方は食事をしているし、藤ねえたちと違ってお互い無闇に喋るようなタイプでもなく、無言のままアーチャーは手早い栄養補給(食事というよりそういう印象が強い)を終えた。またこちらに背を向けて、洗いものまで終わらせている。
俺はやっぱり黙ったまま、頬杖をつきなおして落ち着かない心地で背中を見ていた。こうしていると普通の人間のようにしか見えないし、かつて死んでしまった男であるのは事実でも、今ここに存在していて怒ったり嫌みを言ったり料理をしたりできる人格が存在するのも現実じゃないかと、改めて思う。
どこかでアーチャーが多くの恨みを買って絞首台に送られたのが事実でも、それは今この瞬間、この場所には何の関係もない出来事だ。せっかくそんな新天地に来たってのに、やることが聖杯戦争なんて血生臭いことだけなんて勿体ないと思う。
「あんたにはさ、やりたいこととか、やってて楽しいこととか、何かないのか?」
嫌われているのも鬱陶しがられているのも今更なので、思いついたまま口を開いた。二つだけの洗い物を済ませたアーチャーが怪訝そうに振り返る。
意図を問うように睨まれたが、それを流して再度質問を投げかける。方針転換とやらのおかげか、アーチャーはいつものように霊体化による逃走もせず一応の答えを返してくれた。
「あいにく、楽しみを得るために生きたことはなかったからな。果たしたいことならまだあるが」
「……なんだよ、それ」
独り言のように声が落ちる。
咄嗟に呟いたが、自分でも何を問いたかったのかわからない。ぎゅっと握り込んだ左手の震えはやはり怒りに似ていたが、それだけではなかった。
楽しいことなど何もないまま、楽しみたいと思うこともなく死んだなんて、そんなものは人の生き方として破綻している。暖かい思い出が何一つない人生だったとしても、人は幸福を求めて生きるべきだ。だから俺は、平気な顔で人の生と逆行したことを言う男に対して、反感と怒りを覚えるべきだったのだけど。
なぜだろう。俺はその答えに――破綻したまま最期まで生きてもいいのだという事実に――何よりもまず安心を覚えてしまったのだ。
「……その果たしたいことっていうのが、俺を殺すことか?」
わずかな逡巡の末、代わりの言葉を探し出した。――いいや、代わりではあったが、これも確かめたいことには違いない。
動機がないという言い訳ではもう誤魔化されなかった。こいつは俺という個人を、自らの手で始末したがっている。その思いをまずは認めるべきだ。理由なんてこれから探していけばいい。
しかし、断定に近い俺の問いかけに、アーチャーは「さてな」と肩を竦めて、
「願い事は人に話すと叶わないというジンクスがある。私もこれでそれなりに必死でね、世迷い言でも信仰の一つも寄せたくなる」
などととぼけて見せた。
俺がここまでストレートに聞いているのに、今更隠してなんになるのか。今の質問に否定を返さないだけで答えのようなものだというのに。
覚えもない恨みで殺されてやるわけにはいかないが、なんだってそこまで俺を憎んでいるのか教えてくれれば改善のしようもある。アーチャーが理由もなく誰かを憎めるようなやつじゃないことは、今までのことや今朝の夢からわかっていた。であるならば、俺が知らない内に誰かをひどく傷つけていたとか、俺の遠いご先祖さまが末代まで呪われるような何かをしでかしていたとか、はたまたこの先にとんでもない大悪党になり果てるだとか――そういう何かがあるべきだ。大体復讐者というのは報復対象に今までの罪科を数え上げさせたくなるはずで、その憎しみが強ければ強いほど、弾劾の時を望むものだ。
……いつもそうだ。この違和感について考えようとして、結局答えが出ないで行き詰まる。
「それよりも今はイリヤスフィールだ。相手から押し掛けてきたものに文句をつける気はないが、今バーサーカーと戦闘になれば数合と保たず私が敗れるぞ。精々彼女の機嫌を損ねないようにすることだ」
難しい顔で考え込む俺を放って、腕を組み台所のシンクにもたれ掛かったアーチャーが話題を変えた。真っ当な忠告だったので大人しく頷いておく。
「わかってる。下手に刺激はしない」
「――ならばいいが」
あまり感情を感じさせない声色で言って、組んだ腕を解いたアーチャーは預けていた背中も戻した。
ここ数日で鍛えられた対アーチャー行動予測機関がピコンと警告音を出す。これはあれだ、いつもの言いたいことだけ言って霊体化で逃げる前の空気だ。
「おい、待てよアーチャー。いつも好き勝手言い逃げしやがって。俺にだって色々と言い分があるんだからな」
引き留めてもまた逃げられるだろうか、と懸念していたが、アーチャーは意外にも――不服そうな表情を隠しもせず――その場に留まり「なんだ」と問い返してきた。
おや、と目を丸くする。トゲトゲしいのは相変わらずだが、ここで耳を傾けるあたりやはり態度が軟化している。これに対して俺の方で咄嗟に抱いた感想は『気味が悪いな』だったのだが、これを口にするような大人げのない真似はやめた方がいいだろう。
「言わなくてもわかってるだろ。俺に対してと、遠坂たちに対しての態度。なんだってそんな急に変わっちまったんだ? 昨夜以来一度も遠坂やセイバーと口を聞いてないじゃないか」
「セイバー達との同盟は一時的なものだ。そもそも貴様が私に戦闘を禁じたが故に発生した一方的な協力関係に、いつまでも従わねばならない理由こそありはしない」
「その理屈はわからないでもないけどさ、態度を変えた理由にはなってないと思うぞ。大体そんな一般論で、今更おまえが俺に親切にするもんか」
「随分なもの言いだな。キツく当たられるのがお好みなら、貴様の嗜好につき合ってやってもいいが」
「人を、そういう変な風に言うなよばかっ。……おまえが相手じゃなきゃ俺だって、こんなに一々色々疑わなくて済むんだから」
ムカムカと言い返しつつも、煙に巻かれそうな気配を察して口とは別に思考を回す。このままではいつもと同じように流されて終わる気がした。
何がキッカケかって、そこは明らかにキャスター達との戦闘だろう。そしてどう変わったかっていうと、俺への当たりが変な柔らかくなって、遠坂たちの前に姿を見せなくなった。どこが悪いかって聞かれると確かに悪いことはないんだが、気になる変化であるのは確かだ。楽観的には苦戦を気にマスターとの関係を改善しようとしていて、遠坂たちとは例のことが気まずくて会いたくないとかが理由付けにはなると思うが、どうにもそれだけじゃないように思う。
「……」
昨夜のことを思い返すとうっかり別の映像が浮かび上がってくるので、一成から直々に教わった念仏を唱えて振り払う。イリヤたちが帰ってくるまでが制限時間なのだ、変なことを思い出して体温を上げている場合ではない。
「……同じことを何度も何度も鬱陶しい」
と、俺が黙って考えている間待たされていたアーチャーが苛々とした態度を隠しもせずに不満を零した。組み直した腕の肘を逆の指が早いリズムで叩いている。
「衛宮士郎にも人並みに自分の保身に走る知能があったのを目の当たりにして、己の考えの甘さを改めただけだ。それ以上の理由はないし、おまえに不都合なことは何もない。これで何の不満があるんだ」
「不満じゃない、ただ疑問なだけだ。おまえ、俺のことは嫌いだし、遠坂達のことは嫌いじゃないだろ。なのに真逆の態度を取るんだから、どんな事情があるのかって気になっちゃ悪いかよ」
「くどい。私はもう答えたぞ。それともこの問答は貴様の満足する答えを返すまで続くのか? おまえにとっての正答があるならそのまま復唱くらいはしてやるさ、言ってみろ」
面倒臭そうに両目を塞いでいけしゃあしゃあとそんなことを言う。会話に応じて見えるが、結局アーチャーには何も伝える気がないのだ。俺が何回も質問を繰り返さなきゃいけないのは、訊かないと黙り込んだままのこいつのせいでもあるのに自分の行動を改めもしない。この言い種がいつもの挑発だとわかってはいたが、散々続く失礼な態度にいい加減俺の堪忍袋もはちきれそうだった。
「……もういい。俺はそんな表面的な言葉を聞きたいんじゃない。……くそっ、なんだっておまえってやつはこんなに俺の気に障るんだよ」
アーチャーにも腹が立つし、そのせいで何もかもうまく行かないのにも腹が立つ。こんな怒りっぽい性格であるつもりはなかったのだが、こいつが来てから自分でも制御できないくらい苛立つことばかりだ。触媒がないなら相性がいい英霊が喚ばれるとかなんとか遠坂が言っていたが、その通説は絶対に間違っていると思う。
「フン、私の知ったことか。自分の胸にでも聞いてみろ」
ガシガシと荒っぽく頭をかき回す俺に、アーチャーも不機嫌そうに鼻を鳴らす。今度こそ霊体化してこの場を去るつもりらしく、見慣れた燐光がアーチャーを中心に台所に浮遊し始めた。俺も頭に血が上ってきた自覚があるので、もう呼び止めるつもりはなく黙って見送る。
で、あらかた姿が見えなくなってから、声だけのアーチャーが思い出したかのように付け足した。
「ああ。それから、遠坂凛が帰宅した時の説明も考えておけよ」
「……?」
はて。なんのことやら。
言っている意味がわからず首を傾げたが、アーチャーはそれ以上語ることなくいなくなってしまった。なんとなくだが、方向的に土蔵の方に行ったんだろう。自分で言ったように魔力が足りていないと見える。……ああ、これについても話しておかなきゃならないのにまた失敗してしまった。
しかし今は台詞の意味だ。遠坂に説明とは何をどうしろというつもりなのか。夕食が準備できないのはあいつも承知してくれるだろうし、藤ねえが泊まるのだって元はと言えばここは俺の家なんだからそこまで大層な説明が要るとは――。
「………………あ゛っ」
思わず濁った声が出る。
やばい。イリヤと遠坂が何の説明もなしにはち合わせたら絶対にまずい。折角イリヤとはここまで戦いにならずに済んでいるのに、今度こそ屋根だけと言わず屋敷全体が吹っ飛ばされかねない。
慌てて昼間活用させてもらった腹の中にある通信用の礼装越しに語りかけてみるがうんともすんとも言わない。効果が切れてしまったのだろう。
こうなると連絡手段がないのは事前に危惧していた通りだ。どうしよう、イリヤになんとかして帰ってもらった方がいいか? だけど下手に機嫌を損ねたら命に関わることはアーチャーが忠告した通りだし、藤ねえもいる現状で巻き込むわけにもいかないし……。
ウロウロと居間を歩き回って必死に方策を考えるが、そんな何もかも丸く収まる都合のいい方法がポンと思いつくはずもなかった。そうこうしている内に藤ねえ達が風呂場から帰ってきてしまったからだ。
「こらー! ちゃんと髪は乾かしなさい! 初お風呂の士郎でもこんな手が掛からなかったわよー!」
「タイガにやらせたらボサボサにされちゃうじゃない! シロウにやってもらうのー!」
「なにおーう?!」
……こんな調子で突入されては、のんびりと考えている時間などあるはずもなく。
もみ合う子供二人(片方は二十五歳だがもうこやつは子供でいい)を仲介し家が荒らされるのを阻止しなんとかかんとか屋根が無事な方の和室に押し込んで片づけついでに自分も汗を流し居間に舞い戻って腰を落ち着けたのが、深夜零時きっかりのことであった。
*
「……遠坂遅いな」
近所迷惑だろうと照明を保安灯にまで落とした居間で座って秒針の音を聞く。さっきまでのカオス空間に帰宅しなくてよかったと思うべきだろうか。元々朝帰りがどうとか言っていたくらいなので、本当に夜が明けるまでは捜索を続けるつもりなのかもしれない。
この間にも、ライダーは冬木の街に潜んでいるのだろうか。あるいは、今まさにセイバーが接敵している可能性もあるだろうか。
……夜が満ちてもこんな状態では落ち着けるはずもない。だが、今街に繰り出したら藤ねえがイリヤと二人きりになってしまう。イリヤがまさか一般人の藤ねえに手をかけるとは思いたくないが、俺に対して平気で暗示をかけてきた前科を思うと踏み切れない。悪気がなく無邪気なままでも人は人を傷つけられるのだ。
アーチャーには残ってもらって俺だけ出て行くことも考えたが、あいつがまだ戦闘ができるような状態じゃないのは本人の言うとおり事実だろう。使える令呪がない以上何かあったときにどうすることもできない。よって悪手だ。気が逸っていてもそれを選ぶほど考え無しじゃあない。
それで結局、ここでソワソワと遠坂たちの帰りを待っているわけなんだが。居間からなら帰ってきた遠坂がイリヤを発見するより先に、玄関まで行って事情を説明できるというのがわざわざここに留まっている理由だ。土蔵に引きこもってしまうと、玄関先の様子はほとんどわからない。
いつ帰るかもわからないのをぼうっと待つのも無駄にすぎるし、少し変な感じはするがここで鍛錬を始めよう、と台所から持ってきた包丁を机に置く。失敗すると使い物にならなくなってしまうので、研ぐだけじゃ切れ味の悪さが誤魔化せなくなってきた年季ものを用意した。それでも切れ味が悪いなら悪いなりの使い道はあるので無くしてしまうには惜しいが、成功すればなんの問題もない話だ。初めから失敗する前提でケチっていては始まらない。
保安灯の僅かな橙の光を反射して歪にこぼれた刃が映る。左手に掴んだそれをしばし眺めて、一息の後集中のため瞳を閉ざした。
遠坂のおかげで魔術回路を作る手間がないのだから随分楽になったと思う。それでも魔術は行使の度に痛みとリスクが発生する危険な行為だ。集中を切らさないことは魔術師の最低限の素養だろう。
無事なのが左手でよかったと、今ばかりは思う。日常生活では不便だが、魔術を行使するのに一番イメージしやすいのはやはり左手だった。
「……同調、開始」
お決まりの文句を口の中で唱え、回路のエンジンにガソリンをくべて火を入れてやる。科学の対極を行く魔術がガソリンやエンジンに例えられるというのも妙な話だが、一番わかりやすい例えだと思った。
世界を構成する部品の一つにまで自分を落とし込む。自分の全てを魔術を成すための回路として明け渡す。回転数が上がるほど、回路にかかる負荷は増し痛みを伴う熱が内から体を蹂躙していく。
「ぐっ――、はっ。……構成、物質ッ――!」
痛みに散りそうになる集中をかき集めて解析を試みようとしたが、集中するほどに致命的なズレがあることに気づいてしまう。
……そうだ、ズレている。まさしくあいつの指摘の通り、魔術回路を含むあらゆる感覚が、己の想定から外れていた。こんなのでうまくいくはずもない、と思ってしまう。必死に弱気な考えを振り払おうとしたが、もう感情が納得してしまっていた。
まずい、失敗する。
「ぐあっ……!」
バシン、とスパークが走る。咄嗟に中断したが、過剰分だけでも体を散々蹂躙していくには十分だった。
暖房も切った冬の夜だというのに嫌な汗が滲んできて止まなかった。耐えるしかない苦痛に歯を食い縛る。脂汗が頬から顎へと滑って包丁を握っていた左手へと落ちた。
「はー……、すー……、はー……、すー……、………………はあ。くそっ、こんなんじゃあ全然ダメだ」
強ばった体で無理矢理呼吸を整えて毒づく。包丁は一見無事に見えるが、背の方をコンと食卓に当てるだけで砂山が崩れるようにボロボロとこぼれ落ちてきた。懸念通り駄目にしてしまって気が沈む。
感覚がズレてしまっていることくらいわかっていた。ならばいつもの手順をズレの分修正してやればできるだろうと思っていたのだが、違和感に耐えきれず集中を切らしてこのザマだ。昔みたいに回路を作るところからやって今の失態を侵していたら本気で死んでいたかもしれない。遠坂にはまた借りが増えてしまった。
本当は、昨夜のようにもう一度アーチャーの剣を投影してみたかったのだが、強化はおろか解析すらまともにできないならしばらく諦めるしかないだろう。
「参ったな。感覚がズレてるって、どうやったら治るんだ……?」
原型を留めなくなった包丁を置いて首を捻る。スポーツのフォーム改善とかと同じで練習あるのみかと思ったのだが、命がけな以上トライアンドエラーを繰り返すわけにもいかない。今も明日もいつ武器が必要になるともわからない身だ、できれば速やかに解決してしまいたいのだが……。
と、一人悩んでいるとなんとなく気配を察して顔を上げた。
「……何か用かよ」
姿は見えないがわかった。多分アーチャーだ。わざわざ土蔵から出向いてきたくせに、机を挟んだ向こう側から動かない気配に向けてぶっきらぼうに聞く。自分でも失敗した自覚はあるのをコイツに見られていたのだと思えばあまりいい気分ではなかった。
どうせ文句でも言いに来たんだろう、と思いながら睨んでいると、返事の代わりに無言のアーチャーが姿を現した。いつもの不機嫌面かと思ったが、呆れ果てていますといった表情なのがちょっと意外だ。いや、なんにせよ腹が立つ態度には変わりないんだが。
「別に用など無かったが、お前の脳足らずぶりを見せつけられては忠言も考慮しなくてはならないではないか、このたわけ。昨日の今日だぞ、無駄なことは止めておけ」
ほらな、第一声がこれだ。
アーチャーの視線が失敗により崩れた包丁に向けられているのがわかった。ふん、と顔を背けて鼻を鳴らす。
「俺だって別に忠言なんて頼んでないし、無駄かどうかは俺が決めることだ。それに昨日の今日だって言うんなら、お前の方こそだろ。俺なんかほっといて寝ておけよ」
「サーヴァントに睡眠は必要ない。気を休めるにしても、焦った考えなしの主人が勝手に飛び出していかないか見張り続けるのではとても休息にならないな。
何を焦っているのか知らないが、そもそも私が回復せず貴様のその腕もその状態である以上、ライダーと対するのは不利すぎる。状況から言っておまえがライダーを探しに街をうろつく理由はない。あの騎士王があれだけの気迫で言ったんだ、放っておいても直にライダーはセイバー達が始末するだろうよ」
口調はともかく、言い口からして本人はどうやら本当に真っ当な忠告をしにきたつもりらしかった。俺を挑発したいわけではないようだが――それが余計に気に障る。
「セイバーが決着をつけてくれるとしても、相手が見つからないんじゃどうしようもないし、その間に誰かが犠牲になるかもしれない。大体ヤツがメドゥーサだって言い当てたのはお前じゃないか。神話級の反英霊が慎二のやつをマスターにしてこの街をうろついているんだ。放ってなんておけないだろ」
「フン……。私が手を貸そうが貸さまいが、被害の多寡などそう変わらんだろうがな。それに私としては正直、ライダー探しは長引いてくれた方がありがたい」
「なに……?」
険悪な声が自分の口から漏れた。どういうつもりだ、と重ねかけた問いは、腕を組んでいつもと変わらぬ態度のアーチャーが続けるのを見て飲み込んだ。
「学校に築かれつつあった結界でも使えば数百人くらいは犠牲者が出るだろうが、あの規模の術を使って遠坂凛が気づかぬわけがない。すぐにセイバーが駆けつけるだろうし、実質巻き添えをくうのは運がないヤツか抵抗力の低い者くらいだ。せいぜい数人か十数人数くらいのものだろう。逆に露見を恐れて闇に潜まれると発見は遅れるだろうが、そうなれば派手な魂食いはできず、これも犠牲の数は多くない。
――つまり、遠坂凛がはっきりと討伐に乗り出している以上、被害はそこまで大きくならないんだ。ライダーが傷を癒そうが、マスターとサーヴァントの性能がともにあれだけ差があるのならば、時間がかかったところでセイバーの勝ちは確定している。となれば、足手まといのお前が躍起になって走り回る意義はほとんどないだろう?」
こいつは何を言っているんだ。
言葉を失って見上げる俺に気づいていないわけもないだろうに、アーチャーは気負う素振りも無い。こういう時ばかり流暢に回る舌が言う。
「そしてライダーが沈めば残るは私とセイバー、ランサー、バーサーカーだけだ。イリヤスフィールの意図は知れないが、バーサーカーがもし戦闘を放棄するような流れになれば、私が回復しきらないままにいよいよ決着が近くなる。ただでさえまともに当たれば勝ち筋が見えない相手だ。消耗して抵抗もできないまま消滅、というのはごめんでね。私としては聖杯戦争がこのまま決着するのはうまくない。そういうわけで現状、時間経過は私の――我々の味方だ。簡単な論理だろう」
「簡単な……簡単な論理だって? ああそうだな、確かに簡単で単純だ。そうやって何もかも見ないようにすりゃあ楽だろうさ。楽だろうけど――そのために人が死んでも構わない? 好都合だと?」
声が震えている。
瞳孔が開いて、夜の中俺を見下ろすアーチャーが随分ハッキリと見えた。
怒り――は当然として、それを煽るように胸が大きく軋んでいる。
「本気で言ってんのか、アーチャー。曲がりなりにも英雄なんだろう、お前は」
胸の軋みの正体は失望だった。剥き出しの精神を思い切りぶん殴られた気持ちだ。裏切られた、と叫んでいる。
アーチャーはどこかつまらないものを見るような目で、殺気立つ俺を見据えていた。は、と唇が歪につり上がる。
「英雄だと、バカバカしい。アーサー王を見てみろ。やつが護国のために殺してきた数は、此度の聖杯戦争でライダーが出すかも知れない犠牲なんぞ、比にもならん多さだぞ。英雄は人助けをしたものの称号じゃない。むしろその逆だ。いかにうまく、意味のある殺しをしてきたか――英雄なんてものは、人殺しという汚れを隠すために貼られたラベルに過ぎない。どいつもこいつも人を殺してもたらされる成果をもって優劣を競う、どうしようもないろくでなしどもの集まりだ」
「馬鹿言え、セイバーがお前なんかと一緒なもんか。確かに昔はそういう時代だったし、人を殺さないといけないこともあっただろうけど、お前の考えとは絶対に違う。サーヴァントがみんな碌でもない連中だって言うんなら、その中でお前が一等一番のろくでなしだ」
「なんだ、今まで知らなかったのか? ご明察の通り、お前が引き当てたサーヴァントは英雄未満の反英霊。くだらない男のくだらない末路が私だよ。――とはいえ、人を罵る暇があるなら触媒なしでオレを呼び寄せた自身の性質とやらを振り返って欲しいものだがな」
激情する俺に比して随分と冷静に、自嘲とするにはあまりにも平坦な声だ。
「本題を前に話が逸れたな。耳を貸すかは勝手だが、そのロクデナシからの忠告だ。
――今の状態で魔術を使うな。どうしても何かしたいのなら、瞑想までに留めておけ。想定と実際の感覚がズレたままでの魔術など、自殺志願者のすることだ」
「……うるさい。誰がお前の指図なんて受けるか」
自分でも驚くくらい低い声が出た。唸るように答えた俺に、アーチャーはいつものように肩を竦めて、
「だろうな。まあ、どうしても火遊びを続けたいのなら声をかけろ。解決にはほど遠いが、無駄な過程を省くくらいはしてやろう」
睨みつける俺と対話しても無駄だと悟ったのか、さっさと言って返答も待たずに幽体に戻る。気配はそのまま、土蔵の方へと流れていった。
「……ふざけるな。犠牲があって当然だって、なんでお前がそんなこと言うんだ」
もう目の前にはいないとわかって、脳裏に残る皮肉屋の影に吐き捨てる。ギギギ、と音が立つほど歯を食い縛った。怒りだけで本当に脳味噌が茹でられているようだ。
苛立ちに任せて一度立ち上がり、台所の方から割り箸のお徳用セットを引っ張り出してきた。荒い動作で中身を適当にぶちまけて、その内一膳を手に取り再度座り込む。
「――同調開始」
いつも通りの、強化の魔術。あんなやつにあんなことをあんな風に言われて、大人しく寝てやるわけには行かなくなった。
アドレナリンの効果なのか、さっきより痛みを感じない。それでも浮かび上がる違和感は無理矢理押さえつける。今日はもうぶっ倒れるまで魔術を使い倒してやる、と心に決めていた。
結局まともな成功はせず、意識があったのは空がほんの少し白ずんできただろうか、というくらいまでで。
――その夜。遠坂たちは帰ってこないままだった。