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#14 従者の条件/Novel by ちくわぶ

#14 従者の条件

14,388 character(s)28 mins

衛宮士郎がアーチャーを召喚する第五次聖杯戦争ifストーリー十五話目。腐向け。 

版権元:Fate/stay night 
注意(シリーズ共通):
 腐向け(士弓)、ねつ造、設定改変、独自設定、重大なネタバレ、原作程度の暴力表現・流血表現

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 四方から浴びせられる怒号は、万雷の喝采にも似ていた。
 少し高所からあらゆる怨嗟を見下ろしている。目を閉じても老若男女の罵声は強くなるばかりで、耳を塞ごうにも両腕は厳重に縛られていた。
 己の近くに人はいない。孤独に最後の壇上に立っている。
 そのはずだが、すぐ耳元(あるいは己の内側)から低くひび割れたおぞましい男の声がした。人声の怒濤を潜り抜けて、頭蓋の裏に反響する。

 ――見ろ、この沸き立つ民衆を。
 これら全て、お前の生を憎み、お前の死を望む人々の集いだ。
 お前が信じ、貫き、切り捨て、省みなかったものたちが、返す波のように牙を剥いている。
 ……ずっと考えていた。何か間違ったのか、何を間違ったのか。進む道を誤ったのか、そもそも進もうとしたことが誤りだったのか。地獄とわかって足を止めずにいたことは、罪なのか。
 目を閉じるなよ、怒声を上げる人たちの顔を見ろ。みんながお前に、せめて惨たらしく死んでくれと願っている。
 似ていると思わないか? あの始まりの日の光景に。人々の呪いを踏み締め進んだ炎の故郷に。
 あの日お前は、あらゆる救済を放棄して、無意味な生に執着して、ただ一つの憧れを得た。生涯それだけを目指して走る機関として生まれ落ちた。……まったく、畜生にも劣る人生だった。
 同じだ、全て。お前は何一つとして変わってはいない。何一つだって果たせはしない。誕生と臨終が同じ光景に帰結する――これが答えの一つなんだ。
 前を見ろ。目に焼き付けろ。地獄に落ちてもこの情景を思い出せ。死んでくれと祈る人たちの声を忘れるな。あそこにいるのはお前が殺した男の妻子、あそこにはお前の罪を被せられた異国の民、お前が見逃した男に殺された母の子供――お前がいなければ、正しい幸福を得られた人々の姿だ。
 変わらない。ずっと同じだった。始まりの日と終わりの日とに、少しの違いも見いだせない。
 ならば、その生涯に一体何の意味があったって言うんだ。
 せめてと言い訳をして生き抜いたが、終わりまで走りきっても結局何も果たせなかった。どこへ行ってもお前は死を振り撒く災厄だった。ならばまだしも、あの日の泥の中、名の知れぬ小僧の一人として火葬されていた方がすべての存在にとって幸いだったはずだ。
 わかるだろう。お前がなすべきことなんてありはしない。お前に果たせることなど何もない。

 ――いいや、違うか。一つだけある。
 あの日の炎は、黒い雨に消されてしまって、お前は今まで生き延びてしまった。だから一つだけ、お前にも果たせる役目が残っている。
 オレ/お前は、みんなの望み通り、あそこ/ここで死んでおくべきだった。
 お前に許された価値はそれだけだ。彼らはずっと正しかった。死ねと願う声に逆らってまで生きるべきではなかった。それにやっと気がついたんだ。
 ……なあ、どうか果たさせてくれ。
 今はもうそれだけが、ようやく見つけた願いなんだから。



 ガコン、と足場の抜ける音は喝采にかき消されて俺の耳にまで届かなかった。決めていたはずの覚悟を嘲笑うように、喪失感とこの先間違いなく訪れる死への恐怖に背筋が粟立つ。
 慣性は僅かに一瞬。放り出された体は、なすすべなく重力に引かれ落ち始め――――。


「…………ッ! ぁ――う、ハッ、ハッ、は、……」
 びくりと体が跳ねる。視界には木組みの高い天井が映っていた。体は仰向けに横たえられていて、汗だくの体にめちゃくちゃに乱れた呼吸が煩わしかった。
「――夢、か」
 ガンガンとひどい頭痛がする。喉は渇ききっていて、空気の出入りですら乾燥した粘膜に染みた。汗を吸って重くなった布団をノロノロと払い除けて体を起こす。
 落下感に襲われる嫌な目覚めは、別に特別なことではないはずだ。疲れているのだろう、で済ませられる。夢であったことの証拠を求めて、そっと首筋に指を添えた。痛みもないし、変な凹みもない。普通の首だ。間違いない。
 あの勢いで落ちる体を首ひとつで支えたら必ずなんらかの痕が残る。だからさっきのは夢だったのだ。布団で目覚めた今が証拠だ。あんな、首を吊られて死ぬ体験だなんて――。
「……起きたか」
 低い声。弾かれたように顔をあげれば、俺の足元の傍にアーチャーが立っていた。
「ならばさっさと居間へ行け。セイバーのマスターが呼んでいる」
 無愛想に言って顎で母屋の方をしゃくる。
 普段の俺ならばその態度に反感の一つでも覚えたのだろうが、今の俺はその声を聞くだけで込み上げる吐き気を堪えるのに必死で口を開く余裕もなかった。背を丸めて飲み下す。嫌な脂汗が新たに噴き出すのがわかった。
「アーチャー、お前は……」
「もう朝の八時半。遠坂凛がお怒りだ。要らぬ反感を買わない内に、顔だけ洗って起きた方が身のためだぞ」
 頭痛と吐き気を抱えながら絞るように名を呼んだが、アーチャーは耳を貸さずに言葉を重ねてくる。
 俺の方にも何か明確に言ってやりたいことがあるわけじゃなかった。遮られるとなんと続けていいものかわからなくなってしまう。……俺を黙らせることが、アーチャーの狙いなのだと察してはいたのだが。
 最悪の気分だ。だが、朝が来たのならば目覚めなければならない。ましてや八時半などと、それが本当なら大寝坊だ。
 頭を振って気を取り直す。右腕が全く動かないことに今が戦争中なのだと嫌が応にも思い出せた。気になることは多いが、他に優先すべきことが山ほどある。
 ややふらつきながらも立ち上がる。夢の余韻は消え去りつつあり、朝の寒さが身に堪えた。遠坂を怒らせているのは怖いが、まずは軽く汗を流させてもらおう。
「……しまった、靴がない」
 で、ヨタヨタと土蔵の出口まで歩いてきて立ち止まった。そういえば昨夜はここに運搬されてきたのだ。土の敷いてある庭を歩くための外履きがない。
 往路を担った運送業者に文句を言おうと振り返る。しかしアーチャーは俺の行動を予測していたのか、すでに霊体化してしまっていて、土蔵の中には見当たらなかった。

「あなた、なんだってあんなところを寝床にしてるわけ?」
 開口一番。
 朝の挨拶すらもない。座っていればいいものを、居間に敷かれた座布団を無視して腰に手を当て仁王立ちに、イライラと足裏が畳を叩いている。
「おはよう、遠坂。何をそんなに怒ってるんだ?」
 ちらりと視線を遠坂の後ろに向ければ、セイバーは特に荒れた様子もなく正座で座っている。目があうと会釈してくれたのでこちらもペコリと頭を下げた。
「ああもう、この能天気! あのねえ、今は八時半。つい二時間ほど前にはこの家に誰がいたと思う?」
 遠坂が立ったまま陣取っているので座るに座れない。居間と廊下の間で立ち往生をくらいながら問われるがまま頭を捻った。二時間前ということは六時半くらい。普段なら朝食を食べているような時間だが――。
「…………あ! 藤ねえか」
 思い至って声を思わずあげる。遠坂が重々しく頷いた。
「寝坊したくらいなら別によかったのよ。実際に腕が一本ダメになってるんだし、事故でもなんでもでっち上げて学校くらい休むつもりだった。だけど、さすがの私もわざわざ蔵に布団を持ち込んでぐーすか寝ているやつの誤魔化し方なんてわからないわよね?」
「う……。それは確かに……」
 藤ねえも事故して怪我をしたやつがわざわざ土蔵で布団を敷いて寝ていたら不審に思うだろう。いつも通りの時間に起きられていたらなんとでもなったのだが、しっかりと寝坊した今は後の祭りだ。
「もう面倒になったし最終的にはあんたの趣味ってことで落ち着いたから。あとちょっと一部の屋根を吹っ飛ばしちゃったけど、必要経費ってやつよね」
「ああ、遠坂には迷惑をかけたみたいで悪かっ、――屋根がなんだって?」
「必要経費でよろしく」
「違う、そこじゃない。吹き飛ばしたとかなんとか聞こえたような気がするんだが」
「ちゃんと聞こえてるじゃない。そうよ、二部屋くらい景気よくばあっと」
「はあ?!」
 何を言っているのだコヤツは。
 ぎょっと目を剥くが遠坂さんはどこ吹く風。頼みのセイバーも我関せずで座ったままだ。これは見に行った方が早い、と早々に下してドタドタと己の部屋へと舞い戻る。

「な」
 ――果たして。
 我ながらよく手入れしていた畳には瓦や土塊が散乱し、高くなりだした太陽が真っ直ぐ綺麗に差し込み、見上げれば冬の空が綺麗に見渡せる、劇的なビフォーアフターを遂げた自室がそこにはあった。
「いやあ、我ながらうまくやったわ。ほら、障子は破れてないのよ。大したもんでしょ」
「……な、なんでさぁ!? うまくやったも何もあるわけないだろ、馬鹿! なんだって俺が土蔵で寝てたってだけで部屋の屋根が壊されるんだよ!」
「うるっさいわね! アンタがあんな場所で寝転けてるのが悪いんでしょう!? 藤村先生が先に見つけちゃってこっちは大変だったんだから!」
 ……喧々囂々のやりとりの結果をまとめると。
 まず、俺が寝坊した。で、藤ねえが家にやってきたのを仕方なく遠坂が出迎えた。俺を起こしに部屋まで来たが姿はなく、そうこうしている内に藤ねえが土蔵で布団にくるまる俺を発見した。普通の言い訳じゃ誤魔化せないと判断した遠坂は、セイバーに藤ねえを任せている間にこっそりと俺の部屋まで舞い戻りこれまたこっそりと屋根を破壊。その惨状を以て『衛宮君の部屋には夜中の内に強風で飛んできた倒木が直撃。右腕を負傷した彼は病院で初期治療を受けた後、ひとまず安全そうな土蔵で寝ることにした』とごり押しで説明した。
「……だからってこんな……ここまでしなくていいだろ……。どうするんだよ、これ」
「大げさねえ。被害で言ったら初日にセイバーが吹き飛ばした土蔵の方が酷かったじゃない。あれを一日で直せたんだからこんなの半日もあれば直せるでしょ」
「いや、あれは俺が直したんじゃ――」
 言い掛けてはたと止まる。そういえば流したまますっかり忘れていたが、そんなこともあった。
「士郎じゃなきゃ誰が直すって言うのよ。穂群原のブラウニーの家には本物のブラウニーが住んでるとでも仰るのかしら?」
「いや……まあ……。消去法でアーチャーとか……?」
「はあ?」
 何言ってんだコイツ、と言わんばかりの目で見られる。
「あなた、アーチャーにそんなことさせてたの? 使い魔と言えども英霊なんだから、そんな小間使いみたいなことさせてたらそりゃあ嫌われるでしょうよ」
「俺がそんなこと頼むわけないだろ。あれは寝て起きたら直ってたんだよ。それこそ俺の家に妖精でも出入りしていない限り、俺じゃないならアーチャーしかいないかなって。なんでかあいつ、変に律儀で几帳面なところがあるし」
 やつが居座りだしてから着々と整理が進む土蔵を思い返した。正直俺も疑う気持ちが半分くらい残っているが、今になって思えばアーチャーが直したかもしれないという気持ちも多少はある。
 遠坂は俺よりもっと疑わしそうな様子だったが、最終的に「ま、どうでもいいわ。アンタたちのこと考えてると最近頭痛がしてくるし」とサクッと切り替えた。
「とにかく、藤村先生にはそういう説明してあるから。士郎でもアーチャーでもいいけど、いきなり直したら不自然だからここは普通の業者でも呼んで修理しなさいね」
 遠坂にはなんら悪びれる様子もない。
 家主としてもう少し文句をつけるべきか少し悩んだが、俺のせいで話がややこしくなったのは確かだったのでここは引き下がることにした。遠坂の台詞じゃないが、俺もコイツの横暴さについて考えていると頭が痛くなることであるし。

「まずはライダーを狙うべきでしょう」
 いつもの如くの作戦会議。
 俺だけでなく遠坂たちも学校を休んでいる。優等生遠坂凛のポリシーには反するのだろうが、そうも言ってられない事情があった。
「恥を忍んで言いますが、彼女はあそこで取り逃がすべきではなかった。メドゥーサという真名が本当なら、この街の人々を襲うことに抵抗があるとは思えません。追いつめた以上責任を持って、暴走前に処断します」
「……ま、それしかないわね。士郎の腕のこともあるし、さっさと始末をつけなくちゃ」
 ライダーのマスター――つまり慎二――には、傷ついたサーヴァントを自力で回復させる手段がない。キャスターが新都の人々から魂食いの形で魔力を搾取していることを知っていて手を組んだこと、学校に張られかけていた結界がライダーのものである可能性が高いことを併せて考えれば、負傷を癒すため街の人々を犠牲する確率は充分あった。
「深追いを止めたのは私だし、一夜でキャスターとアサシンの二騎を落としたんだから、セイバーはそんなに気に病まなくていいわ。――それより、私はそこで『ボクもガンバルゾー』みたいな顔して座ってるやつの方が気になるんだけど」
 頬杖をついた行儀の悪い姿勢の遠坂が半目でこちらの方を見ている。
「……? 誰かいるのか?」
 視線を追って後ろを振り返ってみたが誰もいない。
「だああ! 何古典的なボケをかましてくれてんのよ! アンタよアンタ、衛宮士郎さん。何を当然のように出かける気でいるの?」
「何で、って……。そういう同盟だろ。それに昨夜の責任をとるって言うならセイバーじゃなくて俺の方だ。慎二とライダーを放って置くわけにはいかない」
「やりたい・やらなきゃじゃなくて、できる・できないでたまには物を考えなさいな。昨日あんなに痛い目にあったのにまだ懲りてないの? あれからまだ半日も立ってないんだから、士郎もアーチャーも戦えるような状態じゃないわ。今日くらいはここで留守番していなさい」
 心底呆れた、と言わんばかりの態度だ。それでも根底に心配があるのはわかったので腹が立ちはしないが、おとなしく言うことを聞くわけにもいかない。
「やらなきゃとかそういう話じゃなくて、ここは俺たちが暮らす街なんだから、放っておけなくて当然だろ。俺の方は幸い怪我をしたわけじゃないし、冬木全部を探すって言うなら人手が多いに越したことはないはずだ」
「あんたにとっては腕のそれは怪我の内に入らないのかしら。ライダーを前にしたら悪化するわよ、それ」
「だけどライダーを倒せば戻る。だったら尚更、早く決着をつけるべきだ。別に俺だって、あのサーヴァントを自分の手で打倒しようだなんて考えているわけじゃあない。アーチャーのやつ目はいいし、見つけるところまでは協力するさ」
 俺程度の力量じゃ勝負にならないことは思い知った。アーチャーにも戦わせるつもりはなかったし、危険なことをする気は全くない。かと言って家の中に籠もっているつもりもなかった。セイバーには特別な索敵能力は備わっていないだろうし、人探しにはアーチャーの弓兵としての目が一番向いている。
「……はあ。どうせ止めても無駄なのよね。ええ、いい加減わかってますとも。行きたいなら勝手に行けばいいんだわ」
「む。なんだよその言い方。拗ねてんのか?」
「おばか、呆れてるのよ。向こう見ずな死にたがりってほんっと手に負えない」
 頬杖はつきっぱなしで、そのまま行儀悪くお茶請けのクッキーを取ってポイポイと口に放り込んでいる。優雅はどうした、優雅は。
「向こう見ずでも死にたがりでもないぞ、俺は。人を考え無しみたいに言うなっての。探すのを手伝うだけだって言ってるのに、なんだってそんな話になるんだ」
「はいはい、わかったってば。だから士郎の好きにしなさいって言ってるでしょ? どうなったってもう知らないから。だけどそれじゃあ、連絡手段はどうしようかな……」
 なおざりな返事に不満は残ったが、俺の意見を入れて対策まで講じてくれようとしているみたいなので押し黙る。
 しかし、ふむ。連絡手段か。確かに、手分けして探していざと言うときそれを伝えられないのは些か片手落ちだろう。まさか公衆電話を探しに走るわけにも行かないし、大体遠坂の方も出歩いてるんだから意味がない。
「あっ」
 そんなこんなで頭を捻ることしばし。不意に遠坂がお手本のように手を打った。ポン、という音が目に見えるようだ。
「ちょっと待ってて」
 言うが早いかやや軽やかな足取りで居間を出て客間の方へと消えていく。
「…………」
 なんだかあまりいい予感のしない流れだ。かと言って逃げるわけには行かず、大人しく心の準備をして待つことにする。人に留守番して養生しろとまで言ってくれたのだから無茶な行為には踏み切らないと信じたい。

 ――で、しばらく無言で二人遠坂の帰りを待っていると、
「ところで、シロウ」
 そんな風に、斜め向かいのセイバーが切りだした。
「どうした?」
「アーチャーの調子はどうですか。明け方から何度か訪ねてみているのですが、一向に姿を見せないのです。あなたがあんなところで寝ていたことを思えば、やはり回復しきっていないのではと」
「ああ、なるほど。あいつはまあ、いつも通りなのかな。俺にはいつもあの態度だからなんとも……今朝は特に変わった様子はなかったと思う」
 目覚めの場面を思い返しながら返答する。
 ……と同時に、眉間に力が入るのを自覚する。思わず表情が険しくなったのは、夢のことまで思い出したからだ。
 マスターとサーヴァントの繋がりがあれば互いの記憶を共有することもある、と教えてくれたのはセイバーだ。つまり今日見たあの光景こそが、アーチャーの最期なんだろう。
 サーヴァントというのは英霊で、翻っては死者のことだ。あらゆるサーヴァントに最期の光景というのはあるだろうし、英雄ともなった者たちのそれが穏やかなものである確率はそう高くないのは想像できる。だからアーチャーが処刑により死んだというのも、取り立てて騒ぐほど悲劇的なものではあるまい。
 ……だが、やはり思い出すだけで嫌な気分だ。なにがって、あの夢の中の俺――つまりかつて首を吊られて死んだアーチャーは、あんな末期を前にひどく満足げな様子で笑ったのである。あれだけの人々に恨まれ死に追いやられた人間が、誰も恨まず抵抗もなく命を差し出したという事実は、それがもう終わってしまった他人事だとしても、心に来る。
「今朝? 今朝ですか? ……私が何度声をかけても返事一つなかったというのに、シロウの前には素直に姿を現す、と」
 一人もやもやとして心情を処理していると、俺の言葉を聞き咎めたセイバーが非常に不服そうに口をへの字にしていた。鼻から息を吐きながら大げさな様子で腕を組む。
「怒るなよ、セイバー」
「怒ってなどいません。ええ、そうでしょうとも。我々の関係を思えばアーチャーの対応は全く正しい。私も見習わねばと思ったまでです」
「あー……。ほら、気まずかったんじゃないかな。昨日あんなことがあったばかり……だし……」
 言ってしまってから気まずいのは俺も一緒だと気づきもにょもにょと語尾が潰えていく。しまった、これは思い出さない方がよかったやつだ。
「何を女々しいことを。私とて妻を娶った身。それに本業のメイガスには適うべくもありませんが、昨日のアレが魔力供給の手段であることはわかっています。さらに言えばサーヴァントとして魔力が不足するというのが何を意味するのか最も理解しているのは私でしょう。あなたたちは堂々としていればよろしい。今朝の凛による急な爆発も、アーチャーが手を貸せば防げていたかもしれなかっ――」
 目を塞ぎここにいないアーチャーに語るように訥々と説教を垂れていたセイバーだが、ここではたりと言葉を止めた。
「――オホン。私としたことが。昨日あった『あんなこと』とはなんですかシロウ? アーチャーが気まずく思うようなことへの心当たりがちっともないのですが」
 ……どうやらあそこまで喋ってからようやく、昨夜自分は何も見なかったことになっていたことを思い出したらしい。浮かぶ冷や汗が目に浮かぶようだ。
「いや、気持ちはありがたいけど。もうそこまでして誤魔化さなくていいからな」
「ですからなんのことです」
「だから昨日ずっとついててくれたことはわかってるから――」
「ですから、なんのことですか」
「……イイエ、なんでもありませんです」
 このままだと理不尽な怒りを食らう気がして大人しく引き下がる。俺としてもわざわざ長引かせたい話題でもない。
 が、おかげさまでと言うべきか、そういえば騒動のまま大切なことを言い損ねていたのを思い出した。
 わかればよろしいとばかりに腕組みしたまま頷いているセイバーに、姿勢を正して頭を下げる。本当はきちんと両の拳をついて礼を取りたかったが、右腕が固まったままなのは現状どうしようもない。代わりにできるかぎりの誠心を込めて言う。
「セイバー。遅くなったけど、昨夜は力を貸してくれてありがとう。おまえと遠坂がいなかったら、昨日はどうにもならなかった」
 ――思い出すだけではらわたが煮えくり返る。満足に動かない自分の体と、鼻につく焦げた臭い、自分以外の誰かの血の赤。
 簡単に誘い出され、せめて離脱することすらままならず、遠坂たちを無用な危険に晒し、アーチャーを大きく消耗させて、命辛々生き延びた。俺が今ここで息をしているのは、すべて俺以外の三人の力のおかげだ。切嗣親父のように誰かを救う正義の味方になると息巻いていても、結局俺はこうして周りに助けられてばかりいる。
 畳についた左手が白くなるほど強く握り込む。後悔なんてしても何の役にも立たないと知っているが、自分への苛立ちは早々捨てられるものじゃない。
「……勘違いされては困りますので言っておきます。まずは頭を上げなさい。私は感謝や謝罪が欲しいわけでも、まして自省に耽って欲しいわけでもありません」
 しばしの沈黙の後、伏せた頭の向こうから返ってきたのはそんな言葉だった。命じられた通りに顔を上げると、セイバーは組んでいた腕を下ろして、真っ直ぐに俺を見据えていた。
「私は亡国の王として最後の責務を果たすためここにいる。であるならば、個人としての感情で剣を取るような真似はしない。私はあなたを救うために戦ったのでなく、最初の夜バーサーカーから凛を守り、昨夜あなたを救い出すのに手を貸してほしいと頭を下げたアーチャーへ報いるためにこそ、柳洞寺へと駆けたのだ。あなたから礼を言われる謂われはありません」
 逆にアーチャーの態度にはもの申したいのですが、なんて続けながら、台詞の割には優しげな眼差しで、
「これで借りは返しました。この先私は私のためだけに剣を振るいます。あなたもあなた自身のために戦うべきだ」
 そんな風に締めくくった。
「――――」
 口を開いて、また閉じる。
 ――言われるまでもなく。俺は自分のためだけに、自分の願いのためだけに生きている。だというのにどうしてセイバーはわざわざ『自分のために戦え』なんて言ったのか。
 困惑して言葉に迷う。どういう意味なのか正直に尋ねてみるべきだろうか、と思い始めたころ、トトトトと廊下を駆ける足音がして、間もなく障子が開き遠坂が帰ってきた。
「これなら多分いけるわ! 士郎、こいつを飲んでみなさい!」


「……うぅ」
 鳩尾をさすりながら歩く。
 宝石を飲み込む経験なんて一生に一度あるかないかだと思うのだが、もうこれで二回目だ。絶対消化に悪いしそういうものだとわかっていても勿体ないのでもうこれきりにしてほしい。
「遠坂。やっぱり自分の家には帰ってないみたいだ。次は新都の方に向かうぞ」
 慣れない違和感を抱えつつ抑えた声で言ってみる。しばらくは俺の靴裏がアスファルトを進む音だけがしていたが、ややすると体の内側から響くような音声が返ってくる。
『……了解。私た――はも――ちょっと、山のあたり――て回るわ』
 聞き取りづらいが意味は伝わる。さっきと同じ要領で了承を返して、宣言通り足先をバス停の方へと向けた。
 過程では多少の騒動があったが、これは確かに便利なものだ。本当は俺の方でも声を発さず伝えられるらしいのだが、どれだけ練習しても頭の中だけで会話するという感覚が身につけられないのだから仕方がない。
 原理を簡潔に言うと、遠坂の使い魔を俺の腹の中で飼っているような状態、らしい。効果は約一日ということだ。……その間ずっと腹の中にあるんだろうかとか、そういうことには気を回さないでおく。
 日はまだ高いが新都まで歩いていくのは時間が勿体ない。近くのバス停までついて、タイミング良くあと三分ほどで来るらしい新都行きのバスを待つ。
「…………」
 平日の昼間。間桐の家を初めとした豪邸の並ぶ住宅地には人影はなく静かなものだ。三分と言えどもぼうっと待つだけになると長く感じる。――特に、傍に無言で控えている男がいるとなれば。
 アーチャーは沈黙に気まずさを覚えることもないのか、腕を組み両目を閉じてバスを待っている。俺との間には二人分くらいの隙間が空いていて、端から見れば偶然バス停でいあわせただけの他人にしか思われないだろう。更に言えば鍛えられた大きな体躯を冬物のコートで被うアーチャーを見て、まさか幽霊だなんて超常的な存在だと気づくようなこともあるまい。
 いつも何を考えているのかわからないヤツだが、今日はいつにも増して意味がわからない。慎二を探すのに文句なくつき合っているだけでも少し意外だったのに、幽体でついてくるとばかり思っていたアーチャーが、どこで見繕ったのかシャツとスラックスとコートという極一般的な衣服を引っ張り出して着こなしているのだ。マフラーや手袋の一つもない首筋や手なんかが少し寒そうかなと感じる程度で、外国人の姿の多い冬木ではそう目立つような格好でもない。俺の疑問と戸惑いを黙殺したアーチャーに代わって教えてくれたセイバーによると、サーヴァントには暑さや寒さを厭う感覚はないので、これで問題ないらしいが。
 一番問題なのは、何を考えてこんな行動に出ているかさっぱり読みとれないこいつの真意だろう。本音を言えば気味が悪いくらいなのだが、行動自体に全く非はないため、「何か問題があるか?」と逆に問い返されてしまえばこちらとしても黙るしかない。
 アーチャーは黙秘を貫くし、この状態で俺も黙ると今みたいな気まずい沈黙が築き上げられる次第だ。ヤツの真意を確かめるのは諦めるにしても、真っ当な会話の一つくらい試してもいいんじゃないか、と決心して俯けていた顔を隣の男に向ける。
 ……が、ちょうどそのおかげで、お目当てのバスが向かってきているのに気づいた。機を外された気分になって、つけかけた決心が霧散していくのを感じる。
「――二人分でお願いします」
 その間にも、アーチャーは到着したバスにさっさと乗り込み俺の分の支払いも済ませてしまっていた。もう一人の乗客である俺を待ってくれているバスに慌てて乗り込む。
 右腕を吊ったわかりやすい怪我人の俺に、優先席に座る男性が席を譲ろうとしてくれるのを丁重に断り、吊革を掴んで立つアーチャーの隣に立ってバスに揺られる。なお、今の俺は手ぶらで、荷物の全てはアーチャーが持ってくれていた。今の支払いは俺の鞄から取り出された俺の財布から出ているものだ。
 サーヴァントであるアーチャーがお金を持っているわけもないので支払いは俺持ちで別に構わないのだが、――とにかくアーチャーが俺の荷物を持ってくれている状況だけで目眩がしそうな俺の気持ちをわかってほしい。
 流れる景色を眺める振りをして、車窓に薄く反射する隣の男の様子を窺う。アーチャーは俺が見ていることに気づいているのかいないのか、真っ直ぐに外を見つめるだけだ。高い身長には日本のバスは低く感じられて窮屈そうにも見える。
「…………」
 他に乗客のある車内だ。うるさくするつもりはないので黙り込む。だからこの沈黙は普通のことなのだが、隣にこいつがいるというだけでひどく据わりが悪く落ち着かない心地だった。
 ――新都までは、あと二十分はかかりそうだ。

「……おい。さっきからほんとになんなんだよ、お前」
 ジトリと半目で睨みつける。
 店の扉を開いた状態でキープして俺が出るまで待つなんて気遣いを見せていた男は、不信感マシマシの俺を見下ろして鼻を鳴らした。
「さっさと出ろノロマ。通行の邪魔だ」
 俺の質問は無視な上にこの態度。相変わらずムカつく野郎だ。そのくせこの――エスコートされているととれなくもない手助けの数々。
 眉間に渓谷を刻みながらとりあえずは外に出る。皺になったらこいつのせいだ。
「ほら、出たぞ。それで、何を企んでるって言うんだ」
 先に外に出て振り返る。荷物持ちに始まり、エレベーターのボタンを押してくれたりドアを開けてくれたりと今日のアーチャーはおかしすぎた。昨夜の戦いの後遺症が変な風に残っているとか、敵に操られているとかの理由がないと説明がつかない。
「ひどい言いがかりだな、マスター。品行方正理想的なサーヴァントとして振る舞っているつもりだが」
「……うわ。やめろよその呼び方。今更マスターとか気持ち悪いぞ」
 一気に粟立った腕を服の上からさすって慰める。これはいよいよ偽物である可能性が現実性を帯びてきた。
 キャスターは倒したと聞いているが俺自身の目では確認していないし、実はまだ生きていて俺は今幻覚でも見ているのかもしれない。うむ。十分あり得る。早く目を覚まさねば。
「……」
 アーチャーは意外にも言い返すことなく、しかし視線だけで雄弁に俺への呆れを伝えた上で、
「……いいだろう。場所を変える」
 そう宣言するや否や、迷いない足取りで行き交う人混みを横断し始めた。

 遮るもののない風は強く冷たく、万が一にも体が煽られて身が投げ出されれば即死だろう。
 厳重に立ち入り禁止とされていた分、屋上まで来れば逆に転落防止の柵などはなかった。現代の断崖絶壁とでも言うべき縁に平気で立って四方を一通り見回した男は、ひとまず満足を得たのか中央辺りで待つ俺の元に帰ってきた。残り数歩分の距離で立ち止まる。そこで不意にコートのポケットに手を入れて、取り出したものを放り投げてきた。
 咄嗟に動きかけた利き手はギプスを模した厚い包帯の下である。残った左手が遅れて動き、顔をめがけて放物線を描く小さな物体をつかみ取ろうとした。
「――あいたっ」
 ……が、思うように行かず失敗する。投げられたものは伸ばした手をすり抜けて額にあたり、そのまま甲高い音を立てて屋上のコンクリートに転がった。
「いきなり何しやがる」
 自分の失態に赤面しそうになるのを声を低くして誤魔化す。投げてきたのはただの百円玉だったので別段痛くはないが、無言でいきなり投げてくる意味がわからない。
 アーチャーは転がった末自分の足下まで戻ってきたコインを拾い上げて、こちらを見向きすらせず返した。
「左腕……だけではないな。大方半身の感覚がないのだろう」
 ――――。
 思いもよらぬことを問いかけですらなく断言する男に、思わず一瞬黙り込んだ。
「……なんのことだよ。ちゃんと動いてるだろ、ほら」
 硬貨をポケットに戻したアーチャーに見せつけるように左手をグーパーさせる。だがそれを視界に入れているはずの男は、開閉する拳と俺の主張を全く無視して続けた。
「感覚がずれていようがそれぐらいの動作はできる。今の不格好な取り損ない方からして、内側に七センチ、と言ったところか。身に合わぬ投影の代償にすぎないが、両腕を使えん正真正銘の役立たずがよくもまあライダーを探しに行こうなどと言えたものだ」
「…………」
 失礼な断定口調に今度こそ黙り込んだ。……なんでかって、アーチャーの言うことが全部当たっていたからだ。
 確かに着替えや身支度に手間取ったりはしたが、利き手が封じられた人間としてはある意味当然のことだろう。遠坂やセイバーだって気づきもしなかったことが、なんでよりにもよってコイツにここまで詳細に見破られているのか不思議だった。
「どうしようが俺の勝手だろ。それより、まさかさっきまでの親切が、俺を助けるためだとは言わないだろうな」
 全部当たっていたとはいえ、ご明察ですと返すのも癪なので、否定しないことで肯定とする。さっさと流してしまおうとあえて挑発的な態度で話を進めようとしたが、
「そうだ」
「――――――」
 頷いたアーチャーに、俺は今度こそ絶句した。
「……悪い、もう一度言ってくれ。ちょっと耳か頭がおかしいらしい」
「腕の利かない貴様の代わりに動いてやったと言った」
「………………。おまえ、大丈夫か? キャスターに頭の中いじくられたりしたんじゃないのか?」
 なんてこった。エマージェンシー、異常事態だ。
 アーチャーはこんな態度をとるなどやはり後遺症が残っていたに違いなかった。こんなことしてはいられない。今すぐ遠坂に診てもらわなければ。
「おまえと違って精神干渉は受けていない。だが、まあ。昨夜をきっかけに少々方針を変えることにした、これはその一巻だ。ライダーを早急にしとめるのに異論はないが、他のマスターどもにおまえの不調をひけらかして歩くのも後に響く」
「方針って……。何をどう改めたらそんなことになるってんだ? 本当に大丈夫かよ。すぐに遠坂呼んだ方がいいんじゃないか」
「…………こんなことで呼ぶな、馬鹿馬鹿しい。自分のサーヴァントが反抗的な態度を省みようと言うんだ。もう少し素直に喜んだらどうだ」
 呆れた様子のアーチャーだが、嘘はないように思える。
 ――それでも、俺はどうにも懐疑的だった。
「……いいや、絶対何か企んでる。回りくどいことをしないで、何が狙いか正直に言ってみろよ」
 威嚇するように言う俺に、見下ろす視線を僅かに細めたアーチャーは機嫌を損ねたようにフイと首を背けた。
「これ以上おまえに話すことなど何もない。我々が探すのはライダーだが、まだバーサーカーとランサーが残っているんだ。不要な隙は晒すなよ」
 言うだけ言って、俺の横を抜けて彼自身がピッキングで開けてきた屋内への扉へと足を向ける。
「おい、俺にはまだ言いたいことが――」
 背中に声を張るが、途中でバタリと鉄の扉が重く閉まった。
「……くそ、なんなんだよ」
 悪態を吐いてアーチャーを追う。この屋上みたいな特殊な環境でもない限り、聖杯戦争の話はあまりできない。続きはまた、家に帰ってから以降でないとできないだろう。

Comments

  • めっけ(うめD1)

    うううぇぇえああ!続きが!続きが気になりすぎて!ちくわぶさんの士弓が理想的すぎてはげちらかる…!!!

    February 14, 2017
  • ペーリン

    デレた(?)アーチャーまた来たー! 士郎との距離感がいいですね♪ 二人のやり取りをもっと見たいです。 続き待ってます!

    February 1, 2017
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