原理講論の間違い
テーマ:統一教会批判
現役信者さんへの動画に時々コメントをしていますが、今回は備忘録として記録することにしました。
上記動画にコメントした内容です。
>離れたどの講師がそんなことを言ってましたか?
伝聞で聞いた話ですのでどの講師がとはわかりません。
>教義のどの部分を批判していましたか?
なのでどの部分を批判していたかということも知りません。ですが私から見ても原理講論は間違いだらけでとても信じるに値しない書物です。それも単なる瑕疵と言うよりかは騙そうとする意図を感じるものです。先にコメントされた方が「科学的にも聖書の解釈的にも間違っています。」とコメントされていましたがそのとおりです。
例えば、原理講論(神の二性性相を解説する箇所に書かれていましたが、今は改定されて削除されているかもしれません)では「陽子を中心として電子が回転して原子を形成する」と説明していましたが、実際には電子は回転していません。電子は同時に原子核の周囲の決められた軌道上に漂っているという状態です。
聖書解釈においても間違いだらけです。いくつか挙げさせていただきます。 原理は,アブラハムが鳩を裂かなかったことが罪になったと言っていますが、聖書はそのことを否定しています。後にイスラエルの民に与えられたモーセの律法では鳩は,牛や羊や山羊とは違って,切り分ける必要がないとされています。(レビ記1:14~17,5:7~10)。よって,アブラハムは「象徴献祭」に失敗したという原理の主張は成り立たちません。
また、原理ではユダヤ民族は選民ではなくなったと説明していますが、決してそんなことはありません。
「神はご自分の民を退けたのか。決してそうではない。」(ローマ11:1)
「イスラエルの一部がかたくなになったのは、異邦人の満ちる時までである。」(ローマ11:25)
「こうして、イスラエルはみな救われる。」(11:26)
イエスの再臨にはユダヤ人の悔い改めが必要だと聖書に書かれています。
わたしはおまえたちに言う。今から後、『祝福あれ、主の御名によって来られる方に』とおまえたちが言う時が来るまで、決しておまえたちがわたしを見ることはない。」(マタイ23:39)
そして、悔い改めてイエスの再臨を希う時の様子を預言したものがゼカリヤ書13章9節です。 彼らはわたしの名を呼び、わたしは彼らに答える。わたしは『これはわたしの民』と言い、彼らは『主は私の神』と言う。」
他にもたくさんありますが、私が酷いと感じたのは「摂理的同時性」の箇所ですね。細かいところを突けばたくさんの疑義がありますが、分かりやすく良く覚えているもので言うと、まず普通に考えればキリスト教迫害の終焉は国教化(392年)の年ではなくミラノ勅令(313年)の年です。改めて原理講論の講義動画を見直してみると一応ミラノ勅令のことについても触れている。触れてはいるがキリスト教迫害の終焉がミラノ勅令ではなく、国教化である理由については触れていない。他にも「キリスト王国時代」は,イスラエルの統一王国時代と同時性をなすものだから,「キリスト王国時代」の終わりはフランク王国が分裂したときになります。フランク王国が東西に分裂したのは843年(ヴェルダン条約)か870年(メルセン条約)が考えられます。実際、使河原さんの統一原理講義をyoutubeで視聴してみると、キリスト教史東西王朝分立時代の説明としてメルセン条約(870年)の話をしています。それなのに、キリスト教史東西王朝分立時代の始まりはヴェルダン条約(843年)でもなく、メルセン条約(870年)でもなく、919年になっています。919年と言えばハインリヒ王の即位の年ですが、どう考えてもそれをもって東西フランク王国に分立されたというのはおかしいし、それならなぜメルセン条約の話を説明するのだということになります。私にはこの間違いが単なる瑕疵ではなく、信者を騙そうとする意図を感じるのです。ちなみに東西王朝分立時代400年とされていますが、神聖ローマ帝国はルターの宗教改革以後も存続している(1806年に消滅)ので,400年どころの話ではありません。
クリスチャンとしての視点から原理講論の間違いを指摘しています。参考になります。
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