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#12 柳洞寺に沈む/Novel by ちくわぶ

#12 柳洞寺に沈む

16,605 character(s)33 mins

衛宮士郎がアーチャーを召喚する第五次聖杯戦争ifストーリー十三話目。腐向け。 

版権元:Fate/stay night 
注意(シリーズ共通):
 腐向け(士弓)、ねつ造、設定改変、独自設定、重大なネタバレ、原作程度の暴力表現・流血表現

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 間桐慎二はライダーのマスター。それは事前に聞いていたことだ。
 だけど実際に目にするとひどい違和感を伴った。半人前の俺にもわかる。こいつは、魔術師ではない。
「……なんでここにいるんだ」
「おいおい、そこまでバカなのかよ。ちょっと考えればわかるだろ? こいつは僕のサーヴァントで、僕はあのキャスターに頼まれて手を貸してやってるってわけ」
「頼まれて? 本当にか。おまえ、あいつが何をしているのか知っているのか」
「質問は具体的にしろよ、衛宮。もしかして魂食いのことを言ってる? あれは中々考えたよねえ! 間桐に伺いを立てなかったのはムカつくけど、身の程弁えて手を組もうって言うんだから許してやってもいいんじゃない?」
 背の高いライダーの肩に手をかけて高笑いをする。ライダーはなんの反応も返さず、慎二の好きにさせているようだ。
「キャスターは、自分の都合のためだけに、街中の人間を犠牲にするようなやつだ」
「だから? 集めた分僕に捧げるって言うんだからなんの問題があるわけ?」
「――その中には、桜だって含まれるんだぞ」
「関係ないだろ、あんな愚図」
 カッと視界が赤く染まる。
 激昂になんの意味もないと悟って無理に飲み込んだ分、余計激情は強くなった。力の入った腕が勝手に震える。
「おっと。そんなに殺気立つなって。お前も一応マスターなんだから、そんな泥だらけになってみっともないって思わない? 優秀なマスターはさ、面倒なことはサーヴァントに任せて堂々と構えていなくっちゃ。ま、お前がどうしても相手して欲しいっていうなら、ライダーを貸してやってもいいけど」
「……なんだそれ。お前、戦う覚悟もないのに出てきたっていうのか」
「使い魔同士の争いに、なんで主人が出張ってやらなきゃいけないわけ」
 慎二は本当にいつも通りだった。サーヴァントの戦いだって少なからず目にしただろうに、自分の判断を疑っていない。
「慎二は、教会の役割を知っているんだよな」
「はあ? 聖杯戦争の監督役だろ。あのさ、間桐は聖杯戦争をはじめた御三家の一つなんだよ。衛宮みたいな素人が知っていることを知らないわけないだろう」
「そうか。だったらあそこが、脱落したマスターを保護してくれることも知ってるな。悪いことは言わない。今すぐ令呪を放棄して、教会の保護を受けた方がいい」
「――は?」
「戦争から降りろ。おまえ、マスター向いてないよ」
 沈黙が落ちる。
 慎二は馬鹿にするために浮かべていた笑みを消して、心底からの嫌悪を視線に乗せた。
「……あーあ、泣きついてくるんなら仲間にしてやってもよかったのにさ。いいぜ。そんなに死にたいなら殺してやろうじゃん、ライダー」
 ポン、と置いていた手でライダーの肩を叩き、自分は後ろに下がった。入れ替わるように、命じられたライダーが前に出る。
 サーヴァントなんかを従えている限り慎二はきっとあの調子のままだろう。今は説得を諦めライダーに向けて身構えた。
 初めの一撃。これに全てを賭けるしかない。現状唯一の幸いは前にライダーがいて、後ろに門があることくらいだろう。武器の形状から言ってライダーからの攻撃は突撃が主体となるはずだ。それをなんとか受けきって、その反動を使って脱出を試みる。
 動いてもいないのに早鐘のように心臓が打つ。釣られて呼吸が乱れているのに気づいて、意識して呼気を整えた。集中して、敵を待つ。
 握った一本の剣や戦えば敵わない相手と向かいあう状態は、道場での立ち合いを想起させた。覚えがあるから、身構えられる。アーチャーは無意味だと断じた手合わせでも、少しくらいの意義はあったのだろうか。
「――!」
 ライダーの体が僅かに傾ぐ。長い髪だけが残された形で後ろへ流れ、踏み出す瞬間までは確かに目で追えた。
 急所だけ防げたらいい。突っ込んでくるのなら好都合だと攻撃に備えた時。
「ああ、やはり。勘がいい」
 ――その声は、後ろからした。
「……え?」
 間違いなく視界の中央に収めていたはずのライダーは、瞬きの間すらなく消えていた。視界の端に映った髪先を追って、思考を介在させないままに振り返ろうとした、その途中。
「がァッ!」
 叩き付けられた衝撃に、声は勝手に喉から漏れた。脳ごと視界も平衡も揺らされて状況が読めない。体全身が痺れのような感覚に襲われていて、ただライダーの気配が後ろにあることから、きっと俺は後ろから襲われ地面に叩き付けられたんだと悟った。
 痛みより前に自分への情けなさでどうにかなりそうだ。全く見えなかった。俺の浅はかな考えも全部読まれて回りこまれた。
「あなたは随分と優しい人のようですね。シンジへの忠告も的を射ている。命令とあらばここで殺すしかありませんが……」
 すぐ耳元で女の声がする。しな垂れる紫の髪が顔の回りに降り注いで軋む体でおき上がろうとする視野を拒んでいた。
 体を起こそうと足掻く。しかし背に乗った女は体重以上の得体の知れない力で完全に俺の体を押さえ込んでおり、唯一動く手を振るったところでなんの役にも立たない。
「じっとしていて。大丈夫、最高の快感をあげましょう」
 さらりと滑る髪を引き連れてライダーの顔が耳元から僅かに下がる。強張る肩口の筋肉を解すように、ほうと息が吹き掛けられた。
「……、いただきます」
 舌が這う。その感触に恐怖した。
(喰われる――)
 文字通り、頭から、バリバリと。
 だけど、呆気なく皮膚を破り食い込んだ歯は、信じがたいごとに全く痛みをもたらさなかった。ぞくりと背筋を甘い痺れが駆け抜けて、痛みすら上塗る最上の快感が腰を重くした。
 ――とてつもなく気持ちいい。
 その事実こそが最も恐れるべきことであると言い聞かせても、体の方はとっくに反抗の意思を無くしていた。ジュルリと上品に控えめな音を立てて血を吸い上げる喪失感すら愛おしい。
(……しっかりしろ、しっかりしろ、しっかりしろ!)
 思考が甘く蕩ける。噛んだ舌の痛みで気を散らそうとしても、頭を振って正気に戻ろうとしても、もう何もかもが手遅れだった。
 だって、こんなに気持ちがいいのに。どうせもうどうしようもないのなら、最後まで気分よく終われる方がいいに決まっている。項を辿る細やかな手つきは愛撫にも似ていて、これだけ尽くしてくれるのだからこちらはせめて大人しくしているのが礼儀にも思えた。
 四肢が力を失っていく。痕が残りそうなほど強く吸い上げる時の痛みが全身を走り、触れてもないのに射精しそうだった。穏やかな失楽は幸福にも似て、俺の前に広く門を開いて待っている。
「う――、ああ……」
 何か、何か。
 考えも纏まらないまま何かをしなければならないという思いだけがある。
 残されたその心だけが最後の砦であった。これを砕けば永遠の安寧が手に入る。引きずり出して、踏みにじって、叩き壊して、二度と戻らないよう粉々にしてしまえば、あとは正真正銘、キモチノイイことだけだ。

 だからソレは、無防備に転がっていた。持ち主の庇護を失って、剥き出しにされ苦しそうに震えていた。継ぎ接ぎだらけで、空っぽで、機械仕掛けの、下らないガラクタ。拾い上げるとつまらないほど軽く、少し手に力を入れるだけで簡単に砕けてしまいそうだった。
 コロリと掌で転がしてみるけど、見るべきものは何もない。表面はどこかで見たようなオリジナルではないもの張り合わせでとても醜く、こんなのだったら初めからなかった方が何もかも綺麗に終わっていただろうにと悲しくなった。
 悲しい。
 悲しいなあ。
 かなしいので、おれは――。
 ――。


「……ちがう」
 違う、これは。
 なんだ? 俺は何を思い返している?
 誰の何を見て、こんなにも強く、死んでしまえと思っているのか。
 俺は今もこんなにも、死ぬわけにはいかないと思っているのに。
「……!」
 そこで突然、頭上で気配が弾けた。剥き出しの首筋を、そこを流れる幾筋かの血を、ライダーの動作に弾んだ髪が不快に撫でた。
 痛みはまだ遠く、どこまで自分でどこからが自分以外かも不確かであったが、それでもここが柳洞寺で、ライダーに殺されかけていた状況はなんとか取り戻した。
 のし掛かる重みが失せる。あのまま続けていればすぐにでも俺を始末できていただろうライダーは、顔を上げた勢いのまま俺の上から退いていた。地面に突っ伏したままの視界は暗く、音の方も耳鳴りがひどくうまく拾えない。重力の方向すらあやふやで、水中かあるいは粘度の高い液体の中に置き去りにされたような心地だった。
 何が、どうなっていたんだったか。立ち上がろうとついたはずの手は、感覚に乏しくうまくいかない。砂利に傷つくのにも構わず、額でも地面を押し返してなんとか起き上がろうと足掻いた。
「ぐぅっ……、ぅ、は」
 体が思うように動かない。現実への復帰を望むほど、優しげに身を包んでいた微睡みはヘドロのようにへばりついて、おそらく血を吸われていたのだろう首筋は、傷の小ささの割に異常に熱く脈打ちもう一つ心臓があるかのようだった。
 瞼が重い。二人の女に何度も無造作に踏みいられ蹂躙された精神が限界を訴えていた。大事に仕舞い込んだはずの記憶は引き出されたままとっ散らかって、秘して守られるべき心までもが牙を立てられ穴だらけのまま放置されていた。過去と現在、自己と他己が混ざりあって境界線が途絶えている。
 一度眠ろうと悠長な提案をしてくる精神に傷のついた肉体も賛同していた。
 一旦眠って、少し休んで、頑張るのはそこからだってかまわないじゃないか――。

「――何を呆けている、衛宮士郎!」
 声。
 ノイズだけだった世界を、ストンと射抜くように耳に届く。
「おまえに――っ、言われ、なくても……!」
 反射で言い返して知らぬ間に閉じていた目を開いた。
 吐き気がひどくあちこちに負った傷は痛んだが、眠りたがる自分を叱責するにはこれくらいの不調でちょうどいい。
 それに、俺の気分がどれだけ悪かろうが、アーチャーがまだ戦っている。意地を張る理由は、それだけあれば十分だろう。
 悲鳴を噛み殺して体を起こす。なんとか四つん這いの形まで持っていって、顔をあげて声がした方を見た。
 映像を認識して、雑音のように聞こえていた音の伝搬が意味を成す。一際目立つ高く硬質な響きは、アーチャーとライダーが互いの武器を打ち合わせる音だった。焼け焦げ爛れた皮膚を癒さぬまま、機動力で勝るライダーに気迫で追い縋るアーチャーが休む間もなく剣を振るい攻め立てている。
「ライダー、何遊んでるんだ! ソイツ僕に手を出そうとしたんだぞ! 宝具でもなんでも好きに使ってさっさと倒せ!」
 二人が戦う舞台と俺との間に慎二がいた。地団駄を踏んで、手負いのアーチャーを仕留めきれない自身のサーヴァントへの罵倒を盛んに叫んでいる。
 ライダーの返事はなかったが、アーチャーの追撃を煩わしそうにいなして距離を取ろうとしている姿からは慎二の指示通りに宝具を放とうとしているのが窺えた。低く身を沈めて剣ごとアーチャーの右手を蹴り上げ、彼が体勢を崩した内に後退しようとするが、背後から飛来した夫婦剣の片割れに阻まれ足を止めた。そこに双剣を手にしたアーチャーが再び突っ込む。先程から似たようなことの繰り返しで、ダメージを通すことよりも距離を開けさせないことに専念するアーチャーの対応に苦慮しているように見えた。
「抗魔力のない貴様に魔術支援の恩恵は受けられまい。与する相手を誤ったな、ライダー!」
 終わりの見えない攻防にも冷静さを保って見えるライダーを挑発するようにアーチャーが言った。確かにほとんど離れる瞬間のない二人に対して、キャスターの砲撃は沈黙している。
 近くにあのローブ姿が見えないことが少し気にかかったが、戦闘の行方を見守っている場合ではないと感覚の薄い手足に力を籠めて立ち上がった。アーチャーは今、倒すためでなく時間を稼ぐためだけに戦っている。そしてその時間は俺が脱出するための時間だ。
 平衡感覚も視界も基準が定まらず立ち上がった瞬間たたらを踏んだが、なんとか踏み留まって姿勢を保つ。今走っても転んで時間を無駄にするだけだ。走り出したい焦燥を堪えて確実な一歩を可能な限りの早さで踏み出す。
「……どうでしょう。キャスターのおかげであなたと違って魔力は十分ですし、――彼女は中々に多芸ですよ」
 背にした戦闘の最中、途切れない剣戟の合間を縫って静かなライダーの声が届く。……その言葉の終わり、鼻先を甘ったるい香りが掠めたような気がして違和感に足を止めた。
 瞬間、ゴウと音を立てて目前に炎の壁が立ち上る。
「な……っ!」
 高さは俺の身長を越えてちょうど柳洞寺を囲む塀と同じくらいに達していた。妨害の意図は明らかで、開けていたはずの門の姿は青く燃え盛る炎に阻まれて窺えない。
 直に接していなくても肌が焼かれそうなほどの高温に、たまらず二、三歩後退した。こんなもの通ろうとしたら骨まで残さず燃やし尽くされるだろう。
「くそっ」
 キャスターたちを倒しきれないから退却しようとしているのに、キャスターたちがいる限り脱出が果たせない。袋小路に追い込まれている実感に歯噛みしながら、他の手段はないか首を巡らせる。
 ――その途中。
 振り向いた視界に、氷に似たもので片足を地に固定されたアーチャーと、そこに杭を突き立てるライダーの姿が目に入った。
「ガッ、――――!」
 負傷を抱えたまま戦っても眉一つ歪めなかった男の口から、初めて明らかな苦悶が漏れた。その悲鳴もすぐ食い縛って殺して、莫耶を振るってライダーを追い払う。
「アーチャー!」
 堪らず叫んだがアーチャーはこちらを一顧だにせず、蔦の這うように凍結がせり上がる自分の左脚に舌を打ち、膝上のライダーに穿たれた穴の辺りでなんの躊躇もなく斬り落とした。
「……っ!」
 ボタタ、と勢いよく血が落ちる。早すぎる決断に見守るしかできない俺の方が息を呑んだ。
 アーチャーは崩れたバランスを補うためか、短い中華剣を粒子に融かして代わりに装飾の少ない長剣を生み出して地面に突き刺し杖とした。さすがに苦痛が強いのか、剣の柄に体重を預ける背中が大きく上下し荒い息をついている。

「……は。はははははっ! よくやった、ライダー! 手間取りやがってどうしてやろうかと思っていたけど、ようやく僕の好みがわかってきたみたいじゃん! いいねえ、こういうスカした男をなぶり殺しにするのも悪くない」
 ライダーの背後に守られた慎二が手を打って、切断面から流血が続くアーチャーを指差し心底から楽しそうに喝采を上げた。
 ――勝敗は決した。
 この状態のアーチャーに今までのような近接戦がこなせるはずもない。それを見てとったライダーは、低く構えていた重心を戻して始めに現れた時のように四肢を脱力させた立位を取った。
 その程近くに、上から降下してきたキャスターがふわりと着地し並び立つ。
「忠誠心とは違うようだけど――執心もそこまでくれば大したものね」
 どちらかと言うと呆れの滲んだ声で言ったキャスターは、それきり興味を無くしてローブを翻して出口の方――俺の立つ方へ歩みを進めた。
「仕上げはこの神殿の加護で過剰なほどでしょう。後は好きになさい、ライダー」
 視界に俺の姿を捉えているだろうに、少しの警戒も払わず背後のライダーに言い残して俺の隣を通り過ぎようとする。
 干将はライダーに襲われた時に手から離れたままだった。武器も持たない空の手をぐっと握り込む。
「……待てよ、キャスター」
 一歩半。踏み出し剣を振るえば十分に届く間合い。そこでキャスターは足を止めた。こちらを見ない横顔のまま「なにかしら?」と余裕ぶって問い返される。
「何も、どうも。このまま行かせると思ってんのか」
「……相変わらず哀れなほどに愚かね。あなたに私の歩みを妨げるだけの力があって?」
 ざり、と華奢な足が地面に擦って半身こちらを振り返る。見えないフードの奥の瞳をこれ以上ない敵意を籠めて睨み上げた。
「ここで儚く玉砕するより、あなたのために戦い抜いたサーヴァントを最期まで見守ってあげるほうが余程有意義じゃあないかしら。幸いあなたには価値がある。これ以上無様な蛮勇をひけらかさなければ、あとで大事に使ってあげるわ」
「黙れ。ここでお前を倒せばまだ――」
「倒す? あなたが、私を? そうねえ、一縷の希望を賭けて挑みたいなら止めないけれど……果たしてその時間があるかしら」
 すっと細く青白い指が境内を指差す。
「――――ほら、始まった」
 ちらりと視線だけ戻せば、騒ぎ立てる慎二の声を受けたライダーが、アーチャーの元へ一歩踏み出すところだった。アーチャーは黒い大弓を作り出し、支えの長剣を持ったままの左手で無理矢理弓を持ち矢をつがえて構えを取る。
 こんな近距離で、さらに射角も限定される無茶な構えでまともな迎撃ができるはずがない。だからそれは、いわゆる最後の悪足掻きと言われる類いの行為だった。
「……もういい、アーチャー」
 逃げられるなら逃げてほしい。今さら言っても意味がないから抑え込んだが、本心からそう願った。
 大体、おかしいじゃないか。あんなに言葉でも態度でも俺を嫌って憎んですらいて、俺が死んでも他にマスターを見つければいい筈のアーチャーが、傷だらけになって命を賭してまで俺を助ける理由がない。
「アハハハハ! じゃあね、坊や。あのアーチャーを見捨ててまで私と遊んでほしいなら、この門を越えて挑みに来なさい」
 不快な笑い声にハッと振り返れば、キャスターは宙に浮かび青炎の向こうへ消えていくところだった。
 咄嗟に追い縋りかけるが、キャスターの言うことは正しくもあった。万が一にも俺がキャスターを打倒できたとしても、それだけの時間があればライダーはアーチャーを倒しているだろう。
 踏み出しかけた足が惑う。俺にはあの炎を突破する手段もない。キャスターに無茶を承知で挑んだって、アーチャーの助けになるとは思えない。だからといってライダーへ斬りかかったところで、戦いにすらならないことはさっき命懸けで学んだことだ。
 視界の端で薄く抜けた紫色が翻った。とどめのために、ライダーが獣のように手足を地につける。
 もう一秒だって無駄にできない。
 決めなければ、今すぐ。前進してキャスターを追うか、後退してアーチャーを助けるか。
 前か、後ろか。

「――――」
 心を決める。
 地面を踏みしめ、再度反転する。
 あの向こうにはセイバーたちがいる。キャスターを結界の外へ誘き出せたと見て、あとは決着を信じるしかない。
 振り返って駆け出し、落ちた干将を拾い上げる。一歩にも満たないその瞬間でライダーは地を破裂させる勢いのスタートを切っていた。
 アーチャーの射撃が衝撃波を伴って音よりも早くライダーの進路を薙ぎ払う。しかし三度ほど鋭角に折れ曲がりそれらを回避したライダーは、ほとんど速度を減じないままアーチャーの目前に躍り出た。
 長剣から手を離し、突き刺さったままのそれを壁にするようにアーチャーが後退する。しかし一本の剣ではなんの障害にもならない。ゆらりと輪郭を滲ませた長剣を意にも留めず、ライダーはその真横をすり抜けるように前進を――。
(……待て)
 直感だった。何の理屈もなく、深く考える時間もなく、ただ違和感だけを感じ取った。
 放棄されたように見える長剣に何かあるとだけ察して、心の命じるまま目を閉じる。
 黒く落ちた瞼の裏、自分の行動が理解できない理性が困惑する。こんな場面で目を閉じるなんてどうかしている。
 だが、納得のいく答えを探すまでもなく、すぐに回答は示された。
「――――!」
 息を飲んだ気配は、ライダーのものだったろうか。
 初めに目を閉じてなお強烈な光がカッと弾ける。次いで前進を押し止めるほどの爆風が炸裂し、最後の音は熱の知覚とほとんど同時に訪れた。


 目眩と耳鳴りがひどい。
 閉じていた目を開く。本能的に顔を庇った両腕は少しヒリつくが、距離があったのが幸いだったかダメージはあまり大きくない。視界はぼやけてはいたものの、なんとか状況は認識できた。
 手榴弾の爆発はこれくらいの規模だろうか。アーチャーたちがいた地点は地面ごと掘り返されて衝撃の余波を残している。普通の人間であれば真横であの爆破を受けて無事でいられるはずもないが……。
(ライダーは……?)
 聴覚はほとんど役に立たず、息を詰めてアーチャーたちの姿を探すが砂煙が残り視界が悪い。それでも必死に首を巡らせて目を凝らしていると、鈍く反射された光がわずかに視界をちらついた。
 ハッと視線を向ける。晴れゆく煙の向こう、二人の武器の衝突が月光を不規則に弾く様が見てとれた。
 アーチャーはもはや機動力を完全に捨て去って、切断面が地面に直接押し付けられるのにも構わず両膝をついて剣を振るっていた。突進し絡み取ろうと鎖を操るライダーの攻勢を、両手の短剣でギリギリいなしている。先程の爆発はアーチャー自身が仕組んだものなのだろうが、至近距離での衝撃に肌は焼き爛れて、癒す間のない負傷の蓄積に無事なところが見当たらないほどだった。
 爆心地に最も近かったライダーは、長剣側にあった右腕こそズタズタと悲惨な傷口を晒しているものの、それ以外に目立つ傷はなく、万全に動く左手一本で器用に鉄杭と鎖を振るっている。地を這うような独特の疾走は変わらず、高身長のはずの二人の最後の戦闘はそれに反比例するように低く繰り広げられていた。
 止まっていた足に叱責して駆け出す。守勢に回ったアーチャーはこれだけの悪条件にも関わらず驚くほど粘り強かったが、俺と打ち合った時には不動に思えた揺らぎない姿勢も整った呼吸も、今や取り繕うのもできなくなるほどに乱れていた。
 思わぬ爆発に負傷を受けたライダーは、アーチャーの捨て身の自爆を警戒して慎重に動いているようだったが、それでも俺の全力の一歩の間に三度はアーチャーに攻撃をしかけるほどに素早い。
 一手一手。崩された姿勢を挽回しきれず、少しずつアーチャーの堅牢な守りが崩されていく。接触と離脱を繰り返し撹乱していくライダーの攻撃は、毒を持って獲物を弱らせる蛇の狩りにも似ていた。
(――間に合わない)
 決着までの手数はもう数合も残されていなかった。アーチャーにも自分が追い込まれたことは理解できていただろうが、わかっていてもどうしようもないところまで手を進められている。謂わばライダーは王手をかけた状態だった。そして俺の足では、その結末に間に合わない。
 早く、早く、早く。足の筋肉など全部千切れてしまっていい。一秒後には動けなくなったって、今この瞬間に間に合えばいい。全力以上の負荷をかけられた筋繊維が本当に千切れるような嫌な音を立てたが、全く気にせず前だけを見て駆ける。
 回避。
 迎撃。
 回避、回避。
 両手の剣を弾かれながらもまた迎撃。
 その果てに、どうしても対策が不可能な鎖についに絡めとられたアーチャーが、ライダーの細腕で呆気なく宙を舞い、重力以上の加速度を以て叩きつけられた。
 衝撃に数え切れない数の傷口から赤い液体が散り、それが地面に辿り着くよりも早くライダーが短杭を手に走り寄った。
「やめろ――っ!」
 間に合わない。もう、どうやったって。
 許されないとわかって泣き喚きたかった。それで止められるならなんでもするし、靴でも泥でも舐めただろう。
 叩きつけられた衝撃から回復しきれないままに、うつ伏せとなったアーチャーが地面を掻いて起き上がろうともがいている。
 サーヴァントにも失血死という概念はあるのだろうか。もっとも重傷な膝の断面からの出血は随分と弱まり、鼓動に合わせて溢れていた。

 ……もういい。
 もういいから、なんだっていいから逃げればいい。
 心の底から願って、それに呼応するように左手からドロリと熱が這い上がった。
(――あ)
 不可能を可能にする聖痕。
 思い出さないよう、頼ってしまわないよう封じていたその存在を思い出す。退けと願っても癒えよと願っても、過たず奇跡は齎されるだろう。
 何があっても絶対にと、誰が死に瀕してようと絶対にと、念を押された最後の一画。まさに遠坂が想定した状況が今だった。俺が誓った状況が今だった。
 だから本当は、願ってはならない。安易な奇跡になど、その場限りの救いになど意味はない。だってここでアーチャーを助けたところで、彼は俺の判断を笑った上で俺を殺すだろう。今こうして理由のない献身を見せるこの執着こそが、俺への殺意そのものだった。肌を焼かれ脚を落とし補われない魔力の不足に喘いでなお果たさんとする悲願を阻む、最後の砦が令呪であった。
 ライダーが走る。アーチャーはきっと下されるトドメをあと一撃までは防ぐだろう。それがリミットだ。
 無茶な疾走を支えようと忙しなく打つ心臓が、俺の惑いを映すように軋む。
 願うのは簡単だ。だが、使わないと誓ったのだ。俺はまだ死ぬわけにはならないのだから。
 だから、だけど。俺は、最後の令呪を――。

(――――――ダメだ、使えない)
 アーチャーのことは諦めない。
 だけど俺の命を許すわけにはいかない。
 だって、一番最初に。俺たちの出会ったあの夜に。こいつにはもう誰一人だって殺させるものかと思ったのだ。あの憤りにも似た決意だけは何があっても撤回しない。
 ここで最後の手札を切ればアーチャーは俺を殺すだろう。だから令呪は使わない。だけれども、俺もあいつも死なず殺させない結末を諦めない。
 そうだ。頭が回らないのは酸素が足りてないからだ。
 呼吸を乱すな。きっとあるはずだ。夢物語のような理想であるからこそ、貫かなければ意味がない。何か、きっとまだ――。
「いたい、いたいィ……血が出てるじゃんかぁ!」
 声が。
 まだ音を上手に拾えない鼓膜が、それでも誰かの声を拾い上げた。
 点のように狭まっていた視界が開ける。そうだった、あったじゃないか。この状況を打破できる、唯一の方法が。
 地面を抉るほどの強さで急制動をかけ、進路を斜め前、蹲り悪態を吐く最後の一人に向けて変更した。
 間桐慎二がライダーにマスターだと言うのなら、話はひどく単純だった。
 状況を理解しておらず俺の接近にも気づかない背中に飛びかかり、肩を足裏で踏みつけ干将を断頭台のように項に添える
「止まれ、ライダー!」
 俺の意図に気づきこちらへ向かいかけていたライダーが、その場でピタリと足を止めた。
「……そこから動くな。武器も捨てろ」
 何も言わないライダーの眼帯の先を睨んで命じる。逡巡の間だったのか、しばらく何の反応も見せなかったライダーだったが語気を荒げてもう一度言うと杭から手を離した。繋がった鎖ごとシャランと音を立てて落ちる。
「――は? なに……おい、どういうことだよ衛宮。なんの冗談でこんな真似してるんだよ」
「冗談じゃない。お前はちょっと黙っててくれ」
「はあ? なんだよそれ、人の上に乗って偉そうに。何様のつもり?」
 慎二は理解が追いついていないのか、あまりにもいつも通りだった。ぐっと刃を進めて皮一枚分傷をつける。少しすると、僅かだが傷口から血が染み出して流れ落ちた。
 俺はライダーから目を離せなかったが、組み伏した慎二から「ヒイッ」と情けない声が聞こえる。押さえつけている筋肉が一気に緊張した。逃げだそうと身をよじるが、首に添えられた武器の鋭利さを思い出させると大人しくなった。
「そのまま一度ここを退け。大人しく従うのなら、慎二はきちんと解放する」
「それを信じる根拠はどこにありますか? あなたの言うことを聞いてもシンジが死ぬ可能性の方が明らかに高い」
「信じないならそれでもいいさ。その場合も結局おまえのマスターは死ぬだけだ。言っておくが、お前がここに来るまでの時間があれば俺だって人の首一つ落とせるぞ」
「…………。なるほど、確かに」
 無表情に呟く。
 見えない視線でこちらを見下ろす女から少し右に視線をやれば、纏う白布の大部分を己の血で染めたアーチャーの姿が見えた。僅かに首を持ち上げこちらの様子を窺っているようだが、立ち上がるまでの余力はなさそうだ。
 ここをしくじればもう後はない。俺は本気だった。刃を頸椎の凹の部分を狙って当てる。
「ひっ――! ま、待てよ衛宮? 冗談だろ?」
「…………」
 首から上を哀れなほどに硬直させた慎二が震える声をあげるが、無視をする。
 今この場で場を動かすことができるとしたらライダーだけだ。相手はサーヴァントなのだから、挙動を見張るためには瞬き一つだって惜しい。
「止めろよ、ほら! 今すぐ止めるんだったら僕からもライダーに言ってやるからさあ!」
「……慎二。お前はライダーのマスターなんだろう?」
「! ああそうさ、僕がライダーのマスターだ。ご主人様だよ! あいつに言うこと聞かせられるのは僕だけなんだ」
「そうか」
 少し安心する。この言い方なら、きっと無理矢理マスターになったというわけじゃあないだろう。
「だったら、これくらい覚悟してただろ」
 あんまりにも怯えているのが少し不憫になってかけた言葉だったが、告げた途端慎二の震えは余計ひどくなった。
「……う、あ。はぐっ、ぐす。うぅ……。な、なんでだよぉ。そこまで、す、することないだろ。そうだ! なんなら手を組んだっていい! 友達だろ!」
「慎二。死にたくないなら俺じゃなくライダーに頼んでくれ」
 ライダーはなおも動く気配がない。アーチャーのようなクラススキルを持っていないライダーではマスターの死は自身の敗北そのもののはずだ。だが何も言わず立つライダーの長い髪が揺れるのを見ていると、何かのイキモノが蠢くのにも似て強い不安に駆られる。
 俺だって好きに慎二を殺したいわけじゃない。彼の言うとおり中学からのクラスメイトだし、なによりライダーは慎二をマスターにしたままの方が倒しやすいだろう。ここでマスターを失い決死となったライダーを敵に回すより、足手まといを連れて戦場を離脱してもらえる方がこちらとしてはありがたい。
「ラ、ライダー! 何ぼうっとしてるんだこのノロマ! 早く助けろよ!」
 ……ライダーはその場から動かない。しかし武器を捨てた左手が、音もなく持ち上がった。
 動きは素早くない。警戒し身構える俺に見せつけるように、武器などないことを示すようにゆっくりとしていた。
 上がる手は顔に向かい、細く白い指先が窮屈そうに両目を覆う黒の眼帯にかかる。
 それだけだ。それだけだが、背骨を抜けて心臓まで凍てつかせるような予感が走った。
「ライダー! 動くなと言っている!」
 震える体を抑えて声を張り上げた。あれはまずい。あの奥にあるモノは、決して表に出してはならないものだ。
「……ええ、ですから動きません。私はここから、一歩たりとも」
 無感情な女の声。熱ある人間とは異なる化生としての姿。上げられていく眼帯の形をした封印に、決断を迫られているとわかった。
 ――やらなきゃならない。
 歯を噛みしめる。かぼちゃより固いことはないだろうと覚悟を決めて押し込んだ。
「ひ、ひいいイっ! やめ……っ! ライダー、ライダァー!!」
「くっ、この……!」
 柔い肉に刃が食い込んだ途端、俄に抵抗が激しくなる。それを押さえ込んで外された干将を握り直し、もう一度力を籠めようとした。
 そこで気づく。
「? 何が……?」
 凶器を握る右の手から腕がうまく動かせない。ガチガチに凝り固まったような、まるで石にでもなったような――。
 目を移して、ゾッとした。あまりに受け入れがたい光景に理解が遅れる。
 石のような、ではない。剣を握った手は、剣を握った形そのままに石になっていた。
 表面だけ固められたとかでもない。正真正銘の無機物だった。血の流れる感覚なんか当然なく、ただただ見た目に見合った他人事のような質量だけがあった。
 理解が追いつかないなりに、ライダーの仕業であるとは直感する。そして、対処せねばこの石化が腕だけでは済まないことも。
 きっかけは明らかで、あの眼帯を外したからだ。ライダーの四肢よりもよほど濃く魔力が渦巻く異界めいた洞。本来の眼球の用途は一切果たさぬ一つの魔術にだけ特化した邪眼。未だ俺の手に注視して見えるそれが、体幹へ視線を移そうとする。
 視線があったら終わりだ。何にせよ万事に優先して身を隠すべきと結論したが、しかし、どんな行動も視線を動かすだけの動作に先んじるはずもない。
「ひゃあ、うひィ、ヒイッ!」
 首に添えられた刃が失せたことに気づいた慎二が、意味のない悲鳴を漏らしながら這いずろうとする。俺をひっくり返す勢いで体を起こす慎二が、俺とライダーの間に割り込む形になる。
「……シンジ」
 咎めるように、呆れたようにライダーがマスターの名を呼んだ。眼帯を戻して、元の通り両目を隙間なく覆う。途端に、怪物の胃の腑に収められたかのような閉塞感が和らいだ。
 ほとんど四つん這いながらも何とか立ち上がり、慎二は覚束ない足取りでライダーの元へと舞い戻る。あの魔眼から逃れるための唯一の手段を逃すべきではなかったと悔やんでも、もう今更追ったところでライダーの間合いに入ってしまう。
「――さて。これで振り出しに戻りましたね」
 泣きわめいてライダーにすがりつき誰に対するものかもわからない罵倒を繰り返す己のがマスターをおざなりに背に庇い、ずっと変わらぬ無表情さでライダーが言った。手から落としていた武器を拾い上げる鎖の音が不吉に響く。
「石にするには少々惜しかったので、結果としてはちょうどよかった。先ほどの続きにしましょう。今度は――」
 言葉を切って首を巡らせる。女の封じられた眼が、地に伏したまま辛うじて呼吸を繋ぐアーチャーの姿を捉えた。
「邪魔が入らないようにしておきます」
 距離を保ったまま決着を付けたいのだろう。ライダーはその場から動かず、鎖の逆端はアーチャーを縛り付けたままの短杭を振りかぶる。それが放たれるより前に、石化した右手から無理矢理干将を引き抜き、残った左手で投げつけた。
「させる、かぁっ!」
 端からライダーを無視して慎二だけを狙った短剣を、投擲の準備をしたライダーが手首の動きだけで鎖を操り一瞥すらくれず弾き落とす。
 児戯にも満たない妨害をいっそ愛おしむようにライダーが微笑んだ。自身を弓に見立てるように全身をしならせ、
「貴様から死ね、バケモノが」
 ――声はアーチャーのものだった。
 もう立ち上がることも困難な男の声に、しかしライダーはハッと息を詰めてなりふり構わず身を伏せた。直後、というよりもほとんど同時に、誰もおらず何もないはずのライダーの背後の虚空が揺らぎ、すさまじい勢いで長物が射出される。
 伏せるライダーの残像が残る俺の目には、その射線は女の細い首を両断したように見えたが、一拍後切断されたのはライダーの長い髪だけだった。
 地面に突き刺さって直ぐに粒子に解ける武器の姿を見たライダーが、珍しいことにわかりやすい驚愕を見せた。
「馬鹿な、ハルペー……ッ?!」
 ハルペー。
 ギリシャ神話における怪物退治の代名詞。ペルセウスによるゴルゴーン退治において、彼の英雄が用いたともされる鎌剣。
 伝説上の宝剣だ。その一本目がエーテルに解けきるよりも前に、体勢を低くしたライダーの首を挟むように、揺らぐ湖面に似た空間の歪みが更に二つ分現れた。
 ほとんど間を置かず、全く同じ剣が同時に射出される。
「くっ……!」
 追いつめられた体勢から、地に着いた片手を支えに無理矢理ライダーが体を捻る。ゴキリと鈍く篭もった音は、おかしな方向へ曲がった肩関節が外れたときのものだろう。
 体を捻った遠心力で片方のハルペーを弾き、もう一つは強引に首を反らして回避する。鎌のように湾曲した内側についた刃が薄皮では済まない量の肉を断っていった。が、
「――打ち止め、ですか」
 斬られた首を押さえ重心を低くアーチャーを見据えていたライダーが呟く。
「アーチャー!」
 彼の最後の攻撃の隙にようやくアーチャーの元に辿り着いた俺は、まず体に巻き付いた鎖を片腕で外した。そこまで複雑な拘束ではないが、これも自力で外せないのがアーチャーの現状なんだろう。
 打ち止め、というライダーの言葉はおそらく正解だった。サーヴァントはあらゆる行為に魔力を必要とし、血肉すらエーテルで構成されている。もともと限られた魔力量でキャスターとライダーと二連戦し、全身に傷を負い切り落とした左脚からこれだけ出血をしたアーチャーの魔力が残っていると考える方が無理がある。
「……あなたも随分と多芸な人のようだ。正体を知る機会が二度と得られないのが少し残念ではありますが――」
 首の傷を押さえていた手を離し、再び武器を構える。関節の外れた右腕をダラリと下げたままだが、油断も遊びもない低い姿勢。首からの流血は白い谷間へ伝い、水を弾く装束から地へと落ちる。
「……ッ」
 アーチャーを背に立ち上がる。
 武器はすでにない。もう一度作り出してみせるには、右腕が重く集中を阻害した。唯一隙とも言える慎二が向こうで腰を抜かしているが、ライダーを間に挟む位置関係で、さっきのような幸運は成立しないだろう。
 鎖が擦れてチャリと不吉な音を鳴らした。生き延びる算段など何一つ思いつかないまま、ライダーの突進を待つしかないかに思われた、そのとき。

「――Stil, Eilesalve!」

 銃撃というよりもはや弾幕に近い。
 ライダーたちの更に背後から、号令とともに発射された数多の魔力弾が怒号とともに押し寄せた。速やかに向き直ったライダーが慎二のもとへ駆け寄るところまでは見届けられたが、それ以上は着弾により立ち上る砂煙により遮られて確認できなかった。
 深夜にそぐわぬ轟音は数秒経ってもまだ続き、容赦のない一斉射を追うように、正門をくぐったセイバーが黄金に輝く剣を低く構えたままライダーたちの元へ突っ込んだ。
「士郎!」
 セイバーが突撃したのに併せて攻撃を止めた遠坂が名を呼んで走り寄る。
「遠坂! キャスターは?」
「倒したわよ! ああもう、何よその腕……!」
 苛立たしげに答えた遠坂は俺の右腕を見て眉をしかめ、増援にまともな反応も返さないアーチャーを見て更に顔を歪めた。スカートのポケットに手を突っ込み、俺の横を抜けてアーチャーの傍に跪いた遠坂は、二節ほどの呪文を唱えた。
 翳した手の隙間から昼間と見まがうほどの閃光が射す。しばらくして光が収まるが、アーチャーの様子にほとんど変化は見受けられない。
「駄目、こんな屑石じゃ全然追いつかない」
 重く呟いた遠坂は自分が血で汚れるのに全く頓着せず、アーチャーの腕をとり肩を貸して担ぎ上げようとする。傷に障るのかアーチャーが呻いた。
「うう、流石に重い……。士郎も! ぼさっとしないで手伝いなさい!」
 悪戦苦闘する遠坂に呼ばわれ慌てて手伝う。二人がかりでなんとか引きずれる程度には持ち上がった。
「どうにかできるのか」
「……わかんない。けど、ここじゃどうにもなんないわ。セイバー! ここは任せた!」
「わかりました、お任せを! 凛も気を付けて!」
 短剣をライダーの体ごと大きく弾いて返事したセイバーに一つ頷き、遠坂が正門へと足を向ける。
 当然俺も追従する。目指し続けた正門を潜りようやく柳洞寺を後にしたが、されるがまま引きずられるアーチャーのことが気になって達成感も安堵もなかった。

Comments

  • めっけ(うめD1)
    January 14, 2017
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