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#10 亡者の見る夢/Novel by ちくわぶ

#10 亡者の見る夢

17,713 character(s)35 mins

衛宮士郎がアーチャーを召喚する第五次聖杯戦争ifストーリー十一話目。腐向け。 

版権元:Fate/stay night 
注意(シリーズ共通):
 腐向け(士弓)、ねつ造、設定改変、独自設定、重大なネタバレ、原作程度の暴力表現・流血表現

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「ただいまー」
 インターホンを鳴らして帰宅した遠坂に「おかえり」と返し、持てと言わんばかりに差し出されたボストンバッグを反射的に受け取った。結構重たく、中ではカチャカチャと音がしている。
「……なんだこれ?」
「うーんと、仕事道具? 天地無用・衝撃厳禁でよろしく。私の部屋まで持っていっといて」
「…………」
 あまりの横暴さに言い返す気力も起きない。
 まあ、コイツの言う『仕事道具』というのは十中八九聖杯戦争絡みの準備だろうから同盟相手として多少甘く見てやってもいいだろう。それに何やら大荷物を両腕で抱え持って帰宅したセイバーを見ては文句も言えない。
「申し訳ありません、シロウ。それくらいはなんともないのですが腕が足りないのは如何ともしがたく」
「いいよ、文句は全部遠坂にツケとく。それよりソレ、大変じゃないか? 手伝うよ」
「ちょっと。態度の違いが露骨じゃないかしら、衛宮くん?」
「馬鹿言え。正当な区別だ区別」
「なんですってぇ?」
 ドスの効いた声に危機感を察知し、慌ててすでに持たされている鞄を掲げてアピールする。
「ほら、おまえのはちゃんと持ってやってるだろ」
「あたりまえでしょう、全部あんたのための準備なんだから。とにかくそれを置いてきて、居間で待ってるから温かい紅茶でも淹れてちょうだい」
 言うが早いか廊下に立つ俺の横を通り抜けて、黒髪を靡かせ宣言通り居間へと向かっていった。機嫌を損ねた感じでもなく、即断即決人生に一時停止なしと言った感じの切り替えの早さである。
 それがあまりにも遠坂らしくて、怒りや呆れより先に苦笑が出た。アイツはどこに行ってもあの調子を貫きそうだ。
「……とりあえず、師匠の言うことは大人しく聞いておくか。セイバーもおかえり」
 女の子が両手に荷物を抱えているのに自分は鞄一つだけというのも決まりが悪い。客間に向かうにしてもやはり手伝おうと手を伸ばしたが、「いえ」とクールな声で遮られた。
「バランスが崩れます。なにより、私よりあなたの方が非力です」
 …………。
 これを外見年齢十四、五歳の少女に言われる俺の気持ちを察していただきたい。そりゃあ筋力Aからすれば、俺なんか軟弱もいいところだろうけどさあ。

 どこぞのサーヴァント曰くの『色つき水』をなんとも言えない顔で飲み下した遠坂は、特になんの感想も批判もなくカップを下ろした。
「……不味いなら教えてくれ。次までにはなんとかする」
「え? ああ、いや。不味いってほどじゃないと思うわよ。なんかこう、全体的に物足りないけど。でもそもそもこんな純和風のお家でおいしい紅茶を淹れろっていうのも高望みだしね。そんなに気にしないで」
 渋い顔の俺にキョトンと目を丸くして、本当に気にしてなさそうにパタパタと手を振る遠坂。
「気にするに決まってるだろ、そんなの。……いいさ、もっと練習する。変なもの飲ませて悪かったな」
「やだちょっと、なんで拗ねてるの?」
「拗ねてないっ。――昼間アーチャーに飲ませても酷い出来だって言われてたんだ。悔しいけど、確かに遠坂に飲ませるのには早かったんだろうな」
 あの後色々考えてしまって練習の一度もしなかったのが悔やまれる。
 日本茶の腕前になら自信があるので、紅茶派の遠坂と英国人のセイバーには悪いがそちらで淹れ直させてもらおうと俯きかけていた顔を上げる。と、
「へえ~?」
 なんて、ニヤついている遠坂を目撃する羽目になった。
「……なにさ」
「そっか。うん、あんたたち二人一つ屋根の下に置いていくなんて大丈夫かって心配してたんだけど、お茶会まで開くだなんて思ったよりちゃんとできてたんじゃない」
「変な言い回しはやめろよ……」
 一つ屋根の下なのは間違いないのだがこういう時に使う言葉じゃないと思う。
 それに、なにやら頷いている遠坂には悪いが、あれは果たしてちゃんとできていたと言えるものか……。
「それで? どんな感じだったの? まさかマッドハッターよろしく一日中紅茶飲んでたわけじゃないんでしょう?」
「どんな感じって言われてもな……。あとは、飯食ったり、道場で手合わせしたり、商店街に買い出しに行ったり――」
 そこで白い少女のことが頭を過る。
 バーサーカーのマスターで、アインツベルンの冷徹な魔術師、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。これだけ並び立てれば敵なのだが、俺はもうベンチに座って足を揺らし綺麗な笑顔を浮かべることのできる普通の少女としてのイリヤを知ってしまっている。
 だが正直に俺のこの思いを伝えたところで遠坂がどう思うか。何せ少女らしい一面があろうが夜に敵同士として出会えば問答無用で暴威を奮うだろうことは俺にすら予想ができることだ。敵に回したくないと思っていても、現実としてイリヤスフィールは目下最強の敵であり、遠坂が想定しているこの聖杯戦争における最大の難関であろう。
 俺にとって遠坂とセイバーとの同盟は生命線だ。彼女に同盟相手として不信感を抱かれると命の危機に直結する。
 そんな卑怯な画策をして言葉を切っていた俺を好意的に解釈してくれたのか、遠坂は俺の沈黙に引っ掛かる様子も見せず目を丸くした。
「食事に手合わせに買い出し? 士郎とアーチャーが? すごい、大進歩したものね」
「いや、多分遠坂が思うような和やかなもんじゃなかったぞ。食事も全部が文句だったし手合わせも力の差を見せられただけでほとんどまともに切り合えなかったし、買い出しだってやつは霊体で着いてきていただけだしな」
「ふうん。まあなんとなく想像がつくけど」
 それでも進歩じゃない、と感心した風に頷いている。見ればその横のセイバーも似たような顔で首を上下させている。
 ……この二人は俺達のことを一体なんだと思っているのか。そんな反感を抱きかけたが、過去のアレコレを思い返せば彼女らの感心もさもありなんと自分で納得してしまった。
「それにしても不思議よね。士郎のは触媒なしの相性召喚のはずなんだけど、あなたたちのいがみ合いっぷりっていったら大したものだもの。確かにアーチャーは口が達者で腹が立つやつだけど、あの慎二とすらうまくやる士郎がここまで反抗するほどのものかしら」
「慎二のはああいう性格なだけだろ。……アーチャーとはとにかく気が合わないんだ。実際、アイツの合理主義に過ぎるところなんかはどうにも俺は受け入れられない」
 数と効率で行動と思考を定義していくのは簡単だ。機械的な判断ができて、そこには何の揺らぎも迷いも無駄もない。
 だけどそれでは必ず切り捨てられる誰かがいて、俺はそういう誰かをこそを救いたいと思ってここにいる。ならばアーチャーの言い分を認められないのもある意味当然のことだろう。
 そんな細かいところまで遠坂に説明するつもりはないが、彼女は何かしらの納得を得たらしく、
「正反対の同属嫌悪って感じかな」
 などとのたまった。
「……ちょっと待て、今のは聞き捨てならない。同属って、少しも似てるところなんてないだろ」
「そう? アーチャーにあなたのこと聞いたら『あの若造の愚直な理想主義が気に食わん』とか言いそうじゃない? ねえセイバー」
 突然話を振られたセイバーは、手にしたお茶請けの包みを置いてまで律儀に答えてくれる。
「確かに、言いそうですね」
「おいおい、セイバーまで……」
「それに、重ならないところも多々ありますが、アーチャーの剣筋の清廉さとシロウのひた向きな性格などは似ているかと」
「う……」
 それは褒められているのかなんなのか。
 気恥ずかしいようなアーチャーと一くくりにされて否定したいような、どっちつかずの感情に揺れてなんとも言えず言葉に詰まった。確かにアーチャーの剣技は見事だが……。
「そういう話は俺のいないところでしててくれ。遠坂たちの方こそ、今日はどうだったんだよ」
 ズレていく会話の軌道修正を図ってみると、遠坂は一瞬瞳を意地悪げに細めてみたものの、大人しく話に乗ってくれた。
「そうね、ちょっと変化はあったけど想定の範囲内。学校は平和そのものだったわ。慎二のやつは休み、生徒会長もいつも通り、葛木先生はお休みで――」

 多くの家庭のご多分に漏れず、ウチも台所は居間とカウンター越しに繋がっているので、料理中でも会話は可能だ。
 最近はほとんどがテレビを前に寝転がる藤ねえとの会話に役立てられていたこの間取りだが、今は藤ねえの代わりに遠坂たちがカウンターの向こうにいた。
「アーチャーが料理のアドバイス……?」
 藤ねえが帰宅するまでの間は情報共有に充てようという流れで、遠坂は普段は部屋でやっているのだろう宝石の加工を居間に持ち込んで作業している。俺は台所でこうして夕食を作っているので、お互い別のことに気を割きながらの会話だった。
 今日の出来事を根掘り葉掘り聞かれるので答えていたのだが、飯の時の話をするとはっきりしない態度で首を捻り出した。
「アドバイスっていうかほとんど難癖だったけど。何か気になることでもあるのか?」
「いや……。うーん? どうなのかしら、セイバー。サーヴァントって現代の料理事情なんてわかるもの?」
「難しいところですね。一々フライパンや電子レンジに驚かずともいいように聖杯からの知識はありますし、簡単な原理や一般的な使い方もわかります。ただ使いこなせるかとなると別の話になるのではないでしょうか。例えば自動車を前にしたとき、それが何かは全てのサーヴァントに知識として与えられるでしょうが、説明なしに乗りこなすには騎乗スキルが要求されてくると思います」
「そうよね。でもそれじゃあアーチャーは料理スキルでも持っているってこと……?」
 遠坂はついに手にした宝石を置いて悩み出した。
 俺の方は大根の皮を剥くのを止めないまま二人の会話に参加する。
「料理スキルって、聖杯戦争にはなんの役にも立たないだろ。大体アイツ、そんなスキル持ってなかったぞ」
「スキルのすべてが有用なものとは限らないのよ。狂化みたいにデメリットになるような効果を持つスキルも存在するもの」
「そうですね。それに私の魔力炉のように一々スキルとされなくても有する性質というものはあります。アーチャーは料理が得意だったのか、あるいは道具の扱いに長けているか、解析系の特性を持っているか……色々と可能性はあると思います」
 なるほど。セイバーの言葉を信じると、料理という完成品の問題点を指摘できるからといってイコール料理ができるとは限らないのか。ものの成り立ちがわかるだとか、存在の改良ができるだとかでも構わないわけだ。
 そっちの方が納得できるなと思いつつ、
「……でもあの反応は、暗に料理ができるってことだったと思うけどな」
 アーチャーの苦い顔を思い出す。あれは多分図星を刺されたリアクションだったと思う。
「じゃあアイツは料理の心得がある弓兵で、接近戦も対応可能で、キャスターの拠点を見抜くくらいには魔術の心得も多少はあるってこと? なんだか節操がないけど、多芸さから考えると傭兵とかだったのかもしれないわね」
「傭兵か」
 確かに、アイツには傭兵とか軍人とかそういう雰囲気がある気がする。少なくともセイバーのような王ではなかっただろう。
「……そういえば。昼間に一度思ったんだけど、干将と莫耶からアーチャーの出身地がわかったりしないかな」
 剥き終わった大根を一口大に切り分けつつ話題を変える。干将と莫耶、一対二振りの中華剣のことだ。
「ふうん。アーチャーから聞いたの?」
「……? なにがさ」
「武器の名前。干将莫耶ってところだけ聞けば中国ゆかりの英雄になるけど――」
 さらりと続けた遠坂に声をかける。
「待った。武器の名前なんて、アーチャーからわざわざ教えられてないぞ」
「え? じゃあ当てずっぽう?」
「いや、そうじゃないけど……」
 不思議そうな声の遠坂にこちらの自信がなくなってきた。
 納得してしまえばあの剣のあり方も性質も外観も全てが干将、莫耶という宝剣の特徴に当てはまるのだが、そういえば俺だって初めからあれの名前を知っていた訳じゃない。
「そうだ、キャスターとの戦いのとき。アーチャーの剣を借りただろ? あのときに知ったんだ」
 そうだったそうだったと一人納得して頷いていたが、背後の遠坂からの応答はない。
 不思議に思って振り返ると、遠坂のみならずセイバーまでもが奇妙そうに首を捻っていた。何を言うでもなく二人顔を見合わせて目配せしあっている。
「……なんか変なこと言ったか、俺」
 遠坂だけならともかくセイバーにまで怪訝そうにされると自分の方が何か間違ったのではないかと心配になる。
 なんて、遠坂にバレたら折檻されそうなことを思いつつ問うと、少しの沈黙ののち遠坂がセイバーに向けて頷いてからこちらに顔を上げた。……今気づいたけど、あの目配せとこの沈黙は二人で念話とやらをしていたのだろう。
「ちょっと確認したいんだけど、初めに見たときはわからなかったのよね?」
「ああ、思えば特徴的な見た目をしてるんだけどな」
「それで、今になってわかったのはなんで?」
「なんでって……。実際に持たせてまでくれたんだから、そりゃわかるだろ」
 ――と、答えて。
 あれ? と自分でも首を捻った。
 今の答えはなにかおかしい。論理が飛躍している。
「なによそれ、アンタ鑑定の魔術でも使ったわけ?」
 遠坂はさっきからずっと訝しげなままだ。いっそ苛立ってすら見える。
 そんな毒気を含んだ台詞だったが、ウンウンと頭を悩ませる今の俺には助け船になった。そうだ、魔術だ。
「いや、そうだ。無駄なことしたなって自分でも思うんだけどさ、俺あのとき強化の魔術を使ったんだ。その時だよ、名前がわかったの」
 うんうんと今度は頷く俺だったが、遠坂はやはり何やら納得のいかない様子である。
「強化の魔術で名前がわかる……? そりゃあ、対象のことをよく知っている方が成功率は跳ね上がるでしょうけど、そういうもんだったっけ? 遠坂と衛宮で系統が違うと言ってしまえばそれまでだけど……」
 と、何やらブツブツと思考の旅に出掛けてしまった。こりゃあ何を言っても今はダメそうだ。
 会話の本題はそこじゃなかったんだけどな、とちょっと苦笑いつつ放置していた夕食作りに立ち戻る。遠坂にはどうせあとでこってり絞られるんだろうし、そこでまとめて話せばいい。
 なんて頭を切り替えて再び気合いを入れ直しかけたところで、背後で軽いため息がした。
「凛のこういうところは長所なのか紙一重ですね……。シロウ、あなたの質問についてですが」
 おお、さすがセイバー。
 マスターへのフォローも完璧だな、なんて思いつつ背を向けたまま先を促す。
「なんの縁も所縁もない武具を、英霊となってまで持ち越してあれだけ使いこなせるというのはあり得ません。彼が生前からあの双剣を振るっていたことは揺らぎない事実でしょう。かといってあれがアーチャーを象徴するものかと言われると、それは違うのではないかと思います。何より、彼は『アーチャー』だ。本人もまだ手札はあるようなことを言っていましたし、干将・莫耶という剣だけをもって彼の正体を類推するのは些か時期尚早かと」
「宝具じゃないけど扱いなれた武器ってことか? それってセイバーが槍やら弓やらを持っているようなもんだろう。聖杯戦争のルールに反するんじゃないのか」
「――そうとも言えない。概ねシロウの理解は正しいですが、複数の宝具を持つサーヴァントも中にはいますし、例えばライダーだって武器としての短杭を持っています」
 俺はライダーにお目にかかったことはないんだが、と思ったが今の話には関係ないのでやめておく。
 でも確かにそれもそうか。クラスだけに固執すれば、ライダーなんかは自分が駆る乗り物以外の武器を持てないことになる。元々は多彩な武人であろう英雄を無理矢理クラスという型に押し込めて召喚しているだけであって、多少その型からはみ出たところでそれはルール違反でもなんでもないのだろう。
「それにどうにも、私はあの男が自分の正体に繋がりうる武器を早々あなたに貸し出すとは思えない」
「……うん、それはすごく説得力があるぞ」
 例えばセイバーにとってのエクスカリバーくらいに大事なものなら、アイツは絶対に俺に預けない。間違いない。
「じゃあ結局手がかりとしてはイマイチかあ」
 やれやれと息をつく。まあ、夕飯作りの片手間で真名を看破なんぞされようものならアーチャーも堪ったものではない。
「ですが着眼点としては悪くない。それに、シロウがきちんとアーチャーを理解しようとしているようで安心しました」
 フォローしてくれているつもりなのか、セイバーの感心したような声が届く。
 ――だからそんな和やかなものではなかったのだと言い訳したいところではあったが、何事も前向きに捉えてもいいのなら、収穫は確かにあった。
「……願いが」
 思い返す、男の声。
 ――――“我々は死してなお願いなんてものを捨てきれなかった亡霊に過ぎない”。
「願いがあるんだってさ、アイツにも。やっぱり遠坂の言ってることは正しかったよ」
 前に「聖杯にかける望みはない」と言っていた言葉には反するが、今日の方がおそらく真実だろう。願いのないサーヴァントなんてあり得ないと断言する遠坂がやはり正しかった。
 アーチャーにも、願いはあるのだ。そしてそれは、俺みたいなマスターに令呪で縛られるような目に遭ってもなお、叶えたいと切望する悲願に違いない。
「でしょうね、そうじゃなきゃあ不自然だもの」
 と、気になる話題だったのか、突如思考の旅から帰還したらしい遠坂の声が返ってきた。その声が続ける。
「それで、士郎はどうする? 勝たなきゃ、聖杯は手に入らないわよ」
 さらりと告げられたが、それは一種の降伏勧告だった。
 ――俺も遠坂も聖杯そのものには興味はない。遠坂は勝つためだけに戦うし、俺は惨劇を回避するために戦うと決めた。
 だが、サーヴァントは違うのだ。セイバーにも聖杯にかけるだけの願いがあって、遠坂はただ主人としてその願望に応えようとしている。遠坂がそういうマスターであるから、セイバーも剣を預けると決めたのだろう。
 俺が聖杯なんて必要ないと言うのは簡単だ。だけど聖杯を求めるサーヴァントにとって、そんな方針だけは絶対に許容できない。ならば全てを擲って願望機を手にすることが、アーチャーに報いる唯一の道なのかもしれなかった。
 ――だけど、そんなことを論理的に考えて。
 なぜだろう。俺は、それは少し違うんじゃないかと思った。
「決断するには情報が足りない。……アイツの願いを知って、それを助けてやりたいと思えたのなら、その時は全力を尽くすよ」
「あら、宣戦布告? 私の生徒の分際で大きく出たわね」
「む。俺はそんなつもりじゃあ――――いや、結果的にそうなのかな。そのときは、よろしく頼む」
 セイバーもアーチャーも聖杯を欲するのなら、どうあがいても最後に決着をつけなければならない。そうなれば俺たちは敵同士だ。
 遠坂が相手ならどんな戦いでも後悔のないものになるだろう。そんな風に思って返事をしたのだが、居間の遠坂は一拍ほど黙って、
「いい度胸じゃない。ええ、そのときはよろしくしてあげるわよ、衛宮くん?」
 ……『よろしく』という台詞に『こてんぱんに』という副音声が乗っていた気がする。
 わざとらしい呼び名に恐る恐る振り返ると、頬杖をついてこちらを見上げる遠坂と、真っ直ぐと正座するセイバーの二人分の不適な笑みと目があった。

「成功率一割以下は『できる』とは言わないと思うのよねえ」
 ……怒るでもなくしみじみ言われてしまうと立つ瀬がない。
 場所は遠坂の部屋――じゃなかった。俺の家の客間に移っており、今俺の回りにはガラスが割れたり電熱線が弾けたりと散々な状態のランプが転がっていた。
「こんなに連続でやらなきゃ、もうちょっとマシなんだ。前までは一つ一つにもっと時間をかけてたし――」
 ついつい言い訳がついて出るが、時間がかかっていた理由の最たるものは毎回回路を開き直していたからである。遠坂が言うところの『狂気的・非生産的な自殺行為』であったし、それが彼女の助力により解消された今、一個あたりにかける時間が短いという言い分は通用しないだろう。
 うん、この言い訳はよくない。瞬く間に論破されて再起不能なまでにダメだしされる未来しか見えない。
 だが条件を選べば俺だってもう少しまともにできるんだ。こういうランプとかより、包丁とかナイフとかの刃物の方が得意だし――。
「あ、そうだ」
 と、頭を悩ませている内にふと思い出した。
 ポケットから取り出したカッターナイフ二つを床に置く。……ちなみに、遠坂はベッドに腰掛けていて、俺は床に直接胡座をかいて座っている。この部屋の主と化した遠坂からの命令によると、机の上が荷物で埋まっているので俺は椅子に座ってはいけないらしい。俺としてもこの体勢の方が慣れてるからいいんだが、椅子があるのに床に座るよう命じられるのは家主としてはどうなんだろう。
「カッター? 何よ急に」
 どうでもいいことを思う俺を気にせず、遠坂は突然の小道具の出現に不思議そうな声を上げた。
「昼間にアーチャーから、遠坂に見せてみろって言われてたのを思い出してさ。なんか、おまえの教え方じゃ王道すぎるとかなんとか言ってたけど」
「……アーチャーが私に? 普通のカッターじゃない。一体どういう――」
 怪訝そうにしながら遠坂が身を屈めてカッターナイフを手に取った。そこで言葉が不自然に途切れる。
「――いや。何よこれ。どういうこと、士郎?」
「どういうって……。オヤジからは向いてないって言われてたんだけど、俺は一応投影も使えるんだ。ちょうどおまえが持ってるのが、俺の作ったやつなんだが……」
 急に険しい顔になった遠坂に今度はこちらが首を捻る。
「投影? これが? 冗談でしょ?」
「なんでさ。俺は真剣だぞ。……なんでそんな眉間にしわ寄せた難しい顔してるんだよ。何か不味かったか?」
「………………」
 恐る恐る尋ねて見るが、手にとったカッターナイフの投影品を親の敵でも見るような目で睨み付ける遠坂はそのまま黙り込んでしまった。沈黙が痛い。
「……これって遠坂の監督責任になるのかしら。信じられない、ほんと。怒鳴る元気もないわ」
「う……。なんなんだよ、ハッキリ言えって」
「私もハッキリスッパリキッパリ、あなたのその空っぽで間抜けで能天気で不出来な脳みそに基礎とか常識とか人としての真っ当さなんかを注ぎ込んであげたいところなんだけど、それを始めるとまた夜が明けちゃうからその前に確認事項だけ済ませるわ。あなたこれ、誰に習ったの?」
 ものすごく真面目で不機嫌そうな声のまま言い切る遠坂に気圧されつつ、大人しく聞かれたことだけに答えていようと口を開く。
「誰に習ったこともない。……正直始まりはあんまり覚えてないんだ。ただ、昔から剣の夢をよく見て――それがすごい綺麗な剣でさ。ほら、子供ってすごく遠くの星なんかでも掴めるんじゃないかって手を伸ばしたりするだろ? 俺の投影のキッカケも、初めはそんな感じだったんじゃないかな」
「生まれついての異能ってこと? でも冬木にそんな家系がいるなんて、聞いたことない……」
 と、口の中でブツブツと呟きつつ、カッターを手に持ったままフラフラとベッドから降りた遠坂は、セイバーが運び入れた大量の荷物の群れへと歩み寄った。山が崩れるのも気にせず荷物を漁り出す。
「士郎、あんたちょっとそこの角にでも頭ぶつけて自分の両親とか祖先がどんな名前だったか思い出しなさい」
「無茶なこと言うなよ……」
 ごそごそとこちらにお尻を向けたままひどいことを言ってくる遠坂に呆れて返す。……視線は礼儀として外しておいた。アイツ、自分がスカートを穿いてるってことをもう少し自覚した方がいいと思う。
 あれでもないこれでもないとポイポイ荷物を放り投げていた遠坂は、「ああ、もう!」と苛立たし気に吐き捨てて立ちあがり振り返った。持ち主の意志に煽られるように長い黒髪が勢いよく揺れる。
「アンタの無茶苦茶さ加減はよくわかったわ。普通のやり方じゃ無理だっていうアーチャーの言い分もよおくわかった。逆に気になる事は増えたけど……とりあえず今日は解散」
「解散? なんでだよ、まだほとんど何もしてないじゃないか」
「だから言ってるでしょ、あなたには普通のやり方じゃ無意味なのよ。まずは起源を探るところから始めようと思ったけど、それには器具が足りないし」
 腰に手を当てて言う遠坂。……むう、講師はあくまで彼女なのだしその方針には逆らいにくい。
「じゃあせめて話だけでもダメか? おまえに教わっておかないといけないことが山ほどあると思うんだが」
「士郎にしては殊勝じゃない。そうね、魔術そのもの以外にも教えておくことは色々あるか……」
 切り替えが早いのは遠坂の美点だろう。ふむふむと考え直してくれたらしく、初めの定位置であるベッドに舞い戻った。ぼふりと勢いよく座り込んだ体を柔らかく布団が受け止める。
「それで、訊きたいことって?」
 俺が地べたに座りこんで相手がベッドに腰掛けている以上、こちらが見上げる形になる。足を組んでそこに肘をつき更にその手の甲に顎を預ける遠坂の姿勢はなんとも威圧感に溢れて見えた。下手なことは聞けそうにない。
「ええっと。そうだな、いろいろあるけど――」
 時間だって有限だ。優先順位をつけて大事なことから聞くとしよう。
「パス……って言うんだよな? ちゃんとした魔力供給をするために必要なサーヴァントとの繋がりを、どうやったら普通通りに戻せるのか教えてほしい」
 眼前の師匠から魔力は供給しないくせにマスターを騙る犯罪者の如く罵られたのは記憶に新しい。どうやらほとんどは俺のせいらしいので改善したいのだが、やり方までは教えてくれなかったのだ。アーチャーから拒否を受けているのも要因の一つであるのでまずはそこをなんとかしろとのお達しだったが、方法論くらいは先に聞いておいて損はあるまい。それくらい自分で調べろとお叱りを受けそうだが、事は急を要するのだし怒られるのを覚悟で直接訊くに限る。
「…………」
 そんな一種の覚悟を決めて放った質問だったが、遠坂は黙り込んでしまった。なぜか顔が赤いような――?
「その話はアンタには早いって言ったでしょ? いくら殺されないよう令呪を使っているからって、今のまま挑んだらよくて半身不随、悪くて植物人間一直線よ。悪いことは言わないからやめておきなさい」
「わかってるよ、無茶はしない。でも方法くらいは知っておいてもいいだろう? どれくらいアーチャーの協力をもらわなきゃいけないことなのかよくわからないし」
「……本当に知らないんでしょうね。実は知ってたとかあとでわかったらはっ倒すわよ」
 神妙な顔で念を押される。なぜ遠坂はこんなに渋っているのか。自分で考えろと言うことなのだろうか?
「悪いけど、本当に知らない。同調の魔術が使えるならそれを使うんだろうけど……。使い魔作製なんてやったことないし、今回俺がすべきなのはすでに存在している霊体との契約だから、ゼロから作るのとはまた別なんだよな?」
「そう。そこに更に、相手は人型で肉体を持つっていう注釈がつくわ」
「……? 人間相手との同調の仕方を考えろってことか?」
「うんうん。で、最後にあなたでも実践可能なものから選ぶことになるわけだけど」
「むむむ……」
 遠坂なりのヒントなのだろうが、俺でもできると言われると思い当たるものが全然ない。俺は強化と投影の魔術くらいしか使えないのだから、素養とか技量とか関係なく可能な方法ということなんだと思うが……。
「……まあ、考え付かないわよね、フツーは」
 唸っているとため息混じりの声が頭上から降ってきた。腕を組んだ遠坂は仕方がないなと言わんばかりに息を吐いて肩を落としている。
 その脱力した状態から一転、息を吐ききったかと思えば姿勢よく背筋を伸ばし、教鞭代わりに右の人指し指をピンと立てた。眼鏡でもかければ「女性教師のイメージ」にぴったり当てはまりそうだ。
「パスを繋ぎたいのなら同調の魔術を使えばいい。でも士郎にはそれができない。そこまではいいわよね?」
「ああ、わかってる」
「よろしい。じゃあどうやって魔術を使わず同調状態に持っていくかなんだけど……。ちょうどいいのがあるのよね。人型同士で執り行われる魔術儀式でも、おそらく最も古いもの。むしろ同調魔術の方がこの行為を省略するために作られたんじゃあないかしら?」
 スラスラと流れる説明がそこで途切れる。一呼吸分の間を置いて、ものすごく真剣な顔で「ずばり」と切り出した。
「性交よ」
「――――――――」
「言い方はセックスでもなんでもいいけど。粘膜同士の接触で交感を高めて、同時にオーガイズムに到達することにより同調に至る。男性でも直腸から前立腺を刺激することで性的絶頂には至れるらしいから、やることは男女の営みと大して変わらないわ。男の魔術師の体で最も魔力を持つのは精液だから、魔力を補うだけなら入れて出すだけでも達成できるでしょうけど、パスまで通すとなったら一緒にイク必要があるからその点は注意して。えーっと、あんたたちの場合はどっちが受け手になるのかしら? パスを繋ぐのはどっちがどっちでもできると思うけど、士郎が受ける側だと精液が勿体ないかもね。出ちゃった分はあとから飲んでもいいかもしれないけど、やっぱり直接粘膜に注ぐ方が効率がいいだろうし。普通はゲイセックスって事前に腸の中を綺麗にしなきゃいけなかったりで何かと手間なんだけど、サーヴァントは排泄しないからその辺りも楽だし。体格が大きい方が受け手に回る方が身体的負担も小さいし。ただ勿論、アーチャーがそれで同意してくれるのならって話になるわけだけど。――――ねえ、士郎、聞いてる?」
「――――――――――」
 聞いてる。すごく聞いてる。
 聞いてるけどなぜだろう、言っていることが全然理解できない。遠坂ってば突然宇宙語でも喋りだしたんじゃないか?
 ――だって、それって、要約すると、俺にアーチャーを抱けってことだし。
「な、な、な、な、な、なんでさぁ?!」
 すっとんきょうに声はひっくり返り、思わず立ち上がった足元で散乱するランプに蹴躓いてワタワタと体勢を整える。
 狼狽しきっていたが取り繕っている場合ではない。詰め寄った遠坂はベッドに腰かけたままうるさそうに耳を塞いでいたが、お構いなしに続けた。
「俺がアイツを!? なんだってそんな話になるんだよ!」
「うるさいわね、なんだってって言われたって今全部説明してあげたじゃない!」
「せつっ――」
 説明。
 つい数秒前のそれを思い出し、露骨すぎる内容に顔が赤くなった。
「無理に決まってるだろ、そんなの! 相手はあのアーチャーだぞ! そもそも男同士だし――」
 そこでまた言葉に詰まった。顔が赤いのが引いてくれない。ダメだ、何を話しててもさっきの遠坂の説明に結び付く。
「だーかーらー! それもついさっき説明したでしょ! 男同士だからセックスできないだなんてホモセクシュアルの人たちへの暴言よ?」
「セッ――っ! お、おまえなあ、そんなでも一応女の子なんだからそういうことあんまりでかい声で言うなよ」
「……そんなでも? 一応? ――なぜかしら、今聞き捨てならない修飾語が聞こえたんだけど、これって私の聞き間違い?」
 衛宮くんがそんな失礼千万なこと言うはずないものねえ、とニッコリと微笑む遠坂。
 その目の笑ってなさに特大級の失言をしたことに気づいて慌ててコクコクと頷く。そうです遠坂さん。聞き間違いですとも。ワタクシそのようなことは申し上げておりません。
「ふんっ。何よ、あんたが教えろ教えろってしつこいから教えてあげたんじゃない」
 ライオンに睨まれた子兎が如く怯える俺を見て鼻を鳴らした遠坂は、失言を聞き流してはくれたものの不満そうに顔を背けた。
 確かに初めに遠坂の言った通り、今の俺たちには気が早い話ではあった。アーチャーが俺を殺せないとしても傷つけるのが不可能なわけじゃないのだから、下手したら切り落とされそうだ。手足とか、ナニとか。
「悪かったよ、遠坂。でももうちょっとなんとかならないのか? ほら、体液が必要だって話なら、血液ならまだ抵抗がないと思うんだけど」
「そうねえ。私の見立てだとあなたの血を五リットル毎日アーチャーにあげてようやく現界分を補えるかしらってくらい。もちろん宝具は使わせられないし、そもそもそんな血を渡してたら二日と持たず死ぬわね」
「う……そんなにか」
「そんなによ。英霊をレイラインもなしに使役しようって言うんだから。……本当はもう一つあるんだけどね。未熟なマスターがサーヴァントを維持するための方法」
「! 本当か?」
 他に方法があるなら是非知りたいところだ。身を乗り出して食いついた俺に反して、遠坂は重たく口を開いた。
「『魂食い』。キャスターみたいにね、サーヴァントに人の魂を食わせるの。もちろん、英霊とそこらの一般人じゃ魂の格が違うから一人や二人じゃ足りないけど」
「――――」
 乗り出した体を戻す。息を吐いた。
「例え話でも止めてくれ。するわけないだろ、そんなこと」
「私だってこんな話不愉快だわ。でも、あなたみたいなマスターが聖杯戦争を戦うっていうのはそういうことよ。自分の命一つ分じゃ済まないの。それをアーチャーとのパス一つ繋ぐだけで解決できるんだから、随分と簡単な話じゃあなくって?」
「……言いたいことはわかった。俺が駄々をこねている場合じゃないということだろ」
「そういうこと。ま、心の準備だけでもしておいたら? いざとなったら私も手を貸してあげるし」
 あっけらかんとしている遠坂。この場合の手を貸すって意味がわかっているのだろうか? ……わかってるよな、多分。
「それは勘弁してくれ、一生もののトラウマになりそうだ」
 俺にはもう力無くそれだけを言う元気しか残っていなかった。

「セイバー?」
 ばったりと。
 遠坂の部屋から出たすぐの廊下でこちらに背を向けて立っていたセイバーが、ドアの開閉に気づいて振り向いた。
 ……ちなみに服装はいつもの白いブラウスと青いスカートではなく、なんていうか、大変かわいらしい猫さん模様のパジャマだ。着心地はすごくよさそう。言うまでもなく遠坂の持参品なのだが、これはあいつの趣味なんだろうか。セイバーには少し大きいみたいで袖や裾なんかを持て余し気味に折り畳んでいる。
 初日に似合っていると言ったら複雑な顔をしていたのでサイズが合わないのは不服なんだろう。でも率直に言ってかわいい。目の保養だ。
「話は終わりましたか。では私はこれで」
 退出してきた俺を認めて一つ頷いたセイバーは、キリッとした態度で言い残すとさっさと自分に与えられた客室へと歩き去ろうとする。その後ろ姿を慌てて呼び止めた。
「ちょっと待った。こんなところで何してたんだ? 遠坂に用があったなら、待たせて悪かったけどもう終わったぞ」
「いえ、ちょっとした見張りです。隣室に控えていたのですが随分と大きな声で話し合っていたようですので、アーチャーが起き出して耳にいれては話が拗れるかと思い」
「…………」
 確かに大きな声でアーチャーの耳にいれては不味そうな話はしていた。
 しかし、ということはだ。
「――もしかして、聞こえてたか?」
「まあ、サーヴァントでなくてもあの声量でこの距離でしたら聞こえます。大事なことですし、今夜のうちに話が進んでよかったですね」
「……よかったのかなあ」
 冷やかしでもなんでもなく素直に称えてくれるセイバー。気まずいのはどうやら俺の方だけらしい。
「何を弱腰なことを言っているのです、シロウ。この国には備えあれば憂いなしという言い伝えもあるというではありませんか。土壇場で狼狽するよりは、今から心を定めておくべきだ」
 定めなきゃダメだろうかと泣き言が漏れかけたが余計に説教されそうなので黙りこむ。
「元々私はもっと前に話すべきだと言っていたのです。凛がまだ早いというので口を挟みませんでしたが、サーヴァントは基本的に自ら魔力を生成することができません。そして魔力というのは、我々にとって食事であり水であり空気である。直接傷を負わずとも、霊核を保持するだけの魔力が尽きればアーチャーは何もなくとも敗退します。このままアーチャーを自然消滅させる気であるなら別ですが、そうでないなら決定を先延ばしにする意義はない」
「……消滅させるつもりなんてない。その……必要なら、考えなきゃいけないってこともわかる」
 未だに想像を試みることすらできないのだが、きっと俺が思うより事態は切迫しているのだろう。誤魔化しでなんとかできるようなものではないというのは俺にもわかる。
「ありがとな、セイバー。アイツは何も言ってこないから、色々教えてくれて助かるよ」
「いえ。私は極当たり前の知識を説いているに過ぎませんから、この程度は助言にも入りません。凛風に言うと『心の贅肉』というやつです」
 遠坂の変な言い回しを真似して言うセイバーに釣られて少し笑う。
 そのまま自然と解散となりそうだったが、別れの挨拶をしようとしてふと思いたった。
「あ、贅肉ついでに一つ気になることがあるんだけど。セイバーはいつも部屋に戻ってどうしてるんだ? サーヴァントは寝なくてもいいって前聞いたけど」
「そうですね。今の魔力供給量であれば特に睡眠をとる必要はありません。が、凛自身も魔術師ですし彼女には過剰魔力を蓄える手段がありますから、私の維持に割く魔力が減ればその分他に活かせます。シロウが思うようなものではないでしょうが、少しは眠るようにしていますよ」
「へえ……」
 わざわざパジャマに着替える意味はあったわけだ。夜通し起きてるのに寝巻きってなんか変だもんな。
「俺が思うようなものじゃないってのは?」
「人の睡眠とは違うということです。こればかりはなんとも、説明しがたい感覚なのですが……。わかりやすいところで挙げると、サーヴァントは夢を見ませんね。記録を再生することはあっても、本人が持ちうる記憶以上のことは取り出せない」
「……? それは何が違うんだ」
「言葉のままですよ。我々は過去の事象の再現に過ぎませんから、かつて見たもの・聞いたもの以上のことは夢として見ることすらできません。そもそも心身の休息のために眠るあなたがたと違って、サーヴァントは魔力の節約のために意識を閉ざしているだけですから」
 うーむ。わかるようなわからないような。
 なんとも言えない顔でいる俺から内心の疑問符を感じ取ってくれたのか、セイバーはくすりと笑ってつけたした。
「凛が言うには、パスが通った主従では、サーヴァントの記録をマスターが垣間見ることもあるそうですよ。気になるのであれば、やはりアーチャーとの契約を結び直すことから初めては?」
「う。やっぱりそこに話を持っていくのか……。セイバーが俺に言いたいことはわかった。――その、できうる限り、前向きに検討は、したいような、気が、するけど…………できるのかな?」
 言っているうちに全く自信が湧いてこず、首を捻りながら締めた俺の背中の方へ、スススとセイバーが忍び寄る。
「? セイバー?」
 何しているんだ、と聞こうとした矢先。
 背後から殺気にもただならぬ気配が瞬時にして沸き上がった。やばい。これはやばい。別れの挨拶なんて言っている場合ではない、速やかにこの戦場から離脱せねば――!
 と、決心したところで時すでに遅し。
「なにを――」
 背後から響く涼やかな声。見えないけどわかる、振りかぶられる手のひらの気配。
「――グチグチしているのですか!」
 バチコーーーーン!
「~~~~~っ!」
 自動車事故にでも遭ったかのような勢いで前へとすっ飛ぶ体。むち打ち寸前の首。何より、背中が……! 背中が……!
「あなたへの凛の指導もタダではありませんし、いつまでもそんな様子では困ります! 行き詰まった会議は一晩寝かした方が捗るもの。今日は一先ず何も考えず頭を空っぽにして寝て、明日覚悟を決めなさい。よいですか!」
 声にならない悲鳴を上げて廊下に蹲る俺に向けて威厳たっぷりに助言をくれるセイバーさん。
 逆向きに折れ曲がりかねなかった俺の大切な背骨への心配なんぞ微塵もない。背中がいたい。
「シロウ! 聞いているのですか?!」
「き、聞いてる。わかったから勘弁してくれ」
 蚊の鳴くような声で辛うじて懇願すると、セイバーは「真ですね? 騎士に二言はありませんよ?」と追い討ちをかけてきた。さすが常勝の王。弱った獲物にも情けがない。
 廊下に両手両足をついたままなすすべもなく頷くしかない俺に、「よろしい」と満足そうに頷くセイバー。この感じ、セイバーってばなんか遠坂のやつに似てきたんじゃないか……?
 と、噂をすればというタイミングでガチャリとドアが開く音がした。二人して背後を振り返る。
「――ちょっと、なに騒いでるのよ二人して?」
 扉を半分だけ開けて不審そうに顔を覗かせる遠坂。視線は主に廊下にへたりこんでいる俺の方に向けられていた。とりあえず背中の痛みを押して立ち上がる。
「なんでもありません、凛。シロウがうるさいので、少し喝を入れていただけです」
 咳払いをして誤魔化すセイバー。やや頬が赤い。
 騒がしさの大半は彼女が出所だったような気がするが、この場で俺がそれを指摘することはもちろんない。神妙に同意しておく。
「ふうん……? とりあえず、私は寝るから。あなたたちも早く寝なさいね」
 やや訝しんだままながらも一応納得した遠坂は、おやすみと言い残してドアを閉めた。
「――では、私は部屋に戻りますので」
「……うん、俺も寝るよ」
 反省して声量を落とし、簡潔に別れの挨拶を交わす。そそくさと客間に消えていくセイバーを手を振って見送って、俺もよろよろと自室へと向かうことにした。背中に湿布とか貼っておいた方がいいかな、これ。

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