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#07 愚者の矜持/Novel by ちくわぶ

#07 愚者の矜持

11,208 character(s)22 mins

遠坂凛がセイバーを、衛宮士郎がアーチャーを召喚することからはじまる第五次聖杯戦争ifストーリー八話目。腐向け。 

版権元:Fate/stay night 
注意(シリーズ共通):
 腐向け(士弓)、ねつ造、設定改変、独自設定、重大なネタバレ、原作程度の暴力表現・流血表現

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「遠坂!」
 叫んだが、呼び声の一つや二つ一体なんの役に立つのか。
 誤算だった。聖杯戦争はサーヴァント同士を争わせる代理戦争。マスターとサーヴァントでは戦いにならない、故に戦いはサーヴァント同士が争いながら如何にして己のマスターを守りつつ敵マスターを破るかという点が重要になる。
 だからセイバーが少しの間とはいえ無力化される事態は完全に想定外だった。だって敵は、ただの人間だ。今日とて高校で教卓に立っていたような男である。
(セイバーはすぐに戻る)
 重傷ではないのははっきりしていた。今は車道横の林にはじき飛ばされたきり姿を消したままだが、追撃に向かおうとしたキャスターはアーチャーが射撃で妨害している。彼女は直にマスターの守備に戻るはずで、それは開いた距離を加味しても残り数秒もない未来予測だった。
 ――数秒。
 この数秒が、あまりに遠い。この毒蛇のような男が、ガードレールに叩きつけられ朦朧としている遠坂の頚椎をへし折ることこそ、一秒もかからない作業だろう。俺は葛木の背後、遠坂は男を挟んだ向こう側。生半可な妨害程度では遠坂へのとどめを強行されるのは予想できた。葛木は遠坂の担任なのだし、当然今日自分のクラスに転校してきたセイバーのマスターが遠坂と俺のどちらなのかは承知しているだろう。アーチャーのマスターを殺しても単独行動を有する彼はすぐには止まらない。ならばセイバーのマスターである遠坂を殺してから俺を殺す方が、戦略的に優れているからだ。
 ならば、生半可でない一撃を。
 腕一本切り落とすくらい――いや、それでは止まるまい。両脚の健を切り飛ばしてやるくらいの攻撃が必要だった。遠坂の殺害より俺への対応が優先であると決断させるくらいの、一撃が。
 両手の重み。アーチャーが寄越した二つの中華剣が、鉛のように重く感じる。切れ味は十分承知していた。簡単に人を殺せる凶器だ。それを人に向ける戸惑いが、不条理な重量の正体だった。
 歯を噛み締める。靴裏のアスファルトを思い切り踏み締めて前へ。ここは戦場だ。決断は迅速に果たさねばならない。
同調、開始トレース・オン――!」
 呟きは一種癖のようなものだった。この身に余る宝剣であるとわかっている、これ以上強化する必要は本来はない。だけどより強力な一撃を求める俺の本能が、強化の魔術を選択していた。

 干将、莫耶。

 強化のために読み取った設計図から、この夫婦剣の名前を知る。芸術的に整えられた構成の隙間を寄り添うように魔力を這わせた。手に吸い付く感覚がする。剣と体が一体となるような――剣に体を委ねるような一体感。
 比喩ではなく、本当に体の制御を剣へと明け渡していたのかもしれない。強化した途端、正しい体の使い方のようなものが抗い難いほど鮮明に脳裏に叩きつけられる。全霊を賭して駆けると信じる今の俺の、なんと無駄の多いことか。こんなのだから未熟だと言うのだ、体の使い方一つなっていない。
 導かれるまま、重心を寄せて分散する力を集約し剣を振るうためだけの機構と化すことに埋没する。二歩目、同じように踏み出したはずの一歩は、アスファルトの強度を不安に感じるほどの威力を有していた。
「――――ぉおッ!」
 低い前傾姿勢のまま右の莫耶を横薙ぎに振るう。両膝の裏の健を狙ってのものだった。フェイントもないただの斬撃は葛木が半歩前進するだけで避けられる。だけど、それくらいは予想が付いていた。
 振り切った勢いそのままに、残る左の干将を横から前へと遠心力を十全にかけて振る。葛木はまだ振り返りすらしていない。位置取りから言って前進こそが俺からの回避であり遠坂への攻撃となるのだから当然だろう。だからこれも、予想していた。
 二撃目、遠ざかる背中目掛けて干将を投擲した。脳裏に浮かぶのはセイバーと戦うときのアーチャーの姿。投擲武器ではない干将・莫耶を完璧な軌道で放って見せた男の動作の全てを思い返しながらなぞった。そうして思い描いた通りの軌跡で、回転する刃が肉薄する。
 葛木は遠坂への攻撃のため引いていた右腕を無理矢理背後へ半回転させ、接近する干将を叩き落とした。払う腕ごと切り落とせなかったのは俺の実力の不足のせいだったが、ともあれこれで葛木は振り返ったことになる。
(もう一撃!)
 眼鏡越しの黒く濁った視線が足を止めなかった至近距離の俺を捉える。それを睨み返しながら、残された莫耶を再度振るった。振り切ったままだった刃を反転させ、跳ね上げるように逆袈裟斬り。バックステップなんかで逃してやる気はなかった。一度足を止めさせたのだ、ここで必ず決着をつける。
 繰り出す三度。人を斬る覚悟で切り上げた剣だったが、その途中で硬い岩を切り付けたような痺れと大袈裟な不協和音をもって弾かれた。
「マスター!」
 二人分の女性の声がする。セイバーとキャスター、二騎のサーヴァントのものだった。
 今の壁はキャスターのせいか、と遅れて察して痺れた右手を庇いつつ後ろに下がる。そうして空けた距離を埋めるように、目映い銀の鎧が突進してきた。葛木にむけて振りかぶった不可視の剣は俺と同じ中空の壁に弾かれるが、今度ははっきりとガラスの割れるような音が響いた。 
 弾かれ跳ね上がった剣を膂力だけで制止させ、今度こそ守護を失った葛木へとセイバーが大上段から振り落とした。数瞬前を繰り返すような斬戟だが、次こそはキャスターの防衛も間に合うまい。
 と、そこまで思ってセイバーでは葛木を殺しかねないことに気づいた。雪辱に塗れた剣騎士の気迫は凄まじく、手加減があるかどうか俺の目ではよくわからない。
「待て、セイバー!」
 制止は絶対間に合わない距離にせめても声を張り上げたが、セイバーが後退する葛木を切り捨てるのとほとんど同時になった。両断とまではいかないがかなり深い。これは出血を見るかと覚悟したが、予想に反して傷口から何かが溢れ出すことはなかった。
 ――いや、その言い方も適切ではない。傷口からは確かに溢れるものがあった。斬られた空隙から輪郭を崩すように無数の蝶が飛び立っていく。
「……やってくれるじゃない」
 憎悪を込めた声は頭上からした。出所を追って顔を上げると、マスターと共に宙に浮かんだローブ姿の女性が見える。キャスターだ。
「すまない、キャスター。助かった」
「いいえ、マスター。これくらいはサーヴァントとして当然の働き」
 キャスターの傍で葛木が言うと、キャスターもなんでもない様子で答える。勘違いや誤解の挟む余地もなく、彼らが主従であることは間違いないのだろう。
「武器も持たないマスター相手に警告もなく攻撃するとは野蛮ですこと。とはいえ、そこまでやっても敵わないとは程度が知れるというものかしら」
 苛立ちまぎれにキャスターが吐き捨てる。それでも悠々と捨て台詞を残す余裕があるのは、空中に逃れたせいなのだろう。こちらに飛び道具はなく、セイバーはレンジに捕われないキャスターの攻撃から遠坂を守るため、あまりその場から動きたくないようだった。俺にはまだ莫耶もあり、拾い上げれば干将もあるが、ここから投げてみたところで先ほどの障壁がある限りは無効だろう。
 手が出せず歯噛みしていると、ふとキャスターと目があった。――いや、距離もあるし深く被ったフードに隠されて瞳の色さえ録にわからなかったので、『見られている』と感じただけだ。
 そうして見上げる先、キャスターが白い唇を上げて妖艶な笑みを浮かべる。挑発的な態度だったが何も言わず、セイバーが切った葛木の幻影と同じように、二人分の輪郭が無数の蝶になって消えていった。

「…………ごめん。ヘマしたわ」
 額を掌で押さえながら立ち上がった遠坂が殊勝に言う。
「馬鹿言え、遠坂だけのせいじゃない」
 弾き落とされたままだった干将を拾い上げながら返す。地面に水平に吹っ飛ばされるほどの衝撃だったのだ。脳震盪を起こしたところで不思議はないし、そうなれば立ち上がれなかったとて無理はない。遠坂の受けたダメージを物語るように、彼女の体を受け止めたガードレールは奇妙な形にひしゃげていた。
「シロウの言う通りです。……なにより、私が敵を侮っていた」
 と、ややふらついた遠坂を支えるセイバーも沈痛窮まりないといった様子だ。お通夜みたいな空気になっている。
「セイバーも。キャスターに拠点に引き篭られるのは痛手だけど、失敗は失敗として受け入れるしかないだろ? そういう話なら俺だって結局何もできていないし――」
 そこでふと気づいて言葉を止めた。
「――――アーチャーは?」
 キャスター目掛けて流星の如く降り注いでいた援護射撃が、いつの間にか止んでいる。戦闘が終わったから手を止めたのか? しかし距離があるから合流まで時間がかかるにしても、逃亡を図る敵に横槍の一つもなかったのはあいつらしくないように思う。
「そんなのあなたがマスターなんだからわか……らないんだったわね、そういえば。まずい、あいつ一騎で遭遇戦なんてことになってたら勝ち目ないわよ」
 遠坂が伺うようにセイバーに目をやるが、セイバーは首を横に振った。サーヴァント同士ある程度の気配がわかるにしても、いつもあいつの狙撃は目視が敵わないほどの遠方からされている。
 つまり、この状態でアーチャーに何かあっても、こちらからは何もわからないということだった。
「方向的には、学校の方から射ってきてたみたいだけど……」
 遠坂の声を背中に、矢が降ってきていた方を振り返る。ただでさえ林に両側を囲まれた車道であり、振り仰いでみたところで正確な狙撃点などわかるはずがない。手にした借り物の干将莫耶がそのままであるのだから、少なくとも倒されてはいないようだが――。
「ちょっと待った、士郎。あなた一人で行ってどうするつもり?」
 踏み出した足を一歩目で止める。
「大体どこにいたにしてもかなりの距離よ、間に合いっこない。それよりも、普通マスターともなればサーヴァントが交戦状態にあるかどうかくらいわかるはずなの。本当になにも辿れない?」
 そもそもなんともなく戻ってきてる途中なのかも知れないんだから、という訴えに応じて振り返った。
 確かにそうかもしれない、だけどそうじゃないかもしれない。召喚の夜を思い出してなにかやつとの繋がりを辿ろうとしたが、わかることはなかった。頭が痛む。
 顔をしかめて落とした視線に力無く垂れ下がる左手が映る。褪せた一画と鮮やかに刻まれた残りの二画。
(令呪……)
 願うだけで魔法じみた奇跡を可能にする三回限りの命令権であり、マスターの資格を示すもの。ゼロになれば間違いなくアーチャーは離反するので俺には実質あと一画しか残っていないが――。
 ――こうして悩んでいる暇が惜しい。判断に迷うならせめて心に従うべきだ。心を決めて、深呼吸を一つ。初めに俺達を結び付けたはずの縁を信じて呼びかける。
「“来い、アーチャー”」
「ンなっ――!」
 左手で膨大な魔力が弾ける。遠坂が何か言いかけたが、それも空間を捩曲げ強引に開通させる異音によってかき消された。
 瞬きひとつもないくらい一瞬で、アーチャーの姿が目前に現れる。空気の乱れを受けて、現れたばかりの男の白布がはためく。
(珍しい)
 余程驚いたのかすっかり刻まれているように思えた眉間のシワも取れて目を丸くしている。ポカンとしている、という表現がこの上なく似合う顔だ。
 概ね無事そうだ――が、あちこちに流血が見られる。刃物によるものだろう鋭い切り傷が血を滲ませていて、特に首筋の一つが目に付いた。サーヴァントは普通、ただの刃物で傷などつかない。ということは、やはり他のサーヴァントの襲撃に遭っていたのだろう。
「……なるほど、令呪による転移か」
 呟きながら納得を得たのか、垣間見せた無防備な表情はあっという間に見慣れた仏頂面に置き換わった。そのままちらりと周囲に視線をやる。
「なぜこのタイミングで令呪まで使って呼び出した? キャスターは逃げおおせているようだが」
「お前が帰ってこないから、何かあったのかと思って。……誰にやられた?」
「何かあったのかだと? おいおまえ、まさかとは思うがその程度で――」
 クドクドと言い募ろうとしていただろうアーチャーは、しかしそこで何か思い至ったらしく言葉を切った。「まあいい」と一息つくと霊体化する。……と思ったらまたすぐに実体化した。
 何してるんだと思ったが、よく見ると傷や汚れが綺麗さっぱり消えている。一度消えると元の状態にリセットされるのだろうか? だとすれば便利なものだ。
 こういうことされるとこいつが俺と同じ生きている人間ではないのだなと実感する。呆れた顔で見下ろしてくる様子なんかは、どう見たって生きている人間そのものなのだが。
「相手はライダーだった。あの学校付近はまだやつの縄張りだったようだな。とは言え彼女のマスターも貴様同様まっとうな魔術師じゃないし、別に令呪などなくとも離脱するくらいは可能だったが――使ってしまったものをとやかく言っても仕方があるまい」
 腕を組んで目を眇る。アーチャーは案外に怒っていないようだった。いや、コイツにとって俺が令呪を無駄打ちするのはむしろ歓迎するべき事態なのだろう。
 ……だから今俺の選択に今にも爆発しそうなのは、不穏にも黙り込んだままこちらを睨みつける遠坂の方だった。
「なんにせよキャスターを取り逃がした時点で目的は不達成だ。反省会をするつもりなら、拠点に戻ってからの方がいいと思うが」
「……そうね、賛成だわ。ここにいてもどうしようもない。夜が更けないうちに衛宮くんの家に戻って、ご飯でも食べながら、たあっぷり、話し合いましょうか?」
 惚れ惚れするほどの笑顔で言う。
「……了解」
 俺に許される弁明は、せめて夕食を精一杯豪華にして彼女の機嫌を損ねないようにすることくらいだった。

 藤ねえを交えた夕食を挟んだのがよかったのか。遠坂の殺気すら感じられる怒りは少々落ち着き今は呆れが勝っているようだった。差し出した紅茶はまだ手がつけられず放置されている。沈黙が怖い。
「……アーチャーも呼んだ方がいいか?」
 話があると言われて正座で待っていたが、難しい顔で押し黙った遠坂は長いこと口を開かない。話が進むことを期待しながら恐る恐る聞いてみた。
「いいえ。あいつ、はぐらかすのがうまいから。言い方が一々嫌らしいせいでつい話が反らされちゃうのよね。それにあんたら二人揃うと話が進まないし。今はいないほうが好都合、むしろ来て欲しくないかも」
「でしたらちょうどいい。アーチャーは今頃寝ているでしょうから」
「寝てる?」
 セイバーの台詞に思わずオウム返す。あの男が睡魔に身を委ねる状況を想像してみようとしたが、どうにも似合わないように思えたからだ。
「いえ、今あの蔵を訪ねたところで実際に眠る彼を見ることはできませんが。究極の省力化とでもいいましょうか、霊体化した上にその意識すら閉じているような状態ですね。もちろんここで私が戦闘態勢をとればすぐさま駆けつけるでしょうが、そうでもなければ多少騒いだところでアーチャーが気づくことはないと思います。なので、寝ていると言っていいかと」
 真面目な顔で正座したまま回答してくれるセイバー。今日は戦闘もあったので余計に魔力をセーブする必要があるそうだ。なるほど、それは確かに寝ているようなものなのだろう。
「なるほど、じゃないわよ馬鹿士郎。あのねえ、あなたなんでアーチャーがそんなせせこましくて涙ぐましい努力してるのかわかってる?」
「む。それは、俺が半人前だからだろ」
「そうね。半人前も半人前、四分の一人前にも満たないダメさ加減。しかも下手に自分の力不足を知ってるから余計に気が回ってないのよねえ」
 一人言のような気安さでさりげなく人をけなしてきた遠坂は、気難かしそうに眉を寄せたまま初めと同じくまた黙り込んだ。組んだ腕の肘のあたりを苛々と指の腹で叩いている。
「……そっちの話をする前に、一つ確認しておきたいんだけど」
 そっちとやらがどっちを指しているのかわからなかったが、とりあえず頷いて先を促す。
「令呪の使い方。これであなたにはあと一画分の令呪しか残ってないわけだけど、そのあたりどう考えてる?」
「それは――」
 今日の選択をいまさら後悔するつもりはない。だが遠坂の言う通り、これで残された令呪は一つ。そのことについては、真剣に考えなければならない。
「令呪による拘束がなくなればサーヴァントが一介の魔術師なんかに従う意味はなくなる。だけど同盟を組んでるこっちとしてはそれじゃあ困るのよ。例えばあなたが令呪を使いきって、アーチャーに殺されて、こっちの手の内を知るアーチャーが逃げおおせるとかありそうなパターンだけど、いい迷惑だわ。もう使ってしまった二画目をとやかく言う気はないけど、同盟相手として最後の令呪の使い方は制限させてもらう」
 遠坂は険しい顔で人差し指を立てた。
「どんな状況にあろうとも、三度目の令呪では自害を命ずること。これが誓えないのならあなたみたいな向こう見ずな人と同盟を続けることなんてできない。逆にこれを誓えるのなら、私たちも士郎が三度目の令呪を使わずに済むよう全力でサポートするわ」
「待て、遠坂。俺はそんな命令は――」
「じゃあ聞くけど、それ以外の何に使うつもり? 令呪はサーヴァントを律する鍵であり、マスターであることの保証でもある。使いきった時点で詰みなのよ。だけどその内容だけちゃんと考えたものにしてくれれば、仮にあなたがマスターでなくなったとしてもできる限り手を貸してあげる」
 心は反論したかったが、遠坂のこれ以上ない譲歩を感じた理性が口を閉ざさせた。同盟相手への助力だとしても、これは歩み寄りすぎだ。遠坂がいいやつだっていう何よりの証拠だろう。
 ただ、そのまま頷けない強情な俺がいるのも事実だった。どう伝えようか、しばし迷う。
「……遠坂が譲歩してくれてるのはわかる。けど、俺はそういう令呪の使い方は嫌だし、多分もうできないと思う」
 そりゃあアーチャーは嫌なやつだし、俺とはどうにも気が合わない。
 だけど死んでほしいかと問われると、それは絶対に否だった。ましてや、俺が命じて自決させるなどできそうにない。彼も俺達と同じものを食べ、休息を求めて眠るような存在であると知ってしまったのだから。
「俺が誓えるとしたら、絶対に三度目の令呪は使わないってことだけだ」
 目を逸らさず言う。その先で、スッと遠坂が目を細めた。
「絶対にねえ。それって、自分が死にそうでも誰かが殺されそうでもアーチャーがやられそうでも、“絶対に”使わないって言うんじゃなきゃ意味ないんだけど。そういう意味で誓えるって?」
「……ああ。もうこれは使わないし、ないものだと思うことにする」
 左手を撫でる。遠坂が難しい顔をしたままそんな俺を見ている。
 ――嘘をついた。それが、彼女には察せられたのかもしれない。
 俺だってもちろん、誓ったことを破るつもりはない。遠坂の言い分はもっともで、俺にだって最後の令呪の用途は一つしかないことくらいわかっている。それを受け入れられないから、どんな状況でも絶対に使わないでいようという気概とて嘘ではない。嘘ではないが、同時に、目の前で誰かが死にゆこうとしていて、その時俺が令呪という手段に頼らないかどうか自分でもわからないのも事実だった。
 不確定要素を含む誓いはもはや誓いとして成立しない。そういう意味で、俺の宣誓は無意味な虚言だった。
「……その言葉、信じるわよ」
 短い声が重く響く。言いきった遠坂は話は終わりとばかりに手つかずだったティーカップを一気に呷った。細い喉が上下する。ぷは、とは流石に言っていなかったが、そんな声が聞こえてきそうな勢いで杯を空にした遠坂は、一転上品にカップをソーサーに戻した。
「士郎に釘を刺せたところで、話を進めましょう。同盟相手とは言え仮想敵だし今まで口を出すのを我慢してきたけど、あなたには言いたいことが山ほどあるのよね」
 言うが早いか座ったままの俺を置いて立ちあがる。急になんなんだと目を丸くするこちらを見下ろして、前へと垂れた髪を払った遠坂は尊大に言った。
「まずはその、まるでなってない魔術の使い方から教えてあげる。先に行って準備だけしておくから、十分後に私の部屋に来なさい」
 じゃ、と返事も聞かずに障子を開けて廊下の奥へと消えていった。
 ……まずもってあそこは客間であって断じて遠坂の部屋ではないのだが。
「覚悟しておいた方がいいと思いますよ、シロウ。何をするかまでは知りませんが、今夜は寝させないと息巻いてましたのでそれなりの仕打ちは受けるものかと」
 俺と同じく座ったままだったセイバーが恐ろしいことを言う。仕打ちってなんだ、仕打ちって。
「お茶、ごちそうさまでした。食器は片づけておきます」
 主人である少女が置いていったカップを回収しながらセイバーも立ち上がった。王様なのにそんなことをさせていいのかとも頭を過ぎったが、本人は気にした様子もない。
 とりあえずいつまでも座っていられない、と俺もいい加減立ちあがった。何をされるのか不安でしかないが、ここでバックレるほどの勇気はないので十分経ったらいかねばならない。
「……食器は流しに置いといてくれていい。あとで纏めて洗うから」
 セイバーを追って俺も台所へと入る。
 遠坂の話はどうやらとても長くなりそうなので、この猶予期間の内に冷蔵庫の中の夕食をアーチャーに届けてやるつもりだった。

 体が熱い。
 試しにわざとらしく息を吐いて見ると、廊下という屋内にも限らず吐息が白く揺らめいた。このまま部屋に帰ってもとても寝付けそうにないなと、通りすぎかけた縁側へ続くガラス戸を開けて外へ出る。中庭には空気の流れがあって、肌を冷やしていくのが心地好かった。
 時刻はなんと深夜四時。それこそ草木も眠り尽くしており耳が痛いほどの静寂が青冷えた月光と共に降り注いでいる。眠れないと思えとのセイバーの忠告は全く正しく、我が師に就任した遠坂の指導は初日から情け容赦なく濃密だった。
 いや、ありがたいことなのだ。それがわからないほど恥知らずじゃない。これだけ口頭説明することがあるなら俺の魔術回路を開く作業を最初に持ってくるのをやめてほしかったとかいう情けない本音も、決して口に出したりなんかしていない。
 慣れぬ感覚と体の熱を持て余し息も絶え絶えといった俺の様子を見てようやく続きは明日に回して一度休ませた方が効率的だと思ってくれたようだが、気づくのがこの時間という辺りに堪えていた遠坂の苛立ちが垣間見える。その点に関しては申し開きもないので口を噤むしかないが、疲労した体はどうしようもない。
 火照った体を冷ましつつ気を休められる場所を求めて無意識に土蔵の扉を開けていた。重たい観音扉の片方を開いて、そこで手を止める。
 小さな折り畳みのテーブルと、その上に並べられた食器達。そうだった、今はアーチャーがここを根城にしているのだ。すっかり忘れて声もかけずに踏み入ってしまった。
 前にヤツが腰掛けていた辺りに魔力が固まっているので、中に居てはいるようだ。寝ているのか起きているのかは定かではないが、遠坂の講座より前に差し入れた料理は平らげられているようだ。相変わらず米粒の一つも残さない几帳面ぶりである。
 アーチャーから声がかけられない内に食器だけ回収して出てしまおうか、とまず思った。うまく付き合わなきゃいけないと俺自身思っているし遠坂やセイバー達からも忠告を受けているのに、どうしたって愛想よくできないというのは結構なストレスなのだ。正直お互い顔を合わせず言葉も交わせずいられるのなら、それが一番だと今でも思う。
 だけど、ついさっきまでの遠坂の説明を思い出した。苛立ちのままぶちまけていた彼女の言では、俺とアーチャーの契約は全く不公平であって、俺はマスターの義務を追わないまま権利だけ行使している盗人のようなものであるとのことだ。
 本来サーヴァントは聖杯によって召喚された後はマスターを寄る辺として現実との繋がりを得て、マスターからの魔力供給を以って現界し戦闘を行う。しかし遠坂とセイバーの見立てによると、アーチャーは俺からの魔力供給を受けていないばかりか寄る辺としての役割すら満足に果たしてもらっておらず、単独行動スキルがなければ今頃脱落していてもおかしくない有様なのだという。それなのに俺の方からは令呪を使えるわけだから、遠坂やセイバーがしばしばアーチャーに同情的になるのも無理はない。
 ――だが。
 原因としてはもちろん俺が魔術師として半人前で召喚も不完全だったというのが大きいのだろう。だけど、アーチャー側が俺との契約を拒否しているのもあるはずだ、と遠坂は言った。それはおそらく事実だ。ここに至るまでアーチャーは、魔力の供給がなされていないことすら伝えてくれていないのだから。
 空になった食器を見下ろす。鍛えられた体格を考慮して少し多めに用意はしているが、これで本当に足りているのだろうか? 遠坂の推測が全て当たっているのなら、アーチャーは自分が元から有している僅かな魔力生成能力と食事からしか魔力を得ていないはずだ。学校について来ている昼時は食事をさせてやれないので、一日二食。それも食べはじめたのはつい先日からでしかない。
 ……俺に嫌味を言っている暇があるのなら、俺が如何に不出来なマスターなのかをちゃんと教えてくれればよかったのだ。そうすれば俺だって、力不足なりに手を尽くしたろう。
「アーチャー」
 控えめに呼んでみる。小さな声が深夜の土蔵に広がっていったが、アーチャーからの応答はなかった。
 声はかけたからな、と言い訳しながら更に中へと入る。最近使っていなかった強化練習用のガラクタの近く、ブルーシートの上に腰を下ろした。
 ここでしばしば寝落ちているからよくわかるが、そもそも土蔵は睡眠に向いていない。体を休めるという意味なら余っている部屋の一つにでも布団を敷いて寝る方がいいだろう。だけどここが一番魔力が溜まる場所だというならアーチャーに部屋を移せというのも無責任だし、そうなると魔力不足の主な原因である俺一人がぬくぬくと布団で休んでいるのも、なんというかスッキリとしない感覚だった。
 あぐらをかいて手の届く位置にある角材の一つを手に取る。
同調、開始トレース・オン
 どうせもうこんな時間なのだ。今から寝るより、鍛練でもして遠坂に開かれた魔術回路の調整をするというのも悪くないだろう。
 今日振るった干将と莫耶の構成を思い浮かべながら、角材の解明と強化に腐心する。アーチャーの気配は動く素振りも見せないまま、静かな夜が更けていった。

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