light
pixiv's Guidelines will be updated on March 18th, 2026.
View details
The Works "#06 戦闘準備" includes tags such as "fate", "Fate/staynight" and more.
#06 戦闘準備/Novel by ちくわぶ

#06 戦闘準備

10,710 character(s)21 mins

遠坂凛がセイバーを、衛宮士郎がアーチャーを召喚することからはじまる第五次聖杯戦争ifストーリー七話目。腐向け。 

版権元:Fate/stay night 
注意(シリーズ共通):
 腐向け(士弓)、ねつ造、設定改変、独自設定、重大なネタバレ、原作程度の暴力表現・流血表現

  • 219
  • 99
  • 5,558
1
white
horizontal

 月の大きい夜だった。
 ■は縁側に腰掛けて、地面に付かない短い足を楽しくもないのに揺らしていた。なんだったろうか。確か、元気そうに走り回る■を見て喜ぶ人がいたから、そういう所作を意識して行っていたように思う。
 穏やかな人だった。疲れた老人のような、とも言い換えられたのかもしれないが、そのくせ態度も味覚も――理想ですら、子供じみた大人だった。
「子供の頃、僕は正義の味方に憧れてた」
 今は諦めてしまったのだと暗に告げるその言葉に、口を尖らせて反論したのだったか。そうして見せても子供の拙い願い事を微笑ましく見守る親のような態度に腹が立った。信じていないのだ、■のことを。大人になったらそんなことを忘れて自由に生きていくんだろうと、そう思っているんだと思った。だから、■は……、? なんと言って返したのか定かでないが、とにかく馬鹿にするな、安心していろと伝えたような気がする。
 ――そう、つまりは。彼は一言も、■に願いを押し付けなかった。■が勝手に受け取って、男はそれに安堵して、死んだ。それだけだ。終わりの日に果たされた、預託も受託もない独りよがりな拙い誓い。
 不思議と、その日見上げた夜を切り取る白円だけは覚えている。月の大きな暖かい夜だった。

「――――夢か」
 弱々しく射し込む冬の朝日が格子状に淡い影を落としている。
 懐かしい夢だった、ように思う。こうしている内にも詳細が零れ落ちていく、泡沫のような回想だった。
 ぐっ、とその場で伸びをする。ともあれ今日は月曜日、のんびりしている暇はない。
「今日は桜は来ないんだったな……」
 昨夜を思い出しながらごちる。桜はいないが遠坂とセイバーがいるので、朝食の作る量は減らないどころか少しプラスせねばいけなさそうだが。
 まずは顔を洗って、それから道場で少し体を鍛えよう。俺には力もなにもかも足りないことを、散々痛感したばかりなのだ。

 流した汗をタオルで拭って一息つく。昨日一日休めたお陰で蹴り飛ばされたり色々あった体もほとんど違和感がなくなっているのが幸いだった。軽くシャワーを浴びて朝飯の準備に取り掛かろう――と道場を出て、朝日に照らされる土蔵が目に入る。
 サーヴァントは眠らないと言っていたが、どうだろう。まだあそこにいるのだろうか。方針に従うとはっきり口にしたし、態度の悪さはともかく最初の時以来アーチャーが俺の意図に大きく反したことは実のところない。昨日みたいに勝手にいなくなることも、もうないと思われるが……。
 ここで悩んでいてもしょうがない。入ってしまえばわかることだとタオルを首にかけたままザクザクと庭を横断する。いつものように扉を開こうとして、そこで戸惑った。
 ここは、ノックとかした方がいいのだろうか。いるかもしれないとわかっているのに許可なく開けるのもなんだか悪い気もする。
「……アーチャー、開けるぞ」
 十中八九、仮にいたとしても返事はないだろうと確信しつつ一応声をかけておく。案の定小鳥のさえずりだけしか返って来ず気恥ずかしい思いをしたが、ともかくこれで文句は言わせないぞと扉を開く。
 別に、ここにわざわざ寄ったのはアーチャーと朝の挨拶を交わすためではない。朝食の準備の前に昨夜の料理を回収しておこうというのが目的だったが、開いた隙間から徐々に朝の光に照らされる土蔵の中で、俺は予想外のものを見た。
 昨日置いていった小さなテーブルの上、の上の盆、の更に上。綺麗に料理だけ平らげられた食器が揃えられて置かれている。
「……食べたんだ」
 正直、意外だった。箸までがやたらに美しく揃えられているのは性格だろうか? 自然と口の端が緩むのを、無意味に手の甲で擦って誤魔化した。
 視線を巡らせてみるが、アーチャーは中にはいないようだ。片手で盆を取り上げる。折りたたみテーブルはそのまま置いておくことにした。
 早く朝食の準備に取り掛からねば、下手なものを作ったらどんな嫌味が飛んでくるやらわかったものじゃない。扉をそっと閉めて、足取り軽く母屋に向かった。

 朝練のある藤ねえは先に家を出るが、部活に入っていない遠坂は早く起きる必要がない。そういうわけなので、藤ねえを見送った後の食卓には遠坂とセイバーだけが腰掛けていた。朝は食べないという遠坂を「兵糧は兵の資本。食べられるときに食べないというのは怠慢ですよ、凛」とお説教しているセイバーがいるので、用意してある一人前の朝食は無駄にならずに済むだろう。
 むしろ問題は俺の目の前で準備が完了してしまったもう一人前の朝食か。またもや食卓にいないアーチャーの分だった。居間には姿を見せていないので、おそらくまた土蔵にいるのだと思う。
ここで団欒の一員になる気はないらしいが、運んでやった分は食べているっぽいことはわかっている。そこまでわかっているのだから後はこれを運ぶだけなのだが……。
 はあ、と一息吐く。嫌いなやつにわざわざ会いに行くのほど気が滅入ることもそうあるまい。自分でもこんなに誰かを嫌うなんて珍しい――どころか覚えている限りでは初めてではないのかと思うのだが、とかく気が合わないのだ。世界中探せば相性が致命的に悪い相手というのもいるのだろうが、その相手がよりにもよって自分のサーヴァントであろうとは運命の悪戯もなかなか趣味が悪いと見える。
「…………」
 だがそもそも、冷静になってみて俺はアーチャーから何か酷い仕打ちを受けたわけでもない。敢えて言うなら出会い頭切り掛かられたのは悪印象にもなるだろうが、俺もそのあと令呪を使ったわけだしお相子だろう。気に食わないという思いばかりが先行しているが、それにしては交わした言葉も過ごした時間も短すぎる。
(でも、それを言うならあいつだって同じ条件なんだよな)
 初めの初めに立ち返って考えてみれば、やつからの嫌悪は俺が令呪を奮うより前からすでに向けられていたような気がする。俺達が初めて交わした名乗りの問答、その時ですらすでにアーチャーは並々ならぬ敵意と憎悪を抱いていた。
 だけどそれじゃあ順序がおかしい。あいつが召喚されてから、ランサーとの戦闘を経て俺に向き直るまでの僅かな間。その短い時間で俺はアーチャーの不興を買ったことになる。出来の悪いマスターとは言え、そんなことが有り得るのか? 蠱毒にも似たあれだけの負の心を育てるには、もっと長い時間が必要なように思える。だけどそうすると、彼は召喚より前から俺に恨みを持っていたということになるが――。
「……バカバカしい」
 それこそ、有り得ない話だ。過去の英霊から恨みを買うような特異な人生を送ってきたつもりは当然ない。
 時は金なり、いい加減現実逃避は止めてやるべきことを済ませよう。頭を振って気を取り直すと、用意した食事を手に持って、遠坂たちに一声かけてから居間を出た。

「何の用だ」
 昨日と違い、土蔵の扉を開けるとすぐに不機嫌そうな声がかかった。見れば積み上げられたガラクタ入りの段ボールの群れに、アーチャーが腰掛け脚を組んで踏ん反り返っている。
「…………朝飯。出発までそう時間もないから、それまでに食べておけよ」
 体勢に言及しようかとも思ったが止めた。物の配置が若干変わっているのは座り心地を改良するためだろうか。概ね片付く方向に進んでいるので咎めはしないが、言えば椅子くらい奥から引っ張り出してやったのに。
 昨日と同じ小さなテーブルに持ってきた朝食を置く。どうしたって土蔵は埃っぽいが、ここで食事するやつがいるならもっと綺麗にしないとなと思った。
「食事で魔力を得ていることを否定はせんが、別に形態はなんだって構わない」
 無言で立ち去るのもなんだし、何か声をかけるべきかと思っていると、アーチャーが特に興味もなさそうな視線で俺の置いた朝食を見ながら言った。ちゃんと聞いていたが、意図するところがわからず首を傾げる。アーチャーは俺の察しの悪さを嘆くように一つ息を吐いて続けた。
「この家にはまだ一般人の藤村大河が出入りしている。無人の蔵に日夜食事を持ち込む奇人と思われるような行動をわざわざすることもあるまい。軍用レーション――は逆にコストがかかるが、とにかく適当な保存食でも持ち込めば十分目的は達せられる」
 不機嫌ながらも真面目な表情だった。妙なことを言って俺の反応を楽しもうとかそういう風には一切見えない。もしかしたら初めてかもしれない、こいつからの真っ当な忠言だった。内容は到底、許容できるものではなかったが。
「……なんだよ、それ。食べられればなんでも一緒だって?」
 そんな馬鹿な話あるもんか。サーヴァントに人と同じ味覚と食を楽しむ感性が備わっていることは嬉しそうにおかわりを受け取っていたセイバーが証明してくれている。俺だって料理の腕にはそれなりの自負があるし――いや、仮に俺の腕前が人並み以下だったとしたって、人の手で作った料理が保存食と同じなんてことあるはずがない。
「俺の作るものが受け取れないってんなら、そう言えばいいだろ」
「は、自分の腕の悪さを理解しているだけまだ殊勝だな。だが相変わらず頭が足りん。私は無人とされるこの土蔵に“料理”を持ち込むのは避けろと言っている」
 効率や秘匿の観点から言えば、アーチャーの言い分は非の打ち所もなく正しい。やたら勘のいい藤ねえが俺の奇妙な行動に気づくのもそう遠い話ではないのかもしれない。アーチャーの言う通りここに缶詰でも買い込んで置いておくだけでも差し入れる食事と同じだけの魔力は補給できるのなら、その方がよほど効率的ではあるのだろう。
だが、彼の提案にはおよそ自分の人間性というものが考慮されていなかった。
 俺への嫌がらせと言うならともかく、アーチャーはこれを本気で言っているようだ。胃の辺りがつかえるような不快感と、そこから全身を鈍く震わせるような怒りが広がる。
「却下だ。口に合わなくてとても食べられないって言うなら考慮するけど、そうじゃないなら食べてもらう」
 ムカムカを押さえ付けながらできるだけ感情的にならないよう善処したつもりだったが、口調はどうしても不機嫌なものになった。立った俺に見下ろされるのが気に食わなかったのか、アーチャーは辟易とした様子で立ち上がり心底嫌そうに口を開く。
「……貴様に論理的思考と判断を期待した私が愚かだったようだ。もういい、それを持ってさっさと出ていけ。貴様の施しなど受けずとも魔力を得る宛てなら他にいくらでもある」
「なんでそうなるんだよ! いい加減にしろよ、駄々をこねる子供じゃあるまいし。我が儘言うなら引きずってでも居間に連れ込んで俺たちと一緒に食べてもらうぞ」
「……駄々? 我が儘だと? ふざけるなよ、貴様。人が下手に出ていれば――!」
「はあ?! 馬鹿言うな、お前が一体いつ俺に対して下手に出たって言うんだ!」
「……シロウ、盛り上がっているところ申し訳ありませんが」
 と、ボルテージ急上昇で開戦直前だった俺たちの間に少女の声が転がり込む。頭に血が上っていた俺は、冷静に水を差してくれた乱入者にも反射的に噛み付こうと背後の扉を振り返ったが、
「このままだと遅刻すると、凛が」
 開け放したままだった入口を仁王立ちで陣取る一人の少女。背後から刺す朝日が金砂の髪に弾かれて眩しい。腰に両手を置き仕方なさそうに俺たちを諌めるのは疑いようもなくセイバーその人だったのだが、予想外の姿に反論も忘れた口がポカンと開きっぱなしになった。
「アーチャーも。早く食べねば登校に間に合いませんよ」
 登校。その言葉が今の彼女にはよく似合う。
 ――セイバーは、穂群原学園の制服に身を包む女子高生へとジョブチェンジを果たしていた。

 放課後、人目を避けて逃げ込んだ屋上は冬の風が痛く誰かが入ってきそうな気配はない。遠坂がこっそり人避けの魔術を使ったというので尚更一般人に話を聞かれる心配はないだろう。例によって遠坂、セイバー、それから姿は見えないがアーチャーの四人で集合していた。予定通りの作戦会議だ。
 フェンスに凭れかかる遠坂と、横に姿勢よく立つセイバー。校則通りに整えられた制服のスカートがフェンスを抜けて吹き付ける風に揺られている。なんとなく見続けるものではない気がして視線を逸らした。
「生徒会長はおそらくシロ。気になるのはむしろ柳洞寺に下宿する葛木と最近連れて来られた婚約者、か……」
 俺から聞き取った情報を元に遠坂が難しい顔で考え込んでいる。制服を着るといよいよ彼女が穂群原が誇る『ミス・パーフェクト』であるんだなという思いが強くなるが、その彼女と更に話題の美少女英国人留学生とも一緒に登校してきた俺の立場たるや如何に。――今日もあちこちで問い質されて散々な一日だったが、明日も中々に気が滅入りそうな予感がする。
 とは言えこの険しい登下校の道のりも全てはいざという時の襲撃に備えるためと、他のマスターへの同盟関係のアピールによる牽制だ。俺が我が儘を言えるような立場ではない。
「怪しいわね、ものすごく。気になると言えば学校にあった出来の悪い結界がすっかり無くなってるのも気にかかる点ではあるけど――」
 遠坂は右肘を左手で支え、支えられた右手を口元に添えて考え込んでいる。
「こっちはタイミングだけ考えるとライダーだったって線が濃厚かな。慎二は今日休んだんだって?」
「ああ。藤村先生は体調不良って言ってたけど」
「あれだけ脅しつけてノコノコ登校してくるほど馬鹿じゃないか。――誰かさんでもあるまいし」
 もったいぶった言い方をした遠坂はジト目でこちらを見ている。
「む。なんだよ、その目」
「べっつにー? なんでもないわ、話を戻しましょう。キャスターのマスターと、学校の結界についてね」
 遠坂はよっ、とフェンスから身を起こして、俺の隣も通りすぎ屋上の中央の方へと歩いていく。それを追って徐々に振り返って見ていると、彼女は結界が解かれてもなお異様な気配を発する一点――遠坂曰く、つい一昨日まで基点がおかれていた地点――で足を止め、何もないコンクリートをローファーの足裏でなぞった。
「学校を拠点にするのを止めた……となれば、御三家の利点を活かして間桐の家に篭るつもりかもしれない。ただそもそもあの家は霊脈が血筋にあわないせいで零落した家系だから、引き篭っている分には脅威にはならないわね。いつかは引きずり出さなきゃいけないけど」
「となると、やっぱり先に対処すべきなのはキャスターか」
「ええ。葛木が本当にキャスターのマスターだとすると、 セイバーが学校に来ているのを確認した以上柳洞寺から外に出てくるのはこれが最後って可能性が高いわ。できればここで叩いておきたい……」
 視線を屋上の床に落としたままの遠坂の呟きを拾って眉をしかめる。
「ちょっと待った。そもそも葛木がマスターだって決まった訳でもないし、暗示とかで操られているだけの可能性もあるんだろ? 俺は戦いに勝つために遠坂と手を組んだわけじゃない、手荒な真似には賛同できないぞ」
「私だっていきなり襲い掛かろうってんじゃないわ。ガンドを一発お見舞いして、大人しく食らうようなら一般人、避けたりキャスターが出張ってきたりするようなら魔術師。もしハズレでもちょっとした風邪を引くくらいよ」
 遠坂は立てた人差し指を揺らしながら説明する。ガンドとは、北欧に通じる指差しの呪いだ。おまじないに近いかもしれない。遠坂の言う通り指差した相手が少し風邪っぽくなる程度の効果しかない初歩の魔術である。
「……それくらいなら、まあ」
 学校の教師が新都のガス漏れ事件の犯人とは思いたくないが、状況から怪しいのも確かだ。白黒はっきりつけられるなら早めに判別しておきたいところではある。渋々納得を見せると、「じゃあ決まりね」と遠坂が早口に続けた。
「さっき言った通り、本当にキャスターのマスターだとしたら外に出てきている今は最初で最後のチャンス。くそ真面目な葛木は今日もまだ学校で業務を片付けているみたいだし、あの調子じゃあいつも通り下校時間まで残るつもりでしょう。待ち伏せの準備をする時間は十分あるわ。士郎は強化ならできるみたいだし、警察に引っ掛からないような武器を調達して欲しいところだけど――」
 説明しながら歩き回っていた遠坂が、そこで一度言葉も足を止めて何もない中空を見上げて続けた。
「あなた、アーチャーのくせに剣を持っていたわよね。それ、士郎に貸してあげたら?」
「……拒否権があるのなら断固として認めないが」
 声は実体化より先に届いた。切った言葉の終わり頃、霊体化していたアーチャーが姿を現す。
「どうせ反対したところで同じだろう。戦略的には納得せんでもない」
 渋々といった様子を隠しもせず、相変わらずまともにこちらを見もしないで遠坂にだけ返事をする。
「ふうん、案外素直なんだ。よかったわね、士郎。これで銃刀法違反を気にせず戦えるわよ」
「よかったって言われても……」
 返答に困る。こいつの持つ剣といえば、最初の夜に持っていたあの白黒の中華剣だろうか。あれは傍から見ていてもよく鍛えられたいい剣だった。あれを使えるなら嬉しいし心強いが――。
「いいのか、本当に」
 英霊として召されてもなお共にある武器というのは、その英霊にとってまさに半身とも言うべき相棒だろう。アーチャーというクラスからして彼の本当の武器は他にあるのかも知れないが、それにしても戦略や効率だけを代償に貸し与えるものではないように思う。
「わざわざ心変わりさせたいのか? 今の私が持ったところで本来の役目は果たせまい。弓兵として動くならばあれ以外にもいくつか手札は有している」
 素っ気なく言われる。言い方にややトゲはあるが内容は概ね素直だった。
 アーチャーはこう言うが、あの剣の扱いは習熟されておりこいつが生前の多くをあの双剣と過ごしてきたことは窺い知れた。そんな簡単に手放すようなものじゃないだろ、と文句をつけたくもあったが、借りる側の俺が口を挟むのは明らかに筋違いだ。言いたいことを飲み込んで了承する。
「決まりね。それじゃあ、段取りを決めましょうか。相手はキャスターな以上当然魔術戦を仕掛けてくるだろうから、基本的には対魔力スキルを持つ三騎士クラスが有利なの。とはいえアーチャーはあまり対魔力が強くないみたいだから、本人が言うように遠距離からの援護に徹してもらった方が――」
 即断即決、遠坂がどんどん話を進めていく。それ自体は別に構わないのだが、聞きなれない言葉に首を傾げた。対魔力だのスキルだの、一体何の話なのか。
「何の話もなにも、そのままよ。捉え方は人それぞれだけど、魔力とか、耐久力だとか――サーヴァントにはそれぞれ能力値というか、ステータスみたいなのがあるでしょう? セイバーやアーチャーのクラスはクラススキルとして対魔力が与えられるっていう話で」
「……ステータス? クラススキル?」
 今まで受けた遠坂講座の記憶をひっくり返してみるが、そんな内容のレクチャーはなかったような気がする。そういえばスキルがどうとか話には上っていたような覚えがあるが……。
傾げた首の角度が益々深まる俺を見て、遠坂は嫌そうに顔を顰めた。
「…………。まさか、そこのあたりもご存知ない?」
「……悪いけど、そうみたいだ」
 絶対呆れられるか怒られるかするとわかっていたが頷いた。案の定遠坂が深海よりも深い溜息をつく。
「うっかりしてたわ、基本の基本すぎて説明するのを忘れてた……」
 頭が痛むと言わんばかりに米神を解して呟いた遠坂は、キッと顔を上げると俺に人差し指をつきつけて、
「時間はないけど大事なことだから手短に説明するわ。一回きりだから、心して聞きなさい」
 向けられた只の指が拳銃の銃口のようなプレッシャーを放っている。俺はせめて従順に頷くことしかできなかった。

「なるほど、大体のところはわかった」
 即席青空教室聖杯戦争編の教師と化した遠坂がノンブレスで畳みかけてきた情報を脳内で必死に仕分けしながら返事をする。両の腰に手を置いた遠坂は、当然でしょ、と言わんばかりに鼻を鳴らした。
「わかればよろしい。それからこれは、私からのオマケね。目を閉じて」
 言うが早いか足を進めて近づいてくる。どんな折檻を受けるのかと身を強張らせたが遠坂に容赦の二文字はなかった。チラリと視線を巡らせたがセイバーはフェンスのあたり、アーチャーは屋上の入り口あたりの壁に目を閉じたまま背を預けており口を挟む気はさらさらなさそうだ。
「目を閉じなさいってば。何も取って食いやしないわ」
 手を伸ばせば届く距離まで詰めた遠坂は呆れた様子だ。確かにここまで親切にしてもらっておいて過剰反応だと申し訳なく思うのだが、彼女の苛烈な性格を知った今となっては痛みや衝撃に身構えるくらいは許してもらいたい。
 とにかく俺に拒否権はないぞと言い聞かせ大人しく目を塞ぐと、経たずして温かな感触が額に触れた。なんだ? と思うのとほとんど同時に、脳裏に何やら映像のようなものが思い浮かぶ。
「うわ」
 映像というか、文字情報というか……とにかくそれはこのように読めた。

 CLASS:アーチャー
 マスター:衛宮士郎
 真名:
 性別:男性
 身長・体重:187cm 78kg
 属性:中立・中庸
 筋力D 耐久E 敏捷D 魔力D 幸運E 宝具??
 クラス別能力 対魔力:D 単独行動:B

 ――――えーっと。
「その様子だと何か見えたかしら」
 声と共に額から熱が離れていく。目を開けていいものと判断して瞼を上げると、こちらを観察している遠坂と目が合った。
「なんか、妙な……ゲーム画面みたいなのが見えたけど。なんだったんだ、今の?」
「ゲーム画面? そう、士郎にはそういう風に見えるのね。今のがサーヴァントの能力値。わかりやすいでしょう?」
 確かにわかりやすいが、評価対象がいないのでどういう風に判断すればいいのかわからない。何かわかるかとアーチャー以外では最も身近なサーヴァントであるセイバーに目をやって、似たようなステータス画面が脳裏に浮かんで閉口した。ほとんどA以上、低くてもBという値のオンパレードで、見るからに圧倒的な性能を誇るのが伝わってくる。そんな俺の様子に気づいたのか、遠坂が得意げな顔で胸を張った。
「私たちと同盟を組んでいる自分の幸運がこれで少しはわかった? セイバークラスは過去四回の聖杯戦争でも必ず最後まで残った最優のクラスだし、私のセイバーはその中でも最高に近い知名度を誇る破格のサーヴァントなの。ま、もちろんマスターの力量もあるんだけど」
 最後の一言が俺の力量のなさを揶揄してのものだというのは流石にわかる。しかし現状を見るに返す言葉もないのだろう。アーチャーの真名も知名度の程も知らないが、俺がマスターでなければもう少しまともな能力値まで立て直るのだと思う。
 なんとはなしに話の渦中の一人でもあるアーチャーに目を戻すと、会話を聞いていたのか見事に視線がかち合った。珍しく俺への嫌悪も何もない普通の面差しだったのだが、一度の瞬きの後不快そうに顔を歪めてフイと首が背けられる。
「確かにサーヴァントとして現界している私がほとんど本来のままの能力を発揮できているのは凛の力によるところが大きい。しかし凛、わかっているとは思いますが、戦闘となればステータスが全てではありません。ステータスで勝敗が決するのなら、そもそも戦いあう意味もありませんから」
 と、俺達のやりとりを知ってか知らずか、フェンスの傍にいたセイバーが割って入った。アーチャーをフォローし俺を励ますつもりもあっただろうが、半ばはマスターである遠坂への忠言といった様子だ。腕を組んだアーチャーに視線を向けてセイバーが続ける。
「ここに至るまで自分の手札をほとんど切らず、あれだけの狙撃の腕を持ちながら白兵戦もこなすというのは並大抵のことではありません」
「随分過大な評価だな。切り札を切っていないというより“切らせてもらえない”という方が正しいと思うが、何事もものは言いようだ」
 と、俺への当て擦りも忘れず口を挟んだアーチャーに、挟まれたセイバーはむっと顔を険しくした。
「私は過大評価も過小評価もしていない。むしろあなたのほうこそ過小評価の気があるのではないですか、アーチャー。仮にもあなた方は我がマスターが選んだ同盟相手なのだから、正当な自信は持ってもらわねば困ります」
 心外だと言わんばかりの口調だ。言い分もお世辞でもなんでもなく本心だろう。それを名指しで受けとったアーチャーは、嫌味にばかりよく回る口を閉ざして押し黙った。寄せられた眉根にはいつもより険がなく、困っているようにも見える。
 アーチャーの気持ちが少しわからないでもなかった。冗談や誤魔化しを許さないほど真っ直ぐ向けられる賛美というのは据わりが悪いものがあるし、それが清廉な騎士であるセイバーから贈られるというのは余計に面映いだろう。
 黙り込んだアーチャーに倣って場にもしばしの沈黙が落ちたが、
「……考慮はしよう。それで、時間もそうあるまい。結局どうするつもりだ?」
 と言うアーチャーによって強引に話が戻された。悠長に会話をするほどの時間がないのは事実であるからか、わざとらしい軌道修正だったが特に言及せず遠坂が答える。
「さっき話した通りね。セイバーが主戦でアーチャーが援護。ベストはセイバーがキャスターを抑えている間に私と士郎でマスターを無力化する、ってとこかしら。士郎はそれでいい?」
「ああ、大丈夫だ」
 頷いて返す。サーヴァント二人にも目をやるが、特に異論はないようだった。

Comments

There is no comment yet
Potentially sensitive contents will not be featured in the list.
© pixiv
Popular illust tags
Popular novel tags