#04 協定
遠坂凛がセイバーを、衛宮士郎がアーチャーを召喚することからはじまる第五次聖杯戦争ifストーリー五話目。腐向け。
版権元:Fate/stay night
注意(シリーズ共通):
腐向け(士弓)、ねつ造、設定改変、独自設定、重大なネタバレ、原作程度の暴力表現・流血表現
ダイジェスト気味に場面が飛びますのでご注意ください。
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協定
ことごとくが炎に巻かれて煙を上げる。
木々も建物もプラスチックも人も一緒くたに燃える臭いはきっととても不快なのだろうが、熱された空気を吸って鼻腔の細胞が死んだからか特に何も感じないのは幸いだった。
呼吸の度に気管や肺が焼き付いていき、死ぬほど痛い目に遭いながらなんとかする息も、うまく吸い込まれず苦しくなる一方だ。
耳を塞いでただ足を進める。特に行先はなかったが、立ち止まってはいられなかった。焼け落ちる家を背に、最初に誰かを見捨てて歩き出した時から、俺は多分自分のために死ぬのは許されなくなったのだ。
虫の息よりもか細いはずの助けを求める声が、不思議と掌をすり抜けて耳に届く。それに一々答えていられなかったが、かと言って謝ることもできず、ひたすら無言で歯を食いしばった。一度見捨てたのだからせめて生きなければならないし、生きるためには幾度も切り捨てねばならない。今聞こえた子供の声はもしかしたら俺の知った人のものかも知れなかったが、いずれも平等に捨て置いて、前へ。
きっと理由なんてなかった。何かを殺しても生きている以上は生きねばならないという使命だけが、燃え尽きないままに残されていた。
*
ぎくりと変に体が硬直したのに目が覚める。呼吸が止まっていたことに気が付いて一息つくと、遅れて心臓が脈動を強くした。
流石に少し気分が重く布団の中で振り払うようにしばし唸る。二日連続であの夢を見るとは幸先が悪い。あの日の光景は前回の聖杯戦争によるものだと言うことだが、そんな話を聞いたからまたこんな夢を見たのだろうか? この調子で毎日続かれては気が滅入るので今日で打ち止めにしてほしいものだ。
布団の中で一度伸びをしてから起き上がる。昨夜布団に入ったのが何時だったがきちんと確認してはいなかったが、深夜というより早朝に近い時間だったはずだ。ぐっすり寝られた感覚はないが、数時間も寝れば朝になる。さて今は何時だろうと時計を見れば、珍しくと言うべきか案の定と言うべき、すでに七時を回っていた。普段なら寝坊と言える時間だ。
が、幸い今日は日曜日だ。正直やるべきことは山ほどある気がするが、一先ず朝は慌てなくていい。とりあえず冷たい水で顔でも洗おうと、廊下に続く戸に手をかけた。
――イリヤスフィールとの戦闘の後。
結局そのまま遠坂と連れ立って深山に戻り、途中で別れて家に帰った。流石に鍛錬する気は起きずシャワーを浴びたりしてからはさっさと寝たが、アーチャーは墓地で姿を消してからずっと現れない。サーヴァント同士はお互いの存在を感じ取れるということで、別れるまでは着いてきていることをセイバーが保証してくれていた。が、俺一人になるとあいつが近くにいるのかどうかすらさっぱりわからない。
家事をこなしながら恥を忍んでこっそり名前を呼んでみたりもしたのだが、応答はなかった。……問題は、やつが俺の呼びかけに素直に応じるとは思えない点であるが。
遠坂にも言われたし一度ちゃんと腰を据えて話をしたいのだが、ままならないものだ。洗い終わった洗濯物のシワをのばして干していきながらもついつい溜息が漏れる。昨日と違って天気はいいし洗濯日和なのだが気は重い。
「…………?」
と、あらかた干し終わってはためく衣類を達成感と共に眺めていると、違和感を覚えた。間違い探しをしているような、漠然とした些細な違和感だ。しかし辺りを見渡してみてもいつも通りの中庭で特に変わったところはない。
しばし首を捻って考えてみるが自分でも説明できないくらいの感覚なので悩んだところでわかりそうにない。わからないのならばきっと大したことはないのだろうと、洗濯カゴを拾い上げてきびすを返すと、ちょうど電話の呼び出し音が聞こえた。
電話は廊下にあって、中庭からだとやや距離がある。慌てて縁側から母屋に戻り、受話器の元へ駆け寄った。
*
裏で魔術師同士の戦争が始まっていようが、大多数の冬木市民にとっては関係のない話だ。
その証拠のように、我らが冬木の虎の旺盛な食欲も人を電話一本で呼び付ける遠慮のなさも全く陰りなくいつもの通りである。
「まあ、昨日の夕飯が残ってたから別にいいけど」
なんやかんやで結局食べ損ねた昨夜の夕飯に一手間加えておかずとした。残ってしまいかねなかったので正直言って助かったのが本音のところだ。藤ねえが調子に乗りかねないので本人には教えてやらないけども。
重箱片手に学校までの坂道をのんびりと歩く。この調子なら昼前には着くだろう。虎を飢えさせては死人――は出ないが弓道どころではなくなるのは間違いない。割と責任重大なのだ。
「……衛宮?」
首筋を撫でる空気の冷たさにマフラーの位置を調整していると、後ろから聞き覚えのある声がかかった。マフラーにかけた手もそのままで振り返る。予想通りの藍色の髪が目に入った。
「慎二か。おはよう――にはちょっと遅いな」
「別に挨拶とかどうでもいいけど。何? 制服着てこの方向ってことは学校にでも行くわけ?」
「ああ、ちょっと」
そこで少々言い淀む。もう部員でもないやつが弓道場に用があると言ってはまた慎二の機嫌が悪くなるかと思ったからだ。しかし進行方向を見るに慎二も学校に行くらしい。隠しても特に意味はないだろう。
結局片手の重箱を掲げ持って「藤村先生に届け物」と答えると、横に並んだ慎二は嫌そうな顔を隠しもせず、
「あっきれた。それでわざわざ休日に愛妻弁当持って駆けつけるとか、よっぽど暇なんだな」
「うーん、今は特に部活もないし、昼間はバイトも入れてないからなあ。というか、慎二こそ何してるんだ? 部活の時間だろ、今」
「フン、僕は誰かさんと違って忙しいから、部活なんて馴れ合いしてる場合じゃないんだよね」
機嫌悪そうに――つまり大体いつも通りの様子でスタスタと歩みを早める慎二に、ここで別れるのも変かとこちらも足を速くした。
で、予定より早くたどり着いた正門前。
「お前、それ届けたら今日はさっさと帰れよな。うろちょろされると目障りなんだよ」
正しく捨て台詞といった感じで告げると、慎二は俺の返事も待たずに門を越えて裏の林の方へ歩き出した。俺もあまり人のことは言えないが、休みの日にあんな何もないところに一体なんの用があるのだろう。
尋ねたところで恐らく返答は得られないので、とりあえず背中に向けて声を張った。
「慎二こそ、早く帰れよ! 最近何かと物騒だから!」
案の定返事はなかったが、一瞬足が止まったので聞こえてはいるだろう。
それだけわかれば十分と、俺も当初の目的を達成するために弓道場に向かうことにした。
*
で、配達ミッションコンプリート、あとは家に帰るだけという状態の正門前。
「衛宮くん……?」
ちょうど敷地外へ一歩踏み出したあたりでまたもや知った声に呼び止められた。日曜だっていうのに案外学校に集まるもんだと校内を振り返ると、案の定制服姿の遠坂がいた。昨日ぶりだ。
「よお。昨日はいろいろありがとな、遠坂」
とりあえず無難に片手を挙げて挨拶をしておく。遠坂はなんていうか、形容しがたい顔をしていた。何か言おうとしているのか口が開閉しているが何の言葉も出てこない。ただ無言のままバッと音が立つ勢いで斜めやや後ろに立つ少女に向けて振り返った。
少女の方も見覚えがある。鎧こそ脱いで白いブラウスと青いスカートという一般的な服装にチェンジしているが、間違いなくセイバーその人だった。遠坂に振り返られたセイバーは何やら神妙な顔で首を左右に振って答えている。
謎のアイコンタクトだ。俺からするとさっぱりわからない。
「えーっと、奇遇だな。セイバーを連れて学校案内かなんかか?」
気のせいでなければ遠坂の背中はわなわなと震えており、勘違いでなければ爆発寸前五秒前と言った様子である。わけがわからないながらもこれは話を逸らした方がいいと直感してコンマの判断で実行に移したのだが――。
「ええそう、奇遇よねえ。ところで衛宮くんは、今お一人?」
全然話を逸らせてない。
俺の問いには答えず質問を被せてきた遠坂がどんな表情をしているのか、後ろを向かれているのでわからない。しかし押し殺したような声からは不穏な気配しかしなかった。ものすごく返事をしたくないが、しなかったらしなかったで多分すごい目に遭わされる気がする。正直に答えたところで無事に帰れるのかと言われたらそうでもないのだが……とりあえずあるがまま答えるしかない。
「一人だけど」
「……昨夜何度も殺されそうになってたと思うんだけど、これって私の気のせいかしら」
「いや、そうだけどさ。今はまだ明るいし、なによりアーチャーが見当たらないんだよな。一応家を出る前声かけてはみたんだけど、やっぱ付いてきてないか」
もしやそうじゃあないかとは思っていたが、話の流れから察するに予想通りいなくなっていたらしい。どこをほっつき歩いているんだか。
やれやれと溜息なんぞ吐いていると、ふいにセイバーが大きく一歩分後退した。外洋に似た色合いの瞳はしばらく俺には見えない遠坂の顔に向けられていたが、ふとその視線が逸れてこちらに移される。バチリと音が立ちそうなほど真正面から目が合って、思わず数度瞬きをした。すごく見られている。
はて、俺は何かしただろうかと首を傾げると、それとほとんど同時にセイバーはやたら真摯な顔つきのまま小さく会釈のようなことをした。瞑目までしているので、挨拶というより『お祈り申し上げます』といった感じだが――。
「こンの……」
地獄の底から響くようなドスの効いた声がした。
俺の視界には遠坂とセイバーしか映っていないので、一体どこの誰がこんなヤクザものみたいな声を出しているんだと一瞬本気で疑問に思うくらい、女性にあるまじき低さの声だ。
そういうわけなので、怒りに震える遠坂に気づくのが遅れた。呑気に首を傾げたりなんかしている俺が、勢いよく振り返った遠坂のピンと伸ばされこちらを指す指先に「なんかやばい」と思ったころにはもう手遅れで、
「大ばか者がぁーっ!」
額に銃弾ばりの衝撃。気を抜いていたため踏ん張ることもできず、俺は押されるがまま頭から勢いよくぶっ倒れたのであった。
「し、信じられない……。鳥頭ってレベルじゃないわよ、昨日の今日じゃない! 死んでも治らない馬鹿なんて救いようがないわ……! しかもこの言い草、自分のサーヴァントとはぐれたってわけ!? 開始二日目で!? あんた下手したらアーチャーを呼び戻すためだけに令呪使う羽目になりかねないのよ、そのあたりわかってるの!?」
「凛、多分聞こえていません」
なんか世界が全体的にふわっとしている。ガミガミと声が降ってきているが、家の中で聞く雨音に似て膜を張ったように遠くで聞こえる。
「……起きなさい、へっぽこ!」
と、先ほど衝撃を受けた額をまた叩かれて脳が揺れる。思わず呻きが漏れたが、逆に自分がまだ死んでいないことを実感して安堵した。額に手をやるが穴は開いていないし、首から上がすっ飛んでいったりもしていない。
「何よ、情けないわね。ちゃんと手加減したんだからいつまでも寝っ転がってないでしゃきんとしなさい」
「……いてて。なんなんだよ、急に。めちゃくちゃ痛かったぞ今の」
「サーヴァントを連れずにホイホイと外に出て他のマスターを前にしてもヘラヘラしてるど素人のダメマスターに対してとは思えない寛大な処置に我ながら涙が出るくらいよ。殺されてないだけむしろ感謝しなさい」
お、横暴だ。
「ああ、もう。頭痛いわ。やっぱり早まったかしら……。今からでも遅くは……。暗示使えばなんとでも……」
言われるがまま大人しく立ち上がった俺を置いて、苦々しくこめかみに手をやった遠坂はブツブツと考え事をしているようだ。どうでもいいが頭が痛いのは俺のセリフだと思う。
「どうするのですか、凛。私はどちらでも構いませんが」
「…………。いえ、乗り掛かった舟よ。大体最初に先行投資を済ませちゃったんだもの、キリキリ働かせて元をとらなきゃ大赤字だわ」
「何の話だ?」
「こっちの話。とりあえずまずはあなたの家に行くわ。案内して」
「…………んん?」
今、何かおかしなことを聞いたような気が。
「元々今から向かおうとは思ってたんだけどね。ここで会ったのも前向きに捉えれば何かの縁でしょう」
「待て待て待て、さっきから全然話についていけない。遠坂たちがなんで俺の家に来るなんてことになってるんだ」
「話したいことがあるからよ。ゆっくりと腰を落ち着けてね。言っておくけど、わざわざ私の方から出向いてあげるってかなり破格の条件なんだから、気が変わらないうちにさっさと案内した方が身のためよ」
「いや、別に来てもらう分には構わないけどさ……。あんまり急すぎて理解が追いつかないというか――ああ、いや。何の文句もないです。案内する、案内するって!」
まだ痛みのある額を撫でながら呟いていたが、無言のままの遠坂の指先に魔力が籠められていくのに慌てて白旗を揚げた。あんなもの何度も食らっていては脳細胞が死滅してしまう。
「フン。まったく、無駄な時間と魔力を使ったわ」
肩の前に落ちた見事な黒髪をかき上げながら遠坂が言う。
――遠坂って、こんなやつだったんだな、と。昨夜散々思い知ったことだったが、改めて気が遠くなった。
*
「あら。なんだ、こういう魔術は使えるんだ。一夜にして元通りじゃない、ちょっと見直したかも」
家までの道のりまでならず何故か家の中の案内まで要求してきた遠坂に逆らわず大人しく説明に徹していると、縁側に差し掛かったあたりで感心したような声が上がった。なんのことかわからず先導していた足を止めて振り返る。遠坂は腰に両手を置いて縁側から身を乗り出すようにして中庭を見分していた。更に後ろのセイバーも、遠坂の言を受けて同じように中庭を覗き込もうとしている。
首を傾げながら二人の少女に倣って中庭に視線を移してみたが、特に変わり映えのないいつも通りの光景が広がるばかりだ。洗濯物は干したままなので後で回収せねばならないが、これは今は関係あるまい。
「魔術とか元通りとか、何の話だ?」
「……ふうん。一丁前に手の内は明かしたくないってこと? 状況はともあれセイバーが半壊させたんだし、直すのちょっとは手伝ってあげようと思ってたんだけど」
「セイバーが? 半壊? 一体なんの――」
ふと。
そう言えば俺も今朝、中庭を見た時違和感を覚えたことを思い出した。何度見てもいつも通りであるのに、不思議と何かおかしい気がしてならなかったのだ。そこに遠坂が発したいくつかのワードが追加され、今更過ぎる閃きが訪れた。
「――あ、土蔵!」
そういえばそうだ、我が工房……と言えるようなものではないが、とにかく第二の私室とでも言うべき愛しの土蔵は昨夜アーチャーと戦ったセイバーの一振りで半壊の憂き目に遭っていたはずである。
正直昨日はそれどころでなく、あの後のイリヤスフィールの一件もあり壊れたことすらすっかり忘れていた。
「……なに、その今まさに思い出しましたみたいな反応は」
「いや、まさしく今まさに思い出したんだけど。でもおかしいな、なんで直ってるんだ?」
怒りを通り越したのか呆れ果てた目でこちらを見てくる遠坂の視線が痛い。
「はあ。もうなんだっていいわ。直ってるし」
遠坂は疲れた溜息と共に考えを放棄したようだ。
俺はまだ首を捻って考えたかったのだが、案内を再開するように急かされて仕方なく原因究明を一先ず置いておくことにした。
俺はそもそも壊れたという事実すら忘れていたが、思い返すに朝目覚めて初めに目にした時にはすでに土蔵は修復されていた。この間わずか数時間の出来事だ。普通の人間が音も気配もなくこなせる作業ではない。彼女の言う通り魔術でも使われたのかもしれないが、わざわざ家の修理を人知れずしてくれるような魔術師の知り合いなんて当然ながら存在しない。あえて探すなら遠坂だが、様子を見るに彼女がしたのではないのは明らかだろう。
あるいはあと一人、昨夜この家で俺に気づかれず作業ができそうな男が頭を過ぎったが――。
(いや、まさかな)
それこそやつにはそんな親切をする理由がない。
馬鹿なことを考えたと振り払って、今は遠坂の要望に応えるのに専念することにした。
*
値踏みされている気配を感じながら案内を終えて、居間に舞い戻り一服。
「煎茶もたまには悪くないわね」と言いつつ煎餅を齧る遠坂たちと俺で、昨夜と同じような形で卓を囲んでいる。
「……で、結局なんだったんだよ。何がしたいのかさっぱりわからないぞ」
自分で淹れた茶に口を付けつつ問い質してみる。いい加減説明があってしかるべき状況だと思うのだが、肝心の遠坂は素知らぬ顔でいる。流石に少しムッとした。
「おい、遠坂」
「……うーん。来ないわね。どう? セイバー」
「私はそこまで索敵能力には長けていませんので。わかる範囲では、まだですね」
「そっか。どうしようかしらね、正直この展開は想定外だったわ」
また俺を見て溜息を吐く。何だって言うんだ。
「あなた、本当に嫌われてるのね」
「誰にさ」
「アーチャーに」
思いもよらない名前が出て言葉に詰まった。
「……そりゃあ、好かれてはないと思うけど。今あいつが関係あるのかよ」
「もちろんあるわよ。これから手を組みましょうって話をしようとしているんだから、サーヴァントがいないんじゃお話にならないわ」
「手を組むだって? 俺と、遠坂がってことか?」
さらっと切り出された提案に目を見開く。散々へっぽこ呼ばわりしてくる通り、俺と遠坂では力量差がある。最近知った遠坂の強気な性格も鑑みると意外な申し出だった。
「他に誰がいるってのよ、馬鹿士郎」
「馬鹿ってお前なあ……。いや、遠坂と戦いたくないし手を組もうって申し出は願ったりだけどさ。だけど昨日は『これからは敵同士だ』みたいなこと言ってたじゃないか。それなのになんで急に気が変わったんだ?」
「急ってわけじゃないんだけどね……。ほら、あんたたちにはあのわけわかんない令呪があるでしょ。殺すなってやつ。よく考えたらあの令呪が有効な限りむしろ手を組まない理由がないのよね。私とあなたが最後の二組に残れば勝利確定ってなるわけだし」
軽んじられている感じがして感情としての不満はあるが、俺は別に聖杯とやらが欲しくて戦うと決めたわけじゃない。遠坂の言う通りに最後の二組になったなら多分彼女に勝利を譲るのだろうから、勝利確定というのも間違いではなかった。
「なるほど、そういう話なら確かにアーチャーがいないと意味ないな」
「そういうこと。当然、アーチャーが戻らなければこの話はなかったことにして、あんたをさっさと教会に引き渡して終わりにするから。とりあえず戦争の本番とも言える夜までを期限としましょうか」
あのランサーしかりバーサーカーしかり、襲撃があったのはどちらも夜になってからだった。人目につかないという魔術の大原則を思えば魔術儀式である聖杯戦争が夜に動くのも当然だろう。とすれば日が落ちてからもマスターの元へ帰らないとなればいよいよアーチャーが俺を見限ったという証にもなる。
「とは言っても夜まで待つのも暇なわけだけど……。アーチャーを探しがてら、買い出しにでも行くとしますか」
小気味よく宣言して、遠坂が立ちあがる。
「……買い出し?」
「そ、夕飯の。サーヴァントがいない間の護衛までしてあげてるんだから、それくらい期待してもいいでしょ?」
ニッコリと完璧な微笑みを添えて言う。
この笑顔に逆らうとろくな目に遭わないし大体において意味がないことを、俺もいい加減学習してきていた。
*
とりあえず買い出しも調理も恙なく進んでいた。普段の倍近い量を作っているが、たまに遠坂が手伝ってくれているので特に問題はない。いや、アーチャーの姿を結局見つけられてないのは問題なんだけども。
初めは物珍しそうに屋敷を見て回っていたセイバーは、今は居間に座って遠坂の教科書類を読んでいる。暇なのだろうか。
昨夜叫んでいた武器の真名を信じるならば彼女こそがブリテンの英雄、かの有名なアーサー王――であるはずだ。どう見ても年若い少女なのだが、そもそも現代に伝わるアーサー王伝説も創作と史実がごっちゃになったような代物なので、実は少女だったなんてことは驚くほどのことではないのだろう、多分。
しかしそうとわかって見ると、本場ブリテン出身の英霊が時代を越えた極東の地で英語の教科書を読んでいるのはなかなかシュールな光景である。料理をしながら時々見えるセイバーの姿になんとも言えない気持ちを抱いてしまうのも致し方ないことだろう。
状況の奇妙さをあまり深く考えないようにして一口大に切った野菜を一旦ボウルに移している時、不意に座卓で読書に励んでいたセイバーが声を上げた。
「凛」
手伝いを中断して冷蔵庫に貼られたメモ類を物色していた遠坂がすぐに振り返る。
「来た?」
「そのようです。あちらも気づいているはずですが、のんびりとしたものだ」
「信頼されてる……っていうより、護衛する気がないのかしらね。まあでも一応は、日が落ちる前か」
耳に入った会話の意図するところがわからず首を傾げることしばらく。まな板を替えて鳥モモ肉に刃を入れたあたりで彼女らの言わんとすることを察し、その対象が同時に現れた。
「……呆れたな。昨夜の敵同士だという威勢のいい宣言はなんだったのかね」
苦り切った声はセイバーのいる居間の方から聞こえてきた。台所に向かう俺からすると背後にあたる。
一旦包丁を置いて振り返ると、予想通り屋内には不釣り合いな白い厚手の布を纏った長身の男がいた。
「あの時と今じゃ状況が違うわ。それに、あなたにとってはそう悪い話でもないはず。その生意気な態度、改めないと後悔するんじゃないかしら」
「心配痛み入るが、こんなつまらんことで後悔はせんさ。……で、この状況の説明を求めても?」
組んだ腕を苛々と指で叩きながら言う男に全く物怖じせず、遠坂は身を翻して居間の畳に足を踏み入れた。
「聖杯戦争の参加者として――セイバーのマスターとして。正式に要請に来ました。同盟を組みましょう、アーチャー」
シン、と。
申し出のきり、沈黙が落ちる。アーチャーが返答しないが故の無音だったが、遠坂は急かさず見上げる高さの男を真っ向から睨み上げて待っていた。
「……自分から泥船に乗り込む酔狂さはとても理解できんが、そもそもサーヴァントである私に言ったところで意味はあるまい」
「士郎のことを言ってるのなら、確かにあなたが出歩いている間に話はしてあるけど……案外あなたが本気で拒否すれば言い分を通してくれそうなマスターだと思うけどね。それで、誤魔化していないで返事をどうぞ」
どうぞ、と促されたアーチャーは、何度かそうしてきたようにフイと首を逸らした。誰もいない、廊下へ通じる障子の方だ。
「同盟、というのは力量を同じくする者同士で結ぶものだと認識していたがね。今の私とセイバーでは戦いにならない。君の方こそこんな回りくどい真似をせずとも、手っ取り早くことを進めて――」
「アーチャー」
アーチャーのセリフが半端に途絶える。静かな、しかしはっきりとした少女の声がその名を呼んだからだった。
背けていた首を戻して、アーチャーが怪訝そうに眉を寄せる。その訝しげな視線をものともせず、いつの間にか教科書を脇に寄せていたセイバーが掌で自身の向かいの座布団を指して続けた。
「座ってください」
突然の申し出に眉間の皺を深くする男にも、手を伸べたまま「座ってください」と繰り返すのみのセイバーに、アーチャーは諦めたように一息吐いて乞われた通りの位置に腰を下ろした。それを見届けたセイバーは手を差し戻し、綺麗に正した姿勢のままアーチャーを見据えて言う。
「私は――我が名は、アーサー・ペンドラゴン。今はセイバーとして現界を果たしていますが、本来はブリテンという国を守護する王でもあります。そこでの私は我が騎士たちと円なる卓を囲み、上下の別なき同胞として、彼らを『円卓の騎士』と呼び表しました。……残念ながらここは、円卓ではありませんが。それでもあなたの弓兵としての力量は本物であり、であるならば我々は対等だ」
俺からはセイバーの真摯な横顔が見える。その眼差しを受ける男の横顔は、騎士王の申し出に僅かたじろいだように見えた。
「あなたからすれば確かに理不尽な面もあるでしょうが、私はこれを恐喝とはしたくない。どうだ、アーチャー。貴公から見て、我々では同盟相手とするには不足か?」
王の風格に相応しい堂々たる言い様に、一度視線を逸らしかけたアーチャーは思いなおしたのかすぐに向き直る。
ふと気になって左前方にいる遠坂を横目で見やると、茶化すでもなくサーヴァント二人のやり取りを見守っていた。それに倣って俺も視線を戻すと、ちょうどアーチャーが口を開いたところだった。
「何が君たちをそこまでさせるのか知らんが。そこの足手まといを抱えて後悔しない自信があるなら好きにすればいい」
顎だけでこちらを指して言う。……相変わらず少しは関係を改善しようというやる気に片端から水をかけて回るやつだ。
しかし俺の反論よりもやや身を乗り出したセイバーの方が早かった。
「捻くれた物言いはともかく、これで協定は結ばれたと判じましょう。ええ、後悔などしませんとも。しかしアーチャー、協力関係になったとなれば言わせていただきますが、シロウはあなたが悪し様に言うほどひどいマスターではない。同じサーヴァントとしてあなたの不満を理解しないでもないですが、そもそもはあなたの行動から出た錆ではありませんか。その態度、もう少し改めることはできないのですか」
「はっ、何を言い出すかと思えば。君が聖杯戦争にどんな期待をかけようと私の知ったところではないが、元来マスターとサーヴァントを繋ぐのは利害の一致と令呪という二点しかない。そこに信頼だのなんだのと綺麗ごとを持ち込む君の勝手に巻き込まれるのは迷惑だ」
「……ですから、そういうところがですね!」
セイバーが荒々しく両手で座卓を叩く。対するアーチャーは何食わぬ顔で鼻を鳴らし、セイバーの怒りを煽るようなことばかり言う。
直前に結ばれたばかりの同盟を思えばあれもただの言い争いで終わるはずだが、身を乗り出しくってかかるセイバーなんかは剣を佩いていれば抜いていたのではないかという剣幕である。止めなくていいのかと台所と居間の境あたりに立つ遠坂に目をやると、彼女はまさにこちらに振り返ったところだった。
視線がはっきりと噛みあい、水色の瞳がそのまま細められる。
「それじゃあ、無事同盟成立ということで。これからよろしくね、士郎」
裏表も含みもない、純粋な笑顔だった。真正面から向けられたそれに数度目を瞬かせて、しかしすぐにこちらも口元を和らげて返す。
「ああ。よろしく、遠坂」
冬の短い日が落ちる、三十分前のことであった。
Comments
- 愛戀January 14, 2016