#03 大英雄と黄金剣
遠坂凛がセイバーを、衛宮士郎がアーチャーを召喚することからはじまる第五次聖杯戦争ifストーリー四話目。腐向け。
版権元:Fate/stay night
注意(シリーズ共通):
腐向け(士弓)、ねつ造、設定改変、独自設定、重大なネタバレ、原作程度の暴力表現・流血表現
ダイジェスト気味に場面が飛びますのでご注意ください。
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大英雄と黄金剣
もはや災害じみた狂戦士の突撃を押し止めたのはセイバーだった。巨岩をそのまま削り取ったような、叩き潰すためだけに作られたであろう巨大な武器はそれだけでセイバーの体躯に匹敵している。普通に考えれば拮抗に至るまでもなく消し飛ばされて終わりなのだろうが、信じがたいことに劣勢ながらも少女は倍近いバーサーカーの剣を受けていた。
耳障りな音が断続的に聞こえるのは、受けるセイバーの透明な剣が危なげに震えているためだった。受け止めたとしてやはりあまりにも無理がある。
「馬鹿、離れるわよ!」
無意識に前へと足が出たが、夢遊病めいた足取りよりも腕を引っつかんで引っ張る遠坂の力の方が強かった。握りしめる手の力強さにしばらく引かれるがまま戦場に背を向けて走る。だが、それを咎めるように後ろから轟音が響いた。
咄嗟に立ち止まり振り返る。突然の俺の反抗に遠坂の手が外れたが、数歩勢いで進んだ彼女はすぐに振り返ると怒気もあらわに叫んだ。
「衛宮君!」
ここは遠坂が正しい。あんなものを俺がどうこうできる筈がなく、戦闘の余波だけで死にかねないやつがいたところでセイバーにとっても邪魔でしかないだろう。
道路にはクレーターができていた。人一人容易に粉砕せしめる威力が見て取れたが、セイバーはギリギリでそれをいなしたようだった。崩壊した足場に不利を見て体勢を立て直そうとするが、暴風そのもののなぎ払いがそれを許さない。圧倒的な質量差と体格差はそれだけで脅威だったが、それに怯まず攻勢に出ようとするセイバーを阻止するだけの技もある。
「妙なこと考えてるんじゃないでしょうね」
押し殺した声がする。振り向かなくても遠坂が怒りに震えているのは察せられた。
わかっている。俺がここに留まったところで足手まといだ。
同じサーヴァントであるアーチャーの助けがあるならともかく、俺にそれを命ずる権利はないしアーチャーも従わないだろう。令呪を使えば、話は違ってくるのだろうが――。
(馬鹿、何考えてるんだ)
かぶりを振って考えを払う。令呪は三回限り、しかも一画は残さねば裏切りにあうということを鑑みれば実質俺にはあと一度の令呪しかない。それをここで使うのはあまりに無謀だし、何より一夜の内に二度も強制的に従わせるのは流石に自分が許せない。
だが、だとしたらどうするっていうんだ。助けに行くか? ……どうやって?
手を握り締める。歯を食いしばる。そんなことをやったって、なんの役にも立たないのに。セイバーは翻弄されているようにも見えるが、なんとかまともな一撃を食らわずに凌いでいる。しかし冗談みたいな威力の攻撃に何度も鎧ごと跳ね上げられ、何度も華奢な体が宙を舞う。そしてついに――。
「ッ、セイバー!」
たまらずと言った様子で遠坂が声を上げる。石を投げるよりも軽々と、セイバーが振り払いにはじき飛ばされ瞬く間に視界から消えた。
反射的にその姿を追おうと足が出たが、その場に残るバーサーカーに見据えられて止まる。白い髪の少女はその向こうから無言でこちらを見つめていたが、やがてニコリと笑って、
「先にセイバーをやっつけてくるね。お兄ちゃんは、また後で」
言ったイリヤスフィールを素早く肩に乗せ、巨体に見合わぬ素早さでバーサーカーがセイバーを追って地を蹴った。
「……衛宮君。あなたはもう帰って」
消えたサーヴァントの元へ駆け出そうとした遠坂は、最後に振り返って言った。
「あんたがいたところで、何もできない。……変なことは考えないで、真っ直ぐ家に帰るの。それか、今からでも教会に駆け込んで戦争から降りなさい」
口早に言い切り、それきり脇目も振らず走り去る。
陥没した道路だけが不釣り合いに、元通りの静けさが帰ってきた。一人残され、俺はまだ迷っていた。左手を見下ろす。一画が薄れた奇妙な文様が浮かぶ手の甲が映る。
聖杯戦争――未だにその何たるかを俺は知らない。遠坂が言うところ素人だ。参加者の証とも言える令呪だけを有していたって、戦力となるサーヴァントを従えられていないのなら意味がない。
……いや、だから何だと言うんだ。
一呼吸の後に顔を上げて走り出す。サーヴァントがいようがいまいが、マスターだろうがあるまいが、そんなことは関係がないことだった。
*
人払いの結界らしきものを抜けると、途端轟音が頭蓋ごと揺らす。埋葬された死者の眠りを知ったことかと薙ぎ倒すバーサーカーの剛腕を今だセイバーは凌いでいた。遠坂とイリヤスフィールの姿は見えないが、「サーヴァントを倒すよりマスターを狙う方が手っ取り早い」と言った遠坂のことを思えば戦っていると考えるのが普通だろう。英霊同士の戦いの華々しさにかき消されて二人の気配すら感じ取れない。
説明によればサーヴァントは霊体で、つまるところ生きてはいない。その点で言えば生身の人間である遠坂達の方にこそ走るべきである。が、怖じけづいたわけでもなく足が止まった。目にも止まらぬ攻防の最中でも苦しげに歯を食いしばるセイバーの姿を捉えられる。小回りの良さを活かして墓標を足場に変則的な体裁きで立ち回ってはいるものの、押されているようだった。そこまでわかってしまえば、彼女を見て見ぬ振りして走り抜けることなどできない。
それでもすぐに飛び出さなかったのは、一分の勝算も描くことができなかったからだ。身を投げ打っても何も果たせないのならば犬死にだ。最も効率的なタイミングを計る必要があった。バーサーカーはこちらに気づいている様子はない。息を殺して時を待つ。
セイバーが体の小ささを活かし、バーサーカーの振り下ろしの下をくぐるように凄まじいスピードで巨漢の足元へ突撃した。俺の視界では右から左へ身を屈める彼女の姿がはっきりと見えるが、バーサーカーからは自身の持つ斧剣の影に隠れて消えたように感じただろう。セイバーが切っ先を下げて構えていた透明の剣を、そのまま水平になぎ払う。腱を狙った適確な一撃だった。が、片足を切り落とすかと思われた刃は鈍い音を立てたものの呆気なく弾かれる。相手が鎧を着ていてもそれごと吹き飛ばしそうな一閃が剥き出しの肉体を晒す敵に通らない事実に、セイバーが顔に似合わぬ舌打ちをしながら追撃から逃れるために走り抜ける。
十メートルもないだろう。セイバーには当然戦線離脱の意はないようで、背を向けていたバーサーカーを振り返ろうと片足で急制動をかけた。スピードを殺すために少女の右足が勢いよく石張りの地面を削る。その僅かな静止の隙をついたかのように、奥の林から赤い影がはじき飛ばされて戦場のど真ん中に転がり出た。背中からまともに落下して押し漏れたような悲鳴が聞こえる。遠坂だ。
急ブレーキをかけた無理な体勢のままセイバーがギクリと体を強張らせた。俺から見て左にセイバー、右にバーサーカーで遠坂の姿はその間だが――バーサーカーに近すぎる。
「凛!」
呼ばれるまでもなく遠坂は痛みを堪えてすでに立ち上がろうとしていた。その向こうの木々の闇に浮かび上がるように白い少女の姿が見える。分厚いコートは半ばで破れているようだった。小さな唇がポツリと動いて、狂戦士の名を形どる。吠えた巨人が、主人の命に忠実に一直線に地を蹴った。
――その軌道の真っ直ぐさに、俺は少し安堵すらしていた。
敵うとか敵わないとか全て頭からすっ飛んで、俺の体はすでに動き出していたからだ。セイバーの呼びかけよりも早く駆け出していた甲斐もあってか、これなら体当たりで直線上から遠坂を退かすくらいはできるだろう。
あと数歩というところ。嘘みたいにゆっくりと流れる世界の中で踏み出した左脚を、突如として冷たさが襲う。衝撃は驚くほどなかった。その正体を探る間も惜しいと気にせず走ろうと踏み締める左脚は、その膝関節の構造を破壊して居座る一本の矢に邪魔されて体重すら支え切れず崩れ落ちる。
ずっと先んじて動き出してもギリギリなのだ。ここでまごついていては間に合わない。それが意味する結末にゾッと鳥肌が立ったが、意思だけではもはやどうすることも出来ず――バーサーカーの接近に身構えることすら出来ていない遠坂の姿を見たのを最後に、俺はつんのめるように転がり込んだ。
*
地面を手で叩き頭を丸めて背中で転がる。一度の前転で勢いを殺して急いで顔を上げた丁度その時、光の帯が飛来した。
立ち止まり剣で受けたバーサーカーの踵が拮抗の間にわずかに後退するほどの威力の一撃を、うなり声を上げた巨人がかち上げる。そうして第一射は明後日の方向へ飛んでいったが、続いての二矢が弾かれるのは予測通りだと言わんばかりに振り上げられた狂戦士の剣の切っ先を連続で射抜いた。堪らず弾き飛ばされた岩の剣が重い音を立ててバーサーカーの背後の地に突き刺さる。煩わしそうにバーサーカーが叫び声を上げると、その振動がビリビリと肌を打つ。
僅かに三射。それきり砲撃じみた矢が止んだ。バーサーカーはすぐ遠距離の敵を置いて近くのサーヴァントに目標を定め直したようだが、それだけあれば十分な時間だった。
「いいわ、セイバー! やっちゃって!」
バーサーカーから距離を取る遠坂と入れ替わるように前に出たセイバーの背中に声が飛ぶ。それに剣騎兵の名を持つ少女が一つ頷いたように見えたが、彼女を中心に突如巻き起こった突風に反射的に目を閉じる。
石つぶてがいくつも飛んでくる。身を起こしていれば体をもっていかれそうな強風だった。無意識に両腕を上げて顔を庇っていたが、それすらくぐり抜けて突然強烈な光が瞼を焼いた。
前から吹き付けていた風が、今度は逆に吸い込まれるように俺の背を撫でて吹き抜けていく。
(なんだ――?)
風の流れはそのまま力の渦だった。強い光の中、なんとか目を開けて状況を掴もうとする。
光が立ち上っていた。
火を集めたような――いや、それよりも清廉で純粋な質量のない煌めきが、夜空を切り裂いて一本の剣と化している。あまりの光量に夜空にあるはずの星々がかき消されて見える。あるいは星の光を束ねているから、こんなにも綺麗なのかもしれない。
馬鹿みたいな光景だが、それは確かに担い手の存在する剣だった。世界を震動させながらも聖剣が密度を増していく。
星々が集う先、銀の鎧の少女が叫んだ。
「約束された勝利の剣ーッ!」
遠い昔の海の向こう、人々が憧れた理想の王。
その生涯を決定づけた精霊の剣が、真名を呼ばれて歴史に刻まれた輝きを取り戻す。
ついに解放を許された黄金剣が辺り一帯を蹂躙し、白い無音が世界になった。
*
「バーサーカー……!」
雪の夜明けにも似た極度の静寂の中、まず意味を成した音は少女の悲鳴じみた声だった。脱色し尽くされまともに機能しない網膜を瞬きでなんとか宥めすかせ、声の方へと目を向ける。
巨人は、膝を付いていた。岩のような体躯を丸めて唸りに似た吐気を漏らしている。その足元に少女が走り込んでいた。地面は丸ごとえぐられてバーサーカーの背後だけが線を引いたように元の姿で浮かび上がっている。
「冗談でしょ」
思わず漏れたと言った力無い呟きを遠坂が落とした。それを守るように立っているセイバーが黄金に輝く剣を構えなおす。
効いていないわけではあるまい。だが素手で至近距離からセイバーの一撃を受け止めたにしては、四肢の一つも取り落とすことなく健在と言っていい姿を保っていた。
「もう一発――!」
宝剣を受けた衝撃か未だ立ち上がらないバーサーカーに止めを刺そうと地を踏みしめた遠坂が吠える。が、それに対してセイバーは首を振った。
「ダメです、凛。恐らく二度目はない」
やけにきっぱりと言う。俺は知らなかったが、それは彼女の『直感』と呼ばれるスキルが呼んだ事実だった。そのあたりをマスターたる遠坂はよく承知していたのだろう、真剣なセイバーの申し出に攻撃命令を撤回した。
だが、と傍から見ていた俺は思う。――ならばどうやって、この怪物を倒すのか?
「■■■■■■■――ッ!」
膝をつき獣のように四肢を地に置いたまま、バーサーカーが咆哮した。揺らされた空気が臓腑を揺らす。グッと膝を曲げ体重を前にかける。突撃体勢だ。セイバーが左足を引いて待ち受ける姿勢を取った。
白髪の少女が赤い瞳を怒りで揺らめかせ、ぐっと両手を握りしめた。獣を解き放つための主人の一声を発せようと息を吸ったその時、狙いすましたかのように再度矢が飛来した。
マスターを背に守るバーサーカーがそれを鬱陶しげに振り払う。そうして稼いだ僅かな隙を利用して、俺の前に男が降り立った。落下の風圧により白い布が広がったのもすぐおさまる。
「お怒りもごもっともだが、ここは退いた方が得策ではないかね? バーサーカーのマスターよ」
緊迫した中乱入してきたにしては、緊張も気負いもなくいつも通りの――すなわち人を食ったような態度でアーチャーが言う。
イリヤスフィールはセイバーへむき出しにしていた敵意をそのままこちらに向けて睨み付けてきた。主人の意を汲んでバーサーカーも向き直り、いや増したプレッシャーに息を詰めた。
アーチャーは殺人に至り得る敵性行動を禁じられている。それがサーヴァント相手でも適応されることはセイバー相手に実証されていることだ。俺が令呪を撤回しない限り戦えば間違いなくアーチャーが敗北するはずなのだが、そんな事実を毛ほども匂わせない余裕ぶりだった。
「あなたがアーチャー? バーサーカーに傷一つ付けられないくせをして、大きな口を叩いたものね」
「舐めてかかってくれるならありがたい、私でも君の騎士の命を一つは刈り取ることができるだろうさ。なにより今の派手な宝具を見ては、他のサーヴァントも黙っていまい」
イリヤスフィールはハッと口を開き、そのまま何も発さず悔しそうに唇を噛んだ。
最初の彼女ならそれがどうしたことかと微笑むくらいはしそうなものだったが、セイバーの宝剣を受けてから目に見えて余裕を失している。バーサーカーが未だ五体満足なのは驚異的なことではあるが、それでもイリヤスフィールから強者の傲慢を奪うほどの威力は有していたということなのだろう。よもやアーチャーがまともに戦えないとは知らないイリヤスフィールからすれば現状ですでに二対一である。
「あれだけの宝具だ、放った方も受けた側もすぐには体勢を整えられないと思うのが普通だろう。自分の手札を切らず他人の力で一騎落とせるとあらばこれほどうまい話も早々ない」
追い打ちをかけるようにアーチャーの言葉が続く。それを遮るように、「もういい!」と少女の声があがった。
「もういい――もういいわ。全然、つまんない。お兄ちゃんと遊びに来たのに、リンに邪魔されるし。お兄ちゃんのサーヴァントは礼儀知らずだし。……バーサーカー」
応、と言ったわけではないだろうが、肯定に聞こえる唸りとともにバーサーカーが振り返って雪の少女を軽々と肩に担ぎ上げた。戦士の上に腰掛けたイリヤスフィールは拗ねたようにツンと顔を背けて、
「今日はもう帰るわ。よく考えたら、私と違ってシロウは喚び出したばっかりでフェアじゃないものね」
言って開かれた赤い瞳が再度俺へと向けられる。正直何が何やらわからないが、この少女が俺に執着しているらしいことだけはわかる。が、全く身に覚えがない上に言動が何かと物騒なので、真っ直ぐな視線に倒れこんだ時のままの体に思わず力が入る。
それを見咎めたわけでもないだろうが、俺を見下ろしたままのイリヤスフィールが初めのようににっこりと無邪気に微笑んだ。
「今度は私がお兄ちゃんを招待してあげる。それまでにそこのアーチャーを躾け直しておいてね」
それじゃあ、と。
イエスもノーも言わない俺に気を害した風もなく、言い残した言葉を最後にバーサーカーが大きく地を蹴った。地震にも似た揺れの中、あっという間に大きな影は遠ざかり、すぐに夜闇に紛れて見えなくなった。
「……礼を言います、アーチャー」
散々破壊された光景だけを残してすっかり深夜の静寂を取り戻した墓地に、剣を下ろしたセイバーの声が落ちる。
「何、ただのハッタリだ。それに案外、あのまま戦っていても君が勝利したかもしれん」
「いえ、そちらではなく。……いや、そちらもですが、その前です。凛を助けてくれたでしょう」
アーチャーの矢がバーサーカーの斧剣を弾いた時のことだろう。
割り込んで言ったセイバーのセリフに、予想していなかったのかアーチャーが戸惑ったように口を閉じた。さらに「感謝します」と改めて重ねられて、黙り込んだまま首を背ける。
「別に、私は私の目的のために行動しているに過ぎない。あのバーサーカーが残って君が脱落されると困るというだけの話だ」
「あら、セイバーだったら残ってもなんとかなるって? 甘く見られたものね」
「この愚か者を好きにさせている時点で甘いだろう。妥当な判断だと思うがね」
イリヤスフィールとの攻防によるものだろう、遠坂は土で汚れあちこち破れた服を整えながらわざとらしく不満げな声を上げた。怪我は……ないように見えるが、吐いた白い息には隠しきれない疲れが乗っている。今アーチャーと皮肉塗れの会話をしている分には普通でも、少なくとも俺たちの前にふっ飛ばされてきた時に打った背中には痣くらいはできるだろう。
軽快な応酬を続ける遠坂達を余所に一人眉を寄せていると、不意に俺の前に立つ男が片足だけ引いて振り返った。
「それで、貴様はいつまでそうやって転がっているつもりだ」
俺の体勢は前転で受け身を取った時からさして変わっていない。無事な方の右膝を立てて、無事じゃない方の左足は前方の中途半端な位置に投げ出されたままである。今まで別のことに気を取られていて忘れつつあったが、筋肉や脂肪の薄い関節部を一直線に射抜かれてそのまま矢が残っているのだ。当然少しの身じろぎでもものすごく痛い。その下手人は先のセリフの通り、心配も反省もしていない態度だ。
誰のせいで! と反論がついて出かけたが、思惑ややり口はどうあれこの矢が俺の命を救うために放たれたものであることはわかっている。あそこであのままバーサーカーの進路上に突っ込んでは俺はほぼ間違いなく死んでいた。その点で言えば俺こそ礼の一つでも言うべきなのかも知れないが……。
プライドと呼ぶには少し違う気もするが、それに近い意地のような感覚が俺を意固地にしているのが自分でもわかった。む、と口を閉ざして文句を言うのだけは堪えていると、俺の沈黙をどう取ったのか見下ろす男が大きく舌打ちをする。そのまま白布を翻して俺のすぐ近く――具体的には矢が刺さる左脚の隣に膝をつく。
何の気負いも声掛けもなく、アーチャーの褐色の手が膝の外側に飛び出た矢羽にあたる部分を掴んだ。痛めつけるつもりはないようで本当にただ握っただけという動作だが、その僅かな振動でも声が上がりそうなほどの刺激だった。更にもう片方の手が痛みに揺れた俺の膝を押さえつけ、その時点で嫌な予感がして慌てて声を上げる。
「おい、ちょっと待っ……!」
が、制止を無視した淀みない動きに無駄だと悟って今度は衝撃に備えて歯を食いしばった。矢尻の形状が和弓のもののように凹凸のない真っ直ぐとしたものだったのは幸いだろう。最後までこちらへの合図とか説明とかそういう配慮を一切見せずに、アーチャーは俺の予想通りに刺さった矢を躊躇いなく引き抜いた。
いや、処置のためにはいつかは抜かなきゃいけないものだし、その場合今みたいに一思いに抜くのが正しい方法だろう。わかっている。わかっているが、痛いもんは痛い。
「~~ッ、おっまえなあ!」
余りの早業に心の準備が追いついていなかった。せめて一言言ってからにしろ、と抗議を込めて睨み付けるが、アーチャーはどこ吹く風で抜いたばかりの矢をいつかの中華剣と同様粒子に溶かして消し去り立ち上がった。
「フン、大袈裟な。いいからさっさと立って歩け。他のサーヴァントが寄ってくるというのは何も方便ではない、いい加減ここを離れるぞ」
「立てって簡単に言いやがって、抜いたなら抜いたで止血とか必要な処置って……もんが……?」
言いながら自分の脚に視線を移して目を疑った。そんな馬鹿な、手品じゃあるまいし、と恐る恐る手を伸ばして矢が貫通していた筈の傷跡をなぞる。
「塞がってる……?」
見れば出血もほとんど――いや、全くない。辛うじて古傷のようなものが残っているが、いくらなんでも回復が早すぎる。
もちろん俺は治癒の術なんて使っていないしそもそもにして使えない。そうなると目の前の男が治したということになるのだろうか? だとするにはそんな暇も様子もなかった気がするし、いっそ初めから矢が刺さったという事実などなかったと言われる方が納得いくほどの超回復である。
目を瞬かせてまだ座り込んだままだった俺の頭上に、再び特大の舌打ちが降ってきた。反応して顔を上げたその胸倉を掴まれ、そのまま軽々と持ち上げられる。
俺とアーチャーとの身長差はおそらく二十センチメートル近くある。それで掴み上げられるのだから、すぐに足は地面に着かなくなった。抵抗の蹴りを入れてやろうと一瞬身をよじりかけたが、それよりも俺を吊り上げる手が無造作に離される方が早い。慣性による僅かな滞空の後、すぐに両足で着地する。一瞬痛みを覚悟したが、やはり左脚にはなんの異常もなかった。
「役に立たないならその両脚切り落としてやろうか? これ以上何か文句があるならもういい、貴様はここで勝手に死ね」
物騒なことを言うだけ言って、やれることはしてやったと言わんばかりにアーチャーはあっという間に姿を消した。霊体化だ。
「………………あいつ、どういうつもりなんだ?」
冬に相応しい冷たい風が吹く。思わず独り言が漏れたが、これは困惑するのも仕方がないんじゃなかろうか? 俺のことを殺したいんだか助けたいんだかよくわからないやつだ。戸惑ったり怒ったりしている内にことが終わってしまっていた。結局礼も言いそびれている。
「……なんか、ドッと疲れたわ」
はあ、とため息が聞こえてきた。視線をやれば一連の流れを見ていたのであろう遠坂が頭痛を堪えるように額に手をやり力なく首を振っていた。セイバーも金色の剣をいつの間にやら前のように透明に戻して、何とも言えない困った笑みを浮かべている。
「何はともあれ、あなたのアーチャーさんの言う通りだわ。さっさと帰りましょう」
疲れた声のまま遠坂が言って踵を返す。見えない剣を携えたままのセイバーも俺を一瞥してからそれに続いた。
俺はこの墓地の惨状を放置していいものかと逡巡していたが、一度足を止めて振り返った遠坂からの、
「ちょっと士郎、本当に殺されたいわけ? ここならさっきのエセ神父がなんとかするから、今はとにかく離れるわよ」
という苛立った催促を受けて、彼女たちと同じように墓地を後にすることになった。