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#02 主人の条件/Novel by ちくわぶ

#02 主人の条件

10,128 character(s)20 mins

遠坂凛がセイバーを、衛宮士郎がアーチャーを召喚することからはじまる第五次聖杯戦争ifストーリー三話目。腐向け。 

版権元:Fate/stay night 
注意(シリーズ共通):
 腐向け(士弓)、ねつ造、設定改変、独自設定、重大なネタバレ、原作程度の暴力表現・流血表現 

執筆スピード優先で、ダイジェスト気味に場面が飛びますのでご注意ください。

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主人の条件


 ギチリと引き絞られる音がする。番えられた猟犬が解放の時を今か今かと待ち望みながら、しかし緩められない手綱に困惑の声を上げている。
 今までのブレのない射法から一転して堪えかねるように震える手つきと憎悪に満ちた瞳から、男の気持ちは明らかだった。必殺の一矢をどうしても放つことができず――逡巡はわずかの間、舌を一つ打って接近するセイバーへの牽制へと変更する。少女はすでに地を蹴り塀を蹴り変則的な軌道で土蔵の上目掛けて飛び上がっていた。宙にいる対象目掛けて漸く放たれた光のような矢の射角は、込められた威力に反してやや下向き。狙いはセイバーの脚だった。
 誰も殺すなという発したばかりの命令に従った結果なのだろう。本来空中にいる相手を仕留めたいのなら避けられぬよう体幹を射るべきだ。案の定セイバーは見事な重心の制動でそれを避け――どころか通り過ぎようとする魔矢を振りかざした不可視の獲物で上から下へたたき落とし、その反動でさらに体を高く持ち上げた。
 大上段から振り落とした勢いのまま前回転をはじめた体に逆らわずセイバーが空中でくるりと回転する。それを目で追うアーチャーの首がどんどん上向いていく。硬質な鎧は遠心力のためか、変わらず少女の体を守るように覆っている。セイバーは回転により上下逆さまのままアーチャーの頭上を越えていた。結果として、頭を下にしたセイバーの十分な力の乗った袈裟がけは、アーチャーの背中への強襲になる。
 アーチャーの決断は早かった。いっそなりふり構わぬと称していい速度で前へと跳ぶ。
「はあっ――――ッ!」
 呼気と共に斬撃が飛んだ。アーチャーが蹴散らした瓦屋根が重力に引かれるより先に、少女の起こした暴威に巻き込まれる。
 土蔵の屋根は半ば吹き飛ばされていた。それをギリギリで回避したアーチャーは、落下というより衝突に近い勢いを地についた両手で転回してなんとか殺す。そのまま体勢を整えるためか一度余分に倒立回転をして、置き去りにした土蔵を振り返り――その頃には、セイバーが突進して距離を詰めて来ていた。
 折角開いた距離を戻され、先手を取られた不利を覆せずアーチャーが苦しげに歯を食いしばる。いや、そもそもにして殺せない男と殺せる少女で殺しあいが成立するはずもない。
「遠坂!」
 隣に立つ遠坂を……セイバーのマスターであるという遠坂の名を呼ぶ。言いたいことは一つだった。ある意味で卑怯な訴えだったが、声に出すまでもなく伝わったのか彼女は険しい顔で戦闘を見つめている。
 アーチャーは一合毎にジリジリと追い込まれていく。遠坂はまだ、動かない。
 セイバーを止めてくれとは、さすがに口にできなかった。俺は俺の我が儘で勝手に不殺を命じたのであって、遠坂との取り引きなど約していない。彼女たちには何か戦う理由があり、止めなければ俺の発した令呪と言うものに縛られたままアーチャーは斬られるのだろう。
 だったら俺のやることは決まっていた。置き去りにされた白剣を半ば無意識で拾い上げる。吸い付き根を張るようにやたらと手になじむそれは、アーチャーの手からはじき飛ばされたままの剣だった。地を蹴り前へ進む。何かに導かれるように体は軽かった。
 敵わないのだろうが、それでも。全霊をもって一太刀食い止めれば離脱の糸口くらいは見つけだすだろう。覚悟を決めて最後の一歩を詰めようとしたちょうどその時、
「セイバー」
 静かだが鋭い声が俺を追い越し戦う二人の元に届く。
 ピクリとセイバーが反応し、脇下から両断しようと振るわれていた透明な武器の勢いが明らかに弱まる。ほとんどがむしゃらに飛びつくようにして下ろした俺の剣と不可視の剣がぶつかり合った。
 勢いを弱めてもなお弾き飛ばした剣ごと俺を斬り飛ばしてあまりある少女の剣だったが、その一太刀を最後に身を引いた。二、三回跳ねるように後退し、遠坂の前まで舞い戻る。
「いいのですか、凛」
「……いいわ。令呪は効いてるみたいだし、初勝利がこれじゃあ景気が悪いからね」
 アーチャーの方を見ながら言う。その視線を追うように肩越しにちらりと振り返ると、ついに両剣を砕かれ無手となったアーチャーが、失った凶器の代わりとばかりの凄まじい眼光でこちらを睨みつけていた。
 本能的にゴクリと唾を飲む。アーチャーの手に再びあの中華剣が現れる、それがバトントワリングのようにクルクルと回されているのも黙って見守るしかない迫力があった。――同時に、今すぐ斬りかかって来ることはないだろうという確信も。
 予想に違わず、しばらく凶器を遊ばせていたアーチャーは結局何もしないまま不服窮まりないといった表情で白剣を掻き消した。
「全くもって忌ま忌ましい限りだが、確かに令呪の効果はあるようだな」
 舌打ちが飛び出さないのが逆に不思議だった。だが確かに俺を殺すことはないようで、
「私の用件はひとまず終わりだ。説明でも自己紹介でもなんでも好きにするといい」
 俺には一切声をかけず、遠坂の方だけを向いて告げたあと、瞬きの間にその姿がかき消えた。
「………………消えた?」
 いやいや、人はこんな簡単に消えない。
 突然の出来事にアーチャーの方を振り向いた体勢のまま目を白黒させていると、呆れを隠さない遠坂の声がかかった。
「ここまできたらもう、全部まとめて説明してあげるわ」
 とりあえずお茶でも飲みましょう、とセイバーを連れて母屋へと身を翻す。
 いい加減空は暗く月も高くなっていたが、夜はまだまだ長そうだった。



 聖杯戦争。
 七人の魔術師が七騎の英霊を喚びだし相争う個人の手による戦争――今冬木で起こっている大儀式がそれだった。
 あらかたの説明を終えあとは自分で整理してくれと言わんばかりに、向かいの遠坂は一足先にお茶を啜ってのんびりしている。鎧のままのセイバーがその隣の座布団に正座しているのがなんともシュールな絵面だった。
「じゃあ俺がその、最後のマスターってやつなんだな。で、アーチャーが俺のサーヴァント」
「アーチャー本人は認めたくないでしょうけど、一応はそういう状況ね」
 遠坂は終始呆れて言葉もないといった様子だった。うっと言葉を詰まらせる俺にビシバシと追撃が飛んで来る。
「本来私たちに従うはずなんてない英霊と紛いなりにも主従契約を結べるのは、令呪もあるけど何よりも英霊自身が聖杯にかける宿願を持っているからよ。そして聖杯はこの戦争に勝ち残った者の元にしか現れない。つまり、英霊は戦って勝ち抜くというのを大前提に召喚に応えているのよ。それなのに何? 『誰も殺すな』ですって? しかも三画しかない令呪まで使って!」
 うがーと怒りの声を上げる遠坂。ミスパーフェクトの名残はもはやどこにもない。
「……なんだよ、しょうがないだろ。自害なんて、させられるわけないし」
「だったら『マスターである自分を殺すな』でもよかったじゃない。なんで誰も、だなんて余計な制限をつけるの。ちゃんと効果があったからいいものを、そうじゃなきゃ多少無理矢理にでも殺されてたわよ」
 言い訳すると遠坂の機嫌を損ねるばかりらしい。悟って口を閉じた俺に畳みかけるようにつらつらと言葉を続けていく。
「そもそも『誰も』の範疇にサーヴァントが含まれてるのがタチが悪いわ。これでアーチャーはあなたをマスターにしている以上絶対に聖杯を手に入れられないわけだから――」
「凛」
 矢のような口撃に身を小さくして耐えていると、思わぬところから擁護が入った。
「何、セイバー」
「あなたの言い分ももっともですが、先にマスターに手をかけようとしたのはアーチャーだ。自害を命じられなかっただけでも十分寛容な処置です」
「それは確かにそうなんだけど……」
「大体、明らかに人道に外れる召喚者ならともかく、いきなりマスターを殺そうとするなど。仮にも三騎士を担う者とはとても思えない」
 冷静に話してはいるが、セイバーはアーチャーの所業に憤慨しているようだった。しかしセイバーの言うとおりなのかも知れないが、気に食わない相手でもこう悪く言われるとつい反論したくなる。
「いや、でもあいつは確かに最初俺を助けてくれたわけだし」
「……セイバーがいなきゃあなたはアーチャーに殺されてたわけなんですけど?」
「けど、アーチャーが来てくれなきゃ俺はその前にランサーにやられてた」
 言い切ると、呆れた様子で遠坂がため息をつき、セイバーが頭痛を堪えるように顔をしかめる。
「あなたの苛立ちもわかります、凛。彼は少々お人よしに過ぎる」
「お人よしなどと上等なものではない。こいつはただの向こう見ずな愚か者だ」
 突然男の声が割り込んだ。
 ぎょっとして声の主を探すと、消えるのも突然なら現れるのも突然なのか、誰もいなかったはずの廊下側――遠坂達の背後の壁際に障子を背にしてアーチャーがいた。
 驚いたのはどうも俺だけらしく、戸の開閉すらなく出現した男に遠坂達は動じた様子もない。いや、よく見ればセイバーは警戒しているのか僅かに腰を浮かせかけているか。
「触媒なしで喚んだ以上、あなたと衛宮くんを繋いだのは『相性』の一点のみ。愚者呼ばわりは勝手だけど、それは自分の首を絞めるんじゃあないかしら、アーチャーさん?」
 遠坂のレクチャーによると、マスターとなる魔術師は過去・現在・未来のあらゆる位相から時空を超えてサーヴァントを召喚する。対象は一般的には『信仰を得て星の守護者となるほどの英雄』であり、その数は膨大で性能も言っては悪いがピンキリだ。
 そういうわけで真っ当なマスターであれば喚びたしたい英霊に縁のある触媒を用意して召喚に臨む。触媒を用いない召喚では、喚ばれるサーヴァントは性能に関係なく、召喚者と性質や生い立ちに類似点を有する者になる。つまり、相性による召喚だ。
 もちろん俺が触媒など用意していたわけがない。となれば遠坂の言葉の通り、俺とアーチャーにはどこかしら似た点があるはずなのだが……。
「その言葉は撤回してもらおうか、お嬢さん。賢くあったつもりもないが、そこの愚か者と一くくりにされるなど冗談でも虫酸が走る」
「……なんだよ、それ。俺に文句があるのはわかるけど、言い方ってもんがあるだろ」
 最初から変わらない辛辣な物言いにカチンときて言い返す。返事の代わりにこちらを捉えたアーチャーの視線は相変わらず凍りつきそうなほどの冷たさだった。こちらも負けじと睨み返す。
「事実を述べたままだというのにどこに不満があるのか知らんが、私が気に食わないなら簡単だ。その令呪を使って、次は『黙れ』とでも命じてみるといい」
 言い返してやりたかったが、令呪を持ち出されて言葉に詰まる。あの場で令呪を使ったことに後悔はないが、現在進行形でアーチャーの意に沿わぬ命を強いていることに罪悪感はあるのだ。
 黙った俺を見下ろしてアーチャーはフンと鼻を鳴らす。俺が令呪を使ったことを後ろめたく感じているのも承知の上で言ったのだろう。……しかしなんだ、こういうところがまた腹が立つ。
「とりあえず」
 と、俺達のやり取りを気にせず湯呑みを傾けていた遠坂が声を上げた。
「後ろに立たれちゃやりづらいわ。出てきたってことは話があるんでしょう? そこ、座ったら」
 そこ、と指差して言う。
 俺の机を挟んだ向かいには遠坂とセイバーがすでに腰掛けており、位置的に空いているのは一箇所だけだ。すなわち、遠坂の白い手は俺の隣を指していた。
 この流れでそこを指定できる遠坂の胆の据わりようを讃えればいいのか。しかし意外にもアーチャーは数秒の沈黙の後大人しく俺の隣に――充分以上の距離を保って――腰を下ろした。片膝を立てて座ってしまうと白い布がほとんど全身を覆ってしまうため今はよく見えないが、気のせいでなければこの見かけの割にちゃんと靴を脱いでいたような気がする。
 案外律儀というかなんというか。なんとも表現しがたいむず痒さを一人で噛み殺していると、そんなこと知る由もない遠坂達がさっさと会話を再開しだした。
「で、今になって姿を現したのは一体なんのご用件かしら」
「別に用件というほどもない。そこの素人への懇切丁寧な説明が終わったようなのでね、漸く今後のことを話す段に至ったかと思ったまでだ」
「ふうん。一応これからの方針は気になるのね、あなた」
「内実はともあれ小僧が令呪を有しているのを認められんほど偏狭ではない。となれば君の親切がどこまで続くかも含めて、振る舞い方は確認しておかねばならないだろう」
 アーチャーは徹底してこちらを見ない。会話の内容も隣に座る俺の配慮など一切含まれないものだった。
 それを不満に思ったわけでもないが、今のうちに聞いておきたいことがあったので、少しやり取りの間が空いたのを見計らって声をかける。
「なあ」
 想像に違わず、アーチャーの返事はなかった。首までぐるりと覆った防砂布のせいで表情は窺いにくいが、少しだけこちらに向けられた顔はやはり不機嫌そうに歪んでいる。
「あんたの聖杯に賭ける願いってなんだ」
 ――英霊は、叶えたい何かのために窮屈なクラスに押し込められてでも現界を選ぶ。このアーチャーにも死してなお達したい願う思いがあるはずで、それは最後の一騎に残らなければ叶えられないものである。だったらこれからどうしていくかは、アーチャーが何を願っているのかわからなければ決められない。そう思っての問いだった。
「何を考えているかおおよそ予想はつくが、私に聖杯にかける望みなどない」
「嘘ね」
 意外にも独語に似た落ち着きで零されたアーチャーの返答を、遠坂がいやにきっぱりと否定する。
「願いがないなら召喚されるのはおかしいし、勝ち抜くつもりがないならマスターを殺す必要もないわ。勝たなくていいなら誰がマスターでも構わないもの」
 ここまでの説明の中で、遠坂はアーチャーが俺を斬ろうとした理由を、俺がマスターとして未熟であるため見限られたのだろうと言っていた。勝ちたいのであれば優秀なマスターにつくべきで、その点で言えば俺はハッキリと落第点だからだそうだ。しかし逆説的に、勝利へのこだわりがないのならアーチャーに俺を殺す理由はないということになる。
 しかし、遠坂の言い分をどう捉えたのか、意外そうに軽く目を見開いたアーチャーは一拍後にはクツクツと笑い始めた。
「……何がおかしいのよ」
「なに、初々しいものだと思ってな。君はどうやら、人は大義名分がなければ他人を殺さない生き物だとお思いのようだ」
 笑いを含んだアーチャーの声に、遠坂の額に青筋が浮かぶ。そのまま今にもちゃぶ台返しを披露しそうな遠坂を制するかのように、アーチャーが現れてから今まで沈黙していたセイバーが口を開いた。
「アーチャー。私のマスターを愚弄するのはやめていただこうか」
「愚弄とは人聞きの悪い。中々好ましい考え方だと言ったつもりだったがね。よかったじゃないかセイバー、いいマスターに恵まれて」
 どこまで本気かわかったものじゃないが、セイバーはこれを揶揄と捉えたのか涼やかな眼光が強くなる。アーチャーは「やれやれ、嫌われたものだな」と肩を竦めた。
「……やめましょ、セイバー。こいつをまともに相手してたら夜が明けちゃうわ」
 セイバーが割り込んだ間にうまく怒りをやり過ごしたらしい遠坂が、仕切り直しで明るく言った。よいしょと小さな掛け声とともに立ち上がる。
「今後の方針ってほどでもないけどね。衛宮くんを案内しておきたいところがあって」
「……まさか、こんな時間に出かけるのか?」
 今は深夜もいいところだ。辺りは寝静まっているし、当然バスなんかも動いていない。
 しかし遠坂はパタパタと手を振ってなんでもないように続けた。
「大丈夫、目当ての教会も聖杯戦争の関係者だから。監督役だしこの時期は二十四時間営業中よ」
「教会って、橋向こうじゃあないか! そんなとこまでわざわざ何しに」
 橋向こうとはすなわち新都方面を言う。繰り返すがバスは出てないので、歩くにはかなりの手間である。
 なんにせよ明日出直した方がいいのではないかと思って聞いたのだが、やはり遠坂はあっけらかんと、
「ひよっこマスターさんに細かい説明をしてもらうのと――あとはまあ、あなたすぐ教会のお世話になる羽目になりそうだから、そのための顔合わせね。ほら、ぼさっとしない!」



 行きと同様、教会からの帰り道にもアーチャーの姿はない。
 これも遠坂からの受け売りだが、サーヴァントと名を変えても彼らの本質は霊体。要は幽霊と同じである。つまり肉を持ち地に足がつくという状態の方がむしろ異常で、わざわざ魔力を消費しなければ実体を持つことすらできない。となれば魔力の流量を調節すれば、アーチャーがするように姿を出したり消したりもできるという塩梅だ。
 だから足音は三人分。内一つは小さく抑えられてはいるもののカシャカシャと硬質な金属音を発し続けている。鎧を頑なに脱がないセイバーだった。……どうしようもなく悪目立ちする黄色い雨合羽を着ている、との注釈がつくが。
 これに関して遠坂には謂われのない非難を受けたが、一般家庭には嵩張る鎧をすっぽりと被える被服なんて雨合羽しかないのが普通だと思う。アーチャーのマントっぽい白い布なんかは用途としてはちょうどよかったのだが、当人の拒否があった以上これで我慢してもらうしかない。
 お陰で先を行くセイバー達の姿は夜にあってもよく見えた。教会を出てからこちら、特に会話らしい会話もないが、遠坂とセイバーは時々小さな声で何か話をしている。金髪の少女の冷たくアスファルトを叩く足音も、遠坂に小さく頷いている横顔も、どう見たって生きている人間そのものだ。サーヴァントは幽霊であると言われてもどうにも実感が湧かない。教会で説明を受けて聖杯戦争から離脱するどころか参加の意思を固めた俺に呆れていた遠坂が知れば、『サーヴァントを普通の人間扱いしてたら命がいくつあっても足りないわよ』とお叱りが飛んで来るに違いなかった。
 二人の後を考え事をしながら黙々と歩く。セイバー曰くアーチャーも着いて来てはいるらしいのだが、俺には気配すら感じられない。家で遠坂が出かけると言い出して揉めている間から付き合ってられないとばかりに姿を消してそのままだった。前向きに考えるならその状態でもついて来ているだけマシ……と思えなくもないが。
 喚んだのも俺だし命じたのも俺だし、聖杯戦争から降りないと決めたのも俺だ。振り返ってみれば独善に過ぎる。犠牲が出るのを見過ごせないと言ったって、それを防ぐために戦う力を持つのは俺にはアーチャーしかいないのだ。アーチャーにはマスターの横暴に不平不満を漏らす権利があるはずだが、何の相談もなく方針を決めた俺に対して彼からは文句の一つもなかった。
 いざ顔を合わせるとやはりあの態度が気に食わなくなるのだろうが、勝手をしている自覚がある分何も言われないのも落ち着かない。端的に言うなら、申し訳なくなるのだった。
「さて」
 思考に耽っていると遠坂の声がした。見れば足を止めて振り返っている。街灯に途切れ途切れに照らされる坂道には他に人の気配はない。
「どうした、遠坂」
 家まではまだ遠い。ここで立ち止まる意味がわからず首を傾げると、両手を腰に置いて仁王立ちする遠坂が呆れて言った。
「どうしたもこうしたも、むしろここまで一緒に帰ってきた方が変でしょうが」
「なんでさ」
「……聖杯戦争を止めるっておっしゃったのはどこのどなた? 私は正にその聖杯戦争の参加者なのよ。つまり、私たちは敵同士ってこと」
 ジト目で睨まれ若干怯む。
「別に、遠坂のことは信頼してるし、よからぬことを企んでいるのならともかくそうじゃないなら邪魔なんてしないぞ」
 十年前の大火災を引き起こしたのがこれと同じ聖杯戦争だったと聞いたから止める決意をしたが、遠坂があんな惨状の引き金を引くはずがないのはわかっている。
 むしろ俺がその程度の理由ですぐ敵対するようなやつだと思われていたなら少し心外だ。負けじとこちらも見つめ返すと、何故か今度は遠坂が怯んだ。
「凛?」
「…………何でもないわ、セイバー。と・に・か・く! あなたも私もマスターである以上仲良しこよしってわけにはいかないわ。今すぐ襲い掛かるのもなんだしここは見逃してあげるから、あんたはまず自分のサーヴァントともうちょっとまともに――」
 やや顔を赤くしてまくし立てていた遠坂が、そこで突然言葉を止めた。バッと音が立つほどの勢いで振り返る。
 一体何がと思った疑問はすぐに氷解した。人気のない車道。その坂道の上に人影というよりもはや岩影に近い大きなシルエットが浮かんでいる。
「あら、いいのよ。まだ見てるから続けてちょうだい、リン」
 涼しげな――あるいは凍てつくほどに冷たく澄んだ少女の声がする。氷に覆われた湖を連想させる熱のなさと、少しの無邪気さが同居した不思議な音色だった。少女は紺色のコートとロシア帽を身に纏い、背後に二メートルを超える巨漢を従えて坂の上に立っている。
 気付けばセイバーはあの見えない武器を構えていた。背後の俺にまで伝わる戦闘の気配にゴクリと唾を飲む。
「アインツベルン……!」
 重心を落とし身構えた遠坂の呟きが届く。
 おそらく独白だったのだろうそれを捉えて、少女は白い眉を寄せて不満げに唇を尖らせる。眉だけでなく真っすぐな長髪も月光に映えていやに白い。大きな瞳だけが魔眼じみて赤かった。
 特徴的な容姿だ。記憶に引っ掛かるものがある。唄うような声も聞き覚えがあった。あれは確か……そう、一昨日の夜。俺に声をかけて忽然と姿を消した少女と、今俺達を見下ろす小柄な少女は同じ人物だった。
「そんな呼び方、品がないわ。私は待ってあげてたのに、リンは名乗る暇もくれないのね」
「……それは、あなたも一緒でしょう? 勝手に人の名前を呼ぶなんて、随分と気安いのね」
 遠坂の声は堂々としていたが、はっきりと緊張を孕んでいる。対する少女の余裕とは大きな落差があった。
 だが俺も、遠坂の緊張の方が同調できる。今は静かに控えているだけの巌の男の存在感は圧倒的だった。猛獣を前にしたときのような――いや、それ以上の圧迫感。しかし野性の獣と呼ぶには、熟練の戦士のように鍛え上げられた立ち姿が邪魔をする。
「気に障った? それじゃあこれで、おあいこだね」
 身構える俺達を余所に、少女はあくまで自然体に小首を傾けた。子供の無邪気さを装いながら、裁定権を持つ強者としての振る舞いをしている。
 ――そしてふと。今まで遠坂を見ていた深紅の瞳がこちらに向けられた。にっこりと微笑んだ少女が楽しそうに口を開く。
「こんばんは、お兄ちゃん。遅くなったけど、私の名前はイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。あなたに会いに日本まで来たのよ」
 見目に反してとても流暢な日本語だ。だから言葉の意味自体は理解できたが、その思惑はさっぱり理解できない。俺に会いに来ただって? 心当たりなど全くなかった。完全に初対面のはずだ。
 困惑して返事を返せずにいる俺を気にも留めず、ニコニコとしたままイリヤスフィールが続けた。
「お話は、もういいかな? シロウのサーヴァントの姿も見えないけど」
 俺の名前を読んだことも気にかかったが、それより『サーヴァント』を知っていることの方が引っ掛かった。この少女も聖杯戦争の関係者。ならばやはり後ろに控えるあの巨体はサーヴァント――!
「結構待ったから、十分だよね。お兄ちゃんのサーヴァントが隠れて何かしてても関係ないもの。ねえ、バーサーカー」
 その言葉を受けた途端、戦士の瞳が怪しげに光る。それは緊迫感を増して爆発寸前まで引き絞られた場の空気によって引き起こされた錯覚のはずだが、忠実な従者がついにその首をもたげたのは確かだった。
 つい、とイリヤスフィールの白い指が持ち上げられる。それがこちらを指差すと同時、無邪気な少女の声が告げた。
「やっちゃえ」
 咆哮が衝撃を伴って響き渡る。
 めくり上げられたアスファルトを以て漸くバーサーカーが地を蹴ったことを知り、見失ったその姿を見つけるより早く、真昼さながらの火花が散った。

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