#00 プロローグ
遠坂凛がセイバーを、衛宮士郎がアーチャーを召喚することからはじまる第五次聖杯戦争ifストーリー。腐向け。
版権元:Fate/stay night
注意(シリーズ共通):
腐向け(士弓)、ねつ造、設定改変、独自設定、重大なネタバレ、原作程度の暴力表現・流血表現
執筆スピード優先で、ダイジェスト気味に場面が飛びますのでご注意ください。
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プロローグ
「あれ、今日はずいぶんと早いんだな」
――おはよう、遠坂。
生徒会長とのちょっとしたじゃれあいの途中、生徒会室からストーブを持って出てきた男子生徒は、目を丸くしてそんな挨拶をした。
「おはよう、衛宮くん。少し時計がずれていたみたいでね……衛宮くんは今朝もお手伝い?」
「ああ、まあそんなとこ。あ、一成。これ直ったから」
「おお! さすがだ衛宮!」
生徒会長が上げる喜色に溢れた声を皮切りに、何の変哲もない古びたストーブを囲んでテレビの臨終がどうだのやんやと盛り上がりはじめる。微笑ましい光景だった。仲がいいのだろう。
邪魔しちゃ悪いわね、と別れの声も省いてその場をこっそり離れようとした。が、それを見咎めたように声がかかる。
「そうだ。遠坂のずれたっていう時計も、大丈夫か? 遅れるっていうならともかく、早まるなんてなんか変だぞ?」
確かに彼の言う通りだった。時計がずれたというのなら、普通人は遅刻する。今まで問題なかった時計が急に早くなるなどおかしい話だ。
余計なこと言ったな、と反省する。とはいえ心配はなかった。今まで同級生の詮索も家庭訪問の度に寄せられる心配も捌きつづけてきた私なのだ。これくらいどうということもない。にっこりと笑顔を添えて言う。
「大丈夫、時計の針を戻すくらい自分でやるわ。心配してくれてありがとう。またずれてくるようだったら修理をお願いさせてもらうかもしれないけど……」
「ああ、その時は遠慮なく言ってくれ。俺でよければ手を貸すよ」
時計のズレは父さんの遺した箱の封印を解除した名残の、一時的なものだ。純度百パーセントの厚意を返してくれている衛宮くんには悪いが、またずれてくることも、修理をお願いすることもない。叶えさせる気のない他愛ない口約束だった。
「じゃあ、引き止めて悪かったな」
「いいえ、こちらこそ邪魔したみたいで。修理、がんばってね」
ひらりと優雅さを心掛けて手を振り、彼らに背を向けて歩き出す。
「よし、じゃあさっき言ってたテレビの方に……一成? どうした、すごい顔して」
教室へ向かう背中越しに、衛宮くんの不思議そうな声が聞こえて来る。
本当にわかってなさそうなその声に、誰にも見られないのをいいことにふふっと笑いをもらした。衛宮くんは気づいていなかったようだが、私と話してる間中ずっと、彼いわくの『すごい顔』をしていたのだ。
なんでもないと釈明する生徒会長の代わりに、私みたいな女狐と話してるのが気に食わなかったんでしょ、と心の中だけで返事した。
*
夜。
準備は完璧だった。ここまで来れば、聖杯戦争勝利のためのレールは敷かれたようなもんである。
最も品質がいいものだけを厳選した宝石を右手で持つ。五大元素使いである私の特性から五色、さらにエーテル体であるサーヴァント降霊の儀式であることを鑑みて、空に相当する水晶は二つ。合わせれば家がダース単位でおっ建てられる代物である。でも、惜しまない。絶対にセイバーのクラスを引き当ててみせる。
間もなく時計の針が二時を指す。わずかに残された時間で、何度目かもわからない最後の確認をすることにした。なんせ遠坂の血にはおそるべき呪いがかけられているのだ。確認は何度してもしすぎと言うことはない。こんなところでうっかりが発動してセイバーを喚べなかったら目も当てられない。
「召喚陣は完璧、汚れも途切れもない。詠唱は寝ながらだって唱えられる自信があるし、用意した宝石もこれ以上はない。聖遺物……はないけど、父さんの残してくれたとびきりの宝石だってある」
口に出しながら指差し確認する。チェーンの重みを感じる以上、父さんの形見のネックレスも間違いなく持っていたが、確認のため引っ張り出した。首から外して左手で掲げ持つ。わずかな明かりの光を集めて輝く、赤い色をした逆三角形の宝石。
「これほどの魔力が込められているんですもの。そんじょそこらの聖遺物なんかよりよっぽど優秀なサーヴァントを呼び寄せるはず。時間だって、私のピークに合わせた深夜二時」
左手を下ろして、机の上の時計を見る。長針は間もなく十二に重なろうとしている。
これ以上確認している暇はない、そろそろ集中に入らなければ。――そう思ったのだが、嫌な引っ掛かりを覚えて、私は時計を凝視したまま動けずにいた。ふらふらと机まで近づき、右手の宝石たちを一度置いて代わりに時計を持ち上げる。
時計。普通の時計だ。もちろん、アンティーク的な価値はあるけど、それ以外はなんともない時計のはずだ。だけど時計というワードが、意識の片隅でガラスを引っかくような嫌な音を奏でている。時計、時計、時計……。何かあったっけ、と必死に考えを巡らせる。
――大丈夫、時計の針を戻すくらい自分でやるわ――。
そんな声が脳裏に響いたのはその時だった。誰の声かは決まりきっている。私の声だ。
すると不思議なもので、その時交わした会話がポンポンと思い出されてくる。 朝の挨拶、生徒会の手伝い、修理、ストーブ、それから時計。
「『遅れるっていうならともかく、早まるなんて』……?」
その中で衛宮くんからかけられた台詞を反芻するように口に出す。
瞬間、ようやく訪れた閃きが一直線に私の体を駆け抜けた。思わず叫ぶ。
「ああ! そっか!」
時計、一時間早まってるんだった!
*
本当によかった。
本っ当によかった。
最後に残した居間の置き時計の針も戻して、深く深く息を吐く。今度こそ本当に、二時の十分前。これが絶対に正しい時間だ。間違いない。あまりにも心配になったので一度学校まで時計も見に行った。これで絶対にあっている。
「よし、これで今度こそ完璧」
パンパンと両手を叩いて一人頷く。いろいろあったが結果としてちょうどいい時間だ。今から地下に下りて最終確認して、集中力を高めていれば十分なんてすぐだろう。むしろちょっと足りないかもしれない。早く準備しなければ。
地下に舞い戻って、時計があっているのを確認して、地下を飛び出す前に机の上に置いていった五種六個の宝石を再度右手に持つ。手の平に広げた宝石はどう見ても数が足りているが、怖いのでとりあえず指差しで数えておいた。間違いなく六個。種類は五つ。品質は最高。
ここまで来たら自分のうっかりへの不安が付き纏おうがやるしかない。いや、もう最大のうっかりは回避したのだ。これ以上のミスは絶対にない、自信を持つのよ遠坂凛。大丈夫、絶対いける。私はついに先祖代代の宿題を乗り越えた!
「よし」
呟いて、精神統一。宝石を持つ右手を地面に水平になるところまで持ち上げ、手の甲は上になるよう静止させる。私の中で揺れる魔力が高まっているのがわかる。
波長があう。こうなれば、二時の訪れは時計を見ずともわかった。
「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公――」
自然と詠唱は始まった。回路を世界の奔流に貸し渡す痛みより、世界と私が一体となる万能感が上回る。夜明けを迎える都市の一滴の水の落ちる音も、夕暮れに蹴り飛ばされた小石の行方も、今この瞬間の私が全てを掌握していると確信した。
幸福なトランス状態の中、詠唱は完全に無意識だった。口から零れ出た言葉を、私が聞き分け、そこでようやく遠坂凛が詠唱していたのだと知るような奇妙な感覚。
他人事のようなその詠唱が続けられていく。私が告げる。
「 ――――告げる」
世界との交信、その向こうで渦巻く何か。その彼方へ向かって語りかけた。
「汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」
応えはあった。
宝石が融けてなくなっても握りつづけていた手の甲に、熱が返ってきたのを感じる。轟音を立てる流れの中、鈴の音が私に誰何する。私が答える。
「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者」
ならば、と龍の声をした。ならば私が誰か当てて見よと、最後の門が閉じられる。令呪が焼けんばかりの炎を上げる。私が開く!
「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ――――!」
*
魔力の流れが起こした風がおさまる。括った髪を撫でていったそれに気づくことすらできず、私は半ば呆然とその女の子を見ていた。
なんて、美しい子だろう。今まで見たどの宝石よりも澄んだ、一目で正しいとわかる少女だった。金の髪、華奢な背丈、銀の鎧。
伏せていた瞼が開かれて、晴れの日の湖を思わせる青が私を射抜く。
「問おう」
この子だ。
声を聞いた途端直感した。この子だ、私の声に応え、私のことを試したのは。
「あなたが私の、マスターか」
だから答えなんて、もう決まりきっていた。
*
勝った。
これはもう絶対に勝った。
だって、見てよ、この子のこのステータス! もちろんクラスは最優のセイバー、ステータスもAの大盤振る舞い。これで勝てなきゃ間抜けである。
やったわ、父さん。悲願の達成を確信して、思わず形見のネックレスに手が伸びる。服の下にしまい込んだ胸元のネックレスが、セイバーを呼び寄せてくれたのだと感謝を込めて握り込もうとして、空ぶった。
…………空ぶった?
あれ、と思い服の上から谷間を叩く。ない。大振りな宝石だ、あれば絶対わかるのに、ない。
まさかと思い、ハイネックを引っ張り胸元を覗き込む。赤い宝石の姿を探したが、ない。どう見たって、ない!
さっと血の気が引いた。『うっかり』という恐怖の単語が思い浮かぶ。
「……マスター? どうしました」
セイバーが不思議そうに言うのに少し頭が冷えた。余裕を持って優雅たれ、初っ端から降霊の儀式に落ち度がありましたなんてバラすわけにはいかない。
「いや、なんでもないわ。とりあえず、ここじゃなんだし、場所を変えない?」
地下室の天井を指差して提案した。冷や汗をかきながら言う私に、セイバーは少し首を傾げていたが、否やはないと頷いてくれた。案内するわ、と言って先導して歩き出す。
最初は間違いなく持っていた。目視で確認した。だから間違いない。そのあともしばらくは手に持っていたと思う。思うが、時計のことが衝撃的すぎて全然思い出せない。そういえば気づいたときには両手が空になっていたような気がする。
どこに置いてきたか必死に思い出しつつ、何食わぬ顔で居間へと案内する。ネックレスは、と探すまでもなかった。いつ置いたのか全く記憶にないが、机の上に放置されている。
「あった……」
失くしてなくてホッとしたような、肝心な時に持っていない自分の馬鹿さ加減にガッカリするような……。複雑な心境で拾い上げる。
「とりあえず、座っててちょうだい。喉乾いたし、お茶煎れてくるわ」
喉が乾いたのは召喚のせいでなくネックレスのせいだったが、とにかくセイバーは礼を言いつつソファに座ってくれた。
サーヴァントとは英霊だ。令呪で縛ってようやくマスターの言うことを聞かせているだけで、根本的に召喚主に従うようなやつはいないだろうし、その理由もない。だが、セイバーは素直だった。マスターである私に一定の敬意を払ってくれているのを感じる。彼女からしたら私なんて小娘もいいとこだと思うのだが、ありがたい話だった。
ネックレスをいそいそとかけ直しつつキッチンに向かう。ないと気づいたときはかなり焦ったが、思えば父さんの形見がなくても最高のサーヴァントを引き当てたのだ。これもきっと、先祖に頼らず自分の力を信じろという父さんのアドバイスだったに違いない。そういうことにしておこう。
紅茶を用意しつつ、手の甲の令呪をなんとはなしに眺める。はじまったんだな、と思った。十年越しの悲願、私の聖杯戦争が。
まずはなんにせよ作戦会議である。長話にもなるだろうと、紅茶は多めに用意した。ポットを持ち、揃いのカップを一つ手にして、しばし悩む。
「…………」
サーヴァントに食事は必要ない。が、サーブする側として、自分だけ飲むのは気分がよろしくない。もう一つ分カップを引っ掛けて、セイバーの元に帰ることにした。
「! おいしいです」
遠慮を押し退け冷める前にまあ飲んでちょうだい、と押し付けられたセイバーは、口にした途端わかりやすく顔を綻ばせた。かわいい。どこぞの金髪貴族との張り合いの中で磨いた紅茶の腕であるが、この日のこの笑顔のためだったのだと思えば感謝すら覚える。私も一口飲み込んで、喉を潤してから口火を切った。
「それで、聖杯戦争を勝ち抜くに当たって、確認しておきたいことがあるんだけど」
セイバーは表情を凛としたものに変えて、頷いた。それを受けて、私も質問を重ねていく。
真名、能力、スキル、宝具、願い――。
大体のところは聞いたと思う。多少の驚きもあったが、聞けば聞くほど素晴らしい、これ以上ないサーヴァントだった。宝具を見せればすぐに真名を看破されてしまうだろうが、それを防ぐための手立ても用意されている。仮に真名を見破られても、致命的になるほどの逸話は存在しない。一つ問題を挙げるとするならば、
「霊体化ができない、か」
話の終わり、確認のために呟く。セイバーが申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「すまない。これはマスターに責任は一切ない、私の特性のようなものです」
「ああ、いいのよ。責めようと思ったわけじゃないわ」
事実、セイバーの能力を思えばデメリットにすらならない些末事であった。霊体化で欺けるのは一般人の目だけであり、聖杯戦争においてはあまり関係のあることではない。
ただ、私の個人的方針とは多少ぶつかるというだけである。私は、戦争中であっても学校を休むつもりはなかった。その際サーヴァントは霊体化させて連れ歩こうと思っていたのだが、それができなくなったくらいだ。
「セイバー、あなた高校が何かってことも聖杯から受け取ってる?」
「高校ですか? この時代の日本のマスターくらいの年頃のものが、義務として集団教育を受ける場のことですね」
「へえ、結構しっかり伝わっているんだ。だったら話は早いわね」
セイバーの見た目もよかった。私より小柄で、大人には見えない。それこそ、女子高生でも十分通るだろう。
「よし、それじゃあ明日はその辺の根回しと、街の案内ってことにしましょうか。今日もいい加減遅いし、霊体化できないっていうなら、セイバーも寝た方がいいでしょう? 私も一度いろいろ整理したいから、今日はここでお開きってことに……」
「それには概ね賛成です。ですがマスター、私はまだあなたのことを聞けていない」
「私のこと?」
思わぬ質問に目を丸くしたが、さもありなん。剣を預けるものがどれくらい戦えるのかはサーヴァントとして気になるところだろう。
「そうね……私の扱うのは宝石魔術。アインツベルンと違って攻撃に向いている魔術よ。もちろん、結界なんかも得意だけど。汎用性は高い方ね。あとはちょっとした隠しダネもあるし、大抵のマスターが相手なら勝つ自信があるから、セイバーは安心してサーヴァント同士の戦いに専念してもらってかまわないわ」
訥々と説明するが、セイバーはなぜか困った顔をした。
「それは結構なことなのですが、マスター。そうではなく、あなた自身のことです。一番大切なことを聞けていない」
「私自身のこと? 大切なことって……?」
何の魔術を使うのかということはもう答えた。これ以上詳しいことを言っても、あまり意味がないだろう。私自身の、大切なこととは?
ウンウンと唸る私を助けるかのように、苦笑したセイバーから声がかかった。
「マスターが言いたくないのなら構わないのですが……。いえ、こうも遠回しな言い方をするのは私の意地が悪かったですね。疲れているようなので、私から尋ねます」
マスター、と気遣かってくれる声が優しい。だがなんとなく、この質問をセイバーからさせては負けだと直感した。何の勝負かわからないが、人として駄目になってしまう気がする。
考えろ、考えろと必死で頭を回して、一つ思い当たることがあった。私が彼女から真っ先に聞いたこと。あなたの名前は? と確かに聞いた。じゃあ、私は……?
「待った、セイバー! 皆まで言わないで、わかったから!」
ほとんど口を開いていたセイバーは、私の剣幕に驚いたように目を瞬かせた。しかしそれも少しの内に微かながらも笑みに変わる。
「では、どうぞ」
促されると恥ずかしい。が、恥ずかしがっている場合ではないと、咳ばらいを一つして切り出した。
「私の名前は遠坂凛よ。遅くなったけど、好きに呼んでちょうだい」
「そうですか。それでは、凛と。……いい名ですね、あなたをよく表している」
これ以上なく凛々しくかわいい女の子から、笑顔とともにそんなふうに言われて照れないやつがいるなら教えてほしい。
セイバーからの思わぬ攻撃に頬が赤くなった自覚はあったが、気付かない振りをして手を差し出した。令呪が宿る右手だ。
「よろしくね、セイバー」
伸べられた手を見てセイバーは、少し驚いた様子を見せた。だけどすぐに右手を伸ばし、手を交わしてくれる。
「ええ、あなたに勝利を。よろしくお願いします、凛」
*
過去の英霊。
比喩抜きで、その身一つで国を作り、国を守り、国を滅ぼしてきた者たち。それがサーヴァントだった。冬木の聖杯が『聖なる杯』として教会の監視を受けている理由の最たるものだ。
そんな彼女らの対決となれば、正しく神話の再現そのものである。青一色の不思議な軽装を纏う槍兵が朱い魔槍を繰り出せば、余波だけで遥か後方のフェンスが大きく揺れた。その突きを回避したセイバーは、私への影響を考慮してだろう、かなりの大回りでランサーの右隣りへ回り込む。回り込むと言っても、たった数歩、それも鋭角に曲がったので、ランサーからすれば死角からの接近になるだろう。すぐにセイバーへ向き直ったが、先手を取られたランサーは戻した朱槍で防御に徹すると決めたらしい。
互いに間合いに入って、一閃。最早目に追える攻防ではないが、遅れて聞こえる連続した金属音が終わってもなお、ランサーの首が繋がっているという結果がわかれば十分だ。
……強い。
セイバーが強いのは初めからわかっていたことだ。だからこの場合は敵であるランサー。ステータスで見れば大きく異なる。セイバーは心配して立ち回ってくれているようだが、今のところマスターである私を狙うような卑怯な真似は見せていない。正々堂々、一騎打ちでセイバーと渡り合っていた。
セイバーの方が強い。このまま死ぬまで果たしあえとなれば、セイバーが勝つだろう。だが、これは別に決着が強要された試合ではない。不利を悟ったランサーが逃げに徹すれば、セイバーでは追いつけないだろう。
「どうした、ランサー。守るばかりではその槍が泣くぞ?」
私から見て、セイバーが右、ランサーが左。二人の距離はやや離れていた。それでも二十メートルほどのこの距離ならば、お互いが一息で詰められる。緊張感は続いている。その中でのセイバーの言葉は、はっきりとした挑発だった。
「ハッ、貴様こそその風の魔術はどういうことだ? 己が魂たる武器を隠すとは、剣兵の名が泣くぞ、セイバー」
「ほう、いつ私がセイバーだと? これが斧とも弓とも知れんだろうに、おかしなことを言う」
「ぬかせ!」
言葉の割に、男はずいぶんと楽しげであった。楽しんでいるのだと私にもわかる。さすが英雄と言うべきなのか? 薄氷の上で殺しあう攻防を楽しむ精神は、私にはとても理解できない。
笑みを浮かべたまま、僅かにランサーの重心が落ちる。
来る。
予感に身構えたセイバーに向けて、ランサーが吠えた。
「てめえはアーチャーって、タマじゃねえだろッ!」
声とともに風が巻き起こる。最速のサーヴァントであるランサーの名に相応しい踏み込みだった。埒外の力を受けて運動場が大きくひび割れる。そして突撃したランサーと待ち受けたセイバーとの衝突は、それを上回る衝撃を齎した。離れたこちらにまで石つぶてが飛んで来る。
――どうするか。
勝てなくはない。しかし長引くだろう。相手もまだ宝具を出していないのだ。相性が致命的に悪い可能性もある。相手が全力を出せぬままセイバーに宝具を出させて押しきってしまうか。一当てして形勢を決定付け、ランサーに撤退を促すか……。
セイバーの戦いぶりに不安はない。なし崩し的に始まった戦闘だが、これほどとは思っていなかった。しかし一方で、ステータスがすべてではないと思い知らされた。セイバーは本気で倒しにかかっている。死を免れるランサーの技術が凄まじいのだ。
二人の攻防に耐え切れず、ついに大きく地盤が歪む。それを受けて二人、示し合わせたように距離をとった。私の前にセイバーが舞い戻る。
セイバーが剣の構えを低くした。彼女の鉄で覆われた指先と不可視の剣の柄がぶつかり、小さく金属音がする。
空気が変わった。原因は、舌打ちをしたランサーだった。
「……ったく、つまんねえマスターだ」
小さな声で何やら呟く。よく聞き取れなかったが、マスターと言ったのではないか?
私と違って、ランサーのマスターはサーヴァントと行動を共にしていないようだ。ならばランサーの悪態は、念話で何か指示を受けたのに対するものだろう。
「なあ、セイバー。どうだ、聖杯戦争は始まってすらいない。穴蔵に潜んでいるようなやつらに貴様の手の内を晒すのもおもしろくないだろう。ここらで手打ちといかねえか?」
ランサーの提案には一定の理があった。難しいラインだ。これ以上は深入りである。やるならば徹底的にやるしかないが、どうするのか。
セイバーの返事を私すらも待っていたが、鈴の鳴るような彼女の声が聞こえて来ない。ただ不動の背中だった。
「……セイバー?」
受けるか受けないか、どちらかにすべきだ。何を黙っているのか……そう思ってからようやく気づいた。待っているのだ、私の決断を。
顔に火が灯るのを感じた。英雄たちを前にした私の愚鈍ぶりが恥ずかしかった。
自覚が足りない。私がマスターであるという自覚が! セイバーに勝たせるのではない、二人で勝つのだ。その気概が足りなかった。
ごめん、セイバー。心の中だけで謝った。届くだろうと思った。
謝罪の代わりに口を開く。
「お断りよ、ランサー。あなた相手に、手の内なんか晒さなくたって、私たちは勝つわ」
ふっ、と小さく笑い声がした。近い声だったので、多分セイバーのものだろう。
「そういうことだ。悪いが貴様はここで倒れろ、ランサー」
少女としてでなく王として生きたという風格を感じさせる宣言だった。率直に言ってかっこいい。
はんっ、とランサーはこれを楽しそうに笑い飛ばした。
「まったく見せつけてくれやがる! いいだろう、よく吠えた! 手向けだ、これを受けても同じことを言えるならば讃えよう」
穂先が下がる。突きを最大の強みとする槍には向かない構えだった。このまま突きだしては地面を穿つことになる。
だが悪手ではないのはすぐにわかる。目に見えるほどの密度を持って魔槍に絡み付く魔力。間違いなく、宝具だ。真名解放をしようとしている。
息も禁じられるほどの力の奔流に、しかし私は冷静だった。私の前には、セイバーがいる。これがすべてだ。セイバーは、勝つ。
膨大な魔力を集める――普通ならばそれだけで緻密な準備と多大な時間を消費することのはずだ。それをただ構えるだけで成し遂げたランサーが、握りを強くした。
堰が破られようとしている。歴史に刻まれた英雄の技が、放たれる。まさにその時だった。
「――――誰だッ!?」
ランサーの鋭い声が飛ぶ。私も聞こえた、誰かが後ずさる音が。
緊張が解ける。咄嗟に湧いたのは憤りだった。どこの馬鹿が! こんな時間に、こんな時に、誰が学校になんて……!
舌を打ってランサーが駆け出す。足音の主を追ったのだ。
私も追わなきゃ、と思った。だが足が動かない。恐怖ではない。ただ心が定まらなかった。
先ほど抱いた怒りを思う。こんな時間にどんな馬鹿が。その怒りの続きを思う。
「……殺さなきゃいけないじゃない」
ほとんど音にならない、ため息のような声が漏れた。いつから見ていた? セイバーとランサーの戦いを――まさに神秘そのものの彼女たちの戦闘を! 魔術師の血が揺らぐ。神秘とは知られればすでに神秘ではない。殺さなくちゃ、と呟いた。
「凛。どうするのですか?」
ハッとした。いつのまにかセイバーが振り返って私を見ている。
静かな瞳だった。どうするのだと問うている。どちらの答えを出しても従おうという意思を感じた。言えるだろうか、彼女に罪なき目撃者を切り捨てろと?
迷いの答えはすぐに出た。セイバーに言われた途端あっという間に心が定まるのだから、我ながら現金なものだった。
「決まってるでしょ、追うわよセイバー!」
ランサーは殺すだろう。そういう男だと私でもわかる。
間に合え、と祈りを込めて駆け出した。
*
同じようなことが、昔あった。
魔術のせいで、死んでしまう人。それをどうにもできない弱い自分……。
私は卑怯だ。魔術師も人間も選択できず、どっちつかずでいいところだけ甘受しようと企んでいる。
だからこれはお前のせいだ。遠坂凛が私に言う。お前の無警戒が一度彼を殺し、きっともう一度殺すのだ。
一度目には、父の残した奇跡を消費した。
駆け出した、あのあと。結局ランサーの犯行は早く、無様にも遅れた私の前で、一人の人間が死に逝こうとしていた。後悔してもどうにもならないが、すぐに追っていればこうはならなかっただろう。
しかも私はそれを最初見過ごそうとして、死なれては都合の悪い人間だからと、慌てて生き返らせたのだ。
冷徹で、情が無く、計算高い。私が嫌いな私だった。でも、これが遠坂凛だともわかっていた。
胸元に揺れていた、形見のネックレスは最早ない。父さんの宝石を代償に、なんとか彼の命を繋いだ。
しかし、明らかな死人が蘇った――それにホッとしてしまったのだろう。
二度目は、今起ころうとしている。生き返ったからあとは大丈夫と、私が根拠のない思い込みで彼を置いていってしまったばかりに。
強い風圧と落下感がする。私では絶対に有り得ない速度だった。だから今度こそ間に合うと、セイバーに抱えられたまま、できることもなく唇を噛む。自分の考えの無さが嫌になる。すべて切り捨てればいいものの、半端な執着を見せてしまう自分の優柔不断さも、嫌になる。
だからせめて、彼は守りきる。この一つは貫こうと心に決めた。大体、家宝一つ費やしたのだ。ランサー如きに殺されては、大損もいいところだ。
「凛。先ほどの彼の家というのは、まさかあの和風の家ですか?」
私を横抱きに軽やかに屋根から屋根へと跳ねていたセイバーが不意に尋ねてきた。視線を追えば、私の知る衛宮くんの家が見える。
「ええ、そうよ。一人暮らしらしいから、いきなり踏み込んでも問題ないと思うけど……」
何の意図の質問かわからず、中途半端に言葉を切った。セイバーは黙ったまま、何か考え込んでいる。
「セイバー?」
「……いえ、なんでもありません。急ぎましょう」
言うが早いか重圧がさらに強くなり、舌を噛みかねないと慌てて口を閉じた。
*
ランサーがいるのは理解できる。一度殺した相手が生きていたとなれば、もう一度殺しに来るだろう。これは予想通りだった。
だから予想外なのは、座り込む衛宮くんを庇うように立つもう一人の男だ。よく鍛えられた体のラインを映し出す黒い妙な素材の服を、大判な白布を口元から巻いてマントのようにすることにして隠している。色味に乏しい男だった。右手にもつ一本の幅広な中華剣も、刀身の美しい白が夜に映えるが色はない。
「と、遠坂……?」
両者の間に割り込む形で乱入した私たちを見て、衛宮くんが混乱極まりないと言った呼びかけをした。それはそうだろう、一晩で二回も死にかけて、わけのわからないとんでも人間たちの争いを二度も見てもなおけろりとしている人間がいるわけがない。
が、混乱しているのはこちらも同じだ。様子見をしているのか、セイバーのこともランサーのことも警戒した様子ながら、動く気配はない白黒の服の男。十中八九、サーヴァントだ。でなければ衛宮くん一人でランサー相手に今まで生き延びられたはずがない。
そして一番わからないのがその衛宮くんだった。僅かに右手の甲が疼く。つまり近くにマスターがいるということだが……横目で盗み見る少年の左手には、剣を思わせる自然にはありえない奇妙な形の痣がある。
「衛宮くんが、七人目のマスターってこと……?」
まさか、素人だ。そう思いつつ、ありえる話だと納得する自分もいた。聖杯戦争は七騎のサーヴァントが揃わなければ始められない。そのため、英霊召喚さえ果たせるのならどんな素人でも聖杯から令呪が与えられることがあるのだ。衛宮くんがその人数合わせのマスターだとすれば、今の状況にも納得がいく。自覚のないままマスターの資格を有していた彼が、ランサーに狙われる命の危機の中で、咄嗟にサーヴァントを召喚したのだろう。
となれば、白布を巻いた男は、最後のクラスであるアーチャーの可能性が高い。一夜目にして三騎士が奇しくも一堂に会したことになる。
「よお。また会ったな、セイバーとそのマスター」
嫌でも増す緊張感を打ち破ったのはランサーの声だった。あまりに気負いがなく、いっそ気さくにすら感じる口調だ。余裕を見せつけられているようで腹が立ったので言い返す。
「さっきぶりね、ランサー。あっちの彼を殺すっていう口実一つでしっぽ巻いて逃げ帰ったものだと思ってたけど、また会えたようで何よりだわ」
我ながら安い挑発だ。しかし相手は英霊に上り詰めた男、私みたいな女にこんなことを言われて黙っているわけにもいかないだろう。
「……いいねえ。そういう態度は嫌いじゃない。なにより、二回目っていうのがありがたいな」
アーチャーらしき男をいないものとでもするように、ランサーは体すべてでこちらに向き直った。
対処する自信があるのだろうが、仮にも三騎士の、それも直前まで矛を交えていただろう相手に横腹を晒すとは行きすぎた自負である。挑発にしても露骨だった。
アーチャーの立ち位置からみて、彼が衛宮くんの喚んだサーヴァントなのだろう。潜在的には私たちの味方なのだが、相手にそれはわかるまい。結果として三つ巴の形になっている。セイバーは明らかな敵意を向けてきたランサーに体を向けたが、アーチャーへの警戒を弱められずにいる。
その様子がわかったのだろう、ランサーが低い声で言った。
「そこの腰抜けは放っておけ、つまらん横やりしかできんだろうよ」
もはや挑発ですらない悪口である。何があったのか知らないが、仲は悪いらしい。
「腰抜けで結構。君たちが勝手に潰しあってくれるなら私としてはそれに越したことはない」
初めて聞く声。アーチャーのものだった。
不愉快そうにランサーの眉間が寄る。なるほど、今のアーチャーの嫌味で人任せな言い分など、彼の嫌いそうなところである。
というか、私の気にも障った。衛宮くんを助けに来たとはいえ、言葉の通りホイホイと戦ってやるほどセイバーは安くない。
「勝手に話を進めないでくれる? ランサーを追っ払うのはいいけど、一人高見の見物ってのは許さないわよ。アーチャーのサーヴァントさん?」
遠回しに手を組もうということだ。
「面白いことを言う。私にとっては君たちはただの不躾な乱入者であるのだが? ……とはいえ、不興を買って対立されるより、一度そこの男を退けた方が賢明かな」
逆手で持っていた剣を順手に持ち替えながら言う。アーチャーの言い方はともかく、これで二対一だ。
セイバーは無言で半身ランサーに向き直った。しかし結局アーチャーへの警戒は捨てていない。衛宮くんはともかく、アーチャーにとって彼女は敵サーヴァントそのものだ。いつ襲い掛かられるかわかったものではないというのだろう。
現状でまともに連携を取れる訳もない。衛宮くんからの事情聴取もしたいところだし、戦闘に縺れ込むのは正直避けたい。そんな私の意を汲んでくれたセイバーは自分からは仕掛けず、一時的な共闘を受け入れたアーチャーも積極的に攻勢に出る気はないらしい。
数の利がないランサーも動かず、硬直状態に陥った。三者それぞれ深く集中しているのがわかる。静かだが、確かに読みあいという戦闘がなされていた。
永遠に続くように思えた沈黙の末、穂先を外したのはランサーだった。
「チッ、わかってるっつーの」
意味のわからない台詞だ。だからこそ、それが私たちには聞こえないマスターの声への返事だとわかった。戦闘を楽しんでいる節のあるランサーが不満そうにしているのだから、またもや撤退命令が出たのだろう。随分と消極的なマスターを持ったと見える。
「まあ、いい。ようやく七騎揃ったんだ、やり合う機会もまたあるだろう
よ」
私たちが見逃すという確信があるのか、一人武器を下ろしてやれやれと息をつく槍兵はすっかりやる気をなくしているように見える。少しだけこちらを振り返ったセイバーが、声もなくどうするか聞いてきた。
隙だらけに見えるしつい欲が出そうになるが、衛宮くんとアーチャーへの説明ができてないまま本気の戦闘に発展するのはやはり危険だろう。ここは見逃すという意味を込めて首を少し横に振った。セイバーも透明な剣を下ろす。
それを確認することもなく、ランサーは散歩でもするくらいの気軽さでスタスタと塀の方へ歩み寄り、軽く地を蹴って飛び上がり塀の瓦屋根の上に飛び乗った。私たちが手を出さないと思っているというより、いっそ手を出されても構わないと思っているからこその余裕だろう。
「ランサー」
適当な別れの挨拶でもして去って行きそうな男を呼び止める。足場の悪いところで難なく振り返ったランサーは、私の言葉の催促の代わりに、僅かに首を傾げた。
「あんたのマスターに伝えてちょうだい。私、自分は隠れてばっかりで偉そうに踏ん反り返ってるやつが一番嫌いなの。今に見つけだして、ぶちのめしてやるから待ってなさい、って」
この宣言に特に戦略的意味はない。単純に私の気が済まないから最後に一言言ってやろうと思っただけだ。
そういう訳なので、私が言うことを予想できた人はいないだろう。その証拠にランサーは変なものを見たとばかりに目を丸くした。僅かののち、愉快げな笑い声が上がる。
「はっはっ! 威勢のいい嬢ちゃんだ! いいとも、違わず伝えておいてやるよ。ぶちのめしに来るの、楽しみに待ってるぜ」
じゃあな、と親しげに――しかもウインクまで添えて――言い、そのままランサーは衛宮くんの家から去っていった。
ランサーの消えた方角をしばらく見ていたセイバーは、しばらくすると剣を下ろしたままアーチャーの方へ向き直った。
「ここは礼を言った方がいいかね?」
顎先でこちらを指すような動作をして男が言う。アーチャーはこの中で一番背が高く、白布で隠れた口元は見上げる私からは伺えない。しかし友好的な笑みを浮かべているなんてことはないだろう。馬鹿にするような口調とニコリともしない眼差しからは、感謝の気持ちなどさっぱり伝わってこなかった。
「礼なんていいわ、何もしてないし。それより――」
いい加減に立ち上がってズボンを払っている衛宮くんだが、明らかに事情を理解していない。言うことも聞くこともあるし、まずはこの他人行儀な距離を詰めてからにしよう。そう思って足を踏み出したのだが、そこに「待て」と声がかかる。
「君らが今すぐ敵対するつもりじゃないというのはわかる。が、なにぶん私も喚ばれたばかりでね。後ろの男にやるべきこともあるし、少し待っていてもらいたい」
アーチャーの言い分は喚ばれたばかりのサーヴァントとして真っ当だった。自分とマスターの顔合わせも済ませないうちから、別のマスターに会話の主導権を奪われるのは気に食わないだろう。アーチャーは私と衛宮くんが元から知り合いだということも知らないのだ。
「……それもそうね。いいわよ。待っていてあげるし、なんなら耳も塞いでおいたげるから、自己紹介でもなんでも済ましちゃって」
最後のはちょっとしたジョークである。これでアーチャーが真名を名乗りでもしたらユーモアのセンスがありすぎてちょっと引く。
「なに、すぐ終わる」
そう言うと、アーチャーはようやく後ろに振り返った。男の背は高く、訳がわからず黙り込んでいたのだろう衛宮くんを見下ろす構図になった。
「……さて。そうだな、名前くらいは聞いてやろう」
セイバーが私に向けてくれたような敬意など一片もない、最早侮蔑すら感じられる声だ。
さすがの衛宮くんもこの問いに不満そうに眉を寄せたが、結局アーチャーを見上げて堂々と言った。
「衛宮――衛宮士郎だ」
瞬間。いくつかのことが同時に起こった。
まず、男の雰囲気が変わった。あまりに短い時間であったため、私には彼の情動が大きく揺らいだ、ということしかわからなかった。それを深く考える余裕を奪うように、制止の間もなく隣のセイバーが彼らに向かって一歩駆け出す。
手を出さないと言った側から突っ込んでは、相手を刺激するばかりである。だから初め、私は彼女を止めようと口を開いた。セイバー、と発しかけた声が喉元まで達したとき、
「そうか」
アーチャーの静かな声がした。
それが耳に入って、ようやく気づく。セイバーが駆け出した意味。呼吸するよりも自然に振り翳された男の右手。月光を弾く白亜の剣――!
「セイバー!」
今度こそ呼ぶ声が上がった。
マスター殺しをなそうとするアーチャーを止めろ、という願いだった。